Cremation
火葬のこと
秋も深まってきたある日の午後。
基地のとある場所に、雲龍と葛城、そして磯風はいた。
「あまり置いておいては可哀想だわ。早く焼いてあげないと」
大きく重たい扉を閉め、雲龍は言った。漏れ出した冷気が肌を撫で、葛城はぶるりと身を震わせる。
「でも雲龍姉、本当にいいの? もっと別の方法だって…」
「遅きに失し傷ませるよりも、今すぐに出来ることで綺麗なまま送ってやる方がいいと思うがな。だいたい、よその国ならともかく、この日本では焼いてやるのが最もポピュラーだろう」
感情の乗らない声で磯風が言う。生き死にに対してシビアなのは悪いことではない。戦闘行動に従事している者がいちいち感傷に浸っていては、身がもたないからだ。
葛城はその辺のさじ加減や割り切りをまだ見極めていない節があった。
「だ、だったら…せめて提督が戻ってくるまで待とうよ…」
「あれは今、横須賀にいるんだぞ。鹿屋まで戻るのにどれだけかかる? 半日か? もっとか?」
今の時期ならばそう簡単に駄目になることも無いだろうが、それでもあの美しかった姿形が傷み、やがて腐っていくのを見るには忍びない。
葛城の肩に手を置いた雲龍は、そう目で訴えているようであった。
姉にそうまでされては、葛城とて従う他に無い。白磁の皿や箸、塩などといった『必要なもの』をテキパキと用意する。
「む…! 雲龍よ、しまったな」
「どうしたの?」
「アレが無い。アレが無ければ焼いたところで立ち行かんぞ…」
ばたん、と扉を閉め、磯風が眉根を寄せる。雲龍も察したのか、物悲しい顔をして思案にふける。
「何、どうしたの?」
「葛城、すまんがちょっと頼まれてくれんか。戻るまでには済ませておくから」
「え、い、嫌よ! 私だってちゃんと見届けたいわ!」
「そうは言うがな…処理だって必要なんだ。ちゃんと綺麗にしてやるのが礼儀であり手向けにもなる。お前にそれが出来るのか?」
駄々をこねる葛城に対し、磯風はあくまでドライな対応をする。
それに応じ雲龍もまた、葛城を促すが彼女は聞き入れない。
「…いつまでも出来ないやれないじゃ駄目なんだから! 私にだってそれくらいの事わかってる! 」
「そうか…そうだな。わかった。では雲龍、妹の指導は任せたぞ。私はちょっと出てくる」
磯風はそう言い残すと、着けていた白い上着を脱ぎ、そのまま出て行った。葛城は神妙な顔つきで項垂れていたが、やがて顔を上げると、決意を秘めた目でもって雲龍を見つめる。
「やるわ、雲龍姉」
「うん」
プツリと音を立て、刃先が白い腹を割く。既に生命の火は消えているものの、数時間前まで生きて、海にいたそれの目に葛城の顔が映り込む
血と体液が溢れ出し、やがては内臓がずるりと引きずり出された。
どうせ焼くのだから内臓はあっても無くても良く、むしろ処理する手間を考えればわざわざ切り外すこともないのだが、どうしても抵抗のある者がいることを考えればのことだ。
「ううっ…ごめん…!」
葛城は目に己を映すそれに向かい詫びた。数をこなせば慣れると雲龍は言う。事実雲龍は何の苦労も無く内臓を取り出しては除けている。
「こっちは終わったわ、手伝おうか」
「ううん…大丈夫…大丈夫だから…うう…」
柔らかな感触とぬめりが、葛城の手に伝わる。微かな潮の臭いと血の臭いが混じり合って鼻腔を刺激する。
現代っ子気質の強い葛城は思わず息を止め、えづくのを我慢して涙目になりつつも、手を止めない。
あなたの命が私たちの命になって、もっと多くの命を守ることに繋がるのだから…そう言い聞かせ、葛城は刃を振るい続けた。
「戻ったぞ、準備は」
「抜かりないわ。あとは焼くだけ」
基地の中庭に置かれた、いくつもの七輪。程よく熱された炭火が、赤々と夕暮れに映える。
「お、今日は秋刀魚か! いいねぇ、一杯つけちゃおっかねぇ」
「さんまかぁー、私苦いのやー」
「大丈夫だよとっきー! 内臓取ったのと取ってないのがあるから! 私頑張って取ったから!」
「ほんとー? うれしいうれしい!」
はしゃぐ葛城と隼鷹、時津風の嬌声を背に、磯風はひたすらに大根をおろす。秋刀魚に欠かせぬ大根とスダチを買いに走った立役者であるにも関わらず、雲龍は彼女を焼き物係から外した。
理由は磯風自身も判っているので敢えて言うまいが、いずれはきっと、最高の秋刀魚を焼き上げてみせる…そう思いを馳せつつ、彼女は大根をおろした。それはもうおろしにおろした。
「そろそろ焼けるわ、時津風、皆を呼んできてくれるかしら」
「うんうん、わかったよぉ!」
秋の夜風はちょっと冷たかったが、秋刀魚を囲む食卓は暖かかったという。
美味しいですよね
秋刀魚の死体を火葬して大根おろしとスダチを添えて醤油かけたもの
ちなみに僕はワタ食べない派です