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普段見せたくない私生活を、母親に偶然見られた経験はおありだろうか?
部屋で密かにアニメのお気に入りキャラがするポーズを取ってみたり、格好いいセリフを反芻したり、
いずれにしても、何と言うか、
めちゃくちゃ恥ずかしいのは、間違いないだろう。
で、
クロとの戦いの場に乱入してきたアイリスフィール・フォン・アインツベルンさん。
まさかの母登場に、イリヤと響は同時に顔を青くする。
今の自分たちの状況を傍から見たらどうなるだろう?
小学生4人が集まり、
魔法少女(イリヤ)、魔法少女(美遊)、新撰組(響)、????(クロ)
等々、様々なコスプレをしている。
・・・・・・・・・・・・あれ?
意外に、「コスプレチャンバラごっこ」でごまかせるんじゃね?
などと響が思った時だった。
「あらあらまあまあ、イリヤちゃんったら、いつの間に双子になったの? それに何だか、かわいい恰好ね」
イマイチ、状況が呑み込めていないらしいアイリが、能天気にそんな事を言う。
その時だった。
後方で見守っていたクロが突如、距離を詰めたかと思うと、黒白の双剣を振り翳して斬りかかって来た。
その切っ先が向かう場所に立つのは、母アイリ。
迫る刃。
次の瞬間、
「ッ!?」
とっさに、手にしたルビーを振り翳してクロの斬撃を防ぐイリヤ。
クロは思ず、蹈鞴を踏むようにして後退する。
それと同時に、響が刀を振り翳してクロに斬りかかった。
横なぎに振るわれる斬撃を、後退して回避するクロ。
その攻防を、アイリは瞬きすらする事無く見つめていた。
「な、何考えてるの!?」
響の攻撃を受けて後退したクロに対し、イリヤが叫ぶ。
「ママだよッ わたしの・・・・・・わたし達のママだよ!!」
「アイリ・・・・・・下がって」
イリヤの傍らでは、響が刀を構えて2人を守るように立つ。
そんな中、
「会いたかったわ、ママ・・・・・・・・・・・・」
クロが低い声で言い放った。
「10年前ッ 私を『無かった事』にした素敵なママ!!」
言い放つと同時に、再び干将莫邪を振り翳して斬りかかるクロ。
対抗するように、刀を振るう響。
互いの刃がぶつかり合い、火花を散らす。
「どきなさい、響!!」
「やらせな、い」
低い声と共に、刀を横なぎに振るう響。
しかし、それよりも一瞬早く、クロは上空へと跳び上がり、同時に弓と矢を投影して構える。
狙うは、
アイリだ。
「ルビー、物理保護!!」
イリヤの指示に従い、障壁を展開する。
ただし、通常の障壁のように全方位を防御するのではなく、広げた傘のように、一面のみを防御する形態。
「
物理保護障壁の前方展開である。
以前、クロとの戦いで使った魔力斬撃のように、魔力を拡散せず狭い範囲に集中させれば、ある程度の威力上昇が可能と分かった事から、イリヤは日々、試行錯誤を重ねてきた。
クロの出現により魔力が低下したイリヤだったが、戦闘力を維持しようと日々、苦心と改良をを重ねている。
ただ手をこまねいていたわけではない。イリヤはイリヤなりに、戦う術を編み出していたのだ。
「あんなやり方があるなんて・・・・・・・・・・・・」
見ていた美遊も茫然とする中、
地上に降り立ったクロを見据え、イリヤは厳しい口調で言った。
「どうして攻撃するの!? 攻撃してどうなるっていうの!? こんなの滅茶苦茶だよ!! 自分が何してるか分かってるの!?」
言い募るイリヤ。
対して、
「・・・・・・んない」
クロは定まらぬ視線のまま答える。
「・・・・・・・・・・・・判んないよ・・・・・・
怯えたような、
寂しさのような、
そんな感情が見え隠れするクロの言葉。
そんな不安定な少女に対し、
「いいわ」
アイリは、響とイリヤを手で制して前に出た。
「おいで、『イリヤちゃん』」
そう言って、腕を広げるアイリ。
「ママ、だめ!! 危ない!!」
「アイリ」
イリヤと響が慌てて構える中、
クロが双剣を構え、アイリに斬りかかっていく。
殺気を滲ませて迫る少女。
アイリはそんな少女に、優し気な笑みを浮かべて迎え入れる。
「どうしてイリヤちゃんが2人に増えているかは分からないけど、あなたが哀しんでいるのは判るわ」
迫るクロ。
対して、
「抱きしめてあげる」
アイリはそっと、手のひらを差し出す。
「・・・・・・・・・・・・でも、その前に」
母の手の平より伸びた銀の針金が、空中で複雑に絡み合う。
綾取りのように紡がれた針金によって、クロの頭上に作り出されたのは、巨大な握り拳。
と言うか、ゲンコツだった。
「「「・・・・・・・・・・・・は?」」」
思わず、目を丸くする響、イリヤ、美遊。
次の瞬間、
ゴチィィィィィィン!!
