1
「派手にやられたものだな」
戻って来た2人を見て、ゼストが放った第一声がそれであった。
響達との交戦を終え、拠点にしている冬木ハイアットホテルの最上階スイートへと戻っ来た優離とルリア。
戦闘は奇襲を仕掛けた事もあり、終始、優離たちが優勢を維持する事が出来た。
しかし、
それでもやはり、無傷と言う訳にはいかなかったのも事実である。
優離は響の剣を胸で受け、ルリアは美遊の攻撃によって負傷していた。
2人とも軽傷と言っても差支えが無いが、それでもあれだけ有利な状況を作っておいて勝利できなかった事は、痛恨だったのかもしれない。
特に、優離が夢幻召喚した英霊は、古今において最強と称して言い、第1級の存在である。いかに最強の宝具を使用しなかったとはいえ、この結果は決して誇れるものではなかった。
「言い訳はしないさ。仕留めきれなかったのは事実だからな」
そう言って肩を竦める優離。
あの時、あのまま更に交戦を継続していても、あるいは勝てていた可能性も十分にあっただろう。
仮に響達4人が同時に相手になったとしても、互角以上に戦えた自信が優離にはある。
しかし、
チラッと、優離はルリアに目を向ける。
それはあくまで、優離1人に対して言える事である。
あの面子を相手にルリアを巻き込み、なおかつ彼女も守りながら戦って勝てると思える程、優離は愚かではなかった。
「・・・・・・・・・・・・次は、負けない」
絞り出すような声で言ったのは、それまで黙っていたルリアだった。
その瞳は、どこか暗い輝きを放ち、何かここにはない、別の物を見据えてるかのようだ。
少女の脳裏に浮かぶ、1人の少女。
あの戦いのさなか、最後に飛び込んで来た白い少女の姿が、ルリアの頭から離れなかった。
「そうしてくれたまえ」
そんなルリアに対し、ゼストは素っ気ない感じで声を掛けた。
「君自身の悲願の為にもね。でなければ、わたしがこうして協力している意味もないと言う物だよ」
皮肉交じりの声。
それに対し、ルリアは悔しさをにじませるように、スカートの裾をギュッと握りしめるのだった。
「どうしてあそこで退いたの!?」
ゼストの部屋を出て、廊下を歩いていた優離に追いついたルリアは、怒気も隠さずに優離へと詰め寄った。
対して、優離はやや顔をしかめるようにして振り返る。
だが、ルリアは構わず続けた。
「あのまま戦っていたら、わたし達が勝っていた筈ッ それなのに!!」
「確かに勝っていただろうな。俺1人だったら」
素っ気ない優離の言葉に、思わず絶句するルリア。
だが、激昂したルリアが何か言う前に、更に続けた。
「死を賭して戦えば勝てたかもしれん。が、あの場でそこまでする程の価値があったとも思えん。だから退いた。それだけの話だ」
あの場で退いた事は、戦術的には間違っていなかった。優離はそう思っているのだ。
優離は傭兵である。故に、自分の利にならない事はしない。
リスクとリターンを天秤にかけ、あの場ではリスクの方が高いと判断したため、撤退を決断したのだ。
だが、
「そんな事は無いッ あの場で戦っていたら必ず・・・・・・・・・・・・」
納得のいかないルリアは、尚も言い募る。
だが、その言い分を、優離は最後まで聞かずに踵を返した。
「優離!!」
「自殺がしたいのなら1人でやれ。こっちを巻き込むな」
そう言うと、立ち尽くすルリアを残して歩き去る。
これ以上の議論は、いくら重ねても無意味と判断したのだ。
ルリアは思い通りに戦えなかったせいで、完全に頭に血が上っている。今の彼女には、どんなに正論を説いても聞き入れる事は無いだろう。
一度、クールダウンさせる必要がある。
それに、
優離自身も。
「・・・・・・・・・・・・やっぱり、親父のようにはいかないな」
自分を育ててくれた養父の事を思い出し、優離は嘆息する。
恐らく、今もどこかの戦場を渡り歩いているであろう父。
魔術師であり、同時に傭兵でもある養父は、戦場で両親を失い、自身も死に掛けていた優離を助け、自分の息子として育ててくれた。
幼かった優離に生きる術を教え、魔術の使い方を教え、戦い方を教えてくれたのも養父である。
優離にとって養父は師でもあり、同時にこの世で唯一、尊敬している人物でもあった。
その養父を倣い、優離もまた傭兵の道を歩んできたのだが、
やはり現実は、そう甘くは無かった。
自身の歩む道の険しさを再認識し、優離は再び嘆息するのだった。
