Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第33話「神話の彼方より来たる者」

 

 

 

 

 

 

 

 バゼットの傍らで、大地に旗を突き立てる少年。

 

 彼の姉達もまた、バゼットを取り囲むようにして佇んでいた。

 

 ある種の勇壮さすら感じさせる光景。

 

 雄々しく翻る「誠の旗」は、かつて幕末最強の剣客集団だった新撰組の誇りを形としてあらわした物。

 

 この旗が戦場に翻る時、否が応でも戦機が高まるのが分かる。

 

 同時に、バゼットは気付いた。

 

 周りの風景その物が、一変している事に。

 

 無機質な地下構造体から、月夜の荒野へと周囲の状況が変化している。

 

 単に視覚が変化したのとはわけが違う。

 

 言うならば、世界そのものが塗り替えられているのだ。

 

「まさか、固有結界ですか・・・・・・・・・・・・」

「ん、ぎりぎり間に合った」

 

 旗を持つ響は、冷汗をぬぐいながら告げた。

 

 あの一瞬、

 

 バゼットが槍に貫かれようとした瞬間、

 

 響はほとんどとっさに固有結界「翻りし遥かなる誠」を発動したのだ。

 

 固有結界は性質上、内部に取り込んだ人間の位置を、発動者の任意で入れ替える事が可能となる。

 

 その特性を利用し、死の寸前に運命を囚われていたバゼットを救ったのである。

 

 とは言え、間一髪だった。あとコンマ1秒遅かったら、バゼットは串刺しにされていたところである。

 

「なるほど、これも、その英霊の力と言う訳ですか」

「ん、そんなとこ」

 

 感心したような言葉に、頷きを返す響。

 

 とは言え、「翻りし遥かなる誠」は、本当に最後の切り札だ。これを発動した以上、もう響にあとは無い。

 

 つまり、ここで決着させるしかないのだ。

 

「さて、あとはあいつを、どうやって倒すか、よね」

 

 干将と莫邪を両手に構えながらクロが嘆息気味に告げる。

 

 イリヤがいてくれているから、取りあえず退路の確保は問題ない。

 

 しかし、目の前の黒化英霊(あれ)を放置できないのもまた事実だった。

 

「基本は変わりません」

 

 言ったのはバゼットである。

 

「外からの攻撃が通用しないのなら中から・・・・・・接近し、白兵戦でカードを抉り出す。それしかありません」

 

 言ってから、

 

 バゼットは一同を見回した。

 

「お願いがあります」

 

 それは彼女にとって、ある意味苦渋の決断である。

 

 しかしなりふり構っていられる状態じゃない事もまた、彼女が一番よくわかっていた。

 

「私1人では、あの怪物は倒せない。だから・・・・・・・・・・・・」

 

 眦を上げるバゼット。

 

「力を貸してほしい。あれを倒すために」

 

 その言葉に、

 

 響、イリヤ、クロは笑みを浮かべる。

 

 元より、そのつもりでここに残ったのだ。初めから否やは無かった。

 

「それから、そのままでは戦いにくいでしょう。これを使ってください」

 

 そう言ってバゼットは、ポケットから取り出した物をイリヤに差し出す。

 

 対して、イリヤは、バゼットが差し出した物を見て目を見開いた。

 

「これってッ でも・・・・・・」

「貴女なら使いこなせるはず。今は少しでも勝率を上げておきたい。その為の緊急的措置だと思ってください」

 

 そう言ってバゼットが差し出した物を、イリヤは押し抱くように受け取る。

 

 何であれ、ここはバゼットの判断が正しい。敵が強大である以上、最大戦力を持って挑むべきだった。

 

「それじゃあ、始めるわよ!!」

 

 クロの合図と共に、一同は一斉に動いた。

 

 途端に、黒化英霊も動き出す。

 

 再び始まる、圧倒的なまでの蹂躙。

 

 無数の刃が、五月雨の如く次々と襲い掛かってくる。

 

 対して、

 

 イリヤは掲げる。

 

 1枚のカードを。

 

 そっと目を閉じる少女。

 

 できるはずだ、きっと。

 

 これまで響や美遊が何度もやって来た。それを間近で見てきたのだから。

 

