Fate/cross silent   作:ファルクラム

108 / 116
第51話「私だけの騎士」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界は、パンドラが箱を開けなかった世界。

 

 それが如何に突拍子の無い話であるか、考えに至った凛自身、よく判っている。

 

 しかし、推論に推論を重ねた末に、得た結論は、最早それ以外にはあり得ない事を意味していた。

 

「滅茶苦茶な仮説だったけど、まさか『物証』が見つかっちゃうとはね」

「未だに、信じられませんけど」

 

 クロエと美遊が、嘆息気味に呟く。

 

 信じられないのも無理はない。

 

 まさか、そんな、遥か昔から枝分かれが起こっていたなどと、スケールが大きすぎて俄かには信じられなかった。

 

 2人の反応を見ながら、今や完全に議長役となった凛が口を開く。

 

「けど、これを認めない限り、議論は前へ進まないわ。いい、纏めるわよ? ここはパンドラが箱を開けなかった世界。私達がいた世界とは、遥か神代の時点で枝分けれした異世界なのよ」

 

 だからこそ、この世界の人々はパンドラは知っていてもパンドラの箱は知らない。

 

 「向こうの世界」を知っている人間からすれば、ひどくチグハグな印象になってしまっていたのだ。

 

「で、でも・・・・・・」

 

 異論を唱えたのはイリヤだった。

 

「パンドラが箱を開けなかったって事は、箱の中にあった絶望は出てこなかったんだよね。ならむしろ、もっと幸せな世界になっている筈じゃあ?」

「ん、天国みたいな感じ?」

 

 絶望がないから希望にあふれた世界。

 

 そんな物があれば、幸せな世界になる。そう想像するのも無理からぬものがある。

 

 しかしそれは所詮、人による解釈の違いだった。

 

「パンドラの寓話は、あまりに抽象的過ぎますから」

「災厄や絶望と言うのが、言葉通りの概念なのかも怪しい物よ」

 

 肩を竦めるルヴィアと凛。

 

「それに、災厄と言っても、それは一面に過ぎない。災いが自分に振りかかったら不運だけど・・・・・・」

「敵に振りかかったら、それは幸運に変わる。って事か」

 

 後を引き継いだ士郎が、言いながら考え込む。

 

 成程。

 

 パンドラに限らず、神話とは多分に解釈次第、と言う事が多い。

 

 「勝者が歴史を作る」と言う言葉通り、歴史にしろ神話にしろ、生き残った側が都合のいい解釈を「史実」として残す事が多いのだ。

 

 例えば、とある国の一地方で起きた反乱を、中央政府が軍を派遣してて鎮圧した場合、その反乱を起こした側の指導者は悪し様に歴史書に書かれる事が多い。実際に民を想って起こした行動も悪逆に貶められる。逆に政府軍が行った非道な虐殺や暴行は無かった事にされ、むしろ「地方の暴虐な領主から庶民を救った英雄譚」として語られる事も珍しくはない。

 

 神話も同じだ。

 

 勇者による魔獣討伐の神話は数多あるが、実際には魔獣など存在せず、もっと別の何かが魔獣に置き換えられたと考える事が出来る。

 

 そのように、神話や歴史は多分に、あやふやな存在であり、解釈次第でいくらでも、その姿を変えるものなのだ。

 

「ま、さっきからアンジェリカがだんまりな時点で、正解って言っているような物だけど、問題はここからでしょ」

 

 クロエが一同を見回して言った。

 

「パンドラが箱を開けなかったのはなぜ? 今、箱を開けたらどうなるの? 私たちは、それを止めるべきなの? それとも開けるのが正解なの?」

 

 一同の視線が、凛へと集まる。

 

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 その答えは?

