鹿屋デイズ・鹿屋ライフ   作:ミギー・ドン

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 オラに才能をわけてくれ!


碧雷(3)

  午後13:22 

 

 「霞は隼鷹を救助、そのあと退避しつつ司令部に連絡! 初月は葛城を護衛しつつ対空迎撃準備! 足柄は副砲!」

 「了解! あンの酔っ払い……世話が焼けるったらありゃしないわ!」

 

 比叡の指示が飛ぶ。足柄はそれを受けつつ、初月と共に、後退していく霞の前に立って、副砲を構える。

 まさか、ワ級の腹を裂いて、中からヲ級が出てくるなどと、誰が予測できただろうか。最初から姿を現していれば、また違った結果もあったろうが、残念ながら今この状態は、その限りではない。

 ヲ級は首をガクンガクンと振り、口の端を歪め笑うと、頭部の生体ユニットを開口させ、そこから大量の艦載機を吐き出し始める。 

 「……なんて数…!」

 

 人間とそんなに変わらないサイズであるにも関わらず、射出された艦載機は明らかにおかしな数であった。そしてそれは雲霞の如く拡散し、ヲ級の周りを回転するように飛び回る。

 辻褄がまるで合わないその様子を見て、葛城がごくりと唾を飲みこんだ。梓弓を携える手が震えるのを、必死に抑え込む。

 ヲ級など、過去に何度も戦ってきた相手であるから、たかが知れている。葛城は心の奥で、そう思っていた。しかし実際はどうだ。隼鷹は一瞬で沈黙し、相手の力はまだ未知数である。

 仲間がいるとは言え、予想だにしていなかった強力な敵に対して、己がどこまで太刀打ち出来るのか、と、心が弱さに囚われていくのが、表情、振舞いから見て取れる。

 

 しかし。

 

 「葛城! 発艦用意!」

 

 足柄に背をぶっ叩かれ、そこで葛城は我に返った。

 

 「そうだ…!」

 

 葛城は昨晩、雲龍に切った啖呵のことを思い出していた。もっともっと戦って、奴等を皆殺しにするくらいに戦えば、と。

 今がその時ではないのか。大本営から命令が出るほど危険な相手を倒したとあれば、誰だって己を認めざるを得なくなるだろう。そう、あの姉ですら。

 今がその時ではないのか、と。すんでの処で戦意を取り戻した葛城は、野心に満ちた目でもって、ヲ級を睨みつける。

 怯えている場合ではない。恐怖と動揺を、戦士としてのプライドと、そして燃え上がった野心で包み込んで、丸ごと飲み下す。あとはやるだけだ。

 

 「烈風隊、発艦用意……回せぇ!」

 

 言うが否や、葛城は矢筒から矢を引き抜いては番え、力の限り撃ちだした。RATO(ロケット補助推進離陸)試験型を模したと言われるその矢は、空気を切り裂いて、艦載戦闘機・烈風へと姿を変える。

 

 「フン…レップウ…カ。馬鹿ノ一ツ覚エッテ言ウンダロウ、ソレッテサァ…」

 

 ヲ級は吐き捨てる様にそう言うと、手に持った歪な形の杖を振り上げ、己の周りを旋回している艦載機を、飛来する烈風目掛けて突撃させる。

 これもまた、物凄い数であった。一機一機でのスペックは烈風に劣るかもしれないが、その分を数でカバーする算段なのだろう。

 殺意が形になったかのような、歪な形のそれに迫られ、葛城は思わず目を閉じかけた。

 しかし、それをさせる初月ではない。

 葛城を護る様に飛び込んできた初月は、長10cm砲をフル稼働させ、対空迎撃を開始する。

 

 「やれると思うな…!」

 「初月!」

 

 昨日の演習で見せた迎撃よりも、更に精度の高い対空砲火が、ヲ級の艦載機を叩き落しては海の藻屑に変えてゆく。

 制空権など絶対に取らせるものか、と言わんばかりの気迫を纏い、彼女の肉体、艤装はフル稼働する。

 まだそこまで練度の高くない初月が、普段以上の実力を発揮出来ているのには、昨夜雲龍と交わした約束が、彼女に力を与えているからだ。

 ここで不甲斐ない働きをすれば、艦隊は更なる被害を被るだろう。敗北した挙句、怪我人が、あるいは死人が出るかもしれない。

 そんなものは、軍艦(いくさぶね)であった頃だけでもう、十分だ。

 だから、護ると決めた。初月は海面を縦横無尽に疾走しながら、立て続けに艦載機を落としていく。

 

