Fate/cross silent   作:ファルクラム

64 / 116
第9話「たとえ地を舐めてでも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄青の衣装に身を包み、手には大ぶりな錫杖を掲げる美遊。

 

 まるでおとぎ話に出てくる妖精のような、可憐な出で立ちだ。

 

 儚げな雰囲気が、可憐な美遊の容姿と相まって一個の美を完成させている。

 

 だが、彼女(キャスター)もまた、ただ美しいだけの花ではなく、その人生に名を成した英霊である。

 

 魔女メディア

 

 ギリシャ神話に登場するコルキスの王女にして、血塗られた人生を刻んだ「裏切りの魔女」。

 

 元は王女として純真無垢に育てられたメディア。

 

 そのまま行けば、彼女の運命は順風満帆だったことだろう

 

 だが、アルゴー船の船長イアソンとの出会いが、彼女の全てを狂わせた。

 

 自ら王位に就くためにコルキスの宝である「金羊の皮」を狙っていたイアソンは、言葉巧みに、王女であるメディアに取り入る事になる。

 

 メディアは女神アフロディテの呪いによってイアソンに恋をし、結果として父王を裏切ってしまう。

 

 逃避行の末に、追手として差し向けられた自らの弟まで殺害したメディア。

 

 だが、そうまでして尽くしたイアソンは、結果として王位を奪われ、国を追われる事となる。更には、自分に献身的に尽くしたメディアを裏切り、まるで路傍の石の如く捨て去ってしまう。

 

 怒り狂ったメディアは、イアソンを見限り、壮絶な復讐劇へと走る事となる。

 

 美遊が夢幻召喚(インストール)したメディアは、まだ「裏切りの魔女」と呼ばれる前。

 

 イアソンと出会う前の、純真無垢な王女としての姿であった。

 

 若いとは言え、ギリシャ神話最強と言われる魔術は健在である。

 

「田中さん、伏せていて」

 

 美遊は静かな声で、背後の田中に告げる。

 

「今からここを吹き飛ばすから」

「は、はいですッ!!」

 

 美遊に促され、慌てて物陰に隠れる田中。

 

 魔術師(キャスター)の全戦力を開放すれば、この程度の地下空間、一撃のもとに吹き飛ばす事ができるだろう。

 

 田中には隠れていてもらった方が賢明である。

 

 その姿を確認してから、美遊は錫杖を掲げる。

 

 少女の視線の先に佇む、ベアトリスとヴェイク。

 

 その2人を睨み据えながら、美遊は攻撃態勢に入る。

 

 少女の背後に展開される複数の魔法陣。

 

 出し惜しみはしない。

 

 美遊はありったけの魔力を開放し、5つの魔法陣を同時展開する。

 

 あのカード回収任務の際、美遊達が苦戦した魔術師(キャスター)の能力を、美遊はそのまま使用しているのだ。

 

 高まる魔力。

 

 魔法陣は輝きを増す。

 

 その様子を、ベアトリスとヴェイクは冷めた目で見つめていた。

 

「やれやれ、何か余計に面倒くさくなってない、これ? それにこの火力。ちょっと半端ないかなー」

 

 呆れ気味に言って肩を竦めるヴェイク。

 

 対して、ベアトリスもやれやれとばかりに嘆息する。

 

 美遊がルビーと出会った事。そのルビーがクラスカードを隠し持っていて、美遊が夢幻召喚(インストール)してしまった事。

 

 彼女たちにとって、あまりにも想定外の事が起こりすぎていた。

 

 とは言え、このまま美遊が魔力を開放すれば自分たちの身も危ないのも事実である。

 

「仕方ねえ」

 

 言いながら、狂戦士(バーサーカー)のカードを掲げるベアトリス。

 

「少しだけ、本気出してやりますか!!」

 

 言い放つと同時に、ベアトリスの姿は変化する。

 

 肥大化した腕はそのままに、まるでどこかの蛮族のようなワイルドめいた格好。

 

 何より、その手にはベアトリス自身の身体よりも巨大な槌を持っている。

 

 あの円蔵山の戦いの最後に現れた時と同じ姿。

 

 可憐な美遊とは正反対の、凶悪としか言いようがない、少女の戦姿がそこにあった。

 

