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駆け抜ける両陣営。
五つの影が鋭く交錯する。
これが、最後の激突である。
イリヤ、クロ、響の姉弟たちは、既に疲労とダメージでボロボロの状態。これ以上の戦闘継続は、命にもかかわる。
一方、バゼットと優離は、未だに余裕を残している。経験の差と言うべきか、多少の消耗はあるものの、圧倒的有利は動かなかった。
基本的な戦闘構図は、響達の側が攻め手に回る形になっている。
守ったら負ける。
それは、響、イリヤ、クロ、3人が共通する認識だった。
低い姿勢で両手の双剣を構え、斬りかかるクロ。
その前に立ちはだかったのは、最強の英霊。
優離は接近してくるクロに対し、槍を構えて迎え撃つ。
「あら、選手交代ってわけ?」
「不満か?」
両者、軽口を交えながら、互いに刃を繰り出す。
黒白の双剣が風を巻き、神速の槍が唸る。
「退屈させないでよ!!」
言い放ちながら優離の槍を回避するクロ。
同時に体を独楽のように回転させながら、勢いを付けて干将・莫邪を横なぎに振るう。
鋭い二連撃。
だが、
ガキッ
ありえない音に、思わずクロも苦笑する。
クロが繰り出した剣は、優離の右腕によって受け止められていた。
ここまでの響の苦戦ぶりから考えて予想していた事だが、どうやら本当に、並の攻撃では通じないらしい。
「伝説の通りって訳ね・・・・・・・・・・・・」
伝説によれば、女神である母テティスがステュクスの川に浸したため、アキレウスは不死身の体を手に入れたと言う。
どうやら、英霊となっても、その伝説は健在であるらしい。
この対人宝具を無効化しない限り、優離にダメージを与える事は難しいと言わざるを得ない。
「伝説通りなら、弱点もそのままなんでしょうけどね・・・・・・」
「試してみるか?」
呟くクロに、挑発的に返す優離。
やれるものならやってみろ、という自信が見て取れる。
クロも分かっている。ギリシャ最速の英霊を相手に、ほんの僅か一点の弱点を突くことは不可能に近い事を。
「ま、やるだけやってみるわ」
そう言うと、再び干将・莫邪を構え、優離に斬りかかって行った。
一方、響とイリヤもまた、バゼットとの交戦状態に入っていた。
刀を構え、駆け抜ける響。
イリヤはその後方から魔力弾を放ち援護する。
前衛が響、後衛がイリヤ。
イリヤの攻撃でバゼットの気を逸らし、響がトドメを刺すと言う作戦である。
一見すると手堅い作戦のように見える。
しかし、2人にはもはや、それしか手が無いのが現状だった。
「響ッ」
「ん!!」
イリヤの魔力砲に対し、バゼットが防御の姿勢を取った。
そこへ、響が刀を構えて斬りかかる。
真っ向から振り下ろされる刀。
その一撃を、バゼットは拳を振るって打ち払う。
「やはり、ダメージは隠しきれないようですね」
体勢を崩す響。
言いながら、バゼットは響に向けて拳を振り上げる。
「動きも、攻撃の重さも、先程に比べて精彩を欠いています」
「だから・・・・・・何?」
苦し気に息を吐きながらも、響はバゼットの放つ拳撃を辛うじて切り払う。
もはや戦う力はほとんど残っていない。
そんな事は、響自身がよくわかっている。
しかしそれでも、
「やる事は、変わらない!!」
渾身の力で斬りかかる響。
その攻撃を受け止めるバゼット。
イリヤを、
クロを、
美遊を、
全ての力を持って、皆を守る。
響の念頭には、それしか無かった。
その時、
「ヒビキ、下がって!!」
声に応じて交代する響。
そこへ、
「
放たれる魔力斬撃。
必殺のタイミングで放たれた斬撃は、
しかしバゼットがとっさに後退して回避したため、女魔術師を捉えるには至らなかった。
「やっぱり駄目か・・・・・・」
「ん・・・・・・・・・・・・」
滲む汗をぬぐい、荒い呼吸を繰り返すイリヤと響の姉弟。
2人とも、もう分っている。
純粋な実力では、2人掛かりでもバゼットには勝てない。
だが、
勝機はある。
イリヤはそう確信していた。
それは、美遊がバゼットと戦っている時、チラッと見た光景。
バゼットの首筋に着いていた物。あれは確かに血だった。
バゼットの血ではない。彼女は首筋に傷は負っていないはず。
返り血、という線も薄い。その証拠に、バゼットの髪には一切、血が付いていなかった。
ならば?