 「ナンダ…オマエ……!」

 「覚えておけ……僕は初月……防空駆逐艦・初月だッ!」 

 

 余裕をかましていたヲ級の顔から、笑みが消える。先だって襲撃した呉の部隊にはいなかったタイプの相手を前に、思うように事の進まないが故か、次第に表情は苛立ち、そして怒りへと変わっていく。

 更には、対空迎撃を潜り抜けた己の艦載機も、葛城の放った烈風に駆逐されていくのだから、ヲ級の心中たるや穏やかではないだろう。

 そして、そこを逃す比叡ではない。

 狙いを付けず、牽制目的でばら撒かれていた足柄の副砲の合間を縫って、41cm砲が火を噴く。

 その砲弾は正確な狙いでもって、ヲ級の頭部に炸裂した。

 

 「やった……!?」

 

 九一式徹甲弾の直撃である。例え撃沈は免れても、大ダメージは避けられないだろう。艦隊に若干ではあるが、安堵の空気が流れる。しかし。

 その台詞はよくない、と軽口を飛ばそうとしていた足柄であったが、すぐにそんな状況ではない、ということを理解する。

 

 「殺ッタトデモ……思ッタカ?」

 

 爆炎が晴れ、風に消えていく。

 その中から、ヲ級の声が響く。

 

 「う…嘘…!」

  

 バラバラと砕けて落ちていくのは、艦載機であったもの。

 ヲ級は己の周囲を旋回させていた艦載機を、シールドの如く使って、徹甲弾の直撃を防いだのである。

 

 「オマエラノ艦載機ト、同ジダト思ウナヨ……」

 「ちッ……それなら、全部叩き落してやるまでよ!」

 

 闘志の衰えない葛城が、更に矢を番え、引き絞っては狙いをつける。

 ヲ級は再びにたりと笑うと、頭部ユニットから、先ほどよりも大量の艦載機を吐き出しては、己の周りに展開させてゆく。それはさながら、黒く渦を巻く竜巻のようでもあった。

 更にはそれに呼応するかの如く、頭上の黒雲が拡大してゆく。ヲ級がこの行動をすることで、まき散らされた重金属が、何らかの効果を及ぼして、雲を呼ぶのだろう。

 

 「まだ、あんなに…!?」

 「同じことよ! 初月が撃ち落として、私が抑え込んで! 比叡さんと足柄さんがその隙をつけばいいってだけじゃない!」

 「残弾はまだある…けど、あいつ、どれだけ艦載機を出せるの…?」

 

 腰を落として構えつつ、足柄が吐き捨てるように言う。初月と葛城が落とした艦載機は、十や二十ではきかない。しかし今再び、ヲ級の周りを飛び回る艦載機の数は、その何倍もいるように見えた。

 

 「オ喋リハ終ワリカ…? ジャア、コッチカラ…仕掛ケルゾ…」

 

 竜巻の中心にいるヲ級は、足元に浮いたまま口をぱくぱくさせているワ級に腰を下ろすと、手にした杖を比叡たちに向ける。

 それを合図とし、竜巻を形成していた艦載機の一群が、物凄い速度でもって、突撃を仕掛けてきた。

 普通、攻撃機や爆撃機というものは、機体に懸架した爆弾を投下して、攻撃とする。これは艦載機の違いこそあれど、艦娘側と深海側に共通する攻撃パターンだ。

 しかしヲ級の放ったそれは、機体そのものの質量を爆弾として「ぶつかって」くるのだった。

 先ほど隼鷹が食らった一撃も、おそらくそれであろう。  

 

 「くッ…!?」

 「アハハハァ、コウイウノ、何テイウンダッケ……? オマエタチガ、大昔ニサァ……追イ詰メラレテ、自棄ニナッテサァ……ヤッタヨナァ…?」

 

 飛来する艦載機を撃ち落とし、あるいは避けながら、艦隊は徐々に分断されてゆく。間隙を縫って砲撃を敢行するものの、狙いのつけづらい状態での攻撃は、ヲ級が殆ど動いていないのにも関わらず、まるで命中しない。そして運よく命中コースに乗っても、艦載機のシールドに防がれる。

 通常のヲ級では考えられない、攻防一体のその戦術は正に、脅威であった。

 ヲ級はわざとらしく考えるフリをしていたが、やがて嘲るような笑みでもって、口を開く。

 その言葉は電波に乗っているのか、艦娘たちのインカムにもはっきりと届いていた。

 

