極圏の艦隊   作:水杉 朝日

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極圏の艦隊 第一話

「エンタープライズ。準備できてるの。」

深緑色の髪の少女が弓を持ち水面に立つ。

「もちろん。バカにしないでくれない。」

ボウガンのような武器を地面において靴紐を結んでいる金髪の少女が答える。二人の間に笑みがこぼれる。

「もう二人とも。今何時だと思ってるの。集合時間一分以上遅刻してるわよ。」

湾で流氷に寄りかかっているのは元ドイツ艦隊所属の子だ。

「それにしても空母さんたちはなんで遅いの。」

「ごめんシャルン。私とエンター、インディ、インプラの四人でポーカーやってたの。」

「まったく。それと名前は略さない。シャルンホルストって呼びなさい。アラスカもミネアナポリスも待ってるのよ。」

「だって長いんだもん。名前。」

「まあまあ。そんなことより早く出撃しよう。そうしないと第百八十三船団に追い付かない。でしょ瑞鶴。」

「うん。」

「なら二人ともさっさとして。先いってるから。」

シャルンホルストと言う名の少女は、他の五人をつれて沖にでた。

「瑞鶴、手が塞がってるから悪いけど司令部に連絡しといて。」

「はいはい。」

瑞鶴と呼ばれた少女は携帯を取り出して電話をかける。

(もしもし。エドモンド大将。)

(きみ、また携帯で連絡してきてたのか。懲りないな君も。これから出撃なんだろう。連絡は受けた。早く行け。)

(はい。じゃあ極圏の艦隊第一群、出撃します。)

吹雪が吹き始めたころ、ペトロパブロフスクを十二隻の艦娘が出港した。

 

三年前

 

呉鎮守府 最高幹部会議

「こんな時に、国連からの要請だと。馬鹿げてる。」

「そうだ。なんでも北アメリカ大陸、欧州、極東の三ヶ所を結ぶ世界最重要航路である通称極圏航路を確保するため、各国の艦娘を集めて防衛のための艦隊を結成するそうだ。」

「田村海将、そんなことは要請書を見たらわかる。」

「まあカッカするのはやめたまえ、西村君。」

「すいません、小澤幕僚長。」

暗がりの部屋の中。円形の机の回りに五人の男が座っている。幕僚長を中心に海将が四名居座っている。

「しかし、二年前のグアム島奪還作戦の大敗に立て続け、テニアン棲地殲滅作戦、ペリリュー棲地殲滅作戦、第五次マリアナ海戦、ウルシー奪還作戦、レイテ棲地殲滅作戦、第六次マリアナ海戦の敗北。極めつけが先月の第二次テニアン棲地殲滅作戦の大敗。ただでされ連戦連敗で戦力の低下が甚だしい。ここ二年で出た艦娘の戦死者は52名、自衛隊員の死傷者は28万人に達している。その上で国連のために割く戦力なんてない。」

「藤田君、この件は国連軍総司令部の肝いりの計画だ。国連には深海棲艦から国民を逃がすための船舶、兵器の提供、食料 物資などの面でも大分お世話になっている。断るわけにはいかないよ。それに日本政府が既に承認してしまった。」

幕僚長の言葉に皆が頭を抱える。

「ではできる限り少ない戦力で済ませましょう。」

「それは無理ですよ、田村君。国連からは主力艦二隻を含む水上艦娘六名、潜水艦娘二名、輸送艦娘一名を要求されている。それと将官が一名 自衛隊員が1250人、ヘリ搭載護衛艦一隻だったかな。」

「何てことだ。一個艦隊丸々よこせと。」

「それに自衛隊も。残っている人材は決して多くないというのに。」

「やはりここは断りましょう。それだけの予備戦力を抜かれては父島や硫黄島の防衛、本土防空戦で手一杯になります。」

田村海将は頭をかいたあと

「やはり徴兵制を復活させますか。」

と言った。

「落ち着きたまえ。前線指揮官はどうなんだい。秋山提督。」

眼鏡をかけた男は、腕を組む。

「やれないことはないでしょう。まあ準備をする時間は二ヶ月あります。その間に志願者を集めて、出なければこちらで選ぶということで。」

「分かりました。前線指揮官がやれると言うとならやりましょう。ということで皆さん。各部署で準備を始めてください。それと、今後の日本海上自衛隊の戦略方針としては、能動的な戦闘は当分避けるということで。」

「了解しました。」

五人の男たちは立ち上がり、小澤幕僚長に四名が敬礼すると順に退室していった。

 