 

 身を乗り出す、

 

 誰かが、生唾を呑み込む音がした。

 

 果たして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・判んないです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実に言いにくそうに俯く凛。

 

 一気に、室内が脱力したのは言うまでもないことだった。

 

「肝心なところでこれって言うか・・・・・・」

「でもまあ、そうだよね・・・・・・・・・・・・」

 

 何ともしようがない、どっちらけ感。

 

 いよいよ核心に迫り、盛り上がってきたところだっただけに、落差の激しい事この上なかった。

 

「それでも少ない情報からここまでたどり着いたんだから、褒められてしかるべきなんじゃない!?」

「は、はい、それはもうッ」

「元より、不明点を完全に暴くのは無理ですし、これ以上はどこまで行っても推論にしかなりませんわね」

「ん、凛よくやった。あとで飴あげる」

「いらないわよ!!」

 

 とは言えルヴィアの言う通り、これ以上の議論はまさしく「時間の無駄」だった。

 

 相手の正体に対する考察も、ここらが限界。

 

 後は直接ぶつかる以外、選択肢は残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦会議が終わり、後は各々、戦いに備えると言う流れになり、その場は解散となった。

 

 風呂場の方から聞こえる声。

 

 どうやら、女性陣が入浴中であるらしい。

 

 響はと言えば、一足先に風呂に入り、今は1人、廊下に佇んで空を眺めていた。

 

 エインズワースは、間違いなくまた攻めてくる。それも近い内に。

 

 否、

 

 恐らくは、明日には再び戦う事になる。

 

 次は決戦になる事は、間違いなかった。

 

 見上げれば、瞬く星空。

 

 滅びかけている世界であっても、星空だけは変わらずに、美しい姿で天にあり続けている。

 

 その光景は、響達がいた世界と何ら変わりは無かった。

 

「思えば遠くに来たもんだ・・・・・・ん」

 

 意味も無く、呟いてみる。

 

 正直、自分達がこちらの世界にいて、向こう側がどうなっているのか非常に気になるところである。

 

 家族はどうしているだろう?

 

 切嗣は、アイリは、士郎は、セラは、リズは、心配しているだろう。

 

 それに友達、

 

 雀花、那奈亀、龍子、美々、大河。みんな心配しているだろう。

 

 向こうに残してきた優離やルリアの事も気になっていた。

 

 帰れるのかな?

 

 もし、帰れなかったらどうしよう・・・・・・・・・・・・

 

 ふと、そんな風に感じた時、胸の中には言いようのない寂しさが湧いてくる。

 

 努めて、今まで考えてこなかった事だ。

 

 しかし、こちらの世界に来た事自体、偶発に過ぎない響達は、未だに帰る方法すら判らない。

 

 このまま、帰られなくなる事すら、あり得るのだ。

 

 そう考えると、急に、響の心の中で寂しさが湧き上がってくるのを感じた。

 

 家族や友達。

 

 みんなに、もう会えなくなったらどうしよう?

 

 不安が、少年の心を満たしていこうとするのが判る。

 

 気配を感じたのは、その時だった

 

「響」

 

 背後から声を掛けられ、我に返る。

 

 振り返った先には、真っすぐに澄んだ瞳で、こちらを見詰める少女の姿があった。

 

「美遊・・・・・・・・・・・・」

 

 どうやら風呂から上がったらしい少女は、上気した顔を向けてきている。

 

 美遊は響を見ると、少し怪訝そうに首を傾げた。

 

「響、こんな所で何してるの?」

「ん・・・・・・別に」

 

 そう言って、顔を逸らす。

 

 何となく、美遊に見られるのが気恥ずかしかったのだ。

 

「ふうん・・・・・・・・・・・・」

 

 響の不審な態度に訝りつつも、美遊もそれ以上は追及してこなかった。

 

 代わりに、少年の傍らに立つと、互いの指を絡めるように繋いできた。

 

「・・・・・・美遊?」

「ねえ、響」

 

 横に並んだ美遊が、そっと微笑む。

 

「ちょっと、外に行こうか」

「え?」

 

 意外過ぎる彼女の発言に、一瞬戸惑う響き。

 

 しかし、美遊は口元に笑みを浮かべながら、真っすぐに響の瞳を見詰めている。

 

 どうやら、冗談の類ではないらしい。

 

 勿論、美遊はこんな冗談を言う娘ではない。

 

「でも、外、危ない・・・・・・・・・・・・」

「大丈夫」

 

 響の不安を払拭するように、美遊は向き直り、もう片方の手も取る。

 

「だって、私の事は響が守ってくれる。でしょ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ドキリ、と心臓が大きくなる。

 

 そんな風に言われてしまったら、

 

「・・・・・・ん、うん」

 

 彼氏としては断りたくても、断れるはずがなかった。

 

 

 

 

 

 2人そろって外着に着替え、誰にも気づかれないように衛宮邸を出る。

 

