1
並走するように、大空洞をさらに奥へと走る優離とルリア。
正直、油断していた感はぬぐえない。
美遊を奪還するために、単身で乗り込んで来たヒビキ。
しかし、相手は英霊を
しかし、
ヒビキはその不利な状況を、宝具を使用する事で切り抜けて見せた。
出し抜かれた側としては、面白くないのも当然だろう。
「逃がさない。絶対に」
苛立ちと共に、呟きを漏らすルリア。
その獣の如き瞳は、闇に隠れた獲物を捕らえようと光を放つ。
と、
「焦るな」
すぐ横を走る優離が、咎めるように警告を発してきた。
「焦れば却って、足元を掬われかねないぞ」
「・・・・・・言われなくても分かっている」
対して、顔をしかめながら答えるルリア。
元々、ルリアの中では優離は、鬱陶しい存在でしかない。
常に不愛想。それでいて、言っている事は上から目線でいちいちうるさい。それでいてゼストは彼を信頼しているようなので始末に負えなかった。
たかが傭兵のくせに。
ルリアとしては、そんな風に思ってしまうのだ。
そこに来て説教じみた事を言われるのは、煩わしいことこの上なかった。
とは言え、無駄話もそこまでだった。
「ッ」
「あッ!?」
駆ける足を止める、優離とルリア。
その視線の先には、待ち受けるようにして並んで立つ、響と美遊の姿があった。
眦を上げて対峙する、少年と少女。
「諦めて投降してきた・・・・・・わけではなさそうだな、どうやら」
呟くように告げる優離。
響達が発する戦気は、彼らが既に戦う決意を固めている事を示していた。
元より、これまでの戦いを鑑みれば、響も美遊も、戦わずして降伏する事は考えられなかった。
そうこなくては。
状況とは裏腹に、優離は心に沸き立つものを感じていた。
傭兵である優離としてはやはり、「狩り」よりも「戦い」こそが望みである。
無抵抗の者を狩るよりも、対等な立場で真っ向からぶつかる事こそが望みだった。
一方、
響と美遊も、互いに顔を合わせて頷きあう。
美遊のおかげで、響の魔力は全快まで回復している。
そして美遊も、サファイアから魔力供給を受け、万全の状態を維持できている。
お互い、戦闘に支障は無かった。
「美遊、行こ」
「うん」
互いに交わす視線。
響はゆっくりと右手を胸の前にかざす。
その内にある魔術回路には、既に戦いに必要な魔力が充填されていた。
「
叫ぶ響。
同時に展開された魔法陣。
生み出された衝撃波が、少年の姿を包み込む。
その中で、響は英霊をその身へと宿していく。
漆黒の衣装に短パン姿。髪が伸び、後頭部で結ばれる。
口元に巻かれるマフラー。
同時に、その上から浅葱色に白い段だら模様の羽織が纏われる。
通常の姿では優離に勝てない。響は今回、初手から宝具を使用して、全力で挑むつもりだった。
「サファイア、わたし達も」
《はい、美遊様。鏡界回廊最大展開!!》
響の変身を受けて、美遊もまた動いた。
閃光が、少女の姿を包み込む。
同時にその姿は、魔法少女のそれへと変じていく。
青いレオタード風の衣装に、白いマントがは負われ、髪は左右でリボンによって結ばれる。
可憐な
「響、援護は任せて」
「ん」
相棒の頼もしい言葉に、頷きを返す響。
対抗するように、優離とルリアもそれぞれ、槍と弓を構えた。
次の瞬間、
両者は同時に地を蹴った。
2
疾走。
互いの距離が一瞬にしてゼロになる。
至近まで迫る互いの視線。
ほぼ寸暇の間すら無く、刃が繰り出される。
先制したのは、
優離だ。
間合いの長い槍を武器にしている事もあり、いち早く自身の攻撃態勢を確保。響に向かって襲い掛かる。
繰り出される銀の穂先。
対して、
響はその軌跡を見極め、同時に跳躍する。
頭上高く跳び上がった響。
見上げる優離と、視線が交錯する。
降下。
同時に、腰の刀を鞘奔らせる。
闇を斬り裂く銀の閃光。
振るわれる刃が、優離へと迫る。
対抗するように、槍を引き戻す優離。
その鋭い突きが、降下する響を迎え撃つ。
互いの刃が交錯する。
逆さに振る流星の如く、優離の放つ槍が空中の響へと殺到する。
その穂先が少年の体を捉える。
かと思った瞬間、
いまだに空中にあったはずの響の姿は突如、優離の視界から消え去った。
「ぬッ!?」
驚く優離。
次の瞬間、
気配は彼の背後に浮かぶ。
殆ど本能的に槍を振るう優離。
互いの刃がぶつかり合い、闇夜に火花が浮かび上がる。
