Fate/cross silent   作:ファルクラム

24 / 116
第9話「通りキス魔」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん?」

 

 美遊の口から出た言葉に、その場が一瞬、凍り付いたような気がした。

 

 響とイリヤは、唖然とした様子で親友を見ている。

 

 一方、その言葉を向けられた士郎は、怪訝な面持ちを美遊へ返しながら答える。

 

「え? ああ、うん。イリヤと響の兄ですけど、君は、2人の友達?」

 

 そう問われた瞬間、

 

 美遊の表情は何とも言えない物だった。

 

 悲しみのような、

 

 諦念のような、

 

 あるいは、

 

 寂寥のような、

 

 俯く美遊。

 

 ややあって、ことさら低い声で口を開いた。

 

「はい・・・・・・2人のクラスメイトの美遊・・・・・・と言います」

 

 明らかに、暗い表情の美遊。

 

 その事に、響は怪訝な面持ちでのぞき込む。

 

「美遊、どした?」

 

 しかし、問いかけにも答えず、美遊は黙り込んでいる。

 

 そんな微妙な空気を察したのだろう。イリヤが努めて明るく口を開いた。

 

「そ、そうだ。ミユとお兄ちゃんって、今まで会った事無かったんだよね」

「あ、ああ、そうだな」

 

 相手がイリヤ達のクラスメイトだとわかり、士郎は柔らかい笑みを浮かべる。

 

「はじめまして、俺は衛宮士郎。イリヤとは苗字が違うけど、2人の兄だよ」

 

 しかし、

 

 挨拶する士郎に対して、美遊は尚も暗い表情のままだった。

 

 いったいどうしたと言うのか?

 

 一同が視線を向ける中、美遊は再び口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・失礼しました。わたしの兄と似ていたもので」

「そっか、君にもお兄さんが・・・・・・」

 

 士郎がそこまで言った時だった。

 

 突如、

 

 美遊が、誰もが驚くような行動に出た。

 

 長い髪を揺らし、少女は士郎の胸の中へと飛び込む。

 

「なッ!?」

「ミッ!?」

 

 傍らで見守る響とイリヤが絶句する。

 

 そんな中、美遊はぬくもりを確かめるように、暫く自分の額を士郎の体に押し付けた後、そっと離れた。

 

「・・・・・・・・・・・・失礼しました」

 

 ペコリと頭を下げ、踵を返して出ていく美遊。

 

 後には、士郎、イリヤ、響の兄弟たちだけが残された。

 

 と、

 

 ボグッ ズドッ

「オグホッ!?」

 

 いきなり左右から響とイリヤに腹パンを食らい、思わず体をくの字に折る士郎。

 

「お、お前ら、いきなり何する・・・・・・」

「ん、別に」

「何となく」

 

 苦悶する兄を尻目に、そっぽを向く響とイリヤであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、

 

 何とも微妙な朝を迎えたイリヤと響は、支度を整えて朝食を済ませると家を出る。

 

 魔法少女だろうが何だろうが、小学生の本分は学校と勉強、あと友達と遊ぶ事である。

 

 それらを疎かにはできなかった。

 

「行ってきまーす」

「ん、行ってきます」

「行ってらっしゃい。お二人とも、気を付けて」

 

 セラの見送りを受けて家を出る、イリヤと響。

 

 そこで、

 

「ごきげんようシェロ!! 家が向かいだなんて、これも運命!! 今日からは是非もなく、わたくしの車で・・・・・・・・・・・・」

 

 ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト(おむかいのおじょうさま)が、満面に素晴らしい笑顔をたたえて手招きしていた。

 

 その様子を、唖然として見つめる、響とイリヤ。

 

 ややあって、事態に気付いたのだろう。ルヴィアもキョトンとした顔で、衛宮姉弟を見やる。

 

「・・・・・・シェロは?」

「お兄ちゃんならとっくに学校に行ったよ」

「ん、部活の朝練。士郎はエース」

 

 弓道部に所属する士郎の朝は早い。特に士郎は、早くに行って弓道場の整備やら準備やらを行う為、他の部員達よりも早く登校する事が多かった。

 

「チィッ 相変わらずのナチュラルスルー!!」

 

