World Observer ~罪深き異世界の観測者~   作:7%の甘味料

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思いやる事が互いを苦しめる家族の観測記録 Part3

「唐突になりますが月曜にはここを離れます」

 

「そうか……まぁ君が旅人なのは知りながら雇ったのだから止めはしないよ

 では、良い旅を……またここに来る事があったら是非寄ってくれ」

 

「ありがとうございます、ではさようなら」

 

俺は再び旅に出る前に山之内に挨拶をした。

 

この街で観測する事は恐らくもうないだろう。

 

そろそろまた新しい土地を求めて旅を始めるべきだ。

 

しかし、最後に俺には見届ける物がある。

 

あの後……深央は……

 

 

 

 

 

 

「明日の深夜……病院に忍び込んで……

 おじいちゃんの人口呼吸器を外します……」

 

深央は震える声で自分が今やるべき事を捻り出す様に言った。

 

道徳的に考えても法律的に考えても目の前の娘のしようとしている事は許される事ではない。

 

成年にギリギリ達しているか、していないかくらいの娘では情状酌量の余地はあっても罰を受ける事には変わりはないだろう。

 

しかし、俺にはこの娘の言葉を聞いてそれを否定する事は出来なかった。

 

道徳や法律が許さなくても、目の前の娘のしようとしている事はあくまで苦しんでいる自分の祖父を助けるためのものだったからだ。

 

法律は必ずしも目の前で苦しんでいる人間を助ける物ではない。

 

罰を受ける事を覚悟の上で自分のすべき事を為そうとしているのならば、それは道徳的に良くない事、法律で禁止されているなどと言う浅はかな言葉を投げかけた所で目の前の娘の言葉には響かないし、失礼な事である様な気がしたからだ。

 

だから俺は彼女にこの様な言葉を投げかけた。

 

「それをおまえがしたいと思うならそうすれば良い」

 

深央は止められたり、否定される事を覚悟していたのか俺の言葉に驚いていた。

 

「ただ……一つだけ言っておく

 呼吸器を外す前に……祖父の手を握ってやれ

 俺が言えることはそれだけだ」

 

 

 

 

 

 

見届ける事はただ一つ、月曜の早朝に深央が点滴を外すか外さないか……

 

自分の手で祖父を殺す選択をするか、殺さずに死ぬまで見守る選択をするかである。

 

ジュワッ……クックックッ……

 

目の前のグラスに心が一瞬で満たされるような果実の香りがするカクテルが注がれていく。

 

今日の朝には宿のチェックアウトも終え、俺は溜めた金を使って今街で一番高級なバーにいる。

 

俺は滞在している街を離れる時、その土地で稼いで余ったお金は最後に消費することにしている。

 

最も無駄遣いはほとんどしない主義なので、滞在先でしっかりと働けていれば最終日に贅沢できる金くらいは溜まっている物だ。

 

俺は地下のBARでネオンの光をたった一人で浴びながら、格別のカクテルを愉しんでいた。

 

この様な雰囲気であるなら、夜の店で女を買って一緒に飲むのも良いのかもしれない。

 

しかし、何となく今は一人で居たい気がしたので普段では手の届かないカクテルを愉しみながら一人の夜を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

早朝、俺は病院に忍び込み深央の祖父の病室の前に立つ。

 

山之内と言う名札を再確認すると、俺はゆっくりとドアを開く。

 

ガラガラガラガラ……

 

横に開閉するドアがゆっくりと開かれ、病室が少しずつ見えてくる。

 

そこにはベッドに横たわる老人と、その横で体育座りをして顔を埋めて泣いている一人の娘。

 

俺はそっと深央の祖父の元に近づく。

 

そこには近づいても口を開く事もなく、目を見開く事もない老人がいた。

 

俺はその手をそっと握ってみる……

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ温かく……温もりのある手……確かに生きている人間の手があった。

 

点滴は外されておらず、目の前の老人は今も確かに生きていた。

 

「ううっ……ぐすっ……おじいちゃん……

 ご、ごめんなさぁい……私、やっぱり……

 おじいちゃんの事……くくぅ……助けて……」

 

横にいる娘は俺が来たことにも気づかず、泣き続けていた。

 

祖父を助けてあげられなかった事を謝りながら、彼女は幼い子供の様に泣きじゃくる。

 

彼女が少しでも落ち着くのを待ちながら、その様子を見守る。

 

しばらくすると彼女は俺の存在に気づいた様で、泣き続けて真っ赤になった眼でこちらを見ながらこう言った。

 

「霧崎さん……来ていたんですね……」

 

「……ああ」

 

ただ一言そう返し、深央を見つめた後、深央の祖父に視線を移す。

 

「計画を実行する前に手を握ってどう感じた?」

 

深央はしばらく黙った後にこう返した。

 

「病室に入った時は祖父を殺す事が祖父を助ける事だと思っていましたし……

 例え自分の祖父を殺す事になってもその罰を受ける覚悟もできていました……」

 

落ち着いた様子で淡々と彼女は殺害の前の心情を語っていく。

 

俺はその言葉にしっかりと耳を傾けた。

 

「祖父を殺すのはできるだけ素早く……でないと……きっと迷ってしまうから

 私はすぐに人口呼吸器を外そうと考えていました……

 でも霧崎さんの最後の言葉を思い出して……私は……さ、最後に……」

 

「お、おじいちゃんの手を……

 に、握ったらと、とっても温かくて……気づいたら……

 む、昔おじいちゃんと一緒にゆ、遊園地に行った事とか……

 子供の時の楽しかった思い出が……わ、私の中に流れ込んできて……」

 

