鹿屋デイズ・鹿屋ライフ   作:ミギー・ドン

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もうちょっとだけ続くんじゃ


碧雷(4)

  午後13:55

 

 雨が降り始める。上空では、雷が轟く。

 その空の下、葛城の艦載機と、ヲ級の艦載機がぶつかり合い、火花を散らす。

 交錯の度にヲ級の艦載機はその数を減らし、徐々に防御の層が薄くないっていくのが見て取れた。

 だが葛城とて無事ではない。攻撃によるダメージは無いものの、彼女の鼻腔からは止め処なく血が溢れ出て、胸元を赤黒く染めている。

 

 「葛城ッ…!」

 

 本来オートマチックで動く艦載機を、単機ならばともかく、全て脳波によるマニュアル・コントロールに切り替えたのだから、その負荷が体に与える影響は計り知れないものがある。

 遂にはその右目も真っ赤に染まり、やがて血涙が堰を切ったように流れ出す。

 だが、葛城は微動だにしなかった。今ここで気を失おうものならば、これまでの働きが無駄になる。そんな思いが、血と共に溢れて、海面に消えてゆく。

 

 「葛城、もういい! あとは僕たちがやる!」

 

 血に染まり、酷い見た目になり果てた葛城の姿を見て、初月が悲痛な叫びを上げる。しかし、それは届いているのか判らない。

 最後の一合、それは彼女にもわかっているのだろう。だからこそ、やり遂げたいのだろう。

 

 「だい……じょう、ぶ……負けない……負けて……たまるかァアアアアア!!」

 「来ヤガレ、薄ッペライ泥船ガァアアアッ!!」

 

 お互いの意地が咆哮となり、混ざりあう。

 烈風はその名の通り烈しい風となって、ヲ級の艦載機を吹き飛ばし、そして消えていく。

 次に、流星。宙を流れ、死を訃る星は、高く舞い上がったのち、ヲ級の直上から侵入、そして爆弾を投下した。

 

 勝った。おそらくは。

 だがそこで、初月はある事実に気付く。抜群の動体視力を誇る彼女の視界、そこに映るもの全てはスローモーションとなっていたが、今正に必殺の一撃を貰わんとするヲ級の足元……

 ワ級の残骸が、影も形も無くなっているということに。

 

 「かつ……!」

 

 だが、もう遅い。

 ヲ級のユニットが口を開き、己の上空を覆うように、黒い霧を吐き出す。そしてそれは、コンマ数秒の早さで新たな艦載機となって、爆弾を受け止めた。

 

 凄まじい威力の爆発が巻き起こり、圧と衝撃、そして爆風が周囲に広がっていく。

 

 「やったッ!」

 「ぅううう……ッ」

 

 比叡の嬉しそうな叫びをよそに、初月は唸り声にも似た威嚇の声を絞り出す。

 それに気づいたのは恐らく、自分だけであろうという直感が、彼女の本能に訴えかけて、肉体がそれに付随して動く。

 葛城の様子から察するに、彼女にはもう、戦う力は残っていない筈だ。頼みの烈風ももうない。だとすれば。

 護れるのは己だけだ。初月は吠えた。友のため。そして勝利のために。

 

 「葛城ィイイ!!」

 

 だが次の瞬間。

 爆炎の中から、ヲ級の艦載機が飛び出し、初月の脇腹の辺りに直撃した。障壁などまるでなかったかのような、強烈な一撃である。伝わった衝撃は艤装を紙のように破壊し、被服までを弾けさせた。

 葛城を助ける…その一点のみに意識を集約させていた初月は、それを避けることも防ぐことも、出来なかった。

 

 「がッ……!」

 「初月!?」

 

 瞬間のことで、状況を飲み込めないでいた比叡であったが、それでも初月が大破し、吹き飛んだことだけは判った。

 そもそも何故初月が葛城の方へと走ったのかも、不明瞭なままな比叡であったが、爆炎が晴れるにつれ、すぐに事態を理解する。

 ヲ級の周りには、新たな艦載機が渦を巻いて飛び回っていたからだ。

 

 「な、なん…で……!?」

 「アハハハハ、アーア……ヨク頑張ッタンダケドナァ……」

 

 破片か何かで傷を負ったのか、若干ではあるが出血の見られるヲ級が、そう笑っては、千切れかけてぶらりと垂れた己の左小指を、ばきりと噛み千切った。

 

 「アンマリ時間モ残ッテ無イケドサァ……ソコノボロ船片付ケタラ、相手シテヤルヨ」

 

 小指と共に吐き捨てた、時間が残っていないという、理解の外にある言葉を聞きつつも、比叡は既に主砲をヲ級へと向けていた。

 葛城は立って項垂れたまま微動だにしておらず、流星改もいつの間にかその姿を消していた。それは彼女の意識が途切れているか、あるいはその寸前であるか、だ。

 呉からの援軍が来るとは言え、あのヲ級の暴力ならば、残った四隻を殺しきることなど、赤子の手をひねるよりも容易いことだろう。それを為したあとで、逃げるなり戦うなりすることも出来る。

 それだけはさせてなるものか、と、比叡は主砲を一斉発射した。

 

