Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第28話「ウォータードレス・パニック」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドの上に横たわる響。

 

 その瞳は、静かに閉じられている。

 

 眠っているわけではない。

 

 ただしっかりと瞼は閉じ、浅い呼吸を繰り返して胸郭を上下させていた。

 

 その左右に陣取る、イリヤと美遊。その手にはそれぞれステッキが握られ、響の体の上に翳されていた。

 

 クロ、凛、ルヴィアの3人は、部屋の隅で並んで様子を見守っている。

 

「・・・・・・どうですの?」

 

 神妙な面持ちで尋ねたのはルヴィアである。

 

 自宅での攻防戦による負傷も癒え、動けるようになった彼女は、今回の儀式に半ば以上疑問を抱いて臨んでいた。

 

 正直、俄かには信じがたい話である。果たしてそのような事が有り得るのか、と、今でも疑っているくらいである。

 

 恐らく、この場にいる全員が、同じ考えだろう。

 

 しかしだからこそ、検証してみる必要があるのだ。

 

 ややあって、ルビーとサファイアは振り返った。

 

《ええ、微弱ですが、反応を確認しました。どうやら、間違いないみたいですねー》

《こうしてみると、むしろ今まで気づかなかった方が不思議なくらいです》

 

 答えるルビーとサファイア。しかし、その声もいつも以上に困惑が見られる。

 

 彼女たちにとっても、今回の事態は予想外すぎたのだ。

 

《結論から言うと、カードは響さんの体の中にあります。これまでの状況から見て「暗殺者(アサシン)」のカードと見て間違いないでしょう》

 

 ルビーの出した結論に、一同は息を呑んだ。

 

 先日、病院で獅子劫優離(ししごう ゆうり)に教えられた衝撃の事実。

 

 曰く「クラスカードは、響自身の体の中にある」。

 

 ずっと、不思議だったのだ。

 

 本来ならクラスカードが必要な限定展開(インクルード)夢幻召喚(インストール)を、響はカード無しで行ってきた。

 

 その疑問が、今回の検証で解明された形である。

 

「体の中にって、それじゃあ・・・・・・」

 

 言いながらイリヤは、クロの方へと向き直った。

 

「クロみたいな感じなの?」

 

 体の中にカードがある、と言えばクロもその通りである。彼女もまた弓兵(アーチャー)のカードを体内に取り込んでいる。

 

 イリヤがクロと響を同じと考えるのは、ごく自然の流れだった。

 

《似ている、とも言えるでしょうね》

 

 答えるルビーも、やや歯切れが悪い。

 

 どうやら彼女自身、今回の件に関して確証を持って答えられるだけの材料がそろっていないのだろう。

 

「どういう事?」

 

 緊張の面持ちで尋ねる凛。

 

 凛もまた、出会ってからこれまで響の能力について検証を重ねてはきたのだが、未だ確証と言える物は何一つ掴めなかった。

 

 それだけに、今回の真相については大いに興味がある所だった。

 

《クロさんの場合、先にカードがあり、そこへイリヤさんの魔力を得て肉体が構成された形です。要するに、先天的な事情でカードが体の中に入った感じですね》

「響は違うって言う訳?」

 

 尋ねるクロに、ルビーは頷きを返す。

 

《はい。これは恐らくですが、響さんの場合、元は普通の人間、たぶん、魔術師の素養があるだけの形だったと思われます。そこへ、後からカードを体の中に埋め込まれた、いわば後天的な事情があったと思われます》

 

 要するに、生まれつきカードが体の中にあったクロと、後から外科的にカードを埋め込まれた響、という違いだった。

 

「取り出す事はできませんの?」

《難しい、と言わざるを得ません》

 

 問いかけるルヴィアに、サファイアが答えた。

 

《恐らくカードは、響様の体の最も深い場所・・・・・・魂と融合する形で存在しています。無理に取り出そうとすれば命にもかかわります》

 

 サファイアの言葉に、一同は嘆息する。

 

 事情は大体わかったが、これでは手出しできないのと同じだった。

 

《詳しい事は、もう少し詳しく調べる必要があると思いますが》

「何だって、良い」

 

 ルビーの言葉を遮るようにして言ったのは、当の響本人だった。

 

