Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第12話「楽園の少女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気が、朝っぱらから重苦しくのしかかっていた。

 

 まるで空気その物が鉛と化したかのような、そんな雰囲気。

 

 発生源たる2人は、それぞれ教室の右と左、窓側と廊下側の端に座り、明後日の方向を向いて朝食のパンを食べていた。

 

 美遊は下を向いたまま、小さな口を開けてパンを頬張っている。

 

 一方の響も、こちらはより態度が露骨で、そっぽを向き美遊の方を見ないで食事をしている。

 

 互いに、険悪な空気を駄々漏れにしているのは明白だった。

 

《う~む・・・・・・・・・・・・》

 

 そんな2人の様子を、ルビーは嘆息交じりに言った。

 

《雰囲気悪いですねー あの2人。いったいどうしたんでしょう?》

「知らないわよ。こっちが聞きたいくらいだし」

 

 そう言って、クロは肩を竦めて見せる。

 

 朝起きたら、何やら微妙な空気を垂れ流していた響と美遊。

 

 おかげで、他のメンバーまでそわそわとした雰囲気になっていた。

 

 クロはチラッと、響と美遊を見やる。

 

 相変わらず沈黙したまま食事を機械的にしている2人。

 

 朝から一切視線を合わせておらず、口も聞いていない。明らかに「何かあった」様子である。

 

「勘弁してほしいよね、こんな時に」

 

 買って来たあんパンを頬張りながら、ギルが呟く。

 

 因みにこれらの食料は、深山町のはずれで辛うじて経営を継続していたコンビニまで買い出しに出かけて手に入れた物である。

 

 穂群原学園初等部を拠点に活動している一同だが、流石に閉じこもってばかりもいられない。その為、外出の必要がある場合は、必ず2人1組で行動するように徹底していた。

 

 これらの食料は今朝、バゼットとクロが買って来たものである。

 

「ただでさえ、こっちは劣勢だってのに、これ以上、無駄に戦力を減らしてほしくないんだけど?」

 

 皮肉めいたギルの言葉。

 

 その言葉は当然、響や美遊にも届いている。と言うより、わざと2人に聞こえるように言っているのは明白だった。

 

 しかし、腹立たしくはあるもののギルの言葉は正しい。

 

 昨日の作戦会議で分かった敵の戦力はそれぞれ、剣士(セイバー)1人、弓兵(アーチャー)1人、狂戦士(バーサーカー)1人、魔術師(キャスター)1人。

 

 対してこちらは弓兵(アーチャー)であるクロとギル、暗殺者(アサシン)の響、実質的には魔術師(キャスター)と、狂戦士(バーサーカー)に相当する美遊とバゼット、そして謎生物の田中となっている。

 

 数的にはこちらが勝っている。しかし、個々人の自力においては敵に圧倒されている状態だ。

 

 エインズワース側の英霊は、明らかに上位の物を取り揃えている。総じて正面からまともにぶつかり合えば、こちらが負けるのは目に見えていた。

 

 そんな中での、響と美遊の仲たがいは、下手をすれば命取りにすらなりかねなかった。

 

「まあ、何にしても、仲直りするならさっさとしてよね。不貞腐れた子達に付き合ってられるほど、こっちも暇じゃないんだしさ」

 

 そう言うと、肩を竦めて出ていくギル。

 

 どうやら深く関わる気は無い、と言う意思表示のようだ。

 

 まあ、ギルの性格からすれば、これは予想できたことであろう。基本的に自分の都合を優先する方みたいだし。

 

 と、

 

「ご馳走様」

 

 パンを食べ終えた美遊は、低い声で告げると、そのまま教室を出ていく。

 

 最後まで、響と顔を合わせる事も無く。

 

 対する響も、露骨にそっぽを向いている。

 

 見ているクロ達からすれば、ため息をつきたくなるような光景だった。

 

「いったい何があったのです、響?」

 

 美遊が出て行くのを見計らい、尋ねたのはバゼットである。

 

 一応、この中では年長者である為、事情を聞いておこうと思ったのだろう。

 

