Fate/cross silent   作:ファルクラム

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と言う訳で長らくお待たせいたしましたが、再開したいと思います。

プリヤも完結していないし、クライマックスの状況次第でどうなるかはわかりませんが、もしかしたら当初の予定よりも変更する必要があるかもしれないと思っています。

ただ、FGOの方を進めるにしろ、どうするにしろ、まずはこっちを先に終わらせない事には、盛り上がりそうにないので。




第47話「風雲!! クロエ城」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取りあえず、雪を見たらはしゃぎたくなるのは子供心として当然の事だろう。

 

 昨夜から未明にかけて降った雪は、膝上まで積もり一面の銀世界が広がっている。

 

 その中を、

 

 子供たちは、文字通り先を争って駆けだした。

 

「綺麗な新雪ッ あたしが一番乗りねー!!」

「ずるいですー!! 田中も足跡つけるですー!!」

 

 飛び出していくクロエと田中。

 

 2人分の足跡が、真新しい雪の上に連なる。

 

 古式ゆかしい純和風邸宅である衛宮邸は、庭も広い造りになっている。

 

 子供達が駆けまわるには十分な広さがあった。

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 1人、「子供」のカテゴリーに入れて良いのかどうか悩む生物がいるが、そこは置いておこう。話が進まないし。精神年齢的には同じような物だから問題はあるまい。

 

「もー クロったらはしゃいじゃって」

《子供は雪の子と言いますから》

《姉さん、風の子です》

 

 駆けまわる2人の様子を、呆れ気味に眺めるイリヤ。

 

 その傍らでは、同じく外に出て来た響と美遊の姿もある。

 

「ん、こんなにたくさん、雪見たの初めて、かも」

「そうだね。こっちじゃこれが普通なの?」

 

 尋ねるイリヤに、美遊は首を横に振る。

 

「うっすらと積もる程度ならよくあったけど、こんなに振ったのは私も初めて見た」

 

 視界の先では、クロエと田中が雪合戦を始めているのが見える。

 

 楽し気な声を聞きながら、イリヤは足元の雪をそっと掬ってみる。

 

 たくさんの雪を見たのは、彼女にとって初めての事。

 

 しかし、

 

 心の中で、どこか懐かしさを感じる気がした。

 

 まるで、ここではない、どこか別の場所で、多くの雪に囲まれた事があるような、そんな気分。

 

 そんな事、ある訳ないのに。

 

 そう、だからこれはきっと、ただの気のせ・・・

 

 ベシャッ

 

 思いを馳せるイリヤの顔面に、ぶつけられる雪玉。

 

 白の少女は、一瞬にしてみるも無様な有様に成り果てる。

 

 その下手人たる褐色少女は、高笑いを上げながら挑発的にこちらを見ている。

 

「なーに黄昏てんのよイリヤ。雪での遊び方、教えてあげましょうか?」

「あ・・・・・・」

「ん、これ、まずい」

 

 この後の展開を予測し、顔を引きつらせる美遊と響。

 

 こう見えて、案外気の短いイリヤの事。

 

 クロ挑発 → イリヤ怒る → 大乱闘

 

 の流れは容易に想像できる。

 

 だが、

 

 イリヤは頭に乗っかっている雪を優雅に払いのける。

 

「・・・・・・あのね、クロ」

 

 おっとりと、優し気な口調で語り掛ける少女。

 

 その表情には、落ち着きと余裕に満ち溢れている。

 

 その神々しい様は、まるで聖母のようだ。

 

 小学生に「母」と言うのも、色々あれだが。

 

 しかしイリヤは、悪戯娘に慈愛に満ちた声を掛ける。

 

「今は遊んでいる状況じゃないでしょ。ましてや、よそのおうちではしたないわよ」

 

 ある種の気品すら感じさせる表情に、彼女の親友と弟はヒソヒソと話し始める。

 

「イ、イリヤが、大人な対応を・・・・・・」

「ん、拾い食いしたか?」

《いえいえ、あれは姉っぽさをアピールしているときの顔です》

 