一同が呆気に取られて見守る中、ゲンコツは容赦なくクロの頭に振り下ろされた。
ひとたまりもなく、地面に沈むクロ。
そんな少女を、そっと抱き上げるアイリ。
「喧嘩はメッ!!
母親らしく告げるアイリ。
対するクロはと言えば、頭に巨大なタンコブをこさえて目を回している。
流石のクロも、今の一撃は予想できなかったらしい。
「マ、マママ、い、いいい今の何!?」
そんな母の様子に、驚愕するイリヤ。
今まで普通の一般家庭にいる普通の母親だと思っていた人が、まさか
対してアイリは、娘にニッコリとほほ笑んで手をかざす。
「そうそう、こういう時は両成敗よね」
「ヘッ!? いや、チョッ!?」
言い終える前に、
ガチコォォォォォォォォォォォォン
イリヤの頭にも巨大なゲンコツが振り下ろされた。
クロ同様、地面に沈むイリヤ。とんだ災難である。
因みに、イリヤとクロは痛覚共有によってリンクしているので、イリヤのダメージはそのままクロにフィードバックする。
因果応報と言うべきか、自業自得と言うべきか、クロは倍の痛みを頭に受ける事になるのだった。
合掌
と、
「あ、あの・・・・・・アイリ?」
よせば良いのに、声を掛ける響。
対して、振り返るアイリ。
「そうそう、もう1人、お仕置きが必要な子がいたわね」
そう言うと三度、針金でゲンコツを作り出す。
青くなる響。
「ちょ・・・・・・ま、待って アイリ待ってッ」
「だーめ」
にこやかに言うと、
ガイィィィィィィィィィィィィィィィン
アイリは響にも、ゲンコツを振り下ろした。
2
ただ、剣を振るっていれば、それで幸せだった。
多くの仲間たちに囲まれ、共に生き、共に笑い、そして共に戦う事が出来れば、それだけで満ち足りた日々だった。
勿論、決して楽な道ではない。
薩長の横暴は日増しに強まり、状況はどんどん悪い方向へと流れていく。
やがて始まる、大規模内戦。
味方は敗走を続け、大切な仲間達も1人、また1人と脱落していく。
それでも自分は、前線にあって剣を振るい続けた。
もはや剣の時代じゃない。
侍は時代遅れだ。
そんな声が聞こえてきた。
正直、内心では自分も分かっている。
刀では銃火器に敵わない。
そんな事は判り切っている。
だが、それがどうした?
敵わないから諦めるのか? 敵わないから負けを認めるのか?
否ッ
断じて否だッ
たとえ敵わずとも、
たとえ、戦場の露と消えようとも、
剣に生き、剣に死ねればそれで本望だ。
戦いはやがて、北方へと移り、徐々に味方は追い詰められていった。
だが、そんな中にあって、自分は最後まで剣を振るい続けると決めていた。
その日の事は憶えている。
元いた場所から連れ出された自分は、両手を「父」と「母」に握られて、道を歩いていた。
これからどこに行くのだろう?
