Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第13話「アインツベルン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段見せたくない私生活を、母親に偶然見られた経験はおありだろうか?

 

 部屋で密かにアニメのお気に入りキャラがするポーズを取ってみたり、格好いいセリフを反芻したり、

 

 いずれにしても、何と言うか、

 

 めちゃくちゃ恥ずかしいのは、間違いないだろう。

 

 で、

 

 クロとの戦いの場に乱入してきたアイリスフィール・フォン・アインツベルンさん。

 

 まさかの母登場に、イリヤと響は同時に顔を青くする。

 

 今の自分たちの状況を傍から見たらどうなるだろう?

 

 小学生4人が集まり、

 

 魔法少女(イリヤ)、魔法少女(美遊)、新撰組(響)、????(クロ)

 

 等々、様々なコスプレをしている。

 

 ・・・・・・・・・・・・あれ?

 

 意外に、「コスプレチャンバラごっこ」でごまかせるんじゃね?

 

 などと響が思った時だった。

 

「あらあらまあまあ、イリヤちゃんったら、いつの間に双子になったの? それに何だか、かわいい恰好ね」

 

 イマイチ、状況が呑み込めていないらしいアイリが、能天気にそんな事を言う。

 

 その時だった。

 

 後方で見守っていたクロが突如、距離を詰めたかと思うと、黒白の双剣を振り翳して斬りかかって来た。

 

 その切っ先が向かう場所に立つのは、母アイリ。

 

 迫る刃。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!?」

 

 とっさに、手にしたルビーを振り翳してクロの斬撃を防ぐイリヤ。

 

 クロは思ず、蹈鞴を踏むようにして後退する。

 

 それと同時に、響が刀を振り翳してクロに斬りかかった。

 

 横なぎに振るわれる斬撃を、後退して回避するクロ。

 

 その攻防を、アイリは瞬きすらする事無く見つめていた。

 

「な、何考えてるの!?」

 

 響の攻撃を受けて後退したクロに対し、イリヤが叫ぶ。

 

「ママだよッ わたしの・・・・・・わたし達のママだよ!!」

「アイリ・・・・・・下がって」

 

 イリヤの傍らでは、響が刀を構えて2人を守るように立つ。

 

 そんな中、

 

「会いたかったわ、ママ・・・・・・・・・・・・」

 

 クロが低い声で言い放った。

 

「10年前ッ 私を『無かった事』にした素敵なママ!!」

 

 言い放つと同時に、再び干将莫邪を振り翳して斬りかかるクロ。

 

 対抗するように、刀を振るう響。

 

 互いの刃がぶつかり合い、火花を散らす。

 

「どきなさい、響!!」

「やらせな、い」

 

 低い声と共に、刀を横なぎに振るう響。

 

 しかし、それよりも一瞬早く、クロは上空へと跳び上がり、同時に弓と矢を投影して構える。

 

 狙うは、

 

 アイリだ。

 

「ルビー、物理保護!!」

 

 イリヤの指示に従い、障壁を展開する。

 

 ただし、通常の障壁のように全方位を防御するのではなく、広げた傘のように、一面のみを防御する形態。

 

錐形(ピュラミューデ)!!」

 

 物理保護障壁の前方展開である。

 

 以前、クロとの戦いで使った魔力斬撃のように、魔力を拡散せず狭い範囲に集中させれば、ある程度の威力上昇が可能と分かった事から、イリヤは日々、試行錯誤を重ねてきた。

 

 クロの出現により魔力が低下したイリヤだったが、戦闘力を維持しようと日々、苦心と改良をを重ねている。

 

 ただ手をこまねいていたわけではない。イリヤはイリヤなりに、戦う術を編み出していたのだ。

 

「あんなやり方があるなんて・・・・・・・・・・・・」

 

 見ていた美遊も茫然とする中、

 

 地上に降り立ったクロを見据え、イリヤは厳しい口調で言った。

 