 目を見開くイリヤ。

 

 同時に、詠唱がなされた。

 

夢幻召喚(インストール)!!」

 

 叫ぶと同時に、少女を取り巻くように吹き荒れる衝撃。

 

 魔力が周囲を取り巻き、イリヤの姿は英霊のそれへと変貌していく。

 

 その身は無垢なる純白を纏い、手には絶対の輝きを誇る聖剣が握られる。

 

 ブリテンの伝説に謳われし最高の騎士王。

 

 白百合の如き可憐さを持った、美しき戦乙女の姿がそこにあった。

 

 剣士(セイバー)のカードを夢幻召喚(インストール)したイリヤは、聖剣を真っすぐに掲げる。

 

「行くよ!!」

 

 言い放つと同時に、駆けるイリヤ。

 

 そこへ、触手の如き様相を成した魔力の霧が、一斉に襲い掛かって来た。

 

 全ては、イリヤを刺し貫かんと迸る霧。

 

 だが、

 

「そんな物ッ!!」

 

 手にした聖剣を、縦横に振るうイリヤ。

 

 英霊を身に宿し、剣士(セイバー)そのものと化した今のイリヤにとって、この程度の攻撃など、脅威足りえない。

 

 全ての触手は、聖剣の輝きの前に斬り伏せられる。

 

 霧散する魔力の霧。

 

 その中央で、白百合の騎士は凛とした眦を上げて剣を構える。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げる黒化英霊。

 

 イリヤの奮戦が彼の自尊心を傷つけたのか、更に魔力の霧を増やし、攻撃を仕掛けようととぐろを巻き始める。

 

 だが、

 

 その足元で強烈な爆発が起きて、大きく吹き飛ばされた。

 

「こっちも忘れないでよね!!」

 

 不敵な声が地下に響く。

 

 後方に布陣していたクロが、弓で援護射撃を開始したのだ。

 

 ケルトの英雄、フェルグス・マックロイの佩刀であるカラドボルグを投影したクロは、それを壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)として使用したのだ。

 

 先程、約束された勝利の剣(エクスカリバー)を使って攻撃した時は謎の盾に防がれてしまったが、今回は完全な奇襲となった。

 

 よろめく黒化英霊。

 

「響のおかげね」

 

 敵の様子を見て、不敵な笑みを浮かべるクロ。

 

 響が固有結界「翻りし遥かなる誠」を展開した事で、黒化英霊の認識力が低下しているのだ。

 

 その為、黒化英霊の照準は定まらず、攻撃の殆どがクロ達を捉えられずにいる。

 

「このまま押し込むよ!!」

 

 叫びながら、聖剣を振り翳して前に出るイリヤ。

 

 だが、

 

 対抗するように、

 

 再び無数の刃が、空中に姿を現す。どうやら、先程バゼットに見せた宝具の一斉掃射を、再び仕掛ける心づもりのようだ。

 

 放たれる無数の刃。

 

 1発1発が必殺以上の攻撃が、白百合の剣士に降り注ぐ。

 

「クッ!?」

 

 自身に向かって降り注いでくる宝具の群れを前に、聖剣を振り翳して対抗するイリヤ。

 

 剣士(セイバー)の名に恥じぬ剣閃を見せ、次々と飛んでくる宝具を叩き落としていく。

 

 しかし、

 

「これじゃ、前に進めない!?」

 

 焦燥交じりに、イリヤは叫ぶ。

 

 宝具の一斉掃射を前に、イリヤの動きは完全に縫い止められていた。

 

 イリヤが示す剣閃を前に、黒化英霊は流石に接近されるのはまずいと思っているのか、物量で押しつぶす作戦に切り替えたらしい。

 

 その作戦は功を奏し、イリヤは完全に足止めを食らってしまう。

 

 さらに増える宝具の群れ。

 

 空間が開き、穂先が次々と姿を現す。

 

 射出される無数の刃。

 

 その一斉掃射が、イリヤへと殺到する。

 

「クッ こんなに!!」

 

 手にした聖剣を必死に振るい迎撃するイリヤ。

 

