才能無いのと遅筆のコンボに冬イベがドン! して、もう一週遅れるドン!×4くらいのハイパーコンボが炸裂!
お気に入り登録して下さってる方々には本当頭が上がりません。
少しでも楽しんでいただければこれ幸いです。
嵐を纏って、それは来た。
第二艦隊からの報告通り、ヲ級は無数の艦載機を己の周囲に展開、回転させて、その隙間からこちらを睨みつけている。
異様な光景であった。数で優っているとはいえ、容易に勝てる相手ではないと、誰もが思った。
しかし。
「はン、御大層なもんだぜ」
摩耶は白い歯を見せて笑い、ヲ級の視線に対して真っ向から、ガンを飛ばす。
大敗を喫し、呉の面々が来なければ戦死者さえ出ていたかもしれない第二艦隊の意趣返し……摩耶の頭には、それしかなかった。
恐怖や迷いといった、後ろ向きな感情が入り込む隙など、まるでない。
「かッ…! 聞くのと見るのとではまるで違うの。しかし摩耶よ、やる気があるのはよいが、警戒はすべきじゃと思うが」
「そりゃそうだ。けどな利根ェ、あたしは今正直言ってな、あの羽虫みてぇな艦載機を、どうやって叩き落してやるか……それだけしか頭に無ェんだよ」
「うわ、怖い顔してるわ」
「やれやれ、お主に限っては、言っても無駄か。さればよ摩耶、任せるぞ」
低く笑う山城と、肩を竦め息を吐く利根。そして夕立は目を爛々と赤く輝かせて、今か今かと号令を待つ。
そして複縦陣の最後尾、千代田と雲龍が揃って、頷き合う。
間合いまで、あと200メートル。
「雲龍、もし万が一の時は、夕立と私があなたを護るから、無理はしちゃあいけないよ」
「うん。けど、大丈夫」
「大丈夫じゃない。葛城のことを聞いて、あなたちょっと頭に来てたでしょう」
千代田18歳、雲龍は推定20代前半である。プライベートな話はしないのが不文律とはいえ、同じ空母同士、差しさわりのない範囲でそういった会話をすることもある。
配属時期の差と先任ということもあり、雲龍は年下の千代田と隼鷹を、血は繋がらないが、姉……といった風情で慕っていた。その千代田にそう指摘されれば、彼女とて頷かざるを得ない。
「まぁ、私だって正直、あいつぶっ飛ばしたい気持ちはあるよ。けどまずは生きて帰ることだよね」
「そうね……そう思う」
「だから、なおさら熱くなっちゃダメってことよ。さぁ、それじゃあ、やりますか!」
「……千代田」
「なに?」
「……ありがとう」
絡繰式飛行甲板を展開させた千代田が、その言葉を受けて微笑む。
雲龍もまた柔らかく笑って、手にした神社幟を構えた。掛け軸の如き飛行甲板が、艤装からのエネルギーを受けて、淡い色の紋様、鳥居型のオーラを発現させていく。
「向コウニモ……似タヨウナ……空母ガイルナ……匂イデワカル……同ジ、型カ……」
鼻をひくつかせ、ヲ級が呻くように言う。先行するイ級から、測距ならびに相手の編成などが上がってくるが、ヲ級は上の空で、ただその匂いの発生源を探している。
だがそれもすぐに止め、ヲ級は艦載機の回転半径を徐々に広げて、航行速度を落とした。待ち構えるつもりだろう。
「サァテ……ドウ出ルカ……グッ……!?」
そのヲ級が、顔を顰めてはうめき声を上げる。彼女の腹の辺りにひび割れが走り、そこから黒い霧が噴出を始めたのだ。
ダメージの蓄積か、あるいは別の何かかは判らないが、第二艦隊との交戦がヲ級に影響を与えているのだとすれば、彼女らの奮戦にも意義があったと言えるだろう。
「壊死ガ始マッテルナ……ハハ、マァイイヤ……ナラ、一匹デモ多ク、道連レニシテヤルトスルカ…」
ヲ級は自嘲とも諦めともつかない様子でそう言うと、更に更にユニットを吐き出した。
先の戦いから察するに、ヲ級は仲間の体を融解させて吸収、艦載機として再構築できるのだろう。一般的な補給という概念をまったく無視した、常識では考えられない極めて強力な存在ということになる。
しかし、彼女の体はぼろぼろとひび割れ、崩壊を始めていた。恐らくはその戦術も、ノーリスクで使える程、都合よくは出来ていないのだろう。
「ン……あいつ、ダメージを受けてるっぽい!」
「いくら強くとも、第二とやりあって、無傷でいられなかったってことね……けど、艦載機は多いわ……千代田達が攻撃する前に、三式弾で数を減らすってのは、どう?」
「しかしな山城よ、奴の艦載機は徹甲弾すら防ぐという。生半な距離から撃ったところで大した効果は無かろう。我輩らはまず、イ級を蹴散らし、奴が補充など出来ぬようにするのが良いと判断するが」
確かにそうね、と山城は頷き、摩耶を除く三人もそれに同意した。イ級を減らせば、それだけヲ級は手数を失うことになるのだから、迷っている暇はないだろう。
「うし、確認するぞ。奴の攻撃は空母部隊とあたしで対処する。その隙に利根と山城、夕立はイ級をやれ……いいな」
「わりとざっくりしておるがまぁ…よかろう」
「了解」
「ぽい!」
「うん!」
「雲龍了解」
遠方の空に雷が走り、海上に落ちた。轟音が轟く。
そしてそれが、合図となる。
「間合いに入った! 攻撃隊、発艦よ!」
航空戦の間合いである。千代田は慣れた手つきで絡繰を操作し、艦載機へと変えて射出してゆく。
続いて雲龍も艤装に接続された御札入を手に取っては、中に詰まった式符を展開させたのち、幟に浮き上がった鳥居紋様を経由させてゆく。
「……第一次攻撃隊、発艦始め……お願いね」
