1
廃ビルを前に立つ一同には、既に緊張の色がある。
これから始まるのは最終決戦。
この戦いをもって、全てに終止符を打つ。
その覚悟をもって、各人が戦場に立っていた。
しかし、寂寥感は否応なく感じざるを得ない。
今この場にいるのは、サファイアを含めても4人のみ。
イリヤが抜け、それに伴い、ルビーと響も抜けたことで、大きな喪失感が一同を覆っていた。
だが、やるべき事は変わらない。
鏡面界に行き、黒化英霊を倒してカードを回収する。
ただ、それのみだった。
「ラストバトル、行くわよ。準備は良い?」
凛の言葉に、頷きを返すルヴィアと美遊。
この戦いを勝って終わらせる。
その決意も新たに踏み出そうとした。
その時、
「・・・・・・いた・・・・・・間に合った」
背後からの声に、思わず一同は驚いて振り返る。
そこには、息を切らして立つ少年の姿があった。
「響、あんた、どうしてッ!?」
声を上げる凛。まさか、この場に響が現れるとは思っても見なかったのだ。
対して響は呼吸を整えると、まっすぐに凛達を見た。
「行こう」
短い言葉から、彼がすでに行く気満々であることがうかがえる。そもそも、その気がなければ、ここに現れたりもしないだろう。
「どうしますの?」
「どうするったって・・・・・・・・・・・・」
ルヴィアが、やや困惑気味に凛へと視線を向けてきた。
正直、この事態は考えていなかったため、どう判断すればいいか困っているのだ。
「響、どうしてここが分かったの?」
悩む高校生2人を他所に、尋ねたのは美遊だった。
響にこの場所の事は伝えていない。それなのに、響はこの場所を探り当ててやってきた事が、美遊には不思議に思えたのだ。
対して、響は少し考え込むようにしてから答えた。
「・・・・・・何となく?」
「これまたふざけた回答ね」
響の答えに、凛は呆れたように頭を抱えた。
とは言え実際のところ、この場所をピンポイントで探り当てるあたり、この少年自身にもやはり何かしらの特殊な物が備わっていると見て間違いない。
これまでの戦いにおける活躍を鑑みても、響が大きな戦力であることは間違いないのだ。
「判った、良いわ。あんたも一緒に来なさい」
最後のカードがどんな物かは知らないが、勝率は少しでも上げておきたい。
そう考えた凛は、響の同行を許可することにした。
美遊の横に並ぶ響。
その様子を横目に見ながら、美遊は不思議そうな眼差しを向ける。
正直、響がなぜ戻ってきたのか、美遊には測りかねていた。
イリヤが抜けた以上、彼にはもう戦う理由は無いはずなのに。
その視線に気づいたのか、響は美遊の方を見る。
「がんばろ」
「う、うん」
響の意図は判らない。
しかし彼の存在が、美遊にとってもありがたい事は間違いなかった。
「良いわね2人とも。作戦を説明するわよ」
時間も迫る中、凛は一同に告げる。
「主力は美遊よ。魔力弾で攻撃を加えつつ、ランサーを
凛の説明に頷きを返す一同。
同時に、美遊の手にあるサファイアが、接続の為の魔法陣を展開する。
《半径3メートルで次元反射路形成。鏡界回廊、一部反転します》
輝きを増す魔法陣。
決戦場への道が開かれる。
やがて、一同の姿は光の中へと消えていった。
2
前回、アサシンと戦った時の鏡面界も狭かったが、今回の戦場は更に狭かった。
鏡面界は、殆ど廃ビル一つを覆う程度の広さしかない。
これならあるいは、簡単に決着するかもしれない。
響達はそう考えた。
しかし、
それが甘い幻想にすぎなかったことは、すぐにわかる。
見上げる視界の先。
給水塔の上に、まるでこちらを見下ろすように佇む影。
筋骨隆々としたその巨体は黒く染まり、身長は優に2メートルを超えている。その巨体に合わせるように横幅による重量感もある。まるで巨大な羆が立ち上がったような感じだ。その存在感は通常の人間の10倍を超えていると言っても過言ではない。
大男の凶相が睨む。
それだけで、周囲の空気が重くなるようだった。
「何あれ・・・・・・」
「あれが、英霊ですの?」
