1
動いたのは、両者ほぼ同時だった。
跳躍。
疾走。
交錯。
響とルリア。
これまで幾度となく激突を繰り返してきた2人が、今まさに終末とも言える戦いのさなか、最後の激突を繰り広げようとしていた。
刃を手に、高速で迫る響。
闇夜にも鮮やかな浅葱色の羽織を靡かせる。
その斬撃は、ルリアよりも半歩先んじる形で踏み込む。
「んッ!!」
間合いに入ると同時に、袈裟懸けに振り下ろされる刃。
その一撃は、正にルリアを捉えた。
まさに必殺の剣閃。
袈裟懸けに斬り下ろされた刃。
だが、
「ッ!?」
思わず、息を呑む響。
自身を睨むルリアの眼光は、斬られたにも拘らず殆ど衰えていない。
それどころか、おどろおどろしい殺気はさらに高まっている。
「そんな・・・・・・ものかァァァァァァァァァァァァ!!」
咆哮。
同時に繰り出された爪が、至近距離から響に襲い掛かる。
一閃される少女の腕。
その指先の爪は、あらゆる物を斬り裂く、魔剣の如き鋭さを備えていた。
「クッ!?」
本能に従い、とっさに後退する響。
大気を斬り裂く軌跡が鼻先を霞め、冷汗は背中から噴出する。
かわした。
と、思った。
だが、
「甘いッ!!」
膝をたわめると同時に、ルリアは後退する響を追うように跳躍する。
同時に手は、落ちていた弓を拾い上げる。
引き絞られる弦。
そこにつがえられた矢が、一斉に放たれる。
「あれはッ!?」
うめき声を上げる響。
刀で弾くか?
一瞬そう考えた。
だが、
即座にその考えを打ち消す。
殆ど本能的に回避を選択する響。全力で、その場から飛びのいた。
一泊置いて、着弾する矢。
次の瞬間、
衝撃で地面がえぐれ、大きなクレーターが道路に出現した。
「なッ!?」
絶句する響。
同時に、襲ってきた衝撃波に対し、とっさに空中で防御の姿勢を取る。
しかし、舌を巻かざるを得ない。
何という破壊力。
この威力は、クロの
とっさに防ぐのをやめて正解だった。もし防御を選択していたら、響の体は吹き飛ばされ、第2撃を防ぐことは不可能だっただろう。
とは言え、
着地と同時に視線を上げる響。
ルリアの能力は、以前戦った時よりも格段に上昇している。
その動きは、鋭く、そして速い。
否、
速すぎるくらいだ。
理由は、
響はチラッと、ルリアに目をやる。
恐らく、彼女が戦闘前に纏った布。あれが原因だ。
恐らくは何らかの宝具。それも、自身の身体能力を底上げする能力を持った、対人宝具の類であると思われた。
さて、
ここで一つ、響の認識は間違っていた。
響が「布」だと思っている物。正確に言えば、布ではなく「皮」である。
それはギリシャ神話の時代。都市国家カリュドンを襲った魔獣の皮。
カリュドン王オイネウスがオリュンポス十二神に生贄を捧げた際。生贄を送る対象に処女神アルテミスを含めなかったことで、怒り狂った女神によって送り込まれた巨大猪。
ただ存在するだけで死を撒き散らすおぞましき魔獣を討伐するために、幾多の勇者が集められた。
その中にアタランテもいた。
戦いは多くの犠牲を出しつつも、最終的にはアタランテが猪を射止め、オイネウスの息子メレアグロスがトドメを刺す事で終結した。
だが、話はここで終わらない。
戦い終わり、戦利品を分ける段階になって、最功労者であるメレアグロスが、魔獣の皮をアタランテに譲ろうとした事で問題となった。
メレアグロスとしては、一番弓を決めたアタランテこそ最功労者と見たのかもしれないが、当のアタランテ自身は、その申し出を謝絶した。
これにより諍いが起こった。
諍いはやがて殺し合いに発展し、多くの者が命を落としたという。
まさに災厄がもたらした、忌むべき獣の衣。
宝具「
予想通り対人宝具に属するその効果は、響の「誓いの羽織」同様、身体能力強化にある。もっとも、その性能は桁違いだが。
