1
新撰組三番隊組長 斎藤一
新撰組幹部であり、初期旗揚げメンバーの1人でもある。
その前半生には謎が多く、江戸の天然理心流試衛館道場で近藤勇、土方歳三、沖田総司等と出会うまでは、どこで何をしており、さらにいつ、どこで生まれたのかすら判然とはしない。
剣術流派についても諸説あり、一刀流、無外流、関口流、聖徳太子流など、様々な説が囁かれているが、未だに解明には至っていない。
しかし、その剣術の才が本物であったことは間違いなく、一番隊組長、沖田総司と並んで、新撰組最強と称されている。
後年、新撰組幹部の中で最後の生き残りとなった
「沖田総司は猛者の剣。斎藤一は無敵の剣だった」と。
新撰組隊内において、斎藤は通常の捕縛任務を遂行する一方で、副長 土方歳三の命により、暗殺や潜入、隊内における粛清と言った、裏の仕事を多くこなす事になる。
更に、参謀 伊東甲子太郎を首班とした高台寺党。のちの「御陵衛士」離脱の際には密偵として潜入。土方等に伊東一派の情報を伝え、最終的には七条油小路における伊東暗殺に繋がっている。
やがて戊辰戦争が勃発すると、新撰組は旧幕府軍の先鋒として最前線で戦う事になった。
しかし、時代は既に刀剣による白兵戦から、銃砲火器を大量投入した火力戦へと移行していた。
そんな中で、新撰組は時代の流れに取り残された形となっていたのだ。
圧倒的な火力背景に迫る政府軍を前に、次々と倒れていく新撰組の仲間達。
やがて錦の御旗が敵陣に翻るに至り、旧幕府軍の戦線は完全に崩壊する。
戦意を無くし、逃げ惑う味方。
総大将である
新撰組もまた、否応なく敗走の流れに押し流されていく。
そんな中でも、斎藤は最前線で剣を振るい続けた。
下総の流山で局長 近藤勇が捕縛、処刑された後も新撰組は更に追い詰められ、北へと転戦を続けた。
その中には、斎藤の姿もあった。
宇都宮城攻防戦において副長 土方歳三が負傷すると、斎藤は一時的に新撰組の隊長代行も務めている。
やがて戦いは東北の地、会津へと移る。
そこで、斎藤は土方等と袂を分かつ事になる。
あくまで戦場を求めて、北へと戦いを続ける事を主張する土方達。
対して斎藤は、会津に残って戦う事を選ぶ。
長く共に戦ってきた会津の人々を、斎藤は見捨てる事が出来なかったのだ。
やがてはじまる最後の戦い。
薩長を主力とする新政府軍が会津若松城を囲む中、斎藤は僅かな同志たちと「会津新撰組」を結成、城外にて遊撃戦を展開する。
だが、やはり多勢に無勢だった。
やがて新政府軍は、小うるさく蠢動する斎藤たちを討伐するため、部隊を差し向けてきた。
襲い来る新政府軍300に対し、城近くの如来堂に立てこもった斎藤たち会津新撰組は、僅か13名。
圧倒的な戦力差の中、それでも斎藤は味方を鼓舞して戦い続け、戦い続ける斎藤。
仲間たちは次々と倒れていくが、それでも斎藤は剣を振るい続ける。
怒涛の如く押し寄せる敵を斬り捨て、突き崩し、なぎ倒す。
斬って、
斬って、
夢中になって、ただ斬って、
そしてついには、生き残ってしまった。
新撰組最強と謳われた斎藤一。
幕末と言う熱き時代を駆け抜けた後も、彼は戦い続けた。
その英雄とも言える剣士が今、
英霊となって響に憑依。
再び愛する者を守るために立ち上がっていた。
2
周囲に広がる光景には、息を呑む事しかできなかった。
響が手にした旗。
そこに描かれた「誠」の一字。
新撰組の誇りが刻まれた隊旗が、大地へと突き立てられた瞬間、
その旗を基点にするように、周囲の風景は一変した。
否、「塗り替えられた」と言っても良いかもしれない。
それ程までに、変化は劇的だった。
ただ景色が変わったわけではない。
空間そのものが、完全に別の物に変わってしまったのだ。
「これが・・・・・・固有結界・・・・・・」
