戦艦でもない
お前はそこでかわいてゆけ
※乾きません
朝である。英語でいうとモーニング。
鹿屋基地はど田舎ゆえ敷地面積だけは他所より大きい。基地の右側には運動場が広がっているし、裏手にはちょっとした山があってカブトムシとかクワガタがワンサカ捕れるので駆逐艦に大層人気がある。でもテレビもねぇ ラジオもねぇ 車もそれほど走ってねぇ
「あるよ?」
「はい」
今の二人が誰かということはさておき、その運動場の真ん中で、一人体操に励む者がいた。
レディ・ガガのtelephoneが流れているということ以外は極めて健全な風景である。
「おいっちにぃ、さんし、にぃにっ、さんしぃ」
Tシャツにスパッツというその手の人が見れば辛抱たまらん! な恰好で体を動かしているのは、夕雲型駆逐艦・清霜であった。
長女がアレなだけに、姉妹たちもどこか魔性めいた色気を持っており、この清霜とてそれは例外ではない。ええやんけ…なあ…夜の進撃しようや…という御仁もいようがそこはぐっと堪えていただくとして、ともかく健康的なエロスを振りまきつつ、清霜はひたすらに体操を続けている。
「おはよう、清霜ちゃん」
「いちにぃ…あ、比叡さん! おはようございます!」
そこに現れたのは比叡であった。彼女も比較的朝の早いタイプで、その均整の取れたボディを芋ジャーで固めている。おそらくは朝の自主トレか何かをする前に、清霜を見つけたのであろう。
そんな比叡が差し出した水のボトルを受け取り、清霜はにっかりと笑った。
「ありがとう!」
「どういたしまして。朝早くから精が出るねー」
「うん! 毎日やってる! あ、日曜日はやってない!」
「ほうほう…でもその体操…なに? ラジオ体操とは違うよね」
比叡は持っていたタオルで清霜の汗を拭いてやりつつ、そう尋ねた。確かに、極めて個性的な動きをする体操であり、遠目に見れば単なる踊りに見えないこともなかった。それ故に、である。
「これはせんかん体操!」
「せん…せんかんって戦艦のセンカン?」
「うん。バロシッ!」
その妙に流暢なバロシッ(Battle ship)を聴いた比叡が思わず吹き出す。
それは先日、赴任したはいいが艤装調整のためすぐ本国へとんぼ返りしていってしまい、「何しに来たの…?」という評価を満場一致で獲得したクイーンエリザベス級戦艦、ウォースパイトの物真似であった。
「バロシッね…つまりアレかあ、戦艦になりたい清霜ちゃんが考えた体操ってことかあ」
「そう! これを一日30時間やると戦艦になれる。時間の矛盾は体操の密度を高めてどうにかする!」
どこかで聞いた理屈であるが、これはおそらく叢雲か磯風の入れ知恵であろう。比叡や足柄が、トゥーピュアピュアデストロイヤーな清霜をからかうのはやめなさい、といつもやんわりと言っているのだが、あまり効果は無いようだ。
もっとも清霜自身も心の深い部分、底の底では判っているようで、意地をはって無我夢中になっているという訳でもないのだが。
「なるほど…で、なんでレディ・ガガ…が?」
「しらない。磯風が戦艦になるならこれだって」
「加賀さんは空母だよ!!」
「えっ…ガガさんって空母がいるの?」
ステファニー・ジョアン・アンジェリーナ・ジャーマノッタ級航空母艦ガガと書けば何やら最強に見えるがそんなものはいない。ピュアすぎるあまり人の言うことを九割がた信用する清霜に、これ以上誤った知識を植え付けてはならぬ、守護らねば…と、比叡は居住まいを正しつつも若干興奮気味に語り出した。