 「フン……物覚エノ悪イ奴ダナァ」

 

 だが、徹らない。

 徹甲弾をシールドで防ぎつつ、ヲ級はそう呟き、大量の艦載機を比叡に向けて射出する。一機一機が必殺の威力を持つ、殺意の具現化である。

 

 「くっ……!」

 「オマエハソイツラト遊ンデナ……」

 

 ヲ級は比叡にそう言って笑いかけると、立ったままの葛城に近づいていく。

 殺すだけならば艦載機をぶつければいい。しかしそれをしないのには、何か理由があるのか。比叡はもはや声の体を為していない叫びをあげ、葛城の覚醒を促す。

 しかし、葛城まであと数メートル、といったところで、ヲ級の足が止まる。

 

 「アァ……? マダ生キテンノカ、オマエ」

 「やら…せるか……!」

 

 ボロボロになった初月が、ヲ級の足にしがみ付いて、その歩みを止めている。

 轟沈のステータスは出ていないものの、艤装は大部分が破壊され、もはや障壁を展開させることも出来ない。しかしそれでも、初月は葛城を護るべく、ヲ級に食らいついていた。

 

 「…ソンナ余力ガアッタナラ、トットト逃ゲリャアイイモノヲサァ……ナニ? 自己犠牲ッテヤツ? 友情ッテノ? デモ意味ナクナイ? 死ヌ順番ガ変ワルダケジャナイ? コウイウ風ニ……サァ!」

 

 次の瞬間、ヲ級の蹴りが初月の腹にめり込む。鍛えているとはいえ、むき出しになった白い腹に蹴りを受ければ、ただでは済まない。初月は吐瀉物をまき散らし、腹と、灼ける喉の痛みに悶絶した。

 そして、更にもう一発。

 

 「あ…ぐッ…!」

 「艦載機……タクサン落トシテクレタッケナァ、オマエ……生意気ナ顔シチャッテマァ……」

 

 次は顔面。足の甲で鼻っ柱を強打され、鼻血が迸る。

 艤装が発生させる浮力が働き、水中に沈んで威力を殺すことは出来ない。ヲ級はそれをいいことに、初月を何度も何度も蹴り、踏みつけては、その髪の毛を掴んで引きずり上げる。

 殺すだけならば、頭蓋なり頚骨なりを踏み砕けばよいものを、ヲ級がそれをしないのは、初月の小賢しい業で、己の艦載機が数多落とされた恨みがあるからだろう。

 

 「げぇっほ……げほッ!」

 「アトデチャアント、殺シテヤルカラサァ…モウ、スッコンデロヨナ……ナンダッタラ、自沈シテモイインダゾ…」

 「初月ィイイイイ!!!!」

 

 比叡の絶叫を背に、ヲ級が何度目になるか判らない、歪んだ笑みを浮かべる。そして血と吐瀉物にまみれた初月を投げ捨てると、今度こそ葛城の方へと進みだした。

 だが。

 

 「やらせないって……言ってるんだ……」

 「オマエ……!」

 

 ヲ級の足首を掴んだ初月が、くぐもった声で言う。

 ニヤニヤと笑っていたヲ級の顔から、笑顔が消え、怒りのそれへと変わってゆく。

 

 「護るって……約束したんだ……僕は嘘つきになりたくない……だから……」

 「ダ・カ・ラ? ダカラナンダ? 嘘ツキニナリタクナキャ、オマエ、モウ死ネヨ」

 

 もはや初月と言葉を交わすことに飽きたのか、ヲ級は手にした杖を振り上げ、尖った先端を初月の首目掛けて振り下ろす。

 

 ぶつり、と。肉の裂ける音が漏れる。

 

 傷口から、血があふれ出す。

 

 黒い、黒い血が。

 

 「ナニ……?」

 

 ヲ級は振り下ろす手を止め、後ろを振り向いた。

 

 「初月から……離れろ……クソ野郎……」

 

 そこには、シールドの裏にマウントしていた打根(うちね)……矢を短くしたような形の投擲武器であるが、それを持った葛城が、いまだ闘志の衰えない碧い目でもって、ヲ級を睨みつけていた。

 艤装は無事だが、機能は停止しているようだ。恐らくは『神経叢』が何らかの機能不全を起こし、艤装とのリンクが絶たれているのだろう。

 そんな状態であるにも関わらず、ヲ級の杖が初月の首を貫くほんの少し前に、葛城は打根を投擲し、ヲ級の右肩に突き刺したのだ。

 

 「寝テタンジャナカッタノカ……」

 

 ヲ級は初月を踵で蹴り飛ばすと、葛城に近づき、顔を覗き込んだ。

 その隙を逃がすまいと、葛城はもう一本の打根を、ヲ級の顔面目掛けて突き出す。だが、それは叶わない。

 杖の一撃が、その手を下から弾きあげていた。

 

 「空母ガ白兵戦トカ、笑エル冗談ダナ、泥船野郎……」

 「ハッ、ハッ、ハァ……ッ……」

 

 激しく呼吸をしながら、葛城はそれでも、もう一度打根を振り下ろす。もはや武器はそれだけだ。艦載機も無く、撃ち出す為の梓弓も、その手を離れて後方に浮かんでいる。

 

