第1話「並行世界」
1
気が付けば、闇の中だった。
視界全てを覆う闇。
見渡せど、響の瞳には、何も映らない。
真なる闇の世界が、そこに広がっていた。
ここは、どこなのか?
みんなは、どうなったのか?
疑問が次々と湧いてくる。
美遊は?
イリヤは?
クロは?
無事なのだろうか?
と、
「戸惑う事は無いよ」
突然の声に、振り返る。
そこに佇む存在。
「や」
気さくに片手を上げてくる、その人物。
その人物を見て、
響は露骨に嫌な顔をした。
対して、
「そう、イヤそうな顔しないでよ。割と傷つくから」
響の反応を見て、相手は苦笑する。
だが響は警戒するように目を細めながら、相手を睨むのをやめようとしない。
響がいきなり不機嫌になった理由は2つ。
1つ目は、見た瞬間、相手が誰なのか分かってしまった事。
そして2つ目。
それは、相手が他ならぬ、「響自身」の姿をして現れた事だった。
「・・・・・・・・・・・・その恰好やめてくれる?」
「あいにくだけど、これはどうにもならないね。僕自身がこの姿を選んだわけじゃないし」
そう言って、相手は肩を竦める。
そんな相手に対し、響は嘆息交じりに言った。
「・・・・・・裏ヒビキ」
「・・・・・・人を格ゲーの2Pキャラみたいに言わないで、お願いだから」
ちょっと傷ついたらしく、やや声のトーンが落ちる。
とは言え、
響とヒビキ。
こんな形ではあるが、同じ体を共有する2つの魂が、初めて顔を合わせた事になる。
しかし、なぜこのような事態になったのか?
今まで、響とヒビキは、お互いに顔を合わせた事は無いというのに。
「たぶん、お互いの魔術回路を接続した影響だろうね。だからこうして、話をする事も出来る訳だ」
そんな響の疑問に答えるように、ヒビキはそのように説明をした。
確かに、
あの最終決戦時、響はヒビキと魔術回路を繋げる事で強引に魔力供給を受け、
あれが無かったら、巨大な力を持ったギルに勝つ事は不可能だっただろう。
それが結果として、交わるはずの無い2人の魂を、こうして引き合わせていた。
「でも不愉快」
口をとがらせる響の反応に、ヒビキは苦笑する。
まあ、気持ちは判る。誰だって「自分と同じ顔をした他人」が目の前にいれば不気味がる事だろう。
ましてかヒビキは、これまで何度か(緊急事態だったとは言え)響の体を拝借している。
それを考えれば、響がヒビキを嫌う理由も、判らなくはなかった。
「けど・・・・・・・・・・・・」
気分を変えるように、ヒビキは改めて言った。
「そんな君と僕でも、目的が共通している以上、協力することはできる筈。違う?」
「・・・・・・・・・・・・」
問いかけるヒビキに対し、響はムスッとした感じに沈黙する。
言っている事は判る。
判るのだが、
そう簡単に割り切れない辺り、響はまだまだ子供だった。
「・・・・・・・・・・・・最後に出てきたあいつら」
ややあって、響は口を開いた。
顔は相変わらずのしかめっ面。
やけに長い「間」は、少年の心情を如実に物語っていると言えよう。
許容も割り切りもできないが、取りあえず「我慢」する。
つまり、今の態度が、
「いったい誰?」
あの、ギルとの戦いの直後。
女が2人、男が1人。
明らかに何らかの英霊を纏ったと思われる連中。
圧倒的とも言える力を持ったあの3人は何者なのか?
それに対し、
「・・・・・・・・・・・・」
ヒビキは答えあぐねるように口を閉ざす。
その態度に、苛立ちを募らせる響。
「ねえ、ちょっと・・・・・・・・・・・・」
問いかける響に対し、
ヒビキは嘆息気味に顔を上げた。
「奴らの名は、エインズワース。今回の一連の事件、その全てにおける元凶だよ」
「エインズワース・・・・・・・・・・・・」
ヒビキが言った言葉を、響は噛み締めるように呟く。
「気を付けて。彼らはまだ、美遊を諦めていない」
「美遊を?」
そう言えば確かに。
彼らは美遊を連れ去ろうとしていたのを思い出す。
つまり、あの連中こそが、美遊の聖杯としての機能を狙っている者たちと言う事だろうか?