(ギル)の言葉ではありませんが、この状況での仲たがいは危険すぎます」

 

 流石は百戦錬磨の封印指定執行者と言うべきか、その頭の中には、常に戦況の事がある。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・別に」

 

 響は躊躇うように沈黙した後、不貞腐れたように口を開いた。

 

「美遊が悪い」

 

 素っ気ない感じの響の言葉に、クロとバゼットは途方に暮れたように顔を見合わせる。

 

 何と言うか、取りつく島が無いとはこの事だった。

 

 前から思っていた事だが、響と言い美遊と言い、2人そろって、ずいぶんと面倒くさい性格をしている。もっと気楽に行けばいいのに。

 

「あのね、響・・・・・・・・・・・・」

 

 クロが何事かを言おうとした。

 

 次の瞬間、

 

「おっはよーございまーす!!」

 

 場の空気を全く読まない大音声が、教室内に響き渡る。

 

 遠慮なしに教室の中へと飛び込んでくる田中。

 

 シリアスな空気が、色々と残念な感じに粉砕されてしまう。

 

「今日も清々しい朝で田中は元気いっぱいです!! ところで美遊さんはどうしたですか!? さっきすれ違いましたが、返事してくれなかったんですよ!!」

「うるさい」

 

 取りあえず、田中の頭をポコッと殴っておくクロ。

 

 抗議する田中を無視して、視線は弟に向けられる。

 

 そんな一同のやり取りを横目に見ながら、パンを食べ終えた響も立ち上がった。

 

「あ、ちょっと響。話はまだ・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 クロの制止も聞かず、響はそのまま教室を出て行った。

 

 その後ろ姿を、クロ達は嘆息交じりに見送るのだった。

 

 一方、廊下に出た響は、特に当てもなく歩いていた。

 

 思い出されるのは、昨夜の美遊とやらかした喧嘩。

 

 結局あの後もここに残っている所を見ると、美遊としても取りあえず、今すぐにエインズワースに投降する気は無いらしい。

 

 とは言え、昨夜の様子から考えて完全に取りやめたとは思えない。

 

 迷っているのか、あるいは取りあえず保留にしたのか、いずれにしても再び昨夜と同じ行動に出るであろうことは想像に難くなかった。

 

 そっと、頬に手を当てる響。

 

 美遊にひっぱたかれたところが、今も痛い。

 

 美遊としても、それほど強くは叩かなかったはず。本来なら、痛みはとっくに引いているはず。

 

 しかし、美遊に叩かれたという事実が、響には重くのしかかっていた。

 

「美遊の、馬鹿・・・・・・阿呆・・・・・・石頭・・・・・・・・・・・・」

 

 本人が目の前にいないのを良い事に言いたい放題である。

 

 昨日のケンカ。響は自分が間違った事を言ったとは思っていない。

 

 そもそもこの戦い、エインズワース側に美遊の身柄が渡れば、その時点でこちらの負けは確定してしまう。

 

 勿論、響だってイリヤの事は心配だ。それに、一度会話をしただけだが、美遊の兄の事も助けたいと思っている。

 

 しかし、その為に美遊を敵に差し出す事は出来なかった。

 

 問題なのは、こちらがエインズワース側に対して大幅に戦力が劣っている事。その為に、正面戦闘では勝機が低い事だ。

 

 とは言え、これはもう仕方がない。今更、大幅な戦力上昇は望めないのだから。仮に凛やルヴィアが今から合流したとしても焼け石に水なのは明らかだった。

 

 何より、

 

 その圧倒的な戦力差を前に、美遊の心が折れかけている事が最大の原因だった。

 

 自分達では勝てないから、最後の手段として自分が人身御供になる。

 

 美遊の考えは、そのように繋がってしまっている。

 

「・・・・・・なら、どうする?」

 

 どうすれば、美遊を反意させられる?

 

 響は考える。

 

 今の自分にできる事。

 

 美遊の為にできる事。

 

 彼女をエインズワースに渡さず、イリヤと美遊の兄を取り戻すには、自分はどうすれば良いのか?