当の英霊アタランテ自身、あまりのおぞましさに生涯使わなかったとされるこの宝具をあえて使用する事により、ルリアは人ならざる身体能力を獲得するに至っていた。
「衛宮・・・・・・響・・・・・・・・・・・・」
おぞましく絞り出される少女の声。
「お前を、殺す!!」
飛び掛かってくる漆黒の獣。
その様を、響は舌打ち交じりに眺めていた。
2
状況は、混沌としていた。
先行する形で、大聖杯のある円蔵山へと向かっている黒化英霊。
それを追撃する美遊。
美遊にやや遅れて追随するイリヤ。
後続するクロ、凛、ルヴィア、バゼット、カレン。
そして、突如襲撃してきたルリアとの間で、交戦状態に突入した響。
戦闘は冬木市全域に広がりを見せつつある。
そんな中、
傷ついた体を引きずるようにして、戦場へと向かう人影があった。
その人物はまともに歩く事も出来ず、時折転倒を繰り返しながら、それでも一歩一歩、ゆっくりと前へと進んでいた。
その姿は、薄汚れた入院着を着ており、ふとすると、どこかの病院から脱走してきたかのようにも見える。
当たらずと言えども遠からず、である。
男の名は
先の戦いで響に敗れ、重傷の身で魔術協会に保護されていた男である。
「クソッ・・・・・・・・・・・・」
悪態をつきながら、優離は渾身の力でもって立ち上がる。
一歩歩くだけで、その身は激痛が駆け抜けていく。
本来なら、絶対に安静にしていなくてはならないところである。
だが優離は、突き動かされるように前へと進み続ける。
幾度も地面を舐めながら、それでも這うようにして。
己が苦行を受け入れ、ひたすらに前に進む事のみを考える。
「・・・・・・・・・・・・駄目だ」
呟かれる言葉は、その場にいない人物へと向けられていた。
「ダメだ・・・・・・・・・・・・ルリア、お前はもう、戦うな・・・・・・・・・・・・」
その脳裏には、かつて共に戦った少女の姿が浮かび上がる。
ルリア。
いつも自分に反発していた少女。
それでも、この冬木で共に戦った戦友とでも言うべき存在だ。
彼女の病院脱走に気が付いたのは、ほんの少し前。
優離は躊躇う事無く、彼女を追う道を選んだ。
自分がどうなろうと、知った事ではない。
ただ、彼女を守りたい。
その想いに突き動かされて。
正直なところ、なぜこのような思いが浮かぶのか、優離にもはっきりとは分からない。
ただ、「己の中にいる誰か別の存在」が、語り掛けているような気がした。
どうか「彼女を救ってくれ」と。
いったい、それが誰なのか? なぜ、自分に語り掛けて来るのか?
それは判らない。
だが、ある種の強迫観念とも言える思いと共に、優離は傷ついた体で歩き続けていた。
周囲を見回せば、明らかに様子がおかしい事にも気づく。
恐らく、何らかの結界が張られているのだ。それも広範囲にわたって。
それが示すところはすなわち、何か尋常ではない事態が、この冬木の街で起こっていると言う事だった。
急がなくてはならない。
全てが、手遅れになる前に。
強烈な爪による一撃を、辛うじて回避する響。
打ち砕かれたコンクリートの破片が、細かな弾丸となって少年の体に襲い掛かる。
「ッ!?」
舌打ちしつつ、空中で態勢を入れ替える響。
そこへ、ルリアが襲い掛かって来た。
「死ィねェェェェェェェェェェェェ!!」
繰り出される右の五指。その先に鋭く光る爪。
ほとんど同時に、響もまた手にした刀を繰り出す。
空中で交錯する両者。
だが、
空中にあっては、響の不利は否めなかった。
両者、ほぼ同時に着地する。
次の瞬間、
響の左肩から、鮮血が噴き出した。
「・・・・・・・・・・・・完全にかわした、のに」
舌打ちする響。
だが、ルリアの動きは止まらない。
着地と同時に、再び襲い掛かってくる。
連続して襲い掛かってくる爪の連撃。
対して響は、必死に刀を振るって防いでいく。
どうにか仕切り直そうと、距離を置く響。
だが、それも悪手である。