まずは烈風が先行し、その後に流星が続いて高度を上げていく。対するヲ級はぶっきらぼうに杖を振り上げて、艦載機を射出した。隊列も何もない、乱れた陣形ではあるが、その数はやはり多い。
千代田はごくりと唾を飲みこみ、腰を落としてはその後の展開に備える。対する雲龍は、普段と特に変わる様子はなく、あくまで飄々としていて、決まった形を持たない雲のようでもあった。
「烈風が上空へ退避し、流星が攻撃したら、私たちが前に出るわ。フォローよろしく」
山城の声がインカムから聴こえてくる。部隊は速度を落としつつ、まっすぐヲ級へと向かう。
「交錯予想、あと4秒……」
「3、2、1……今!」
烈風とヲ級艦載機が火花を上げつつ、ドッグ・ファイトを開始した。雲龍は幟を掲げたり、回転させたりしながら、烈風隊へと細かな指示を伝え、千代田は流星隊の高度を上げ、その時に備えた。
そして、烈風は数多くの艦載機を落としたのち、旋回して雲龍の元へと戻っては、式符となって滞空する。
「ごめんなさい、敵機、結構残ってる……!」
「気にすんな、まるっきり通用しなかったワケじゃねえ! 千代田ァ!」
「わかってる!」
綻びの生じた防御網を確認し、千代田がすかさず流星を突撃させる。無数の爆弾が投下され、ヲ級の周囲に着弾、爆発した。
通常の相手であれば、撃沈ないし大破まで持っていけるはずだが、誰も気を緩めない。ヲ級が断末魔の悲鳴を挙げ、昏い海の底に還っていくまでは。
しかし、爆炎が晴れてもなお、ヲ級はそこにいた。何をどうやって防いだのかは、見当はつく。しかし目の当たりにしてみれば、その異様さが改めて彼女らの認識を揺さぶっていく。
「直撃でも倒せないっていうの……!?」
「ビビってんじゃねえ! とりあえずイ級共を蹴散らせ!」
「言われるまでもない!」
利根と夕立がまず魚雷を投擲し、次いで主砲を斉射。続いて山城が巨大な艤装を稼働させ、狙いをつける。二人の砲撃による夾挟弾ないし至近弾でイ級の動きを制限し、最大威力の主砲を直撃させる算段なのだろう。
しかしそれを見たヲ級は一歩も動かず、まずは艦載機で雷撃を処理。次いで前方に別の艦載機を射出し、利根と夕立の砲弾を相殺しては攻撃へと転化する。
そしてイ級もイ級で、次々と砲撃を開始し、戦場は次第に荒れ始めてゆく。
「あいつの艦載機、ずるくない!?」
「ずるいっぽい!」
魚雷や砲撃を瞬く間に無効化されれば、そうも言いたくなるだろう。憤慨する夕立と山城を見て、摩耶も若干血圧が上がるが、そこは旗艦たる役目をすぐに思い出し、深呼吸をひとつする。
「山城、まだ撃つな!」
摩耶の指示に従い、山城は副砲へとコントロールを切り替えて、腰を落とす。すぐに大きな声で次の指示が飛んでくる筈だ。
しかし摩耶はそれをせず、大きく息を吸い込むと、気合と共に前に飛び出した。
「墜ちやがれ!!」
初月や秋月とはまるで違う、荒々しい動きである。狙いもそこまで精密という訳ではない。
しかしその代わり、猛烈な火勢で唸りを上げる、Bofors40mm四連装機関砲の砲撃密度は生半可なものではなかった。初月達が艦載機を捕捉して撃ち落としていく『点』の攻撃であるならば、摩耶のそれは『面』といってもよい。重巡洋艦の積載量を活かした、物量任せの豪快な戦術である。
その勢いの前には、いかなヲ級の艦載機とは言え成す術もなく墜落していった。
摩耶は手を緩めず、すぐに20.3cm(2号)連装砲へと装備を切り替えると、一番近くにいたイ級に対して砲撃を開始する。
「オマエモ……迎撃ガ上手インダナ……驚イタヨ……」
「そうか、喋れるんだったな、てめェ……あたしの仲間を随分と可愛がってくれたそうじゃねえか」
「別ニ……誰デアロウト関係ナイ……敵ハ沈メル。ソレダケダ」
「そりゃそうだ。そんならあたしもやる事は一つ……てめェをぶち殺すだけよ」
急に話しかけてきたヲ級を、怯えも物怖じも無いまっすぐな目で見つめて、摩耶はそう吐き捨てた。
とは言えヲ級の艦載機の数はいまだ衰える様子を見せず、摩耶は再び対空防御へと専念せざるを得ない。
「ち、あのイ級め、突撃は仕掛けてこんのか!」
「小口径とは言え当たれば面倒ね。雲龍、千代田はまだ時間がかかる」
お互いの状況は反航戦から同航戦へと変わり、そこで摩耶の指示が飛ぶ。
「頭を抑えんぞ! 全艦、速度一杯!」
「了解!」
「待って!」
速度を上げ進もうとしていた摩耶が、その声に動きを止める。
発したのは雲龍だ。
「どうした雲龍、余裕はねえぞ!」
「来る……全員、対ショック姿勢!」
何が来るのか、それも判らないまま、しかしそれでも全員が身を低くし、障壁を展開する。
その様子を見咎めたヲ級はぎたりと笑い、艦載機を突撃させた。
が、しかし。
第一艦隊とヲ級との間に、凄まじい音を轟かせて、一条の雷光が奔った。
「う……!?」
戦艦の主砲もかくや、といった衝撃と閃光が弾け、ヲ級の艦載機が巻き込まれては砕け散っていく。
「ら、落雷……!?」
「ここは雷雲の真下……すぐに移動をしないと」
「ち、そういうことか! 全艦速度そのまま、一度離れるぞ!」
「障壁じゃ防げないの!?」
艤装が展開する障壁には、物理攻撃を防ぐという役割の他に、深海棲艦が発する重金属粒子の無害化や電波の安定化などといった機能が備わっている。