2
黒イリヤとの戦闘から一夜明けた翌日、一同はエーデルフェルト邸に集まって、作戦会議を催していた。
ともかく、状況があまりにも混乱しすぎている。
姿を現し、そして襲ってきた黒イリヤ。
そして相変わらず、目的も存在も不明な優離とルリア。
ある意味、最も情報量で劣っていると言える響達としては、行き止まりに近い現状を、どうにかして打破したい所である。
「と言う訳で、作戦会議よ」
そう言うと、凛はホワイトボードを叩きながら言った。
資金稼ぎの為にエーデルフェルト邸でバイトをしている凛は、今は仕事着であるメイド服に身を包んでいた。
とは言え、
「美遊も紅茶の淹れ方が分かって来たようですわね。今日のはなかなかですわ」
「ありがとうございます」
「ん、お菓子もらう」
《ちなみに、凛さんがメイドになった経緯については、「番外編」の方をご覧ください》
「何を言ってるの? 誰に言っているの?」
一同、緊張感の欠片も無かった。
「ちゃんと聞けェェェェェェ!!」
いら立って机を叩く凛。
この場にあってまじめにやっているのは、彼女だけだった。
「悠長に構えてられないわよルヴィア。
凛の言葉に、ルヴィアも心当たりがあるのか、紅茶を片手に黙り込む。
そもそも、このような事態に陥ったこと自体、彼女たちにとっては想定外過ぎるのだ。現状を収拾するには、速やかに事態を解決する必要があった。
「でも、あいつ等、強い・・・・・・」
響がクッキーを頬張りながら言った。
実際に刃を交えた響には、黒イリヤや優離の出鱈目さがよくわかっている。
弓や剣をどこからともなく取り出し、更には得体の知れない回避術でこちらの攻撃を防いでくる黒イリヤ。
埒外の機動性と絶対的な防御力、強力な白兵戦能力を誇る優離。
どちらも、厄介と言う言葉では足りないほどの難敵だった。
正直、両方を同時に相手取るのは危険だった。
「まず、黒イリヤの方をどうにかしましょう」
凛は一同を見回して言った。
「響達を襲ったっていう2人組も気にはなるけど、正体が分からない以上、対処するのは難しいわ。そっちは協会を通じて情報を集めてもらっているから、それを待ってから動いても遅くない」
前門の虎よりも後門の狼。
まずは後顧の憂いを絶つことが肝心、と凛は考えたようだ。
「黒イリヤの目的はどうやらイリヤの命みたいなんだけど・・・・・・・・・・・・」
確かに、
あの時の黒イリヤは、はじめは響達と協力して、優離たちと戦っていた。しかし、優離たちが撤退すると、今度は刃を返してイリヤに攻撃を仕掛けてきたのだ。
この事と彼女自身の言動から、黒イリヤの目的はイリヤ本人だと考えられる。
凛は、イリヤに目を向けた。
「そのイリヤはなぜか、弱体化している、と」
「う~~~~~~」
凛の指摘に、ガックリと肩を落とす。
昨日、イリヤの攻撃は、黒イリヤに対して全く効果が無かった。
身体的には異常は全く見当たらず、魔力容量と出力だけが大幅に下がってしまっている。
ルビーの分析によれば、イリヤの魔力は最大時の三分の一近くまで低下しているのだとか。
黒イリヤ自身の言葉を借りれば、イリヤの弱体化には彼女の存在が密接にかかわっているのだとか。
それが実際に、どのような事なのかは分からないが、それでも当面の方針は、既に定まっていた。
「わたし達の目的は一つ。黒イリヤを捕獲するわよ」
相手の正体も真意も分からない。
しかし少なくとも意思の疎通が可能であり、更にイリヤとも無関係とは思えない以上、黒化英霊の時みたいに、問答無用で倒すわけにもいかない。
まずはとっ捕まえて、洗いざらい吐かせる。これしかなかった。
「う、うん、でもどうやって?」
不安減尋ねるイリヤ。
その横で、響が挙手をする。
「エサで釣る?」
「いやいや、それは流石に無いでしょ」
イリヤが苦笑しつつ手を振る。
相手は猛獣じゃないんだから、そんなもんで捕まったら苦労はしなかった。
しかし、
「そうッ 響、あんた今、良い事言ったわ」
「ん、どうも」
「・・・・・・合ってたんだ」
凛に褒められ、まんざらでもない様子の響。そんな2人の様子に、イリヤは呆れて嘆息する。
エサで釣る。
要するに囮を仕掛け、黒イリヤが現れるのを待って全員で仕掛ける、というのが凛の作戦だった。
だが、黒イリヤが確実に食いつきそうな、そんな都合の良い「エサ」が、果たしてあるだろうか?