凛とルヴィアも絶句する。
あの巨体から繰り出される攻撃力の高さは、既に想像を絶していると言って良い。
まともな戦いでは間違いなく勝ち目はない。
本来なら、距離を置いて魔力砲で攻撃を仕掛けたいところだが、この狭い空間ではそれも難しかった。
そんな中、
小さな影が2つ、いち早く動く。
美遊と響は小動物のように地面を駆けると、一気に大男へと迫る。
「美遊」
「うん」
短くうなずきを交わす2人。
同時に、美遊は魔力を込めたサファイアを振るう。
「
放たれる魔力弾。
直撃を受けた大男を、閃光が包む。
そこへ、響が仕掛ける。
「
現れた刀を握り込み、美遊の援護射撃の元、斬り込みをかける。
美遊がランサーを使ってトドメを刺す。そのすきを作り出すことが目的だ。
次の瞬間、強烈な咆哮が鳴り響いた。
殆ど物理的衝撃を伴っているかのような咆哮に、接近しようとしていた響の動きが弾かれるように止められる。
「クッ!?」
足を止める響。
そこへ、大男が拳を振り翳して突っ込んでくる。
その様子は、大型ダンプが正面から突っ込んでくる様に等しい。
圧倒的ともいえるその光景。
対して、出遅れた響はとっさに回避行動を取る事ができない。
響に迫る巨体。
次の瞬間、
その巨体の表面に、閃光と爆炎が躍った。
響の危機を見て取った美遊、凛、ルヴィアの3人が一斉攻撃を仕掛けたのだ。
しかし、
「無傷・・・・・・・・・・・・」
3人が一斉攻撃を仕掛けたにもかかわらず、大男はダメージを負った様子はない。
それどころか、ますます戦意を上げ、こちらを睨みつけてきていた。
相手の攻撃を物ともせず、圧倒的な攻撃力を見せつける。
まるで
突進してくるバーサーカー。
狙いは、突出している響だった。
「クッ!?」
振り上げられる拳を見て、流石の響もうめき声をあげる。
その二の腕だけで、響の胴体ほどもある。
あれで殴られればタダでは済まない事くらい、流石の響にも理解できた。
飛びのく響。
次いで、叩き付けられた拳が、屋上の床を広範囲にわたって陥没させる。
「ああッ!?」
思わず、声を上げる響。
その小さな体は、大きく吹き飛ばされて床に転がる。
完全に回避したはずなのに、衝撃だけで響は吹き飛ばされたのだ。
「響ッ!!」
すかさず、援護に入る美遊。
魔力砲を次々と放ち、牽制を仕掛ける。
しかし、
《駄目ですッ 効いている様子はありません!! 全て体表の表面で弾かれている感じです!!》
珍しく、サファイアが焦った声を出す。
これでキャスターの時のように、何らかの防御手段が用いられているならば話は分かる。
しかし、目の前のバーサーカーは、そういった防御用の魔術は一切使っていない。
攻撃は確かに当たっている。
当たってはいるのだが、その全てが弾かれているのだ。
その状況が、必然的に一つの答えへと導かれる。
「じゃあ、あれはまさか・・・・・・・・・・・・」
驚愕とともに、凛は唇を震わせる。
正直、考えたくはない。まさに、最悪の答えである。
《間違いないでしょう・・・・・・恐らく、一定ランクに達しないすべての攻撃を無効化する鋼の鎧。それが、敵の宝具です》
サファイアの言葉が、まるで死刑宣告のように響く。
肉体その物の宝具。
殆ど反則に近い敵だ。
だが、現実に存在している以上、相手にしない訳にはいかない。
眦を上げる響。
相手が最高クラスの敵ならば、こちらも最大戦力で臨まなくてはならない。
その幼い双眸は、まっすぐにバーサーカーを睨み据える。
「・・・・・・出し惜しみは、無し」
言いながら、手を胸の前にかざす。
同時に、己の内に眠る物へと語り掛ける。
既に1度、経験している事。
ならば、面倒な手順はキャンセルする事もできる。
「
叫ぶと同時に、その体は光に包まれる。
一瞬、バーサーカーの動きが止まる。
狂戦士をして、何が起こっているのか測りかねている様子だ。
その暴風が晴れたとき、
響の姿は一変していた。
黒装束の上衣に短パン履き、口元は白いマフラーで覆っている。そして手に握られている日本刀。