そして、こういった荒天下での落雷による感電事故を防ぐ、いわゆるアースの役割も果たしている。本来ならば地面に電流、電圧による負荷を流して安全を確保するアースが、海上で機能するのは、正に人類の叡智の結晶たる艤装の面目躍如である。
しかし大自然の力のというものは時として、そんな小細工など何するものぞ、と言わんばかりに荒れ狂い、強大な暴力となって訪れる。
艦娘がもし万が一落雷の直撃を受けたとして、その負荷に耐えられるのは、おそらく一度きりだという計算がなされている。それ以上は艤装のキャパシティを超えて、着装する人体に被害を及ぼすだろうとも。
落雷を受けて死なない人間などまずいないのだから、つまり雷雲の下での戦闘は、死というものをより一層意識せざるを得なくなる。
「けど、チャンスじゃない!? あいつは落雷なんて受けたら、無事じゃ済まないっぽい! こっちは最低でも一度は防げるんでしょう!?」
「馬鹿もん、それはあくまで理論上の話じゃ! 雷雲の真下でドンパチやった部隊なんぞ、我々が初だろうよ!」
そこかしこに、落雷が始まる。ヲ級やイ級の吐き出した重金属粒子と、雷雲が交わり、肥大化して、極めて巨大な災厄と化したのは想像に難くない。利根は後方に落ちた雷に身を震わせつつ、摩耶を見た。
「待て。雲龍、お前はなんで雷が落ちるってわかった?」
「……なんでだろう。説明は出来ない……けど、わかる。雷が落ちるところに、予兆みたいなものが見えるから」
「つまりよ、雲龍の指示で動けば、ある程度は安全ってこったろ?」
「正気なの!?」
普段は物静かな山城までが、大きな声で摩耶にそう問うた。雷鳴と雨で、声が聴きとりづらいということもあるが、彼女もかなり焦っているのだろう。
「……部隊を二つに分ける。あたしと夕立、雲龍が仕掛けるから、お前たちは落雷に遭わないよう動きながら砲撃で牽制しろ」
「しかしだな!」
「あたしはお前らがびびってるとは思わない。慎重にならざるを得ないってのもよくわかる……けどな、ここであいつを逃がすワケにゃいかねえ、そうだろ。だから、部隊をわける。
「摩耶……」
「それに二つに分かれりゃ、片方になんかあった時、逃げるのも、戦うのもやりやすいはずだ」
そう言われてしまえば、利根たちも納得せざるを得ない。これだけの人員を動員してなお、逃がしました、倒せませんでしたでは申し訳が立たない。生きて帰ることが出来れば御の字とはいえ、彼女らとてプライドはある。
そこからの動きは早かった。摩耶、夕立、雲龍の組と、利根、山城、千代田の組は二手に分かれ、ヲ級の左右についた。お互いの射線がぶつからないよう位置取りをする彼女らを見て、ヲ級が何事か呟く。
「……落雷ヲ警戒シテイルノカ……マァ、妥当ナ判断ダナ……サテ、ドウスル」
対するヲ級は落雷など意にも介していないようだ。と言うよりは死ぬことなど微塵も恐れていないように思える。
どこから来てどこへ消えていくのか、不明瞭なことが多い深海棲艦であるから、その精神のつくりもこちらからでは推し量ることはできない。
そしてそれが、深海棲艦の強さでもあった。
「左右カラ挟撃カ……アノデッカイ艤装ノ奴ガ一番火力ヲ出セソウダナ……」
ヲ級側も、そこからは早かった。ヲ級は艦載機の一群を摩耶達にけしかけ、自分はイ級と共に利根達の方へと突撃を仕掛けてきた。おそらくは接近戦。膂力が強く、また変幻自在の艦載機攻撃を使うとなれば、もはやヲ級は空母というカテゴリーではない。別の何かだろう。
「こっちに来る!」
「落ち着け千代田、我輩らがどうにかする! 山城、ヲ級を狙え!」
「了解!」
周囲を廻る艦載機によって、ヲ級の姿はまるで見えなくなるが、その中心にいるのであれば、する事は一つだ。
山城は砲塔を向け、一斉に砲撃を開始した。
利根も利根で、猛スピードで突撃してくるイ級に砲撃を仕掛ける。
「あいつ、接近戦でも仕掛けるの……?」
「艦載機をああやって使うんだ、そんくらいは出来るんだろうよ! 艦載機落としたら援護に向かうぞ!」
「了解っぽい!」
山城の砲撃が炸裂し、艦載機の竜巻は幾分薄くなる。しかしゼロになった訳ではない。次弾を装填しつつ、利根達は後退して距離を取る。
しかしヲ級という暴風は存外に早く、徐々に距離を詰められていく。
「あ、あれに巻き込まれたら……!」
イ級の砲撃を回避しつつ、千代田が不安げな声をあげた。通常の海戦では考えられない、まるで遠心破砕機のような攻撃を仕掛けてくる相手とぶつかるのは、過去に例の無いことで、今回のケースが初めてである。
それ故対策はどうしても後手に回ってしまう。おまけに落雷がいつ、どこに落ちてくるか判らない状況でもあるから、焦るな、不安になるなという方が無茶である。
「利根、三式弾を使うわ!」
「……それしかあるまい。しかしこれ以上距離を詰められると、十分な効果は得られんはずじゃ! 千代田、ありったけの艦戦で山城を護れ!」
「し、紫電改がちょっとしか無いけど……!」
「何もせぬよりはマシじゃ!」
「わ、わかった!」
それを見透かしたかの様に、一隻のイ級が魚雷を発射した。利根達は左舷に舵を切りつつ、それをギリギリのところで回避。装填を済ませた山城が腰を落として、三式弾を発射する体勢になる。
そして千代田の展開させた紫電改は、上空で旋回しつつ待機。三式弾がうまく効果を発揮すれば、いくらヲ級の護りとはいえ綻びを見せるだろう。利根はその瞬間を待った。
「──! 摩耶さん! あっち、イ級!」
「あぁ!?」
「一匹しかいない!」