 ルビーの解説に、2人は成程と納得する。

 

 以前、「向こう側の冬木」にいたころに争われた、「どっちが姉っぽいか大戦」は、未だに継続中である。

 

 イリヤはこれを機に、ライバルとの差を広げようと言う魂胆らしい。

 

 何とも、やっている事が小さい事この上ないが。

 

「はいはい、遊びはおしまい」

 

 パンパンと手を叩きながら、余裕の笑みを浮かべるイリヤ。

 

「考えなきゃならない事がいっぱいあるんだから。部屋に戻って作戦会議をし」「こうですか?」

パァン

 

 またも、雪玉顔面直撃のイリヤ。

 

 今度は鼻っ面に一発喰らう。

 

 またも雪塗れになる少女。

 

 一方で下手人たちは凱歌を上げる。

 

「ナイスピッチよ田中!!」

「イェイでェす!!」

 

 ハイタッチを決める、クロエと田中。

 

 一方のやられた方は、と言えば・・・・・・

 

「あ、あの、イリヤ?」

「ん、落ち着け。煎餅食べろ」

 

 恐る恐る、と言った感じに声をかける美遊と響。

 

 イリヤは、大きく息を吐く。

 

 お、今度も落ち着くか?

 

 姉の対応で乗り切るか?

 

 美遊達が、そーっと覗き込んだ。

 

 次の瞬間、

 

「よくもやったわねェーーーーーー!!」

 

 両手を振り上げて、クロエと田中を追いかけまわすイリヤ。

 

 流石に、2発目は許容できなかったらしい。

 

「・・・・・・やっぱり、こうなっちゃった」

「ん、予定通り」

《確かに。ですが、何だかこの展開(ノリ)こそ、とても懐かしい気がします》

《然り然り》

 

 ステッキ姉妹が感慨深く頷く。

 

 言われてみれば確かに、「こちら側」に来てから殺伐とした闘い続きで、こうした事が「日常」であると言う事すら忘れてしまっていた気がする。

 

 だからこそ、だろう。

 

 目の前の光景を見て、最年少の少年も又、自分の本能を抑えきれなくなっていた。

 

 響は美遊の手を取る。

 

「ひ、響?」

「ん、美遊、行こッ」

 

 言いながら、イリヤを追いかけて駆け出す響。

 

 そんな彼氏の無邪気な様子に、美遊もまた、自然に笑顔になるのだった。

 

 

 

 

 

 取りあえず、流れ的に雪合戦をやろうと言う事になった一同。

 

 公正なジャンケンの結果、クロエ・田中チームVSイリヤ・美遊・響チームに分かれる事となった。

 

 人数的にアンバランスである為、地形的有利がある土蔵周辺の陣地を、1人少ないクロエ達が取り、イリヤ達はオープンスペースに陣地を取った。

 

 まずは弾の補充。

 

 それから遮蔽物の確保。

 

 たかが遊びとは言え、双方ともに真剣である。

 

「やっぱ、ミユがお姉ちゃんかな?」

「え、何の話?」

 

 イリヤの言葉に、美遊は雪玉を作る手を止めて首を傾げる。

 

 立場的には士郎の「妹」である自分が、なぜ「姉」になるのか?

 

「いやー クロは私の妹な訳だし、ヒビキは弟でしょ。それで、私とミユは誕生日が同じな訳だし、それならミユの方がしっかりしてるから、お姉さんかなって思って」

「私が、お姉ちゃん?」

「いや待って。妹モードのミユも捨てがたい気がッ そうなると、私が姉をやるしかッ」

「ん、それはイリヤの煩悩」

 

 何やら、1人で悶えている姉に、雪玉を作りながらツッコミを入れる響。

 

 とは言え、

 

 響的に美遊の彼氏と言う立場からすれば、自分の彼女を「お姉ちゃん」呼びするのは勘弁な訳で。

 

 やりたいなら勝手にやってくれ、と言ったところである。

 

 そんな響の想いを汲んだように、美遊は微笑と共に首を振る。

 