訝る一同に対し、凛は意味ありげににやりと笑った。
「あるでしょう。極上のエサが、ね」
そして、
3
「イヤァァァァァァァァァァァァ!? 何でェェェェェェェェェェェェ!?」
森の中に、少女の悲鳴が木霊する。
何とも犯罪臭のする情景ではある。
その悲鳴の大本。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、現在、簀巻きにされて高い木の枝に吊るされていた。
そしてなぜか、その下にはテーブルと椅子がセットされ、フルコース並みの豪華料理が並べられている。
「おろしてェェェェェェェェェェェェ!!」
マジ泣きを始めるイリヤ。
その様子を、自信満々な瞳が、藪の中から見つめていた。
「完璧ね」
《そうでしょうか?》
自信ありげな凛に、サファイアが冷静にツッコミを入れる。
これが、凛の考えた「対黒イリヤ捕獲作戦」である。
黒イリヤの主目的はイリヤの抹殺。
ならば、そのイリヤ自体を囮にして誘い出し、一気に包囲、捕獲してしまおうと言う作戦。
なの、だが。
「・・・・・・・・・・・・」
吊るされているイリヤを見つめながら、美遊は何とも微妙な表情をしていた。
この作戦、彼女にはどう見ても「おバカ」に見えて仕方が無かった。
しかし、
「奴の狙いがイリヤなら、たとえ罠と分かっていても無視できないはず。あと、保険として豪華な料理も置いておいたし」
「フッ 貴女の案に乗るのは癪ですけど、完璧な作戦ですわ」
なぜか、凛の作戦を絶賛するルヴィア。
美遊的には、この2人がなぜにここまで自信満々なのか、全く分からなかった。
と、
「ねえねえルヴィア、あとであれ、食べて良い?」
ルヴィアの袖をクイクイッと引きながら、響がテーブルの上のフルコースを指差して、そんな事を聞いている。
割と本気で、頭が痛くなってくる美遊。
ぶっちゃけ、もう帰りたくなってきた。
一方、
そんな緊張感皆無なやり取りとは裏腹に、吊るされた状態のイリヤは深々とため息をついていた。
「・・・・・・・・・・・・リンさんを信じたわたしがバカだった」
獣じゃあるまいし、こんな見え透いた罠で捕まえられたら世話ない話である。
まったく、もう少しまともに考えてはくれなかったものか?