 目を開けて体を起こす響。

 

「どんな事情だろうと、この力があったから今まで戦ってこれた。それは本当の事だから」

「響・・・・・・・・・・・・」

 

 傍らの美遊が、少年を気遣うように寄り添う。

 

 それに、

 

 響は言葉の後半部分を、己の中で告げる。

 

『この力のおかげで、美遊も守る事が出来たから』

 

 あえて口に出さなかったのは、みんなの前で言うのがやっぱり恥ずかしいからである。

 

 だが、何となく、響が言いたい事を察したのだろう。

 

 美遊はそっと、少年の手を握った。

 

「さて、響の方は、これで終わりよね」

 

 締めくくるように言うと、クロは椅子から立ち上がった。

 

 今日は他にも、用事がある。響の検査については、どちらかと言えばついでにやったようなものだった。

 

 何しろ、もうすぐ夏休みである。色々と準備する物は多かった。

 

「さ、行くわよイリヤ、美遊、響も。色々と回る所が多いんだから」

「良いけど、何でクロが仕切ってるの?」

 

 やや不満げなイリヤだが、拒否する様子も無く立ち上がる。

 

 部屋から出ていこうとする小学生組。

 

 と、

 

「お待ちなさいな」

 

 何かを思い立ったのか、ルヴィアが傍らのハンドバックから自分のカードケースを取り出した。

 

「買い物に行くなら何かと入用でしょう。これを持って、お行きなさい」

 

 そう言って、差し出すルヴィア。

 

 その手には、

 

 誰も見た事のないような虹色のカードが握られていた。

 

「いや、何そのカード!? そんなの見た事無いんだけど!?」

「これさえあれば、この程度の地方都市にあるデパート如き、建物ごと買えますわ」

「いや、そんなの買う気ないから!!」

 

 金銭感覚ずれまくりのルヴィアに、ツッコミを入れるイリヤ。

 

 これだから成金は・・・・・・・・・・・・

 

 その様子を見ていた響、凛、クロの3人は、やれやれとばかりに嘆息するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バスを乗り継ぎ、駅前まで来る頃には、既に日はだいぶ高い位置まで登っていた。

 

 買い物をするだけなら御山町の商店街でも十分なのだが、どうせなら新都のデパートで買い物をしようと言う事になり、一同はやって来たのだ。

 

「まったく、ルヴィアさんにも困ったもんだよ。ちょっと買い物するだけなんだから、あんなカードいらないのに」

 

 カードは結局、美遊に預けられることとなった。

 

 別にデパートごと買い取る気は無いが、それでも必要なだけ使う分には問題無いだろう。

 

 ここは、ルヴィアからの特別ボーナスだと思っておくことにした。

 

 何しろ今日まで、戦いづくめの日々だった。その為の「報酬」があっても良いころである。

 

 そんな訳で、デパートにやって来た一同だったが。

 

「・・・・・・・・・・・・ねえ」

 

 1人、不満顔の響が口を開いた。

 

「何で連れて来たの?」

 

 今日の買い物は、響にはほとんど関係が無い。着いてくる意味は無かったように思えるのだが。

 

 対して、クロが意味深な笑みを浮かべて近づいて来た。

 

「何言ってんの。響が来た意味ならちゃんとあるわよ」

「どんな?」

 

 訝る響に、クロはそっと、耳元に口を近づけた。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!?」

 

 思わず、目を見開く響。

 

 その顔は、見る見るうちに赤くなっていくのが分かった。

 

「どう、来た意味あったでしょ?」

「べ、別に・・・・・・・・・・・・」

 

 あからさまに目を反らす響。どう見ても挙動不審だった。

 

 と、

 

「響、どうかしたの?」

 

 覗き込むように尋ねる美遊。

 

 次の瞬間、

 

 殆ど反射的に顔を反らす響。

 

 その態度に、美遊はますます怪訝な面持ちになる。

 

「響?」

「な、な、何でもない」

 

 明らかに「何かある」と言いたげな態度を取る。

 

 だが、意味の分からない美遊は、首をかしげるばかりだった。

 

「どうしたの、響は?」

「さあね。まあ、良いかげん進展してくれない事には、こっちとしても面白くないしね」

 

 訝るイリヤにそう答えなあら、クロは、ここからどうかき回してやろうかと、思案を巡らせるのだった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、

 

 小学生組が出かけた部屋の中では、凛とルヴィアが険しい顔を突き合わせていた。

 

「どう思う、響の事?」

 

 凛は手元の文献を閉じながら、ルヴィアに尋ねた。

 

 正直、衝撃的な事実であったことは間違いない。

 

 響の中にあるカード。

 

 魂との融合。

 

 果たして、いかなる技術を使えば、そのようなことまで可能になると言うのか?