「私は、イリヤの妹でも姉でもないよ」

「え?」

「だって、友達、でしょ」

 

 改めて言われて、イリヤも苦笑する。

 

 そうだった。

 

 何を余計な事を考えていたのか。

 

 元々、言い出したのはイリヤの方だ。それを、今更美遊に言われるとは。

 

「ん」

「勿論、響は別」

 

 忘れるな、と言わんばかりに袖を引っ張る彼氏に、笑いかける美遊。

 

 イリヤ達の事はもちろん大切だが、響の存在はまた別。

 

 大切な彼氏の事を忘れる程、美遊もバカではなかった。

 

 大切な兄、大切な友達、大切な恋人。

 

 そんな大切な人たちに囲まれて、今の美遊はとても幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な~んて、(わたし抜きで)仲のよろしいところを見せつけてくれちゃったわけだけど・・・・・・」

 

 「眼下」を見下ろすクロエ。

 

 激しくも、凍えそうなほどに熱い戦いが行われた戦場で、

 

 一敗地にまみれた敗者が3人、無様にも雪塗れの姿をさらしていた。

 

「オーッホッホッホッホッホッホ!! 相変わらず弱すぎるわねッ イリヤ!!」

 

 クロエが立っている場所。

 

 その足元に今、雪で出来た巨大な城が聳え立っている。クロエが投影と強化を駆使し、一瞬にして作り上げたのだった。

 

「ただの雪合戦で、どうしてそんなに全力なのよ!?」

「な、何て大人げない・・・・・・」

「クロのバカーッ!!」

「敗残兵の怨嗟が耳に心地いいわ!!」

 

 魔術(ズル)までして、圧倒的な火力(雪力?)を叩きつけたクロエチーム。

 

 響達は、ろくな抵抗も出来ないまま、半ば雪に埋もれていた。

 

 そして、

 

 今回の戦いにおける最功労者と言えば、

 

「いやー 田中がこんなに使える子だったとはね!! あなた天性のピッチングセンス持ってるわよ!!」

「田中、未だかつてない褒められっぷりです!?」

 

 クロエに褒めちぎられ、目を輝かせる田中。

 

 実際、攻撃の殆どは彼女が行った物だった。

 

 田中の雪玉(スナイピング)は天才的であり、響達は全くと言って良いほどに抵抗する事が出来ず、彼女に撃ち竦められた形だった。

 

《どうします、イリヤさん? 転身してこらしめます?》

「うう・・・・・・それは何か、負けた気がするからヤダ」

 

 ルビーの提案に、苦渋の表情で却下を返すイリヤ。

 

 魔法少女(カレイド・ルビー)に変身すれば、確かに互角に戦えるだろう。

 

 しかし、相手が魔術(ズル)をしていても、自分は正々堂々とやりたい。

 

 損な性格だとは思うが、それがイリヤと言う少女の魅力であるとも言えよう。

 

 もっとも、その美徳は容易に弱点にもなり得る。

 

 手の内が判っている相手には特に。

 

「そぉーよねー 私たちはあくまで楽しく遊んでいるだけだもの。あくまで決着は雪合戦でつけなくちゃ」

 

 既に勝ち誇った様子のクロエ。

 

 自分1人でズルをしておいて、この言い草である。

 

 とは言え、このまま戦っても勝ち目は薄いと言わざるを得ない。

 

「響、もう弾が無い」

「うう、手、冷たい」

 

 雪玉を作り、かじかんだ手では、もう握る事も投げる事も出来ない。

 

 一方で、

 

「こっちには謎のホカホカ体質がいるからねー いくらでも弾の補充ができるわ!!」

「田中、ぶちかまします!!」

「あんたが力むと、雪が溶けるからやめて」

 

 燃える田中を横に置きつつ、クロエは、頭のてっぺんから雪塗れの3人をこれ見よがしに見下す。

 