茫然と呟く美遊。
彼女も、実際に目の当たりにするのは初めての事だった。
それは魔術の最奥と言われ、「魔法」の一歩手前とまで言われている。
世界そのものを、術者の心象風景で上書きする大魔術。
本来であるなら、一部の最高峰と呼ばれる魔術師のみに許された秘儀中の秘儀。
英霊とは言え、神秘性の薄い斎藤一に扱える代物ではない。
だが、
響達の背後で雄々しくはためく誠の旗。
新撰組隊士数百名の想いが込められた旗。
隊士全ての想いが結集して、この世界を形成しているのだ。
固有結界「翻りし遥かなる誠」
これこそが、響の最後の切り札だった。
「美遊、離れて」
「う、うん」
促されるまま、美遊はそっと響の手を放して離れる。
これから始まる最後の激突。
響は全ての意識を、対峙する優離へと集中させる。
少女の視線は、そんな少年の横顔を真っすぐに見つめる。
お願い、響。
負けないで。
美遊の想いが、響を優しく包み込む。
対して、
優離は戦車に乗ったまま、響と対峙する。
「固有結界とは驚いたな。まさか、これほどの隠し玉を持っているとは」
「ん、必殺技は最後に使うのが常識」
アニメ的な定番を言いながら、響は刀を構える。
冗談はさておき、優離が「
それが、この固有結界だった。
果たして、この固有結界の能力がいかなるものなのか、それは実際に戦ってみない事には判らなかった。
「良いだろう、行くぞ」
「ん」
睨み合う、響と優離。
互いに視線がぶつあり合い、空中で火花を散らした。
次の瞬間、
両者は動いた。
響は地を蹴り、
優離は手綱を繰る。
接近する両者。
浅葱色の疾風が闇夜に走り、怒涛の如き蹂躙がすべてをかみ砕く。
しかし、根本的な戦力差は変わっていないはず。
宝具を使用し戦車に乗る優離の方が、戦力的には勝っている。単純な激突では響に勝ち目はない。
あらゆるものを蹂躙しつくし、戦車が少年へと迫る。
「響ッ!!」
見ていた美遊が声を上げた。
次の瞬間、
少女が見ている前で、少年の体は闇に溶けるように消え去った。
「え・・・・・・・・・・・・?」
茫然と呟く美遊。
戦車を駆る優離もまた、突然の事態に警戒しつつ、停止する。
その視界の先で、
刀をだらりと下げて佇む響の姿が浮かび上がった。
しかし、その場所は先ほどまで響が立っていた地点から、僅かに離れている。
「・・・・・・・・・・・・何だ?」
優離はいぶかるようにして目を細める。
自分の戦車は、間違いなく響を捉えたはず。かわす暇は無かった。
だが、響は一瞬にして、優離の攻撃を回避し安全圏まで逃れてしまった事になる。
「いつの間に・・・・・・」
離れた場所で見ていた美遊にも、響がいつの間に移動していたのか、見極める事が出来なかった。
静かに佇む響の瞳が、戦車上の優離を睨む。
「チッ!!」
舌打ちしつつ、優離は蹄を返す。
響が宝具を使い、何らかの効果が現れているのは理解している。
その正体を見極める必要があった。
再び突撃する優離の戦車。
怒涛の突撃が、結果以内の大地を容赦なく揺らす。
その車輪と馬蹄が、響を引きつぶそうとした。
次の瞬間、
またしても、同じことが起こった。
響の姿は霞と消え去り、優離の攻撃は虚しく空を切る。
「クッ!?」
いったい、何が起こっているのか。
舌打ちしながら手綱を引き、戦車を急停止させる優離。
響がどこに行ったのか、それをまずは見極めないと。
そう思って、闇の中に視線を巡らした。
その時、
「無駄」
「ッ!?」
すぐ背後で、囁かれる不吉な言葉。
息を呑む優離。
次の瞬間、
彼のすぐ背後に、羽織を靡かせた少年の姿が浮かび上がった。
手にした刀を振りかざし、既に斬りかかる態勢に入っている響。
「クッ!?」
横なぎに繰り出される、響の刀。
