メイド・イズ・マイライフ!!   作:遠野ゆらぎ

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 作中で語られたもの以外のメイドの設定は独自のものになっております。
 ご注意ください。


インクリメントの憂鬱

 

 

 ナザリックの一般メイドの一人――インクリメントは、無表情で主人の部屋の清掃をしていた。

 

 淡々と清掃を行うインクリメントの心中は複雑だった。

 

 ナザリックでの仕事に甲乙つけることなどできるわけがないし、どれもやりがいのあるものであることは間違いないが、それでもこの仕事には浮き足立つ心を抑えられなくなる。

 

 それと同時に、どうしても耐え難い感情に心を支配されてしまう。不敬であることは自覚しているし、自分でも抑えようと意識しているのだが、それでもこの部屋に訪れるとそんな意識はたやすく決壊してしまうのだ。

 

 愛おしさ、切なさ、やりきれなさ、そんな感情がごちゃまぜになったどうしようもない思い。抑えようにも抑えきれない、自分を作ってくださった主人への思いが、インクリメントの心を震わせる。

 

 彼女はたまらなくなって部屋を見渡す。 

 

 『メイドのすべて』 『西洋メイド大全』 『メイドと暮らすアーコロジー生活』 『悪逆メイドのご主人様は楽じゃない!』 『雨の日のメイド・リリス』 『メイド妖精・アリアン』 『メイド・イン・ジャパン――日本産メイドカルチャーの可能性――』 ………… 

 

 本棚に綺麗に並べられた大量の本の背表紙には、数々の〝メイド〟の文字が並ぶ。その詳しい意味まではわからないが、きっと自分には到底理解の及ばないような崇高な内容が書かれているに違いない。

 

 さらに、壁にはホワイトブリム様が描かれたであろうメイドの壁紙が幾つも貼られていた。

 

 この部屋の主人――アルスタ様は、何よりもメイドを愛してくださっていた方だった。

 そして、ホワイトブリム様やク・ドゥ・グラース様、ヘロヘロ様と共に、いつも熱心にメイドの話をなさっていた。

 その中には、ナザリックの一般メイドのお話もあり……彼女の創造主、ヘロヘロ様と共に彼女自身の話をなさっていたこともある。

 

 そんな宝石のような思い出を、彼女は今日もまた思い出す。

 

 

 

 『例えばですけど……、ヘロヘロさんのイメージ通りいつもは一人でいるこの子ですが、それは実はコミュニケ―ション下手なだけで、本当は他のメイドみたいに仲良くじゃれたりすることに無意識で憧れているとか』

 

 『ああ、それは悪くないですね』

 

 『それからいつもは淡々と仕事をこなすタイプだけど、ご主人様に褒められたり褒美を貰ったりすると、嬉しさのあまり動揺してあわあわと目を白黒させちゃうとか、どうでしょうか』

 

 『いいですね~、採用させてもらいます。やっぱり、可愛いメイド作りでアルスタさんの右に出る人はいませんね』 

 

 『いえいえ!ヘロヘロさんのイメージあってのことですし!それに、メイドのことでもホワイトブリムさんの情熱には負けますよー』

 

 『そうですか?私からしたらどちらもすごいですけどね……』

 

 『そんなことないですって。……あ、この焦ったメイドちゃんの頭を撫でてさらに動揺させたりすると可愛いかもですね!』

 

 『いいですね!自分も萌えに目覚めるくらい可愛いです!』

 

 

 

 

 まだ作られている途中の彼女の前で、二人はそんな話をしていた。

 そのお言葉一つ一つが彼女にとって天啓であり最高の思い出だ。

 しかし、このことを思い出すたびに、彼女はやりきれなくなるのだ。

 

 (アルスタ様、ヘロヘロ様、御方に望まれた振る舞いを一度もお見せできなかった私は、不敬な存在です……)

 

 結局、彼女が直接主人に褒められたり、褒美を賜ることはなかった。

 そして、時が過ぎアルスタ様もヘロヘロ様もこの地を去った今、もう二度と御方達に望まれた姿を彼女が見てもらうことはできない。

 

 インクリメントは否応なくおとずれた悲しみに苛まれながら、淡々と部屋のチェックをしていく。どんな状態であろうと、それが理由で仕事の出来が不十分になるなど許されないし、自分でも嫌だった。

 

 

 そして、一通りのチェックを終え、異常がないことを確認して拭き掃除に入ろうとしたそのとき――それは起こった。

  