「僕にとっても誤算だったよ。まさか世界を越えてまで追いかけて来るなんて。これじゃあ、何のためにあの人は・・・・・・・・・・・・」
ヒビキはそう言って、唇を噛み占める。
彼もまた、何かを抱えてここまでやって来たのだろう。
響が知りえない何かを。
そんな響を、ヒビキは真っ直ぐに見据える。
「前回の戦いで、僕は少し力を使いすぎた。多分、暫くは表に出る事も出来ないと思う」
「え?」
顔を上げる響。
対して、
ヒビキは優し気な笑みを浮かべて言った。
「だから、守ってあげて欲しい。僕や『彼』の代わりに・・・・・・美遊を」
「え?」
それはどういう意味だ?
そう問いかけようとする響。
だが、その前に視界が閉ざされていくのが分かる。
全てが黒く塗りつぶされ、ヒビキの姿も見えなくなっていく。
「気を付けて。奴らの力は強大だ。1人で戦おうとしちゃいけない。君の友達や仲間たちと、協力するんだ。良いね」
「ちょ、ちょっと待って!!」
手を伸ばす響。
だが、
視界はあっという間に黒く塗りつぶされていった。
「美遊を、頼むね」
2
突然流れ込んできた冷気。
その唐突とも言える気温の低下を前に、意識が急速に覚まされていくのが分かった。
「ハクチュッ」
こぼれ出るくしゃみ。
同時に、響の意識は完全に覚醒した。
「・・・・・・・・・・・・ん?」
目を開ける響。
途端に、冷気は容赦なく、薄着の肌を襲ってきた。
「え・・・・・・・・・・・・?」
明らかに感じる違和感。
目を開いてみて、驚いた。
白い。
あたり一面、真っ白である。
「雪? 何で?」
混乱が襲ってくるのに、さほどの時間は必要なかった。
雪が降っている。
のみならず、積もってもいる。
あたり一面に広がる銀世界。
何で?
どうして?
今、季節は夏のはず。みんなで海に遊びに行ったのは、つい先日の話である。
であるのになぜ、雪が降っているのか?
自分は夢でも見ているのか?
それとも、寝ている間に冬になってしまったのか?
ありえない。
目に見える光景も肌に感じる冷気も、間違いなく本物だ。
さらに言えば、そこまで寝ぼけているつもりは無かった。
本当に、雪が降っている。
これらは全て、現実だった。
周囲を見回してみると、自分が倒れていたのが森の中である事が分かる。
周囲に立ち並ぶ木のせいで、視界がほとんど遮られている。
たぶん、円蔵山のどこかだろう事は想像できるが、しかし具体的にどこなのかは判らなかった。
と、
「・・・・・・う・・・・・・ん」
すぐ傍らで、うめき声が発せられるのが聞こえた。
目を向ける。
果たしてそこには、見覚えのある少女が、雪の上に横たわっていた。
「美遊ッ!?」
駆け寄る響。
間違いない。美遊だ。
あの最後の局面。
包まれた光の中で、響は確かに彼女の腕を掴んだ。
そのおかげで、離れずに済んだらしい。
「美遊ッ 美遊ッ」
肩を掴んで揺り動かす。
僅かに眉をしかめる美遊。
その様子に、響はホッと息を吐く。
良かった。どうやら生きているらしい。
ややあって、美遊はゆっくりと目を開いた。
「・・・・・・・・・・・・響?」
「ん、美遊、良かった」
言いながら、美遊を起こす響。
怪我をしている様子はない。どうやら無事なようだ。
「ここは、どこ?」
「ん、判んない。山の中」
尋ねる美遊に、響はそのように答える。実際、今起きたばかりの響には、それくらいしか分からなかった。
ややあって、美遊も周囲を見回し、自分が置かれている状況を理解したのだろう。
「これは・・・・・・・・・・・・雪?」
「ん、気づいたら降ってた」
目が覚めたら、いきなり夏から冬に様変わりしていた、などと言う事態に襲われて、混乱しないはずが無かった。
とは言え、
美遊は周囲を見回しながら、何事か考え込んでいる。
明らかに、自分とは違う反応に、響はいぶかる様に美遊を見た。
「美遊、どした?」
「もしかしたら・・・・・・ちょっと来て、響」
そう言うと、響の手を引いて駆け出す美遊。
いったいどうしたと言うのか?