「どうして攻撃するの!? 攻撃してどうなるっていうの!? こんなの滅茶苦茶だよ!! 自分が何してるか分かってるの!?」

 

 言い募るイリヤ。

 

 対して、

 

「・・・・・・んない」

 

 クロは定まらぬ視線のまま答える。

 

「・・・・・・・・・・・・判んないよ・・・・・・自分(わたし)感情(きもち)がわからない」

 

 怯えたような、

 

 寂しさのような、

 

 そんな感情が見え隠れするクロの言葉。

 

 そんな不安定な少女に対し、

 

「いいわ」

 

 アイリは、響とイリヤを手で制して前に出た。

 

「おいで、『イリヤちゃん』」

 

 そう言って、腕を広げるアイリ。

 

「ママ、だめ!! 危ない!!」

「アイリ」

 

 イリヤと響が慌てて構える中、

 

 クロが双剣を構え、アイリに斬りかかっていく。

 

 殺気を滲ませて迫る少女。

 

 アイリはそんな少女に、優し気な笑みを浮かべて迎え入れる。

 

「どうしてイリヤちゃんが2人に増えているかは分からないけど、あなたが哀しんでいるのは判るわ」

 

 迫るクロ。

 

 対して、

 

「抱きしめてあげる」

 

 アイリはそっと、手のひらを差し出す。

 

「・・・・・・・・・・・・でも、その前に」

 

 母の手の平より伸びた銀の針金が、空中で複雑に絡み合う。

 

 綾取りのように紡がれた針金によって、クロの頭上に作り出されたのは、巨大な握り拳。

 

 と言うか、ゲンコツだった。

 

「「「・・・・・・・・・・・・は?」」」

 

 思わず、目を丸くする響、イリヤ、美遊。

 

 次の瞬間、

 

 ゴチィィィィィィン!!

 

 一同が呆気に取られて見守る中、ゲンコツは容赦なくクロの頭に振り下ろされた。

 

 ひとたまりもなく、地面に沈むクロ。

 

 そんな少女を、そっと抱き上げるアイリ。

 

「喧嘩はメッ!! 凶器(どうぐ)を振り回してのケンカなんて言語道断よ」

 

 母親らしく告げるアイリ。

 

 対するクロはと言えば、頭に巨大なタンコブをこさえて目を回している。

 

 流石のクロも、今の一撃は予想できなかったらしい。

 

「マ、マママ、い、いいい今の何!?」

 

 そんな母の様子に、驚愕するイリヤ。

 

 今まで普通の一般家庭にいる普通の母親だと思っていた人が、まさか魔術師(そっち)の世界の人だった。など、誰が想像できようか?

 

 対してアイリは、娘にニッコリとほほ笑んで手をかざす。

 

「そうそう、こういう時は両成敗よね」

「ヘッ!? いや、チョッ!?」

 

 言い終える前に、

 

 ガチコォォォォォォォォォォォォン

 

 イリヤの頭にも巨大なゲンコツが振り下ろされた。

 

 クロ同様、地面に沈むイリヤ。とんだ災難である。

 

 因みに、イリヤとクロは痛覚共有によってリンクしているので、イリヤのダメージはそのままクロにフィードバックする。

 

 因果応報と言うべきか、自業自得と言うべきか、クロは倍の痛みを頭に受ける事になるのだった。

 

 合掌

 

 と、

 

「あ、あの・・・・・・アイリ?」

 

 よせば良いのに、声を掛ける響。

 

 対して、振り返るアイリ。

 

「そうそう、もう1人、お仕置きが必要な子がいたわね」

 

 そう言うと三度、針金でゲンコツを作り出す。

 

 青くなる響。

 

「ちょ・・・・・・ま、待って アイリ待ってッ」

「だーめ」

 

 にこやかに言うと、

 

 ガイィィィィィィィィィィィィィィィン

 

 アイリは響にも、ゲンコツを振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、剣を振るっていれば、それで幸せだった。

 