そんな事をぼんやりと考えていると、母が察したようににっこりと笑った。
「これから、あなたのおうちに行くのよ」
おうち
家
当たり前の知識としてそれは知っているが、これからそこに行くと言う事が、イマイチ理解できなかった。
やがて、
「さ、着いたよ」
父が静かな声で、そう告げる。
そこは、何の変哲もない、どこにでもありそうな一軒家だった。
「ここが、今日からあなたのおうちよ」
母はそう言って、優しく頭をなでてくれた。
手を引かれ、玄関をくぐる。
すると、
そこに立っていた少女が、
自分に向かってニッコリとほほ笑んで来た。
目を開く響。
明るい光が視界に飛び込んできて、僅かに目を細める。
「・・・・・・・・・・・・ん?」
いつの間にか、ソファーに寝かされていたことに気付く。
いったい、いつの間に?
確か自分はクロと林の中で戦っていて、そこでアイリが乱入してきて、
「痛ッ・・・・・・・・・・・・」
頭のてっぺんに感じた痛みが、意識を完全に覚醒させる。
そこは、アイリからゲンコツを食らったところである。どうやら、あれは夢や幻の類ではなかったようだ。
「響、大丈夫?」
そんな響を覗き込むようにして、メイド服を着た親友の少女が話しかけてきた。
「美遊・・・・・・じゃあ、ここルヴィアん家?」
「うん。響が気を失っている間に運び込んでおいたの」
そう言うと美遊は、響に濡れたタオルを差し出してくる。
タオルを頭に当てながら起き上がる響。
そこはエーデルフェルト邸の応接間だった。
室内には美遊のほかにイリヤとクロ、ルビー、サファイアの姉妹。
そして母、アイリの姿もあった。
「おはよう響。目は覚めた? 大体の事情はイリヤちゃん達と、ステッキちゃん達から聞いたわよ」
《すみません、ゲロッちゃいました》
アイリの手のひらの中で弄ばれているルビーが、嘆息交じりに言った。
どうやら響が眠っている間に、だいたいの事情説明は終わっていたらしかった。
そんな中で1人、クロだけがムスッとしてそっぽを向いていた。
家出1日目にしてあっさりと連れ戻された彼女としては、面白くないことこの上ないのだろう。
まあ、こちらとしては結果オーライと言った感じなのだが。
「ママ、響も起きた事だし、そろそろちゃんと説明して」
そんな中、イリヤはまっすぐにアイリを見据えて言った。
「いったい、わたしは・・・・・・ううん、わたし達は何なの? 何で、こんな事になってしまったの?」
イリヤはチラッと、クロの方に目をやる。
以前イリヤは、自身の力に戸惑った時、アイリに答えをはぐらかされてしまった事がある。
だからこそ、今日はどうあっても答えを聞くまで気が済まなかった。
対して、
「・・・・・・・・・・・・良いわ」
アイリは先程までとは打って変わって、静かな口調で言った。
「少し、長い話になるわよ」
その言葉に、イリヤ、クロ、響、美遊は、神妙な面持ちで頷きを返した。
「まさか母親が来るとはね」
そう言って、凛は肩を竦める。
アイリたちへの対応を美遊に任せたルヴィアと凛は、ルヴィアの私室にて、突如会現れたイリヤ母について話し合っていた。
「随分と、強引な人だったわ」
「まあ、クロを捕まえてくれた事には感謝ですわね」
言ってから、ルヴィアは気になっていたことを尋ねた。
「あの方、魔術師ですの?」
問いかけるルヴィアに対し、
凛は静かに頷きを返す。
「イリヤの家の事、調べたわ。おかしいとは思ったのよね。先天性の例があるとは言え、それにしたってイリヤの魔力容量は大きすぎる。魔術の名門出でもない限り考えにくい事だわ」
「では名門だったと? でもアインツベルンなんていう名前は聞いたことが・・・・・・」
魔術師は割と閉鎖的かつ封建的な社会で成り立っている。強大な魔力を有する名門の家柄は、おおむね知られているものである。
だがルヴィアの記憶には「アインツベルン」などと言う名門魔術の家柄は無かったはずだ。
「調べるのに苦労したわ」
やれやれとばかりに肩を竦める凛。
それによると、アインツベルンは、表向きはドイツの古い貴族だが、その実態は、どの協会にも属さず、他家とのかかわりを一切絶った単一の魔術一族。魔術体系も方式も一切不明ながら、その歴史は1000年を超えているとの事だった。
「イリヤスフィールは、そこの娘? なら、どうしてこんな国に?」
「さあね。何か10年位前からアインツベルンは殆ど活動していないみたいよ。噂では、何か大きな儀式を起こそうとして失敗したって話だけど。まあ、真実を知るのは