 「ナァ、教エテクレヨ……物資モ人間モ足リナクナッテサァ……少シデモ道連レニシテクタバッテヤルツモリデサァ……デモ、結局大シテ効果ガ無クッテサァ……」

 「あいつ、何を……! くそっ、三式弾は山城が積んでるんだったわね……!」

 

 対空迎撃に効果のある三式弾は、鹿屋には一つしか存在していなかった。そしてそれは、第一艦隊にいる山城が装備していて、こちらには無い。

 しかしそれでも、普通の相手であれば摩耶と初月、そして他の空母達で事足りていたのだから、これは装備開発をそこまで重要視していなかった、サムソンの失態であろう。

 こうなってしまった以上は歯噛みしても仕方ないと、足柄はとにかく副砲でもって、迫りくる艦載機を迎撃し続けていた。

 

 「タシカ…ソウ…カ・ミ・カ・ゼ…ダッタッケ?」

 「! お…まえ…お前えええッ!!」

 

 そんな折、ヲ級が下卑た笑い顔を見せながら、とうとうその言葉を口にする。

 それを受け、比叡の怒号が轟く。ヲ級が何を言いたいのか、ということは、そこにいる誰もがわかってはいた。しかし改めて、嘲笑するような口調で言われたとなれば、これを看過することは出来ない。

 砲撃音すらかき消すようなその叫びに、空気がびりびりと震える。

 

 神風──特攻という作戦の是非はどうあれ、命をかけて戦い、散っていったかつての勇士達に対する思いは、全ての艦娘…いや、艤装の中に宿っている。それを馬鹿にされ、あまつさえ模して仕掛けてくるのだから、比叡の怒りは正に天を衝く勢いである。

 主砲四基八門が一斉に火を噴き、迫りくる艦載機を破砕してゆくが、どうしてもヲ級にまでは届かない。だが比叡はそんなものに構いもせず、凄まじい勢いで攻撃を続けた。

 

 「アハハハハハ!! 怒ッタ、怒リヤガッタ!! 人間ガ怒リヤガッタナァア! ダッタラ、ドウスル? ドウスルンダ? エエ? 教エテクレヨ、ナァ!」

 「その顔面、桜島の火口みたくしてやるッ!」

 

 相手の言葉に乗ってしまう比叡ではあるが、その怒りは本物であった。

 主砲を再装填する際の隙を副砲でフォローしつつ、目の前に飛んでくる艦載機を、障壁を纏わせた拳で叩き落していく様は、正に戦艦と名乗るに足る、極めてパワフルな戦い方である。初めて見る比叡のその表情と、普段の明るく温厚な彼女とのギャップに、葛城と初月はぶるりと背を震わせる。

 

 それに対して、足柄は極めて冷静であった。かつて自分たちが行ったこと、それを揶揄されたことに対して、忸怩たる気持ちはある。

 比叡のように熱くなることが悪手であるとは言うまいが、全ての者がそうなれば勝利は危うい。誰かが、冷めた頭で全体を見ていなければならない。

 そしてそれは、己の役目であると、足柄はわかっていた。

 

 「比叡……あれじゃ、長くはもたない……!」

 

 足柄はそう呟くと、ちらりと後方に目を向ける。

 そこには嵐のような艦載機攻撃を潜り抜け、回避することしか出来ずもがく葛城がいた。

 

 「やはり、空を抑えないことにはね…!」

 

 やれやれといった具合で足柄は笑い、FCSのコントロールパネルを呼び出し、魚雷の信管設定をいじってはセットした。

 そして葛城の前に滑り込むように立つ。颯爽と現れた足柄に対し、葛城が若干ではあるが安堵の表情を浮かべ、問いかけた。 

 

 「足柄さん!? ど、どういう作戦……?」

 「撃ちなさい! あいつの意識は今、比叡に向かってるけど、すぐにこっちにも攻撃してくるわ…だから今がチャンスってわけよ」

 「で、でも!」

 

 俄かには信じがたいその言葉に、葛城が異論を唱えた。確かにこちらへ飛来する敵艦載機の密度は、比叡が激昂する前よりは薄くなっているように思えたが、だからといってゼロではないのだから。