 当てが外れたルヴィアは、露骨な舌打ちをする。

 

 あわよくば士郎と親密な仲になってやろう、とでも思っていたらしいルヴィアの思惑は、しかし士郎(どんかん)相手には通じなかったようだ。

 

 気を取り直して、ルヴィアは響とイリヤに向き直った。

 

「まあ良いですわ。折角ですし、あなた達だけでも送りましょうか」

「え?」

「良いの?」

 

 思いもかけず登校の手間が省け、2人は遠慮なく送ってもらう事にした。

 

 の、だが。

 

 その道中は、いささか以上に重苦しい物になってしまった。

 

 なぜなら、車の中に同乗者として美遊がいた為である。

 

 広い車内で椅子に座ったまま、一言もしゃべろうとしない一同。

 

 否が応でも、重苦しい空気がのしかかってくるのが分かる。

 

《むむむ・・・・・・・・・・・・》

 

 流石のルビーも、そんな重苦しい雰囲気に耐えられないかのように、嘆息交じりに口を開く。

 

《何でしょう、この微妙な空気は?》

《姉さん静かに。刺激してはいけないわ》

 

 そんな姉を窘めるサファイア。

 

 と、

 

「昨日は・・・・・・」

「は、はいッ!?」

「なに?」

 

 突然口を開いた美遊に、イリヤと響がそれぞれ反応する。

 

 正直、昨日の美遊の様子を見る限り、どんな感じに彼女と接すればいいのか、2人とも考えあぐねていたところだった。

 

 そんな2人に対し、美遊は構わず、淡々とした調子で続けた。

 

「2人とも、昨日は驚かせてごめんなさい。もう・・・・・・大丈夫だから」

 

 その言葉に、イリヤと響は黙り込む。

 

 正直、感情表現が希薄な部分がある美遊は、ときどき何を考えているのかわからないところがあるのも事実である。

 

 しかしそれでも、今の美遊がどう見ても「大丈夫」ではないのは、火を見るよりも明らかである。

 

 しかし、そこを追求するのは、どうにも躊躇われた。

 

 その為、イリヤはあえて、遠回しに話題を振る事にした。

 

「そ、そんな、謝るようなことは何も・・・・・・ミユのお兄ちゃん勘違いしちゃったんだよね? ミユにもお兄ちゃんがいたなんて、ちょっと意外ー あははは」

 

 乾いた笑いを浮かべるイリヤを見ながら、響は首をかしげる。

 

 果たして、あれが「勘違い」で済ませられるレベルの話だろうか?

 

 美遊は明らかに、士郎が「イリヤの兄」であるとわかっていて、あんな行動に出た節がある。

 

 美遊が何かを隠しているのは明白だった。

 

「美遊、何か・・・・・・・・・・・・」

「響、イリヤスフィール」

 

 口を開こうとした響を制して、ルヴィアが言った。

 

 年上の少女が見せる優しくも厳しい眼差しが、響とイリヤを真っすぐに見据えている。

 

「誰にでも踏み込まれたくない領域と言う物があるわ。過去がどうあれ、今のこの子は『美遊・エーデルフェルト』。わたし達にとっては、それで十分なハズでしょう」

「そう・・・・・・だね」

「まあ・・・・・・」

 

 確かに、ルヴィアの言うとおりだ。

 

 「その人の全てを知りたい」なんて思うのは傲慢以外の何物でもないし、そもそも人の心の内を全てを見通すことなどできるはずもない。

 

 程々を知り、適度な距離を保つ。

 

 一見すると臆病にも聞こえるかもしれないが、それこそが人間関係を良好に保つ秘訣だった。

 

「それに・・・・・・・・・・・・」

 

 付け加えるように、ルヴィアは言った。

 

「あなた達の兄も、もうすぐ『士郎・エーデルフェルト』になるかもしれませんし」

「「「は?」」」

 

 とんでもない事を言い出すルヴィアに、絶句する、小学生3人。

 

 何と言うか、先程まで見せていた立派な態度が台無しだった。

 

 だが、ルヴィアは止まらない。

 

「ああ、そうなればあなた達とも、姉弟、姉妹になりますわね。もう、いっそ今日からわたくしの事を『お義姉様』と呼んでも良くってよッ むしろ呼びなさい!!」

 