「取りあえずアレね、降伏しなさい、イリヤ!!」

「うぐぐ・・・・・・」

「負けを認めて、これからは私を『クロお姉ちゃん』って呼ぶなら許してあげるわ!!」

「な、何をー!?」

「あ、勿論、ミユもだからね!! とびっきりの妹ボイスでお願いします!!」

「妹ボイス?」

《先程のイリヤ様達との会話を聞かれていたようですね》

「ヒビキは、そうね、これから家ではずっと女の子の恰好している事!!」

「ずェッッッッッッ対、ヤダァ!!」

 

 ノリノリで降伏勧告を送るクロエ。

 

 完全に悪の王様気取りである。

 

 とは言え、響達にはもはや戦う術が無いのも事実。

 

《ほらほら、どうするんですか、イリヤさんー? このままじゃ、美遊さんと響さんがクロさんの毒牙に掛かり、儚い純潔を散らす事になりますよー?》

「うぐぐぐ・・・・・・」

 

 鼻息(?)も荒く、煽るルビー。

 

 頭を抱えて悩むイリヤ。

 

 悩んだ末に、

 

「・・・・・・こう、なったらッ!!」

 

 彼女は最後の手段(ジョーカー)を使う事にした。

 

 完全と立ち上がる少女(イリヤ)

 

 巨大な敵を前に、最後の力を振り絞るその姿は、まさしく神話英雄と比して勝るとも劣らない。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンジェリカさァァァァァァん!! 助けてェェェェェェ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「は?」」」

 

 響、美遊、クロエの3人が、目を天にする中、

 

 果たして、

 

「お呼びでしょうか、イリヤスフィール様」

 

 空間置換で開いた門の中から悠然と現れたのは、アンジェリカ・エインズワース女史。

 

 その姿に、クロエは勿論、響と美遊も口をポカンと開いて呆気にとられる。

 

「ズ、ズルいわよイリヤッ!! あんたいつの間に、そんな召喚獣飼いならしたのよ!?」

「ズルくないですー!! 悔しかったら、そっちも援軍呼べばいいでしょー!!」

 

 完全にノリノリのイリヤ。

 

 対して、今度はクロエの方が焦りを覚える。

 

 あの女(アンジェリカ)の実力は、実際に戦場で戦って判っている。お遊びとは言え油断はできない。

 

「田中、ここは慎重に・・・・・・」

「往生するですー!!」

「チョッ 田中―!!」

 

 マシンガンのように、手持ちの雪玉を一気に投げる田中。

 

 先には響達を圧倒した攻撃。

 

 攻撃の威力、量、精度、いずれも充分すぎる程に充分。

 

 戦いは一瞬にして終わった事だろう。

 

 相手がアンジェリカでなければ。

 

 空間置換を展開するアンジェリカ。

 

 放たれた雪玉は全てのみ込まれる。

 

 次の瞬間、

 

 「田中が投げた雪玉全て」が、「田中とクロエ」を直撃、一瞬にして彼女達を雪塗れに変えてしまった。

 

 

 

 

 

 楽し気に雪合戦に興じる子供達。

 

 その様子を、縁側から見つめる瞳があった。

 

 士郎である。

 

 不思議な物だ、と思う。

 

 あのアンジェリカが、まさか子供たちに交じって、あのように遊ぶ姿を見せるとは。

 

 ギルガメッシュの英霊を宿し、聖杯戦争で自分と戦った頃からは想像もできない姿だ。

 

 その視線は、彼女の傍らに立つ銀髪の少女へと向けられた。

 

 アンジェリカの参戦で余裕ができたらしいイリヤ達も、回復した手で雪玉を補充し、反撃を開始している。

 

 不思議な子だ、と思う。

 

 敵だった相手と、あんな風に一緒にいられるとは。

 

 そして、

 

 あの子が美遊の友達でいてくれて、本当に良かったと思った。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ふと、

 

 士郎の視線が響を捉えた。

 

 今の響は、正真正銘「衛宮響」だ。昨日、士郎の前で見せた姿ではない。

 

 しかし、

 

 朔月響(さかつき ひびき)

 