「加賀! 加賀です! 歌手でもイノベイターのMSでもないからね! 加賀百万石のカガ! だいたい清霜ちゃん、艤装からフィードバックされる情報に、『清霜』としての知識あるでしょ?」
「しらない」
「おごぼっ、し、知らな…ちょっと待って…『加賀』…1942年沈没…『清霜』…1944年進水…そっか…知らないかぁ…いやでも…座学で学ばなかった? 『比叡』だって本来1942年に沈んでるから、『清霜』のことは知らないはずなんだけど、今こうしてお互いが誰か知ってるよね?」
「だって比叡さんは初めてあった時に自己紹介しあったもん」
「ド正論! じゃ、じゃあ座学の時は何してるの…?」
リアクション芸人と言われることもあり、比叡はいちいち大仰な動きで清霜の言葉を受ける。ここら辺が特に小さな艦娘達に慕われる所以なのだが、それはまた別の話である。
ともかく比叡は、艦船としての『清霜』と、今ここにいる艦娘としての清霜を出来るだけ混同せず、平易に、筋道を立てて解説することに心を砕いた。
「いろいろ。寝てたりお絵かきしたり夕立や朝霜たちとエクソダスしたり」
「問題児たちが異世界から鹿屋にきたとでも!? ハァハァ、うぅむ、私は座学教えてないからアレだけど、隼鷹さんや足柄さんが困ってるだろうから、真面目にやってね…?」
おかしなリアクションを連発しつつ、それでも比叡は諦めない。知識は力となる。正しい知識が身に着けば、今よりもずっと彼女は成長できるだろう…そう考えて疑わない。
おせっかい焼きな性分だということは比叡自身も熟知しているのだが、こればかりは仕方のないことなのであろう。
「加賀さんっていうのは今は…舞鶴だったかな、ともかく舞鶴にいる空母でね、ちょっと怖いけど頼りになる人だよ」
「ふうん…でも空母なんでしょ、駆逐艦は空母になれないよ?」
「戦艦にもなれ…! な…な…なれますん…」
そうじゃない、そうじゃないんだよ清霜ガール…と心の声が最大音量で聴こえてきそうな風情で比叡は悶えた。
「でも本当、一度でいいから戦艦の艤装を背負って戦ってみたいなぁ」
「ふぅむ…」
空になったペットボトルが風に流され、軽い音を立てて転がった。
「さて、今日は他所との演習ではなく、いつもの紅白戦です。メンバーは白組が比叡、隼鷹、摩耶、清霜、朝霜、磯風。紅組が山城、千代田、足柄、夕立、若葉、初月の各員ですよ」
サムソンに名前を呼ばれた者たちが、一斉に前に出る。皆朝一だというのに士気は高く、特に摩耶はノリノリで拳を突き出して叫んだ。
「よっしゃあ! てめーら覚悟しとけよ、ここんとこ演習もご無沙汰だったからストレス溜まってんだ」
「摩耶はもう練度90近いじゃない、イノシシじゃないんだからちょっと自重しなさい」
「るせぇ足柄ァ! ちょうど戦艦軽空重巡駆逐と同じ数なんだ、まずはお前からぶっ飛ばす!」
「あらぁ、その台詞そっくりそのままお返しするわよ」
摩耶のやる気はいつものことで、口走る物騒な台詞も挨拶と同義であるから、もはや誰も止めない。サムソンだけは若干引き笑いをしつつ、とりあえずの指示を出して下がる。
「戦闘海域はいつもの基地近海、天候は晴れ…波の高さは…と。叢雲、記録よろしく頼むよ」
「言われるまでもないったら」
演習には仮想空間で行う、いわゆるVR演習と、模擬弾を使用して行う実地演習の二種類がある。
艤装に蓄積された本人の最新データを元に再現される、「仮象艤装」に、本人たちの精神をリンクさせて行えるVR演習は極めて画期的なシステムであり、更には大本営のサーバを介する為全国、どこの泊地、基地、鎮守府の艦娘たちともやり合うことができる。