そんな事を考えた。
その時だった。
すぐ真下で、枝を踏む音が聞こえた為、顔を上げるイリヤ。
果たしてそこには、
件の黒イリヤが、何とも淡白な表情で、こちらを見上げて立っていたのだった。
「き、来た・・・・・・・・・・・・」
衝撃が走る。
まさか、本当に来るとは思っても見なかったのだ。
黒イリヤは、不審な物を見つめるように、吊られているイリヤの周りをぐるぐると回っている。
一方で木の上のイリヤはと言えば、ダラダラと汗を流していた。
正直、ここからどうするのか、全く指示を受けていないので分からないのだ。
と、
「ん~・・・・・・・・・・・・」
黒イリヤは、何とも微妙な表情で首をかしげる。
「何か、あからさまに罠すぎて、リアクション取りづらいわー」
(当然すぎるほどに当然だが)、凛の作戦は黒イリヤに見抜かれていたようだ。
しかし、これが彼女にとってチャンスであるのも確かな訳で、
「まあ、良いか。いじらしく台本考えたみたいだし、乗ってあげるわ!!」
言い放つと同時に、右手に構えた白剣を振り翳し、吊られたままのイリヤに斬りかかる黒イリヤ。
その機を逃さず、凛が動く。
「
手にした拘束帯を大きく引く凛。
次の瞬間、イリヤを捕縛していた布がほどけ、今度は黒イリヤに絡みつく。
どうやら、あれはただ縛っていたわけではなく、魔術を使って拘束していたようだ。
同時にイリヤは、拘束帯の中に潜んでいたルビーで変身、
しかし、
次の瞬間、黒イリヤは自身を拘束する布を、手にした剣であっさりと斬り裂いて脱出してしまった。
殆ど時間稼ぎにもならなかった。
だが、こうなる事も事前に想定した合ったパターンだ。
「
詠唱に入るルヴィア。
同時に、黒イリヤの足元に、複数の魔法陣が出現した。
「
途端に強烈な拘束力が発現し、さしもの黒イリヤも膝をつく。
重力系の捕縛陣である。どうやら、予め仕込んでおいたようだ。
先程までのおバカな作戦とは裏腹に、凛達もやるべき事はやっていると言う事である。
これならば行けるか?
そう思った次の瞬間、
「・・・・・・・・・・・・ふうん」
重力魔法陣にとらわれながら、黒イリヤは感心したように鼻を鳴らした。
同時に、掲げた右手に魔力を集中させる。
「けど、
次の瞬間、魔力を足元に叩き付ける黒イリヤ。
その一撃が、地面ごと魔法陣を叩き壊した。
「そんなッ こんな手を使ってくるなんて!」
「クッ イリヤ!!」
絶句する凛達を下に見ながら、イリヤは手にしたルビーに魔力を込める。
元より、イリヤの魔力は激減している。並の攻撃で歯が立たない。
ならば、
「取りあえず、今全力の、散弾!!」
放たれる、無数の魔力弾が黒イリヤの周囲に次々と着弾する。
そのうち数発が黒イリヤ本人に直撃するも、やはり効果は薄い。
「散弾ってことは煙幕よね。と言う事は、当然・・・・・・・・・・・・」
次の手を要しながら黒イリヤが言った瞬間、
煙を払うように、一振りの短剣が、彼女の背後から突き込まれてきた。
歪かな形の刃を持つその短剣は、「
効果は魔力で構成された物、契約、全てを破壊、無効化する事ができる。
その刃が突き込まれた瞬間、
黒イリヤはとっさに身を捻り、相手の手首を掴み取る。
「さすが美遊、いきなりウィークポイントを突いてくるわね」
「クッ・・・・・・」
黒イリヤが戦闘において何らかの魔術を使っているのは間違いない。そこを突くべく、美遊は奇襲による
どうやら黒イリヤの方が1枚上手だったようだ。
奇襲を回避され、舌打ちしながら後退する美遊。
そこへ、
「
低い声と共に、死角から黒イリヤに接近した響が、手に出現した刀を横なぎに振るう。
その刃が、黒イリヤを捉えようとした。
次の瞬間、
刃は何もない空間を虚しく通り抜けていった。
「またッ!?」
絶句する響。
前回の戦いの同じだ刃が当たる直前、黒イリヤはまたしても、攻撃が当たる直前に回避されてしまった。
その黒イリヤはと言えば、響から少し離れた場所でクスクスと笑っている。
いったいどうすれば、一瞬にしてあんな場所まで移動できるのか?