 だが、どんなに強い剣士がいたとしても、「軍勢」が相手では分が悪い。

 

 このままではじり貧である。

 

 いずれ、さばききれなくなった刃が、イリヤを襲う事になるだろう。

 

 勢い増して少女を押しつぶそうとする黒化英霊。

 

 心なしか、その顔つきまで弑逆味を見せているような気さえする。

 

 更に攻撃を強めようと、手を振り上げる黒化英霊。

 

 次の瞬間、

 

「ん、それはやらせない」

 

 背後から聞こえる、低い声。

 

 振り返る黒化英霊。

 

 その視線の先には、

 

 左手に携えた刀を、弓を引くように構えて切っ先を向ける響の姿があった。

 

 黒化英霊は、全く気付かなかった。

 

 イリヤやクロが激しく攻撃を仕掛けている隙に、響が死角を突く形で背後に回り込んでいた事に。

 

 まさに暗殺者(アサシン)

 

 「翻りし遥かなる誠」の影響で感覚が低下した黒化英霊は、少年の動きを全くと言って良いほどに捉える事が出来なかったのだ。

 

無明(むみょう)暗剣殺(あんけんさつ)

 

 低い呟きと共に、銀の閃光が鋭く突き込まれる。

 

 一閃。

 

 迸るその一撃が、黒化英霊の胸を真っ向から刺し貫いた。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!?」

 

 咆哮を上げる黒化英霊。

 

 その胸元に、響の剣閃によって受けた傷痕が残っている。

 

 だが、それも一瞬の事だった。

 

 結果は先程と同じ。

 

 すぐに魔力の黒い霧が流れ込み、傷口を塞いでいく。

 

 致命傷に近い傷ですら、瞬く間に修復してしまうとは、この黒化英霊が、いかに規格外であるかうかがえる。

 

 だが、

 

「それも、判ってた」

 

 鋭い眼差しを見せながら、響は呟く。

 

 これでも尚、倒せないであろうことは響達も想定済み。

 

 だからこそ、最後の一手を残していた。

 

「今よッ」

「バゼットさん、お願い!!」

 

 イリヤとクロの声に導かれるように、

 

 バゼットが飛び出した。

 

 響の攻撃を受け、黒化英霊は一時的だが完全に動きを止めている。

 

 今が千載一遇のチャンスだった。

 

 開ける視界。

 

 そして、

 

 迸る黒い霧をかき分けるように、進撃するバゼット。

 

 その眼光が、黒化英霊を真っ向から射抜き、間合いに捕捉する。

 

「人1人を仕留めるのに、大仰な攻撃手段はいらない」

 

 硬化

 

 強化

 

 加速

 

 相乗

 

 速く

 

 確実に

 

 ただ

 

 

 

 

 

 心臓(カード)のみを抉り出す!!

 

 

 

 

 

 突き込まれるバゼットの手刀。

 

 その一撃は、

 

 確実に黒化英霊の心臓を刺し貫いた。

 

「うげッ 素手で心臓を!?」

 

 余りの光景に、背筋を凍らせるクロ。一歩間違えば、自分もああなっていたかもしれないと思うと猶更だろう。

 

 だが、甲斐はあった。

 

 バゼットのグローブは、抉り出したカードをしっかりと握りしめていたのだ。

 

 その表面に描かれている絵柄。

 

 そして文字。

 

 Archer

 

「アーチャー・・・・・・・・・・・・」

 

 2枚目の弓兵(アーチャー)カード。

 

 なぜ、同じカードが2枚あるのか?

 

 そう思った次の瞬間、

 

 再び、黒い魔力の霧が、猛烈な勢いで吹き荒れ始めた。

 

 黒化英霊が咆哮し、視界全てが黒く塗りつぶされていく。

 

 こうなると、最早どうにもならない。

 

 バゼットも、響も、巻き込まれるのを避けるために、後退するしかなかった。

 

「馬鹿なッ カードを抉り出して尚、動けるのか・・・・・・・・・・・・」

 

 黒い霧は再び黒化英霊を取り巻き、傷を修復していく。

 

 間違いなく致命傷。

 

 心臓を抉り出されて尚、動ける存在などいるはずが無い。

 