 同時に、ベアトリスの身体から強烈な放電が始まる。彼女もまた、美遊の攻撃に合わせて攻撃態勢に入ったのだ。

 

 高まる魔力が、地下室全体に猛っていく。

 

 距離を置いて睨み合う、美遊とベアトリス。

 

 互いの魔力が解き放たれた時、この場が狂乱の巷と化すことは目に見えていた。

 

 そんな中、

 

《ま、まずいですよ、美遊さん!!》

 

 睨み合う状況の中、何かに気付いたルビーが、焦ったような声を発する。

 

「ルビー、どうしたの?」

《あの手甲、あのハンマー、それに額に埋まった石・・・・・・まさか、あれがあの英霊だとすると、わたし達に勝ち目はありません!!》

 

 悲鳴に近い警告を発するルビー。

 

 普段は飄々としているルビーが、ここまで焦るのも珍しい事である。

 

 だが、そうしている間にも魔力は高まっていく。

 

 もはや止める事の出来ない段階にまでなっている。

 

 先に動いたのはベアトリスだった。

 

「消し飛べ、元素の塵まで!!」

 

 言い放つベアトリス。同時に、手にした大槌を振り下ろす態勢に持っていく。

 

 対抗するように、美遊も動く。

 

「行、けェ!!」

 

 魔法陣に込められた魔力を解き放つ美遊。

 

 ほぼ同時に、ベアトリスも大槌を振り下した。

 

悉く打ち砕く雷神の槌(ミョ ル ニ ル)!!」

 

 次の瞬間、

 

 両者の魔力が同時に解き放たれる。

 

 美遊の放つ魔法陣から、迸る閃光。

 

 ベアトリスの雷撃は、空間そのものを噛み裂く勢いで放たれる。

 

 激突する、魔力と雷撃。

 

 次の瞬間、地下室全体が白く染め上げられた。

 

 美遊とベアトリス。

 

 互いの魔力が、一瞬拮抗する。

 

 このまま押し込めるか?

 

 魔法陣に魔力を込めながら、美遊はそう思った。

 

 次の瞬間、

 

「ハッ」

 

 自身に向かってくる閃光を、ベアトリスは嘲笑うように笑みを向ける。

 

「どんなに強かろうがなあ!!」

 

 さらに強まる雷撃。

 

 その力が、徐々に美遊の閃光を押し返し始める。

 

「クッ」

 

 舌打ちしながら、更に魔力を込めようとする美遊。

 

 しかし、一度綻び始めた戦線の崩壊は早かった。

 

 美遊の閃光は、あっという間に、ベアトリスの放つ雷撃によって食い散らかされ、蹂躙されていく。

 

「そんな物、タダの魔術止まりだろ!!」

 

 言い放つと同時に、ベアトリスの放つ雷撃の圧力はさらに高まる。

 

 対して、美遊の魔力は既に限界いっぱいまで放出されている。

 

 圧倒的なまでに、火力が違い過ぎた。

 

《駄目です美遊さん!! このままでは押し切られます!!》

 

 悲鳴に近いルビーの言葉。

 

 それを合図にしたかのように、美遊(メディア)の放った閃光は、ベアトリスの雷撃によって完全に押し返されてしまう。

 

 もはや、押しとどめようがなかった。

 

 そのまま美遊も呑み込まれるか?

 

 そう思った次の瞬間、

 

 美遊を庇うように、両手を広げて雷撃の前に立ちはだかる影があった。

 

「田中さん!!」

 

 悲鳴を上げる美遊。

 

 それは、隠れていた筈の田中だった。

 

 いったい何をッ!・

 

 そう叫びかけた美遊に対し、

 

 田中は振り返って笑いかけてきた。。

 

「痛いのはヤです・・・・・・・・・・・・でも、美遊さんが痛いのはもっとヤです」

 

 優しい声で田中がそう言った瞬間、

 

 全ては、白色の閃光に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 ずらりと空中に並んだカード。

 

 それに合わせるように、同数の剣がギルに切っ先を向けている。

 

 苦笑するギル。

 

「大した勤勉さだ。君らはいったい、何枚のカードを作ったんだい?」

 

 軽口交じりで問いかけるギル。あれら全てのカードが何らかの英霊に対応していると考えれば、エインズワースが保持する戦力が如何程になるのか、想像もつかないほどである。

 

