1
赤兎の背から、地面へと落ちるシフォン。
呂布奉先としての巨体が、轟音を上げて地に倒れ伏す。
イリヤの攻撃は、完全にシフォンを捉えた。
最早、彼に戦う力が残されていない事は明白だった。
一方、
勝ったイリヤもまた、ボロボロだった。
戦闘の傷や魔力の消費を差し引いても、体力的に限界だった。
「でも、これで、シフォン君を止められた、はず」
バゼットに支えられながら、顔を上げるイリヤ。
その時だった。
「■■■■■■■■■■■■ッ!!」
迸る雄叫び。
同時に、
視界の先で、
「そんなッ!?」
驚愕するイリヤ。
既に満身創痍を通り越して、瀕死と言っても過言ではないシフォン。
そのシフォンが、もう一度立ち上がるなど、誰が想像しただろう。
方天画戟を杖代わりにして、震える足で大地を踏みしめている。
「来るかッ」
警戒するように、前に出るバゼット。
傷だらけのイリヤを背に庇う。
今のイリヤは戦える状態に無い。
もしシフォンが挑んでくるなら、バゼットは自分が迎え撃つ心算だった。
元より、イリヤとの戦いで重傷を負っているシフォン。
バゼットの戦闘力なら、充分に圧倒できるはずだった。
そんな2人を前に、
シフォンは前へと出る。
「エ・・・・・・リカ・・・・・・」
「え?」
シフォンの口から出た言葉に、イリヤはハッとする。
「マモル・・・・・・ボクガ・・・・・・エリカ・・・・・・カナラ、ズ・・・・・・」
シフォンは、エリカを守ろうとしているのだ。
こうなって尚、自分の大切な人の為に戦おうとしている。
たとえ自分が死ぬ事になっても、
たとえ1秒でも、イリヤ達を足止めする為に。
「バゼットさん・・・・・」
「イリヤスフィール、前に出ては・・・・・・・・・・・・」
自身を押しのけて前に出ようとするイリヤに、驚きの声を上げるバゼット。
対して、イリヤは笑いかける。
「大丈夫、だよ、きっと」
そう言うと、シフォンへと向き直る。
対して、よろける足を動かし、徐々に近づこうとするシフォン。
その間合いが、イリヤを捉える。
振り上げられる、方天画戟。
バゼットが飛び掛かるべき身構えた。
そして、
「もうやめよう。シフォン君」
「・・・・・・・・・・・・」
「守るから。私が、この世界も・・・・・・ミユも、そしてエリカちゃんも・・・・・・みんな守るから。だから、もうやめよう」
優しく語り掛けられる少女の言葉。
その言葉に、
シフォンは振り上げた方天画戟を止めた。
「必ず、私がみんなを守るから」
もう一度、
ゆっくりと告げるイリヤ。
その言葉を受けて、
シフォンの身体は、光に包まれた。
一瞬の輝き。
同時に、その中で、シルエットが徐々にしぼんでいくのが見えた。
やがて、
「・・・・・・・・・・・・本当に」
光が収まり、
元の少年の姿に戻ったシフォンが、姿を現した。
「本当に、守ってくれるんですか?」
尋ねる少年。
対して、イリヤは頷きを返す。
「・・・・・・・・・・・・そっか」
なら、
安心だ。
呟きながら、崩れ落ちる少年。
その体を、慌てて駆け寄った少女が抱き留めた。
2
黄昏色の閃光が、全てを呑み込んで迫りくる。
それは神話の時代、邪竜を討ち果たした輝き。
あらゆる敵を滅ぼす、竜殺しの光。
シェルドの放った「
迎え撃つは、薄紅色の障壁。
展開された花弁は5枚。
士郎の投影した「
2つの輝きが、
一拍の間をおいて激突する。
「グゥッ!?」
歯を食いしばる士郎。
掲げた右腕に、強烈な重圧がかかる。
シェルドの放った「
圧倒的な破壊力を、真っ向から受け止める。
その時、
硬質な破砕音と共に、1枚目の花弁が砕け散る。
「ッ!?」
「
本来の英霊であるエミヤなら、あるいは7枚全ての投影が可能だったかもしれない。
しかし、現在の士郎の魔力量では5枚の投影が限界。