 かつて黍塚久樹(きびつか ひさき)と言う偽名を名乗り、第5次聖杯戦争において、士郎と共闘したセイバーの英霊を宿した少年。

 

 そして、

 

 朔月家の長子にして、美遊の実の兄。

 

 士郎の脳裏に、昨夜の事が思い出されていた。

 

 

 

 

 

「言っときますけど、士郎さん」

 

 士郎を真っすぐに見据えながら、ヒビキは告げる。

 

 不思議だった。

 

 姿形は間違いなく「衛宮響」なのに、口調は士郎がよく知る「黍塚久樹(きびつか ひさき)」、否、「朔月響(さかつき ひびき)」の物なのだから。

 

 そんな士郎を見据えながら、ヒビキは硬い口調で告げる。

 

「士郎さんの口から、美遊に真実を告げるってのは無しですからね」

「何でだよ。ここまで来て、それはないだろ」

 

 士郎は食い下がるように、ヒビキに抗議する。

 

 お膳立ては整っているのだ。

 

 今この時、この場所に本物の兄妹が共にある。

 

 ならば、今会わずに何とするのか?

 

 だが、言い募る士郎に、ヒビキは首を振る。

 

「僕は朔月を捨てた人間です。今更、兄だなんて名乗れませんよ。ましてか、もう死んでますからね、僕」

「そんな事はッ・・・・・・」

「それに」

 

 士郎の言葉を遮るようにして、ヒビキは続ける。

 

「どのみち、美遊は僕の事を覚えていませんよ。僕が朔月の家を出たのは、美遊が物心つく、ずっと前の事ですから」

 

 寂しげなヒビキの口調。

 

 その裏に、他人では推し量る事が出来ない、事情がある事は、士郎にも判った。

 

「いったい、何があったんだ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 このままじゃ、納得できない。

 

 それが士郎の本音だった。

 

 士郎は長く、美遊と共にあり、彼女の事を見て来た。

 

 家族を失い、天涯孤独となった美遊。

 

 だが、まだ家族がいる事が判れば、どんなに喜ぶ事か。

 

 それをヒビキは否定している。

 

 到底、納得できるものではなかった。仲間としても、美遊の兄としても。

 

 対して、躊躇うように沈黙するヒビキ。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・よくある話ですよ」

 

 士郎の気迫に根負けしたように、ややあって口を開いた。

 

「万能の願望機である聖杯。人々のあらゆる願いを叶える朔月の神稚児。その存在を狙っていたのが、何も切嗣さんや、エインズワースだけではなかったってだけの話です」

 

 如何なる願いでも叶う。

 

 それを知れば、魔術師ならばいかなる手段を用いてでも欲する事だろう。

 

 朔月家の神稚児は、生まれてから7歳を超えるまで、常にそうした連中に狙われ続ける事になる。

 

 もっとも、大概は張り巡らされた結界に阻まれ、屋敷を見る事すらできないのだが。

 

「でも、偶にいたんですよ。結界を乗り越えてやってくる奴が」

 

 それは、美遊が生まれて、1歳になるかならないかの時に起こった。

 

 戦闘に長けた魔術師数名が、結界を突破して、内部にある朔月邸へと迫って来たのだ。

 

 無論、朔月家も迎撃に出る。

 

 しかし元々、強力な結界に依存し、戦闘向けとは言い難い朔月家の魔術師たちは、次々と倒れて行く。

 

 しかし、敵が少数であった事が幸いし、どうにか、残る1人と言うところまで撃ち減らす事に成功した。

 

 しかし、その残った1人が、事もあろうに幼い美遊の寝て居る子供部屋まで迫ったのだ。

 

 扉を開け、寝息を立てる、まだ幼子の美遊。

 

 その姿にほくそ笑んだ魔術師。

 

 しかし次の瞬間、その笑顔が、背中の痛みと共に凍り付いた。

 

 振り返る魔術師。

 

 背後に立つ少年。

 

 その手には、一振りの日本刀が握られていた。

 

 妹を守りたい。

 