 

「俄かには信じがたい話である事は間違いありませんわね」

 

 答えるルヴィアも、険しい表情で告げる。

 

 その手元には、3枚のクラスカードがある。

 

 「暗殺者(アサシン)」「魔術師(キャスター)」「狂戦士(バーサーカー)」の3枚。

 

 バゼットとの停戦交渉の結果、取り戻す事に成功した3枚である。

 

 「弓兵(アーチャー)」を除く、残る「剣士(セイバー)」「槍兵(ランサー)」「騎兵(ライダー)」のカードは、バゼットの手元にある。

 

 見事に火力の高いカードを取られた形だが、そこは仕方がない。

 

 交渉で五分に持ち込んだとはいえ、戦いは事実上こちらの負けである。バゼットの方に有利な条件が行くのは仕方が無かった。

 

 だが、凛達が今調べているのは、その事ではなかった。

 

 響から聞いた「聖杯戦争」の話。

 

 7人の魔術師が7騎の英霊を呼び出して戦うバトルロイヤル。

 

 まさに自分たちが行ってきたカード回収任務と符合する点が多い。

 

 多いのだが、

 

「・・・・・・・・・・・・やっぱりおかしいわ」

「ですわね」

 

 難しい顔で呟く。

 

 凛とルヴィアも気になって、聖杯戦争に関わるいくつかの資料を、裏ルートを通じて集めてみた。

 

 とは言え、殆どが地下に潜っている代物であり、その貴重な資料も、既に大半が失われている状態だった。その点は恐らく、響達の両親が消して回った結果なのだろうと推察する。

 

 手に入ったのは、儀式に直接関係ない物や、あるいは参加者個人の日記と言った経過記録的な物ばかりだった。

 

 だが、それらを紐解いてみて、凛の中で違和感は増えて行った。

 

 基本的な聖杯戦争の様式は、先述した通り7人の英霊を実際に「召喚」して使役する、という、いわば「代理戦争」的な形を取っている。

 

 どこの聖杯戦争も、カードなど使っていない。ましてか、英霊を魔術師自身に憑依させるなどと言う手法を取った聖杯戦争は、唯一の例外を除いて、どこにも存在していないのだ。

 

「じゃあ、これはいったい何なの?」

 

 凛は手元のカードに目をやりながら呟く。

 

 このカードが英霊の座に繋がっているのは間違いない。

 

 だがその様式は、他の聖杯戦争と明らかに一線を画していた。

 

 唯一の例外は、ゼストが行おうとして切嗣とアイリによってつぶされた亜種聖杯戦争だ。世界中で行われた聖杯戦争の中で、カードを使用して英霊を憑依させると言う形を取っているのはそれだけだった。

 

 では、これらのカードはゼストが作ったのか?

 

「・・・・・・いえ、それもおかしい」

 

 ルヴィアが否定的な言葉を継げた。

 

 もし全てのカードをゼストが作ったとするなら、他のカードは取り出せるのに、響の中にある「暗殺者(アサシン)」のカードを取り出せないのはおかしい。

 

 それに、仮にカードがゼストの手によるものだとしても、町中にばら撒いたのはなぜだ? そんな必要は無かったはずだ。

 

「・・・・・・・・・・・・やれやれ、ね」

 

 凛は大きく息を吐く。

 

 今回の一件で、謎はいくつか解けた。

 

 だが、解けた綻びから、また新たな謎が生まれ出でた感すらある。

 

 衛宮響(えみや ひびき)

 

 これまでの戦いで大きな活躍を、凛達を助けてくれた少年。

 

 しかし、これまでに分かった事と言えば、彼の中にある謎の、ほんの一部でしかない。

 

「いずれにしても、あの子にはまだ、謎がありそうね」

 