「あいつを引き付ける。美遊はトドメを」
「響!!」
短く言い置くと、響は美遊の返事を待たず、刀を構えて斬り込んでいく。
迎え撃つように、拳を掲げるバーサーカー。
その剛腕が響を捉えようとした。
次の瞬間、
響はまるで巨木に上る小動物のようにバーサーカーの攻撃をすり抜けると、一気に目線の高さまで駆け上がる。
少年と狂戦士。
その視線が交錯する。
バーサーカーの凶相が響を睨み据える。
次の瞬間、
横なぎの刃が、バーサーカーに襲い掛かった。
振るわれる斬撃。
しかし、
「ッ!?」
響は思わず息を飲む。
刃は、バーサーカーの頬に当たり、そこでガッチリと受け止められていた。
体表に僅かに食い込んでいるものの、それだけだ。ダメージを与えるには至っていない。
むしろ、斬りかかった響の腕の方に痺れが走っているくらいである。
カウンターとして振るわれる剛腕。
大気を割るほどの一撃は、しかし響がとっさに回避したために空を切るにとどまる。
着地する響。
そこへ、バーサーカーが追撃を掛ける。
拳を振り翳して突進してくる。
巨体に似合わず、その動きは速い。
「でくの坊、じゃないッ」
言いながら、響は手にした刀を最高速度で振るう。
激突する両者。
同時に、響は硬質な物体を叩いたような感覚を手に感じ、顔をしかめる。
先ほどの斬撃の時に既に分かっていた事だが、バーサーカーの体表は硬い。鋼鉄をはるかに上回っていると言って良いだろう。
無論、膂力では比べるべくもない。
たとえ英霊化しても、響ではこの怪物に拮抗するのは難しいだろう。
更に、響に向けて拳撃を放ってくるバーサーカー。
その一撃一撃を、響は辛うじて捌いていく。
英霊として強化された視力が、バーサーカーの攻撃を見極め、その威力が最大になる前に、こちらは最速の一撃を加える事で、辛うじて状況を拮抗させているのだ。
しかし、こんな戦い方が長く続くわけがない。
まさに死と隣り合わせの攻防。
響は必死に刃を合わせる。
ほんの1ミリでも読み違えた瞬間、響は攻撃を食らう事になるだろう。
さらに攻撃を繰り出そうと、腕を振り上げるバーサーカー。
そこへ、援護射撃が入った。
「
「
宝石を投擲する凛とルヴィア。
爆炎がバーサーカーの体表面で踊る。
派手な光景が演出されるが、やはり効果は無い。
爆炎が晴れた時、巨人は何事もなかったかのように姿を現した。
だが、
「充分・・・・・・・・・・・・」
攻撃を行うだけの時間的余裕はできた。
刀の切っ先を、真っすぐにバーサーカーに向ける響。
凛とルヴィアの攻撃で、バーサーカーは動きを止めている。
今が、攻撃のチャンスだった。
「行くッ!!」
呟くと同時に、響は地を蹴った。
加速する少年。
同時に2歩目を踏み出し更に加速する。
バーサーカーが動く。
しかし遅い。
3歩目が刻まれる。
突き出される刃。
その一撃が、バーサーカーの右肩に食い込んだ。
次の瞬間、
野獣の牙に食いちぎられたように、バーサーカーの右半身がえぐり飛ばされる。
手応えとともに、勝機を確信する響。
まだ片腕を吹き飛ばしただけだが、こちらの攻撃が全く通じないわけではない。一定以上の攻撃ならば通るのだ。
ならば、
「美遊!!」
合図と同時に、バーサーカーの背後から美遊が仕掛ける。
既にランサーを
動きを止めたバーサーカーに対し、
必中の魔槍が、真っすぐに突き込まれる。
その一撃は、過たずにバーサーカーの心臓を貫いた。
鮮血が迸る。
槍の穂先は巨体を背中から突き抜け、胸部まで貫通している。
文句なしに致命傷だ。
「よっしゃ!!」
「よくやりましたわ、美遊!!」
見ていた凛とルヴィアも喝采を上げる。
これで終わり。
あとはバーサーカーが消滅し、カードを回収すれば良いだけ。
そう、思っていた。
その場にいる、誰もが。
次の瞬間、
突如、バーサーカーが残った左腕で、美遊の体を殴り飛ばした。
響が、
凛が、
ルヴィアが、
絶句する。
彼らが見ている前で、美遊の小さな体は2度、3度とバウンドして床に転がる。
いったい何が?