当然ながら強度もオリジナルには勿論、エミヤの投影品にすら劣る。
さらに1枚、
続けて1枚、
儚くも舞い散る花弁。
「抵抗は無駄だ!!」
宝具を放ちながら、シェルドが叫ぶ。
「偽物の盾で、竜殺しの剣を受け止めるなど、無謀以外の何物でもない。その増上慢、身をもって知るが良い!!」
言いながら、更に魔力を強めるシェルド。
更に1枚、花弁が砕け散る。
残る「
それが砕け散れば、黄昏色の閃光が士郎を呑み込む事になる。
圧倒的に絶望が支配する中、
士郎の脳裏には、1人の少女の事が思い浮かべられた。
クロエ。
昨日、ほんの少しの時間だったが、彼女と2人っきりで話す機会があった。
エミヤの外郭を纏う形で生きている彼女は、士郎にとってはある意味で同一の存在であり、また奇跡でもある。
そして、
彼女が常に、消失の危機に晒されている事も分かっていた。
だからこそ、士郎は彼女の事を他人とは思えなかったのだ。
死ぬな。
生きろ。
クロエにそう伝えようとした士郎。
しかし、
気遣って声を掛けたつもりが、逆に士郎の方がクロエに気遣われてしまった。
やはり、同一存在である。
士郎がクロエの事を理解していたように、クロエにも士郎の事は見透かされていた。
今回の戦い、士郎は命を捨ててでも皆を守るつもりでいた。
どのみち英霊エミヤに置換されつつある自分は、そう長くはないだろう。
それ以前に、この命は既に美遊の為に使い捨てると決めた身。
あの第五次聖杯戦争に参戦した時点で、そう決断していた。
だから今更、生き残る気など無かった。
だが、クロエは言った。
『ミユの幸せの為には、シロウが隣にいなきゃダメ。そりゃ、うちのバカ弟も頑張っちゃいるけど、それでもやっぱり、『お兄ちゃん』が傍にいてくれなきゃ、ね』
そう言って、士郎の頭を抱きしめるクロエ。
不思議な気持ちだった。
相手は年下の、小学生の女の子だと言うのに、まるで年上の姉に抱きしめられているかのような温かさを感じだ。
クロエは士郎に、生きろと言った。
無論、
士郎も無駄死にする気は毛頭ない。
だが、
しかし、
「悪いな・・・・・・クロ」
壮絶に吹き荒れる、黄昏色の閃光を受け止めながら、
士郎は口元に苦笑を浮かべる。
「生きる為には、戦わなくちゃな!!」
言い放つと同時に、
魔術回路を全開起動する士郎。
同時に、体を覆う褐色部分も広がりを見せる。
置換がさらに進み、かつて「衛宮士郎」だった部分が急速に侵食される。
しかし、放出する魔力量は劇的に増大。
それに伴い、
「
失われた花弁が次々と復活。
それどころか、7枚の花弁全てが揃った完璧な姿で顕現する。
視界を覆うように、薄紅色の光が、黄昏を防ぎ止める。
今や完全な姿を取り戻した「
「馬鹿なッ!?」
自身の宝具が完璧に防ぎ止められる光景に、思わずうなるシェルド。
やがて、
魔力を放出し切り、黄昏色の閃光が途切れる。
その瞬間を逃さず、
士郎が動いた。
「
同時に、手には干将・莫邪を投影して駆ける。
間合いに入ると同時に、両手に構えた剣を投擲する士郎。
「鶴翼三連」の構えだ。
互いに惹かれ合う性質を持つ夫婦剣の特徴を活かしたエミヤの持つ切り札の一つ。。
回避も防御も不可能なこの絶技をもって、士郎はシェルドを仕留めようと言うのだ。
しかし、
「無駄だッ!!」
大剣を振るい、飛んできた黒白の双剣を弾くシェルド。
元より、邪竜の加護を持つ英霊ジークフリード相手に、並の攻撃は用を為さない。
弾かれた双剣は、明後日の方向へと弾き飛ばされる。
武器を失い、立ち尽くし士郎。
シェルドは勢いを殺さず、間合いに踏み込むと同時に大剣を振り被る。
「これで終わりだッ!!」
次の瞬間、
ザンッ ザンッ
「がッ・・・・・・はッ!?」
