クリスマスである。
アフリカでは一分に60秒が経過しているというが鹿屋でもそれは同じだ。よってクリスマスは来る。
のちに「ヲ級改・甲型」と命名された強敵との戦いを終え、いつも通りの日々へと戻っていた鹿屋基地と艦娘たち、そしてサムソンも、クリスマスとあれば否が応でもテンションが上がっていく。
そして12/24の朝。
「飾りつけ担当は朝霜、清霜、矢矧と千代田。料理は足柄、山城、雲龍、霞、叢雲。買い出しは雪風、時津風、初月、比叡、隼鷹。磯風、夕立、摩耶、葛城、利根は状況に応じて各所の手伝い…と」
「しかし数日前にヲ級とやりあったばかりだっていうのに、もう皆やる気に満ち満ちてるなァ」
「私たちに気を使って、今年のクリスマスは無しです、って言い出したら、それこそ暴動でも起きるんじゃないかしら」
鹿屋基地の喫煙室で、クリスマスパーティの計画書を片手に、サムソンは煙草に火を点けた。
隣には足柄がいて、その計画書を覗き込んでいる。
「な、なんで……?」
「何だかんだ言っても、こういうイベントは大事でしょう。特に、クリスマスみたいな大イベントは」
「それは、わかるけども」
艦娘たちは深海棲艦に奪われた、ごくありふれた日常を取り戻す為に戦っていると言っても過言ではない。
戦いだけの日常もやむなしだとは考えるが、それでもせめて、節目節目のイベントくらいは楽しみたいと思うものだ。
ましてや遊びたい盛りの年齢を、お国のために捧げているのであるから、そこを鑑みてやるのもサムソンの務めだろう。
「ま、やるって言った以上腹を決めなさいな。それより、利根がサンタの恰好するって言ってたのは聞いた?」
「あァ、言ってたね……じゃ、サンタはサンタらしく、夜中に駆逐艦たちにプレゼントを配ってもらおう。去年は比叡にやってもらったし」
「そこは提督の役目じゃないの」
足柄が顔を背け、煙を吐き出しつつそう言った。サムソンは苦笑しつつも、上を向いて煙を吐く。
「足柄は僕を犯罪者にでもしたいのかい」
「それ毎年言ってるわね。けど彼女らだって、性犯罪者とサンタの区別くらいつくでしょうよ」
「まるで僕が性犯罪を犯すような言い方はやめてくれ。君だから言うが、小さい子に欲情するような性癖は持っていないよ」
足柄とサムソンの距離は、意外と近い。彼もわりと遠慮なしに下ネタを言うし、足柄もそれを嫌悪の対象にしたりすることはない。 同じ喫煙者同士、こうやって喫煙室で打ち合わせをしていればそうもなろう。
しかしサムソンは、駆逐艦は勿論のこと、部下に手出しするほど迂闊な人間ではないのだ。甲斐性がないとも言える。
「小さい子ねぇ……確かに、アサキヨや雪風ときつ、霞なんかはそうでしょうけど。叢雲はあれで結構オンナの体してるし、磯風や夕立は脱ぐと結構出るとこ出てるわよ」
「そういう情報はいいよ……で? 君はどうなんだ、彼氏の一人でもいないのかい」
「う、うるさいわねぇ……私は任務が恋人なのよ。それに、鹿屋基地の風紀を乱す要素は極力排除しないと」
艦娘とて人間であるから、当然恋愛感情というものはある。外部との接触が全くない、というならともかく、休日に市街地へ出たりも出来る関係上、恋人の一人やふたり、出来ても不思議ではない。
だがここ鹿屋に限って言えば、そういった浮ついた話がある者は一人もいなかった。一般人に見る目がないのか、あるいは艦娘だからと遠慮しているのか、彼女らがそうしないだけなのか、それは判らない。サムソンもサムソンで、必要以上にプライベートに踏み込むことが無いので、この件はそれ以上の発展が無いのである。
「別に、節度を守った交際なら、禁止はしていないんだよ」
「まだ続けるのその話……やめやめ、はい、おしまいおしまい! んで? プレゼントは用意したの?」
「そりゃあね。全員分と、プレゼント交換用の」
サムソンが配るものは、不平等にならないよう、全員に同じ物を用意する。そしてそれとは別に、プレゼント交換用にサムソンズチョイスが一品。
これが艦娘達の間では秘かに評判がいい。一昨年は『人間をダメにする座椅子』であったし、去年は美肌成分の出る加湿器であった。それぞれ摩耶と叢雲がゲットし、大いに喜んだという実績がある。
「そ、ならいいんだけど。去年貰った手帳、ちゃんと使ってるわよ」
「それは何よりだ。さて、今日は仕事も早々に切り上げて、準備をしなきゃあな」
「つっても提督はする事無いわよ」