 しかし内心では、焦燥が募りつつあった。

 

 恐らく、並べられたカードは、それぞれの宝具に対応した英霊が宿っているのだろう。

 

 つまり、カードを介する事によって、宝具本来の能力である「真名解放」が可能となるはず。

 

 アンジェリカは複数の宝具を同時開放する事で、ギルを一気に潰そうと考えているのだ。

 

 そうなると、いかにギルでも勝ち目はない。

 

 ならば、

 

「先手必勝!!」

 

 言い放つと同時に「天の鎖(エルキドゥ)」を射出するギル。

 

 鎖の切っ先は、真っすぐにアンジェリカへと向かい、

 

 そして、

 

 空間に開いた穴に吸い込まれ、そのまま明後日の方向へと伸びていった。

 

「なッ!?」

 

 驚愕するギル。

 

 アンジェリカはギルが先制攻撃を仕掛けてくる事を予想していたのだ。そこで空間を置換魔術で繋げ、鎖の切っ先を別の方向に逸らしたのだ。

 

「これも、前に言ったはずだ。小細工は通用しないと」

 

 静かに告げるアンジェリカ。

 

 置換魔術は彼女たちエインズワースにとって、どんな強固な鎧にも勝る絶対的な防御になり得る。

 

 単調な攻撃では、アンジェリカに対抗する事は難しい。

 

 ならば、とばかりにギルは攻撃のパターンを変更する。

 

 空間が置換されているなら、置換できないほどの広い空間を囲み、全方位から攻撃を仕掛けるしかない。

 

 アンジェリカの周囲をぐるりと鎖で包囲し、間合いを詰めるギル。

 

 そのまま鎖の範囲を狭めようとする。

 

 だが、

 

「それでは遅い」

 

 攻めるギルよりも早く攻撃態勢に入るアンジェリカ。

 

 カードと宝具が同時に解き放たれようとした。

 

 次の瞬間、

 

 強烈な衝撃と共に、2人が対峙する部屋の壁がぶち破られた。

 

 振動と共に襲ってくる衝撃波に、思わず攻撃は中断される。

 

「な、何だ!?」

 

 揺れる足場の上で、辛うじてバランスを保つギル。

 

 突然の事で驚いているのはアンジェリカも同様なようで、思わずその場で膝をついているのが見えた。

 

 と、

 

「うわー、やるならやるで少しは加減してよ。こっちまで吹き飛ばされるところだったじゃんか」

「うるせえ。テメェはそのまま吹っ飛んじまえばよかったんだよ」

 

 壁に開いた大穴から、出てきた2人。

 

 ベアトリスとヴェイクは、互いをののしりながら歩いてくる。

 

 エインズワースの置換魔術は、城内にも影響している。

 

 流石に居住区を兼ねた「本丸」部分には手を加えてはいないが、その外周部分は空間と空間を置換して出鱈目につなげてあるのだ。

 

 仮に外敵が攻めてきても、思っていた場所とは全く別の場所にたどり着き、決して目的地にたどり着くことはできない。最悪の場合、一生城の中をさまよった挙句、野たれ死ぬことになる。

 

 エインズワースの工房はまさに、魔術的に作り出された迷宮と化しているのだ。

 

 その為、美遊達とギルは、全く別の場所で戦っているつもりで、実は壁一枚隔てた近場で戦闘していた事になる。

 

 と、

 

「田中さん!!」

 

 美遊が、倒れている田中に駆け寄っている光景が見て取れた。

 

 その田中はと言えば、ボロボロの状態で瓦礫にもたれかかっている。

 

 流石に起き上がる力も無いのか、ぐったりとして、美遊の呼びかけにも微かな呻き声を返すだけだ。

 

 着ていた体操服とブルマーは完全に吹き飛ばされ、ボロボロの裸身を無惨に晒している。

 

 ボロボロと言えば、美遊もその通りである。

 

 こちらは田中が庇ってくれた事もあり、まだ軽傷で済んでいるが、夢幻召喚(インストール)は解除され、衣装もボロボロになっていた。

 

「あらら、こりゃ、ボロ負けって感じかな」

 

 そんな2人の様子を、苦笑気味に見つめるギル。

 

 状況は、加速度的に悪くなっている事を、自覚せざるを得なかった。

 