 

 そんな都合の良い方法が、果たしてあるのか?

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 考えが、浮かぶ。

 

 うまく行くか分からない。

 

 ある意味、かなり危険な賭けになるかもしれない。

 

 だが、

 

 やるしかない。

 

 美遊を、

 

 大好きな女の子を、守るために。

 

「・・・・・・・・・・・・よし」

 

 一つ呟くと、

 

 響は踵を返して歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城の中、特定のエリア限定と言う状況ではあるが、イリヤはある程度、エインズワース城の内部を出歩くことを許されていた。

 

 閉じ込められていたイリヤとしてはありがたい事ではあるが、しかしそれは同時にエインズワースの敷いた護りの万全性を如実に示すものでもあった。

 

 すなわち、イリヤは決してここから逃げる事は出来ない、と言う。

 

 先に響達が突入してきた際に見せたエインズワースの置換魔術による結界。

 

 あれがある限り、仮にイリヤが脱出しようとしたとしても、迷宮化している城の区画を突破できず、迷子になってしまう事は明白だった。

 

 現状、何の力も持たないイリヤとしては、大人しくしているしかない。

 

 取りあえず、城の「本丸」に当たる居住区エリアは置換処理されていないようなので、その内部における移動には問題ないのはありがたかった。

 

 そんな訳で、特にする事が無いイリヤは、今日もエリカの元へとやってきていた。

 

「うれしい、イリヤお姉ちゃん、またエリカに会いに来てくれたんだねッ!!」

「う、うん、まあ・・・・・・・・・・・・」

 

 無邪気に出迎えるエリカに対し、やや曖昧な表情で答えるイリヤ。

 

 実際のところ、暇で仕方が無くて来たのだが、少女にそれを告げるのもはばかられた。

 

 それでなくても、エインズワースに敵対関係にあるイリヤとしては、こうして遊びに来ること自体、エリカをだましているような気がして気が引けるのだった。

 

 改めて、部屋の中を見回すイリヤ。

 

 昨夜は結局、ダリウスの介入のせいで、ゆっくり見ている余裕が無かったのだ。

 

 落ち着いた感じのする内装に、年相応に並べられたぬいぐるみの数々。

 

 これらの光景を見るに、エリカがエインズワースの中で大切にされている事が分かる。まあ、当主であるダリウスの娘なのだから、当然と言えば当然なのだが。

 

 いったい、どういう子なんだろう?

 

 その疑問は、イリヤの中で当然の事として浮かんできていた。

 

 促されるままベッドに座らされたイリヤは、どのぬいぐるみで遊ぶか選んでいるエリカを見やる。

 

 大切にされているのは判る。

 

 少なくとも上辺を見る限り、エリカの様子からはエインズワースが持つ「闇」のような物は感じられない。

 

 エリカの無邪気さは、イリヤには却って異質に思えるのだった。

 

「ねえ、エリカちゃん?」

「なに、イリヤお姉ちゃん?」

 

 尋ねるイリヤに、エリカは笑顔で振り返る。

 

 聞きたい事は山ほどある。

 

 エインズワースとはどんな家なのか?

 

 ここから出るにはどうしたら良いのか?

 

 彼らの戦力はどれくらいなのか?

 

 だが、尋ねておいて、イリヤはその先の言葉が出てこなかった。

 

 こんな小さい子に、いったい何を聞こうと言うのか?

 

「・・・・・・ううん、何でもない」

「何それ、変なお姉ちゃん」

 

 そう言って、可笑しそうに笑うエリカ。

 

 彼女は敵とは言え、イリヤよりも小さな子供なのだ。

 

 そんな子を「こちら側」の事情に巻き込むことは、イリヤには躊躇われたのだった。

 

「でもね、エリカ嬉しいんだ。お姉ちゃんが来てくれて。ここじゃエリカ、誰とも遊べないから」

「誰とも?」

 

 その言葉に、訝るイリヤ。

 