 「モウイイヨ、オマエサァ……」

 

 ヲ級はそう言うと、打根をかわし左手で葛城の首を掴んだ。先ほど失った小指の辺りから、どす黒い霧のようなものが吹き出ているのがわかる。

 

 「ぐ……く……」

 「先ニ逝ッテロヨ。仲間モスグニ、送ッテヤルカラ、寂シクナイダロウ…?」

 「負け…るか……アンタなんかに……」

 

 圧迫され、苦しみながらも、葛城はヲ級の足を蹴る。しかしそんなものは、まるで効果がない。だが葛城は、それを止めようとはしない。

 例え無様でも、血にまみれても、最後の最後まで、命尽きるまで…戦うと決めた、その覚悟は本物であった。

 

 「アア、ソウダナ……ジャア、死ネ」

 

 艦載機が一機、葛城の直上につく。そのまま頭上からぶつかれば、頭蓋が割れ、おそらくは即死するだろう。

 葛城の死が避けることの出来ない事実であると、そう認識した比叡と初月の絶叫が、雨音を超えて、海上に響き渡った。

 

 剣呑な音を立て、艦載機が降下してゆく。比叡、初月の叫びが、神というものがいるのならば、救いをもたらせとばかりに轟く。

 自分たちも深海棲艦たちを殺しているのだから、逆の立場になることもある。それは戦う者の覚悟として、胸にある。しかし彼女らは物言わぬ機械ではない。戦うだけの道具ではない。

 たかだか20年位しか生きていない自分たちが、人並みの暮らしを奪われ、ただ死んでいくなど、我慢ならないことだ。比叡たちの叫びには、言外にそういった思いも含まれる。

 身勝手と言ってもよい。しかし、それが人間というものの業ではないだろうか。

 

 「あ───」

 

 迫りくる艦載機は、ひどくゆっくりに見えた。

 葛城は生まれてから今までのことを、おぼろげに思い出してはいたが、不思議と恐怖はなかった。

 足柄が言ったように、やるだけやった。ここが自分の限界だと、そう悟った。死んだものの魂が何処へ行くのか、それは判らないが、ならば先にいって、掃除の一つでもしておいてやろう……葛城はそう考えた。

 ごめん、みんな。ごめん、雲龍姉。不甲斐ない自分を許して欲しい。向こうでもし会えたら、いくらでも説教をされよう。

 

 涙が一筋、葛城の頬をつたう。

 

 

 ──瞬間。

 

 艦娘たち、特に空母たる者には憧れでもある、空気を揺さぶる爆音が、絶望の空に響き渡った。

 それは『ハ43-11型発動機』のエキゾースト・ノート。

 そして、翼に赤く刻まれた『空技廠』の文字と日の丸を、まるで長時間露出で撮影したかのような光跡とし、それは来た。

 

 「れっ…ぷう…改……?」

 

 葛城は初め、それをあの世からの使いだと認識した。

 しかし、碧の瞳に映りこんだその深緑の戦闘機……烈風改は、彼女を護るかの如くヲ級艦載機のコースに割り込み、その翼でもって弾き飛ばしたのだ。

 そして烈風改はそのままとんぼ返りをしつつ、翼内にある機銃で目標を完全に粉砕する。

 

 「ナ……ニ……!?」

 

 ヲ級は信じられない、といった表情を浮かべ、葛城を海面に叩きつけつつ、烈風改が飛来した方角を見た。

 望遠で捉えるその姿は、若葉色の上着と、花萌葱色の袴。頭には白い鉢巻をつけ、濃紺の髪をツインテールにまとめた、凛々しい立ち姿である。

 

 「アイツ……!」

 「そう……りゅう……先輩……!」

 

 その者の名は正規空母・蒼龍。呉鎮守府の誇る、正規空母であった。

 規則正しい方陣を組み突撃していく烈風改を見つめ、彼女は一分の緩みも無い姿勢のまま、更に矢を番える。斜面打起しと呼ばれるその型は、力強く、そして美しい。

 

 「目標、敵空母ヲ級……艦載機隊、発艦続け!」

 「オマエラ……援軍ナンゾ……オマエラァアアアア!!」

 

 激昂するヲ級をよそに、蒼龍は第二射を放った。それは葛城のものと同じ流星改となって、ヲ級目掛け突撃してくる。

 

 「クソァア!」

 

 ヲ級は怒声を吐きつつ、すぐにその場を離れ、回避運動に入る。だが、そのコースを、複数の雷跡が塞いでいた。

 いつの間に。誰が。初月はそう思いつつも、この時ばかりは神に感謝した。何であろうが、葛城が助かるのならば、これ以上の僥倖はあるまいと。

 直後、ヲ級のすぐ側の海面が爆発する。すんでの処で気付いたヲ級が、ユニットから艦載機を吐き出しては、魚雷目掛けて突撃させたからだ。四つ発生した爆発により、海面が泡立ち、波が生まれる。

 

 「ありゃ、外した……!? い、いやその神通さん、あれはミスじゃないよ?」

 「わかっています、敷波。あれはおそらく、艦載機を直接ぶつけたんでしょう……なるほど、先日蒼龍さんをやったのは、ああいうカラクリだったと……」

 