「だからって尻で椅子を磨いてるのもな……買い出しの車を出そうか」
「比叡がもうトラック野郎になって出てったわよ」
それを聞いたサムソンは一瞬動きを止め、目を天井へと向けて煙を吐く。
足柄もわかっているのだろう、所在なさげに髪の毛をいじる。
「……安全には気を付けるよう、きつく言っておいたから、平気よ」
「……だといいんだが」
※その頃の比叡たち
「ヒャッハァアアアア!! 180㎞出せェエエエアアア!!!」
「そーれシフトアップシフトアップ! 魂まで風になれェエエエエエ!!」
「ねー雪風ー、こういう時、何て言うんだっけ?」
「サラマンダーより、ずっとはやい!」
「…………!」
初月は気絶した。
そして夕方。
厨房は大わらわであった。
「カツは100枚でいいかしら、いいわよね!」
「いい訳ないでしょうが! 21人で割ると一人5枚計算になるじゃない!」
「でも冷凍しとけばいいし…」
「だったら冷凍庫に入ってるトンカツ使いなさいよ! 呉の子達が持って帰ったって、まだ50枚くらいあるんだから!」
「冷凍は非常用なんだけどなァ……」
から揚げを仕込む霞と、業務用のサラダ油を抱えた足柄がやり合う横で、山城は黙々とふかしたジャガイモを潰している。
叢雲と雲龍はケーキのスポンジやクリームの仕込み、フルーツのカットに忙しいらしく、その騒ぎには加わらない。
「霞、丸鶏がオーブンに入ってるからね。から揚げもそこまで大量には要らないわよ」
「わかってるわ、ていうか山城もそんなにジャガイモ要らなくない?」
「ポテトサラダは美味しいからいいのよ」
「その理屈が通るならトンカツだっていいじゃない? トンカツとはトンに且つ…即ち己に且つことよ? それを食べちゃうのだからつまり、何かに勝った気になれ」
「足柄うるさい」
キウイフルーツの皮を剥く叢雲の一言で、足柄は一旦黙る。しかし数分後にはもう、冷凍庫からトンカツを取り出しては、サラダ油を熱し始めた。
「山城は本当、料理が上手よね」
ケーキの下ごしらえを一区切りさせた雲龍が、ポテトサラダに投入するタマネギやニンジンを刻みつつ、そう尋ねた。
山城はふふ、と軽く笑い、オーブンの扉を開けては、中を覗き込んだ。そして焼け具合を確認して、立ち上がる。
「実家がね、レストランやってるのよ」
「へぇー……って、言っていいの、それ」
「別に隠すことじゃないから。父親と兄も料理人でね、ついでに言うとお爺ちゃんも」
「そうなんだ。道理で何作っても美味しい訳だわ」
凄まじい速度で形成されるタマネギとニンジンの山を見つつ、山城は笑った。足柄は揚げ物専門だし、霞と叢雲はそこまで専門的な料理を作れる訳ではない。雲龍もどちらかと言うと仕込みが上手いだけで、山城には及んでいない。
だが山城はそれを誇ったりはせず、皆でこうして料理が出来るということを、常に楽しんでいるようだ。
「まぁ、食べさせる男の人が、提督だけっていうのがちょっと寂しい気もするけどね」
「おッ、山城先生はフリーなのかしら」
「山城は美人なんだし、本気出せば男の一人や二人、いちころころりなんじゃないの」
提督、というワードに反応し、足柄や叢雲が話に乗ってくる。規律や風紀がどうのと言っても、何だかんだでそこは女子であった。霞や雲龍もそれに乗じて、普段は物静かで落ち着きのある山城をいじり始めた。
「別に、そういうのはいいわ……今は」
「今は? ふふン、アレかぁ、『私この戦争が終わったらケッコンするんだ…』ってやつ?」
「縁起でもないこと言うんじゃないわよ足柄! アンタはおとなしくカツ揚げてなさいな!」
「ヒャアゆるしがでた! あげるわ! めっちゃ揚げるわ!」
言質をとったとばかりに足柄は笑い、目を輝かせてフライヤーにサラダ油を投入し始めた。
「そう言えば話は変わるけれど、天城……どうなの?」
ふと、山城が雲龍に尋ねた。
そこにいた全員が手を止め、雲龍を見る。先のヲ級討伐戦において、鹿屋の部隊は一つの『魂』を解放している。未だ顕現していない艤装はいくつかあるが、照合している筈の大本営から、それがどの艦艇であるかという報せは、届いていない。
「正式に情報が届くまでは、はっきりとは言えないけど……私は、天城だと思う。違ったら謝るしかないけれど」
「や、別にそんな事は言わないわよ。あなたや葛城が来た時は、案外すぐに結果がわかったから、おかしいなって」