夕立の声が利根達に届く。しかし、それが何を意味しているのか、気づくよりも早く、三式弾が発射された。
大量の弾子と可燃性の油脂が、炸裂した三式弾からばら撒かれる。
それらは竜巻に吸い込まれては連鎖的に爆発、炎上して、凄まじい音と共に火柱となった。圧倒的な破壊力、制圧力である。
しかし。
「右舷!」
誰の声かは判別がつかないが、ともかく右舷である。ヲ級の傍にいたイ級が跳ね上がり、一番前にいた利根に襲い掛かった。
そこで初めて、利根達はもう一匹のイ級がまるで見当たらないことに気が付いた。
「まさか……!」
利根が足を思い切り踏ん張り、イ級の下顎に障壁を纏わせた拳を繰り出す。
渾身のアッパーカットであった。イ級の船体を構成する金属と、利根の障壁のぶつかる鈍い音が響き、吹き飛んだイ級が海面に叩きつけられる。
第二艦隊の報告にもあったように、ヲ級ははじめ、ワ級の腹を裂いて出てきたのだ。竜巻の中ならば、鹿屋の部隊からの目も隠すことが出来る。それを利用して再び、イ級の中に潜行している……という可能性も、否定は出来ない。
つまり、奇襲も逃走も思いのまま、ということだ。
「てェ!」
利根は殴り抜いたその姿勢のまま艤装を稼働、狙いをつけては主砲を発射した。
イ級は粉々に砕け散り、海の藻屑と化す。だが、ヲ級らしきものは見当たらない。利根はすぐに周囲を見回したのち、大声で
「もう一匹! 探せ!」
と、叫んだ。
降りしきる雨。方々で落ちてくる雷。巻き上がる火柱。
摩耶達に纏わりつく艦載機群がいまだ健在なところを見るに、ヲ級はまだ生きている。普通に考えれば火柱の中であろうが、油断は出来ない。先ほどから姿を見せない、最後のイ級を確認するまでは。
「! 感あり! 摩耶、後ろ!」
その時、千代田が叫んだ。摩耶達の後方から、海を切り裂いて迫るものがいる。
「夕立!」
「了解ッ!」
対空迎撃を続けていた摩耶の声に、夕立が反転し、雲龍を護る様にして立った。
ヲ級のやれること、してきたことを総合して考えるのであれば、ヲ級はどこからでも、艦載機による不意打ちを仕掛けてくることが出来る。そしていまだ回転を続ける艦載機の竜巻も不気味だ。
しかし油断はない。何が来ようとも、対応してみせる……夕立はそう心に決めると、艶めかしい舌先をちろりと覗かせ、唇をなめた。赤い双眸は爛々と燃えたままだ。
「夕立、注意して……前方、落雷する」
「了解っぽい! 大丈夫、雲龍さんは私が護るよ!」
ずどん、と雷が落ち、辺りは眩い光に包まれ、轟音が響き渡る。
それを対閃光防御で凌いだ夕立に、海面から飛び上がった何かが襲い掛かる。砲や魚雷ではなく、噛みつきによる破砕攻撃だ。
「その手は食わないっぽい!」
夕立はそう叫び、体を大きくのけ反らせてはそれの真下に滑り込み、手にした連装砲を発射した。がちん、と響く咬合音。そして砲撃音。
火力特化のチューニングを施された夕立の砲の威力は凄まじく、衝撃で相手の船体は空中で真っ二つに裂け、泣き別れする。
「やったッ!」
しかし、それが弾けて消えるよりも早く、
『それ』はその船体を『無数の艦載機』へと分解させ、四方八方に飛び散った。
「え……!?」
カウンターめいた一撃を受けた夕立は爆発に巻き込まれて吹き飛び、摩耶の足元あたりにまで転がっていく。
艤装はぼろぼろに破壊され、もはや戦うことは出来ないだろう。
「夕立ッ!」
「な、なに……? なんで……?」
「今の、イ級じゃない……!」
炸裂した艦載機群の数は少なく、すぐに摩耶が処理したが、夕立は何が起きたかわかっていないようだ。
「艦載機……艦載機を、イ級の形に構成していたんだわ……」
「はァア!? ざっけんな、何でもありじゃねえか! スイミーかってんだよ!」
レオ・レオニの児童文学書はともかくとして、恐るべきはヲ級の応用能力だろう。
だが今は戦闘中で、そんなものにいちいち驚いたり分析している暇はない。雲龍は摩耶と夕立を庇うように前に出て、御札入から式符を取り出す。
「と、いう事は……まだイ級が一隻、どこかにいる……」
「ちッ、おい利根、山城、千代田ァ! そっちも警戒してろ!」
「わかっとるわ! しかしキャンプファイアーでもあるまいし、いつまで燃えとるの…か…」
利根がそう呟いた瞬間、まるでその言葉を察知したかのように、火柱が弾けて全方位に飛び散った。
炎上した艦載機が、猛烈なスピードで迫る。あまりの速さに迎撃など出来る筈もなく、各々が障壁を全開にして耐える。
「ぐッ……!」
攻撃自体の精度は低く、また持続時間も長いものではなかったが、それでもまるっきり無傷、という訳にはいかない。
足元の夕立を庇った摩耶は小破、山城はその大きな艤装が災いして中破となる。その後ろにいた千代田は無事であったが、問題は利根であった。
「しくじったわ……おのれ」
「利根さん!」
「慌てるでない、戦うことは出来なくなったが……向こうももう、丸裸じゃ!」
大破した利根は、血の混じった唾をぺっと吐き捨てると、気丈に立ち上がり、火柱が弾けたあたりを指さした。
しかし、何も。
そこには誰も、いない。
今度こそ決着を、と思い描いていた第一艦隊の面々を苛むように、雨足が強まる。
「いない……!?」
「はァア!? どうなってんだこりゃあ!」
「逃げたってこと……!?」
各々がそれぞれの思惑を口にする中、ただ一人雲龍だけが、鼻をひくつかせては空を見上げ、そして後方の海面を見た。