 だが、

 

 黒化英霊の傷は、間違いなく塞がり始めている。

 

 そして、

 

「■■■■■■セイ■■■■■■■■■■■■ハ■■■■■■イ■■■■■■」

 

 おどろおどろしく、絞り出される声。

 

 その場にいた全員が、それを聞いた。

 

 聖杯。

 

 黒化英霊は、確かにそう言ったのだ。

 

 だが、

 

 思考できるのもそこまでだった。

 

 次に現れた剣。

 

 その刀身より吹き荒れた衝撃は、世界をも斬り裂いて迸ったのだ。

 

 後にはもう、何も考える事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 描かれる魔法陣。

 

 同時に、成す術無く立ち尽くしていた美遊、凛、ルヴィアの3人は振り返った。

 

 先の撤退で現実世界に戻っていた3人は、鏡面界に残ったイリヤ達を待って、地下空間にとどまっていたのだ。

 

 鏡面界はどうなっているのか? 残った4人は無事なのか?

 

 尽きぬ焦燥に駆られる事数分。

 

 再び開いた魔法陣から、飛び出してくる影があった。

 

「イリヤッ クロッ 響!!」

「みんな、無事ですわね!!」

 

 地面に転がるように現れた響、イリヤ、クロ、バゼットの4人。

 

 どうにか、命からがら脱出してきた形である。

 

《いやはや、間一髪でしたねー》

 

 今度ばかりは肝を冷やした、と言った感じにルビーがため息交じりに冷汗をぬぐう。

 

 あの一瞬、

 

 黒化英霊が振るった剣は、間違いなく世界をも斬り裂いた。

 

 巻き込まれれば、文字通り一片も残らず消滅の憂き目を見ていた事だろう。

 

 助かったのは、攻撃が襲ってくる直前、ルビーがとっさに鏡界回廊を形成し、そこに一同が飛び込んだからに他ならなかった。

 

「いったい、なにがあったんですの?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 問いただすルヴィアに対し、一同の口は重い。

 

 あの状況で生還できたこと自体、既に奇跡だったと皆が感じていたのだ。何があったかなど、想像すらできない。

 

「・・・・・・・・・・・・地獄」

 

 ややあって、バゼットが重苦しく口を開いた。

 

「いや・・・・・・神話を見ました」

 

 神話。

 

 天地開闢の神話が、正にあの鏡面界で再現されたのだ。

 

 いったいあれは、いかなる存在なのか。

 

 誰も、それを説明できる者はいなかった。

 

「判った事は2つです」

 

 バゼットは一同を見回して続けた。

 

「まず、あれのクラスは『弓兵(アーチャー)』です。この目で確かに見たので間違いないです」

 

 その言葉に、一同は驚いた表情を見せる。

 

 言うまでも無く「弓兵(アーチャー)」のカードは、今もクロの中にある。

 

 2枚目の「弓兵(アーチャー)」には、いったいいかなる意味があると言うのか?

 

「そして・・・・・・我々では、どうあってもあれには勝てない」

 

 自身も愕然とした調子でバゼットは言った。

 

 全戦力を振り絞り、トドメとも言うべき一撃を受けて尚、黒化英霊は立ち上がって来た。

 

 もはや万策は尽きたと言っても過言ではなかった。

 

「もはやカードを回収するのではなく、別の方法を模索すべきでしょう。一度、魔術協会の方にも報告を入れる必要があります」

「同感ね。正直、戦うのは二度とごめんだわ」

 

 今回の敵は、間違いなく過去最強だ。

 

 最大戦力を持って尚、倒しきれなかった以上、何かしら方策を変える必要性に迫られていた。

 

 一同がそう思い、階段の方に向かおうとした。

 

 その時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビシッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳴り響く、不吉な破裂音。

 

 とっさに振り返る一同。

 

「何の音!?」

 

 凛が叫ぶ中、

 

 空間に走った亀裂が、一気に大きくなる。

 

「これはいったいッ!?」

「亀裂が広がって、割れていきます!!」

 

 美遊の言葉通り、

 

 目の前の空間は、ガラスの如く、脆く崩れ去る。

 

 そして、

 

 その中から、

 

 不気味な黒い影がはい出してきた。

 

「■■■■■■■■■■■■ッッッッッッ!!」

 

 戦慄に、誰もが声も出せない。

 

 果たして誰が、この事態を想定しえたであろう?