 蒼龍の左前方に位置して、雷撃を行った二隻が、なるほど、と頷き合う。

 呉鎮守府の戦闘隊長、軽巡洋艦・神通と、駆逐艦・敷波である。

 

 「ガアアア!! 忌々シイ! 忌々シイ奴等ダナァアアアア!!! ゴミミタイナ人間風情ガッ!!!」

 

 ヲ級の目的はまだはっきりとは判っていないものの、葛城達を倒すことが本懐であるならば、それを邪魔されればこうもなるだろう。最初の内に見せていた余裕のようなものは既に掻き消え、ヲ級は錯乱気味に怒声、罵声の類を垂れ流す。

 そしてその内に、ヲ級は比叡へと標的を変えた。増援が現れ、葛城を殺すことは難しくなったが、比叡だけはいまだ孤立し艦載機の群れと格闘していたからだ。

 ヲ級は杖を振り上げ、比叡へと向ける。

 

 「比叡……さんッ!」

 

 うずくまっていた初月が、声を絞り出す。届くはずもないが、そのような考えは彼女の頭にはない。

 葛城もその場に膝をつき、荒く息をするだけだ。

 

 「蒼龍さん……お願いだ……比叡さんを……」

 「心配要らないよ、初月」

 

 その独り言をマイクが拾ったのか、初月の耳元で蒼龍の凛々しくも優しい声が響く。

 

 「え……」

 「あの子が、いるからね」

 

 その通信が終わるか終わらないかのうち、比叡の後方から、全速で突撃してくる者の姿が、初月の目に映る。

 鉢巻に縫い付けられた『第六十一駆逐隊』の文字。長い黒髪。特徴的な艤装……

 初月が心から敬愛する、同じ型の艦娘。

 

 

 「防空駆逐艦・秋月っ! これより対空迎撃を行います!」

 「あき…秋月姉さん!」

 

 秋月は極めて無駄の無い動作で比叡の周囲を駆け巡り、長10cm砲による対空砲火によって、瞬く間にヲ級の艦載機を撃墜してゆく。無数の火花が散り、残骸が落ちていくさまは、一種の芸術にも似たなにかを感じさせる。

 初月が見せた対空迎撃よりも、更に精度の高いその手腕に、ヲ級の顔は更なる憤怒に染まって、紅潮しているようにすら思えた。

 

 「あ、秋月……!」

 「はい! ご安心下さい! 私が必ず、護ってみせますから!」

 

 限界を迎えていた比叡の言葉に、秋月は力強く頷いて、再び対空迎撃を開始した。

 比叡すら殺せない、と悟ったヲ級の顔はもう、怒りを通り越して虚無にも似た表情へと変わっていたが、やがてふ、と笑いを浮かべて、戦場を睥睨する。

 間もなく、神通と敷波の攻撃も始まるだろう。鹿屋の部隊を絶体絶命の状況にまで追い込んだヲ級であったが、今度は己がその状態であることを理解するのに、そう時間はかからなかった。

 

 「チッ……潮時……ッテ、ヤツカ」

 

 ぼろりと溶け落ちる左薬指を見て、ヲ級はそう呟いた。数瞬前まで、激昂していたとは思えないほど、彼女は落ち着いている。

 そして、足下の海面に目を向ける。すると海面が盛り上がり、そこから四隻の駆逐イ級が出現、艦娘達に威嚇の唸り声を上げた。

 増援か、あるいは初めから待機させていたか、それは定かではないが、ともかくイ級は間髪入れずに、神通達へと突撃を敢行する。

 

 「神通さん!」

 「時間稼ぎ…か。ヲ級は撤退する気ね…」

 

 更に、秋月と蒼龍が掃討していた艦載機群が、一斉に引き上げてヲ級の元へと戻っていく。

 秋月と蒼龍、そして敷波と神通のコンビ。そのどちらも、ヲ級に対し一瞬で決定的なダメージを与える装備は無い。

 

 「あーマズったな、流星は最低限しか持ってきてない!」

 「雷撃はおそらくイ級に防がれますね」

 「く、呉の人たちは……四隻で来たの…?」

 

 飛び込んでくる会話を拾い、比叡がそう尋ねる。無論それを咎めている訳ではない。

 神通はその問いに対し首を振り、笑顔を見せた。

 

 「残りの二隻は、隼鷹さんを快速艇に収容し、その護衛に付いています。霞さんがこちらに来ようともしましたが、万が一を考えて残ってもらっています」

 「隼鷹は、隼鷹は無事なの?」

 「ええ、艤装は完全に大破していましたが、生命には別条ありません」

 

 そこまで言った神通に、一隻のイ級が跳ね上がって、襲い掛かる。砲ではなく、体当たり、あるいは噛みつきによる直接攻撃を狙ったものだろう。

 

 「神通!」

 