「だってさ、ベアちゃんはいっつもエリカのお人形勝手に持ってって壊すし、シェルドは声かけても返事してくれないし、アンジェリカは優しいけどお仕事が忙しいし、ヴェイクは部屋から出てこないし、シフォンは誘ってもすぐどっかに行っちゃうんだもん」

 

 出てきた名前の半分くらいは、イリヤにも判る。

 

 アンジェリカとシェルドは「向こう側」の戦いで、最後に美遊を浚いに来た3人のうちの2人だ。このうちアンジェリカは、イリヤの世話係も務めてくれている。

 

 アンジェリカは、イリヤにも良くしてくれている。イリヤがここでの生活を不自由なく送れるのは、彼女のおかげと言っても過言ではなかった。それだけにアンジェリカは、イリヤにとっては、複雑な感情を抱いている人物である。

 

 そしてシフォンは、エリカの世話係でもある。

 

「そう言えば、今日はシフォン君はどうしたの?」

 

 昨夜会った少年の姿が見えない事に、イリヤは怪訝そうに尋ねる。

 

 それに対して、エリカは頬をプクッと膨らませて答えた。

 

「何だかね、パパにお使い頼まれて出かけるって言ってた。だからエリカ、ずーっと退屈だったの」

 

 成程、いかにエリカの世話係とは言え、彼女1人を相手にしていればいいと言う訳ではないらしい。

 

 こんな広い城に住んでいるのだ。やる事はそれほど山のようにある事だろう。

 

 自分の家は普通の一軒家で良かった。と、イリヤはつくづく思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 降り出した雪が僅かに足元に積り、踏み出した足音が消されていく。

 

 歩く肩や頭にも雪が積もる。

 

 それほど強く降っているわけでもないので、直に止む事だろう。

 

 しかし、やはり何度見ても異様で、不気味な光景だと思った。

 

 無人と化した白い街を、1人で歩く響。

 

 バゼットやクロからは勝手な行動は控えるように言われていたが、響にはどうしても確かめておきたい事があったのだ。

 

 その足取りに迷いはなく、路地から路地へ、止まることなく進んでいく。

 

 異世界とは言え同じ冬木市の事。大体の街の構造は把握している。

 

 響はクレーターのある中心付近になるべく近づかないようにしながら、慎重に歩いていく。

 

 やがて、目当ての場所が見えてきた。

 

 入口に暖簾が掛けられた、一軒のラーメン屋。

 

 迷う事無く引き戸を開いて中に入る。

 

 同時に、食欲を刺激する心地よい匂いが漂ってくる。

 

 もっとも、

 

 先日の強烈な体験があってか、間違っても「食べたい」とは思わないが。

 

「・・・・・・・・・・・・客と言う訳ではなさそうだな」

 

 店主は入って来た響をジロリと睨むなり、低い声で尋ねる。

 

 その視線を真っ向から受け、

 

「ん、聞きたい事があって来た」

 

 静かな口調で告げる響。

 

 対して、ラーメン屋の店主も、まるでこうなる事を予期していたかのように、響きをジッと見つめているのだった。

 

 

 

 

 

 カウンターテーブルの丸椅子に腰かけた響は、見上げるような形で店主と向かい合った。

 

 そんな少年の態度に対し、店主は取り合おうとせずに調理に邁進している。

 

 今は出汁を取っているところなのか、寸胴鍋に突っ込んだ大ぶりなお玉をグルグルとかき混ぜていた。

 

 その視線が、チラッと響に向けられる。

 

 同時に、嘆息が漏れてきた。

 

「とんだ営業妨害だな。用が無いのなら帰りたまえ」

「問題ない。どうせ客来ない」

 

 響としては、別に嫌味を言ったつもりはない。

 

 ただ、街の様子を見るに、こんな場末のラーメン屋(しかも鬼辛)に客が来るとは思えなかった。

 

 まったく、何のつもりでこんな店を開いているのか、本当に謎だった。

 

「・・・・・・・・・・・・何が聞きたい?」

 

 根負けしたのか、図星を突かれた故か、あるいは元々のキャラクターなのか、

 

 店主はややあって、低い声で告げてきた。

 