「瑞鶴、大丈夫。」

肩を叩かれ、はっとする。

「ひ、飛龍さん。」

「いやさ、ちょっとね。心ここにあらずって感じだったからさ。今日の訓練にも出てなかったし。加賀さんと赤城さんも心配してたよ。」

「すいません。明日、いや明後日には行きます。」

「翔鶴ちゃんの事。心配してるの。」

黙って頷いた。

「しょうがないか。心配でたまらないよね。一ヶ月も昏睡状態が続いてたらさ。容態はどうなの。」

「あまり良くないです。いつ意識が戻るかすらわからないし。もしこのまま植物状態になったらどうしようって。」

不思議と自然に涙が吹き出た。飛龍さんは隣に座って背中を撫でる。

「大丈夫。瑞鶴ちゃんみたいな幸運な妹がいるんだし。」

「飛龍さんこそ。蒼龍さんは。」

「んーー。こっちも良くないかな。ただ今昏睡中。よくも悪くもないよ。」

先の戦い前は賑わっていた食堂も、今では閑古鳥が鳴いている。

「よし、今日は生き残ってる空母皆で飲みに行こう。私が連絡取っとくから。」

「え、でも私は。」

「20;00に鳳翔さんのところでね。覚えといて。それとこれ。今日の作戦会議で配られたプリント。渡しておくよ。じゃあまたあとでね。」

こちらが言葉を言う好きも与えず、飛龍さんは行ってしまった。渡されたプリントには(国連艦隊への転属希望者を求む)と大きく書いてあり、それに続くようぐだくだと小さく文字が書いてある。

「今それどころじゃないのよ。」

紙を丸めて、そこら辺へ投げ捨てた。

 

作戦会議室の空気は過去最悪となっていた。残存戦力の問題もそうだが、士気の低下は目に見えて進んでいる。各部門の責任者、責任者代理の艦娘が集まっていた。長門、大和、赤城、加賀の四長官に兵站部の大淀、神鷹、工作部の明石、夕張、各戦隊総長、打撃戦隊長武蔵代理の比叡、巡洋戦隊総長、高雄代理の鳥海、水雷戦隊総長、陽炎、航空戦隊総長、鳳翔、護衛戦隊総長、択捉、船団総長、対馬丸の計14名。そんな顔ぶれのなかに私はいる。

「長門、どうするの。」

「どうするもなにも。秋山提督に言われたよう、ハイデラバードから八幡までの間の船団護衛を中心に活動して、戦力の復活を待つしかない。実際、その程度しか戦力もない。生き残っている艦娘すべて合わせて662名。深海棲艦との戦争が始まってからの十八年で112名も死んでる。戦力補充が期待できない以上、来るべき時まで戦力を減らさないことを考えることが先決だ。」

長門の指示で、大淀が東南アジアの地図を広げる。

「では強行偵察艦隊が帰って来たので、報告を聞きましょう。大鳳さん。入ってください。」

赤城さんの呼び掛けで、外で待機していた大鳳ちゃんが入室した。

「強行偵察艦隊旗艦大鳳です。偵察結果を伝えに来ました。」

「丸々一ヶ月の偵察任務ご苦労様でした。」

「ありがとうございます、鳳翔さん。」

「それで、結果は。」

「焦るな大淀。取り敢えず被害報告から聞こう。」

「はい、ハイデラバードまでの航海中、大小39回におよぶ攻撃を受けました。それで被害を受けた鈴谷さんと淡路さんが、シンガポールで治療を受けています。また、18号さん、八重桜さんが先ほど入院しました。四人とも艤装は中破以上、戦線復帰に三ヶ月以上かかります。」

「そうか。」

被害を出さないようにと努力しているにも関わらず、死傷者はつき次と出てくる。みんな、悔しくてたまらないよね。私だって機会さえあれば。

「それでは偵察結果の報告を。」

「はい。まずレイテ棲地です。レイテのテリトリーでは深海棲艦の活動は比較的穏やかです。約480隻、停泊中の深海棲艦が確認されました。そのうち四割は潜水艦です。今回の偵察任務でもこの海域で18隻の潜水艦を撃沈あるいは撃破しました。」

「潜水艦ですか。鬼門ですね。」

「ただでさえシンガポール周辺の哨戒任務だけでも手を焼いているのに。」

神鷹が咳払いをする。

「続けます。スラバヤ棲地は相変わらず規模は大きいですが、シンガポールはテリトリーの端にあるので問題はないでしょう。しかしリンガ方面だけで50隻近くいるのて侮れません。そして最大の問題はニコルバ棲地です。ここに関しては中枢部付近を通過しなくてはならないので抵抗が激しいです。ニコルバには約520隻の深海棲艦が網を張っています。会敵せずに通過することはまず不可能です。」

