Fate/cross silent   作:ファルクラム

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今回はFGOではなくプリヤの方で。

所謂「バレンタイン・イベント」になります。

プリヤ二次本編の再開はまだ先になりますので、ご了承ください。

尚、お読みになる際は、時系列を考えずにお楽しみください。


番外編3「結局、それが一番」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、とある2月13日の事だった。

 

「ミーユー!! 俺にチョコを、くれェェェェェェェェェェェェ!!」

 

 クラスメイトの、小うるさい小動物が、何をトチ狂ったのか、美遊・エーデルフェルトの下へと突撃してきた。

 

 いや、トチ狂っているのはいつもの事なのだが。今日はいつもに輪を掛けてひどかった。

 

 名前は、確か・・・・・・

 

 ・

 

・  

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 確か、嶽間沢龍子(がくまざわ たつこ)だっただろうか?

 

 毎日会っているのに、名前を思い出すのに5秒以上かかるあたり、美遊も大概だろう。

 

「・・・・・・いきなり何?」

 

 努めて素っ気なく対応する美遊。

 

 正直、美遊からすれば龍子は鬱陶しい隣人でしかない。自然、態度も塩加減にならざるを得ない。

 

 もっとも、

 

 その程度に怯む龍子ではないのだが。

 

「だーかーらー!! チョコだよチョコッ!! あ、勿論、山盛りのつゆだくな!!」

 

 だから、いったい何を言っているのか?

 

 いい加減、美遊がうんざりしてきた時だった。

 

「落ち着け龍子」

 ドスッ

「ホゲェ!?」

 

 突如、横合いから出現した森山那奈亀(もりやま ななき)が、強烈なボディブローを食らわせて龍子を撃沈する。

 

 容赦なく、床に沈む龍子。

 

 その後ろから、栗原雀花(くりはら すずか)が顔を出した。

 

「いやー 悪かったな美遊。騒がしくしちまって」

 

 雀花の言葉を聞きながら、美遊は内心で嘆息する。

 

 龍子、雀花、那奈亀は、同じクラスメイトであり、イリヤ達を通じて、一緒に行動する事も多い。

 

 だが正直、美遊本人は未だに、彼女達を苦手としている面も多かった。

 

 普段なら、イリヤ達と一緒に接する事が多い為、それ程気にはならないのだが、生憎、今は周りに衛宮家の3姉弟はおらず美遊1人だった。

 

「まあ、それはそれとして、明日はバレンタインデーだし。美遊も、響にチョコあげるんだろ?」

「響に?」

 

 キョトンとする美遊。

 

 ここでなぜ、響の名前が出てくるのだろうか?

 

 それに、バレンタインデーと来た。

 

「バレンタインデーとは、帝政ローマ時代、兵士の婚姻を禁じたクラウディウス2世の政策に逆らい、密かに兵士の婚姻を行っていた聖ヴァレンティヌスの殉教を悼み、彼が処刑された2月14日を祝日として定めた日だったはず」

「お、おおう・・・・・・」

「相変わらず、チート級の知識量・・・・・・」

 

 バレンタインの起源を昏々と語る美遊に、若干引き気味な雀花と那奈亀。

 

 と、

 

「でも、好きな人にチョコをあげるのって、とっても素敵だと思うの」

 

 横合いから話しかけられて振り返ると、桂美々(かつら みみ)が、笑顔で会話に加わって来た。

 

「美遊ちゃんも、響君にチョコレートあげたら、きっと喜ぶと思うよ」

「・・・・・・響に、チョコレートを?」

 

 成程。

 

 これはたぶん、自分の知識外の案件なのだろう、と美遊は悟る。

 

 最近、薄々ではあるが、自分の知識は世間一般のそれと比べて偏りがある事を、美遊は自覚しつつあった。

 

 思えば、兄もそこら辺の事を危惧していたのを思い出す。

 

 となると、善は急げだ。

 

 2月14日は、もう明日。先程からちょくちょく、響の名前が出てきている所を見ると、彼にも関係ある事なのだろう。となると、あまり時間が無い可能性もある。

 

 だが、

 

 それにしても、

 

「・・・・・・・・・・・・」

「ん? 何、美遊ちゃん、どうしたの?」

 

 ジッと、美々の顔を見詰める美遊。

 

 さっきから、親し気に自分に話しかけているこの女は誰だろう? こんな人、クラスメイトにいただろうか?

