時期が時期なので、将来の事とか考えて色々とやらないといけなくなってきたら何だか・・・という。
今回も空き期間に比べて圧倒的に短いとは思いますが、大目に見てほしいところでございます。とりあえず、本編をどうぞ。
「まずはお帰り、というとこかね。光も悠も。長旅御苦労さん。」
倉沢さんが開けてくれた門をくぐると、白髪に着物姿の老婆ーーー悠達の実の祖母である双月縁が出迎えた。光が横で丁寧にお辞儀をするのに対し、悠はぐるりと家の中を見渡すようにする。
昔と、何も変わっていなかった。強いて言うなら、屋敷の屋根や屋敷の玄関に続く石畳に苔が蒸して、子供の時より古臭くなっていたくらいだろうか。門を入ってすぐ目の前の屋敷も、屋敷の中央を貫いて直通の中庭も、何も変わらない。
「ここに帰ってくるのも6年ちょっとぶりだろう、悠は。久しぶりに帰ってきてどんな感じだい?」
「・・・ぶっちゃけ、何か安心したな。前とほとんど変わってないし。正直、この方が居慣れた雰囲気だし気楽でいい。」
悠の言葉に、縁は「ふんふん」と頷いていた。久しぶりに孫に会えたのが嬉しいのか、その顔は結構緩んでいる。
「そうだ、お婆ちゃん。この2人が連れてきたいって言ってた子だよ。・・・ほら、何でそんなオロオロしてるのよ。そんな緊張しないでも大丈夫だって。」
恥ずかしいのか、戸惑っているのか、あちこちに目を向けながら所在なさげにしていたシルヴィアと実里が縁に向けて深々とお辞儀をする。
「シ、シルヴィア・リューネハイムと言います。孤児院では悠君とよく一緒に居させてもらってました。宜しくお願いします。」
「あ、えっと・・・高原実里です。シルヴィと一緒で、悠とは懇意にさせてもらってました。」
二人の自己紹介を聞くと、縁は満足げに頷いた。
「話は聞いてるよ。何でも、悠を立ち直らせてくれたってね。過去に色々とあった身だからこれからも何かと迷惑をかけるかもしれないけど、悠と仲良くやってくれると私としても、この子の両親としても助かるよ。」
そんな縁の言葉に、シルヴィアと実里は再度深々とお辞儀をする。その後は悠の一声でまず荷物を置きに屋敷の中の、悠が昔使っていた部屋の隣にある客間へ向かう。
「お屋敷の中も中々雰囲気あるわね・・・自立したらこういう所に住もうかな。」
「今時こんな和風の武家屋敷も早々建ってないけどな。一から建てるって手もあるが、そんなに面積ある土地もあんまり無いだろうし。それに、利便性で言えば普通の一軒家の方が優れてるとこなんて掘り返せば山ほどあるぞ。」
「確かに。部屋の大きさとかはこっちの方が良いかもしれないけど、部屋同士で距離があるのはちょっと不便かもね。あとはトイレとか。」
そんな事を話している間に、彼らは悠の部屋へと着いていた。隣にある自分の部屋へ光が荷物を置きにいく間に、シルヴィアと実里も悠の部屋に失礼する。
「何にも変わってないな・・・昔のまんまだ。」
懐かしげに、悠は部屋を見渡した。住んでいたのは小学校時代だけなので今の年齢からすると不相応な感じはあるが、確かに住んでいたという痕跡がかつてのままに残っている。
小学生が使うには無駄に大きな勉強机や、その隣に置かれた3列の本棚にところ狭しと並ぶ武術関連の本と、それに混じって、昔好き好んで見ていたヒーローアニメの小説版。
「そっか。悠君、ずっと帰ってなかったから部屋がそのままなんだね。」
奥の客間に荷物を置くと、シルヴィアは「可愛いなぁ」などと言いながら悠の部屋を楽しそうに見て回る。実里も実里で、縁側から見える風景が物珍しいのか座り込み、中庭とその先の塀越しに見える街の風景を見ていた。
「そんなに珍しいか?この風景。」
「・・・うん。何かね、お母さんとお父さんと一緒に京都旅行に行った時の事思い出してさ。こんな風景京都にもあったなぁって、ちょっと懐かしくて。」
その顔は、どこか寂しそうだった。
「・・・ご両親、病気で亡くなったんだよな、確か。」
「そうだよ。お父さんもお母さんもガンだった。で、実家がまぁ・・・ちょっとお父さんもお母さんも折り合いが悪くてね。身寄りが無かったからしばらく保護施設にいて、その後保護施設の人に薦められて入ったのがあの孤児院。」