 凛としては、そう判断せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 いよいよ夏本番と言うだけあって、デパートの水着売り場は盛況な様子を見せていた。

 

 色も形も様々な水着を各種揃えた販売コーナーは、さながら花壇の花畑を連想させられる。

 

 やはりと言うか、派手な色の物が多い。

 

 見ていると目がチカチカしてくる感じがする。

 

「さ~て、どれが良いかな? 去年はちょっと子供っぽかったから、少し大胆に行ってみようかな」

 

 ラックに掛かっている水着を手に取りながら、楽しそうに選ぶイリヤ。

 

 そのイリヤに、クロがすかさず脇から口を挟む。

 

「別にそんなに気にする事無いんじゃない? 去年とそんなに変わらないんだし」

「むッ そんな事無いもん!!」

 

 途端に突っかかるイリヤ。

 

 たちまち言い合いを始める姉妹たち。

 

 こんな場所に来てまで喧嘩する事も無いだろうに。

 

 姉たちの様子を、響は嘆息交じりに眺めていた。

 

 と、

 

「響」

 

 背後から声を掛けられて振り返る響。

 

 すると、やはり同じように水着を選んでいたらしい美遊が、こちらを真っすぐに見つめていた。

 

「どうしたの?」

「判らない事があるから、いくつか教えて欲しいんだけど」

 

 その言葉で、響は思い出す。

 

 そう言えば以前、「デート」に行った時、美遊は水着の選び方が分からないと言っていた。

 

 あれから色々あって、美遊の水着選びが宙ぶらりんになっていたのだ。

 

 どうやらまた、教えて欲しい事があるらしかった。

 

「ん、良いけど」

 

 頷いたものの、響も女性ものの水着にそれほど詳しいわけではない。選べと言われても、どんな物が良いのか、イマイチ、ピンとこないのだが。

 

 しかし、

 

 響は先ほど、クロから耳打ちされたことを思い出した。

 

 姉曰く、

 

「美遊の水着を選んで、着せる事ができるかもしれないわよ」

 

 との事だったが、

 

 想像してみる。

 

 自分が選んだ水着を着てくれる美遊の事を。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 見てみたい。

 

 掛け値なしのストレートに、響がそう思うのは無理からぬことだろう。

 

「響?」

「ん、何でもない」

 

 不純な動機を隠しつつ(隠せてない)、美遊に向き直る響。

 

「それで、聞きたい事って?」

「これの事なんだけど」

 

 そう言って、美遊が差し出してきた水着。

 

 青い柄の水着。上下が別々になっている、典型的なビキニ水着である。

 

 これの一体何が、美遊には疑問なのだろうか?

 

「それが、何?」

 

 首をかしげる響。

 

 対して、美遊は手に持った水着を裏返した。

 

「これ」

「ッ!?」

 

 思わず、絶句する響。

 

 美遊が手に持った水着は一見すると普通のビキニタイプだが、裏を返せばボトムの後ろ部分が、極端に布地が小さくなっている。言わば「Tバック」になっていたのだ。

 

「ちょ、美遊・・・・・・・・・・・・」

「これにどんな意味があるのか、よくわからない。この水着はいったい・・・・・・」

 

 狼狽する響を他所に、真面目な顔で率直な疑問を述べる美遊。

 

 そんな、一部の性的嗜好を満たすためのアイテム、真剣に考える必要も無かろうに。

 

 だが、美遊の興味はまだ尽きなかった。

 

「それにあれ」

 

 美遊が再び指し示した物を見て、

 

 響は再度、吹きそうになった。

 

 美遊が指さした水着は、前部分がV字になっているタイプのものだった。

 

 一応、大事な部分は隠せる仕様のようだが、あれではちょっと動いただけで色々と見えてしまうのは間違いない。

 

 因みに後ろは、完全に一本の紐になっており、ほぼ丸見えに近かった。

 

「それから・・・・・・」

「まだあるの?」

 

 ややげんなりしつつ、美遊が指示した方向を振り返る響。

 

 お次は何だ?