 暴走を始めるルヴィア。

 

 そんな中、イリヤは遠い目をする。

 

 そうだ。

 

 自分や響にとって、ミユはミユだ。それで良いじゃないか。

 

 ミユが話したくないなら、今無理に聞き出す必要はない。きっといつか、打ち明けてくれる。その日を待とう。なんだか少し寂しいけど・・・・・・・・・・・・

 

 と、

 

 そんなイリヤの肩を、響がチョンチョンと突く。

 

「浸ってるところ悪いけど、アレ、止めるの手伝って」

 

 そう言って響が指さした先には、尚も高笑いを続けるルヴィアの姿があった。

 

 

 

 

 

 だが、

 

 イリヤも、

 

 響も、

 

 そして美遊も、気づいてはいなかった。

 

 真の嵐は、学校に到着してから沸き起こった。

 

 玄関で靴を履き替え、いつも通りに教室へと向かう、響、イリヤ、ミユの3人。

 

 いつも通りの光景が、そこに広がって・・・・・・・・・・・・

 

「「「イィィィィィィリィィィィィィヤァァァァァァアアア!!」」」

 

 は、いなかった。

 

 突如、立ちふさがるように出現した、嶽間沢龍子、森山那奈亀、栗原雀花の友人3人組が、鬼のような形相でイリヤに向かって突撃してきたのだ。

 

「はい?」

「何事?」

 

 キョトンとする、イリヤと響。

 

 だが、3人の勢いは止まらなかった。

 

「てめこらッ どういうアレだオアーッ!!」

「まさかとは思ってたけど、イリヤって!!」

「あんたの性癖は自由だけど、人を巻き込まないでくれる!?」

 

 口々に言い募る3人に、たじたじになるイリヤ。

 

「な、何ッ!? 何の話!? わたし何かしたっけ?」

 

 どうにかなだめようとするイリヤ。

 

 しかし、それが却って裏目に出た。

 

「「「なんか・・・・・・だと・・・・・・?」」」

 

 一斉に声を潜める3人。

 

 何やら、変なオーラがにじみ出ているように見えるのは気のせいだろうか?

 

 ぶっちゃけ、怖い。いやまじで。

 

 次の瞬間、

 

「「「人に無理やりチューしといて、すっとぼけんじゃねェェェェェェ!!」」」

「えェェェェェェェェェェェェ!?」

 

 この時、一番驚いたのは、間違いなくイリヤ本人だった事だろう。何しろ、朝登校したら、いきなりキス魔呼ばわりされたのだから。

 

「ちょ、ちょっと待ってよみんなッ 何のことか、ぜんぜん分かんないよッ」

「判んない訳ないだろうッ ついさっきの事だぞ!!」

 

 掴みかかってくる龍子の額を押さえながら、反論するイリヤ。

 

「だいたい、わたしがそんな事するわけないじゃん!!」

 

 そうだ、そんな事ある訳がない。

 

 女の子にキスするなんて、そんな事・・・・・・・・・・・・

 

「でもこの間、美遊にしようとしてた」

「ヒィビィキィィィィィィィィィィィィ!!」

 

 何を言ってくれとんのじゃ、この弟様は。

 

 寝ぼけて兄と間違え美遊に迫ったことを暴露され、テンパるイリヤ。

 

 その傍らでは、美遊も顔を赤くしてそっぽを向いていた。

 

「だ、だいたい、おかしいでしょッ わたし今来たばっかりで・・・・・・」

「イリヤちゃん?」

 

 反論しようとするイリヤの肩が、背後から叩かれる。

 

 振り返るイリヤ。

 

 果たしてそこには、

 

 表情を失った顔から、はたはたと涙を流す我らが愛すべき担任、藤村大河女史が立っていた。

 

「わたし、ファーストキスだったの。責任、取ってくれる?」

「せんせェェェェェェ!?」

 

 もはや、何が何だかどうなってんだか?