 発射の意思を伝えるだけで済むタイプの砲とは違い、艦載機の発艦にはいくつかの手順がある。そしてその間は、数瞬とは言え無防備な状態をさらす事になる。

 葛城はそれを恐れているのだろう。無論直撃を貰ったとしても、障壁が機能して、即座に撃沈することはないが、艤装が破損してしまえば、空母というものはただの的となる。

 

 「心配しなくていい。私があなたを守るわ…一発ないし二発くらいなら、耐えることは出来る」

 「けど、それじゃ足柄さんが……!」

 

 頭上を掠めていく艦載機に怯えつつ、それでも葛城は足柄の身を気遣う。しかしそれは、逃げでもあった。

 

 「落ち着きなさい! 今さっき、アンタ言ったわね!? 全て叩き落してやるって! それは単なるハッタリだっての!?」

 「ち……違う……でも…」

 

 自分をかばって、足柄が大破してしまえば、あとはもうジリ貧となるだろう。比叡がいくら強くても、あのヲ級を倒しきれるかどうか怪しいというのは、誰の目にも明らかであった。

 つまりここで失敗すれば。自分が責務を果たせなかったら。葛城はその重責に囚われて、心が逃げそうになっているのだった。

 

 「デモもストライキもあるかッ! それに、初月を見なさい、必死に艦載機を落としてる! 私たちを護るために! それすら無駄にするってえの!? したいっての!?」

 

 足柄は徐々に口調や態度をヒートアップさせつつ、発射管を前方に向けて、大量の魚雷を撃ち出した。

 そしてそれは、ヲ級を狙ったものではない。

 

 「……っ」

 

 感情の浮き沈みが激しく、また経験の乏しい葛城にとって、目まぐるしく変化していく今の状況は、想定外のものであった。

 先ほどまで抱いていた野心、闘志は、簡単なことで萎んでしまう。軍艦であった頃、苛烈な戦闘を経験していないというのもそれに影響を及ぼしている。

 早い話が、彼女は着任以来、『ピンチらしいピンチ』に陥ったことがないのだ。

 戦闘こそすれ、いつも傍には誰かがいた。フォローしてくれた。無理をさせないサムソンの指揮もあいまって、そうなる前に撤退することもできた。

 だが今は違う。一手誤れば、ただでは済まない。

 その事を威勢と虚勢でごまかしてはきたが、それも圧倒的な暴力の前には限界がある。

 

 「そ、そう! に、逃げる! 撤退するって手もあるんじゃないの!?」

 「隼鷹がやられた時点で、そのことは司令部に伝わってる! けど、撤退命令は来ない! 来ないってことは、恐らく通信障害が発生してるのよ! つまりここであいつを倒して距離を取らない限り、逃げるなんて事は出来やしない!」

 

 副砲で艦載機を落としては行くが、それでも限界はある。足柄の障壁はじわじわと削られ、艤装も損耗してゆく。

 比叡の攻撃を受けながらもなお治まらないヲ級の暴風。規格外の業に対して打てる手は、もう殆ど残っていない。

 そんな折、足柄の放った魚雷が、何もない位置で爆発し、巨大な水柱を噴き上げた。

 それは、こちらへ向かっていた艦載機を数機巻き込んで、壁となる。

 

 「だ、第一艦隊が救援に……!」

 「そんなものが間に合うかッ! 黙って死にたくなけりゃ、腹ァ括んなさい!」

 

 そこまで言われてようやく、葛城は震える手で、矢筒から矢を取り出す。ヲ級の近くには比叡、その背後に付いて必死に迎撃をする初月。そして己の前に立って盾となる足柄。

 そして大破し人事不省の隼鷹と、それを退避させて下がる霞。

 この五隻の命運が、まだ無傷といっていい己の双肩にかかっているとすれば、その責任は重い。葛城には荷がかちすぎる。

 

 「わ、私の力じゃ……」

 「やるだけやって、それでも無理だったとしても! 例え死んでも…誰もあんたを責めたりなんてしないわ! けど、やりもしないで逃げるのは……戦ってる仲間を裏切るようなことは…するんじゃない! あんただって! 艦娘でしょうが! 空母なんでしょうがッ!」

 

 二射目の魚雷が炸裂し、再び壁となる。しかし、もはや限界であった。

 

 「何シテンダヨ……水遊ビナンテシチャッテサァ……!」

 「くっ……!?」

 

 散らせていた艦載機を半分に分け、ヲ級は片方を比叡に集中、そしてもう片方を、足柄と葛城の方へと差し向けた。「避けて!」という、初月の必死な声が届く。

 