 多くの仲間たちに囲まれ、共に生き、共に笑い、そして共に戦う事が出来れば、それだけで満ち足りた日々だった。

 

 勿論、決して楽な道ではない。

 

 薩長の横暴は日増しに強まり、状況はどんどん悪い方向へと流れていく。

 

 やがて始まる、大規模内戦。

 

 味方は敗走を続け、大切な仲間達も1人、また1人と脱落していく。

 

 それでも自分は、前線にあって剣を振るい続けた。

 

 もはや剣の時代じゃない。

 

 侍は時代遅れだ。

 

 そんな声が聞こえてきた。

 

 正直、内心では自分も分かっている。

 

 刀では銃火器に敵わない。

 

 そんな事は判り切っている。

 

 だが、それがどうした?

 

 敵わないから諦めるのか? 敵わないから負けを認めるのか?

 

 否ッ

 

 断じて否だッ

 

 たとえ敵わずとも、

 

 たとえ、戦場の露と消えようとも、

 

 剣に生き、剣に死ねればそれで本望だ。

 

 戦いはやがて、北方へと移り、徐々に味方は追い詰められていった。

 

 だが、そんな中にあって、自分は最後まで剣を振るい続けると決めていた。

 

 

 

 

 

 その日の事は憶えている。

 

 元いた場所から連れ出された自分は、両手を「父」と「母」に握られて、道を歩いていた。

 

 これからどこに行くのだろう?

 

 そんな事をぼんやりと考えていると、母が察したようににっこりと笑った。

 

「これから、あなたのおうちに行くのよ」

 

 おうち

 

 家

 

 当たり前の知識としてそれは知っているが、これからそこに行くと言う事が、イマイチ理解できなかった。

 

 やがて、

 

「さ、着いたよ」

 

 父が静かな声で、そう告げる。

 

 そこは、何の変哲もない、どこにでもありそうな一軒家だった。

 

「ここが、今日からあなたのおうちよ」

 

 母はそう言って、優しく頭をなでてくれた。

 

 手を引かれ、玄関をくぐる。

 

 すると、

 

 そこに立っていた少女が、

 

 自分に向かってニッコリとほほ笑んで来た。

 

 

 

 

 

 目を開く響。

 

 明るい光が視界に飛び込んできて、僅かに目を細める。

 

「・・・・・・・・・・・・ん?」

 

 いつの間にか、ソファーに寝かされていたことに気付く。

 

 いったい、いつの間に?

 

 確か自分はクロと林の中で戦っていて、そこでアイリが乱入してきて、

 

「痛ッ・・・・・・・・・・・・」

 

 頭のてっぺんに感じた痛みが、意識を完全に覚醒させる。

 

 そこは、アイリからゲンコツを食らったところである。どうやら、あれは夢や幻の類ではなかったようだ。

 

「響、大丈夫?」

 

 そんな響を覗き込むようにして、メイド服を着た親友の少女が話しかけてきた。

 

「美遊・・・・・・じゃあ、ここルヴィアん家?」

「うん。響が気を失っている間に運び込んでおいたの」

 

 そう言うと美遊は、響に濡れたタオルを差し出してくる。

 

 タオルを頭に当てながら起き上がる響。

 

 そこはエーデルフェルト邸の応接間だった。

 

 室内には美遊のほかにイリヤとクロ、ルビー、サファイアの姉妹。

 

 そして母、アイリの姿もあった。

 

「おはよう響。目は覚めた? 大体の事情はイリヤちゃん達と、ステッキちゃん達から聞いたわよ」

《すみません、ゲロッちゃいました》

 

 アイリの手のひらの中で弄ばれているルビーが、嘆息交じりに言った。

 

 どうやら響が眠っている間に、だいたいの事情説明は終わっていたらしかった。

 

 そんな中で1人、クロだけがムスッとしてそっぽを向いていた。

 

 家出1日目にしてあっさりと連れ戻された彼女としては、面白くないことこの上ないのだろう。

 