 そんな中、ベアトリスは不審な眼差しで田中を見ていた。

 

「あんた、いったい何者だ? 元素まで分解される神の一撃を正面から受けて、何で生きてんだ? 何で原型をとどめてんだ?」

 

 ベアトリスの攻撃は強力だった。

 

 それは美遊の魔力砲を力業で押し返し、地下室を吹き飛ばした事から見ても間違いない。

 

 それだけに、自身の攻撃をまともに食らって尚、生きているどころか、意識もある田中を見て、プライドを傷つけられた様子だ。

 

 とは言え、それも一瞬の事だった。

 

 すぐに、その顔には加虐味が滲み出る。

 

「ヤベェ、マジで玩具に欲しいよ、あんた」

 

 ベアトリスがそう言った瞬間、

 

 突如、伸びてきた鎖が、美遊と田中の体を雁字搦めに巻き付ける。

 

「キャッ!?」

「ふい・・・・・・」

 

 強引に空中に持ち上げられる2人。

 

 そのまま、ギルのいる場所まで引っ張り上げられた。

 

「ギ、ギルッ!?」

「手荒でごめん。でも、これ以上は無理だ」

 

 状況を見極めながら、ギルは冷静な声で告げる。

 

 そもそも、今回の戦いは奇襲を前提にしている。

 

 そもそも今回は敵に気付かれずに侵入し、イリヤを救出した後は速やかに撤退する奇襲が作戦だったはずだ。

 

 だが、アンジェリカに発見された時点で、作戦は既に破綻しているに等しかった。

 

 戦力を整えたところで、ここは敵の陣地内。まともに戦っても勝機は少ないのは通りだった。

 

 その時、

 

 飛び込んで来た小さな影が、アンジェリカに斬りかかるのが見えた。

 

 鋭く振り下ろされる刃。

 

 対して、アンジェリカはとっさに後退する事で回避する。

 

 対峙する両者。

 

 視線が激しく激突し、空間に火花を散らす。

 

 舞い踊る浅葱色の羽織。

 

 響だ。

 

 牽制の攻撃をアンジェリカを退かせた後、響は一足飛びで美遊達の元まで戻って来た。

 

「ん、無事で何より」

「今のところ、ね」

 

 響の言葉に、皮肉交じりの頷きを返すギル。

 

 それとほぼ同時に、アンジェリカの横にはシェルドが降り立つのが見えた。

 

「すまん、小僧相手に手間取りすぎた」

「構わん」

 

 シェルドの言葉に対し、アンジェリカは事も無げに告げる。

 

 真上の庭で戦っていた響とシェルドは、先程の美遊とベアトリスの激突による余波で足場が崩壊し、そのまま地下室に転がり落ちてきたのである。

 

 だが、

 

「どのみち、すぐに終わる事だ」

 

 アンジェリカは言いながら、響達を睨みつける。

 

 状況は既に、エインズワース側にとって完全に有利となっている。

 

 今更、この状況を覆す事は不可能だった。

 

「撤退しよう」

 

 静かな声で告げるギル。

 

「これ以上の戦闘は無意味だ。ちょうど、さっきの衝撃で天井に穴が空いているから、そこから脱出しよう」

 

 見れば確かに、天井部分に巨大な穴が開き、そこから空が見えている。

 

 先程の美遊とベアトリスの激突の結果である。地上で戦っていた響も、あの穴からこの地下に落下してきたのだ。

 

 今なら、確かに脱出も出来るだろう。

 

「でもッ・・・・・・・・・・・・」

 

 ギルの言葉に、食い下がろうとする響。

 

 折角ここまで来たのに。

 

 あと少しで、イリヤを助けられるかもしれないのに、

 

 ここで退くのは、あまりにも無念である。

 

 だが、逡巡する響に対し、ギルはあくまで淡々として告げる。

 

「・・・・・・こんな状態の田中さんを連れて、まだ戦う気かい? 君が玉砕に意味を感じるタイプなら、僕は止めないけど」

 

 相変わらず、辛辣だが的確な物言いである。

 

 響達はここに来るまで、多くの物を消耗しすぎた。

 

 体力、魔力、そして時間。

 

 今やエインズワース側が奇襲の影響から立ち直り、完全に体勢を立て直しているのに対し、響達は消耗する一方だ。

 