 「『努力に憾みなかりしか』って、私、座学の時に教えたわよね。あなたが必死に訓練して、努力してたの、知ってるわ。私だけじゃない、雲龍だって、ちゃんと」

 「あ……しがら、さん…」

 「あなたなら、やれる。艦だった頃のことなんて関係ない。あなたはちゃんと強い…できる。そうでしょう、なら……しっかりと前を向いて……撃ちなさい……葛城ッ!!」

 

 足柄の叱咤が、葛城の耳朶を打つ。だが次の瞬間、足柄の障壁は弾け飛び、彼女は大爆発に巻き込まれて海面を転がった。

 仲間のステータスを表示するウィンドウに、大破の文字がおどる。魚雷が噴き上げた海水を浴び、葛城はうなだれたまま、歯を食いしばった。

 

 「当タリデゴザイ……ッテナァ……ジャ、次ハオマエダ、弱ッチイ空母サンヨ……」

 「葛城、逃げろ! 第一艦隊と合流……くうっ!」

 

 比叡について援護をしていた初月が、悲痛な声をあげる。しかしすぐに艦載機に追われ、その対応を余儀なくされる。

 比叡もまた、何も言わないものの、葛城を見ては、悟ったような笑顔を浮かべた。

 

 それを見て、葛城は飛び出してくるのではないか、とすら思える心臓を抑え込むように、思い切り胸を叩いた。

 そして。

 

 「う…う…ううううう…あああああああッ!!」

 

 艤装の排気口、排熱口、その全てから、青白い蒸気が噴出し、葛城の姿を隠す。

 そして矢筒からは全ての矢が飛び出し、葛城の周りを旋回し始める。葛城はそれを手に取っては番え、腹の底から、鬨の声を上げた。

 恐怖を、不安を、忘れるために。

 恐怖を、不安を、今この時だけでも忘れられるように。

 共に戦う仲間と、生きて帰るために。

 

 「ああああああああッッ!!」

 

 積み重ねてきた修練は、彼女の波立つ心とは裏腹に、正確な姿勢、力の配分をもって形となる。

 体が覚えた正射必中の構え。

 そして左腕を覆う、甲板模様の手蓋から発生する蒼のオーラが、鳥居のような紋様を投影しつつ回転を始め、上腕部にある甲板型木符から伝達されるエネルギーの大きさを物語る。

 

 「葛城は……葛城は空母なんだからッ!!」

 

 放たれる矢には何の区別もない。

 烈風も、流星改も。彼女の持つ全ての艦載機が、猛烈な勢いで攻撃を開始した。

 全ての矢を撃ち出した葛城は、変貌した艦載機のコントロールを、搭乗員たる妖精さんによるオートマチックから、全てをマニュアルに切り替えて、ヲ級の目だけを睨みつけている。

 髪の毛から迸る、蒼いオーラがぱちぱちと弾け、ヲ級の纏う金色のオーラと対照的な色合いを見せていた。

 

 「来い、クソ野郎ッ……!」

 「チッ……アイツ、ビビッテルンジャナカッタノカ……マァイイ、ソッチノ方ガ楽シイモンナァ……」

 

 比叡と初月を処理しようとしていたヲ級が、大量の艦載機を移動させ、飛来する艦載機部隊に突撃させた。

 戦艦の攻撃にだけ注意していれば、あとはどうとでもなる。そんな意識が透けて見える。急に退いていく敵機を前に、初月は追おうとするものの、流石にダメージは無視できないレベルで蓄積していた。

 

 「くそっ、動け……!」

 

 初月はがくがくと震える己の足を叩きつつ、そう叫んだ。そんな折、初月のインカムに、ノイズ混じりではあるが、通信が入る。

 

 『……ら、…応答……、そちらに到着……10分……』

 「通信…!? え、何だ…!? こちらは鹿屋基地所属、初月…よく聴こえない、応答…!」

 『……こち……、救援要請……呉……すぐに……』

 「呉!? 呉の部隊が来るのか……!?」

 

 

 

 

 午後13:40

  

 

 「もっとスピード上げるっぽい!」

 「うるっせえぞ夕立! 全艦一杯でブン回してんだ、ガタガタぬかすな!」

 「でも、でも! 隼鷹さんがやられたって…!」

 

 司令部から入った通信を受け、第一艦隊は今、第二艦隊が交戦している海域へと急行する最中であった。

 艦娘のステータスは、常にモニターされて、司令部に届く。ただそれは、通信状態に左右されることが多い。救難信号や撤退要請などといった、重要度の高い通信は、特に強い電波で発信される上、艤装に備わる障壁には、電波を安定させる働きもある。しかし今回、ヲ級の形成した重金属雲は、それすらも阻んでいた。