 まあ、こちらとしては結果オーライと言った感じなのだが。

 

「ママ、響も起きた事だし、そろそろちゃんと説明して」

 

 そんな中、イリヤはまっすぐにアイリを見据えて言った。

 

「いったい、わたしは・・・・・・ううん、わたし達は何なの? 何で、こんな事になってしまったの?」

 

 イリヤはチラッと、クロの方に目をやる。

 

 以前イリヤは、自身の力に戸惑った時、アイリに答えをはぐらかされてしまった事がある。

 

 だからこそ、今日はどうあっても答えを聞くまで気が済まなかった。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・良いわ」

 

 アイリは先程までとは打って変わって、静かな口調で言った。

 

「少し、長い話になるわよ」

 

 その言葉に、イリヤ、クロ、響、美遊は、神妙な面持ちで頷きを返した。

 

 

 

 

 

「まさか母親が来るとはね」

 

 そう言って、凛は肩を竦める。

 

 アイリたちへの対応を美遊に任せたルヴィアと凛は、ルヴィアの私室にて、突如会現れたイリヤ母について話し合っていた。

 

「随分と、強引な人だったわ」

「まあ、クロを捕まえてくれた事には感謝ですわね」

 

 言ってから、ルヴィアは気になっていたことを尋ねた。

 

「あの方、魔術師ですの?」

 

 問いかけるルヴィアに対し、

 

 凛は静かに頷きを返す。

 

「イリヤの家の事、調べたわ。おかしいとは思ったのよね。先天性の例があるとは言え、それにしたってイリヤの魔力容量は大きすぎる。魔術の名門出でもない限り考えにくい事だわ」

「では名門だったと? でもアインツベルンなんていう名前は聞いたことが・・・・・・」

 

 魔術師は割と閉鎖的かつ封建的な社会で成り立っている。強大な魔力を有する名門の家柄は、おおむね知られているものである。

 

 だがルヴィアの記憶には「アインツベルン」などと言う名門魔術の家柄は無かったはずだ。

 

「調べるのに苦労したわ」

 

 やれやれとばかりに肩を竦める凛。

 

 それによると、アインツベルンは、表向きはドイツの古い貴族だが、その実態は、どの協会にも属さず、他家とのかかわりを一切絶った単一の魔術一族。魔術体系も方式も一切不明ながら、その歴史は1000年を超えているとの事だった。

 

「イリヤスフィールは、そこの娘? なら、どうしてこんな国に?」

「さあね。何か10年位前からアインツベルンは殆ど活動していないみたいよ。噂では、何か大きな儀式を起こそうとして失敗したって話だけど。まあ、真実を知るのはあの人(イリヤママ)1人だけ。聞いたところで、教えてくれないでしょうけど」

 

 そう言うと、凛とルヴィアはそろって嘆息するのだった。

 

 

 

 

 

 アイリの説明は、子供たちにとっては驚愕するべきものだった。

 

 聖杯戦争。

 

 かつて、アインツベルンをはじめとした3つの魔術一族が主導して行われていた、大規模な魔術儀式。

 

 万能の願望機たる聖杯を顕現させるため、7人の魔術師が7人の英霊(サーヴァント)を従えて殺し合う魔術闘争。

 

 過去に3度行われた聖杯戦争では、様々な理由から、ついに聖杯が顕現する事は無かった。

 

 そして10年前。

 

 第4次聖杯戦争が行われようとしていた、その数年前、突如としてアイリと切嗣はアインツベルンから離反。その時点で聖杯戦争のシステムは崩壊したと言う。

 

 イリヤは、その聖杯戦争の器となるために生み出された、「小聖杯」と呼ばれる存在だった。

 

 その為イリヤには、ある程度の範囲で「望んだ事を叶える力」が備わっていると言う。

 

 心当たりはあった。

 

 イリヤはこれまでも何度か、やり方や過程を飛ばして「結果」のみを引き出したことがあったから。

 