 

 しかし、これで事態が収拾付かないところまで行ってしまった事だけは確実だった。

 

「おのれイリヤ!!」

喪女(もじょ)のファーストチューまで奪うとは、何たるキス魔!!」

喪女(もじょ)言うな!!」

 

 どさくさに紛れて、ド失礼な事を言う雀花に、ツッコミを入れる大河。何というか、割とノリが良かった。

 

 とは言え、事態は完全にイリヤの処理能力を超えている。

 

 と、なれば、イリヤがとるべき手段は一つ。

 

 クルリと背を向けると、その場から一気に駆け去る。

 

 すなわち、三十六計を決め込む。であった。

 

「逃がすなッ 追えー!!」

「ヒィィィィィィ」

 

 逃げるイリヤを追って、龍子、雀花、那奈亀、大河も駆けだす。

 

 その時、

 

 そんなイリヤを守るように、廊下を塞ぐ影があった。

 

「イリヤは逃げて。ここはわたし達が防ぐ」

「ん、仕方がない」

 

 迫りくる龍子たちの前に、美遊と響が立ちふさがる。

 

「ミユッ ヒビキ!!」

 

 自分を守るために立ち塞がる弟と親友の姿に、思わずほろりと涙を流すイリヤ。

 

 とは言え、

 

「上等だッ!!」

「2人纏めて穢してやんぜー!!」

 

 目を血走らせて突っ込んでくる、友人3人+担任の姿は、響と美遊を戦慄させるのに十分すぎた。

 

 ていうか、割とドン引きするレベルの光景である。

 

「えっと・・・・・・」

「ちょっと、面倒くさい」

 

 ていうか、あんたは自重しろよ担任。

 

 などと言っている内に突っ込んでくる。

 

 先陣を切ったのは、

 

 やはりと言うべきか、この女だった。

 

「うおりャァァァッ 死ねェェェェェェ!!」

 

 勢い付けてとびかかってくる龍子。

 

 これに対し、

 

 響と美遊は、絶妙のタイミングで左右に分かれる。

 

 その間を、虚しく飛びぬけていく龍子。そのまま顔面から床にダイブして滑っていく。

 

 龍子の家は嶽間沢流と言う武術道場をやっており、龍子も師範であり当主でもある父親から一通り武術を教わっている。

 

 の、だが、

 

 本人が武術の才能が「からっきし」な為、全く成果が上がっていない。

 

 今も良い感じに床へ顔面ダイブを決めていたのだが、

 

 取りあえず、受け身だけは超一流なので、放っておくことにする。たぶん大丈夫だろうし。

 

「それはともかく・・・・・・・・・・・・」

 

 床に転がっている龍子から目をそらしつつ、響は背後を振り返る。

 

 そこには、戦闘準備万端の、雀花、那奈亀、大河の姿がある。

 

「こっちの方が問題・・・・・・」

「う、うん」

 

 正直「やりたくないな~」と言うのが、2人の共通の想いだった。

 

 そこには友人を傷つけたくないからという思いがあったから、

 

 と言う訳ではない。残念ながら。

 

 そもそも美遊は、響とイリヤ以外は「友人」とは認めていない。故にその2人を守るためなら、躊躇は無い。

 

 一方の響はと言えば、美遊に比べたら彼女たちに対して友愛の情は持っている。しかし、それでも、ここはイリヤの方が優先だった。

 

「ウオリャァァァ、邪魔するって言うなら、たとえ教え子でも容赦しないわよ!!」

 

 先頭切って突っ込んでくる大河。

 

 いや、担任として、小学校教諭としてそれはどうなんだ?

 

 どこからか取り出したのか、丸めた新聞紙を振り翳して襲い掛かってくる。

 

 とは言え、呆けてもいられない。

 

 大河はこう見えて剣道の達人であり、まだ20代の若さで既に五段を有し「冬木の虎」と言う異名で呼ばれた女傑である。

 

 対して響は夢幻召喚(インストール)していなければ普通の小学生と変わらない。まともにやりあったら勝負にならないだろう。

 

「んッ!?」

 

 とっさに体をのけぞらせて、大河の攻撃を回避する響。

 

 しかし、

 

「フハハハッ 甘いッ 甘いわよ響君!!」

「わッ!? わッ!?」

 

 素早く切り返してくる大河の攻撃を、辛うじて回避していく響。

 

 しかし、思った以上に鋭い攻撃に、反撃の隙が見いだせない。

 