 対して、響は静かな瞳で真っすぐに店主を見据えて言った。

 

「エインズワースについて」

 

 戦うにしても、まずは敵の詳しい情報を知らない事には戦いようがない。それを響は、過去の戦いで学んでいる。

 

 それ故に、今日ここに来たのだ。

 

 暫し、両者の間に沈黙が流れる。

 

 睨み合う両者。

 

 沈黙の中、ただお湯の沸騰する一定のリズムだけが響いている。

 

「知らんと言ったはずだが?」

「嘘」

 

 低く告げられた店主の言葉を、響は間髪入れずに切り捨てた。

 

 昨日、ここに来た時、エインズワースの名前が出たとたん、店主は一瞬だが表情を強張らせたのを響は憶えている。

 

 その事が、ずっと引っかかっていたのだ。

 

 この人は何か知っている。それも、割と重要な何かを。

 

 響はそう確信していた。

 

「今日は、答えてもらう」

 

 エインズワースについて、聞きたい事はいくらでもあった。

 

 奴らの戦力、目的、攻略法。

 

 現状、もっとも情報源として有効なのは、このラーメン屋だと響は思っている。

 

 だからこそ、1人でやって来たのである。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・良いだろう」

 

 寸胴鍋の中身をかき混ぜながら、店主は言った。

 

「今日の分の仕込みが間もなく終わる。それまで暫し待て」

 

 

 

 

 

 このラーメン屋の店主。本名は言峰綺礼(ことみね きれい)と言うそうだ。

 

 驚いた事に、ラーメン屋の店主の形をしているが、本職は聖堂教会に所属する聖職者であり、冬木教会の神父をしているのだとか。

 

 しかも、

 

 響としても驚いた事に、エインズワースが引き起こした聖杯戦争の監督、監視を、聖堂教会から任されているのだとか。

 

 もっとも、エインズワース側は殆ど聖堂協会の意向を意に介しておらず、現状は傍観するのがせいぜいだとか。

 

 それにしても、

 

 響としては、どうしても尽きない疑問が一つあった。

 

「何で、神父がラーメン屋?」

「この世には、君の想像が及ばない事も多々あると言う事だ、覚えておきたまえ少年」

 

 尋ねる響を、言峰はそのように言って煙に巻く。

 

 成程、と響は思う。

 

 納得がいかない事もあるが、色々と複雑な事情があると言う事は判った。まあ、もっとも、今の本題はそこではないのだが。

 

「エインズワースって、そもそも何?」

「随分と迂遠な質問だが、さて、どう答えた物か」

 

 唸るように言ってから、言峰は口を開いた。

 

「あえて君らのような世代の好みで言えば、『正義の味方』だな」

「・・・・・・・・・・・・正義?」

 

 その言葉に、響は不快感を覚える。

 

 エインズワースは美遊を浚おうとしたし、現に今、イリヤや美遊兄を拉致監禁している。

 

 そんな奴らが「正義」などと言われて納得できるはずも無かった。

 

「広い視野を持ちたまえ」

 

 反論しようとする響を制して、言峰は続ける。

 

「そもそもエインズワースとは、1000年続く魔術師の名門にして、基礎魔術である『置換魔術』に特化した出来損ないだ。だが彼らは自身の工房がある地に限り、原則を遥かに超えた置換魔術を行使する。その知と特性は代々まったく変わる事が無いというのだから驚嘆だろう」

 

 言ってから、言峰は響に視線を向ける。

 

「その事は既に、君も身をもって経験しているのではないかね?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 確かに。

 

 昨日、城に突入した際、迷宮じみた城の構造に阻まれ、結局イリヤの元へたどり着く事さえできなかった。

 

 それだけでも、エインズワースがいかに強大であるかが判る。

 

「奴らの目的は、何?」

 

 そこが重要だった。

 

 これで単なる拉致監禁犯なら苦労はしない。

 

 だが彼らは、明確に何らかの目的を持って動いている事が分かる。その目的を、響は知りたかった。

 

「彼らの目的は、あまりにも壮大で、あまりにも幼稚で・・・・・・そしてあまりにも尊い願い・・・・・・・・・・・・」

 