突如、背中に走った衝撃と共に、口中から鮮血を吹き出すシェルド。
振り翳された大剣が、力なく零れ落ちて地面に転がる。
よろけながら数歩、後ろへと下がるシェルド。
その背中に、
深々と突き刺さった、干将・莫邪。
切っ先は、唯一の弱点である背中を捉えていた。
「馬鹿なッ いったい、どこからッ!?」
驚愕と共に振り返るシェルド。
その視界の中に入って来たものを見て、
目を見開いた。
「馬鹿なッ ・・・・・・なぜ、お前が・・・・・・・・・・・・」
言い切る前に、
紅き弓兵が斬り込む。
間合いに入ると同時に、手にした双剣を振るう。
交叉する斬撃。
既に致命傷を受け、邪竜の守りを失っていたシェルドにはひとたまりも無かった。
奔る斬線がシェルドを真っ向から捉えて切り裂く。
崩れ落ちる、竜殺しの英雄。
同時に、
士郎もまた、その場で膝を突いた。
「ぐッ・・・・・・・・・・・・」
込み上げる痛みを噛み殺す。
今の戦いで英霊エミヤへの置換が更に進んでいる。
しかし、
それでもまだ、
ギリギリの淵で、士郎は留まっていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ・・・・・・まだ、『俺』でいられるらしい」
問いかけに対して答えながら、
痛みをこらえて顔を上げる士郎。
自分を助けてくれた相手の顔を見やる。
「助かったよ。アンジェリカ」
あの時、
シェルドによって弾かれた干将・莫邪を、消滅する前にアンジェリカが置換魔術を使用してシェルドの背後へと誘導、そのまま弱点である背中へ突き立てられるコースに導いたのだ。
彼女の援護のおかげで、士郎は辛うじて勝ちを拾う事が出来た。
「いえ・・・・・・・・・・・・」
対して、
アンジェリカは相変わらず薄い表情のまま、しかし躊躇うように少しだけ顔を逸らす。
「あなたが死ねば、美遊様やイリヤスフィール様が悲しむ。そう、思っただけです」
答えるアンジェリカ。
士郎は、苦笑する。
かつて、第五次聖杯戦争において凄惨な殺し合いをしたアンジェリカが、このような事を口にするなど、実際に戦った士郎からすれば夢としか思えないほどだった。
立ち上がる士郎。
「それでも、だよ」
言いながら、アンジェリカの肩を叩く。
「ありがとうな」
そう告げると、背を向けて歩き出す士郎。
そんな少年の背中を、アンジェリカは不思議そうな眼差しで見つめていた。
3
少年は、闇の中に倒れていた。
全身の感覚は、既にない。
ああ、そうか・・・・・・・・・・・・
死ぬんだ。
何となく漠然とだが、そう思った。
あのベアトリス相手に善戦した方だとは思うが、それでも決定的な戦力差を覆すには至らなかった。
なぜ、
と思う。
なぜ、自分は負けたのだろう?
単純に、戦力が劣っていたからか?
勿論、それもあるだろう。
しかし
原因は、根本的にもっと別の物だと思った。
自分に無くて、ベアトリスにはある物。
否
自分には「あって」、ベアトリスには「無い」物。
それが、勝敗の原因だった。
ベアトリスは、全てを捨てていた。
自分が持つ、大切な物全てを。
響には気付いていた。
あのベアトリスが放つ雷撃。
あれがいったい、どこから来ていたのか?
ベアトリスの電撃をその身で受けた時、響の脳裏に彼女の昔の映像が勝手に流れ込んで来た。
最初はいったい、なぜそのような事になったのか判らなかった。
だが、
すぐに気づく。
あの映像の正体。
そして、電撃との関係。
即ち、ベアトリスはジュリアンへの想いを、電撃にして放っているのだ。
彼女にとって、恐らくは最も大切な物を引き換えにして戦っている。
翻って、自分にはそれだけの覚悟があっただろうか?
響は自問する。
ベアトリスのように、何かを捨てる覚悟が、自分にはあっただろうか?