雲龍と葛城の両名の艤装が、『建造』ではなく『解放』で顕現しているのは以前にも述べたが、その時は大本営からの答申がすぐに戻ってきたことを、山城は記憶していた。
彼女はそれを考慮した上で、雲龍に尋ねているのだろう。
「なにか、不具合があったのかしら」
「うーん……どうだろう。でも、待つしかないわね」
「それもそうね……さて、それじゃあちゃっちゃと仕上げちゃいましょ」
鹿屋基地・大食堂。
「矢矧さん、高いとこお願い!」
「任せて。じゃあ清霜はツリーに飾りをつけて頂戴」
「はーい! ツリーを戦艦にしちゃおう!」
様々な飾りを、今朝届いたモミの木に括り付けていく清霜。金メッキでコーティングされた徹甲弾、三式弾のレプリカや、電探や艦載機、魚雷などの飾りが楽しい。
そこにテーブルなどの飾りつけを終えた朝霜と千代田が加わって、場は更に賑やかになる。
「いやー、あたい正直ドキドキしてたんだよ。一昨日ヲ級とやりあったばかりでさ、皆ボロボロで帰ってきたろ?」
「クリスマスが中止になるんじゃないかって?」
ミニチュアの流星でブンドドしていた清霜と千代田が、その言葉に反応して振り返る。
確かに艦隊が受けた被害は無視できないものであったが、それでも戦死者は出なかったし、重篤な後遺症が残った者もいない。であればいつも通りの日常に戻るのが道理であろう。
朝霜はそれが嬉しいようで、興奮しつつテーブルを拭く。
「そうだよぉ。あたいだって馬鹿じゃないさ、そういう雰囲気じゃなかったら、おとなしくしてるつもりだったんだ」
「まぁ、ね。でも皆楽しみにしてるし、やれてよかったよね」
「でもさー、そのヲ級みたいなのが、これから先も出てくるかもしれないんでしょ? それってしんどくない?」
この四人の中で実際に対峙したのは千代田だけであるが、皆記録映像で見ているので、ヲ級の強さ、理不尽さについてはある程度の理解を得ていた。
今までそういった強敵が攻勢を仕掛けてくるのは、いわゆる大規模作戦の折だけであったのに、これからはもっと本土に近い海域においても、強力な敵が出てくるのではないかという、清霜の懸念ももっともだろう。
しかし千代田は大丈夫だよ、と前置きをして、清霜の頭を撫でた。
「皆や司令官も言ってることだけどさ、全員で力を合わせてやれば、きっと大丈夫だよ」
「そりゃア、そうだろうけど」
「だからまぁ、今はそのことは置いておいて、そろそろ出来上がってくる料理の味見と行きたいところだね」
人一倍食いしん坊な千代田がそう言えば、食べ盛りの清霜と朝霜も、これから先のことなど途端に忘れて、目を光らせる。
だが真面目な矢矧がそれを見逃すはずもなく、一同は粛々と飾りつけの続きをすることになる。
「さて、と……」
書類の束を整理し、サムソンは一人呟いた。
必要なデータを大本営に送信し、PCをシャットダウンする。司令室はがらんとして寂しいものだが、今夜はクリスマスパーティである。ヲ級の件もあってどこか張り詰めていた空気も、酒やら料理やらで、いくらかは柔らかくなるだろうか。
サムソンはそう考えつつ、人数分のプレゼントを入れた段ボールと、プレゼント交換用のプレゼントを持ち上げる。
「う、意外と重い」
サムソンはすぐに段ボールを机に置き、一息つく。腰というのは一度やるとクセになるため、細心の注意を払う必要がある。
彼の腰は幸いにしてまだ平常であるが、それでも30代半ばに差し掛かろうとしている肉体を抱え、臆病になるのも無理のない事であった。
「よっこら……晴嵐!」
しょうもないダジャレを言いつつ、サムソンは段ボールを持ち上げる。腰に異常は無い。
そんな折、司令室のドアが開いては、磯風が入ってきた。おそらくは準備が出来たのだろう。
「提督、準備が整ったようだぞ」
「ああ、今行こうとしてたんだ。すまんが磯風、この上に乗ってる……小箱を持ってくれるかい」
「いいのか? それはプレゼント交換用の一品だろうに」
「なにか問題が?」
磯風はにやりと笑い、小箱を手に取る。そして僅かに振ったり、眺めたり、匂いを嗅いだりと怪しげな動きを見せた。
「……重さは約1kgといったところか……梱包がしっかりされており、匂いも無いところを見ると、洋服や食品の類ではないな」
「あ、そ、そういうことか! 推理するんじゃないよ!」
「デジタル系の何かと見たがどうかな……」
「当たった人に聞くんだね。何だったら磯風が当ててもいい」