合わせて1000近くが待ち構えている。本当にそこをもろい輸送船団が通れるのだろう。

「護衛には戦艦が必要か。」

「空母もです。それと個人的なお願いなんですが、今回限りで南方方面艦隊から本土艦隊に転属させてください。」

急な申し込みだった。

「そんなことを突然に。どうしてなの、大鳳。」

「加賀さん。私はもう英東洋艦隊の艦たちと顔を会わせたくありません。」

その言葉に、会議室が静まり返る。あるものは頭を抱え、他の者は頷いている。私はあのとき戦っていないから、なんとも言えない。

「考えておこう。」

「よろしくおねがします。」

そう言って大鳳はこの場から出た。

「困まりました。英国艦隊との共同作戦は今後欠かせないというのに。」

「比叡、あんなことがあったらしょうがない。僕がいた艦隊だってそのせいで被害を受けたんだ。大鳳の気持ちは痛いほど分かる。」

「ごめんなさい、択捉。不用意な発言だった。」

そのような空気のまま、偵察結果をまとめた資料作成や今後の船団派遣計画の作成に移った。時間が過ぎると共にそれぞれの仕事のために人手は減っていく。一段落ついたのは19;30頃だった。

「飛龍。こんな時間まで手伝わせてしまってすまないわね。」

「気にしないでください、加賀さん。私もできることはしていかないと。」

「そう。それで、瑞鶴はどうだった。」

おっと、忘れてた。

「瑞鶴ちゃんは翔鶴ちゃんが第四次テニアン沖海戦で重症になったことが未だにかなり精神的にきいてるようでした。」

「やはり。」

「瑞鶴ちゃんだけではなく、艦隊全体にそのような空気があります。このような状態で国連のために戦力を出せるとはとても考えられません。」

「けれど、日本政府が決めてしまったことだから従わないわけにはいかない。」

なんて世界は理不尽なんだろう。せめてもう500人艦娘が日本にいればどうにかなるのに。テニアン、ペリリューを叩いて本土爆撃をやめさせて、レイテ、ニコルバを叩いて補給路を確保できる。そうすれば。いや、こんなことは考えても無駄ね。

「そうだ。今日空母の皆で飲もうって言ってたんだった。今からなら間に合うから、加賀さんも赤城さんも行きましょう。」

「行きたいのは山々だけど。」

「行ってこいよ、二人とも。残った作業は私と大淀の二人で済ませる。」

「でも。」

「お構い無く。兵站関連のことは兵站部がすべきですから。」

「ではお言葉に甘えて、大淀さんと神鷹さんにお願いしましょう。」

「そうそう、正規空母さんはわざわざ鈍足空母の仕事取るなよ。」

「冗談を言う余裕のあるうちはまだ大丈夫そうね。じゃあ行きましょうか、加賀さん、飛龍さん。」

そう、まだここには余力がある。完全に負けた訳じゃないし。そう信じている。三人で会議室を出る。今日これからを少しでも楽しむために。

 

神鷹さんと資料の整理が終わったのは結局日を越した頃だった。

「あー。やっと終わったー。」

「お疲れさまでした。」

「おう、大淀もな。」

「提出は私が行ってきます。」

「頼んだ。私は自室に変えるのもめんどくさいし、ここで寝ちゃうから鍵貸して。」

鍵を渡して、神鷹さんに私の分の寝袋も敷いておくようにお願いした。夜も遅いので、できるだけ音をたてないように静かな廊下を行く。けれど、司令室からは秋山提督の声がまだしている。

「大淀です。入ってよろしいですか。」

少し間隔があいて返答がきた。

「失礼します。」

「こんな時間までやっていたのかい。」

提督は閉じたノートパソコンの上に手をのせている。

「はい。なかなか考えがまとまらなかったものですから。」

報告書と作戦議案書を提出しる。

「ありがとう。近日中に読んでおこう。」

「お忙しいようですが、何かかるんですか。」

「国連艦隊のことで毎日のように会議だ。明日も首都の仙台まで出張してくる。当分帰ってこれないかもしれない。長門にも伝えてあるからよろしく頼むよ。」

「はい。」

「そう言えば今日志願者が出た。」

志願者ですって。

「国連艦隊転属のですか。」

「他に何がある。第三護衛艦隊所属の駆逐艦竹だ。」

竹、彼女は日本艦隊の護衛艦のなかでもかなりの実力を持っている。潜水艦のみの戦果なら日本一の駆逐艦だったはず。

「そうなんですか。珍しくイギリス艦娘の人とも仲の良い子ですし、馴染みやすいかもしれませんね。」

「そうだな。」

国連艦隊か。興味はあるけど、日本での仕事の方が重要ですし。

「それでは、これで。」

「ああ。」

何となく焦っていた様子だったが、この局面なら仕方がないか。鳳翔さんに頼んで夜食でも作ってもらったら良いのにと思いつつ会議室に戻った。

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