・・・・・・・・・・・・無い。
確かに、美遊を守りたい気持ちは誰よりも強い自信がある。イリヤやクロ、士郎、凛、ルヴィア、バゼット、田中。
皆を守りたい気持ちに偽りはない。
しかし、ベアトリス程強い覚悟を持って戦いに臨んでいたか、と言われれば、残念ながらNOだった。
無論、何かを捨てたからと言って強い力を得られるとは限らないし、それで得られた力で大切な物を守れる保証はない。
むしろ「捨てなかった」からこそ、得られる力が大きい時も往々にしてある。
しかし、
初めから全てを捨てて挑んできている相手に、何も捨てられない人間が、勝てる道理は無かった。
鬼に、ならなければ。
そう、思った。
ベアトリスが全てを捨て去る覚悟で神を従えているなら、自分は神をも喰らう鬼にならなければ。
そうでなければ、勝つ事はできない。
そうでなければ、美遊を守る事はできない。
「・・・・・・・・・・・・」
眦を上げる。
全身の力を込めて、少年は立ち上がった。
踵を返すベアトリス。
その背後には、倒れ伏している少年がいる。
既にここでの戦いは終わった。
しかし、他の戦線ではまだ戦いが続いている筈。
彼女は援護に回る必要があった。
「シフォンのヘタレは、たぶんやばいだろう。キザ野郎のシェルドはまだ戦っているかもな。あの化け物は・・・・・・まあ、放っておいて良いか」
最後のは桜の事だった。
いずれにせよ、勝ったベアトリスは手持ち無沙汰でしかない。
暇つぶしに他の戦線にちょっかいを掛ける余裕があった。
落ちてた大槌に手を伸ばす。
その柄を握りしめた。
ザッ
少女の背後で足音が鳴ったのは、その時だった。
「・・・・・・・・・・・・は?」
振り返る、ベアトリス。
その視線の先では、
ボロボロになりながらも、立ち上がる少年の姿があった。
何度も地面に叩きつけられ、身を焼くほどの雷撃を体に直接流し込まれ、
死んでもおかしくなかったほどの責め苦を受けた少年。
それでも尚、響は立ち上がって見せたのだ。
「テメェ・・・・・・・・・・・・」
敵意を込めた眼差しで、立ち上がった響を睨むベアトリス。
「何で、生きてやがる?」
「・・・・・・・・・・・・」
敵意むき出しに尋ねるベアトリス。
対して、響は答えない。
その視線は下げられたまま、
しかし、鞘に納めた明神切村正はしっかりと握りしめている。
「ムシかよ。むかつく奴だぜ」
言いながら、戦槌を振り翳すベアトリス。
先程の雷撃を受けて尚、響が立ち上がってきた事には驚きを隠せない。
しかし、どう見ても死に体。
あと一撃あれば勝負を決する事が出来る。
「おらッ 死にやがれッ!!」
戦槌が魔力の雷撃を纏った。
次の瞬間、
響の姿は、ベアトリスのすぐ目の前にいた。
「なッ!?」
速い、
などと言う次元の話ではない。
刹那の間すら凌駕し尽くしている。
ベアトリスは、全くと言って良いほど、響の動きを感知できなかった。
その響はと言えば、
腰を深く落とし、前傾姿勢を取っている。
殆ど、額が地に着きそうなほどに傾けられている。
明神切村正鞘に納められ、少年の右手はその柄に当てられている。
「 ・ ・ ・ 」
鯉口が切られる。
手元に輝く、銀の閃光。
「 ・ ・ ・ ・ ・ 」
次の瞬間、
響の剣は、ベアトリスの身体を逆袈裟に切り裂いた。
「がッ・・・・・・ハッ!?」
斬られた事すら、
ベアトリスは気付かなかった。
瞬きした瞬間には既に響の刀は振り抜かれ、
そして少女の身体は、袈裟懸けに切り裂かれていたのだ。
少女の胸より、舞い散る鮮血。
同時に、
その胸から1枚のカードが排出される。
空中に飛び出したカードを、
掴み取る響。
そして、
そのままベアトリスは、背後へと倒れた。
第58話「神喰らう鬼」 終わり