それは始め、ただの波紋の様に思えたが、徐々に渦をなし、そして顕現を始めた。
無論、渦潮ではない。
「まずい……!」
雲龍はそれだけ言うと、海面を蹴って、その渦へと向かってゆく。
「あ、おい!?」
「雲龍さん!」
追いすがろうとする摩耶を手で制し、雲龍は頷いて見せた。
「あいつ……海の中から出てくる。深海棲艦だものね、潜ることくらい出来るわよね……」
まるで洗濯機のような渦を発生させているのは、高速で回転する艦載機群であった。あれだけ発艦させ、その都度潰してきたというのに、いまだ尽きないその数は、悪夢のようでもある。
そしてその渦の中心から浮上してくるのは、空母ヲ級。
「な……にィ!? くそ、おい千代田、山城! 援護しろ、あたしが突っ込む!」
「りょ、了解!」
「アハハハハハハハハハ」
不気味な笑い声が、各員のインカムに響く。
次いで、雲龍の後を追おうとしていた摩耶の目の前に、艦載機の壁が出現する。先ほどと同じ要領ではあるが、その速度は段違いに速い。
「くっ……!?」
そして高速回転する艦載機は、ヲ級と雲龍を包み込むようにその回転半径を狭めてゆき、外界からの干渉を遮断せしめた。
雲龍は竜巻が形成する暴風の結界、その内部へと囚われたかたちとなる。
「雲龍!」
返事はない。摩耶は無駄と判っていても、その暴風へと砲撃を敢行するが、砲弾は弾かれて無効化されてしまう。
恐らくは最後のイ級を吸収、艦載機へと転化したのだろう。ヲ級の最後の悪足掻きなのだろうが、そこに雲龍が自ら飛び込んでいくなど、予想出来たものはいなかった。
相手は例え相討ちであっても、こちらを一人でも殺せればいいのだろう。今まで味わってきた殺意溢れる攻撃と、保身を考えない動きから、それがわかる。しかしこちらはどうだ。
誰一人として失わずに、最後の日まで戦いたいと、誰もがそう思っている。そう出来ると信じて疑わない。
だから、ここで雲龍を失う訳にはいかない。
「くそッ、雲龍の野郎勝手に突っ込みやがって……山城! 三式弾は撃てねェのか!」
「この状態じゃ満足に撃てない! 通常弾頭なら何とかする!」
「よしやれ! 千代田は艦載機、何でもいいからあの竜巻を弱めろ! あたしが無理にでも突っ込んでヲ級を仕留めるからよ!」
「んもー、雲龍ってば!」
それがわかっているから、誰もかれも諦めずに足掻く。不様で泥臭くとも、そんなものは構わない。
勝って帰る、生きて戻る。その決意が、彼女らを動かす力である。
午後15:21
暴風結界内部
既に左腕を完全に欠損したヲ級であるが、その闘志は衰えていないようである。回転半径にしておよそ10mといったところの結界内に、どれほどの殺害手段が存在しているのか、雲龍には計りかねた。
しかし雲龍は怯えるでも、逆に闘志を燃やすでもなく、ただヲ級をじっと見つめている。
「オ前ラガウロタエテルノヲ見テタラ、何ダカオカシクナッチャッテサァ……不思議ナコトニナ」
「深海棲艦にも、感情ってものがあるとは知らなかったわ。案外、話が通じる相手だったりしてね」
人語を理解するのだから、感情、あるいはそれに近いものがあるのではないかと分析される彼女らであるが、それを試そうというものは今までにいなかった。問答無用で攻撃を仕掛けてくるのだから当然なのであるが…しかし今、雲龍の目の前にいるヲ級は、闘志はあれど、不思議なことに動く気配はない。
「モウ艦載機モコレ以上出セナイ。距離ヲ取ラレテ、時間ヲ稼ガレタラ……私ノ体ハ崩レテ、オ前達ノ勝チダッタンダ。ケド……オ前ハコッチニ来タ。来ルモンダト、思ッテタヨ……何デダロウナ?」
「何でかしらね? 私も、あなたを見た時……上手く言えないのだけど、不思議な気分になったわ」
穏やかな口調ではある。この一連の事件が、話し合いによって解決してしまうのではないか、といった雰囲気さえあった。
しかし雲龍とてそこまでのんびりとはしていない。御札入に手を添え、式符をゆっくりと放出してゆく。
「きっと、私の仲間や、妹にしたことを……許せないからだと思う」
「ソレハ不思議ナ気分ジャナクテサ……殺意トカ、敵意トカッテ言ウンジャナイノカ」
そう言うと、ヲ級は何の前触れも無く、結界を構成する艦載機を一機、雲龍へと突撃させる。
しかし雲龍もまた、その一撃に対し烈風を形成、ぶつけて対消滅させた。
「それとは別に……何だか、遠い昔……どこかで……あなたと会っている、そんな気分……」
「酔ッパラッテンノカ、オ前」
次々と単発の艦載機攻撃を繰り出しつつ、ヲ級は半ば崩れた顔面を残った右手で覆う。竜巻の中心、いわゆる台風の目のようになっているところから、いまだ雷を孕んだ空が見える。
雲龍は空を見上げつつも、徐々に苛烈さを増していく艦載機の突撃を防ぐが、攻撃を仕掛けることはない。もともと烈風を多めに積んできたということもあるが、ここで焦って流星を仕掛けても、撃墜されてしまえば、打つ手が無くなるからだ。
だから、彼女はひたすら防御に徹し、チャンスを待った。しかし狭いフィールドゆえ回避は難しく、更にどこから艦載機が飛び出してくるか判らない。徐々に雲龍の障壁は削れていく。
「ねぇ……あなたはどうして、私たちに接触してきたの」
「ソンナモノ、私ガ知ルモンカヨ。身体ヲ弄ラレテ、気ガツイタラ、オ前達ヲ殺セ、倒セッテ思ッテタダケダ」