そう言うと、凛とルヴィアはそろって嘆息するのだった。
アイリの説明は、子供たちにとっては驚愕するべきものだった。
聖杯戦争。
かつて、アインツベルンをはじめとした3つの魔術一族が主導して行われていた、大規模な魔術儀式。
万能の願望機たる聖杯を顕現させるため、7人の魔術師が7人の
過去に3度行われた聖杯戦争では、様々な理由から、ついに聖杯が顕現する事は無かった。
そして10年前。
第4次聖杯戦争が行われようとしていた、その数年前、突如としてアイリと切嗣はアインツベルンから離反。その時点で聖杯戦争のシステムは崩壊したと言う。
イリヤは、その聖杯戦争の器となるために生み出された、「小聖杯」と呼ばれる存在だった。
その為イリヤには、ある程度の範囲で「望んだ事を叶える力」が備わっていると言う。
心当たりはあった。
イリヤはこれまでも何度か、やり方や過程を飛ばして「結果」のみを引き出したことがあったから。
「そうよ。わたしは、その為に生まれた」
口を開いたのは、この中で唯一、おおよその事情が分かっていたクロだった。
「生まれる前から調整され続け、生後数か月で言葉を解し、あらゆる知識を埋めつけられたわ」
それはまさしく魔術師が持つ「狂気」の一端を示しているともいえる。
まだ生まれてさえいない子供に対し、そこまでの事をするとは。
アインツベルンもまた、ある意味で魔術師らしい魔術師の家柄であったことがうかがえる。
「なのに、あなたはそれを封印した。機能を封じ、知識を封じ、記憶を封じた。普通の女の子として生きるなら、それでも良かった・・・・・・けど、どうしてわたしのままじゃいけなかったの?」
その話で、響は大凡の事が判って来た。
つまりイリヤは、
と言うより、クロこそが、本来、小聖杯として生きるはずだった、ある意味「真のイリヤ」とでも言うべき存在なのだ。
「全てをリセットして、1からやり直し、なんて都合が良すぎる。でも誤算だったわねママ。封じられた記憶はいつしかイリヤの中で育ち、わたしになった。そして、ついに肉体を得た」
「・・・・・・・・・・・・」
「いいよ。普通の生をイリヤに歩ませるなら、それでも良い。けど、ならせめて、わたしには魔術師としての生を頂戴」
クロはアイリに掴みかからん勢いで迫る。
「わたしをアインツベルンに帰して!!」
クロの魂から発せられた叫び。
自らの生を自らの足で歩む事は、すなわち少女にとって最大の願いでもある。
だが、
現実は少女に対して、どこまでも残酷だった。
「アインツベルンはもうないわ」
「・・・・・・・・・・・・え?」
アイリが低く発した一言に、クロは絶句する。
それを追い打つように、アイリははっきりと言った。
「アインツベルンはもう無いの。もう・・・・・・聖杯戦争は起こらないわ」
10年前。
切嗣とアイリが
恐らく、もう一度聖杯戦争を起こすだけの力は残されていないだろうし、仮に起こしたとしても、聖杯がアインツベルンに帰する可能性は限りなく低い。つまり、アインツベルンには何のメリットも無いのだ。
愕然とするクロ。
今、彼女の前あったはずの道は、全て閉ざされてしまったのだ。
「なに、それ・・・・・・それじゃあ・・・・・・・・・・・・」
「クロッ!!」
不穏な空気を察した美遊が叫んだ瞬間、
「わたしの居場所はどこにあるのよ!?」
叫ぶと同時に、クロを中心に衝撃波が吹き荒れた。
部屋の中の調度品が次々と破壊され、響達も思わず吹き飛ばされそうになる。
それが魔力の暴走だと言う事は、すぐに判った。
恐らくクロの感情の乱れが、そのまま魔力を暴走させているのだ。
今まで押さえつけてきた感情が、ついに暴発したのだ。
「全部奪われた!! 全部失った!! 何も・・・・・・何も残ってない!!」
「クロッ!!」
何とか落ち着かせようと叫ぶ響。
しかし、クロの暴走は収まるどころか、ますます激しさを増していく。
そんな吹き荒れる魔力嵐の中、
イリヤはまっすぐに、自らと同一の存在を眺めていた。
「何て惨めで、無意味なの!!」
クロの暴走は、もはや収まりがつかないレベルになりつつあった。
「誰からも必要とされないなんてッ こんな事なら最初からッ」
そこまで、言いかけた時だった。
突如、
クロは自分の中で、何か大きな物を喪失したような感覚を覚えた。
同時に、部屋を破壊した魔力の暴走が、一気に収束する。
いったい何が起きているのか?