 たとえ、ここで死を賭して戦ったとしても、イリヤの元までたどり着けるかどうかわからない。

 

 よしんば万が一たどり着けたとしても、無事に脱出できる可能性は皆無に等しい。

 

 撤退

 

 それしかない。

 

 響にもいやと言うほどわかっていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響は自分が着ている浅葱色の羽織を脱ぐと、田中の肩に掛けてやる。

 

 対して、重傷の田中は、反応を返す事すらできないでいた。

 

「・・・・・・・・・・・・殿は任せて」

 

 絞り出すような響の言葉。

 

 それは、事実上の敗北宣言に等しかった。

 

「そんな、響ッ それじゃあイリヤは・・・・・・お兄ちゃんは!!」

 

 悲痛な叫びをあげたのは美遊だ。

 

 無念と言う意味では、彼女のそれは響に勝るだろう。

 

 せっかく再会した兄は見捨て、当初の目的だったイリヤを助ける事も叶わず、この城を去らなければならないのだから。

 

「私、だけでも・・・・・・」

 

 自分だけでも残って、ここで兄やイリヤを助けるために戦う。

 

 そう言って、踵を返そうとする美遊。

 

 だが、

 

「ダメ」

 

 少女の腕を、響が掴む。

 

「・・・・・・響?」

「ここで、美遊が捕まったら、全部終わる」

 

 痛いぐらいに捕まれる腕。

 

 その力の強さが、少年の悔しさを如実に表していた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 唇を噛み締める美遊。

 

 今や撤退しか選択肢がない事は、美遊にも判っている。

 

 だがしかし、

 

 それでも、

 

 ここまで来て、全てを諦めなくてはならない事の悔しさは拭いきれるものではなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・判った」

 

 長い沈黙の後、美遊は頷きを返す。

 

 同時に、両陣営は動いた。

 

「逃がさん!!」

 

 追撃の為、宝具を射出する態勢に入るアンジェリカ。

 

 だが、

 

 その前に響が動く。

 

 アンジェリカの懐に飛び込むと同時に、刀を逆袈裟に振るう。

 

 斬りあげられる剣閃を前に、思わずのけ反るアンジェリカ。

 

 その動きで、宝具射出のタイミングがずらされる。

 

「クソガキがッ!!」

 

 大胆にも斬り込んで来た響を見て、大槌を振り被るベアトリス。

 

 だがそこへ、矢継ぎ早に魔力弾がさく裂した。

 

 美遊だ。

 

 次々とさく裂する魔力弾を前に、ベアトリスの動きは封じられる。

 

 先の激突で美遊は、自分の力ではベアトリスに敵わない事を自覚している。

 

 ならば、下手に大威力の攻撃を行うよりも、手数で攻めた方が得策と考えたのだ。

 

「クソッ チマチマチマチマ、鬱陶しい!!」

 

 振り払うように大槌を振るうベアトリス。

 

 その間にも、響はアンジェリカ、シェルド両名と刃を交えていた。

 

 アンジェリカが射出してくる宝具を回避し、シェルドの剣を弾く。

 

 ただし深入りはしない。あくまで牽制と時間稼ぎが目的だ。

 

 空間より放たれた刃を、刀で弾く響。

 

 そこへ、大剣を構えたシェルドが斬り込んでくる。

 

 迎え撃つべく、響は刀を構えなおした。

 

 その時、

 

「響ッ!!」

 

 背後からの呼び声。

 

 それを受けて手を伸ばす。

 

 その手首に、鎖が絡みついた。

 

 同時に、少年の体は大きく引き上げられる。

 

 間一髪、シェルドの大剣は響の足元を霞めていくだけに留まった。

 

 そのまま地上まで引き上げられる響。

 

 そこでは既にギルと美遊、そしてボロボロの田中が待っていた。

 

「逃げるよ」

 

 短く告げるギル。

 

 無用な言葉はもういらない。こうなった以上、一刻も早く城を離れる必要があった。

 

 だが、

 

「は~い、お疲れちゃーん」

 

 小ばかにしたような軽い口調。

 

 振り返れば、大量に触手を従えたヴェイクの姿がある。

 

「ほんと楽で良いよね。頭悪い奴等はどんな風に行動するのか読みやすいから」

 