 比叡の叫びが響くが、神通は特に動じる様子も無く、腰にマウントされた魚雷発射管から、一本の魚雷を引き抜いては、くるりと身を躱した。

 ガチン、という、イ級の咬合音が響き、その後に着水。すると、急旋回して再び突撃せんとしていたイ級の体が膨れ上がり、大爆発を起こした。

 一瞬の交錯の際、神通は魚雷をイ級の口の中にある砲塔へと突き刺してから、身を躱したのだ。

 

 「ヲ級を倒すのも重要ですが、まずは怪我人を退避させる事が肝要です。敷波、左舷」

 「わかってます……ってえ!」

 

 時間差で飛び込んできた次のイ級に対し、敷波は腰を落とし、左手を前に突き出しては構え、渾身の右上段回し蹴りを叩きこんだ。

 もちもちの頬っぺたと、短めのポニーテールが同期して揺れる。ちなみにパンツは白だ。

 そして敷波は、蹴り足から僅かに遅れて射出された魚雷の尻を、今度は左後ろ回し蹴りでもって蹴りつける。

 吹き飛んだイ級は着水する間も無く、即席のミサイルと化した魚雷を受けて爆散した。

 

 「っしゃあ! 見たか、水上防衛術・敷波因果雷撃蹴!」

 「はしゃがない。さて、残りのイ級は私が片付けます。蒼龍さんは四時方向に浮いている足柄さんを、秋月は初月を、敷波は葛城をそれぞれ護衛して下さい」

 「了解だよ。けどさ神通…ヲ級、何かするんじゃないの」

 「私ならば、あの艦載機を己の周囲に旋回させ、そのまま逃げ果せますが…どうでしょうね」

 「変なこと言わないでよ神通さ……あ!」

 

 困り顔で言った敷波が、声を上げる。

 正に今神通が言った通り、ヲ級は艦載機を己の周りに張り巡らせて、そのまま後退してゆく。神通が威嚇とばかりに主砲を撃ち込むが、それはやはり防がれて効果がない。

 

 「コラー! 逃げんのかー!」

 「よしなさい敷波。言った通り、まずは怪我人を」

 

 神通の静かではあるが、鋭い視線が、ヲ級のそれとちらりと合う。

 戦う意思を無くしたか、あるいは別の策がまだあるのか。しかしどちらにせよ、負けるつもりはない…神通の目はそう言っているようでもあった。

 

 「いいんですか神通さん、ここで逃がしたら…また」

 「その心配はここですべきでは無いでしょう。さて、まずはイ級を片付けねば……」

 

 神通はそう言うと、攻めあぐねて周囲を旋回するイ級に対し、柔らかな笑みを見せた。

 その目の奥にうっすらと見え隠れする、鋭利な刃物の如き殺意を感じて、敷波はぶるりと背筋を震わせた。 

 

 

 

 

 午後14:17

 

 『こちら呉鎮守府第一艦隊、旗艦神通です』

 「……寒村です。どうでしたか…!?」

 『ご安心下さい寒村中佐。間に合いました』

 

 モニターに齧りつかんばかりの勢いで通信を待っていたサムソンが、神通の言葉を聞いて大きく息を吐く。

 そして安堵の表情。すぐ傍で聞いていた叢雲、矢矧も同様の表情を浮かべ、互いに笑い合う。

 

 「あ、ああ、申し訳ない…」

 『いえ、お気持ちお察しします。こちらはヲ級を退けましたが、撃破には至っておりません。隼鷹さん、足柄さん、初月の三隻が大破、比叡さんが小破ながらも疲労困憊、葛城はほぼ無傷ですが戦闘不能状態でしたので、私の判断でそちらの処置を優先しました』

 

 大敗北と言ってよい結果ではあったが、奇跡的に戦死者は出なかった。それだけでも十分だと、サムソンは深く深く頭を下げる。そしてすぐ、司令官たる立場の顔に戻っては、改めて神通の顔を見た。

 

 「して、ヲ級はどの方角に」

 『おそらくはバシー海峡でしょう。我々は今から、そちらの負傷者を連れて、鹿屋まで戻ります。ですので、先ほど伺った作戦概要から判断しますに、そちらの第一艦隊が追撃する、というのがよろしいのではないでしょうか」

「ええ、元よりそうするつもりです」

 

 淀みなく語る神通に、サムソンは塚原に意趣返しをチラつかせて焚きつけた事を、今更ながら恥じていた。

 彼女とて、自分たちに土をつけた相手に対して、一切の感情を抱いてないはずがない。しかし神通は、こちらの負傷者を最優先として、あくまで支援に徹するつもりである。

 

 「……すまない神通さん。あなた達にはどれだけ感謝をしても足りません。己の見込み違い、浅はかな考えが恥ずかしい」

 『勝負とは水物です。起きてしまったことを悔やむより、先のことを考えるべきだと、塚原司令は常に仰いますので……あまり気になさらないで下さい。それに……』

 

 神通は少しだけ笑みを見せると、風になびく髪を直して、言った。

 

 『『艦娘は助け合いだ』と、常日頃から仰っている方がいるそうですよ。私たちも先日、そちらの部隊に助けられました…とてもいい言葉だと、私はそう思います』

 「……! はい…」

 『では、今から鹿屋へと戻ります。快速艇の定員は六隻ですので、そのまま鹿屋の六隻を収容して、私たちは護衛につきます』

 「わかりました。お手数おかけします」

 『では、これで。通信終わります」

 