「そう……じゃあ、ここで私を殺せれば、それで本望なの?」
左右同時に突撃してきた艦載機を、雲龍は両手に持った式符を変化させて防ぐ。雲龍の周り、四方八方に展開した式符は、本来であれば幟を経由して艦載機となるのだが、今はまったくのウェイトを挟まずに、その姿を変えて彼女を護っていた。
何故そうなるのか、ということは判らない。しかし雲龍の持つ力は、明らかに他の艦娘とは違っている。
雲龍は再び空を見上げると、ヲ級にゆっくりと近づいてゆく。
「あなたは生きていたくないの? 自我とか感情とか、あるのでしょう?」
「クソミタイナ議論ハヤメロヨナ……私ハ兵器ダ。タマタマ仮初ノ自我ッテヤツヲ得タ、チョットダケ上等ナ兵器ニ過ギナイ」
「だからって、敵を倒すだけ倒して死んでいくなんて、寂しいと思う」
「オ前ラハソウ思ウカモシレンガナ、私ハソウ思ワナイッテダケダ。話ス余地ナンテモンハ最初ッカラ無インダヨ」
そう吐き捨てたところで、ヲ級の体が大きく揺らぐ。足元…右膝から先が、砕けては消えたからだ。
味方の命を吸って、更には自分の命までをも捨てて、強大な力を振るったヲ級は今、この世界から消えようとしているのだ。
「──!」
その姿を見た雲龍が、悲しみとも哀れみともつかない表情を浮かべ、隙を見せる。ヲ級はそれを見逃すことなく、背後から艦載機を突撃させた。
一瞬の隙に出来た防禦の壁をすり抜けて、一撃が雲龍の背に叩き込まれる。
障壁は機能したが、ダメージは殺し切れない。艤装は中破状態にまで破壊され、盾であり剣でもある御札入からも式符が散逸して、ばらばらと散っていく。
また彼女の被服や、長い三つ編みを束ねる髪留めは弾け、砕け散った翡翠のかけらが、雷光を受けてキラキラと輝いた。
「ぐッ……!」
「私ノ心配シテル場合カヨ、オ前サァ……頭オカシインジャナイノカ」
「何でかしらね……本当……いつもならこんなこと、無いのだけれど……あなたを最初見たときから、ずっと感じてた」
「気持チ悪イ……人間ッテノハ敵同士、女同士デモソウナルッテノカ? 非生産的ダナ……マァ、イイヤ。ソロソロ死ネヨ、一緒ニ地獄ヘ行コウジャナイカ」
ヲ級はそう言うと、竜巻の半径を狭くしてゆく。このまま己と雲龍を粉砕して果てるつもりであるのなら、最後まで邪魔の入らない、手の込んだ自決であるとも言える。
だが雲龍は慌てず騒がず、ゆっくりと立ち上がって、長い三つ編みの毛先…それを括っている短い紐を解いた。
雷光が天を走る。
「それはお断りさせて貰うわ。私はまだ、生きていたい……あなたにもう一度、会いたいもの……ねぇ、天城……」
首を振る雲龍。
ばらりとほぐれる三つ編み。
風に煽られ波を打つウェーブヘアから、碧い雷光をまとって顕現したのは、中に織り込まれていた、大量の式符であった。
「……!」
「ズルいだなんて言わないでよね。あなただって似た様なことをしているのだし……」
仲間を素材として艦載機に再生できるヲ級に対し、雲龍のそれは一度きりの緊急措置である。式符は雲龍の周囲を護るように廻り、やがて艦載機へと姿を変えてゆく。
更に言えば何かの制約があるのか、変化する艦載機のグレードはどれも低い。
だがそれらは各々、凄まじい機動力を得て雲龍の周囲を旋回する。
「理屈はわからないけれど、あなたは天城の……妹の魂を捕らえているのでしょう? 姉妹艦だけがわかる、何ていうのかな……魂の匂いで……そう感じるわ」
「アマ……ギ……? 何ヲ……言ッテル……?」
九七式艦攻へと姿を変えた式符は、雲龍が指さす先、ヲ級目掛けて突撃。
そして大量の爆弾を投下する。
「グッ……!」
目もほとんど見えなくなっていたヲ級であったが、それでも空気の流れや、音の推移で攻撃を察知したのか、すぐに迎撃をする。しかし先ほど雲龍にダメージを与えた時とは逆に、己の動揺をつかれたせいもあって、完全に防ぎきることは出来ていない。
「ハハハ……ヤリャアデキルンジャナイカ、オ前モサ……ベラベラクッチャベッテナイデ、サッサトトドメヲ刺シタラドウナンダ」
「そうね……」
頭部のユニットは完全に破壊され、ヲ級は左腕と右足を欠損した、ただの人間のような姿へと変わり果てていた。
それでも手にした杖を頼りに立ち上がり、雲龍を挑発してくるあたり、もはや何の恐怖も逡巡もないのだろう。恐らくは痛覚さえも彼女を阻むことはない。
しかし、結界を形成する艦載機の竜巻も、もうその勢いを保てていない。これが無くなれば、千代田と摩耶の攻撃が始まる筈だ。
「ドウシタ……私ハマダ……生キテルゾ……」
「……」
散発的に突撃させる艦載機ももう、雲龍の防禦を破るほどの力は無い。勝負はついた……そう思ったのか、雲龍はゆっくりとヲ級に近づき、その顔をまじまじと見た。
表情は先ほどと同じように、哀れみとも悲しみともつかない、複雑な表情である。対するヲ級は不敵な笑みを浮かべ、青白い歯を覗かせる。
ゴロゴロと空が鳴り、叩きつける雨が二人の間にも容赦なく降り注ぐ。
「アマギ……トカ言ッタナ、思イ出シタヨ……サッキ殺シ損ネタ、葛城ッテ泥船ノ仲間カ……ソシテ、オ前トモ関係ガアル艦ダロウ…ナァ、雲龍トカ言ウノ……」
「返してもらうわ、その魂……」
「ダカラサッサトヤレッツッテンダヨ……負ケタ奴ガ何モカモ奪ワレルナンテノハ、何処ノ世界デダッテアリフレテル話ダロ」
ヲ級は完全に戦意を失ったのか、艦載機も方々に散っては崩壊してゆく。