 やがて、

 

「隙ありッ」

 パコーンッ

「あだッ!?」

 

 大河の放った一撃が、響の額に命中。響はその場で尻餅を突く。

 

 涙を浮かべて額を押さえる響。

 

 その響きを、大河は傲然と見下ろしている。

 

「フッフッフ、勝負あったわね」

 

 対して響は、そんな大人げない担任を嘆息気味に見上げていた。

 

 

 

 

 

 一方の美遊はと言えば、響よりは善戦している方である。

 

 掴みかかってくる雀花と那奈亀を掻い潜り、時折鋭く反撃する。

 

 まるで蜂を思わせる動きだ。

 

「ぬうッ 素早いな!!」

「いい加減諦めろー!!」

「誰がッ」

 

 言い募る雀花と那奈亀に、反論する美遊。

 

 このまま時間を稼ぐことができるか?

 

 そう思った次の瞬間、

 

 視界の端に、床に倒れた響が映る。

 

 そして、その目の前で丸めた新聞紙を振り翳す大河。

 

 ちょうど、大河の一撃をまともに食らってしまった直後の事だった。

 

「響ッ!!」

 

 親友の危機に、美遊の注意が一瞬削がれる。

 

 その時、

 

「隙有り!!」

「あッ!?」

 

 一瞬で背後に回り込んだ那奈亀が、美遊を羽交い絞めにしてしまった。

 

「フッフッフ、とうとう捕まえたぞ~」

「しまった・・・・・・」

 

 悔しそうに歯噛みする美遊。

 

 しかし、こうなると流石の完璧少女にもどうにもならない。両腕をガッチリと極められてしまったため、全く身動きが取れなくなったのだ。

 

 そこへ、雀花が手をワキワキとさせながら近づいてくる。

 

「さんざん手こずらせてくれたな~ けど、無駄な抵抗もここまでだ」

「クッ」

「さあ、たっぷり『くすぐり地獄の刑』にしてやるッ 無様に笑い転げろー!!」

 

 言い放つと同時に、雀花は美遊へと襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 その様子を、響は床に倒れたまま眺める事しかできないでいた。

 

「クッ 美遊!!」

 

 親友の危機に、何もできないでいる自分。

 

 やがて、

 

「これで終わりよッ!!」

 

 目を血走らせた大河が、丸めた新聞紙を振り下ろす。

 

 次の瞬間だった。

 

「フハハハハハハッ 俺にトドメをやらせろー!!」

 

 いつの間にか復活していたらしい龍子が、飛び込んでくるのが見えた。

 

 相変わらずのタフさである。

 

 その姿に、

 

 響は目を光らせる。

 

 一瞬の勝機。

 

 それを響は見逃さなかった。

 

「ていッ」

「ぬおォォォ!?」

 

 走って来た龍子に、とっさに足払いを掛ける響。

 

 龍子はそのままバランスを崩しつんのめる。

 

 その先には、丸めた新聞紙を振り翳した大河の姿がある。

 

「うわッ ちょッ!?」

 

 とっさによけようとする大河。

 

 しかし、その前につんのめった龍子が頭から突っ込んで来た。

 

 そのまま絡まるようにして正面衝突する大河と龍子。

 

 危機を脱した響は、そのまま立ち上がると美遊の元へ向かうと、そのまま美遊を羽交い絞めにしている那奈亀の背後へ回り込む。

 

「なッ 響!?」

「遅い」

 

 那奈亀が振り返るよりも早く、当身をくらわせる。

 

 対して、美遊を抱えていた那奈亀は、響の奇襲に対して成す術も無かった。

 

「む、無念・・・・・・」

 

 崩れ落ちる那奈亀。

 

 その間に、美遊は拘束から脱出する。

 

「しまッ・・・・・・・・・・・・」

 

 驚いた雀花が身構えようとするが、既に遅かった。

 

 その前に美遊に当身をくらわされ、雀花は床に沈むのだった。

 

 

 

 

 

 戦い終わった戦場に立つ、小さな影が2つ。

 

 響と美遊は肩で息をしながら、周囲を見回していた。

 

 何と言うか、無駄に疲れる戦いだった。

 

「それで響、これからどうする?」

 