 言峰は、低く、重苦しい声で言った。

 

「人類の救済だ」

 

 そう言うと、言峰は説明してくれた。

 

 この世界は今、滅びに瀕している。

 

 地軸が歪み気候が変動。夏に雪が降る異常事態や、こちらに来て初めて見た海岸線の変動は、どうやらそれが原因らしかった。

 

 しかも、それだけではない。

 

 世界中で「マナ」が急激に枯渇し始めたのだとか。

 

 マナとは生命の源とされる自然界の物質であり、魔術を使う際のいわばエネルギー源のようなものだ。それが枯渇すると、大半の魔術師は魔術を一切使えなくなってしまう。

 

 それだけなら単に魔術師と言う特異な人間たちが廃業に追い込まれる程度の話でしかない。

 

「だが、問題はそこではない」

 

 言峰は更に続けた。

 

 マナが枯渇した地域に、別の何かが充満し始めたのだとか。

 

 魔術と科学、現代社会の表と裏を代表する双方の技術をもってしても解明できない未知の物質。

 

 それらに触れた生物は、例外なく死に至ると言う。

 

「人類は間もなく滅びる。確実にな。エインズワースは美遊と言う聖杯を使って、滅びの未来を回避しようとしているのだよ。その方法については知らんがね」

 

 成程。

 

 エインズワースが何を思い、このような事態を引き起こしているのか分かった。

 

 そのうえで、響は聞きたい事があった。

 

「もし・・・・・・・・・・・・」

 

 少し躊躇うように言い淀んでから続ける。

 

「もし、エインズワースが世界を救ったら、美遊はどうなる?」

 

 問題はそこだった。

 

 エインズワースが美遊を使ってこの世界を救う。それは良い。

 

 だが、その後は?

 

 美遊はどうなるのか?

 

 対して、

 

「彼女は、この世界に縛り付けられることになる。生きたまま、な。死ぬことも許されず、さりとて生きる事もできず、ただ暗闇の中に閉じ込められることになるだろう」

「ッ!?」

 

 残酷な言峰の言葉に、響は思わず息を呑む。

 

 何もない暗闇の中に閉じ込められ、一生を過ごす。

 

 それはまさに地獄だった。

 

「そんなのは、駄目・・・・・・・・・・・・」

 

 絞り出すような響の言葉。

 

 対して、言峰はスッと目を細めて尋ねる。

 

「ほう、なぜかね?」

「え・・・・・・・・・・・・?」

 

 さも不思議そうな言峰の言葉に、思わず顔を上げる響。

 

 対して、言峰は淡々とした口調で続けた。

 

「美遊と言うたった1人の犠牲で、他の全ての人類が救えるのだ。それは素晴らしい事ではないかね?」

「そんなはず、ないッ」

 

 美遊を犠牲にして、何が正義か? 何が人類の救済か?

 

 そう反論しようとする響を制して、言峰は続ける。

 

「枝葉ではなく幹を、木ではなく森を、個ではなく種を、彼等は見ている。軽々に彼らを判断すると、いずれ君は決定的な敗北を喫する事になるだろう」

「・・・・・・・・・・・・」

「大事の前には些細な小事など斬り捨てて進まねばならない。そうでなければ正義を成す事など到底不可能だからな。故に彼らは選択した。自分たちが、この世界を救うのだと」

 

 世界。

 

 言葉にして二文字。ひらがなでもたったの三文字。

 

 しかし、その言葉に込められた意味は、響などには推し量る事も出来ない。

 

 エインズワースは、その全てを背負おうとしているのだろうか?