「そうよ。わたしは、その為に生まれた」

 

 口を開いたのは、この中で唯一、おおよその事情が分かっていたクロだった。

 

「生まれる前から調整され続け、生後数か月で言葉を解し、あらゆる知識を埋めつけられたわ」

 

 それはまさしく魔術師が持つ「狂気」の一端を示しているともいえる。

 

 まだ生まれてさえいない子供に対し、そこまでの事をするとは。

 

 アインツベルンもまた、ある意味で魔術師らしい魔術師の家柄であったことがうかがえる。

 

「なのに、あなたはそれを封印した。機能を封じ、知識を封じ、記憶を封じた。普通の女の子として生きるなら、それでも良かった・・・・・・けど、どうしてわたしのままじゃいけなかったの?」

 

 その話で、響は大凡の事が判って来た。

 

 つまりイリヤは、

 

 と言うより、クロこそが、本来、小聖杯として生きるはずだった、ある意味「真のイリヤ」とでも言うべき存在なのだ。

 

「全てをリセットして、1からやり直し、なんて都合が良すぎる。でも誤算だったわねママ。封じられた記憶はいつしかイリヤの中で育ち、わたしになった。そして、ついに肉体を得た」

「・・・・・・・・・・・・」

「いいよ。普通の生をイリヤに歩ませるなら、それでも良い。けど、ならせめて、わたしには魔術師としての生を頂戴」

 

 クロはアイリに掴みかからん勢いで迫る。

 

「わたしをアインツベルンに帰して!!」

 

 クロの魂から発せられた叫び。

 

 自らの生を自らの足で歩む事は、すなわち少女にとって最大の願いでもある。

 

 だが、

 

 現実は少女に対して、どこまでも残酷だった。

 

「アインツベルンはもうないわ」

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 アイリが低く発した一言に、クロは絶句する。

 

 それを追い打つように、アイリははっきりと言った。

 

「アインツベルンはもう無いの。もう・・・・・・聖杯戦争は起こらないわ」

 

 10年前。

 

 切嗣とアイリがイリヤ(クロ)を封印し、出奔した時点で、魔術師としてのアインツベルンは、ほぼ消滅したと言っても過言ではない。

 

 恐らく、もう一度聖杯戦争を起こすだけの力は残されていないだろうし、仮に起こしたとしても、聖杯がアインツベルンに帰する可能性は限りなく低い。つまり、アインツベルンには何のメリットも無いのだ。

 

 愕然とするクロ。

 

 今、彼女の前あったはずの道は、全て閉ざされてしまったのだ。

 

「なに、それ・・・・・・それじゃあ・・・・・・・・・・・・」

「クロッ!!」

 

 不穏な空気を察した美遊が叫んだ瞬間、

 

「わたしの居場所はどこにあるのよ!?」

 

 叫ぶと同時に、クロを中心に衝撃波が吹き荒れた。

 

 部屋の中の調度品が次々と破壊され、響達も思わず吹き飛ばされそうになる。

 

 それが魔力の暴走だと言う事は、すぐに判った。

 

 恐らくクロの感情の乱れが、そのまま魔力を暴走させているのだ。

 

 今まで押さえつけてきた感情が、ついに暴発したのだ。

 

「全部奪われた!! 全部失った!! 何も・・・・・・何も残ってない!!」

「クロッ!!」

 

 何とか落ち着かせようと叫ぶ響。

 

 しかし、クロの暴走は収まるどころか、ますます激しさを増していく。

 

 そんな吹き荒れる魔力嵐の中、

 

 イリヤはまっすぐに、自らと同一の存在を眺めていた。

 

「何て惨めで、無意味なの!!」

 

 クロの暴走は、もはや収まりがつかないレベルになりつつあった。

 

「誰からも必要とされないなんてッ こんな事なら最初からッ」

 

 そこまで、言いかけた時だった。

 

 突如、

 

 クロは自分の中で、何か大きな物を喪失したような感覚を覚えた。

 

 同時に、部屋を破壊した魔力の暴走が、一気に収束する。

 

 いったい何が起きているのか?