希望的観測に過ぎないかもしれない。
だが、たとえ一縷であったとしても、賭けるだけの価値がある「勝機」だった。
「ヒビキ」
「ん・・・・・・イリヤの思うとおりにやって良い。合わせる」
声を掛ける姉に、頷きを返す響。
多くは語らずとも、その想いは伝わってくる。
刀を構える響。
イリヤの為ならば、いくらでも力を貸す。
それは響にとって、ある種の誓いと言っても良い、堅固な思いだった。
次の瞬間、
響は動いた。
バゼットを中心に、イリヤと挟撃する構えを見せる。
対して、
「最後の悪あがきですか。ならばッ」
言い放つとバゼットは、渾身の力で両腕を足元の地面に叩きつける。
轟音と共に割れる大地。
つくづく、彼女が規格外である事がうかがえる。
その一撃で、動きを止める響とイリヤ。
だが、もう1人。
そこに生じた、最後の反撃のチャンスを、見逃さなかった者がいる。
クロだ。
「悪いけど、あんたの相手をしてる場合じゃないのよ!!」
言い放つと、繰り出された槍を双剣で強引に弾き、無理やりブレイクポイントを作り出す。
優離が僅かに後退した隙を突き、一気に離脱するクロ。
同時にその両手に出現する、三対六本の干将・莫邪。
それらを、一気に投擲する。
回転しながら飛翔する、6本の剣。
同時に、響とイリヤも仕掛ける。
「ん、これでッ!!」
「
刀を構えて斬り込む響。同時にイリヤも、魔力砲弾を放つ。
対して、
バゼットは冷静に状況を見極めていた。
恐らく、これが最後の攻撃だと言う事は判っている。
「悪あがきも、ここまでです!!」
言い放つと同時に、
強烈な拳の連撃が、縦横に奔る。
粉砕される、干将・莫邪。
同時に、斬りかかろうとしていたクロも、殴り飛ばされる。
更に、バゼットは斬りかかって来た響の腕を真っ向から掴み取り、そのまま背負い投げの要領で地面に叩きつける。
瞬く間に、響とクロの2人を無力化したバゼット。
最後に、飛んでくる魔力弾に向けて、足を振りぬく。
俊足の蹴りがさく裂し、魔力弾は一瞬にして消滅する。
最後の賭けとして行った、3人同時攻撃。
しかしそれでも尚、バゼットを倒すには至らなかった。
「・・・・・・・・・・・・終わりです」
低く呟くバゼット。
次の瞬間、
「まだだよ」
凛とした叫びが響く。
ハッとして、振り返るバゼット。
果たしてそこには、
身を低くして、ステッキを振り上げる
まさに、勝利の確信が生んだ一瞬の隙。
イリヤは己の放った魔力弾と並走して、バゼットに接近していたのだ。
振るうステッキ。
狙うは一点。
バゼットの左ポケット。
そこに収められた一枚のカードこそが、イリヤにとっては唯一にして最大の勝機。
響が、
クロが、
姉弟たちが命がけで作ってくれた勝機。
逃す事は出来なかった。
次の瞬間、
「
詠唱。
それと同時に、バゼットも動く。
イリヤの行動は、彼女にとっても完全に予想外だった。
何を
しかし、発動前に潰してしまえば同じことだった。
振り下ろされる拳が、イリヤの頭部を捉える。
地面に沈むイリヤ。
やはり、駄目だったか?
そう思った次の瞬間、
「い・・・・・・・・・・・・」
突如、イリヤの姿が崩れる。
バゼットが驚く中、少女の姿がはじけ飛ぶ。
その中から出てきたのは、
《ッたいですねぇッ もう!!》
ルビーだった。
囮である。
イリヤが
それは「
ハサン・サッバーハ。
イスラム教の伝承にある暗殺教団の教祖の名。
通称「山の翁」と呼ばれ、暗殺者の語源とも言われる存在である。
ハサンの名はそれぞれ、特殊な力を体得した達人たちに贈られる称号でもあり、召喚される存在によって、使える技も異なる。
イリヤが召喚したのは、「百貌のハサン」と呼ばれ、その能力は、自身の分身を生み出す事にある。
まさに、カード回収時に戦った
そしてイリヤ本人は、
バゼットの背後に回り込んでいた。
その姿は、ルビーを手放したことで変身が解除され、元の姿に戻っている。
しかし、
今度こそ、
今度こそ、
策に策を重ね、
技に技を積み、
力に力を塗り固め、
意地に意地を掛け合わせ、
ついに、
イリヤはバゼットに対し、絶対的な優位を確立したのだ。
手を伸ばすイリヤ。
狙うのは、バゼットの首筋。
あと少し、
あと少しで手が届く。
それで、戦いを終わらせることができるはず。
だと言うのに、
体が、それ以上動かない。
変身を解除した事で、今までのダメージが一気に襲い掛かって来たのだ。
バゼットが体勢を立て直す。
勝機が離れていく。
せっかくここまで来たのに。
みんなが必死になって、この状態を作り上げてくれたのに。
あと一歩が、どうしても届かない。
駄目か?