対して優離は、殆ど反射的に腕を振り抜く。
ぶつかり合う、刃と拳。
強烈な衝撃音が、暗闇の空間に鳴り響く。
優離の拳は、辛うじて響の攻撃を弾き返した。
飛びのく響。
地に足を着くと同時に、再び刀を構える。
対して、
「・・・・・・・・・・・・」
御者台の上から、優離は無言のまま響を見下ろした。
これで2度。決して偶然ではない。
響は何らかの方法で優離の攻撃を回避し、反撃に転じる手段を持っているのだ。
周囲を見回す。
それが、この固有結界の効果であることは疑いない。
だが、その正体については、未だに文字通り「闇の中」だった。
「・・・・・・・・・・・・やむを得んな」
呟くと同時に、
優離は戦車からひらりと飛び降りた。
その突撃を回避し、懐にまで飛び込んでくる力を持った
このまま無為に維持し続けても魔力切れを起こすのは目に見えている。それよりも、戦車を下りて白兵戦を挑んだ方が有利と考えたのだ。
白兵戦ならば絶大な防御力を誇る
そう考え、優離は白兵戦を選択したのだった。
槍を構え、穂先を真っすぐに響へと向ける優離。
対して、響も刀の切っ先を優離へと向ける。
両者、動いたのは同時だった。
駆け抜ける両雄。
これが、最後の激突となる。
響と優離は、同時にそう思った。
距離を詰める両者。
轟風を唸らせ、槍を真っ向から繰り出す優離。
対抗するように、響も横なぎに刀を振るう。
ぶつかり合う、互いの刃。
闇の中で火花が飛び散る。
衝撃が、互いの体を押し戻す。
先に態勢を立て直したのは響だった。
踏み止まると同時に、素早く刀を返す響。
同時に、今度は逆袈裟に斬りあげるように繰り出した。
斜めに走る銀の刃。
響が繰り出した一撃を、
優離はのけぞるようにして後退し回避する。
僅かに後退して着地する優離。
対して、追撃を仕掛ける響。
一足で間合いを詰めると同時に、刀の切っ先を優離へと向ける。
「なめるな!!」
優離は響が斬り込むよりも先に態勢を整えると、間髪を置かずに槍を横なぎに繰り出す。
その刃が響の姿を捉えた。
と思った瞬間、
またも、響の姿は優離の目の前から消え失せた。
「ッ!?」
息を呑む優離。
次の瞬間、
襲撃者は背後から襲ってきた。
繰り出された刃が、優離の背中を斬り裂く。
「なッ!?」
驚愕に染まりながらも、どうにか振り返りつつ、槍を薙ぎ払う優離。
だが、その攻撃が当たる前に、響は大きく後退して回避した。
だが、
得体の知れない攻撃によって、響に先制を許したのは確かだった。
更に、
優離は先程から、ひどい戦い難さを感じていた。
対峙する響。
その姿が、先程から視界の中で霞むように不確かになっているのだ。
まるで虚像を相手にしているような不明瞭な感覚。
目の前に確かにいるはずの響を、優離の感覚は捉え切れていない僅かでも気を抜けば、その瞬間に見失ってしまいそうになる。
これはいったい、どういう事なのか?
斬り込んでくる響。
その姿が、優離にはノイズが掛かったように霞んで見える。
「クッ!?」
突き込まれた刃を、どうにか槍を繰り出して防ぐ優離。
代わって繰り出した槍は、響に余裕で回避された。
攻撃のタイミングがずれる。
対応が、どうしてもワンテンポ遅れる。
響の動きを、優離は正確な「イメージ」として補足できていないのだ。
「・・・・・・・・・・・・そうか」
ややあって、優離は何かに納得したように頷いた。
「それが、お前の能力と言う訳か」
「・・・・・・・・・・・・」
悟ったような事を言う優離に対し、響は無言のまま刀を構える。
気づかれた。恐らく。
優離ほどの戦闘巧者だ。戦っていれば、この固有結界がいかなるものか気づかないはずが無い。
そもそも響は固有結界を展開してから、
その全てに共通する点は何か?