「チッ!?」
舌打ちする響。
空中にあった響は、魔力で足場を作り、同時に最加速で一気に優離の背後へと回り込んでいたのだ。
響の剣閃を振り払った優離は、そのまま槍を返して薙ぎ払いに入る。
対して、
臆することなく前に出る響。
浅葱色の羽織を靡かせ、繰り出された槍の穂先を回避する響。
刃の切っ先が、優離の心臓を目指して突き込まれる。
その素早い動きに、優離の対応が遅れる。
懐へと飛び込む響。
タイミングは完璧。
かわしようがない間合い。
響は全ての力を持って刃を繰り出す。
次の瞬間、
ガキンッ
「・・・・・・・・・・・・ッ」
しびれる手首に、舌打ちを漏らす。
響の繰り出した刀は、優離の胸に当たって弾かれる。
やはりと言うべきか、半ば予想した事だった。
響きの繰り出した刀は、切っ先1ミリたりとも食い込むことなく、完全に防ぎ留められていた。
「無駄だ」
低く囁かれる言葉。
動きを止めた響へ、容赦ない薙ぎ払いが襲い掛かる。
その強烈な一撃が響を捉えようとした。
次の瞬間、
少年の姿が優離の目の前から消え失せる。
同時に、僅かに後退した位置に出現、刀を構えなおした。
残像すら霞む速度を見せる響。
しかし、それだけでは勝てないのも事実である。
「相変わらず、良く動く」
「そっちこそ、硬すぎ」
互いに舌打ち交じりのコメントを交わす。
状況は前回、前々回の時と同じ。
互いに決定打を欠いた状態でのぶつかり合いとなっている。
「・・・・・・・・・・・・」
響は息を整えながら、優離を睨む。
ここを切り抜けられなければ、どっちみち勝機は無い。
ならば、賭けに出るしかなかった。
刀の切っ先を向ける響。同時に弓を引くように構える。
そんな響に対し、優離もまた、迎え撃つように槍を構えなおす。
「来るか?」
優離が呟いた瞬間、
響は動いた。
一方、
互いに遠距離攻撃を得意とする2人。
その戦闘は響VS優離のように間合いの削り合いではなく、互いに有利なポジションでの撃ち合いとなる。
「
魔力砲を放つ美遊。
手にしたサファイアから、強力な魔力の奔流が迸る。
しかし、
「無駄よ!!」
短い叫びと共に、魔力砲を回避するルリア。
その姿は鍾乳石を飛び越えるように、高速で移動していく。
流石は俊足を誇る女狩人アタランテ。
並の攻撃では、彼女を捉える事は難しいだろう。
飛んでくる矢をかわしながら、美遊も牽制の為に魔力砲を撃ち返す。
互いの攻撃が交錯し、周囲の壁や鍾乳石が、流れ弾を受けて吹き飛ぶのが見えた。
互いの攻撃は、相手を捉える事は無い。
《相性が同じでは、後は出力の問題にあります。美遊様》
「判ってる」
警告を発してくるサファイアに、頷きを返す美遊。
同じ遠距離攻撃を武器とする美遊とルリア。
こうなると、英霊を身に宿しているルリアの方が有利となるのは必定だった。
「大丈夫、手はある」
駆けながら美遊は、戦闘開始前の響との会話を思い出していた。
「ん」
「え、これって・・・・・・・・・・・・」
響が差し出した物を受け取りながら、美遊はきょとんした顔を向ける。
対して、真剣な眼差しで美遊を見つめていた。
「あいつら強い。これが必要になる」
「・・・・・・・・・・・・」
頷く美遊。
響が言いたい事は判る。相手は手加減して勝てる相手ではない事は確かである。
「判った。ありがたく使わせてもらう」
「ん」
頷いてから、響は付け加える。
「いざとなったら、もう一つの宝具を使う」
「宝具? あの羽織以外に?」
響に宿る英霊は新撰組由来の人物であり、その象徴とも言える「誓いの羽織」が宝具となっている。
だが、
「ん、もう一つ、ある」
そう言って、響は自信ありげに頷いて見せた。
響が言っていた物が、いったいいかなる宝具なのかは美遊には判らない。
しかし、響が自信を持っているくらいだから、この状況を逆転できるだけの期待も持てる。
ならば美遊は、彼を信じて戦うまでだった。
自身に向かって飛んでくる矢。
対して、美遊はサファイアを掲げる。
「サファイア、物理保護!!」
《かしこまりました》
美遊の指示に従い、障壁を展開するサファイア。
飛んできた矢は、魔力の壁によって阻まれる。
一瞬、攻撃が止む。
その隙を突くように動く美遊。
障壁の陰から飛び出しつつ、サファイアに魔力を充填する。
「
放たれる魔力砲。
威力を落として手数で勝負を仕掛ける美遊。