「・・・何か、悪いな。嫌な事思い出させた。」
悠が決まり悪そうにそう言うと、実里は小さく笑った。
「別に気にしてないわよ。とっくに自分の中で折り合いはつけたつもりだし。それに・・・あんたに比べたら、よほどマシな方でしょ。いつも思うけど、そうやって他を気遣ったり優先にする癖に、自分の事は後回しにしてさ。もっと自分の事だけ考えたっていいのに。」
「別にそういうつもりは無いけどな・・・。」
と、少し決まり悪げに悠は頭をかく。
「経緯はどうあれ、親を失う辛さは変わらないだろ。そこに程度の差とか境遇は関係ないと思うぞ?」
ナチュラルにそんな事を言う悠に、実里は「全く・・・。」と少し呆れ気味に、しかしどこか安堵したように言葉を溢す。
「・・・ねぇ、確か悠のご両親ってこの近くの霊園にお墓があるのよね?」
「あぁ、そうだけど・・・。これから行こうと思ってた所だよ。」
「シルヴィアは行くんだろうけど・・・私もついていっていいかな。ちゃんと挨拶もしておきたいから。」
「・・・あぁ、構わない。母さんも父さんも、きっと喜ぶだろうしな。」
実里の言葉に、悠は笑いながらそう返す。その後、3人で一通り家の中を回ってから悠達は姉も合流すると、揃って双月本家がある丘とは反対・・・海の方にある大霊園へと向かうのだった。
ー■■■ー
その大霊園は、氷室寺の横にあった。氷室寺は双月家と随分長い付き合いの寺院で、初詣やお祭りなどの行事では悠達姉弟もよくお世話になった記憶がある。
その大霊園内・・・よく海を見渡せるその場所に、墓石はあった。7代目以降の双月家歴代当主とその妻が眠る大墓石と、当主にこそならなかったものの双月本家に連なる者が眠る大墓石、そして双月分家の者が眠る大墓石。一族故に仕方ないとはいえ、1つの一族で3つもの墓を造る事は早々無いらしい。まずは分家の墓石と本家連者の墓石に道中の顔見知りの花屋で買ってきた仏花を活けてから線香をあげ、手を合わせる。そして最後に、歴代当主とその妻が眠る墓の前に立つ。
『双月孝弘』 『双月美咲』
一語も違える事のない、両親の名前があった。前に悠と光、後ろに実里とシルヴィアが屈むようにし、仏花を活け、線香をあげ、手を合わせる。
「・・・ただいま。今、帰ったよ・・・。」
そう小さく、悠が細い声で呟く。その短い言葉に、どれだけの思いが込められているのか・・・3人には、痛い程に理解できた。
「・・・これで、安心させられたかな。随分長く帰ってなかったから、怒られたらどうしようって思ってたんだけど。」
「怒るわけないでしょ。そんな理不尽な事、2人がする訳ないじゃない。あんな事があったんだもん、ちゃんと分かってくれてるわよ。」
「・・・そうかな。」
そう返す悠の顔は、穏やかに笑っていた。そんな顔に、光はどこか嬉しそうに笑う。
「さ、余り遅くならない内に3つとも綺麗に掃除しておこう。お婆ちゃんが今までやってくれてたみたいだけど、今ここにいるのは私達だし。シルヴィアさんと実里さんも手伝ってもらっていいかな。」
そんな光の一声で、一同はそれぞれの墓石の掃除に手をつける。
ー■■■ー
「良かったんですか・・・?」
「んー・・・悠を置いてきた事?」
「いえ、それもあるんですけど・・・私や実里まで来て良かったのかなって。ほら、関係者として見れば部外者ですし・・・。」
墓石の掃除をし、再度手を合わせてから悠が「もう少し1人でいてもいいか」と言い出したため、悠を除く3人は氷室寺道中の公園で悠を待っていた。その間に始まった雑談の中、不意にシルヴィアがどこか申し訳なさそうにそう言うと、光は屈託なく笑う。
「いーのいーの。大体、連れていくって言い出したのは悠だしさ。悠としては、貴女達を紹介して少しでもお母さん達を安心させてあげたかったんじゃないかな。それに悠だって1人だから話せる事もあるだろうし、今は良いのよ。」
「・・・確かにそうですね。今まで色々ありましたから。」
これまでの出来事を反芻しているのか、苦笑とも取れる曖昧な表情を浮かべながら実里はそう返した。