 通信が切れ、サムソンはゆっくりと席を離れて、壁に背を預ける。

 その目には僅かではあるが、光るものが滲んでいる。

 

 「提督…?」

 「あ、ああ、いや。気にしないでくれ。それより叢雲、第一艦隊とは通信出来るかい」

 「ええ、さっきから繋がってるわ。ただ、大分ノイズが混じるわね……ヲ級の奴、やっぱりECM的なモンを使えるんでしょう」

 

 そうか、とサムソンは答え、叢雲からインカムを受け取っては装着する。

 

 「こちらは司令部だ。摩耶、聞こえるか」

 『おう! 何とかな!」

 「第二艦隊は手ひどくやられたが、全員無事だ。呉の救援が間に合ったんでね」

 

 沈黙。そしてしばしの間を置いて、摩耶の大声がサムソンの鼓膜に響く。

 

 『そうか! そんで!? ヲ級の野郎はどうなった!?』

 「呉の部隊からの報告によれば、ヲ級は単独で南西方面へと向かったらしい。いや、待て……ビーコン……? 矢矧、解析!」

 

 会話を遮り、サムソンが第二艦隊側をモニターしていた矢矧に指示を出す。

 彼が急にそうしたのは、司令室の大型スクリーンに映し出された現況図に、赤々と灯る一つの光点が現れたからだ。

 

 『どうした、どうした』

 「これは……葛城の艤装周波数だわ」

 「移動してる…わね。つまり……」

 「摩耶、僕はもう一度呉の部隊と連絡を取る。君達は警戒しつつ、叢雲の指示に従って進んでくれ」

 『よくわからねーがわかったぜ! 叢雲、しっかり案内しろよ!』

 「任せて」

 

 

 

 

 午後14:38

 

 沖縄近海。

 

 「快速艇がもう間もなく来ます。あなた達を収容したら、そのまま鹿屋までお送りしますから」

 

 応急処置キットの蓋を閉じ、神通が言った。

 比叡は既に気力を取り戻し、初月も顔面を絆創膏まみれにしながらも、自力で立ち上がっている。そうこうしている内に、足柄も目を覚まし、敷波に手当を受けていた。

 

 「葛城、調子はどう」

 「………蒼龍、先輩……」

 

 鼻と右目からの出血は止まっていたが、葛城の顔色は良くない。偵察機などを脳波コントロールし、感覚をリンクさせることはあっても、それはあくまで少数であるから、さしたる影響はない。だが今回葛城は、艦戦を、しかも相当数の数を無理矢理に従わせて、操ったのであるから、それが体に与えた影響は計り知れない。

 蒼龍は気を抜けば倒れてしまいそうな葛城を向かい合って抱き留め、その大きな胸に埋めさせるようにして支えていた。

 

 「汚れちゃいます、血で。服が」

 「何言ってんの、この子は。そんな事気にしないでいいんだよ」

 

 葛城の背中をぽんぽんと叩きながら、蒼龍は笑う。先ほどまでの戦闘で服が濡れたため、血は乾かず、確かに蒼龍の上着にべっとりと染みを作っていた。葛城にはそれが我慢ならなかったが、しかし伝わってくる蒼龍の体温と、それによってもたらされる安心感が、彼女の末っ子気質を刺激すれば、離れるという選択肢もまた離れていく。

 

 「先輩、わたし」

 「うん?」

 「私なりに、がんばったんです」

 「うん」

 

 蒼龍は、葛城の体が小刻みに震えているのを感じていた。艤装は復帰し、ヒーターも機能している筈であるが、そうではない。

 葛城は、大粒の涙をこぼしながら、嗚咽を上げ始めた。

 

 「だのに、あいつにはかなわなかった。皆、死んじゃうと思った」

 「うん」

 「怖かったけど、足柄さんや、皆のことを考えたら、やれると思った。でも、かなわなかった……かなわなかったんです」

 

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、葛城は続ける。

 

 「くやしい。くやしいよう……わたし……」

 「そうだね。でも、誰も死ななかった。それはどうしてだと思う」

 「それは、蒼龍先輩たちが来てくれたから……」

 

 蒼龍はにっこりと笑って、首をふる。葛城は子供の様な表情で、わからない、といった素振りをし、蒼龍の目を見つめた。

 

 「確かにそうかもしれない。けど、私たちが間に合ったのは、どうしてだと思う?」

 「それは……」

 「そう。あなたが……ううん、戦っていた皆が、最後まで諦めずに、投げ出さずに戦ったからだよ。だから時間が稼げた。私たちが着いて、ヲ級を射程に捉えるまでの時間を稼げた」

 

 取り出したハンカチで葛城の涙を拭い、蒼龍は言った。怯える子供を安心させるかのような、穏やかで優しい口調に、葛城の涙は拭っても拭っても、あふれ出してくる。

 

 「それは、誰のものでもない、葛城たちのしたことでしょう。奇跡とか、天祐なんてものじゃなくて…、何て言うのかな、諦めずに戦って、努力して、色んなものを積み重ねたから手に入れられた、当然の結果だよ」