 

 一同が見守る中、

 

 クロの体から、白い煙が立ち上り始めた。

 

 同時に、少女の体が、空気中に溶けるように薄くなっていくのが分かる。

 

 ちょうど、砂像が風化していく様に似ている。

 

「クロ、それ・・・・・・まさか・・・・・・」

「そうね・・・・・・たぶん、そう・・・・・・」

 

 尋ねる響に、クロは静かに答える。

 

 魔力切れ。

 

 クロは存在の維持にも魔力を使っている。つまり、ただそこにいるだけでも、僅かずつだが魔力を消費しているのだ。

 

 それを一気に消耗すればどうなるか?

 

 答えはこれ。存在を保てず、待っているのは消滅の運命だった。

 

「呆気ない・・・・・・・・・・・・」

 

 自嘲気味に呟くクロ。

 

 こんな事ならやっぱり、あそこで響に殺されていた方が意味があった気がする。

 

 だが、覚悟はしていた。

 

 自分は所詮、偽物に過ぎない。

 

 最後は、こんな物だろう、と。

 

 徐々に、弱くなる鼓動。

 

 視界は暗くなり、音も聞こえなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、

 

 クロの視界が開ける。

 

 その見ている目の前で、

 

 自分の唇に、キスする少女の姿が写り込んだ。

 

 イリヤである。

 

 その身は既に魔法少女に変身している。

 

 同時に、クロは自分の中で魔力が漲ってくるのを感じた。

 

 魔力供給だ。

 

 かつてクロ自身がやっていた事を思い出し、イリヤはとっさに実践したのである。

 

 変身したイリヤは、ルビーから無限の魔力共有を受ける事ができる為、供給しても枯渇する事は無いのだ。

 

 同じ容姿、同一の存在。

 

 まったく同じ姿をした2人が唇を重ねる姿は、たまらないくらいの背徳感を醸し出されていた。

 

 何となく、見ていられなくなって視線を逸らす響。

 

 何と言うか、見ているこっちが恥ずかしくなってくる。

 

 と、

 

 そこで、傍らの美遊と視線が合う。

 

 その美遊も、顔をほんのり赤くしているのが、ここから見ても分かった。

 

 視線が合う2人。

 

「「ッ!?」」

 

 殆ど反射的に、視線を逸らす響と美遊。

 

 何だか2人そろって、何もしていないのに、いけない事をしているような気分になっていた。

 

 ややあって、唇を話すイリヤ。

 

 その瞳は、怒ったような、泣き出しそうな、そんな顔をしている。

 

「勝手に出てきて、勝手に消えないでよ!!」

 

 床に座り込んだクロに、イリヤは叱りつけるように言う。

 

「正直ね、ママの話を聞いてもわたし、あんまりショックじゃないんだよね。おかしいでしょ? 自分が魔術の道具として生まれたなんて・・・・・・そんなこと知ったらふつう、世界観が変わっちゃうくらい大変なことなはずなのに」

 

 そんなイリヤの言葉を、アイリたちは黙って聞き入っている。

 

「でも、わたしが平静でいられるのはきっと、クロが傷ついているからだと思うんだ」

 

 その言葉に、

 

 クロは胸の内に、ほのかな温かみを感じていた。

 

 恐らく、イリヤ自身は気づいていないだろう。

 

 自分が、初めてクロを名前で呼んだ事に。

 

 その事が、クロの絡み合った心情を、柔らかくほぐしていくようだった。

 

「ごめんね・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなクロに、イリヤが涙をこぼす。

 

「貴女の苦しみは、本当ならわたしが背負うはずだった。今だけじゃなく、昔からずっと、あなたはわたしの代わりに苦しんでたんだね」

 

 イリヤの言葉に、クロもまた涙を流す。

 

 だが、

 