「ほう……」
磯風は再び笑うと、サムソンが抱える荷物からもう一つを手に取り、よっこら晴嵐、と肩に担ぎ上げた。
「功徳を積んでおくとしようか」
「現金な子だよまったく!」
その後のクリスマスパーティはつつがなく、賑やかに行われた。恒例となった物真似や歌なども大層盛り上がり、基地の士気は否が応にも高まりを見せた。
そして件のプレゼント、サムソンズチョイスな一品はというと、急遽積まれた功徳が功を奏したのか、本当に磯風が引き当ててしまうという離れ業をみせる。
「ウホッホッーイ! どうだこの引き! 頂点は常に一人! この磯風だッ! 依然変わりなくッ!」
「ジョジョ好きそうな声しやがってよー! んで? 何入ってんだよソレ、開けろ開けろ」
「結構小さいからのー、おそらくはデジカメとか、タブレットあたりのデジタルな何かじゃなかろうかの?」
「わからないわよ、一日外出券だったりして」
「申請出せば外出させてるでしょ!」
はやし立てる中で、磯風はうやうやしく包み紙を開け、中から箱を取り出していく。
「こっこれは……!」
「……なに?」
「PSPGO……!?」
場の空気が一瞬で凍り付く。
その後に向けられる、冷たい視線。いや、それが何であるかわかっていない艦娘もそれなりにはいて、残酷とまでは行かないものの、それでも世界はサムソンに対して辛辣で酷薄であった。
「え、いや……それ結構レアなものでね……僕が学生の頃、買ったままにしておいたものを……だね……」
「……提督よ」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと動くから……ソフトも入れておいたからね。えーっと何だっけこれ……」
「オイオイオイ いくらなんでもPSPGOはねぇだろ提督ゥー! 今の何だっけ? 最新機種ならともかくさ」
「そうよね……」
だがそこで、磯風が今までに見せたことのない表情で、サムソンの肩を叩く。
「……い、磯風? 悪気はないんだ。でも期待させたのだったら……」
「ありがとう提督サンタよ……。ずっと欲しかったんだ、これ……」
満面の笑みを浮かべた磯風を見て、一同が……サムソンですら、呆気に取られる。
そうか、欲しかったか……欲しかったのなら何も言うまい……そんな優しくも生暖かい空気の中、クリスマスパーティは終了となった。
皆が引き上げ、残った年長組とサムソンは後片付けを済ませて、一息つく。
「しかし、今年もパーティやれてよかったな」
「そうだね。さて、それじゃあ改めて、君達年長組には知らせておくけれど……」
コーヒーの入ったマグカップを置き、サムソンが摩耶、利根、隼鷹、比叡、足柄、雲龍を見る。
それまでとは違った雰囲気のサムソンに、皆が背筋を伸ばして静まる。おそらくは、と予想はしているようであるが、聞くまではわからない。
「大本営から通達があった。先日ヲ級を倒したことにより解放された、艦魂の正体だが」
「ああ、やっぱもう来てたのか」
「そうだ。雲龍の話の通り、雲龍型航空母艦・天城……だそうだ」
その言葉に、雲龍がうんうんと、とても嬉しそうに、頷く。
しかしサムソンの表情は冴えない。何か、含むところがあるようにも見える。
「慣例により、天城はうちで預かることになる。しかし、だ……武蔵ももうすぐ、ここ鹿屋へとやってくる訳でね」
「なにか問題があるとでも?」
「ああ。戦力が集中しすぎる」
そこまで聞いて、一同が顔を見合わせては、あれやこれやと話を始める。
そして、まさか、と。
「戦力の足りていない、他の基地、泊地へと……こちらの人員を回すことになる」
「ふむ……」
「え、ってことは……」
「そうだ。都合三隻、鹿屋から転属させることが、決まった」
それはクリスマスプレゼントと言うには残酷で、辛いものだ。
しかし、軍属の定めでもある。
過去に鹿屋から転属していったもの、また鹿屋へと編入されてきたものもいるが、だからといって別れの辛さが無くなる訳ではない。
「そうか……」
「人選は、どうなっているんです?」
「大本営から示されたモデルケースとしては、千代田、隼鷹、山城または比叡。この三名が望ましいと……いうことだ」
20XX年も、残すところ一週間。
出会いと別れの風が、吹こうとしていた。
うちには天城も武蔵もいないんですけどね!
あ、ビス子はこの前きました。
感想などありましたらよろしくお願いします。