 そこで、通信障害が出る前に大破し、司令部に伝わった隼鷹のことを受けて、サムソンは第一艦隊に対し、現場へと急行するように命令を出したのだ。

 しかし当然ながら、距離はある。航路を第二のそれに寄せていた摩耶の機転で、いくらかの時間は短縮出来たが、それでも全速航行で数十分はかかるだろう。

 ともすれば飛び出して行きかねない夕立を必死に制しながら、摩耶は苦虫を噛み潰したような表情でもって、前方を見据えた。

 黒い雲が広がる、その海の上で今、比叡たちは戦っているのだ。

 

 「あの酔っ払いが簡単に死ぬようなタマかってんだ! おら提督ゥ! 状況はどうなってんだ!」

 『落ち着け摩耶、手は打ってあるんだ』

 「あァ!? 第三艦隊でも出してるってのか! だが間に合うってのか! どうなんだ!」

 『違う。君達のプライドもあるから、悪手だとは思ったが…』

 

 中々結論を言わないサムソンに対し、摩耶が遂に痺れを切らしたのか、艤装をガンガンと叩きながら声を張り上げる。

 

 「あたしらの事なんざァどうでもいいんだよ! あいつら助かるってんなら何でもいい!」

 『摩耶ならそう言ってくれると思ったからね。呉の部隊に援軍を頼んだ』

 「呉ェ…? マジか…呉の部隊が向かってんのか!?」

 『そうだ。向こうにも都合はあるだろうから、ダメ元で頼んでみたんだが……それは要らない心配だったみたいだ』

 

 しかし、皆が安堵の表情を浮かべる中、摩耶はすぐに苦い表情へと戻り、更に声を張り上げる。

 

 「だがよ提督! 呉から間に合うってのか!?」

 『だから落ち着け摩耶。呉の部隊は快速艇に乗り込んでる……あそこには明石さんがいるからな、魔改造された超快速艇だよ』

 「明石…そうか、なるほど…だがそれだって完璧じゃあねえだろう、途中でポッと出の敵部隊に襲撃されたらどうなんだ!」

 

 快速艇は主に、遠方の海域に赴く際に使われる、大型の輸送艇である。速度と航続距離を重要視し、また深海棲艦には通常兵器が通用しないという観念から、余計な武装は装備されていない。

 それゆえ重金属粒子でレーダーを欺いた敵が、不意打ちを仕掛けてきた場合、どうしても対応が後手になる。摩耶はそのことを危惧しているのだろう。

 

 『だから、第三艦隊を出した。呉の部隊の進路上を先行させて、哨戒に当たらせている』

 「お、おう! それならそれでいいんだ。けど……それなら、第三艦隊を救援に回してもよかったんじゃねえか?」

 『オペレータの叢雲、矢矧を除くと、艦隊を組めるのは朝霜、清霜、磯風、雪風、時津風の五隻だけだ。彼女たちが頼りないと言うつもりは毛頭ないが、それでも不安は残る。だから、呉に頼んだんだ。意趣返しをしないまま黙ってるんですか、ってね』

 

 大本営がどうと言うかは判らない上に、他力本願とも言えるサムソンの策であったが、そんなものは現場の艦娘達には関係の無いことだ。上と交渉するのは責任者たるサムソンがやればいい。

 

 「大体わかったぜ。だが万が一ってなァいつだって気にしておくべきだ。あたしらはあたしらで全速で向かう」

 『今回の相手、予想以上みたいね。あなた達も十分に注意して』

 「ああ、わかってる」

 

 叢雲の言葉を受けて、摩耶は通信を終了させた。

 

 「よし、んじゃあこのままぶっ飛ばすぜ!」

 「ぽい!」

 「了解!」

 「心配するな雲龍、葛城はきっと上手くやっておる」

 

 第二艦隊のいる方角を、不安げに眺めていた雲龍を、利根が励ました。隼鷹が戦えなくなったとあれば、必然的に彼女の仕事が増える…その重圧に負けていなければ良いが、という思いは、そこにいる誰の心にもあるのだから、利根の言葉は雲龍に対してというより部隊の皆に対しての言葉だろう。

 