 

「・・・・・・・・・・・・それでも」

 

 響は絞り出すような小さな声で呟く。

 

「それでも、そんなの間違ってる・・・・・・絶対」

 

 エインズワースがこの世界を救うために戦っているのは判った。

 

 その為に美遊が必要な事も分かった。

 

 だがそれでも、

 

 響は決して、彼らの考えを受け入れる事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 少年が店を出ていくと、店内は再び言峰1人となった。

 

 湯が煮えるリズミカルな音のみが響く中、神父兼ラーメン屋主の脳裏には、先程までカウンターに座っていた少年の事が思い浮かべられていた。

 

「・・・・・・子供相手に、少々、言いすぎたか?」

 

 言峰自身によって現実を突きつけられた少年。

 

 しかしその心は、最後まで揺らぐ事は無く、真っすぐにあり続けた。

 

 あの少年にとって、親友の少女を守る事は、世界を救う事よりも重いと言う事なのだろうか。

 

 その手の人種は往々にして存在している。

 

 そもそも正義など、ひどく曖昧で不確かな物でしかない。

 

 故に、人は己の中の正義とは何なのか、見極めて行動しなくてはならない。

 

 果たして、あの少年の正義はどこを向いているのか? そして、どこへ向かおうとしているのか?

 

 言峰としても、僅かながら興味が湧かずにいられなかった。

 

 それにしても、

 

「・・・・・・・・・・・・やはり、似ているな」

 

 脳裏に浮かぶ、もう1人の人物。

 

 かつて、自分の前に現れた人物。

 

 そして、つい先ごろまで、自分の目の前にいた少年。

 

 その2人が言峰の中で重なり合い、溶け合っていくのが分かる。

 

「・・・・・・・・・・・・まあ、一介のラーメン屋にはかかわりのない事か」

 

 淡白にそう呟くと、言峰は再び仕込み作業へと戻っていく。

 

 生憎と、客が全く来ないのは相変わらずだったが。

 

 

 

 

 

 帰り道を歩く中、響の中では、先程の言峰の言葉が反芻されていた。

 

 世界を救う事を目指すエインズワース。

 

 だが、その為には美遊と言う犠牲が必要不可欠。

 

 勿論、容認する気は響にはない。

 

 だが、

 

 美遊を犠牲にしないと、この世界が滅びてしまうのも事実だ。

 

 響の脳裏で、昔、何かで読んだ事がある物語の内容が思い出された。

 

 それは、とある理想郷と呼ばれる街の話。

 

 その街にはあらゆる幸福が溢れている。人々は幸せを謳歌し、生まれてから天寿を全うするまで、一切の苦痛を知る事無く、楽しく暮らす事ができる。

 

 まさしく、この世の天国とも言うべき街。

 

 だが、

 

 その街の奥深くにある地下室。

 

 そこには、1人の子供が鎖につながれて監禁されている。

 

 一生を、光の全く当たらない地下室に閉じ込められて生きるその子供には、およそこの世で考え得る、あらゆる災厄と不幸と苦痛が降り注ぐことになる。

 

 町に住む人々は、誰もが子供の存在を知っている。だが、知っていて、見て見ぬふりをしている。助けよう、とは誰も思わない。

 

 なぜなら、街が幸福であり続けるには、その子供が全ての不幸を背負い続けなければならないからだ。

 

 ありとあらゆる苦痛を、その子供に押し付けているからこそ、街は反映し、幸せを謳歌できるからだ。

 

 誰も、その子供を助けて、自分たちが代わりに苦痛を受け入れようとは思わないのだ。

 

 響には、その「楽園の子供」と美遊が、重なって仕方が無かった。

 

 もし、

 

 もし美遊が不幸になる事によって、この世界の幸福と繁栄が約束されるのだとしたら?

 

 もし、世界中の人間が、それを是とするのだとしたら?

 

「・・・・・・・・・・・・そんな事、絶対にさせない」

 

 決意と共に、響は呟く。

 

 世界がどうとか、人類がどうとか、そんな事は関係ない。

 

 美遊は守る。

 

 邪魔する奴は切り捨てる。

 

 響にあるのは、ただそれだけだった。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 不意に、

 

 足を止める響。

 

 脳内に鳴り響く警戒音。

 

「・・・・・・・・・・・・囲まれてる」

 

 呟いた瞬間、

 

 四方八方から、一斉に襲い掛かって来た。

 

 

 

 

 

第12話「楽園の少女」      終わり

 

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