 別に当てがあった訳ではない。

 

 そもそも響は、なぜ急に美遊がこんな事を言い出したのか判らなかった。ただ言われるまま、歩く美遊に合わせて着いて来ただけである。

 

「美遊」

「何?」

 

 話しかけると、少女は小首を傾げるようにして振り返る。

 

 そんな仕草ひとつにも可愛らしさがあり、少年としては胸の高鳴りを覚えるのだが、今はそれよりも疑問の解消の方が先だった。

 

「どこ、行くの?」

「ううん、別に、決めてないよ」

 

 意外な言葉に、響はますます混乱する。

 

「そもそも、私はこちらの世界の事は殆ど知らないし。もしかしたら、響の方が詳しいかもしれない」

 

 確かに。

 

 6歳まで朔月の結界の中で過ごし、切嗣に引き取られてからも高い塀の中にある屋敷で暮らしていた美遊は、殆ど外に出る機会がなかった。こっちの街で、どこに何があるかなど判るはずもない。

 

 逆に、この世界が「向こう側の世界」と同一ならば、むしろ響の方が詳しいかもしれないと言う美遊の言葉も、あながち的外れではない。

 

「響が・・・・・・」

 

 前を歩きながら、美遊が口を開く。

 

「響が、泣いている気がしたから」

「ッ そんな、事・・・・・・」

 

 言葉を詰まらせる響。

 

 だが、

 

「判るんだ」

 

 美遊は振り返りながら言う。

 

「私も、同じだったから」

「え?」

「お兄ちゃんに、向こうの世界に飛ばされた時、私も、心細かったから」

 

 そうだ。

 

 美遊は士郎の手によって「向こう側」へと逃がされた。

 

 士郎としては、美遊を逃がすだけで精いっぱいだった事は、話を聞いて判っている。

 

 しかし、逃げた先で美遊がどうやって生きていくか、と言う事までは考える余裕は無かったのだろう。

 

 響は考え込む。

 

 美遊は1人だった。

 

 それに比べて自分にはイリヤがいる。クロエもいる。凛も、ルヴィアも、バゼットもいる。

 

 美遊に比べて、何と恵まれている事か。

 

 そして何より、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 握っている手を、ギュッと握りしめる。

 

 美遊がいる。

 

 こんなに大好きな人たちに囲まれて、何が寂しい物か。

 

 そんな響の想いを察したのだろう。美遊もまた、少しだけ掌に力を籠めるのだった。

 

 

 

 

 

 結局、2人がやって来たのは、つい先日まで自分達がねぐらにしていた小学校だった。

 

 歩くと言っても、響にも当てがある訳ではない。

 

 自然、足が向くのは、自分達が判る所に限られると言う訳だ。

 

 校舎の中に入り、誰もいない廊下を歩く2人。

 

 ただ、2人の少年少女がならす靴音だけが、暗い廊下に響き渡る。

 

 それにしても、

 

「ん、今頃、みんな大騒ぎ、だと思う」

「そう、だね。きっと」

 

 嘆息気味に呟く響。

 

 答える美遊の笑みも、少し苦笑が混じる。

 

 皆に内緒で勝手に出て来て、敵がいつ襲撃してきてもおかしくない街中を歩くなど言語同断も甚だしい。

 

 しかし、だからこそ、ちょっとしたイタズラ気分を味わい、響も美遊も、気分が高揚していた。

 

「多分、みんなカンカン」

「うん。きっと、帰ったら怒られるね」

 

 そう言って、美遊もクスッと笑う。

 

 お仕置きは確定だろう。

 

 因みに案の定この後、衛宮邸に戻った2人は揃って、皆からこってりと叱られる事になる。

 

 が、

 

 今のところ、2人にとってはどうでもいい事だった。

 

 ただ、みんなに内緒でいけない事をしている。

 

 そのスリルと興奮だけが、2人の心を支配していた。

 

 やがて、足を向けたのは、1つの教室。

 

 そこは、「向こう側の世界」で、自分達の教室だった場所である。

 

 廃校になって久しい為、机や椅子、教卓にも埃が溜まっている。

 

 だが、それでも、

 

 ある意味、自分達の思い出が一番詰まった場所は、ここだった。

 

「ねえ、響・・・・・・」

 

 机1つ1つを指で軽く触りながら、美遊が話しかける。

 