降り注ぐ魔力弾。
対して、
「この程度でッ!!」
ルリアは鍾乳石の間を駆け抜けながら、放たれる魔力の嵐を回避してく。
闇夜に俊敏な獣の如く駆ける少女。
同時に、手にした弓を美遊に向けて引き絞る。
「今度こそッ!!」
放たれる矢。
対して、美遊は今度も防ごうとするが、
《いけません、美遊様!!》
「ッ!?」
サファイアが警告した瞬間、
着弾した矢に込められた魔力が、美遊の眼前で炸裂。少女を容赦なく吹き飛ばした。
「よしッ」
襤褸屑のように吹き飛ばされる美遊を見て、会心の笑みを浮かべるルリア。
これで勝った。
そう思った。
次の瞬間、
漆黒の影が疾風のごとく迫り、銀の刃を繰り出してきた。
「なッ!?」
殆ど本能的に後退するルリア。
その視線の先に、
漆黒の衣装を身に纏った少女の姿があった。
「クラスカード『
低い声で告げる美遊。
その姿は露出度の高い、漆黒のレオタードに、手には肘まで覆うタイプの手袋をはめ、側頭部を覆うように髑髏を模した仮面を装着している。
同時に宝具「
その美遊の姿に、ルリアは舌打ちをする。
「衛宮響と言いあなたと言い、ずいぶんと無駄な足掻きをするわね」
「何とでも・・・・・・わたしはただ、友達の為にできる事を全力でやるだけ」
両手のナイフを構えながら、美遊は淡々とした調子で告げる。
ヒビキは、圧倒的に不利な状況の中、それでも自分を助けに来てくれた。
ならば今度は、自分が響を助ける番だった。
意を決し、美遊は再び地を蹴ると、ルリアに対して疾風のように襲い掛かった。
3
お互いの視線がぶつかり合い、空中に火花が散る。
疾走する響。
その幼くも鋭い相貌が、最強の英霊を睨み据える。
迎え撃つように、槍を突き込む優離の姿が見える。
しかし、
「遅い」
低い呟きと共に、更に加速する響。
その小さな体は、既に霞んで見える。
目を見開く優離。
以前、響と対峙した時よりも、さらに速度が増しているのが分かる。
一歩。
響の姿は音速を超える。
いかにギリシャ最速の英霊とは言え、追随できるものではない。
更に一歩、
凶暴な狼が、牙をむく。
「餓狼一閃・・・・・・受けろ」
低い呟きと共に、
響は手にした刀を繰り出す。
対抗するように槍を繰り出す優離。
しかし、
響きの方が僅かに速い。
切っ先が優離の胸の中央を、真っ向から捉える。
手応えは、あった。
一瞬の確信。
視界の中では、目を見開く優離の姿。
次の瞬間、
優離は大きく吹き飛ばされ、背後の壁に激突した。
轟音。
大空洞を揺るがすほどの衝撃。
同時に、響は地面に足を付き、自身の体に急ブレーキを掛ける。
視界の先には立ち込める煙。
餓狼一閃。
かつて、
3歩踏み込むごとに加速した威力を、そのまま剣閃に集約し、文字通り敵を食いちぎる餓えた狼の牙。
並の相手なら即死確定の攻撃だった。
しかも響は、初めて「誓いの羽織」を装備した様態で、この魔剣を使っている。
威力はかつての比ではなかった。
しかし、
「・・・・・・・・・・・・やるな」
晴れつつある煙の中から聞こえる声。
響が身構える中、煙の中から優離が姿を現した。
流石に無傷ではない。
甲冑はひび割れ、胸からは鮮血が噴出している。
しかし、
いまだに優離は自ら立ち、槍を手にしている。
「さあ。続きと行くか」
「・・・・・・・・・・・・」
槍を構えなおす優離。
対して、響も無言のまま刀を構える。
餓狼一閃は自身の身に宿る英霊が持つ攻撃の中でも、破格と言って良い攻撃力を誇っている。
正直、今ので仕留めきれないとは思わなかった。
「・・・・・・・・・・・・」
今のままでは、なお届かない。
そう、判断せざるを得ない。
その時
ザッと土を踏む音と共に、響のすぐ脇に気配が躍った。
振り返れば、
「響」
「ん、無事で何より」
互いに視線を交わす、響と美遊。
とは言え、2人とも状況は万全とはいいがたい。
魔力を補充して動けるようになったとはいえ、昼間のダメージはいまだに残っている。それがじわりじわりと効き始めていた。
その時、
「そろそろ、諦めたらどうかね?」
不意に聞こえてくる、陰々とした声。
振り返る視線の先には、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる、ゼストの姿があった。
「・・・・・・・・・・・・」