 

 まあ、どうでも良い事だったので、すぐに忘れたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み、美遊の姿は学校の図書室にあった。

 

 判らない事があったら調べる。そのスタイルは、子供のころから貫いて来た事だった。

 

 おかげでバレンタインデーが、如何なるものであるかは分かった。

 

 基本的に、美遊が持っている知識は間違いではなかったが、昨今ではむしろ、別の意味で捉えられる場合が多い。

 

 すなわち、定められた日に、女性から男性へチョコレートを贈る日、なのだとか。

 

 そもそもの発端は、第二次世界大戦の後、売り上げ低下に悩む製菓業界が立ち上げたイベントがきっかけで、「女性が意中の男性に対し、2月14日にチョコレートを贈る」事が一般的であるらしい。

 

 その対となる行事が、1か月後の3月14日に、今度は男性が女性に対し、バレンタインデーの返礼として何らかのお返しをする「ホワイトデー」なる行事があるのだとか。

 

 もっとも、最近は様々な「バリエーション」も存在しており、構図自体が曖昧になっているらしい。

 

 例えば、意中の相手ではなくとも、周囲にいる人間への義理に対して贈る「義理チョコ」、女性が男性に対してあげるのではなく逆、男性が女性に対してあげる「逆チョコ」、異性ではなく同性同士で送り合う「友チョコ」、自分で自分に送る「自己チョコ」等々。

 

 しかしやはりイベントの根幹であり、多くの人々が共有するであろう存在は、女性が男性に送る「本命チョコ」だった。

 

「本命チョコ・・・・・・女性が、男性に送る・・・・・・」

 

 図書館で呼んでいた本を閉じ、美遊はポツリと呟く。

 

 その脳裏に浮かぶのは、

 

 やはり、衛宮響(えみや ひびき)の、茫洋とした顔だった。

 

 ほんのり、顔を赤くする。

 

 戦いの場にあっては美遊の相棒であり、

 

 そして何より、今は大切な彼氏でもある。

 

 本命チョコを送るとしたら、彼以外にあり得ない。

 

 の、だが、

 

 正直、サッと学んだ知識だけでも、バレンタインデーの奥が深い事だけは理解できた。

 

 「実戦経験」が薄い美遊が不用意に2月14日を迎えたりしたら、何か不備が生じるかもしれない。

 

 そうなると、次に必要なのは経験者の意見だろう。自分の持つ知識を肉付けしなくてはならない。

 

 美遊は自分の周囲の人間を思い浮かべながら、図書室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バレンタインデー? どうしたのよ、急に?」

 

 美遊に尋ねられ、遠坂凛(とおさか りん)は、窓を拭く手を止めて振り返った。

 

 魔術師としては先輩であり、このエーデルフェルト邸で働く同僚でもある凛は、美遊にとって最も近しい「年上の女性」の1人である。その為、この手のプライベートな相談をするのに適している人物でもあった。

 

 今は仕事中である為、美遊も凛もメイド服を着用している。

 

「はい。私にはそういう経験がありませんので。凛さんなら、経験もおありじゃないかと思って」

「あー・・・・・・うん、ま、まあ、ねー」

 

 尋ねる美遊に、曖昧な返事をする凛。

 

 実のところ、バレンタインに誰かにチョコをあげた経験など皆無な凛。

 

 実際、名前の通り凛とした出で立ちから、学校では人気が高い凛だが、特定の男子と付き合った事は皆無であり、当然ながらバレンタインデーなど、他人事でしかなかった。

 

 しかし、期待の眼差しで自分を頼って来た少女を裏切る事は凛にはできなかった。

 

 そんな訳で、張る必要のない見栄を張った訳だが、

 

 しかしまあ、知識としてのバレンタインデーを知らない訳じゃない。当たり障りのないアドバイスなら、問題無いだろう。

 