刀を構える響。
その表情には、悔しさが滲んでいる。
「・・・・・・・・・・・・
その言葉の通り、響は今回、
ルビーやサファイアから無限の魔力供給を受けられるイリヤや美遊と違い、響の魔力回復手段は全て自前で賄われている。当然、効率は悪いし回復するまで時間もかかる。
先日、
最大のカードをはじめから封じざるを得ない響。英霊化した状態ですら互角に持っていくのがやっとだったのに、
「強い・・・・・・・・・・・・」
悠然と立つ黒イリヤを見ながら、響は低い声で呟く。
4人がかりでも押し切る事ができないとは。
しかも先ほどから黒イリヤは、まるでこちらの手の内を知り尽くしたように、全ての攻撃に対応してきてる。
正直、かなりやりにくかった。
そんな中、
イリヤは、この状況について、ひどい違和感を感じていた。
何と言うか、まるで鏡の中の自分と戦っているような感覚。
それが容赦なく、自分に襲ってきている。
これは冗談抜きにして、
「すっごい、キモい!!」
次の瞬間、
イリヤの頭すれすれのところに、剣が通り抜けていく。
「キモいとは何だァ!?」
「ヒィ!?」
追っかけてくる黒イリヤに対し、逃げるイリヤ。
「やっぱ、あんたすごくむかつくわッ ここで死んでください!!」
剣を取り出して斬りかかろうとする黒イリヤ。
そこへ、凛とルヴィアが立ちふさがる。
「チッ やるしかないわね!!」
「
宝石を構える、凛とルヴィア。
だが、
「おっと・・・・・・・・・・・・」
2人の動きを見た黒イリヤは、先ほど自分が斬り裂いた拘束帯を拾い、そこに魔力を通す。
「外野はちょっと、引っ込んでてね!!」
黒イリヤが言うと同時に、拘束帯は蛇のようにうねって、凛とルヴィアに襲い掛かる。
次の瞬間、2人はあっという間に、背中合わせに纏めて縛り上げられてしまった。
「嘘ッ 拘束帯を逆利用された!?」
「ああッ 何か
あっさりと戦線離脱する、凛とルヴィア。
何と言うか、役に立たないことこの上なかった。
「わーッ 早速やられてるし!!」
《相変わらず使えない人たちですねー》
年長者2人がいきなり脱落した事で、戦況は一気に劣勢に傾く。
その黒イリヤの前に、今度は響が立ちはだかった。
「ん、やらせ、ないッ」
言いながら、刀を横なぎに振るう響。
だが、
「おっと」
黒イリヤは空中に跳び上がりながら響の攻撃を回避。同時に勢いそのままに、響の肩を蹴りつける。
「あッ!?」
そのまま、地面に倒れる響。
そこへ、どこからともなく飛来した剣が、次々と響の体すれすれに突き刺さり、響はたちまち、地面に縫い付けられてしまった。
「弱いッ 弱いわヒビキ!! そんなんじゃ、わたしを捕まえられないわよ!!」
「ッ!?」
身動き取れずに歯噛みする響。
その頭上で、青い影が躍った。
美遊だ。
少女はサファイアに魔力を込めると、鋭く振るう。
「
イリヤの散弾に近いが、威力はこちらの方が高い。
手数で攻める美遊。
対して、流石に当たるのはまずいと思ったのか、黒イリヤは回避に専念する。
「むう・・・・・・
思案した後、黒イリヤは足を止める。
「
呟くと同時に、少女の手には巨大な石の斧剣が出現した。
そんな巨大な物、振るえるとは思えないのだが、
かと思っていると、黒イリヤは斧剣を自分の前面に持ってきた。
優に少女の背丈を超えるその斧剣によって、黒イリヤの姿は完全に隠れてしまっていた。
「取りあえず、ここはごり押しね」
「んなッ!?」
言いながら、距離を詰める黒イリヤ。
放つ攻撃をすべて斧剣に弾かれ、さしもの美遊も絶句する。
それが判っているからこそ、美遊は後退しつつ距離を取ろうとした。
しかし、それよりも早く、黒イリヤは接近してきた。
至近距離で美遊の放つ攻撃を、空中に跳び上がって回避する黒イリヤ。
「しまッ・・・・・・・・・・・・」
美遊が気づいた時には既に手遅れ。
彼女の手から、サファイアがもぎ取られていた。
「ハロー、サファイア」
《あ、あの・・・・・・・・・・・・》
とっさの事で、いつも冷静なサファイアも完全に戸惑っていた。
「そして、グッバイ!!」
言い放つと同時に、黒イリヤは取り出した白剣をフルスイング。サファイアを遥か彼方にかっ飛ばしてしまった。
《美遊様ァァァァァァァァァ!!》
「サファイアァァァァァァァァァァァァ!!」
彼方に弾き飛ばされるサファイア。
同時に、美遊は変身が解けて普段着姿に戻ってしまった。
「カレイドの弱点は2つ。1つは接近戦の弱さ。そしてもう1つは、ステッキが手から離れて30秒経つか、マスターから50メートル離れると変身解除。ちゃんと持ってなきゃダメじゃない、ミユ」
「クッ・・・・・・・・・・・・」