歯を噛み鳴らす響。
優離とルリアだけでも持て余していると言うのに、そこにゼストまで加わったら、勝ち目など皆無に等しかった。
ゼストの方でもそれが判っているからこそ、余裕の表情で降伏勧告を告げる。
「これ以上の抵抗は無意味かつ無駄でしかない。頭のいい君たちには判っているはずだ」
淡々と告げるゼスト。
対して、響は美遊を守るようにして刀を構える。
それに合わせるように、ゼストの両脇に立った優離とルリアも、それぞれの得物を向けてくる。
「降伏したまえ。そうすれば、2人とも悪いようにはしないよ」
甘い囁きが鼓膜に染み込んでくるのが分かる。
ここで諦める。
それも選択肢の一つかもしれない。
響の脳裏に、チラッとそんな考えが浮かぶ。
そうすれば、最悪でも美遊の命だけは取られずに済むかもしれない。あるいは、その方が美遊の為かもしれない。
そう考えた。
その時、
「響・・・・・・・・・・・・」
囁くように告げらえる美遊の声。
振り返る響の目に飛び込んで来たのは、不安と恐怖に顔を曇らせる少女の姿。
今ここで降伏すれば、美遊の命は助かるかもしれない。
しかしそうすれば、もっと大事な物を失ってしまう。
響は本能的に、それを感じ取っていた。
故に、
「やだ」
ゼストを真っすぐに見据え、短く、しかし断固たる口調で言い放った。
降伏はしない。美遊と2人で、最後まで戦い抜く。
その意思を露わにした。
「響・・・・・・」
歓喜に顔をほころばせる美遊。
彼女にとって親友であり、今や相棒とも言うべき少年は、決して彼女を裏切る事は無い。
それが判り、少女は嬉しくて仕方が無かった。
対して、
「・・・・・・・・・・・・これだからガキは嫌いだよ。物事の道理も考えず、感情だけで動くんだから始末に負えない」
告げられるゼストの声は、それまで以上におどろおどろしく、どこか粘着質のある泥のような印象さえ受けた。
その血走った眼が、響と美遊を舐めまわすように睨みつける。
「良いだろう。ならば、もはや手加減する気は無い。2人そろって四肢を捥ぎ、地面に這いつくばらせたうえで、その身をもらい受けるまでだ」
おぞましい言葉と共に、手を掲げるゼスト。
対して、響は身構える。
残された手段は、ただ一つ。
そう思った。
その時だった。
《合図を送る。タイミングを間違えないように》
「「・・・・・・え」」
囁くように告げられた突然の言葉に、響と美遊はほぼ同時に顔を見合わせた。
次の瞬間だった。
鳴り響く轟音。
爆炎が闇を斬り裂き、衝撃が大空洞全体を駆け抜ける。
「なッ!?」
思わず、顔を覆う響と美遊。
突然の出来事に、思考が追い付かない。
いったい何が起こっているのか?
優離達が何か仕掛けてきたのか、とも思ったが、どうやらそれも違う。
この状況で敵は何もしかけてこない。と言う事は、これは彼らにとっても想定外の事態なのだ。
「な、何が?」
そう呟いた時だった。
突如、手首を誰かに掴まれ、強引に引っ張られた。
「あッ」
すぐ側で、美遊が声を上げる。
同時に少女もまた、誰かに引っ張られるようにして駆けだしていた。
「時間が無い。今のうちに逃げるんだ」
低く囁かれる声。
どこか懐かしさすら感じるその声に、響は心にしみわたるのを感じた
そのまま導かれるようにして走る、響と美遊。
不思議な事に、殆ど来た事が無い大空洞の中を、響と美遊は全くと言って良いほど迷う事無く、出口へと向かって駆けていく。
やがて、視界が大きく開け、同時に涼しい風が2人の頬をなでていく。
見上げる先には、夜空を照らす大きな月が浮かぶ。
「外?」
「みたい」
呟くように会話を交わす、響と美遊。
脱出できた。
あの絶望的な状況から。
その実感が、未だにわかなかった。
その時、
ザッと土を踏む音が聞こえ、2人はとっさに振り返る。
警戒も露わに、闇に目を凝らす2人。
やがて、
月光に照らされて、その人物の顔が見える。
「・・・・・・・・・・・・あ」
驚いて声を上げる響。
対して、その人物は、自分の息子に対し、優し気に微笑みかけた。
「やあ響、久しぶり。少し大きくなったね」
月下に照らし出された相手。
ぼさぼさの頭に無精ひげ。
くたびれたロングコートを羽織った男。
対して、響は茫然とした声で呟く。
「・・・・・・・・・・・・
本物のヒーローが、そこに立っていた。
第22話「ヒーロー」 終わり