そう思った。
次の瞬間、
突如、地面を突き抜ける形で、黒い閃光が駆け抜けた。
とっさに、のけぞるように回避するバゼット。
この時、
地下にいたルヴィアが地上の戦況を察し、ガンドによる援護射撃を放っていたのだ。
この屋敷はルヴィアの城である。たとえ地下にいようと、地上の状況を知る事は不可能ではない。
ガンドとは北欧神話にある呪いの一種で、指差した人間を病に掛けると言われている。
とは言え、ルヴィアや凛が使うガンドは物理的破壊力を持つレベルに達している。バゼットがとっさに回避行動を取ったのも無理からぬことである。
そして、
のけぞったバゼットの首筋に、伸ばしたイリヤの手のひらが届く。
触れた瞬間、
既に刻み込まれていた魔術が発動する条件がそろった。
展開される魔法陣。
迸る閃光。
「クッ!?」
首筋から、己の肉体に何らかの魔力が流れ込んだのを察し、うめき声を発するバゼット。
殆ど本能的に、イリヤから距離を取る。
対して、
イリヤは最早、何もできない。
全ての力を出し尽くし、ただその場に座り込むのみだった。
「・・・・・・何をしたのです?」
「・・・・・・・・・・・・」
尋ねるバゼットに対し、イリヤは無言で返す。
もはや、答える気力も残っていないのだ。
「答えないのなら、強引に聞き出すまで!!」
そう言って、イリヤに殴りかかろうとするバゼット。
対して、イリヤは最早何もできない。
力を使い果たし、その場から動く事すらできなのだ。
迫るバゼット。
死神の拳が、容赦なく振るわれる。
次の瞬間、
割って入った影が、イリヤを守るようにして立ちはだかり、バゼットの拳を受け止めた。
「イリヤは・・・・・・やらせない」
美遊だ。
先にバゼットの攻撃によって気を失っていた美遊が、土壇場で意識を取り戻したのだ。
更に、
バゼットの援護に駆け付けようとした優離に、浅葱色の影が斬りかかる。
「やらせない」
切っ先を向けながら響は、低い声で優離に言い放つ。
既に限界を超えて力を振り絞っている状態である。
その時だった。
「チェックメイトよ、バゼット!!」
その声に、
一同は振り返る。
「凛さんッ」
「凛・・・・・・」
「り、リンさんッ!!」
「リン!!」
子供たちが、一斉に声を上げる。
そこには、急いで救援に駆け付けたらしい凛の姿があった。
「随分と、予想を超えた光景ね。まあ、何とか間に合ったようで何よりだわ」
周囲の状況や、バゼット、更には優離の姿を見て、嘆息する凛。
4体2だったとは言え、ほんとうによく持ちこたえてくれた物である。それどころか、凛が残したほんのわずかな布石に気付き、発動までさせるとは思いもよらなかった。
まったくもって、予想外の善戦を見せてくれた。
対して、バゼットは己の首筋を押さえる。
今の自分の状況に、違和感を覚えずにはいられなかった。
「・・・・・・首筋に何らかの魔術の発動を感知。それ以降、腹部の鈍痛が止まない・・・・・・いったい、何をしたのです」
問いかけるバゼットに対し、凛はニヤリと笑って見せる。
「『死痛の隷属』。
それは以前、クロ相手に使った痛覚共有の呪いである。
凛は初戦でバゼットと対峙した際に、通常攻撃に混ぜて、この呪いを放っていたのだ。
触媒には、以前採取したイリヤの血液を使用している。
まさに、逆転の為の、最後の切り札だった。
「・・・・・・痛みと、死の共有と言いましたか?」
「そうよ。つまり、あなたはもう、
バゼットの最大の切り札である
相手の切り札をキャンセルしたうえで、自身の攻撃を当てる因果逆転の魔剣。
しかし今、もし
故に、
と、行けばいいのだが。
実のところ、これらは全部、凛のハッタリだったりする。
呪いは本物だが、死は相手に伝わらないし、痛みの伝達にも上限がある。
だが、ハッタリでもなんでも、子供たちが奮戦の末に作ってくれた勝機である。このままブラフで押し通すしかなかった。
「・・・・・・・・・・・・50点ですね」
「なッ!?」
バゼットの言葉に、凛は思わず絶句する。
「なるほど、これでフラガは封じられたかもしれませんが、所詮はそれだけの事。死なない程度に殴れば良いし、その気になれば自分の痛覚はいくらでも無視できます」
「ああ、そう」
呆れ気味に答える凛。
ある意味、予想通りの答えだった。