 「せん……ぱい……」

 「だから悔しくても、それをいつまでも気にしちゃあダメだよ。次、悔しい思いをしないように、また色んなものを積み重ねていくのが大事だと、私は思うな」

 

 言葉はなかった。葛城は蒼龍の胸に顔を埋め、しばらくの間、泣いた。

 雨は止み、いつしか雲間から、僅かではあるが、陽光が差し込みつつあった。

 

 「初月も、よく頑張ったわね」

 「どうかな、必死だったからよく覚えてない」

 「ありがとう敷波、大分楽になったわ」

 「任せてよ! いっつも神通さんに折檻されてるかんね、応急手当のやり方はばっちりだよ!」

 「あはははっ、そりゃ大変だあ」

 「何が折檻ですか。あれは愛の鞭というものです」

 「ヒエッ!? じ、神通さんは裏表のない素敵な人です!」

 

 そこここで、笑い声が起きる。本来ならば厳粛に行わなければならない作戦行動ではあるが、それを今、この状況で強いるのは酷というものだろう。生きて命を繋げた喜びを、彼女らは他愛のない会話をすることで実感出来ているのだから。

 そんな折、神通に通信が入る。先ほど終了した、鹿屋基地からであった。

 

 「こちら神通。寒村中佐、どうなされました」

 『すまない神通さん。ヲ級の足取りが正確に掴めました』

 

 その言葉に、神通の表情が武人のそれになる。

 

 「どういうことです?」

 『葛城は傍にいますか?』

 「ええ、います」

 『葛城の艤装の一部が、ヲ級に付着、あるいは持ち去られている、ということはありますか』

 

 拡散され各々のインカムに入ってくるサムソンの言葉に、葛城がはっとした表情を見せた。そして、基地への通信を開く。

 

 「矢矧さん! 提督! 私! あいつに…ヲ級に、打根を刺しました!」

 『……なるほどね。こちらの推測してたのとほぼ、一致するわね』

 『艤装が一時ダウンしていて、その後復帰したから、リンクが確立したってことだね。葛城、お手柄だ』

 

 ノイズ混じりではあるが、その会話を聞いて、なるほどと蒼龍が頷く。

 つまり、葛城がヲ級に打ち込んだ打根が、簡易的ではあるが、マーカーの役目を果たして、ヲ級の位置を知らせているということだ。打根から葛城の艤装へ。そして艤装から鹿屋へ。

 

 「しかし寒村中佐、これは推測ですが、ヲ級が再び重金属雲を展開させれば、その信号は途絶するのではないでしょうか」

 『僕もそれを懸念していたところです。今、第一艦隊がヲ級へと進行していますが、ここは確実に接敵するまで、様子を見たい』

 「了解しました。今しばらくここに留まって、信号の中継をした方がよいと」

 『うちの部隊がほぼ戦えないというのは、わかっています。甘える様で申し訳ないが、護衛を頼めますか』

 

 サムソンの言葉に、神通は是非もなく頷いた。理解が早いというのは、彼女が幾多の戦場を経験してきたことに裏付けされている。

 逃がしてしまったが、あれをいつまでも放置していれば、また新たな被害が出るのは想像に難くない。意趣返しよりも鹿屋の救援を優先したとはいえ、神通とて内心穏やかではなかったのかもしれない。

 

 「では、そちらの第一艦隊が接敵、ヲ級を撃滅するまでは、この場に留まります」

 『頼みます。比叡、君たちは手負いだ、今後何かあっても、神通さんの指揮で動くように』

 「はい、司令」

 『それと、ヲ級の攻撃手段、戦術傾向など、気づいたことは全て知らせてくれ。逐次、摩耶達に伝えなければならないからね』

 

 

 

 

 午後14:46

 

 『と、いうことだ。ヲ級は単機だが、まずその膨大な数の艦載機を、攻防一体として使う。砲撃は徹らないと思って間違いないだろう』

 

 第一艦隊は依然全速のまま、沖縄方面へと進んでいた。ヲ級に近づいている、というのは、葛城のマーカーで判っていたが、それは同時に、徐々に通信が弱まるということを意味していた。

 それ故サムソンは、ヲ級に対する注意点を、出来る限り摩耶達に伝えている。

 

 「徹甲弾すら弾かれるってんならよ、つまり艦載機をブチ落としてからじゃねえとダメってこったろ」

 『そうだ。だが、そちらには三式弾があるから、まずは雲龍、千代田、山城で敵機の数を減らすしかない』

 「なるほどな。んじゃあ逆に言えば、特に雲龍と千代田を護らねーことにゃ、こっちもやべえってことだ」

 

 摩耶は首をゴキゴキと鳴らすと、サムソンの言葉に傾注している、後続の五隻を見た。己の役割を理解したのだろう、摩耶は不敵な笑みを浮かべて、拳を握りしめる。

 

 『摩耶は対空防御に専念し、ともかく空母部隊を護ってくれ。夕立はどちらの直掩につくのがいいか……』

 「朝のブリーフィングでは、あたしは雲龍さんにつけって言われたけど、そのままでいいっぽい?」

 『うーん…ああ、ノイズが増えてきたな……千代田はどうだい』

 「私はそれでいいと思うなァ。彩雲と流星な私より、烈風多めの雲龍を護るべきじゃない?」

 