 

 そんな思いと共に見た響は、いよいよ脱力しそうになった。

 

 美遊が指さしたのは普通の水着・・・・・・ではなかった、断じて。

 

 一応、分類的には辛うじて「ビキニ」の部類に入るのだろうが、その構成の9割が「紐」によって成り立っている。

 

 布の部分は、局部と胸の先端部分を辛うじて覆う程度しか存在していない。

 

 いわゆる「マイクロビキニ」というやつである。

 

 なぜに一般的なデパートで、あんなきわどいラインナップが売られているのか? あんな物を堂々と買っていく奴はいるのか? 大丈夫かこの店?

 

 尽きない疑問が滾々と湧いてくる。

 

「衣服とは本来、体を隠すためにあるもののハズ。勿論、水に入れば濡れて体調を崩す原因にもなる訳だから、水着の布面積が本来の衣服より小さくなるのは理解できる。しかしあれでは、最低限の衣服機能すら維持できているとは思えない。そもそも衣服には、外的な衝撃から身体を守ると言う面も割る訳で、あれではその機能を完全に放棄しているとしか思えない」

 

 何やら服飾関係の概念を語りだす美遊。

 

 いえ、あれは一部の性的趣向を持つ野郎どもの需要に合わせて開発された代物であって、断じて一般人が手を出していい代物ではありません。

 

 嘆息する響。

 

 何故このデパートは、あんなきわどい水着ばかり扱っているのか? どこにそんな需要があると言うのか?

 

 尽きない疑問はさておいて、

 

「あれでは服としての最低限の機能すら保てていない。いったい誰が、何の目的で着るのか判らない」

 

 判らなくて良いから。

 

 真面目な美遊の言葉に対し、響は嘆息しながら心の中で呟く。

 

 とは言えこれ以上、美遊が危ない水着に興味を持つと(響の心臓的に)まずい。何とかして気を反らそう。

 

 そう思った響。

 

 だが、そうは問屋が卸さない少女が1人。

 

「あら、それ着ないの美遊?」

「え?」

「クロ、何言って・・・・・・」

 

 戸惑う美遊と響。

 

 そんな2人に、クロはニヤニヤと笑いながら続ける。

 

 その視線は、壁に掛かっていた件の危ない水着に注がれていた。

 

「ん~ これ着て見せれば喜ぶと思うんだけどな~」

 

 言ってから、

 

「響が」

「べ、べべ、別にッ」

 

 とんでもない事を付け足すクロに、動揺しまくる響。

 

 そんな響に対し、

 

「響、こういうのが・・・・・・その、好きなの?」

 

 少し躊躇いがちに尋ねる美遊。

 

 少女の頬も、ほんのり赤く染まっている。流石に、これを着ると言う事の意味は理解しているようだ。ひょっとすると、さっきの長い口上も、恥ずかしさを隠していた為なのかもしれない。

 

 そんな美遊を前にして、

 

 響は思い悩んでいた。

 

 何だかんだで、響も思春期の少年である。少女のあられもない姿は見たい。

 

 見たいのだが、

 

 しかし、そんな大胆な物を見る事への抵抗がある。

 

 今、響の中では、天使と悪魔がせめぎ合っている。

 

 因みに、

 

 その天使と悪魔はなぜか、それぞれイリヤとクロの顔をしていたりする。

 

天使イリヤ『だ、駄目だよ響ッ ミユのそんな姿なんて見ちゃ!!』

悪魔クロ『何言ってんのよ。見たい物は見る。もっと素直になりなさい』

 

 グルグルと思い悩む。

 

 見たい事は見たい。

 

 だがしかしッ

 

 いやいや、

 

 思い悩む少年。

 

 と、

 

 クロが何やら、美遊に耳打ちするのが見えた。

 

 すると、美遊は上目遣いで響を見ながら言った。

 

「その・・・・・・響が見たいのなら、私は、別に良い」

「ッッッッッッ!?」

 

 ほとんどトドメとも言える一撃。

 

 それが、少年を理性の崖から欲望の谷底へと突き落とす。

 

「見たい、です・・・・・・・・・・・・」

 

 どこかで「チーン」と言う音が鳴った・・・・・・ような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~そんな訳で~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試着室に入って行った少女たち。

 

 その外では、響がポツンと佇んでいた。

 

 その心中は、あらゆる意味で穏やかとは行かなかった。

 