促されるまま、響は美遊に着いていく。
木々の間を走り、斜面を滑り、倒木を飛び越えた先には、視界が開けた場所に出た。
果たしてそこに広がっていた光景に、
「な・・・・・・・・・・・・」
響は思わず絶句した。
まず結論から言えば、ここが円蔵山だろうと言う響の予想は間違いではなかった。
眼下には冬木市の光景が広がっている。
未遠川を挟んで、新都と深山町とに分かれている風景は、間違いなく慣れ親しんだ故郷、冬木市の物だ。
だが、
その姿は、響の記憶にある街の姿とは、明らかに異なっていた。
明らかな殺風景。
街に活気が、全く感じられない。
ここから見ても、街全体が沈んでいるのが分かる。殆どゴーストタウンと見紛わん様相だ。
更に、海岸線も大きく後退している。まるで遠浅の海のようにも見える。
そして何より響を驚愕させた物。
深山町の真ん中を大きくえぐるように、巨大なクレーターができているのだ。
100メートルや200メートルの大きさではない。目測だけでも数キロ四方の直径である。
尋常ではない。まるで戦場跡のような風景だ。前に写真で見た、隕石落下跡を連想させられる。
「なに、これ・・・・・・・・・・・・」
異常事態の連発で、響の脳は殆ど機能停止に近い状態になっている。
目に見える事態に対し、脳の処理が追い付かない。
ここは冬木市だけど、響が知っている冬木市ではない。
まだ、夢の中にでもいるかのような錯覚にとらわれる。
本当に、何が起きているというのか?
そんな中、
「間違いない」
傍らの美遊が、絞り出すように言った。
「ここは、私がいた世界・・・・・・・・・・・・」
美遊がいた世界。
それはつまり、
「並行世界って事?」
「うん」
尋ねる響に、美遊は頷き返す。
それにしても、「並行世界」である。
ギルがそのような事を言っていたのを、今更ながら思い出す。
正直、話を聞くだけでは半信半疑だし、今でも実感がわいているとはいいがたい。
しかし、こうして実際にこうして体感している以上、否定する事に意味は無かった。
「本当に、ここが?」
「そう。わたしがもともといた世界。そして、冬木市・・・・・・・・・・・・」
頷く美遊。その表情は険しく、冗談を言っているようには見えない。
そもそも、美遊はそんなくだらない冗談を言う娘ではない。
つまりここは、本当に「並行世界の冬木市」なのだ。
正直、そんなゲームや漫画みたいな体験を、まさか自分がする事になるとは、響は露とも考えてはいなかった。
そんな中、
美遊はジッと、眼下の街並みを眺めていた。
「美遊?」
「・・・・・・帰って、来ちゃった」
懐かしむような、それでいて哀しみ溢れるような、そんな横顔を見せる美遊。
そんな少女を、響は黙したまま見つめている。
考えてみれば、美遊がなぜ、この世界から、あちらの世界に渡ったのか、そこら辺の事情が全く分かっていないのだ。
と、
「ハクチュッ」
再び、くしゃみをする響。
考えてみれば文字通り、ついさっきまで夏だったのだ。それがいきなり冬に放り込まれた形である。寒くて当たり前である。下手をすれば風邪をひきかねない。
できれば冬用の服を手に入れたい所である。
勿論、食料や休める場所も確保できれば最高だった。
「あのさ、響」
「ん?」
そんな響を見て、美遊は思いついたように言った。
「よかったら、私の家に来ない? そこなら多分、服も手に入るし」
「美遊の、家?」
「そう。深山町にある。少し、歩くけど」
今の冬木は、響にとって馴染みの無い街になってしまっている。
しかしそれでも、もともとの住人である美遊がいてくれたら心強い。
それに、単純に「美遊の家」と言う物にも興味がある。
「行く」
頷く響。
並行世界などと言う特異すぎる状況に追い込まれ、未だに混乱から覚めない響。
それでも、美遊がいてくれるだけで、心強いことこの上なかった。
「案内する。着いて来て」
踵を返して歩き出す美遊。
だが、
響は足を止めたまま、美遊をジッと見つめている。
「・・・・・・響?」
怪訝な面持ちで振り返る美遊。
対して、響は意を決したように口を開いた。
「美遊、エインズワースって?」
「ッ!?」
響の言葉を聞いた途端、