 その一心から、ヒビキは魔術師を返り討ちにしてしまったのだ。

 

「それ以来、僕は家の中じゃ腫物みたいな扱いでしたよ。無理も無いですよね。いくら切った張ったが日常の魔術師とは言え、まだ6歳の子供が大の大人、それも戦闘に特化した魔術師を殺してしまったんですから。母は庇ってくれましたけど、他のみんなが僕を見る目は、殆ど化け物か、そうでなければ傷物みたいでした」

 

 そして、

 

 その空気に耐えきれなくなったヒビキは、ついに家を出る決心をした。

 

 幼児とは言え、魔術師の家柄。手持ちの金には余裕があったし、多少ながら伝手もあった。

 

 こうして冬木を出奔したヒビキはその後、国外を転々と放浪を続けたと言う訳である。

 

 聖杯戦争再開の報を聞くまでは。

 

「そんな訳なんで、僕は美遊に名乗り出るつもりは更々ありません。それに・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「美遊の兄貴は士郎さんですよ。僕じゃない。今更、どこぞの馬の骨が名乗り出た所で、あの子には何の価値も無い」

 

 そう言うと、踵を返すヒビキ。

 

 その後ろ姿に対し、士郎は何も告げる事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 雪合戦の様子を、見続ける士郎。

 

 今は買い出しから戻ってきたバゼットもイリヤ側に加わり、勝敗はほぼ確定しようとしていた。

 

 一体如何にすれば、投げた雪玉が強化された城壁を破れるのかは謎だが。

 

 そんな中、士郎の視線は、背中を向けて雪玉を投げる響へと向けられる。

 

 朝起きたら、既にヒビキは響に戻っていた。あれ以来、姿を見せる事は無い。

 

 どうやら本当に、名乗り出る気は無いらしい。

 

 ああ見えて、なかなか頑固な男である。

 

 しかし、

 

「お前は本当に、それで良いのか?」

 

 ここにいない戦友に、そっと語り掛ける。

 

 勿論、答えが返る事は無かったが。

 

 視線の先では、イリヤの求めに応じたバゼットの参戦で、クロエ城が倒壊を余儀なくされている様子が見て取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玄関先に並んだ子供達。

 

 その姿を見て、

 

 いたずらっ子を睨みつける母親よろしく、凛は嘆息する。

 

 ルヴィア、バゼットを伴い、新都まで買い出しに行っていた凛。

 

 帰って来てみれば、あの通りの有様であったわけである。

 

「うん・・・・・・まあ、ね。心に余裕を持つのは大事だし、たまには遊びに興じるのも結構な事だけど、今の自分達の姿を見て、何か思うところは無いの?」

 

 玄関先に並んだ子供達。

 

 揃ってばつが悪そうにするその姿は、頭のてっぺんから足のつま先まで、ぐっしょりと濡れてしまっていた。

 

「その・・・・・・」

「ちょっとだけ・・・・・・」

「はしゃぎ過ぎたかしらね?」

「ん、白熱した戦いだった」

 

 どうやら自分達でも「やりすぎた」と言う想いはあるらしい。

 

 苦笑を浮かべる子供達。

 

 田中だけは堂々と胸を張って「ナイデス!!」とか答えているが。

 

「とにかくッ!!」

 

 凛は廊下の奥を指差す。

 

「お風呂沸かしてあるから、風邪ひく前に入ってきなさい!!」

「「「「「は~い!!」」」」」

 

 追い立てられ、競うように駆け去っていく子供達。

 

 その姿を見ながら、凛は嘆息する。

 

「まったく、子供は自分の身体に無頓着なんだから」

「何だか所帯じみてきましたわね、あなた」

《と言うか、だんだんセラ(アレ)に似てきましたね》

 

 呆れ気味なルヴィアとルビーのコメントを無視する凛。

 

 とは言え、

 

 こんな子供の多い状況である。いらぬ気苦労が増える事もやむを得ない事かもしれなかった。

 

 

 

 

 

 風呂場の方から、騒がしい声が聞こえてくる。

 