 尋ねる美遊。

 

 取りあえず、逃げたイリヤの事は気になるし、そもそも何でこんな事態になってしまったのかが謎である。

 

「それなんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 響は今回の事態に対し、何となくだが心当たりがあった。

 

 雀花達は「イリヤにキスされた」と言っていた。

 

 それに対しイリヤは全く身に覚えがないし、何より騒動の直前までイリヤと一緒にいた響と美遊は、彼女のアリバイを完璧に証明できる。

 

 となると、キス魔(ようぎしゃ)は他にいる事になる。

 

 イリヤの振りをして、手当たり次第にキスしまくっている人物。

 

「・・・・・・クロ(アレ)しかいない」

「・・・・・・そうだね」

 

 ガックリと肩を落とす響と美遊。その脳裏には、同じ人物の顔が思い浮かべられていた。

 

 何とも面倒くさい事態である。

 

 恐らくまた、エーデルフェルト邸を脱走して、今度は学校にやって来たのだろう。

 

「とにかく、イリヤとクロを探そう。これ以上騒ぎが大きくなる前に」

「ん、手分けする」

 

 頷きあう、美遊と響。

 

 と、

 

 そこでふと、思い出したように美遊が言った。

 

「そう言えば、先生たちはどうする?」

 

 床にはまだ、倒れたままの大河たちが転がっている。

 

 このまま目を覚ませば、またイリヤを探して暴れるかもしれない。とは言え、放置して行く訳にもいかないだろう。

 

「取りあえず、縛っとく。面倒だし」

 

 そう言うと響は、フックに掛かっている、誰の物ともわからない縄跳びの縄を取り出し、4人をぐるぐる巻きにしてしまう。

 

 その容赦ない様子に、美遊は呆れ気味に唖然とするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美遊と別れた後、響は校内を見て回った。

 

 クロは、必ずいるはず。

 

 昨日の事にしてもそうだが、どうやら彼女をどこかに閉じ込めておくことは不可能らしい。恐らく、例の転移魔術を使っているのだろう。

 

 いずれにしても厄介な存在であるのは間違いない。早く見つけないと。

 

 校内をくまなく探した響。

 

 取りあえず、職員室以外は全てを回った。まあ、流石に職員室には潜んでいないと思われるが。

 

 となると、残るは、

 

「あそこ・・・・・・・・・・・・」

 

 呟きながら、頭上を振り仰ぐ響。

 

 そのまま階段を上っていく。

 

 響の予想が正しければ、おそらくクロは・・・・・・

 

 開ける視界。

 

 広がる青空の中、白い雲が悠々と浮かんでいるのが見える。

 

 夏の日差しが徐々に強くなりつつある屋上に出た響は、周囲をぐるりと見まわす。

 

 多分、クロはここにいるはず。校内で探していない箇所は、もうここしかないから間違いない。

 

 そう思った時だった。

 

 ドサッ

 

 背後から聞こえた音に、響は振り返る。

 

 その視線の先では、床に倒れた女子生徒の姿があっら。

 

「・・・・・・美々?」

 

 友人の桂美々が、力なく床に倒れている。どうやら、気を失っているようだ。

 

 近付こうとする響。

 

 だが、

 

「やっぱり、一般人じゃいくら吸っても大した魔力回復にならないわね」

 

 そんなつぶやきが聞こえ、足を止める。

 

 果たして、

 

 物陰から出てきたのは、響達が探し求める人物だった。

 

「クロ・・・・・・」

 

 クロは今、なぜか穂群原小学校の女子制服に身を包んでいる。

 

 イリヤと瓜二つの顔と褐色の肌が相まって、なかなか似合っている。

 

 イリヤや美遊に感じる、どこか人形めいた美しさではない。しいて言うなら、悪戯好きの子猫と言った風があった。

 

 と、クロの方も響の存在に気付いたのだろう。こちらを振り返って来た。

 

「あらヒビキ、遅かったじゃない。もう少し、早く来てくれると思ってたんだけど」

「・・・・・・・・・・・・美々に何したの?」

 

 クロの軽口には答えず、響はストレートに尋ねる。

 

 美々は完全に気を失っており、その様子は明らかに尋常ではない。

 

 身構える響。

 