「そうねえ、最近じゃスーパーとかデパートなんかでも、この時期になればバレンタイン商戦なんて物を展開しているはずだから、少しお金を出せば、それなりに良い物が買えるはずよ」

 

 言ってから、

 

 凛は少し顔を赤くして、目を逸らす。

 

「ま、まあ、本当に想いを伝えたいのなら、自分で作るってのもありなんだけど」

「はあ・・・・・・・・・・・・」

 

 首を傾げる美遊。

 

 まあ、料理は得意な少女の事。チョコレートも作ろうと思えば簡単に作れるのだが。

 

 その時だった。

 

「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホ!!」

 

 突如、鳴り響く馬鹿笑い。

 

 耳をつんざくような笑い声と共に、金髪縦ロールをした少女が歩いてくるのが見えた。

 

「馬脚を現しましたわね、トオサカリン!! その程度の事しか考え付かないとは、底が知れましてよ!!」

「ルヴィア、あんたねェ・・・・・・」

 

 現れた、この屋敷の当主、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトの姿に頭痛を感じて頭を抑える。

 

 一方、

 

 美遊は対外的には「姉」と言う事になっている主に振り返って尋ねる。

 

「ルヴィアさんなら、どんなバレンタインのプレゼントをしますか?」

 

 尋ねる美遊に、ルヴィアは傲然と胸を反らして言い放った。

 

「良い質問ですわね美遊。わたくしなら、そうですわね。まず、5つ星レストランを貸し切りにして最高のシェフを取り揃え、極上のディナーを提供しますわッ 勿論、チョコレートは本場フランスから呼び寄せた最高級のパティシエに作らせた極上品!! その後、最高級ホテルの最上階スイートを貸し切り、生涯最高の夜を演出すれば、既成事実完成ですわ!!」

「いい加減にしろォォォォォォ!!」

 ドゲシッ

「ボボファッ!?」

 

 只管ヒートアップして高笑いを上げまくるルヴィアの背後から、ドロップキックをかます凛。

 

 溜まらず、ルヴィアは廊下の端まで吹き飛ばされる。

 

「い、いきなり何をしますの、この野蛮人!!」

「やかましいッ だいたいあんたはねえッ」

 

 取っ組み合いを始める、凛とルヴィア。

 

 まったくもっていつも通りの光景が現出し、美遊としては嘆息するしかなかった。

 

 

 

 

 

 戦術上、外堀を埋めるのは基本だとは言うが、

 

 聊か外堀過ぎた感も否めない。

 

 と言う訳で、自分の仕事を終えた美遊は、お向かいの衛宮邸を訪れる事にしたのだ。

 

「ふうん。それは、ミユも大変だったね」

 

 苦笑気味に答えたのは、美遊の親友であり戦友でもある少女、イリヤ事、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンだった。

 

 美遊の恋人である響の姉でもあるイリヤなら響の好みも把握しているだろう。たぶん、良いアイディアもしてくれるのでは、と期待している。

 

「ん~ ヒビキ、甘い物なら何でも好きだけどなー。それに、ミユがくれる物なら、何だって喜ぶと思うよ」

「それは・・・・・・そうなんだけど」

 

 悩む必要なんかないと思う。

 

 イリヤが言うのはそういう事だろう。

 

 確かに、響なら何をあげても喜びそうな気はする。

 

 しかし、

 

 どうせなら、何か特別な事を加えたい、と思うのも幼い乙女心だった。

 

 その時だった。

 

 突如、開け放たれるドア。

 

「フッ 何を悩んでいるのよ、あんた達は!!」

「その声はッ!?」

 

 導かれるように振り返るイリヤ。

 

 その視線の先には、

 

 自らと全く同じ顔をした、褐色肌の少女が立っていた。

 

「クロッ!?」

「イリヤ、この演出は必ずやらないとだめなの?」

 

 以前、どこかで見た事があるようなやり取りをする親友にツッコミを入れる美遊。

 

 入って来たのは、イリヤの姉妹であり、同一存在でもあるクロこと、クロエ・フォン・アインツベルンだった。

 