 「葛城もそうだけど、初月が心配だわ」

 「むう」

 「対空迎撃の必要性から考えて、隼鷹を退避させたのは霞でしょう。いくら初月の迎撃が上手いからって、一人でやれることには限界があると思う……けど、私……あの子に、言ってしまったの」

 

 雲龍は視線を落とし、昨夜、初月と話したことの内容を、ぽつりぽつりと語り始めた。

 葛城の慢心を諫め、それで言い合いになったこと。葛城を護るよう、初月に頼んでしまったこと。

 

 「軍隊という括りであるなら、確かによくないことだとは思う。個人の感情を、作戦行動に反映してはならぬからな。しかし、敢えて言えば…それは、姉として当たり前の感情ではないのか? 例え我輩がお主の立場だったとして、頼んでしまわぬという保証は無いと思うがのう」

 「……初月は真面目で責任感の強い子だわ。自分のことより、私の言葉を優先するかもしれない。私は、それが怖い」

 

 初月が葛城を護ろうと傾倒するあまり、他のことが疎かになるのではないかと、雲龍は恐れているのだろう。

 駆逐艦の務めであるとはいえ、自分の命すら投げ出して、葛城を護ってしまうのではないかと。

  

 「もし、万が一、初月に何かあれば……」

 「それは自分のせいだ、とか言わないでよね」

 「そうだよ雲龍さん! うまく言えないっぽいけど、あたし達だってそれぞれ役割があって、それぞれ頑張ってるんだから。雲龍さんに言われなくたって、初月は葛城を…ううん、皆を護ろうとするんじゃないのかなあ」

 「足りない部分を補いあって戦うのが、私たちでしょ。その結果がどうあれ、納得するしかないと思うけど」

 

 摩耶が拳を掌に打ち付け、更に続ける。

 

 「あたしらは確かに、戦って殺して、勝つ為の道具かもしれねぇがよ。でもだからって、自分の心まで殺して、ただ命令に従うだけの道具にまで落ちるこたァねぇと思うんだわな。そうしないと勝てねぇってんなら、勝てるようにまとまって、助け合って行くしかねえんだよ。だからお前が初月に言った事が、間違いだって否定する事ぁできねえよ。そんな奴がいたら、あたしは誰だってぶっ飛ばしてやるよ」

 「それは……うん。そう、ね。そうよね……」

 

 摩耶、夕立、山城、利根、千代田の言葉を、雲龍はぐっと噛みしめるようにして、頷く。金色の瞳に宿る意思には、衰えは見られない。

 利根はふふん、と笑うと、声を張り上げた。

 

 「ほれほれお主ら、お喋りはこれまで! 全速全速! 摩耶、船足が落ちておるぞ、我輩が旗艦になってもいいが?」

 「るせぇ! 余計な心配だってんだよ!」

 「摩耶さんはお尻が大きいからなぁ」

 「はァ!?」

 「確かにそうよね、これからクリスマスとお正月で、もっと油断しちゃうんじゃないの」

 

 夕立と山城の口撃に、摩耶が赤面して拳を振り上げる。

 尻に関してはどうやら図星であったらしく、騒ぎが落ち着いたあとでも、尻を妙に気にする動作がそこここで見られた。

 ちなみに千代田はもっと尻が大きいが、それは周知の事実なので、指摘するものはいない。

 ともあれ、第一艦隊は全速でもって、現場へと急行する。

 

 

 

 

 午後13:50

 

 「比叡さん! 燃料は!?」

 「まだいける。足柄の様子はどう!?」

 「気絶しちゃいるけど、呼吸はあるし、命にかかわるケガも無いみたいだ」

 

 葛城の支配下に置かれた艦載機と、ヲ級が操る艦載機。その群れが先ほどから、凄まじい空戦を繰り広げている。

 その交戦高度は極めて低く、下手に砲撃をしたり、雷撃で海水を噴き上げたりすれば、葛城の艦載機にも命中する可能性があるため、比叡と初月はその攻防を見守ることしか出来ないでいた。

 それでも初月は足柄の様子をチェックし、比叡に対して燃料を融通できる程の余裕はあるようだ。

 更に初月は、ヲ級に聞かれないよう、小さな声で呉からの増援についても報告していた。

 ポーカーフェイスというものが出来ない比叡だが、ガッツポーズをしようとするのを何とか抑えつつ、初月の肩を抱き寄せて言う。

 

 「今のうちに呼吸を整えておくよ」

 「うん……! 葛城……頑張れ…!」

 