 

 黒化英霊が、鏡面界を突き破って現実世界に飛び出してくる、などと。

 

 余りの事態に、誰もが、動きを止めた。

 

 ただ2人を除いて。

 

「んッ!!」

 

 刀を振り翳し、響は飛び出す。

 

 浅葱色の羽織が靡き、銀の刃は一閃となって突き込まれる。

 

 響の繰り出した刀の切っ先は、黒化英霊の胸を真っ向から捉えた。

 

 突き刺さる刃。

 

 だが、それだけにとどまらない。

 

「ま、だッ!!」

 

 柄を両手で持ち、更に力任せに刃を押し込む。

 

 同時に地を蹴って、ゼロ距離から無理やり加速する。

 

 踏み込みが一歩だった為、惜しくも音速には至らない。

 

 しかしそれでも、密着状態から押し込んだため、威力は絶大である。

 

 吹き飛ぶ黒化英霊。

 

 響の強烈な突進を前に、黒化英霊は背後の壁に叩きつけられる。

 

 同時に、ルヴィアも動いた。

 

「響、もう良いですわッ お下がりなさい!!」

「んッ」

 

 合図と同時に、刀を引き抜いて後退する響。

 

 それを見届けると、

 

 ルヴィアは壁に掌を当てた。

 

Zeichen(サイン)

 

 壁に仕込まれた術式を起動する。

 

 同時に、壁全体に編み込まれた回路に魔力が走った。

 

 連鎖的に巻き起こる爆発。

 

 壁に、天井に、一斉に亀裂が走っていく。

 

「まさか、最終手段をこちらの世界で使う事になろうとは・・・・・・」

 

 ルヴィアはそう言って、自嘲気味に笑う。

 

 今回の敵が強大であろうことは、初めから予想していた事である。

 

 そこでルヴィアは、本当に最後の手段として、地下構造を爆破崩落させ、黒化英霊もろとも押しつぶしてしまう作戦を考えていたのだ。

 

 本来なら鏡面界で使うはずの手段だったが、こうなった以上、仕方が無かった。

 

 一気に崩落を始める地下空間。

 

 亀裂はあっという間に、空間全体に広がっていく。

 

「脱出しますわよッ 生き埋めになるのは(あいつ)だけで十分ですわ!!」

 

 ルヴィアの言葉には一同、否やは無い。こんな所で生き埋めは、絶対にごめんだった。

 

「階段じゃ間に合わないッ イリヤッ 美遊ッ 私とルヴィアを抱えて飛んで!!」

「わ、分かった!!」

 

 直ちに、イリヤが凛を、美遊がルヴィアを抱え上げて跳び上がる。

 

 凛とルヴィアが重力軽減の魔術を使っているため、小学生女児2人は自分達より体格の大きい高校生を難なく抱え上げていた。

 

 その一方で、飛行できない響、クロ、バゼットの3人は、階段の手すりを足場にして垂直に駆けあがっていく。

 

 その間にも、地下空間の崩落は止まらなかった。

 

 土砂と瓦礫は、どんどん眼下に降り積もっていく。

 

「想定外の事が起こりすぎているわッ 敵がこっちの世界に出て来るなんて!!」

 

 絶望を吐き出すように呟く凛。

 

 いかに、あの敵が規格外であるかが分かる。

 

《いったい、向こうで何があったの姉さん? 敵も虚軸の移動手段を持っているの?》

《・・・・・・いいえ、わたし達のやり方とは、まるで違うようですよ》

 

 尋ねるサファイアに対し、ルビーは首を振る。

 

 確かに、

 

 黒化英霊が現実世界に出てきた時、かなり「強引」な印象を受けた。

 

 ルビーやサファイアのやり方が、例えるなら「道を作る」のだとしたら、あの黒化英霊がやったのは「壁をぶち破る」と言った感じだろうか。

 

《恐らく、敵さんが最後に出した奇妙な宝具・・・・・・あの剣が、世界そのものを斬り裂いたのではないかと・・・・・・・・・・・・》

 

 確かに奇妙な剣だった。

 

 一応「剣」の形はしていたが刃らしきものは無く、代わりに螺旋する円筒状の物が、本来なら刀身に当たる部分に存在していた。

 

 果たして本当に、あれを「剣」と呼んでも良いのかさえ分からない。

 

 そもそも世界を斬り裂くほどの力を秘めた剣など、本当に存在するのだろうか?