「話は聞かせてもらったわ!!」

「いや、聞いてないでよッ」

「要するに、明日のバレンタインデー、ヒビキに何を送れば良いか悩んでいる。そういう事よね」

「聞いてないね」

 

 2人が嘆息する中、クロエはズズイと迫って来る。

 

「そんなの簡単よッ このあたしが、とっておきの方法を教えてあげるわ」

 

 自信満々に言い放つクロエ。

 

 しかし勿論、言うまでもなく、

 

 聞いている2人の胸には、不安しか浮かばないのだった。

 

 

 

 

 

 そして、その考えは杞憂ではなかった。

 

「な、何よこれェェェェェェェェェェェェ!?」

 

 衛宮家に、少女の絶叫が木霊する。

 

 部屋の中にいるイリヤ。

 

 その恰好は普通、

 

 ではなかった。残念ながら。

 

 今のイリヤは、一糸纏わぬ雪原のような裸身を、惜しげもなく晒している。

 

 そして、

 

 まるで1個の彫像のような裸身の上から、赤いリボンを体中に巻き付けていた。

 

 少女の肌の白さと相まって、赤いリボンが強調されている形だ。

 

 所謂「裸リボン」と言う物である。

 

 一応、胸、秘部、お尻と言った際どいところは絶妙にリボンでガードされている。

 

 が、そんな物で羞恥が収まるはずもなく、

 

 イリヤは顔を真っ赤にして涙目になっていた。

 

「うん。とっても良いわよ、イリヤ」

「どこがよッ!?」

 

 いい仕事をした、とばかりにうっとりするクロエに、ツッコミを入れるイリヤ。

 

「その恰好は、とある昔、とあるお坊さんに恋をして裏切られ、とあるお寺まで追いかけて行って焼き殺したっていう伝説を持つとある女の人が、バレンタインに推奨した、由緒正しい、バレンタイン正装よッ」

「『とある』多すぎ!! あと、その人の真似だけは、絶対しちゃだめだからァ!!」

 

 この物語は、時系列を無視してお送りしております。

 

 と、

 

「あ、あの、クロ・・・・・・この、恰好は・・・・・・」

 

 か細い声が聞こえて来て、振り返るイリヤとクロエ。

 

 果たして、

 

 2人が見つめる先に立つ美遊。

 

 少女もまた、イリヤ同様に際どい恰好をしている。

 

 レザー製と思われる黒のノースリーブジャケットに、下はロ―レグの紐パン。肘まであるレザー製の手袋をした腕は、なぜか後ろ手にして手錠で拘束されていた。

 

 上半身は、多少露出が多い物の一応、服としての体を成しているのに対し、下半身がパンツのみと言うアンバランスな煽情感。上半身に敢えて服を着る事により、下半身の露出感が高まっている。

 

 しかも、ローライズのパンティはかなり際どいところまで下がっており、前は股上ギリギリまで来ており、後ろに至っては、お尻が半分見えている状態だ。

 

 加えて、後ろ手に拘束されている関係から美遊の体勢はどうしても前かがみになってしまっている為、お尻を強調するように突き出す恰好となっている。

 

「完璧ね」

「どこがよッ!?」

 

 親友の「無惨」な格好を見て叫ぶイリヤ。

 

 当然、美遊の方も滅茶苦茶恥ずかしいらしく、顔を赤くして下を向いている。

 

 そんな美遊に、歩み寄るクロエ。

 

「さ、あとは、これを咥えて、それから、これを首に下げて」

 

 抵抗できない美遊に、更に何やら付け加え始めるクロエ。

 

 そして、

 

「さ、できたわよ」

「んなッ!?」

 

 「完成」した美遊の恰好を見て、思わず絶句するイリヤ。

 

 美遊はと言えば、際どい恰好に加えて、口にはラッピングされたチョコレートを咥え、首からは「食べて(ハート)」と書かれた看板を下げている。

 

 聊かあざとさはあるものの、それでも半端ではない破壊力が発揮されていた。

 

 その証拠に、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ポ~っとした目で、美遊を言詰めるイリヤ。

 

 そして、

 

「・・・・・・うん、取りあえず、写真撮影から、始めよっか。いつも通りに」

「イ、イリヤ?」

 