インカムに飛び込んでくる摩耶たちの声。しかし雲龍とヲ級が近づき過ぎているせいか、砲撃は来ない。
雲龍は無言で頷くと、上空に待機していた九七式艦攻に目をやった。降下が始まる。
その瞬間。
ヲ級が残った左足を崩壊させつつも、雲龍目掛けて飛び込んできた。口をまるでイ級の如く大きく開いて、雲龍の肩の辺りにぶつりと歯を立てる。
肉が裂け、鮮血が迸る。
「……くッ」
それを引きはがすでもなく、雲龍は空を仰いだ。降下を始めた九七式はコントロールを失って式符へと戻り消滅する。
「……惜しかったわね……動脈はこっち……」
最後の最後まで足掻いたヲ級。それに対し、雲龍は空を見上げ、ヲ級を抱き留めては静かにそう呟いた。
そして肩に刺さったままだった葛城の打根を引き抜き、ヲ級の左目にそれを突き立てる。
「ガッ……!」
「われねがいたてまつる──九天応現雷声普化天尊──」
そこで、空を仰いだヲ級、そして雲龍の直上にある雷雲が光を放つ。
ひどくゆっくりとした認識の中で、それが落雷だとわかった瞬間にはもう、碧い雷が、二人の体を……その通り、雲燿の速さで。
駆け抜けていた。
午後15:45
「あーこちら摩耶だ。ヲ級は倒したぜ……ただ怪我人も出てるから、そうさっさとは戻れない。対応してくれ」
『ご苦労だった。色々と聞きたいこともあるし、処理しなければいけないこともあるが、まずはよくやってくれたと、そう言わせてくれ……本当に』
「よせよ気持ち悪ィ! あたしらは自分の仕事をしたってだけだ!」
ヲ級を倒してほどなく、雷雲は去り、雨も小雨となっていた。
落雷の直撃を受けた雲龍であったが、艤装のアースが上手く働いたようで、気を失いはしたものの、命に別状は無かった。
いや、実際のところは精密検査をせねばなるまいが、ともかく心拍があり呼吸もしているのだからとりあえず無事、という素人判断である。
対するヲ級は原型を留めずに崩壊、散華している。残っていた艦載機もそれと同じくして霧散。ここにヲ級討伐作戦は鹿屋・呉連合艦隊の勝利となったわけだ。
「それで、だ……提督。ヲ級の奴、『魂』を捕らえていやがった」
『ああ、こちらでも確認した……艤装経由でこちらにきたら、すぐに大本営に照合をしてもらうよ。結果はわかり次第連絡する』
散華したヲ級がいた場所に、ゆらゆらと揺蕩う青白い火の玉のようなもの。
さほど目にする機会はないが、かと言ってゼロでもないそれは、やがて雲龍を介抱していた千代田の艤装に溶け込み、そのまま消えてゆく。
「それはいいや。帰ったらゆっくり聞くさ、ああ。それじゃ……通信終わり」
摩耶はそう言ってインカムを切ると、改めて仲間たちを見た。
山城は夕立を支え、利根も疲労はあるようだが自分の足で海面に立って、周囲を警戒している。このまま敵の増援などが無ければ、沖縄近海に留まっている呉の部隊とも合流出来るだろうし、あるいは第三艦隊が曳航しにやってくるかもしれない。
あれほどの強敵を相手にして、死者が出ずに済んだのは幸運と言えるだろう。葛城、初月あたりは相当に危険だったとのことだが、それでもそうはならなかった。
摩耶は空を見上げて、ため息を一つつく。
生きているということを確かめるように、舌を伸ばして、雨粒を舐める。
「……疲れたなァ……」
肉体的な疲労もそうだが、精神的にも疲労が大きい。
何でもない海域の、何でもない相手だと高をくくっていた、朝の自分に文句を言ってやりたい。摩耶はそう考えていた。
「摩耶ー、雲龍起きたよ!」
しかしその耳に、千代田の安心しきったような声が届けば、考えにふける暇もなくなる。摩耶はおう! と元気よく答え、二人のもとへと急いだ。
午後17:20
「改めまして、呉の皆さん。本当にお世話になりました」
神通、敷波、蒼龍、秋月、大潮、名取。呉の救援部隊六隻の前で、サムソンは深々と頭を下げた。
彼女らがいなければ、最悪の事態になっていたかもしれないのだから、頭などいくら下げても足りないだろう。放っておけば土下座までしそうなサムソンを神通がなだめ、頭を上げさせる。
「以前、撤退支援をして頂いたのですから、貸し借りはありませんし、それに──そんなものが無くとも私たちは、出来ることならば何でも助け合っていければと、そう思います」
「理屈ではわかっています。しかし、それでも私は、あなた達に感謝をしてもし足りない」
「たっはー! 寒村中佐はちょっと真面目すぎるんじゃないの!? じゃあさじゃあさ、あたしお礼にトンカツ食べたいなー! なんて言ったらおぐっ!?」
場の空気を和ませようとしたのか、敷波が砕けた調子で言い出すが、すぐに神通の肘がその脇腹に突き刺さる。
くすくすと笑う呉の面々を見て、サムソンはようやく重苦しい表情を解き、僅かに笑みを見せた。
「これは気になさらないで下さい。呉の中でも屈指のお調子者ですから」
「いえ、頼もしいことです。今夜はここで休んで、明朝、呉まで戻っていただければと思います」
「そう、ですね……今から戻るとなると、ちょっとくたびれますねぇ」
蒼龍が確かに、と笑う。いくら可愛い後輩の血といえど、一張羅に付着しているのだから、洗い落としたいところだろう。
サムソンは一同を見回して頷いたのち、マイクを取っていくつか指示を出す。
「食事と、風呂。部屋。その他諸々用意させますので……大したもてなしでもありませんが、ぜひ」
「トンカツある!?」