 現実は尚も執念深く、残酷な手を伸ばしてきた。

 

 そうしている内に、クロの体は再び崩れ始める。

 

「どうしてッ 魔力は供給したはずなのに!?」

《供給ではだめなんですッ 崩壊が止まりません!!》

 

 例えるなら、今のクロは穴の開いた器だ。いくら水を注いでも、底から抜けていってしまう。

 

 底の穴をふさがない限り、助かる術はなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・もう、良いわ」

 

 諦めたように、静かな声でクロは言った。

 

 その顔には、涙と共に優しい笑顔が浮かべられている。

 

「消える時に泣いてくれる人がいるなら、わたしの運命にも、ちょっとは意味があった。そう思う事にする」

 

 そう言って、滅びの運命を受け入れる。

 

 だが、

 

「こんな時にまで強がんないでよ!!」

 

 そんな事は許さないとばかりに、イリヤは言い募る。

 

「意味とか無意味とか、そんな理由で決めないで!! 欲しい物があるんでしょう!! だったら願ってよ!! 自分の望みを叶えてよ!!」

 

 それは、少女の心からの叫び。

 

 今まさに消えゆかんとする少女を、この世に引き戻そうとする、切なる願いに他ならなかった。

 

「・・・・・・わたしは」

 

 それに対しクロは、

 

「家族が欲しい・・・・・・友達が欲しい・・・・・・何の変哲もない普通の暮らしが欲しい・・・・・・それより何より・・・・・・・・・・・・」

 

 涙でくれる顔を上げて、

 

 少女は言い放った。

 

「消えたくない!! ただ、生きたい!!」

 

 次の瞬間、

 

 閃光が、包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。

 

 玄関の前を掃除するセラ。

 

 今日も日差しが温かく、良い一日になる予感がする。

 

 間もなく夏である。気温が高くなるようなら、何か涼しいものを用意するのもいいだろう。

 

 そんな事を考えていると、玄関のドアが開く音が聞こえた。

 

 飛び出してくる子供たちを、笑顔で見送る。

 

「いってらっしゃい。車には気を付けて。寄り道しないで帰ってきてくださいね」

「「「はーい」」」

 

 元気よく手を上げる子供たち。

 

 イリヤと響。

 

 そして、クロだった。

 

 あの後、

 

 聖杯としての力が発動したクロは、状態が安定し、存在の崩壊は停止した。

 

 イリヤの想いが、彼女を救ったのである。

 

 その後、クロは正式にクロエ・フォン・アインツベルンとして、衛宮家の一員となったのだった。

 

「クロ、宿題やった?」

「やってなーい。別に良いでしょ、あとでイリヤのやつ写すから」

「写させないよ」

「ん、じゃあ、美遊に頼む」

「それもダメッ て言うか響もやってないの!?」

 

 朝からイリヤの怒鳴り声が響き渡る。

 

 その視線の先では、手を振る美遊の姿も見えた。

 

 これから暑くなり始める夏。

 

 騒がしくも楽しい日常を前に、胸は期待で高鳴るのだった。

 

 だが、

 

 響はふと、足を止める。

 

 イリヤとクロを取り巻く事情は、分かった。

 

 そして、2人が和解し、共に暮らせるようになった事は本当にうれしい事である。

 

 しかし、

 

 どうしても一つ、判らない事があった。

 

 それは、

 

 自分はいったい、何者なのか、と言う事。

 

 アイリの話に、響の事は出てこなかった。

 

 自分が何者で、なぜ魔術を使えるのか。

 

 響の中で、疑問が大きく膨らもうとしたいた。

 

 と、

 

「響、どうしたの!?」

「何してんのッ 置いてくわよ!!」

 

 呼ばれて振り返ると、視線の先でイリヤとクロが手を振っているのが見える。

 

 その姿を見て、

 

 響は遅れないように、足を速めるのだった。

 

 

 

 

 

第13話「アインツベルン」      終わり

 

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