美遊の顔が、目に見えて引き攣るのが分かった。
知らないはずはない。何しろ、彼女を連れ去ろうとした連中なのだから。
「何で、その名前を?」
「ん、ちょっと」
どう説明したらいいか分からず、響は言葉を濁す。
夢の中で「あいつ」から聞いた。などと言ったところで、理解してもらえるとは思えなかったし。
「・・・・・・・・・・・・エインズワースは」
ややあって、美遊は躊躇いがちに口を開いた。
「エインズワースは、前に私を捕えていた人たち・・・・・・・・・・・・」
まっすぐに向けてくる美遊の視線。
その目は、何か悲しい事を思い出しているようにも見えた。
「彼らは
言ってから、美遊は振り返った。
「詳しい話は、落ち着いてから。まずは行こう」
「ん」
美遊が差し出した手を握る響。
いずれにせよエインズワース。
彼らが次の敵になると言う事だけは、響にも理解できていた。
3
雪の積もった円蔵山を滑るように下りて街に出る。
しかし、山の上から見た雰囲気は、響の勘違いではなかった。
人の気配がない。
まるで本当に、ゴーストタウンと化したような印象がある。
「冬だから、みんな出歩かないの?」
極端な話だが、あくまで常識的な範囲の思考で響は尋ねてみた。
こう雪が降っていては、誰も外に出歩きたいと思わないのも道理だろう。
「ちょっと違う」
だが、美遊から帰って来た答えは、響の予想を遥かに上回る物だった。
「今は冬じゃなくて夏」
「・・・・・・・・・・・・は?」
目を丸くする響。
周囲を見回せば、一面の銀世界。
この光景のどこに「夏」の要素があると言うのか?
「この世界では、夏でも雪が降るの」
「はあ・・・・・・・・・・・・」
そろそろ頭が痛くなってきた響。
流石は並行世界とでも言うべきか、答えが斜め上すぎて理解が追い付かない。
いったいどうなっているのか、この世界は。
「これでも、冬木はまだ良い方。場所によっては、もっと降る地域もあるから」
「ふーん」
夏に降る雪。
こう書けば、幻想的な感じに聞こえるかもしれないが、現実はそうではない。
まるで白一色に塗りつぶされていくような、そんな重苦しい圧迫感が、街全体を包み込んでいた。
「わたしの家、もうすぐだから。あと、この先を曲がれば・・・・・・・・・・・・」
美遊がそう言いかけた時だった。
鳴り響く、独特の風切り音。
響の直感が、一瞬の変化を逃がさなかった。
「美遊ッ!!」
とっさに、体当たりを掛けるようにして美遊を地面に倒す響。
それと同時に、降り注いだ閃光が、着弾と同時に地面を抉るようにさく裂した。
「ありゃ、外しちまったか。思ったよりやるじゃねえの」
どこか軽薄さを感じさせる声。
振り返る響と美遊。
その視線の先に佇む1人の少年。
短く切った髪に端正な顔立ち。
見た目の年齢は、響や美遊と変わらないように見える。
しかし、
明らかな敵意の笑みを浮かべる少年を前に、響は警戒心を強める。
どこか粘つくような、そんな不快感を少年から感じる。
対して、
そんな響を無視するように、男は背後の美遊に目をやる。
「いやー、僕は運が良いのかもね、アンジェリカ達が失敗したって聞いたからどうなるかと思ったんだが、まさかそっちから網にかかってくれるとはね」
その言葉に、響は相手が「敵」である事を確信する。
エインズワースの刺客。
すなわち、敵。
「美遊、サファイアは?」
「いない・・・・・・多分、こっちに来た時にはぐれた」
力なく呟く美遊。
共に戦ってきたステッキと離れ、少女の心は寂しさと心細さに支配されようとしている。
眦を上げる響。
その心は、決意に燃え上がっていた。
戦う術を持たない今の美遊。
そんな彼女を守れるのは、響しかいなかった。
「
低い呟きの詠唱と共に、響の手には一振りの日本刀が握られる。
「へえ・・・・・・・・・・・・」
そんな響の様子に、目を細める少年。
口元には面白そうに笑みを浮かべている。まるで舞台のショーを見ているかのような軽薄さが見て取れる。
「それで僕とやり合おうってのか。面白い」
呟くと同時に、少年の腕には1冊の本が出現する。
恐らくは魔術礼装。
そう認識した瞬間、
男は響に閃光を放ってきた。
第1話「並行世界」 終わり