黒イリヤの言葉に、歯噛みする美遊。
しかし、戦う力を失った少女には、もはやどうする事も出来なかい。
あっという間に数的優位は崩され、残るはイリヤ1人だけになってしまった。
「そんな・・・・・・ヒビキやミユまで、こんなあっさり・・・・・・」
《行動が的確すぎます。あの黒いイリヤさん、何か異常ですよ!!》
ルビーの声にも緊張が走る。
「さて、イリヤ、お待たせッ!!」
言いながら、剣を取り出して構える黒イリヤ。
対抗するように、イリヤは魔力弾を放つが、
「無駄だって言ってるでしょ」
笑みを含むような声と共に黒イリヤが振るった剣が、飛んできた魔力弾をあっさりと弾いてしまう。
先日と同じだ。出力の落ちたイリヤの攻撃は、全くと言って良いほど効果が無かった。
「さあ、サクッと死になさい!!」
「クッ!!」
地を蹴って、イリヤに斬りかかる。
黒白の剣閃が、真っすぐに向かってくるのが見える。
振り下ろされる斬撃。
その一撃を、イリヤはルビーを盾にする事で辛うじて防ぎとめる。
火花を散らす両者。
この時、黒イリヤは己の勝利を確信していた。
互いに鍔競り合いの状態になる、イリヤと黒イリヤ。
白と黒の刃が間近に迫り、思わず息を呑むイリヤ。
殺意の籠った刃を実際に鼻先に突き付けられると、否が応でも恐怖を感じてしまう。
もし、その刃に当たろうものなら・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・いや、待って」
囁くように、イリヤは呟く。
減少した魔力で、まともに戦っても勝ち目はない。
だが、工夫すれば?
例えば、今までよりも、もっと凝縮した形で魔力放出を行えれば、効果範囲は低くとも、より、威力の高い攻撃ができるのではないだろうか?
「ッ!?」
とっさにゼロ距離から魔力を放出するイリヤ。
その攻撃は予測していなかったのか、黒イリヤはとっさに距離を取る。
「この、悪あがきを!!」
いら立ったように叫ぶ黒イリヤ。
だが、既にイリヤは動いていた。
イメージする。
より薄く、
より鋭く、
より
振るわれるステッキ。
放たれる魔力。
その一撃は地面を斬り裂き、黒イリヤへと迫る。
「ッ!?」
とっさに、受けるのはまずいと感じたのか、黒イリヤは身を翻して回避する。
直後、彼女の背後にあった大木数本が、纏めて斬り裂かれて地面に転がった。
「・・・・・・・・・・・・やるじゃない」
流石の黒イリヤも、その光景に絶句した様子だ。
イリヤは出力の落ちた魔力を、可能な限り薄く放出する事で、本来なら「砲弾」の形となる所を、「斬撃」と言う形になるよう調整したのだ。その結果、攻撃速度と密度がまし、同時に威力も倍加したわけである。
天性の順応力、とでも言うべきか、イリヤは己の中の弱点を見極め、それを補うべく成長して見せたのだ。
恐るべきはその威力だろう。下手をすると、出力低下前よりも威力が上がっている。
ルビーを構えるイリヤ。
これで戦える。
その想いが、少女を強く前へと進ませる。
対して、黒イリヤはニヤリと笑みを浮かべた。
先程の斬撃は確かに驚いたし、受ければダメージは免れないだろうが、逆を言えば「来る」と分かってさえいれば、かわす事も難しくない。
むしろ、これで少しは面白くなってきたと言う物だった。
「さあ、これで終わりよ!!」
剣を振り翳す黒イリア。
その刃がイリヤに迫った。
次の瞬間、
ズボッ
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
いきなりイリヤの目の前で、黒イリヤの身長が本来の3分の1くらいまで縮小された。
否、
正確に言うと、彼女の体は胸のあたりまで地面に埋まっていたのだ。
「「よっしゃァァァァァァァァァァァァ!!」」
喝采を上げながら、拘束帯を引きちぎる、凛とルヴィア。
同時に、黒イリヤの周囲の地面が一変する。
そこにあったのは、
「そ、底なし沼ァァァァァァァァァァァァ!?」
それは以前、凛とルヴィアが嵌った底なし沼だった。
黒イリヤの戦闘能力の高さを知っていた凛達は、最後の手段としてこの底なし沼を用意していたのだ。
まさか、本当に使う羽目になるとは思っていなかったが。
だが、黒イリヤも、このまま済ますつもりは無かった。
「地面に擬態させていたのね!! クッ こんな物、すぐに・・・・・・」
言いながら、手に魔力を込めようとする。
この程度の底なし沼、すぐに脱出してやる。
そう思って魔力を練る。
しかし、
「・・・・・・・・・・・・あ、あれ!? あれッ!?」
何度試みても、手のひらには何も出現しない。
いったい、どうしたと言うのか?