距離が離れたと見るや、ルリアはすかさず弓による遠隔攻撃を仕掛けてきた。
「死ねッ 死ねッ 死ねェェェェェェッ!!」
五月雨の如く飛んでくる矢。
数こそ、アタランテ本来の宝具である「
着弾するたびに襲い掛かってくる衝撃波を前に、響は態勢を維持するのに精いっぱいである。
そして僅かでも隙を見せれば、ルリアは容赦なく襲い掛かってくる。
獣の如き膂力に、人間離れした俊敏性を備えた今のルリアに、響は殆ど追随する事が出来ないでいる。
ようやく攻撃が止んだところで、響は距離を開けて対峙した。
その息は荒く、全身はボロボロに近い。
ルリアの戦いぶり、あれはもはや
斎藤一も
「それに・・・・・・・・・・・・」
響はどうにか息を整えながら呟く。
響は戦闘が開始した時点で、既に消耗していた身である。
特に、黒化英霊相手に「翻りし遥かなる誠」を使用してしまったのは痛かった。
あれのせいで、響の残存魔力は、控えめに見ても3割以下になっているのは間違いない。
下手に長引けば
「・・・・・・・・・・・・」
勝負を掛ける。
可能な限りの全力でもって、短期決戦を挑むしかない。
とは言え、
相手は狂化した英霊。消耗した今の響では、如何にしても勝ち目は薄いと言わざるを得ない。
「それでも・・・・・・・・・・・・」
ゆっくりと、
刀の切っ先をルリアへと向ける響。
ルリアを倒さないと前に進めないのなら、躊躇う気は無かった。
チラッと、視線を円蔵山の方向に向ける。
もう、美遊やイリヤはたどり着いただろうか?
あるいは、黒化英霊と再度の戦闘に入っている事も考えられる。
急がなくてはならなかった。
残された全ての力を振り絞って。
「
低く囁かれる呟き。
次の瞬間、
響は地を蹴った。
一歩。
更に加速する響。
その時点で、ルリアも動き出す。
両腕の詰めを振り上げ、響を迎え撃つ。
2歩。
音速を超える響。
衝撃波が、容赦なく周囲を圧倒する。
迎撃すべく、爪を振り上げるルリア。
だが遅い。
その前に響は、必勝の態勢を築き上げる。
3歩。
獰猛な狼は、容赦なく牙をむく。
突き出される刃。
その一撃が、ルリアの姿を真っ向から捉える。
吹き飛ばされる少女。
そのまま、背後のブロック塀を破砕した。
3
突きを放った状態のまま、立ち尽くす響。
その息は荒く、視線は定まらずにいる。
手応えは、あった。
響の剣は、確かにルリアを捉えたはずだった。
と、次の瞬間、
「うッ・・・・・・・・・・・・」
ガックリと膝をつく響。
同時に、
英霊化は解かれ、少年の姿は元の普段着へと戻って行った。
魔力が限界だった。
以前のように気を失わないだけマシだが、これ以上の交戦は不可能である。
「・・・・・・・・・・・・」
自身を苛む目まいに耐えて顔を上げる響。
これで決まったはず。
もし、そうでなければ・・・・・・・・・・・・
そう思った、次の瞬間、
崩壊した瓦礫の下から、飛び出してくる黒い影があった。
ルリアだ。
一直線に、響めがけて跳び上がってくるルリア。
餓狼一閃を受けた影響だろう。向こうも満身創痍の状態である。動きも、先程と比べて明らかに精彩を欠いているのが分かる。
だが、僅かな魔力残量の差で、ルリアは響に競り勝った形である。
「死ィィィィィィィねェェェェェェェェェェェェ!!」
迫る獣の少女。
その爪が響を斬り裂かんと襲い掛かる。
駄目だ。
もはや響は戦う事ができない。
このまま、凶悪な爪に引き裂かれるのを待つのみ。
そう思った。
次の瞬間、
人影が、響を守るように2人の間に割って入った。
優離だ。
傷ついた身で病院を抜け出した彼は、ある種の妄執に導かれるようにして、この最後の戦いの場に間に合ったのだ。
「優離ッ!?」
突然現れたかつての宿敵に、驚く響。
だが、それでも結果は変わらない。
ルリアが止まらない以上、その爪は優離を、そして響を引き裂くだろう。
だからこそ、優離は使う。