「・・・まぁ、色々あったけどさ。何とかなったよ、大体は。だから・・・うん、安心して眠っていいから。これからは時間作ってなるべく定期的に来るよ。それと・・・。」
先ほどまで4人でいた、両親が眠る墓前で悠は1人、しゃがみこみながらポツポツと話す。その相手は言うまでもなく両親ーーー孝弘と美咲だ。
「・・・そんな感じでさ、うん・・・守りたいって思える女の子も出来たから。だからーーー。」
不意に、目尻が滲んだ。心中にあったもの、今までの事・・・そういった物を思い返し、吐露する内にどこか心が緩んできたのか。流れ落ちそうになる涙を拭い、一呼吸置く。
「ーーーだから、俺はもう大丈夫だよ。支えてくれる仲間も、守りたい女の子もいる。これからは、頑張って前に進むから。だから、そこから見ててくれよ。」
改めて、宣言するように。かつて両親の前でそうしたように、力強く言葉にする。
「じゃあ、多分3人とも待ってるだろうからそろそろ行くよ。アスタリスクに戻る前日にはまた来るから。」
そう言って、踵を返して歩き出す。その刹那ーーーふと、吹いてきたそよ風に乗って、声が聞こえた。
『頑張れ、悠。』
それは幻聴か、本当の声か。もしそうなら、誰が言ったのか。少し足を止めたものの、顔は振り向ける事なくーーー悠は少し笑ってから、また歩き出した。
ー■■■ー
「お疲れ様、悠君。はい、水とタオル。」
「おぅ、サンキュ。何か悪いな、俺のせいで早起きさせてるみたいで。」
翌朝。祖母に呼び出されて見ればいきなり真剣での鍛練に付き合わされ、汗をかいた所にシルヴィアが来た。本人は好きでやっているらしいが、悠としては自分の私事に付き合わせているようで申し訳ない。
「いいんだよ、私がやりたいからやってるの。ていうか、前も同じような事言ってたよ?」
「そうだったか・・・?」
悠のそんな言葉に、シルヴィアは深くため息をつく。根本的に「親しい仲だろうと自分以外に迷惑をかけたがらない」悠の性格はまだまだ矯正の必要があるらしかった。
「光さんだって今日から忙しいんだから、なるべく私がサポートしないとでしょ?悠君、昔からどこか抜けてるし。」
「まぁ・・・うん、そうだな。そういうとこは善処する。」
言葉を濁す悠に、シルヴィアは再度深くため息をつく。そして、光がいるはずの当主室へ視線を向けた。
ーーー昨晩。光の当主就任式も兼ねて、双月本家では各家当主が一同に介した晩餐会が開かれた。
双月本家からは第15代当主として光と、当主代理改め後見人として縁が参加。分家にあたり、現在も籍を置く5家ーーー月峰、双上、暁、抱月、保土ノ月からも各家当主が参加した。ちなみに悠はシルヴィア達の事も考えて参加を辞退し、別室で女中さんが用意してくれた夕食を取った。シルヴィア達の事は彼らには伏せてあったからだ。
そのため、光は今日から双月本家当主としての活動に従事する事になる。
「でも、昨日は本当に良かったの、参加しなくて?他の人達から嫌な目で見られない?」
「大丈夫だって。特別な訪問客の相手を任せてるって話で通してあるし。それに大体の人は察してるよ。」
あっけらかんと笑う悠に、三度シルヴィアはため息をついた。こういう適当というか、軽い部分は昔から変わらないので半ば諦めている。
「・・・ならいいけど。そういえば、縁さんに返しに行かなきゃいけない物があるんじゃないの?」
「あぁ、落ち着いたら返しに行くつもりだよ。ちゃんと事情話さないといけないしな・・・。」
そう言いながら、シルヴィアと並んで一旦部屋へと戻る。まだ眠たそうにゴロゴロしている実里を起こすと、3人で女中さんが用意してくれる朝食へと向かうのだった。
ー■■■ー
「婆ちゃん、今いいかな?」
「あぁ、悠かい。いいよ、入っといで。」
朝食をもらってから何時間か経った頃、当主室の前に悠は立つ。その手には、先の動乱の折に祖母が預けてくれた9代目の刀ーーー"村雨"と"村正"が提げられていた。
「失礼します・・・っと。」