データのやり取りでは実戦の雰囲気がつかめないのでは、という懸念もあったが、そこは衝撃やダメージ、果ては足下の波や風までもを精緻に再現することのできる、4d映画も真っ青な機構が開発され、システムと連動しているのでさほど問題はない。
「はい、それじゃあ各チーム30分のブリーフィングの後に出撃。あんま熱くなり過ぎないように」
とは言え、それでもやはり、実戦の空気というものはまるで別物である。シミュレータでは感じ得ない、場の空気というのか…そういったものを知らなければ、土壇場で委縮することも十分にあり得るからだ。
その為にあるのが実地演習である。今回の紅白戦はこれにあたり、模擬弾を使用するとはいえ当たれば痛いし、障壁は削られ艤装は破損する。無論、模擬弾全般並びに戦闘海域に二重三重と施されたセーフティのおかげで、命にまでは至らない。
各員のインカムから聞こえてくるサムソンの言葉を受け、それぞれが二手に別れてブリーフィング用の部屋へと向かう。ドックに併設されているため、そこからすぐ出撃することも可能だ。
「さて、まずは旗艦だけど…どうしよっか」
古くから鹿屋基地を支えるベテラン足柄が、大型モニターの前に立って言う。実戦ではないからある程度の自由度はあるが、だからといって突拍子もない布陣で行くのも憚られる。
それを各員が考慮しつつ、あれやこれやと案を出していき、結局は安パイである山城が旗艦を務めることになった。
「摩耶の性格からして、どうせイケドン単縦陣で攻めてくるでしょ。清霜も朝霜もすぐ熱くなるし、隼鷹もそれに乗っかってくれば、比叡や磯風が仕切れるはずもないわ」
「あのう足柄さん、僕、紅白戦で摩耶さんとやるの初めてなんですけど、どうなんですか」
いいでしょうか、と、足柄の言葉を遮り、初月が尋ねる。
初月は帰ってしまったウォースパイトを除けば、この鹿屋における一番の新顔なので、摩耶のことをあまりよく知らないというのも無理はないことである。
「やり合うのは初めてでも、他の紅白戦や演習なんかは見てたでしょう? アーカイブだってあるのよ」
「まぁ足柄さん、初月はまだ慣れてないから。ね」
「そうそう、ずっと遠征ばかりだったからしょうがないっぽい!」
「す、すいません…良かったら教えて下さい」
千代田と夕立にフォローされ若干はにかみつつ、初月は頭を下げた。ちなみに若葉は目を閉じて黙考しているように見えるが実際は寝ている。
その言葉を受け、山城がふむ、と顎に指先を当てたのち口を開く。
「摩耶はね、空母や航戦からすればすっごく嫌な相手よ。彼女あんな性格だから、ただ突っ込んでぶっ放すような戦い方すると思うでしょ? でも彼女が怖いのは、対空迎撃が物凄く上手いところよ」
「目がいいんでしょうね、こっちの航空機をばたばた落としてきますもんね…」
「初月、あなたも対空迎撃の適性は高いのだから、彼女を手本にするといいわ。まぁ性格とか素行は真似しちゃダメだけど」
「ふふ、山城も意外と言うわね…まぁつまり、対空も上手くて、近づいたら近づいたで侮れない火力を持っているし、どちらにせよ一筋縄じゃいかない相手ってことよ。だから作戦を練るってワケ。はい、じゃあ陣形だけど…」
一方で白組のブリーフィングルーム。
「作戦?」
部屋に入るなり、いきなり具申してきた清霜に対し、摩耶は意外といった表情を見せた。
指示にはちゃんと従うし、戦闘能力も低くない清霜だが、自ら作戦の立案をしてきた事などは、これまでに一度もなかった。その清霜が目を輝かせての提案ともなれば、摩耶とて無碍に扱うわけにもいかない。
「ほォ、清霜が作戦をねー…んじゃ説明してみな。面白そうなモンならあたしも喜んで乗ってやるよ」