だからこそ、
切り札はもう一枚、用意していた。
「なら、加点をお願いするわ!!」
言い放つと同時に、見せつける羊皮紙。
そこには何か、いびつな形をした模様が描かれている。
まるで無数の頭を持つ蛇がうねる様に似たその模様が何を意味するのか、一目見て理解できた人間は皆無だった。
「・・・・・・それは?」
「この街の地脈図。以前、地脈の正常化を行ってね。その経過観察の為に撮ったレントゲン写真みたいなものよ」
それはここに来る前に、凛が行った調査結果だった。
凛はこれを最後の切り札としたのである。
ここには、バゼットならば決して無視できないであろう物が写されているのだ。
「問題は左下の方。地脈の収縮点に、何か正方形の形をしたものがあるでしょ」
「確かに・・・・・・・・・・・・」
ちょうど地脈が細くなるポイントがある。そこには凛が言った通り、四角い白い物体が描かれていた。
ちょうど、レントゲン写真に異物が映り込むようなイメージであろうか。
「正確には正方形ではなくて立方体。虚数域から魔力吸収を行っている」
「まさか・・・・・・・・・・・・」
凛の言わんとしている事を察し、唸るバゼット。
対して、凛は会心の笑みを浮かべる。
食いついた。そう確信したのだ。
「そう・・・・・・8枚目のカードよ」
まさか、
そんな、
誰もが驚愕する。
鏡面界の反応は、事前調査で7つだったはず。
それ故にカードも7枚だと思い込んでいた。
「8枚目?」
「地脈の本幹のど真ん中。協会も探知できなかったんでしょうね。カードの正確な場所を知っているのはわたしだけ。地脈を探る事あできるのは、冬木の管理者たる遠坂の者だけよ」
つまり、凛を傷つければ、8枚の目のカードを探す事は出来ない。勿論、彼女の仲間たちについても同様だ。
バゼットの任務が「カードの回収」である以上、8枚目のカードを無視する事は出来ない。
「・・・・・・・・・・・・良いでしょう」
ややあって、バゼットは頷いた。
頷くしか、彼女にはなかった。
その様子に、ホッと息をつく凛。
綱渡りのような交渉だったが、どうにか「和睦」に持ち込むことに成功したようだ。
とは言え、
こちらの前線要員は、全員がボロボロ。万が一、バゼットが戦闘継続を決断していたら、今度こそ一巻の終わりだった。
事を「戦闘」のみで判断したら、紛れもない惨敗。交渉で、辛うじて五分に戻した感じだった。
「で、そっちのあんたはどうするの?」
そう言って凛が視線を向けた先には、未だに英霊の姿をした優離がいた。
どうやら成り行きを見守っていたらしいが、バゼットとの交渉が完了した以上、今度はこっちの番だった。
言うまでも無い事だが、バゼットに使ったハッタリは優離には通用しない。
もし優離が向かってくるなら、もう一戦有り得るわけだ。
身構える一同。
そんな彼らを前にして、
「そうだな・・・・・・・・・・・・」
低い声で呟く優離。
一同が視線を集中させる。
そして、
「どうやら、それを決めるのは、俺じゃないようだ」
呟いた瞬間、
「よくやってくれた、優離」
何の前触れもなく、
それは出現した。
漆黒の外套に身を包んだ、幽鬼の如き男。
ゼストである。
その姿は、
突如として現れた。
美遊の、すぐ後ろに。
「なッ!?」
驚く間もなく、背後から羽交い絞めにされる美遊。
その段になって、ようやく一同も事態に気付いた。
「美遊ッ!!」
響は助けに入るべく、軋む体を引きずるように、ゼストへと斬りかかる。
だが、
「悪いな。これも仕事だ」
低く囁かれる言葉。
次の瞬間、響は地面へと叩きつけられた。
「グッ!?」
顔を上げる響。
そこには、槍の石突を繰り出した優離の姿があった。
倒れる響。
既に消耗しつくした体は、立ち上がる事すらできなかった。
「響ッ!!」
手を伸ばす美遊。
響もまた、必死になって手を伸ばす。
「み・・・・・・美遊・・・・・・」
だが、
その手が、少女に触れる事は無い。
次の瞬間、
優離と、そして美遊を抱えたゼストは、空間に飲み込まれるようにして消えていく。
それと同時に、響の意識は急速に暗転していく。
魔力切れ。
長引いた戦闘による消耗とダメージにより、響は意識を保つこともできなくなる。
やがて響の意識は完全に闇へと消えていくのだった。
第19話「決着」 終わり