 親友のただならぬ雰囲気に、思わず加えていたチョコを落として後ずさる美遊。

 

 だが、

 

「大丈夫、大丈夫だからね、ミユ」

「チョッ イリヤ、待ってッ!?」

 

 血走った目で迫って来る親友に、思わず引いてしまう美遊。

 

 どう考えても「大丈夫」には見えないのだが。

 

 しかし、

 

 「変なスイッチが入った」イリヤを押し留める事は、何人にも不可能だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。

 

 学校が終わった美遊は、1人でとぼとぼと家路についていた。

 

 イリヤ達と一緒に還ろうと思わなくも無かったが、ちょっと、そういう気分ではなかったのだ。

 

 結局、あの後も試行錯誤したが、バレンタインに相応しい「特別な贈り物」を用意する事は出来なかった。

 

 そもそも、バレンタインに贈り物をすると言うイベント事態が、元々は製菓業界の業績アップが目的であった以上、そこに熱を上げる事の意味が、美遊には理解しづらかったのだ。

 

 一応あの後、エーデルフェルト邸に戻ってからキッチンを借り、自作のチョコは用意できた。

 

 とは言え、

 

 思い浮かぶのは、響の顔。

 

 折角、付き合い始めて、最初のバレンタインデーなのだ。何か特別な事をしたかったのも事実である。

 

 と、その時だった。

 

「あれ? ・・・・・・と、確か、美遊、だったか?」

「え? ・・・・・・・・・・・・あッ」

 

 顔を上げると、目の前に見覚えのある年上の少年が立っており、思わず美遊は声を上げた。

 

 衛宮士郎(えみや しろう)

 

 イリヤ、クロエ、響の兄。

 

 そして、

 

 美遊にとっては、並行世界にいる自分の兄と同一の存在。

 

「士郎、さん?」

「ああ、今、帰りか? そう言えば、今日はイリヤ達と一緒じゃないんだな」

 

 頷いて、顔を逸らす美遊。

 

 士郎に対し思うところが無い訳ではないが、しかしどうしても、一緒にいると意識せずにはいられなかった。

 

 と、

 

 少女の目が、士郎の持っている袋を捉えた。

 

「士郎さん、それ」

「ああ、これか。ほら、今日はバレンタインだろう。だから朝から、さ」

 

 そう言って苦笑する士郎。

 

 実のところ、士郎の周りは朝から騒々しい事この上なかった。

 

 朝起きたら、イリヤとクロエの妹2人が、さも当然と言わんばかりに、競うようにチョコを手渡してきた。

 

 リビングに行ったら、母であるアイリスフィールが、山盛りのチョコを大雑把に買い物袋に入れて手渡してきた。

 

 更に住み込みメイド姉妹の妹であるリズは、食べかけのポッキーの箱を渡してきた。

 

 学校に行ったら、昔から縁のあり、美遊達の担任講師でもある藤村大河(ふじむら たいが)が高等部の教室まで突撃してきて、トラ印のラッピングされたチョコを叩きつけ「お返しは10倍返しねッ!!」と言って、猛然と去って行った。

 

 更に、遠坂凛とルヴィア・ゼリッタ・エーデルフェルトがほぼ同時に殺到してきて、士郎の口の中に無理やりチョコをねじ込んで来た。

 

 かと思えば、クラスメイトの森山那奈巳(もりやま ななみ)が「い、いつも衛宮君にはお世話になっているから。あ、けどけどッ 恥ずかしいからダメ、け、けどッ やっぱり貰って欲しいッ ああッ けどッ けどッ」などと、士郎本人よりも周りで見ている人間がイライラするような態度でチョコを渡してきた。

 

 生徒会に行けば親友であり生徒会長でもある柳洞一成(りゅうどう いっせい)が、「衛宮には常日頃から助けられているからな。なに、ほんの礼だ。これも御仏の導き。これからも、俺の傍にあって、俺を助けてくれると嬉しい」などと、誤解を呼びそうなセリフと共にチョコを渡してきた。

 