鹿屋基地の戦闘隊長を務め、そのヤンキーめいた口調や態度で怖がられることも多い摩耶だが、実際は裏表のない、さっぱりした性格をしている。付け加えるならば面倒見もいいので、怖がられていても嫌われているわけではない。
何故か不安そうな顔をしていた比叡であったが、快諾した摩耶を見ていい笑顔を見せる。
「はい! 合体する!」
「うn」
「おわり!」
「…ちょっと待て、もう一回言え」
「がったい!」
「……おい比叡、浦賀の方言は判りづれぇな、横須賀生まれのお前ならわかるか?」
怒っているのか理解できていないのか、そのどちらともとれる表情でもって、摩耶は比叡を見た。
朝のせんかん体操の一件の時、比叡に提案したある『行動』を根拠に、今の清霜が『合体』などという発言をしたのであれば、それを補佐してやるのも己の務めか…と、彼女は面白い表情を浮かべつつ口を開く。
「わかりやすく言うと、合体して戦うんじゃないかな」
「お前ひっぱたくぞ! わかりやすくねぇよ!! 意味が全くわからねぇよ!!」
かつて艦船だった時は練習艦を務めたこともある比叡であり、物事の筋道を立てて説明することはちゃんと出来るはずであったが、彼女は上の姉と似てフィーリングでものを考える傾向にある。清霜を佐(たす)け、補ってやろうという思いは本物であろう。
だが口をついて出たのは、先ほどの清霜の提案と何一つ変わらないものだ。
摩耶はそれでもぐっと堪えながら、二人の言葉を待つ。
「まぁまぁ落ち着きなよマーヤ。あたしには大体わかったよ」
「うむ、この磯風も理解したぞ」
「あたいは全くわからないけどわかったぜ」
彼我戦力差5対1!
いや、朝霜に関しては頭数に入れてはいけない気もするが、そこはそれである。同じ夕雲型のフィーリングでわかってしまうのだろう。摩耶はこめかみを指で突っつきつつ、磯風に説明をする様促した。
「清霜が常日頃から、早く戦艦になりターイ! と言っているのは摩耶も知っているだろう」
「ん、ああ、まぁな」
「その清霜がだ、いきなり進歩して戦艦になる方法を思いついたというのだよ」
「マジか! やったのか! 清霜!」
「へへ…気づいてみればいがいと簡単なことだった!」
朝霜と手を取って喜ぶ清霜を尻目に、摩耶は比叡にも説明を促す。まさかいきなりこういった爆弾が投下されるとは思っていなかったのだろう。テンションの乱高下が目に見えてわかる。
「まぁあれこれ説明するより実際やる方が早いですよ、清霜ちゃん、はいっ」
ぱん、と手を叩き、比叡がカモン清霜! といった感じのポーズをすれば、清霜は目を輝かせて比叡に飛びついた。
それを受け止めた比叡は若干腰を落とし、清霜を己の肩の上に乗せる。
要するに肩車であるが、言ってしまえばそれが答えであった。
「「駆逐戦艦ひえしも! 抜錨します!」」
…白組の明日はどっちだ。
次回予告
当時のことを振り返った寒村先生(34歳・中佐)はこう述懐する──
「艦娘の自主性ってやつを重視した結果であり指導不行届とか言われるとおじさん泣いちゃうのでやめてください。ほんとマジで。霧の艦隊だって何か合体してたじゃないですか、アレと同じですよ」
そして始まる紅白戦。飛び交う砲弾。血と汗と涙。少女たちは心と体を重ね、そして戦う。
次回、鹿屋デイズ・鹿屋ライフ第三話『ドッキングセンサーが無くなった? ええいよく探せ』
ご期待下さい。
「叢雲、何一人でぶつぶつ言っているんだい」
「う、うるさい! あっちいけ!」
僕は夕雲型なら朝霜が一番好きです
皆さんはどうですか