 

 何にしろ間違いなく、規格外(EXクラス)である事が分かる。

 

「どんな宝具を持ってこようと関係ありませんわ」

 

 美遊に抱えられたルヴィアが、呟くように言った。

 

「160万トンのコンクリートと、720万トンの地層に押しつぶされれば、いかな英霊であろうと耐えられるはずありませんわ」

 

 自信と共に言い放つ。

 

 あるいは、

 

 そう思い込みたかっただけなのかもしれない。

 

 誰もが。

 

 次の瞬間、

 

 視界の陰で、何か黒い物が下から上へ向かって駆けあがるのが見えた。

 

「な、何、今の!?」

 

 凛を抱えたイリヤが、驚愕して叫ぶ。

 

 同時に、何かを突き破るような、重苦しい音が、瓦礫越しに聞こえてくるのが分かった。

 

 そう、

 

 まるで連なった何層もの壁を、無理やり突き破るような、そんな音。

 

 地層が、突き破られている。

 

 ルヴィアはすぐに、その可能性に思い至った。

 

「急いでイリヤッ 早く地上へ!!」

 

 凛に促されるまま、速度を上げるイリヤ。

 

 光が見えてくる。

 

 もう間もなく、地上だ。

 

 やがて、少女の姿が地上へと出る。

 

 それと、ほぼ同時だった。

 

 「それ」が地上へ飛び出したのは。

 

 形容するならまさに、「空飛ぶ船」だろう。船体を中心に、左右には羽のような物が見える。

 

 まずい事態だ。

 

 魔術の第一原則は「秘匿」。一般人に、その存在を見とがめられるわけにはいかないのだ。

 

 今回は最悪、街に被害が出る可能性すらあった。

 

 何とか、街から離した場所で迎え撃たないと。

 

「わたしとイリヤなら飛べます」

 

 そう言って、跳躍の姿勢を取る美遊。今すぐにでも、飛び出していきそうな雰囲気である。

 

 だが、

 

「危険すぎる。近づいたところで勝算は無いわ」

「宝具の投射を誘発するだけでしょうね。そのうち1本でも街に落ちれば大惨事です」

 

 凛とバゼットが難色を示す。

 

 町の上空が戦場になる時点で、こちらの敗北は確定的だった。

 

「なら、海側におびき寄せて、地面に叩きつければ・・・・・・・・・・・・」

 

 今度はイリヤが発案するも、凛はやはり首を横に振る。

 

「仮にそれができたとしても、その後はどうしようもないわ。こっちの全力攻撃は全部防がれちゃったんだし」

 

 絶望感が、一同を支配する。

 

「手詰まりよ・・・・・・こんなのもう、どうしようもないわ・・・・・・」

 

 万策は、既に尽きた。

 

 もはや打つ手はない。

 

 誰もが、そう思い始めた。

 

 その時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「豚の鳴き声がするわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、背後から声を掛けられ、一同は振り返る。

 

 その視線の先。

 

 闇の中から、ゆっくりと近づいてくる影があった。

 

「まったく、名家の魔術師2人に執行者が雁首揃えてピィピィと。情けないにもほどがあるわね」

 

 暗がりの中から出てきた、その人物。

 

「ん・・・・・・」

「ッ!?」

「あ、あなた!?」

「ど、どうしてここに!?」

 

 見覚えのあるその人物の姿に、響、美遊、クロ、イリヤが同時に声を上げる。

 

 果たしてそこには、

 

 穂群原学園初等部養護教諭の華憐(かれん)が、あまり見慣れない格好で佇んでいた。

 

 

 

 

 

第33話「神話の彼方より来たる者」      終わり

 

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