   

 

 彼女の視界にあったメイドのイラストに、水面に石を落としたかのように波紋が広がり、歪み、ひづんでいく。思わず後づさると、その波紋はイラストを中心に、壁に、そして部屋全体に同心円状に拡がり、もはや空間そのものが形を保てなくなっている。

 

 (な、何これ……。異常事態だわ、はやく報告を)

 

 下がり、一刻も早く異常を知らせるために振り向こうとする。しかし、異常はこれで終わりではなかった。

 

 ゴウッ!!という耳をつんざく轟音とともに、彼女に強烈な風圧がぶつかる。

 そのまま吹き飛ばされた彼女は背中から扉へ激突し、激痛と共に地面へ倒れた。

 あまりの衝撃に彼女の全身に耐え難い痛みが走る。骨が折れてしまったかもしれない。それほどまでの衝撃だった。

 

 (あぁぁ、痛い、痛い……。何が起こった……?) 

 

 そして、激痛に朦朧とする彼女の意識は視界に飛び込んできたあまりに予想外すぎる光景に覚醒することになる。

 

 (あ、あぁ……!!ああああああ!!!!)

 

 彼女の目に映ったのは、見るに堪えない有様になってしまった散々とした部屋と……その奥に倒れ伏す、見惚れるような美しき白い毛並を携えた美丈夫。

 

 (嘘、嘘……!!嘘嘘嘘嘘!!!)

 

 それは彼女が思い続けていた至高の御方の一人、この部屋の主、アルスタの姿だった。

 

 (いや、嘘じゃない。本当にご帰還してくださった……。嗚呼、アルスタ様……!)

 

 思わず彼女の頬に涙がとめどなく溢れ出る。しかし、彼女がその姿に違和感を感じたのはすぐのことだった。

 御方から、感じられるはずの偉大なる力の波動をほとんど感じられない。そして、御方は未だに意識を取り戻さずそこに倒れ伏したままで、動く気配はない。

 彼女の頭に冷たい恐怖が落ちてくる。そして考える間もなく体が動いていた。

 

 立ち上がり、他のメイドを呼ぶために大声を出そうとする。しかし、その口からは乾いた感吃音しか発せられず、思わず血を吐いてしまう。先ほどの衝撃で喉を傷めてしまったのだろうか。全身に痛みが走るが、今はそんなことはどうでもいい。一刻も早くこのことを伝えなければ。震える足取りを気力で無理やり制しながら、部屋の外に出る。

 

 周りを見渡すが、廊下には誰もいない。彼女は激痛に耐えながら廊下を走る。至高なるナザリックで無様に走るなど到底許されるはずのないことだし、自分の血で廊下を汚してしまっている。これは命を以て償わなければならないほどの大罪だが、それでも今は何よりも大事なことがあった。一刻も早く、このことを、誰かに……!

 

 「インクリメント!!!」

 

 廊下の先から同僚の一般メイド――フォアイルがかけてくる。インクリメントのただならぬ様子に、彼女は驚愕と心配の感情を露わにしていた。

 

 「一体どうしたの!?この傷は――」

 

 フォアイルの言葉を待たず、インクリメントは近づいてきた彼女の肩を掴む。

 そして震える声で、言葉を紡いだ。

 

 「アルスタ様が……ご帰還なされた……。お部屋にいらっしゃる……。でも、様子がおかしい……意識がない……。モモンガ様にご連絡と、ペストーニャ様に治療を……」

 

 「え、え!!!!アルスタ様が!!?」

 

 瞠目し動揺を露わにしたフォアイルだったが、状況を理解するとすぐに冷静になり、今にも倒れそうなインクリメントへ安心させるように声をかけた。

 

 「……うん、分かった、すぐに伝えます。後は私に任せておいて!」

 

 「うん、お願い……。頼んだ…………」

 

 大急ぎで走っていくフォアイルを見て、インクリメントはひとまず安心する。彼女は適当な性格だが、メイドとしての彼女は心から信用できる。これでモモンガ様やナザリックにいらっしゃるアルベド様に事態が伝わり、適切な対応をして下さるだろう。

 

 そして彼女は、帰還してくださった至高の主人の元へ戻るため、震える足取りで来た道を引き返し始めた。

 

 

 その胸に、遂にアルスタへ再会できたことへの感激と、ただらなぬ状況への身を切るような不安という複雑な思いを宿しながら。

  

  

 

 

 

 

 




 次回、オリ主とメイドの対面。


 

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