 ヴェイクは響達が地上に開いた穴から逃げる事を予測し、先回りして待ち構えていたのだ。

 

「これで手柄は僕の独り占めッ ボロし仕事だね!!」

 

 言いながら、触手に命令を出そうとした。

 

 次の瞬間、

 

 複数の宝具が一斉に飛来。目に見える範囲の触手を吹き飛ばした。

 

「・・・・・・・・・・・・はい?」

 

 一瞬、呆気に取られるヴェイク。

 

 その視線の先には、不敵な笑みを浮かべる金髪の少年が立つ。

 

 ヴェイクが余裕見せて舌なめずりしている間に、ギルは先んじて動いた。

 

 「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」を開いて先制攻撃を仕掛けたのだ。

 

 触手を吹き飛ばされるヴェイク。

 

 そこへ間髪入れず、響が斬りかかる。

 

 一閃される刃。

 

 その一撃はヴェイクの手首を霞め、僅かに斬られて血が噴き出す。

 

「うわァァァァァァッ!?」

 

 思わず、その場で尻餅を突いて響の刃から逃れるヴェイク。

 

 そこへ、響は更に斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程から、城内全てに響いている振動。

 

 その様子は、塔の上にいるイリヤの元にまで伝わってきていた。

 

 訝るように、ベッドから顔を上げるイリヤ。

 

「何だろう? 地震、ってわけじゃないよね?」

 

 今も断続的に起こっている振動。

 

 それに、彼方で響く炸裂音。

 

 それらは地震と言うよりも、むしろ・・・・・・・・・・・・

 

「戦ってる?」

 

 誰が?

 

 そう思って、窓に駆け寄るイリヤ。

 

 その眼下では、

 

 必死に刀を振るう、彼女の弟の姿があった。

 

「響ッ!!」

 

 思わず声を上げる。

 

 響は今も、敵と思われる少年目がけて刀を振り下ろしている。

 

 対して、相手は響に抵抗する事も出来ず、殆ど慌てたようにして背を向けて逃げていくのが見えた。

 

 その様子に、思わず涙がこぼれる。

 

 彼女の弟は、危険を顧みず、この城まで助けに来てくれたのだ。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 危険すぎる。

 

 イリヤもまた、エインズワースと一度は戦った身だから判る。

 

 並の戦力で彼らに対抗するのは難しいだろう。

 

「逃げて、響・・・・・・・・・・・・」

 

 祈るような気持ちで、イリヤは呟く事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 吹き込む冷たい風と共に、目に見える風景が一変される。

 

 優雅な場内の風景から、荒れ果てたクレーター内部へと。

 

 置換魔術の施されたエインズワース工房内を抜け、外の世界へと出る事が出来たのだ。

 

 だが、言うまでも無く、まだ終わりではない。

 

 エインズワース側としては、不遜にも自らの勢力圏に踏み込んだ「賊」を逃がす気は無いだろう。

 

 何より美遊がいる。

 

 彼らにとって、最優先で確保すべき聖杯が転がり込んで来たのを、みすみす見逃すはずが無かった。

 

 クレーターさえ抜けてしまえば、逃走の目も出てくるのだが。

 

「美遊さん、身隠しの布は?」

「ごめんなさい、落としてしまった」

 

 美遊の言葉にギルは内心で臍を噛む。

 

 あの布があれば、姿を隠して脱出する事も容易だったのだが。

 

 ここから数キロ。敵の攻撃を掻い潜りながら、遮蔽物の無いクレーター内を走り抜けるのは不可能に近い。

 

 案の定と言うべきか、追手はすぐそこまで迫っていた。

 

「ハッ 逃がすと思ってんのか、よッ!!」

 

 言い放つと同時に、手にした大槌を投げつけるベアトリス。

 

 対抗するように「天の鎖(エルキドゥ)」で防ごうとするギル。

 

「蛮神がッ!!」

 

 飛んでくる槌を受け止める鎖。

 

 だが、それも一瞬の事だった。

 

 鎖はすぐに吹き散らされ、衝撃波が響達を吹き飛ばした。

 

 散り散りになる響達。

 

 大けがをしている田中などは、地面に伏して起き上がる事も出来ないでいる

 

「クッ!?」

 