最後の切り札を。
取り出したのは、一振りの盾。
全面に精緻な意匠を施されたその盾は、一目で凄まじい威力を秘めた宝具である事が分かる。
掲げる優離。
それこそが、女神テティスが息子アキレウスの為に鍛冶神ヘパイストスに作らせた、イリウスに謳われる伝説の盾。
天と地と空、陽と月と星、神と国と人、兵と賊と贄、歌と生と死、そして
英雄アキレウスが、この世に生を謳歌した証。
「
展開される世界。
それは全てを防ぎ留め、包み込んでいく。
狂獣化した英霊とて、その例外ではない。
動きを防ぎ留められ、怒り狂うルリア。
その瞬間を、優離は見逃さない。
「今だ、衛宮!!」
「んッ
ありったけの魔力を込める。
手の中に現れた刀を握り、斬りかかる響。
動きを止めたルリア相手に、袈裟懸けに斬り下ろした。
「ガァァァァァァァァァァァァ!?」
強烈な悲鳴と共に、その場に倒れ伏すルリア。
その体を、
すんでのところで優離が抱き留めた。
少女の体の軽い感触。
だが、傷ついた優離は、支えきる事が出来ずに、地面に倒れ込む。
「優離」
駆け寄る響。
その響に、優離はやれやれとばかりに苦笑して見せる。
「間一髪だったな」
「ん、無茶する」
少し咎めるような口調で言う響。
優離の体は、戦える状態ではない。それについては半分は響の責任でもあるのだが、ともあれ、そのような体で戦場に来るなど自殺行為以外の何物でもなかった。
その時だった。
「・・・・・・その少年の言うとおりだ。あまり無茶をさせるものではない」
突然の言葉に、響は思わずギョッとした。
なぜなら、
言葉を発したのが、優離の腕に抱かれているルリアだったからだ。
「ルリア?」
声を掛ける響。
対して、ルリアはどこか遠い場所を眺めるような目をして言った。
「因果な物だな、ライダー。よもや今生においても、汝の世話になろうとは。どうやら我らの業はなかなか深いと見える」
どこか古風を思わせる喋り方。
明らかに、ルリアの口調ではない。
対して、
「気にすんなよ」
答えたのは、
彼女を抱く優離だった。
こちらもまた、常に見せる物静かな声ではなく、どこか荒々しさを感じさせる物だった。
「良い男ってのは、良い女の為に命を掛けるもんさ。それが姐さんの為なら、俺は
「フン、よく言う」
優離の口から発せられた言葉に対し、憎まれ口を叩きつつも、ルリアの姿をした「誰か」は、まんざらでもないかのように笑みを浮かべる。
次いで、ルリアは響にも視線をやった。
「少年、お前もだ。随分と迷惑を掛けた。だが、この娘の事は恨まないでやってくれないか?」
「ん、そんなつもりない・・・・・・けど・・・・・・」
戸惑いながら、響は答える。
ルリアも、そして優離も普通ではない。
まるで、何かが「乗り移った」ように、別の人間の言葉を話しているようだった。
そんな響を見て、ルリアはフッと笑みを浮かべる。
「良い子だ」
次いで、優離の方が声を掛けてきた。
「小僧。お前も惚れた女を守り通せるくらい強くなれよ。男ってのは、そう言うもんだ」
そう言って、ニヤリと笑う優離。
と同時に、2人の体から光が溢れていく。
光はやがて、粒子となって流れるように天へと昇っていく。
後には、気を失って倒れている、優離とルリアの姿があるだけだった。
「・・・・・・・・・・・・今のは」
響は、先のやり取りを思い出して呟く。
優離ではない優離。
ルリアではないルリア。
そう、
あれはきっと、2人に憑依していた英霊。
アキレウスとアタランテ。
遠い世界、
ここではないどこかで共に戦い、共に散った2人。
アキレウスはアタランテを守るために戦い、そしてアタランテはそんなアキレウスを憎からず思っていた。
故にこそ、今回もまた、
まさに、時空を超えた絆。
そんな英霊2人の想いは確かに、
今を生きる少年の胸に刻まれるのだった。
第35話「英霊達の挽歌」 終わり