確かに今の深央の祖父は深央に話しかける事も話を聞いてやる事も出来ない。

 

それどころか、彼女の姿を見る事すらできない。

 

だが、彼女が祖父の手を握った瞬間である。

 

それは冷たく、生気を失った死人の手ではなく、子供の頃手を引かれて歩いたあの時の暖かな手のままだったに違いない。

 

「……ううっ……ぐすっ……

 おじいちゃんを本当に助けるなら……私は今ここで呼吸器を止めなければいけないのに……」

 

「今ここで眠っている君の爺さんが今どうして欲しいのか……

 それを知る術はない……今の彼は口を開く事も身体を動かす事もできないのだから

 もしかすると深央のやろうとした事を彼は本当に望んでいるのかもしれない」

 

俺の言葉に深央は目元を涙で濡らしながら真っ直ぐにこちらを見て聞いている。

 

「でも、その選択で後悔するなら……深央が不幸になるならお爺さんは喜ばないだろうな

 だが、このままではお爺さんは負担になるだけだし、君の父親もストレスで追い込まれていくだけだ

 だから改めて聞くぞ……深央はこれからどうしたいんだ?」

 

「今まで以上に一生懸命に生きます」

 

ただ一言そう言って、彼女は壁際に座っていた身体を立たせてこう続ける。

 

「今まで病室に来ても悲しくなるだけだったから、私はほとんどここに来れませんでした

 でも、明日から毎日来ようと思います

 聞こえているか分かりませんけど毎日、毎日今日会った事をおじいちゃんに話してみます

 ……それでおじいちゃんの死にたいって気持ちが少しでも和らぐかもしれません

 少なくとももう生きているだけで負担なんてもう誰にも言わせません!」

 

深央は先ほどの泣き顔を振り払って笑顔でこう言った。

 

「後、お父さんにはこれ以上無駄遣いさせない様にします!

 おじいちゃんの治療費と同じくらいお父さんのストレスによる無駄遣いも家計を苦しめてますからね!

 そのために私お父さんを説得しますから!

 お金の問題ももっとバイトをして稼いで見せますよ!」

 

「そうか……頑張れよ……」

 

これで彼女はきっと祖父が死ぬその時まで祖父を見守り続けるだろう。

 

「はいっ!

 霧崎さんもお気をつけて!」

 

 

 

 

 

 

霧崎さんもお気をつけて……か。

 

さっきまで泣きじゃくって周りも見えていないくらいショックを受けていたのに、立ち直ってしまえば他人への気遣いを忘れない。

 

改めて彼女はしっかりした娘だと言える。

 

山之内も彼女の祖父もこんなしっかりとした娘と孫を持てて幸せだろう。

 

自分の息子や孫にこれ以上迷惑を掛けないためにも死が選べるのなら自分を殺して欲しいと言った祖父。

 

祖父が死を望むのなら、大好きな祖父を自分自身の手で手に掛ける事を選ぼうとした孫娘。

 

互いが互いを思いやる事でお互いを苦しめ続けてきた家族……

 

しかし、最初の深央の選択を否定する事は出来ない。

 

自分自身の手で祖父を手に掛けてしまった罪の意識と言う物は後の人生に背負っていくには重過ぎる物だ。

 

ましてやあれくらいの年の娘で苦しまないわけがない。

 

だからこそ俺は彼女の言葉を否定する訳でもなく、彼女がその選択で本当に後悔しないか彼女自身で見極めやすくなるように一つだけ助言をしたのだ。

 

俺は長くこの世界を観測していてこの様な事態が起こるのを多く見てきた。

 

その中で覚悟がなければ後悔するような選択をした時、周りの人間が無理にでも止めろだの考え直せだの、そう言って結局神経を逆なでするだけで相手にされない光景など良くある事だった。

 

今回は深央がしっかりと自分自身の選択を見極めた様だが、すれ違ったまま結局後悔する選択肢を選び破滅した人間も珍しくはない。

 

そして今回の様な事例でも、破滅した事例でも報告する”世界の王”の返す言葉は何時も同じだった。

 

人間と言う物はこれだから面白い。ただそれだけである。

 

そんな事を考えながら街道を歩いていると、お腹も空き、近くにここに座って飯を食べて欲しいと言わんばかりの座りやすい石が置いてある。

 

旅立つ前に深央は自分の弁当を買うついでに俺の弁当も勝ってきてくれたので俺はそこに座って弁当を食べる事にした。

 

弁当を放送している紙の包みを開けると中から包みの中に捻じ込まれた様な折られた紙が出てくる……

 

俺は疑問に思いそれを開いていく。

 

霧崎さん、ありがとうございました。

今思えばあの忠告も全て私の事を見透かした上だったんですよね

あの時、霧崎さんに相談して良かったです。

本当にありがとうございました!

 

なるほど、態々出かける前の弁当を率先して自分で買いに行ったのはそういう事だったのか……

 

「ふっ……本当にしっかりした娘だな……」

 

俺はその手紙を見て少しだけ笑ってこう呟いたのだった。

 

 

 

終わり

 




このお話は終わりです。
次からの話も3話完結、長くて5話完結を目途に作成していきたいと思います。

今回は安楽死を題材にした話を書かせていただきました。
現実で問題や議題とされるあらゆる題材とリンクさせた物語を書くと言う試みはしたかったので、今回は誰しもが自分の未来を見据えて一度は考えるであろう安楽死を題材にしました。
これに関しては色々な意見があると思うのでどの意見も物語中では否定する事無く、読者様にも話を通して題材について考えて頂ける機会になれば良いかと思います。

では、観測者の次の観測記録が届くまでしばしお待ちください。
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