 地面に転がりながらも、どうにか顔を上げる響。

 

 そこには、結界を出て追撃してきたアンジェリカ、ベアトリス、シェルドの姿があった。

 

 舌打ちする響。

 

 結界の外まで追ってきたのだ。

 

「そろそろ判れよ」

 

 戻って来た槌を受け取りながら、ベアトリスは小ばかにしたように告げる。

 

「どう足掻いたって、お前らはこっから逃げられねえんだよ」

 

 ベアトリスの攻撃によって、動きを止める響達。

 

 そこへ、大剣を振り翳したシェルドが斬り込んでくる。

 

「逃がさん」

 

 低い声と共に、大剣を振り下ろすシェルド。

 

 対抗するように、響も刀を繰り出す。

 

 激突する、互いの刃。

 

「クッ!?」

 

 衝撃で、大きく後退する響。

 

 辛うじて耐えきった物の、腕に感じる衝撃は半端な物ではない。

 

「美遊様を渡してもらう」

「誰がッ」

 

 吐き捨てるように言いながら、刀を構えなおす響。

 

 対抗するように、シェルドも大剣を構えた。

 

 来るか?

 

 身構えた響。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シェルドの胸元に、一本の矢が突き立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 驚愕に、目を見開くシェルド。

 

 次の瞬間、炸裂する爆風。

 

 その一撃により、シェルドは大きく吹き飛ばされ、地面に転がる。

 

 矢は更に飛来し、アンジェリカやベアトリスの足元でも炸裂した。

 

「狙撃だっ 避けろ!!」

「チッ!?」

 

 とっさに身を翻すアンジェリカとベアトリス。

 

 矢は尚も飛来し、次々と爆炎を躍らせる。

 

「あのカードだッ」

「またかよッ」

 

 舌打ちするベアトリス。

 

 そのまま、大槌を振り被る。

 

「誰だか知らねえが、こそこそチマチマ、クズカードがッ そんなに死にたきゃ、テメェからぶっ壊してやるよ!!」

 

 大槌に雷撃が集中する。

 

 それが解き放たれようとした。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『下がれ、ベアトリス!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陰々と響き渡る声。

 

 同時に、狂乱に猛り狂っていたベアトリスが、正気に戻ったように落ち着きを取り戻す。

 

 溜め込んだ雷撃も霧散し、消失していた。

 

「な、何が・・・・・・・・・・・・」

 

 意味が分からず立ち尽くす響。

 

 その耳に、先程の声がさらに聞こえてくる。

 

『名乗るのが遅れたようで申し訳ない』

 

 落ち着き払った声。

 

 しかしそれが、却って不気味な響きを伴っている。

 

 そんな中、

 

「この声、覚えておきなよ、響」

「ん?」

 

 立ち上がったギルが、緊張感を露わにした声で告げる。

 

「君達があくまでイリヤさんを助けようとしているなら、この声の主こそが、君達の真の敵だからね」

 

 ギルが言った瞬間、

 

 声の主も告げた。

 

『我が名はダリウス・エインズワース。エインズワース家の当主だ』

 

 その声が、響の中でおぞましい響きをもって刻みつけられるのだった。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 クレーターの淵で、弓兵(アーチャー)の少女は、苦笑気味に彼方の光景を眺めていた。

 

「やれやれね・・・・・・・・・・・・」

 

 視線の先には彼女の弟と親友。それに他数名の姿がいる。

 

「バッカじゃないの。いきなり敵の本丸に攻め込むなんて。美遊までいて、何やってんのよ」

 

 嘆息の中にも、どこか安堵の声が混じっているのが分かる。

 

 あの円蔵山での別れ以来となる、弟の無事な姿を見れた事で、ようやく一息つけた感じだった。

 

「ですが、その無謀さこそ、ある意味、彼の最大の強みなのではないですか?」

「・・・・・・限度があるっての」

 

 同行者の言葉に、やれやれとばかりに息を吐く。

 

「ま、何にしても、ここは再会を喜ぶべきなんでしょうね」

 

 そう言うと、クロエ・フォン・アインツベルンとバゼット・フラガ・マクレミッツは、互いに顔を見合わせて肩を竦めるのだった。

 

 

 

 

 

第9話「たとえ地を舐めてでも」      終わり

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。