 どこか硬い口調の少女。

 

 何か、言いにくい事を言うつもりなのは、響にも察する事が出来た。

 

 ややあって、美遊は意を決したように顔を上げた。

 

「明日の戦い、私が響は戦わないで、て言ったら、聞いてくれる?」

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 意外過ぎる美遊の言葉に一瞬、響は思考を止めてしまう。

 

 いったい、いきなり何を言い出すのか。

 

 彼女の真意を理解できず、戸惑っている響。

 

 そんな響に、

 

 美遊は寄り添うように身を寄せ、

 

「だって響・・・・・・・・・・・・」

 

 少女の手が、少年の胸に当てられる。

 

「体が、すごくつらいはず。たぶん、今も」

「ッ!?」

 

 見透かされていた。

 

 その事に、響は驚愕する。

 

 あちら側の戦いで、ギルに囚われた美遊を救う為、並列夢幻召喚(パラレルインストール)を実行した響。

 

 だがその際に、無理な魔力量を体に流し込んだため、魔術回路の一部が破損してしまったのだ。

 

 破損は僅かである為、日常生活には問題ないし、戦闘も支障はない。

 

 しかし、戦闘を行う毎に、徐々に魔術回路の破損は大きくなっていっているのが判る。

 

 加えて、岩山での戦いでは宝具の連続使用に加えて、再度の並列夢幻召喚までしている。

 

 少年の身体は、既に限界ギリギリと言ってよかった。

 

「そ、そんな事、無い、よ?」

「嘘」

 

 ヘタクソな嘘は、少女によって一瞬も保たずに見抜かれる。

 

「私の目は誤魔化せない。だって・・・・・・」

 

 言いながら、美遊は響の手を強く握る。

 

「私は、誰よりも響の事を知っている。イリヤよりも、クロよりも、アイリさん達よりも」

 

 月明かりに映る少女の顔。

 

 その頬が、暗がりにも判る程、赤く染まっている。

 

 言うまでも無く、少年の顔も同様である。

 

 美遊は響の事をよく知っている。

 

 響もまた、美遊の事をよく知っている。

 

 お互いが、お互いをよく知る事が、こんなにも嬉しい事だと、改めて自覚していた。

 

「私は、響に、これ以上戦ってほしくない」

「ん、イリヤみたいな事、言ってる」

 

 先の会議の事。

 

 イリヤから出た提案は、誰もが驚くべき物だった。

 

 イリヤは士郎に対して、戦線離脱するよう求めたのだ。

 

 はっきり言って、こちらの戦力としては士郎が最強と言って間違いない。彼が参戦してくれれば、エインズワースとの戦いも楽になるはずである。

 

 しかし、士郎は戦う毎に、英霊エミヤに置換されていっている。見た目だけではない、もう、既に体の大半、更には内面である魂まで、その殆どが士郎の物ではなくなってしまっている。

 

 これ以上戦えば、士郎は士郎ではなくなってしまう事は確実だった。

 

 当然の如く、反発した士郎。

 

 しかし、最終的には美遊を含む全員から説得される形で折れてくれた。

 

「響はもう限界。これ以上戦えば、あなたは・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 待っているのは死か、あるいはそれ以上に辛い結末かもしれない。

 

 だからこそ、美遊は響を戦いから遠ざけようとしていた。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 ややあって、響は口を開いた。

 

「話は分かった」

「響、じゃあッ」

「けど、やだ」

 

 あっさりと、響は美遊の言葉を否定した。

 

「響ッ」

 

 食い下がろうとする美遊。

 

 だが、

 

 それよりも一瞬早く、

 

 響は美遊を抱き寄せた。

 

「響・・・・・・・・・・・・」

「死ぬ事、よりも・・・・・・・・・・・・」

 

 何かを言おうとする美遊に先んじて、響が告げる。

 

「美遊を守って戦えなくなる事の方が、ずっとつらいから」

 

 ああ、そうだ。

 

 この子は、こういう子だった。

 

 美遊を守り、美遊の危機に駆け付ける、美遊だけの騎士。

 

 それこそが衛宮響(えみや ひびき)と言う少年だった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 暗がりの中、互いに見つめ合う2人。

 

 やがてどちらからともなく、唇を重ねるのだった。

 

 

 

 

 

第51話「私だけの騎士」      終わり

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。