そこへ、凛とルヴィアがやってくる。
「フッ やっぱり、剣を出現させていたのは魔術の一種だったみたいね」
「しかし、何かしようとしても無駄ですわ」
勝ち誇ったように、2人は言い放つ。
「五大元素全てを不活性状態で練り込んだ
つまり、
抵抗も、脱出も不可能。
黒イリヤは完全に
「間抜けなトラップだと思っているでしょうけど、それに嵌った時点で、あなたの負けは確定したのですわ」
「そう、間抜け・・・・・・フッ・・・・・・フフフ・・・・・・」
次の瞬間、
「オーッホッホッホ!! 間抜け!! 間抜けですわー!!」
「底なし沼に嵌るなんて、こっちこそリアクションに困るわー!!」
大爆笑する凛とルヴィア。
因みについ先日、自分たちがリアルに底なし沼にはまった事は、綺麗さっぱり忘れ去られていた。
「ほらほら、どうするのー? こうしている間にもどんどん沈んでいくわよー?」
「うぅうぅうぅうぅうぅうぅ・・・・・・ッ!!」
「あらあら、この子ったら泣いていますわ。かわいそうに」
手出しできない事を良い事に、黒イリヤを散々いじめる凛とルヴィア。
何とも大人げない光景である。
その様子を、響、イリヤ、美遊の小学生3人組は、呆れ切った瞳で見つめていた。
そして、
「うわ~~~~~~~~~~~~ん!!」
とうとう大泣きを始める黒イリヤ。
その後、「イリヤ達には手を出さない」と言う条件付きで、沼から救出。捕縛に成功するのだった。
第7話「黒イリヤ捕獲作戦」 終わり
その頃、海外某所
なびく銀髪をかき分けながら、女性は何かを感じたように振り返った。
アイリスフィール・フォン・アインツベルン。
イリヤの実母にして、響と士郎の義理の母に当たる女性は、美しい顔に怪訝な表情を浮かべる。
「どうした、アイリ?」
尋ねたのは、彼女の夫である
一仕事を終えた2人は、次の場所へと向かおうとしている所だったのだが。
「んー・・・・・・何となくだけど、海の向こうでイリヤがまた、ややこしい事態に巻き込まれている気がするわ」
「ああ? 2週間くらい前にもそんな事を言って日本に帰ったな。キミとイリヤの感応は距離では減衰しないのか?」
呆れ気味に言う切嗣。
「そんな大したものじゃありません・・・・・・でもそうね、距離は関係ないわ」
対して、アイリは意味ありげに笑みを浮かべる。
「これは、ママの勘よ」
「勘、ねえ・・・・・・・・・・・・」
妻の言動を反芻する切嗣。
一見すると根拠の無い戯言のようにも聞こえる。
しかし、アイリの場合、その例には当てはまらない。
アイリの「勘」は、バカにできないのだ。
「・・・・・・確かに」
しばらく思案してから切嗣は言った。
「例の連中の事もある。気になる所ではあるな」
「・・・・・・・・・・・・」
夫の言葉に、
アイリはスッと表情を消し、険しい眼差しを向ける。
その住んだ瞳の先には、愛しい家族たちの姿が思い描かれているのだった。