 少女たちの入浴が長引いているのだろう。

 

 あの様子では、あと1時間くらいは入っているかもしれない。

 

 そんな中、

 

「こら、動くなって。拭きにくいだろ」

「ん」

 

 士郎は少し強めに、目の前に座った少年の頭にバスタオルを当てる。

 

 流石に、少女たちと一緒に入浴するわけにもいかず、響の入浴は、彼女達の後、と言う事になった。

 

 もっとも、

 

 既に2度ほど、美遊とは混浴を経験してしまっている訳だが。

 

 流石に、その告白は躊躇われた。

 

 とは言え、少女たちが出るのを待っていたら、流石に風邪をひいてしまうかもしれない。

 

 そこで彼女達が上がるまでの間、士郎の部屋で髪だけでも乾かしてもらっていたわけである。

 

 頭に感じる優しい感触。

 

 少しゴツゴツとした掌。

 

「ん、やっぱり、似てる、かも」

「何がだ?」

 

 問いかける士郎に、響は答えない。

 

 向こう側の「兄」と似てる、などと、どう説明したらいいのやら。

 

「そうだ・・・・・・・・・・・・」

 

 響の頭をある程度拭き終えた士郎は、何かを思い出したように手を打つ。

 

 振り返るヒビキ。

 

「どした?」

「お前に、用があったんだ」

 

 言いながら、士郎は立ち上がって押し入れへと歩み寄る。

 

 何事かと首を傾げながら見守る響。

 

 戸を開けた士郎が、何やら中を探り始める。

 

「えっと、確か、この辺に入れてあったはずなんだが?」

 

 いったい何だろう?

 

 後ろから覗き込もうとするが、響の背丈では士郎の背中しか見えない。

 

「ところでさ・・・・・・」

 

 探し物の手を留めず、士郎は背後の響へと語り掛ける。

 

 年上の口から出た言葉。

 

 それはある意味、響にとって最も答えにくい話題だった。

 

「お前、美遊と付き合ってるんだって?」

「ッ!?」

 

 息を呑むと同時に、思わず後ずさる。

 

 まさか、彼女の兄から、いきなりそんな事を聞かれるとは思っていなかった。

 

 折角拭いてもらった額から、妙な脂汗が流れ落ちる。

 

 心情的には、初めて婚約者の家に挨拶に行き、父親と対面した時のような、おかしな緊張感。

 

 どうしよう、

 

 士郎がいきなり「娘(×妹)はやらん!!」とか、「美遊が欲しくば俺を倒してからにしろ!!」とか言い出したりしたら。

 

 背中を向ける士郎から、妙な殺気がこぼれ出ている(ような気がした)。

 

 振り返る。

 

 その顔に、

 

「どうかしたのか?」

 

 キョトンとした、気の抜けたような顔があった。

 

「・・・・・・・・・・・・別に」

 

 それだけ言って、畳にへたり込む響。

 

 士郎はと言えば、響のおかしな行動に首を傾げつつ、何やら細長い包みを取り出してきた。

 

「お、あった、これだ」

 

 そう言って、士郎は包みを響へと差し出す。

 

 受け取る響。

 

 同時に、ずしりとした重みが、幼い手に伝わってくる。

 

「士郎、これ?」

「やるよ」

 

 怪訝な面持ちで尋ねる響に、出した荷物をしまいながら、士郎が答える。

 

「そいつは、俺が親父(きりつぐ)と一緒に旅しているときにたまたま見つけた物でな。親父からは、危ないから使うなって言われて、ずっとしまい込んでいたんだ。けど、お前なら使いこなせるんじゃないか?」

 

 言われて、改めて掌の包みを見る響。

 

 その中身が何であるか、

 

 どういう代物であるか、

 

 響は瞬時に理解する。

 

「それで、美遊を守ってやってくれ」

 

 託すような士郎の言葉。

 

 対して、

 

 響は無言のまま、コクンと頷いた。

 

 

 

 

 

第47話「風雲!! クロエ城」      終わり

 


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