 もし、クロが美々や龍子達に何か危害を加えたのであれば、響としても彼女を許す気にはなれなかった。

 

 対して、クロは肩を竦めて見せる。

 

「別に、ただの魔力補給よ。この間の2連戦でだいぶ消費しちゃったからね」

「なら、何でちゅー?」

 

 魔力補給なら飯でも食えばいい話であり、別にキスする必要は無いだろう、と響は言いたいのだ。

 

 対して、クロはクスクスと笑う。

 

「何だ、何にも知らないのね、ヒビキは」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなクロの言動に、響は少しムッとする。

 

 だが、クロは構わず続けた。

 

「キスする事は、魔力供給の一環なのよ。まあ、他にも方法はあるけど、一番効率が良いのはキスよね」

「・・・・・・・・・・・・嘘」

「嘘言ってどうするのよ?」

 

 言いながら、クロは近づいてくる。

 

 立ち尽くす響に対し、クロは笑いながらそっと手を伸ばし、頬をなでる。

 

「何なら、お姉ちゃんが優しく教えてあげましょうか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 蠱惑的な少女の姿に、響は思わず心臓が高鳴るのを感じた。

 

 まっすぐに見つめられる少女の瞳。

 

 引き込まれそうになるその瞳を真っすぐに見える。

 

 近付く、少女の顔。

 

 互いの唇が触れ合おうとした。

 

 次の瞬間、

 

「・・・・・・・・・・・・限定展開(インクルード)

 

 響の口から放たれた言葉。

 

 同時に、握り込まれた刀を、容赦なく振るう。

 

 一閃。

 

 その一撃を、

 

投影開始(トレース・オン)!!」

 

 クロはとっさに投影した黒剣で弾いた。

 

「・・・・・・やっぱバレたか」

 

 呟きながら後退するクロ。

 

 その口元には、薄笑いが浮かべられているのが見える。

 

 対して、響は刀の切っ先を、真っすぐにクロへと向けた。

 

「その手には乗らない」

 

 あわよくばクロは、響からも魔力を吸い取ろうと思っていたのだろう。

 

 互いの剣の切っ先を向け合う、響とクロ。

 

 降り注ぐ日差しの中、学校の屋上は一触即発の戦場と化す。

 

 互いに身じろぎしない、少年と少女。

 

 あと一つ。

 

 何かきっかけがあれば、両者は激発し、躊躇いなく互いの刃を交わす事になるだろう。

 

 にらみ合う事暫し。

 

 ややあって、

 

「・・・・・・やめよ」

 

 退いたのはクロの方だった。

 

 手にした黒剣を消し、両手を掲げて見せる。どうやら、これ以上続ける気は無い、というポーズのようだ。

 

 対して、響は油断なく刀を構え続ける。

 

 クロは油断できない。隙を見せれば、どんな手段で反撃してくるか、判った物ではなかった。

 

「まあ、今日のところは、かわいい弟の頑張りに免じて、大人しく戻ってあげるわ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 大人しく、と入っているものの、それは裏返せば、今後も引っ掻き回す気満々と言う事だろう。

 

 前へと歩き出すクロ。

 

 刀を構える響とすれ違う。

 

 その一瞬、

 

「楽しかったわ。また遊びましょう」

 

 そう告げると、クロは屋上から去って行く。

 

 後には、意味が分からないと言った風の響だけが残された。

 

「・・・・・・接続解除(アンインクルード)

 

 低く呟き、刀をしまう響。

 

 いったい、クロは何がしたいのか?

 

 みんなにキスしまくってた理由が魔力補給のためだと言う事は分かったが、それなら何も、学校に来なくても良かったような気もする。

 

 クロと言う少女が、何を考えているのか分からない。

 

 彼女は、いったい何を思って、こんな事をしたのだろうか? 今のままでは、ただイリヤの生活をかき乱しているようにしか見えなかった。

 

 あるいは、それ自体が目的と考える事もできないではないのだが。

 

 とは言え、

 

 響は、足元で眠る美々に目を向ける。

 

 今は彼女を介抱するのが先だろう。

 

 そう考えた響は、美々を背に負ぶい、その足で保健室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

第9話「通りキス魔」      終わり

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。