 今、カーテン1枚隔てた向こうでは、少女たちのあられもない姿が展開されている。

 

 そう思うと、気が気ではなかった。

 

《いやー 皆さんどんな御姿で出てくるのか、楽しみですねー響さん》

「ルビー?」

 

 いつの間に出てきたのか、傍らで浮かんでいるヒトデ型ステッキ。

 

 その姿をジト目でにらむ。

 

「何でいるの?」

《愚問ですね。決まってるじゃないですか。皆さんの水着姿をそりゃあもう、ばっちりねっとり撮影するためですよ~》

 

 などと言いつつ、カメラモードに変形するルビー。

 

 成程、動機の是非はともかく、納得の理由ではある。

 

 しかしそれならそれで、ルビーの性格からして、着替えシーンから撮影を始めそうなものだが。

 

《甘いですね~響さん、甘々です》

「何が?」

 

 訝る響。

 

 対してルビーは、胸を張るようにして言い放った。

 

《果物は一番美味しくなってから食べる物。それと同じですよ~ 皆さんが水着姿に着替えて出てきた瞬間を撮るのが楽しいんじゃないですか。まあ、ぶっちゃけ、着替えシーンなら後で私服に戻る時でも撮れますしね》

 

 成程。

 

 力説するだけあって、ルビーにはルビーなりの考えがある事はよくわかった。

 

 取りあえず響は、出歯亀ヒトデをグルグル巻きにしてゴミ箱に捨てておく事にした。

 

 その時だった。

 

「ヒ、ビ、キ」

 

 背後からもったい付けたような声で呼ばれ、振り返る響。

 

 そこには、

 

 Vの字水着を着たクロの姿があった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

《オホー 流石クロさん。良いですね良いですね。まさに小悪魔的な可愛らしさですよー!!》

 

 赤面して目を反らす響の横で、復活したルビーが喝采を上げる。

 

 褐色の肌を、赤のVの字で覆っただけのクロ。

 

 一応、体が小さい事もあって、決定的な部分は隠せてはいるが、しかし露出度90パーセント以上の破壊力は、半端な物ではなかった。

 

「どう? どう? ねえヒビキ?」

 

 顔を反らしている響に、しつこく尋ねるクロ。

 

 明らかに、からかい交じりの追及である。

 

 対して響は、

 

「・・・・・・・・・・・・普通?」

 

 と、答えるのが精いっぱいだった。

 

「・・・・・・・・・・・・ふーん」

 

 そんな往生際の悪い弟を、半眼で睨むクロ。

 

 ひょっとしたら、自分の水着姿で「撃沈」できなかったことで、プライドが傷ついているのかもしれない。

 

「なら、これを見てもまだ、そんな風でいられるかしら!?」

 

 言い放つと同時にクロは、

 

 自分のすぐ横のカーテンを、思いっきり引っ張った。

 

「ちょ、何で開けるのォォォォォォ!?」

 

 果たしてその中では、

 

 着替えを終えたイリヤが、顔を真っ赤にして絶叫していた。

 

 その身は白のマイクロビキニで覆われている。こちらも「一応」「辛うじて」局部は守っているが、他は全て丸見えに近い。

 

 それにしても、

 

 クロと言いイリヤと言い、小学生の身でこんなきわどい水着を着ているのは、ある種の背徳的なエロスを感じずにはいられなかった。

 

「ヒ、ヒビキ見ないでッ あっち向いてェ!!」

「んッ!?」

 

 怒鳴られて、慌ててそっぽを向こうとする響。

 

 そんな響に、クロが背後から忍び寄る。

 

「あらあら~? どうしたのヒビキ? ちょっと様子がおかしいわね、風邪でもひいた?」

「べ、別に・・・・・・・・・・・・」

 

 かなり苦しいが、それでも響は持ちこたえる。

 

 普段から割と挑発的なクロと違い、少し子供っぽいところがあるイリヤがアダルティな水着を着ると、破壊力が倍増する事が分かった。

 

 だが、クロにしろイリヤにしろ、響にとっては「姉」である。

 

 いくら刺激的でも、姉の水着姿を見て、そこまで興奮する事は無かった。

 

 と、

 

「そう言えば・・・・・・・・・・・・」

 