「・・・・・・俺の『認識力の低下』か」
総じて言えば、優離の攻撃は響に当たらなくなっていた。
ゲーム的に言えば「命中率の低下」とでも言えばいいのか。
響が固有結界を展開してから、優離は攻撃の照準を定めづらくなっていた。
響の輪郭はぼやけるようにしか認識できず、間合いも測りづらい。逆に響の攻撃は、ほとんど正確無比と言った感じに、優離に対して奇襲を成功させている。
「取り込んだ相手の感覚を低下させる」
恐らくそれが、この「翻りし遥かなる誠」の能力なのだ。
「ん、正解」
あっさりと認める響。
そこまで看破された以上、黙っている事に意味は無かった。
この空間は言わば、徹底的に「暗殺」と言う要素を完成させる為に設えた舞台。
使用者たる
それが、宝具「翻りし遥かなる誠」の正体だった。
かつて、新撰組隊内においても暗殺者として鳴らし、多くの者を手にかけてきた斎藤一。
その彼の心象風景を映し出し、全てを「暗殺するのに最適な空間」にしたのが、この固有結界と言う訳だ。
「成程な」
言いながら、優離は再び槍を構える。
正体は判った。
この空間内にいる限り、
だが、
「それだけの話だ」
低い声で告げる。
自身の感覚が低下し、響の動きも把握できない。
ならば、それを前提にして動けばいいだけの話だった。
仕掛ける優離。
間合いを詰めると同時に、槍を繰り出す。
対して、
響もまた仕掛ける。
優離の繰り出す槍を紙一重で回避。懐に飛び込みながら、刀を横なぎに振るう。
鋭い刃が闇を奔る。
刀が優離を斬り裂く。
否、
斬ったのは鎧のみ。肉体には傷一つ付いていない。
固有結界の能力は、相手の感覚を下げる物。戦闘力その物を低下させることはできない。当然、
お返しとばかりに、繰り出される優離の槍。
「ッ!?」
振り向きざまに繰り出された鋭い薙ぎ払いに対し、とっさに刀で受けて防御する響。
流石に密着状態では、感覚低下の恩恵も薄れる。
ここが攻め時とばかりに距離を詰める優離。
槍を短く持ち替え、凄まじい速度で連撃を繰り出す。
対して、響も刀を繰り出して優離の攻撃を弾く。
「どのみち、感覚が鈍っているのならばッ!!」
言い放つと同時に、強烈な連続突きを繰り出す優離。
殆ど空間そのものを粉砕するが如き怒涛の攻撃は、「響がいると思われる場所」全てを薙ぎ払うように撃ち放たれる。
対して、
「クッ!?」
舌打ちする響。
流石に抗しきれないと判断し大きく後方へ跳躍。そのまま、美遊が佇む場所まで戻って来た。
着地する響。
それをみて、美遊が駆け寄って来た。
「響、大丈夫?」
「ん、何とか」
心配そうに問いかける美遊に答える響。
とは言え、状況は良いとは言えない。
「ほんとに、チート・・・・・・・・・・・・」
言いながら、刀を構える響。
「宝具で抑え込めるのは、多分あとちょっと・・・・・・次で決める」
眦を上げて決意を告げる響。
「響、信じてるから・・・・・・・・・・・・」
祈るような美遊の言葉。
対して、
「ん」
響も、僅かに微笑んで頷きを返す。
対峙する両者。
優離は槍の穂先を真っすぐに響へ向ける。
対抗するように、刀を正眼に構える響。
両雄は地を蹴った。
その双眸は、向かってくる響を真っ向から捉えている。
感覚低下も、暗闇ステルスも関係ない。
最大戦速で迫り、かわしようない一撃を叩き込む。
それで終わりだ。
繰り出される槍。
その様、正に彗星の如く。
目の前にあるあらゆる存在を吹き飛ばす、決死の一撃。
その一撃を前に、闇の空間すら吹き飛ばされる。
響の体へと突き込まれる。
貫かれる響。
勝利を確信する優離。
これで終わり。
そう思った。
次の瞬間、
ザンッ
一瞬の斬撃音。
次の瞬間、
「ガアァァァァァァァァァァァァ!?」
足から全身に伝播した痛みを前に、思わず優離は身をのけ反らせる。
まるで、全身の神経を一気に引き抜かれたような、そんな強烈な痛みを前に、優離はその場に立ち尽くす事しかできない。
その足。
右の踵から噴き出す鮮血。
そして、
背後で刀を振り切った状態で立つ響。
優離が勝利を確信した、あの一瞬。
響は攻撃を回避し、優離の背後に回り込んでいたのだ。
自身にとって唯一の勝機を突くために。
「グッ き、貴様・・・・・・」
最後の力を振り絞り、振り返る優離。
槍を振り上げ、響に向けて繰り出す。
弱点を斬り裂かれて尚、戦いをやめない闘争心。
だが、
響は既に、己が倒すべき敵を真っ向から見据えていた。
左手に刀を持ち切っ先を優離へと向けると、右手を前に突き出し、弓を構えるようにして引き絞る。
迫る優離。
弱点を斬られ、速度こそ落ちている物の、それでも圧倒的とも言える勢いは変わらない。
「無明・・・・・・暗剣殺」
低い響の呟き。
次の瞬間、
一瞬で駆け抜ける。
闇を斬り裂く銀の閃光。
その一閃が、真っ向から優離に胸を貫く。
駆け抜ける両者。
背中合わせに対峙する、響と優離。
ややあって、
「・・・・・・・・・・・・見事、だ」
低い呟きを漏らす優離。
次の瞬間
鮮血が胸から噴き出す。
崩れ落ちる大英雄。
勝敗は、決した。
第25話「翻りし遥かなる誠」 終わり