 部活に行けば後輩の間桐桜(まとう さくら)が、「はい、先輩。いつもお世話になっているお礼です。その、ご迷惑じゃ、ないですか?」などと、控えめにチョコを差し出してきた。

 

 因みにこの後、家に帰れば住み込みメイド姉妹の姉であるセラが「な、何ですか? 私だってチョコぐらい作れます。それに、日ごろから一緒に暮らしているのですから、これくらいの事はしても別に構わないでしょう。全く、そんな事も分からないから、あなたは長男としての自覚が足らないと、常日頃から・・・・・・」などと、説教交じりに、随分と気合の入った本格的な手作りチョコを手渡してくる事になる。

 

 ぶっちゃけ、冬木一「バレンタインチョコに困らない男」。それが、衛宮士郎と言う男だった。

 

 まったく、これだから「元エロゲ主人公」は。

 

「あの、士郎さん。ちょっと、相談したい事が・・・・・・・・・・・・」

「うん?」

 

 美遊の深刻そうな表情に、士郎は怪訝な面持ちになりながらも耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

「成程な、響にチョコを」

「はい。でも、どう渡したら良いか分からなくて・・・・・・」

 

 美遊の話を聞いた士郎は、納得したように頷く。

 

「ハハ、あいつもモテるんだな」

 

 目の前の少女が、弟と付き合っている事は士郎も知っている。

 

 その為、驚きはしなかったのだが。

 

 しかし、

 

「そう、難しく考える事無いんじゃないか?」

「え?」

 

 傍らを並んで歩く士郎を見上げるようにして、美遊は士郎を見る。

 

 対して、士郎は年下の少女を見下ろして告げる。

 

「バレンタイン自体が、もう特別な日なんだからさ。そこで無理して更に特別な事なんてする必要は無いだろう。ただ、相手にチョコをあげて、それで自分の気持ちを伝える。それだけで良いと俺は思うぞ」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 笑いかける士郎。

 

 その横顔が、

 

 美遊には「あちらの世界」にいる、兄に重なって見えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校を出て、家の近くまで来る頃には、辺りはだいぶ薄暗くなっていた。

 

「ん、寒ッ」

 

 包み込むような寒気に、コートの襟を合わせる衛宮響(えみや ひびき)

 

 今日は学校が終わった後、友達と遊んでいた為、帰りが少し遅くなってしまったのだ。

 

 とは言え、門限にはまだ少し余裕があるので、急ぐ必要は無いのだが。

 

 と、

 

「ん?」

 

 自宅の門が見える場所まで着た時、響はふと、足を止めた。

 

 家の前に、誰かいる。

 

 街灯に照らされるように浮かび上がった、小柄なシルエット。

 

 あれは、

 

「美遊?」

「あ、響・・・・・・」

 

 自分の彼女が、自宅の前で待っていた事に、驚きを隠せない。

 

 近付いていくと、少女の緊張した面持ちが見えてくる。

 

「どした?」

「あ、えっと・・・・・・」

 

 美遊は少し躊躇うようにした後、

 

 手にしたラッピングを、響に向かって差し出した。

 

「こ、これッ」

「ん?」

 

 差し出された物は、両掌に乗るサイズの大きさをした包み。

 

 形からして、ハート型なのは判る。

 

「これ・・・・・・て」

「う、うん・・・・・・今日はバレンタインデー・・・・・・だって、聞いたから」

 

 恥ずかしそうに、俯いて告げる美遊。

 

 対して、

 

 恐る恐る、と言った感じにチョコを受け取る響。

 

 そして、

 

「ん、ありがとう、美遊」

 

 満面の笑顔を向けてくる。

 

 その笑顔につられるように、

 

 美遊もまた、笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

番外編3「結局、それが一番」      終わり

 




執筆時間3時間。

久々に衝動書きしてしまいました。

思えば、長くネットで二次創作書いて来てるけど、この手の季節イベントを書いたのは初めてですね。本編の進行が遅れるから、あまりこの手の物は書きたくないのですが、今回はFGOのバレンタインイベントの触発されたせいもあり、どうしても書きたいと思ったので。本編執筆に支障がない範囲で書かせていただきました。

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