「ええ、足柄がやる気満々ですんで、恐らくは食べきれないくらい出るかと思いますよ」
「やったよ大潮、秋月! アゲアゲだよ!」
「それ私のセリフだよ!」
なんやかんやで司令室を出ていく呉の部隊を見送り、サムソンは椅子に深く座り込んでは、大きく息を吐いた。
入れ替わりに戻ってきた叢雲が、お疲れ様、と声をかける。
「色々と事後処理はあるけれど、まずは何からやるのかしら」
「そうだね……まず塚原少将にお礼を言って……呉の部隊の艤装メンテナンスと補給は今夜中……歓待は足柄たちに任せたけど、彼女本当に大丈夫なのかな」
大破して気絶までした足柄であったが、戻ってくるなり「祝勝会よ!」などと言いだすものだから、サムソンはその勢いに負けて、その全てを足柄に委任してしまっていた。
もっとも、矢矧や霞などといったしっかり者をつけたので、破綻するようなことはあるまいが、それでも不安は残る。
「ま、その辺は私も見ておくから安心して。それで、大本営は? 解放された魂についてはなんて?」
「ああ、どうも照合には時間がかかるらしくて、明日まで待ってくれって」
「そう……雲龍に聞いた方が早いかしらね」
手にしたタブレットとサムソンを見比べつつ、叢雲が言う。
その雲龍は戻るなり精密検査のため入渠ドックへとぶち込まれている。本人は平気だと言っていたのだが、独断専行の罰と、落雷に遭ってまともでいられる筈がない、と摩耶が判断したためだ。
「とりあえず、呉の面々がお風呂に入ってる間に、色々済ましちゃいましょ」
「ああ、そうしよう。しかし今日は本当に、長い一日になりそうだな……」
サムソンはそう言うと姿勢を正し、キーボードに手をかけた。
午後22:08
「……雲龍姉」
「あ、葛城。初月も」
壮絶な宴会から抜け出してきた葛城と初月が、ドック併設の医務室でぼーっとしていた雲龍を訪ねたのは、午後22時を回ったところであった。
当の葛城も大事をとって修復剤を使用したが、精密検査の結果異常なしということが分かったので、祝勝会に参加していた。そこで初月と共に、雲龍を訪ねることにしたのだという。
「あなた達が無事でよかったわ」
「雲龍さんこそ。ヲ級にとどめを刺したってきいたよ」
持ってきた水を渡しつつ、初月が笑う。ヲ級に手ひどくやられた彼女だったが、サムソンが惜しみなく投入した修復剤のおかげで、もはや傷一つ残っていない。
「たまたま、落雷に助けられたってだけ。運がよかったってことね」
「なるほど……けど、運も実力の内だよね。やっぱり雲龍さんは凄いや」
談笑する姉と初月を見て、黙っていた葛城が口を開く。
「私は……かなわなかった」
「……え?」
「あいつに、勝てなかった。雲龍姉に、あれだけでかい口叩いておいて、勝てなかった」
昼間、蒼龍に吐露した思いを、葛城は再び口にした。
それは昨晩、言い争いになった時のことを言っているのだろう。しかし雲龍は何も言わず、葛城をただ見つめる。
「私が間違ってた。結局、自分ひとりじゃ何も出来ない、やれない……それなのに、調子に乗って……自分が恥ずかしい」
「それは、」
言いかけた初月を、雲龍が手で制する。そして立ち上がって、私物の入ったカゴから、何かを取り出して戻る。
「さっき、私が勝てたのは運だって、そう言ったけれど……それは違うわ。多分、これが守ってくれたからだと思う」
そう言って雲龍が差し出したのは、葛城の打根であった。黒く焼け焦げてはいるものの、原型は留めたままだ。
「それ……!」
「気絶しても手放さなかったんだって。つい、持って帰ってきちゃったわ」
「打根……、それでヲ級を?」
「と、言うより……これに、雷が落ちたの。だから、私はぎりぎりのところで、直撃を避けられた……葛城のおかげでね」
その言葉に、葛城がはっとした表情を見せ、そしてくしゃりと顔を歪めた。
「あなたが私を護ってくれたって、そう思えたわ。一人じゃないって、思った」
「雲龍姉……」
「それに、その葛城を護ってくれたのは、他の皆と…初月、あなたもでしょう。だから、一人ひとりの力は及んでいなくても……皆が必死になって、力を合わせて頑張ったから、私はある意味、こうしてここで話をしていられる」
葛城も初月も、言葉はない。しかし何を言いたいか、何を訴えたいかは最早、言わずともわかる。
「一人で何も出来なくても、皆といれば何かは出来る、そうでしょ。だからあまり、自分を責めるのはよしなさい」
「うん……うん」
「それでいいわ。きっとあの子も……そんな葛城を見たら、喜ぶと思う」
涙を必死で堪える葛城、そしてその背に手を添えて微笑む初月が、雲龍の言葉にそうだ、と口を開いた。
『魂』を解放したとあれば、その『魂』はサルベージされた船体のもとへ戻り、そして艤装として出力される。一体どの艦が……? と、二人はそう尋ねた。
「確実にそう、だとは言えないけれど……きっと……天城……」
暗雲を払い、吹き飛ばした鹿屋に、新たな風が吹こうとしている。
それが吉となるか、凶となるかは、まだ誰にもわからない。
かっこいい雲龍が書きたいというだけで始めたシリーズですが、あんまかっこよくないな……でも葛城×初月はアリやな…かつはつキテル……となったので収穫はあった! あったんですよ!(バナナージの声で)
次はそろそろ武蔵を登場させたいところです。天城? どうにかします。
ご意見ご感想ツッコミなどありましたらよろしくお願いいたします。