 クロはイリヤとの言い合いを中断し、一番奥の試着室に目を向けた。

 

「まだ出てきていない子がいるわね~」

 

 カーテンの向こうで、息を呑む音が聞こえた気がする。

 

 同時に、響もまた緊張を高める。

 

 まだ美遊(さいしゅうへいき)が残っている事を、すっかり忘れていたのだ。

 

「ミユー まだ準備できないの?」

 

 問いかけるクロの声。

 

 対して、

 

「準備はできた・・・・・・けど」

 

 か細い声が、カーテンの中から聞こえてくる。

 

 どうしても、開けるのを躊躇っている。そんな感じだ。

 

「いつまでそうしているつもり? 覚悟極めちゃいなさいよ」

「で、でも、こんな格好・・・・・・・・・・・・」

 

 顔も出せないでいる美遊。

 

 対して、

 

「あーもー!! じれったい!!」

 

 業を煮やしたクロが、思いっきりカーテンを引っ張った。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!?」

 

 息を呑む響。

 

 女神が、いた。

 

 美遊が立っている。

 

 その姿は、他2人同様に水着を身に纏っている。

 

 一見すると、普通の青いビキニ姿。何の変哲もない。

 

 しかし、

 

 どうやら美遊は隠しているつもりらしいが、彼女の背後にある鏡が、彼女の後姿をしっかりと映し出していた。

 

 Tバックになった後ろ部分から、美遊の可愛らしいお尻が、ほぼ丸見えになっている。

 

 はっきり言って、表側が普通に見える分、却って裏側とのギャップの度合いによる破壊力が大きかった。

 

「ん・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・」

 

 自分が密かに思いを寄せている子が、あられもない恰好で目の前に立っている。

 

 それだけで、響の心は大いにかき乱される。

 

 と、

 

「ほら美遊、今よ」

 

 傍らに寄ったクロが、美遊に耳打ちした。

 

 俯く美遊。

 

 だが、

 

 意を決したように、上目遣いで響を見た。

 

「ど、どう、響? 私、可愛い?」

 

 その威力たるや、

 

 既に瀕死だった響を、OverKillするのに十分すぎる威力を誇っていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言のまま、

 

 背後にばったりと倒れる響。

 

 その後の事は、何も分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 軽い呻き声と共に、響は意識を覚醒させる。

 

 いつの間に、眠っていたのだろう?

 

 そんな事を、ぼんやりとした頭で考える響。

 

 自分は確か、イリヤ達の水着選びに付き合わされて、それで・・・・・・・・・・・・

 

「響、起きた?」

「ん」

 

 すぐ近くから、声を掛けられて響は目を開く。

 

 すると、

 

 すぐ目の前に、美遊の心配そうな顔があった。

 

 どこかホッとしたように、笑顔を浮かべている美遊。

 

「急に倒れるから、心配した」

「ん、ごめん」

 

 謝る響。

 

 どうやらそこは、デパートのフードコートらしかった。

 

 食事をする客の喧騒に包まれ、食欲をそそる臭いが漂ってくるのが分かる。

 

 どうやら、気絶した響をここまで運んでくれたらしかった。

 

「イリヤとクロは、食べ物を買いに行っている。多分、もうすぐ戻ってくると思う」

「ん、そか」

 

 美遊の説明に頷きながら、

 

 ふと、響は気が付いた事があった。

 

 自分は今、横になっている。

 

 目の前には美遊の顔がある。

 

 そして、

 

 頭の後ろに感じる、柔らかい感触。

 

 それらがつなぐ状況。

 

 響は今、美遊に膝枕されていたのだ。

 

「う、あ・・・・・・み、美遊?」

「どうかした、響?」

 

 キョトンとして尋ねる美遊。

 

 どうやら少女は、自分がいかに大胆な事をしているかと言う事に、気づいていないらしかった。

 

 頭に感じる、美遊の太ももの柔らかい感触。

 

 それは、響を優しく包み込んでいくのが分かった。

 

「・・・・・・・・・・・・ん、何でもない」

「そう」

 

 美遊は微笑みながら、優しく響の髪をなでる。

 

 その心地よさに、身を委ねる響。

 

 やがて、イリヤとクロが2人を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

第28話「ウォータードレス・パニック」      終わり

 

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