 千代田がそう言うと、皆が雲龍を見た。

 しかし当の雲龍は、先ほどからずっと空を見上げて、正に上の空である。

 

 「おい、雲龍。聞いておるのか」

 「え、ああ……ごめんなさい。多分、だけど……雷雨になる」

 「お天気お姉さんかお前は! ったく、夕立をお前と千代田、どっちにつけるって話だよ、どうすんだ」

 

 いまだ交戦状態になっていないにも関わらず、雲龍の雲のように白い頭髪には、碧い雷が、ほんの僅かであるが奔っていた。

 雲龍が鹿屋に来てから、隼鷹と共に彼女の面倒を見ていた千代田が、ふむ、と注目する。そして口を開く。

 

 「雲龍がこうやってさ、空ばっか見てる時って、何だか知らないけど、凄い力出すんだよね」

 「あァ? そうなのか?」

 『そうなのかい?』

 「そうなの?」

 

 千代田の言に、摩耶やサムソンだけでなく当の雲龍までがそう問うのだから、千代田は往年のギャグマンガの如くずっこける……モーションを取った。

 

 「そうなの! 雲の龍って言うくらいなんだからさ、なんかこう……クラウドファンディング的な……」

 「何言ってるかまったくわからないっぽい」

 「千代田はかしこさが全部胸とお尻に行っちゃうから」

 「帰ったら熱を測ってやるでのー」

 「う、うっさいよ! とにかくさ、私は雲龍のフォローに回るよ。雲龍もそれでいいよね?」

 

 ともあれ、雲龍は千代田の提案を受け入れた。陣形が変更され、対空防御に優れた輪形陣となった第一艦隊は、曇り空の下をひた進んだ。

 

 『それと、ヲ級は増援を呼ぶ可能性もあるとのことだ。接敵するまでに、ある程度の援軍と合流しているかもしれない』

 「ちッ、はしっこい奴だな? だがいくら何でも、戦艦やら重巡やらをひっ連れてくるわけじゃあ、ねーだろ?」

 『おそらくは、ね。ただ警戒はしていてくれ……いいかい、まず射程外からの不意打ち。増援。そしてヲ級自体の戦闘能力。それらには特に、だ』

 

 いかなサムソンと言えど、ここを突破されれば、再びヲ級を捕捉するのが格段に難しくなる、ということは判っているようで、言外に含まれた思いは、その静かな口調からもひしと伝わってくる。

 摩耶を始めとした第一艦隊は、背筋を伸ばして、一斉に「了解」の返答をし、そして前を見つめた。

 

 午後14:49

 第一艦隊 接敵予測

 

 

 

 

 午後14:58

 

 そして、ヲ級である。

 ぶつぶつと支離滅裂なことを呟きつつ、彼女は南西の方角へと突き進んでいた。その顔は歪んだまま固着されて、ヒビが幾重にも浮き上がっているように見えた。

 随伴するのは駆逐イ級が三隻のみである。その内に、イ級がなにがしかの音波を発し、ヲ級に何事かを告げた。

 

 「アァ……?」

 

 その報告に、ヲ級は己の右肩を見る。

 葛城の放った打根が、依然突き刺さったままだ。法儀式により浄化、精錬された鉄鋼からなる艤装は、深海棲艦たちにとっては極めて不快で、忌避すべき波長のようなものを放っている。大げさに言えば、吸血鬼にとってのニンニクや十字架、鬼にとっての豆や柊、イワシの頭と同義である。

 ヲ級は歪んだ表情のまま舌打ちをし、左手を肩に伸ばしては、それを引き抜こうとする。

 

 しかし。

 ヲ級の左手首から先が、ぼろり、と砕けては海面に消えた。

 

 「……ビーコン、カ……フフ……ヒヒヒ……ナルホドナァ」

 

 喪失した左手を惜しんだり、呆気に取られたりするでもなく、くぐもった笑いを漏らし、ヲ級はおもむろに杖を振り上げると、その先端をイ級の脳天とおぼしき場所に突き立てた。

 ワ級がそうなったように、イ級も溶解し、黒い霧となってヲ級のユニットへと吸収されてゆく。

 

 「面白イジャナイカ、最後ノ最後デ、マタ大暴レデキルッテノモ……」

 

 そして、その視界が望遠で捉えるは、摩耶達、鹿屋基地第一艦隊。

 ヲ級はとびきりの笑顔を顔中に張り付かせ、両手を広げた。艦載機が放出され、渦を巻く。まき散らされる重金属が空へと作用し、上空はにわかにかき曇ってゆく。

 稲光が閃き、ゴロゴロと音を立てはじめる。

 

 「散リヌベキ 時知リテコソ 世ノ中ノ 花モ花ナレ 人モ人ナレ…… 誰ノ言葉ダッタカナ……マァ、イイカ……」

  

 午後15:00

 第一艦隊 戦闘状態に突入。




 雲龍の出番はあった
 ウソは言ってない

 次で、次で多分終わります。
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