驚愕に染まる中、
一同は戦慄とともに目撃した。
バーサーカーの傷が、元に戻り始めている。
響が吹き飛ばした右腕も、美遊が穿った心臓も、煙を噴出しながら元に戻り始めている。
「まさか、蘇生能力・・・・・・・・・・・・」
凛が震える声で呟く。
間違いない。傷はどんどん小さくなり、腕も新しく生え始めている。
一定以上の攻撃を無効化する防御力に加え、蘇生能力まであるとは。
あの英霊はいったい、どこまで反則級なのか?
「ルヴィア!!」
響は飛び出しながら、声を上げる。
「美遊を!!」
言いながら、刀を構えてバーサーカーに再度斬り込む響。
その間に、ルヴィア達は急いで美遊の元へと駆け寄った。
「美遊ッ しっかりなさい!!」
美遊を抱き起すルヴィア。
その腕の中で、少女はぐったりとしたまま、苦しそうに呼吸をしている。
傷自体はサファイアが治してくれる。しかし、あまりに大きなダメージを食らいすぎた為、すぐには完治しないのだ。
絶対に近い防御力に反則級の蘇生能力。そしてこの怪力。
もはや、あの英霊自体が無敵の要塞のような物である。
今も響が果敢に挑んではいるが、殆ど、と言うより全く効果は上がっていない。
響の英霊を持ってしても、バーサーカーにダメージを与える事は出来ないのだ。
響は回避に専念しつつ、隙を見て反撃を繰り返しているが、全てバーサーカーの体表に弾かれている。
逆にバーサーカーの攻撃は、一撃でも当たれば致命傷は避けられない。
もはや、敗色は明らかだった。
凛は決断すると同時に、隠し持っていた短剣で階段ルームに続く壁を四角に斬り裂いて道を作る。
「撤退するわよ、ルヴィアッ 響!!」
その意見に、2人も異存は無かった。
先導する凛が穴に飛び込み、次いで美遊を抱きかかえたルヴィアが、最後に殿の響が穴に飛び込む。
間一髪。響が飛び込んだ直後、狂戦士の拳が、穴の入り口を殴り吹き飛ばした。
どうやら、巨体が徒になって、バーサーカーは建物の中に入ってこれないらしい。
鏡面界の狭さに苦戦させられた響達だが、ここだけは感謝したいところである。
だがグズグズしてもいられない。あれほどの怪力だ。無理をすれば床や壁を壊して中に入ってくることは十分に予想できる。
そうなる前に、撤退を完了させる必要があった。
階段を下り、廊下を駆け、階下へと逃げる。
なるべく遠くへ。
撤退中にバーサーカーの追撃を受けないように。
「ここで良いわッ サファイア!!」
《はいッ》
階段を4つほど下ったところで、凛が言った。
ここまで来れば、バーサーカーもすぐには追いついてこれないはず。
ここで撤退し、次は対策を立ててから再戦するのだ。
ルヴィアが、そっと美遊を地面に下す。既に治癒は殆ど完了している様子だ。
その美遊の手に握られたサファイアが、帰還の為の魔法陣を描く。
その間、凛と響は周囲を警戒。万が一、撤退前に奇襲をかけてくる事を警戒する。
《限定次元反射路形成ッ 鏡界回廊、一部反転します》
輝きを増す魔法陣。
バーサーカーが仕掛けてくる気配はない。
このまま、撤退は完了するはず。
誰もが、そう思った。
《
次の瞬間、
魔法陣が繋がる一瞬前、
天井に亀裂が走り、巨大な影が躍り込んできた。
一同に戦慄が走る。
バーサーカーだ。
どうやら天井を破壊し、最短距離で突っ込んできたのである。
響も、凛も、とっさの事で対応する事ができない。
襲い掛かるバーサーカー。
その拳が、一撃のもとに床をたたき割る。
崩れるビルの床。
運悪く、傷を負った美遊が、その穴の中へと落下していく。
「美遊ッ!!」
叫ぶルヴィア。
「あッ!?」
声を上げて、落ちていく美遊。
手を伸ばすが、間に合わない。
次の瞬間、
響は迷うことなく穴の中へと飛び込み、美遊に手を伸ばす。
2人はそのまま、崩れる瓦礫と共に、崩落した階下へと落ちていくのだった。
第12話「狂戦士 猛襲」 終わり