一同が見守る中、
クロの体から、白い煙が立ち上り始めた。
同時に、少女の体が、空気中に溶けるように薄くなっていくのが分かる。
ちょうど、砂像が風化していく様に似ている。
「クロ、それ・・・・・・まさか・・・・・・」
「そうね・・・・・・たぶん、そう・・・・・・」
尋ねる響に、クロは静かに答える。
魔力切れ。
クロは存在の維持にも魔力を使っている。つまり、ただそこにいるだけでも、僅かずつだが魔力を消費しているのだ。
それを一気に消耗すればどうなるか?
答えはこれ。存在を保てず、待っているのは消滅の運命だった。
「呆気ない・・・・・・・・・・・・」
自嘲気味に呟くクロ。
こんな事ならやっぱり、あそこで響に殺されていた方が意味があった気がする。
だが、覚悟はしていた。
自分は所詮、偽物に過ぎない。
最後は、こんな物だろう、と。
徐々に、弱くなる鼓動。
視界は暗くなり、音も聞こえなくなる。
次の瞬間だった。
突如、
クロの視界が開ける。
その見ている目の前で、
自分の唇に、キスする少女の姿が写り込んだ。
イリヤである。
その身は既に魔法少女に変身している。
同時に、クロは自分の中で魔力が漲ってくるのを感じた。
魔力供給だ。
かつてクロ自身がやっていた事を思い出し、イリヤはとっさに実践したのである。
変身したイリヤは、ルビーから無限の魔力共有を受ける事ができる為、供給しても枯渇する事は無いのだ。
同じ容姿、同一の存在。
まったく同じ姿をした2人が唇を重ねる姿は、たまらないくらいの背徳感を醸し出されていた。
何となく、見ていられなくなって視線を逸らす響。
何と言うか、見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
と、
そこで、傍らの美遊と視線が合う。
その美遊も、顔をほんのり赤くしているのが、ここから見ても分かった。
視線が合う2人。
「「ッ!?」」
殆ど反射的に、視線を逸らす響と美遊。
何だか2人そろって、何もしていないのに、いけない事をしているような気分になっていた。
ややあって、唇を話すイリヤ。
その瞳は、怒ったような、泣き出しそうな、そんな顔をしている。
「勝手に出てきて、勝手に消えないでよ!!」
床に座り込んだクロに、イリヤは叱りつけるように言う。
「正直ね、ママの話を聞いてもわたし、あんまりショックじゃないんだよね。おかしいでしょ? 自分が魔術の道具として生まれたなんて・・・・・・そんなこと知ったらふつう、世界観が変わっちゃうくらい大変なことなはずなのに」
そんなイリヤの言葉を、アイリたちは黙って聞き入っている。
「でも、わたしが平静でいられるのはきっと、クロが傷ついているからだと思うんだ」
その言葉に、
クロは胸の内に、ほのかな温かみを感じていた。
恐らく、イリヤ自身は気づいていないだろう。
自分が、初めてクロを名前で呼んだ事に。
その事が、クロの絡み合った心情を、柔らかくほぐしていくようだった。
「ごめんね・・・・・・・・・・・・」
そんなクロに、イリヤが涙をこぼす。
「貴女の苦しみは、本当ならわたしが背負うはずだった。今だけじゃなく、昔からずっと、あなたはわたしの代わりに苦しんでたんだね」
イリヤの言葉に、クロもまた涙を流す。
だが、
現実は尚も執念深く、残酷な手を伸ばしてきた。