一礼してから、当主室の敷居を跨ぐ。当主室奥の文机では、姉が精の抜けた様子で突っ伏しており、その傍らで縁が呆れた表情で正座していた。どうやら朝からずっと当主の仕事の引き継ぎをしていたらしく、その眼前には、様々な書類が積まれている。その全てが、当主の仕事ーーー門下生の成績評価や保護者への教練報告など、重要事項ばかりである。
「・・・道理で朝飯にいないと思ったよ。大丈夫?死んでない?」
「・・・何とか・・・でも多分死んじゃう・・・朝御飯はかきこんだし・・・うぅ・・・。」
いつになく弱々しい声に、「あぁ、これはマジだわ」と同情の目を向ける。
「はぁ・・・まぁ、いきなりこの量はキツすぎたかねぇ。休憩しようか。少し外に出ておいで、少しは気分転換になるだろう。」
縁の言葉に、光は立ち上がると部屋を出ていく。
「で、悠の用は・・・なるほど、それか。」
悠が提げている2本の刀に、縁は小さく笑った。
ー■■■ー
「・・・これはまた、派手にやったねぇ・・・まぁ、それだけあの動乱が激しかったって事だろうが。」
「うん・・・まぁ、悪い事したなぁとは思ってるよ。特に9代目には。」
光が悠から手渡された"村正"と"村雨"を抜き、そうぼやく。2本の刀身には、先の動乱の折に入った皹が残っていた。ただ、直後についた時と比べて若干修復されているように見える。
「まぁ、刀身にしてあるとはいえウルム=マナダイトを使ってるからね。時がたてば自己修復するだろうさ。それにただ飾ってるだけじゃ、わざわざ"刀"なんて実用品にした意味がないからね。9代目もこれが抜かれる事は想定してただろうし、文句は言わないだろう。」
「だといいけどね・・・派手に使ったしな・・・。」
当主室に入り、縁に向き合って正座をしている悠。その表情はどこか罰の悪い様子だった。それもまぁ、無理のない事。何せ双月本家の家宝とも言える刀を借りた挙げ句、傷をつけたのだ。これで罰の悪い思いをしない方がむしろおかしい。
刀を納め、縁が立ち上がると当主室の奥・・・そこに安置された刀掛けに1本ずつ横たえていく。
「・・・さて、ちょうど良い。悠、あんたに渡しておく物があるんだよ。」
「渡しておく物・・・?」
悠が聞き返す中、縁は2本の刀が安置された刀掛けの下・・・そこにある長引き出しを開けると、そこから漆塗りの長細く黒い木箱を取り出した。そしてそれを悠の前に持ってくると、床に置く。
「お前さんのためにうちの鍛冶共に打たせた。見てみな。」
言われるがまま、木箱を開けてみる。そこにあったのは、黒い鞘に納まった流麗な反りの太刀だった。持ち上げてみると、ずっしりとした確かな重さが伝わってくる。抜いてみると、黒と白に分かれた色合いの刀身が姿を見せた。
「これからは、向こうでもそれを使うようにしな。
「何でだ?特に使ったって問題は・・・」
「あるんだよ。あんたにはね。」
悠の言葉を遮るようにそう言うと、縁は改めて悠の正面に座る。そして、いつになく真剣な目で悠を見た。
「あんたは気付いてないだろうが・・・悠、今のあんたの
「・・・
悠の言葉に、縁は首肯する。
「元々、強力な
縁の言葉に、悠は黙って腰に提げていた2本の愛剣を見る。その発動体は静かに納まっているが・・・何かを訴えてくるような、そんな気がした。
「・・・分かったよ。気を付ける。・・・お前らもごめんな。しばらくはお休みだ。」
少し申し訳なさげに発動体を撫でてやると、少しだけ震えるようにしてから再び愛剣達は沈黙するのだった。
皆様、おはこんばんにちは。Aikeです。
大変お待たせしました。やっと完成です・・・。活動報告にも書きましたが、モチベーションが上がらなくて・・・ここまで延びてしまいました。楽しみに待っていてくれた方がいましたら、大変申し訳ない限りです。そして読んでくださり、ありがとうございました。恐らく期間が空いたせいで文章が拙くなってしまっていますが、そこはまた頑張って矯正していくつもりでいます。
今後の予定としては閑話の最終話を次に予定していて、その後に第2章として本家様の小説と平行させていくつもりです。なるべく今回のようにはならないよう気をつけて頑張っていきます。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。