 葛城は両の手を広く開いて、ただ一点、ヲ級の目だけを睨みつけている。

 お互いに移動はしない。ヲ級はワ級の残骸の上に立ち、葛城を苛ついた表情で見下ろしていた。

 烈風が敵機を落とし、防御に穴が開けば、すかさずそこに流星改が突撃し、爆撃を仕掛けようとする。そこに更に、ヲ級の艦載機がカバーに入る…といったやり取りを、両者一歩も譲らずに繰り広げているのだから、どちらにも余裕はない。

 

 艦載機と艦載機が交錯し、ぶつかり、墜落してゆくが、その殆どはヲ級のものであった。数で勝るとは言え、覚悟を決め、恐怖を抑え込んだ葛城の艦載機は、凄まじい機動でもって相手を翻弄する。

 このまま戦いが進めば、おそらくはヲ級の防御も薄くなるだろう。そうなれば、比叡と初月が攻撃を仕掛けることが出来る筈だ。

 

 「忌々シイ奴ダナ……オマエ……葛城……ッテイウノカ……確カ、ソンナ名前ノ艦ガイタッケナァ……」

 

 深海棲艦たちの出自については、殆どが判っていない。言語をある程度解する個体がいることと、艦娘たち同様に、過去の記憶を保持している、ということだけは、これまでの戦いで判明してはいる。

 しかし、それだけである。

 ヲ級が葛城を知っているのか、という事について、初月が息を飲んだ。

 

 「ロクニ戦イモセズ、訓練バッカリシテテ、空母ナンテノハ名前ダケ……」

 

 直上に侵入してきた流星改を追い払いつつ、ヲ級が挑発めいた文言を口にし始める。

 比叡はショートの髪の毛を艤装からの熱で逆立たせつつ、それでも拳をぐっと握りしめて耐える。今ここで再び挑発に乗れば、それは迂闊ということが判っているからだ。

 

 「挙句ノ果テニハ復員船……ダッケ? ソンナンデ使イ潰サレテ、オシマイノ一生ダ…ソンナ情ケナイ艦ダロ、オマエハサァ」

 「……だから? だからどうしたクソ野郎。その情けない艦相手に、防御一辺倒で何も出来ないのは誰? 目の前にいるアンタじゃないの? 笑わせるわね、結局不意打ちでしか私たちと戦えない、情けないやつ」

 

 しかし葛城は冷静であった。突撃してくる艦載機を、落ち着いた表情でもって叩き落す。

 明らかに押しているのに、その艦載機の操作に慢心はまるでない。あまつさえ、挑発を挑発で返せば、ヲ級の表情が見る間に歪んでいく。

 

 「ソノ口引キ裂イテ、魚ノ餌ニシテヤルヨ」

 「その口引き裂いてぇ~~? 魚の餌にしてやるよぉ~~?」

 

 間延びした声と、嘲るような動きで、葛城がオウム返しに言う。煽り耐性の低い葛城とは思えないほどの、狡猾な返しだ。彼女の頭は今、完全に冷めきっているようである。

 それが決定的だったらしく、ヲ級は杖をワ級の残骸に突き刺すと、最低限の防御だけを残し、艦載機を突撃させた。

 

 「死ネ、死ンデ沈メェエ!」

 

 ヲ級の叫びを受けた葛城が、腰を落として身構えた。手蓋の鳥居紋様が更に光を帯びて、艦載機たちに力を伝達する。飛び回っていた烈風は方陣を組み、流星は高く舞い上がって旋回し、降下に備える。

 この一合で、勝負はつくのだろう。比叡と初月は舞い上がった流星を目で追っては、タービンの回転数を上げていく。

 だが、それが災いした。

 比叡達は気付いていなかった。杖を突きさされたワ級の残骸が、徐々に溶解し、黒い霧となってヲ級のユニットに吸い込まれていくのを。

 

 「来い、クソ野郎ッ!」

 

 そして葛城の、凛とした声が、戦場に響き渡る。 




 久々にアケこれやってきました。
 若葉が欲しくてね…フフ…

 結果若葉とガッサさんが来てヤッター!
 ガッサさんちょうかわいい……重巡は摩耶ととりうみ使ってますが、レギュラーに追加しようかしら……

 ブラウザ版は荒潮改二がくるみたいですが、うちにはいないみたいです。次のイベントまでにかーちゃんと朝潮、大潮を改二にしないと……了解! 5-4!

 次回はようやく雲龍の出番になりそうです。長いなオイ。
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