そうしている内に、クロの体は再び崩れ始める。
「どうしてッ 魔力は供給したはずなのに!?」
《供給ではだめなんですッ 崩壊が止まりません!!》
例えるなら、今のクロは穴の開いた器だ。いくら水を注いでも、底から抜けていってしまう。
底の穴をふさがない限り、助かる術はなかった。
「・・・・・・・・・・・・もう、良いわ」
諦めたように、静かな声でクロは言った。
その顔には、涙と共に優しい笑顔が浮かべられている。
「消える時に泣いてくれる人がいるなら、わたしの運命にも、ちょっとは意味があった。そう思う事にする」
そう言って、滅びの運命を受け入れる。
だが、
「こんな時にまで強がんないでよ!!」
そんな事は許さないとばかりに、イリヤは言い募る。
「意味とか無意味とか、そんな理由で決めないで!! 欲しい物があるんでしょう!! だったら願ってよ!! 自分の望みを叶えてよ!!」
それは、少女の心からの叫び。
今まさに消えゆかんとする少女を、この世に引き戻そうとする、切なる願いに他ならなかった。
「・・・・・・わたしは」
それに対しクロは、
「家族が欲しい・・・・・・友達が欲しい・・・・・・何の変哲もない普通の暮らしが欲しい・・・・・・それより何より・・・・・・・・・・・・」
涙でくれる顔を上げて、
少女は言い放った。
「消えたくない!! ただ、生きたい!!」
次の瞬間、
閃光が、包み込んだ。
3
そして翌日。
玄関の前を掃除するセラ。
今日も日差しが温かく、良い一日になる予感がする。
間もなく夏である。気温が高くなるようなら、何か涼しいものを用意するのもいいだろう。
そんな事を考えていると、玄関のドアが開く音が聞こえた。
飛び出してくる子供たちを、笑顔で見送る。
「いってらっしゃい。車には気を付けて。寄り道しないで帰ってきてくださいね」
「「「はーい」」」
元気よく手を上げる子供たち。
イリヤと響。
そして、クロだった。
あの後、
聖杯としての力が発動したクロは、状態が安定し、存在の崩壊は停止した。
イリヤの想いが、彼女を救ったのである。
その後、クロは正式にクロエ・フォン・アインツベルンとして、衛宮家の一員となったのだった。
「クロ、宿題やった?」
「やってなーい。別に良いでしょ、あとでイリヤのやつ写すから」
「写させないよ」
「ん、じゃあ、美遊に頼む」
「それもダメッ て言うか響もやってないの!?」
朝からイリヤの怒鳴り声が響き渡る。
その視線の先では、手を振る美遊の姿も見えた。
これから暑くなり始める夏。
騒がしくも楽しい日常を前に、胸は期待で高鳴るのだった。
だが、
響はふと、足を止める。
イリヤとクロを取り巻く事情は、分かった。
そして、2人が和解し、共に暮らせるようになった事は本当にうれしい事である。
しかし、
どうしても一つ、判らない事があった。
それは、
自分はいったい、何者なのか、と言う事。
アイリの話に、響の事は出てこなかった。
自分が何者で、なぜ魔術を使えるのか。
響の中で、疑問が大きく膨らもうとしたいた。
と、
「響、どうしたの!?」
「何してんのッ 置いてくわよ!!」
呼ばれて振り返ると、視線の先でイリヤとクロが手を振っているのが見える。
その姿を見て、
響は遅れないように、足を速めるのだった。
第13話「アインツベルン」 終わり