1
「美遊・・・・・・本当に、美遊なの?」
地面に座り込んだまま、イリヤはまるで幻を見るような思いで、親友の凛とした姿を見上げていた。
黒髪に、整った顔立ちの和風美少女。
見間違えるはずが無い。
イリヤの親友である美遊・エーデルフェルトが、イリヤの記憶そのままに、目の前に立っていた。
まだ茫然として見上げているイリヤ対し、美遊は微笑みながら頷きを返す。
「遅くなってごめんなさい、イリヤ」
見つめ返す美遊。
本来ならイリヤが纏うべきカレイドルビーの衣装を身に纏った姿は、ある種のギャップ感を演出している。
カレイドサファイア姿に見慣れたイリヤとしては、ひどく新鮮な気がした。
そのイリヤもまた、今はカレイドサファイア姿である事を考えれば、まるで姿を入れ替える鏡を見ているような不思議な印象すらある。
だが、そんな事はどうでも良かった。
美遊が、
友達が助けに来てくれた。
それだけで、イリヤは感極まるのを覚えていた。
「美遊ッ!!」
跳び上がるようにして、美遊に抱き着くイリヤ。
敵に捕まり、長い間の監禁生活。
エリカやシフォンと言った心を通わせる存在がいたとはいえ、少女が受けた精神的苦痛は想像して余りある。
いつ来るともしれない救援を待ち続ける日々は、イリヤを絶望させるには十分すぎた。
だが、そんな日々も、ようやく終わった。
誰よりも大切な親友が、助けに来てくれたのだ。
「大丈夫・・・・・・もう、大丈夫だから」
美遊はそう言いながら、イリヤの頭を優しく撫でてあげる。
そうする事が、一番相手を落ち着かせるのだと知っていた。
と、
それと同時に、イリヤと美遊の姿が光に包まれていく。
繭のように輝く光。
それがほどけた時、
2人の姿は一変していた。
入れ替わった、と言った方が良いかもしれない。
イリヤはカレイドルビーに、美遊はカレイドサファイアに、それぞれ本来の姿に戻ったとも言える。
《いやー 美遊さんも悪くありませんでしたが、やっぱりイリヤさんの方が居心地は良いですね~》
《姉さん、空気を読んでください。とは言え、その意見には完全無欠に同意ですが》
ようやく、本来の鞘に収まった形のステッキ姉妹も、安堵のため息を吐く。
「ルビーも、心配かけちゃってごめんね」
《何の何の。赤い糸で結ばれた私とイリヤさんです。必ず再会できると信じていましたよ~》
イリヤとルビーが、互いに微笑気味に再会を喜び合う。
「サファイア、久しぶり」
《お久しぶりです美遊様。無事に再会できたこと、大変うれしく思います》
美遊とサファイアは、静かに挨拶を交わす。
だが、
感動の再会はそこまでだった。
ザッと言う複数の足音と共に、2人を包囲するように立ちはだかる者たちがいた。
イリヤを追ってきたアンジェリカ。
そしてシェルド、凛、ルヴィア。
更に、
「あなたは・・・・・・・・・・・・」
シェルドに続いて現れた男を見て、イリヤは思わず息を呑む。
ダリウス・エインズワース。
イリヤも顔を合わせた事があるエインズワースの現当主。
すなわち、イリヤ達が倒すべき、最後の敵。
「美しい・・・・・・実に美しい光景だ」
2人の様子を見ながら、ダリウスは芝居がかった口調で告げる。
「互いに心を通わせた親友同士。1人は敵に捕らわれ、1人は己が運命に囚われた末、あらゆる苦難を乗り越えて再会する。今この瞬間に立ち会えたことを、私は誇りにすら思えるよ」
「勝手な事を」
険しい口調で言いながら、美遊はイリヤを背に庇いながら、手にしたサファイアをダリウスへと向ける。
今すぐに、魔力弾を撃ち放ちたい衝動に駆られる美遊。
既にステッキに魔力は充填されている。すぐにでも、戦闘再開は可能だった。
だが、それを見越したように、シェルドが2人の間に立ちはだかる。
睨み合う、美遊とシェルド。
その背後から、ダリウスが声を掛けた。
「まだ、希望に縋りたいのかね、美遊?」
「・・・・・・・・・・・・」
ダリウスの言葉に、美遊は無言で返す。
その美遊に、ダリウスの言葉は続く。
「羽毛よりも軽い希望に縋り、うたかたの夢を見ながら世界を破滅へと導くのかね?」
「・・・・・・・・・・・・」
「随分と傲慢な話だ。君1人の為にこの世界に住む、全ての人類を犠牲にしようなどと」
その言葉を聞き、イリヤはグッと唇を噛み締める。
そうだ。
滅びゆく世界。
エインズワースは、世界を救おうとしている。美遊と言う聖杯を使って。
それを拒む自分たちの方こそが、実は間違っているのではないのか?
迷いを隠せないイリヤ。
だが、
「その言葉は、聞き飽きた」
美遊は敢然とした口調で言い放った。
「私はもう、迷わない。信じた道を行くだけ」
言ってから、美遊は背後のイリヤを見やる。
「私にその事を教えてくれたのは響なの」
「ヒビキが?」
予期せず弟の名前が出た事で驚くイリヤ
どうにも、自分の知らないところで色々な事が起こっていたらしい。
そんなイリヤに、美遊は笑顔を見せる。
「だから、私はもう諦めない。何があっても」
響が自分を救ってくれた。
絶望に沈もうとしていた自分を、光ある場所へと引っ張り上げてくれた。
だから今、戦う事ができるのだ。
「・・・・・・ありがとう、美遊」
微笑みかけるイリヤ。
彼女の瞳にもまた、戦意が浮かんでいるのが分かる。
美遊が諦めていない。
ならば、自分が先に諦める訳にはいかなかった。
頷き合う、イリヤと美遊。
同時に、イリヤは美遊の手を取った。
その様子に、美遊は驚く。
「イリヤ、これ・・・・・・・・・・・・」
「きっと、役に立つと思うから」
頷く2人。
対して、それを見ていたダリウスは嘆息を漏らす。
「やれやれ、所詮は子供か」
低く告げられる、不気味な声。
同時に、闇色の双眸が少女たちを睨みつける。
「王道も手順も理解せず、ただ感情のままに行動しようとする。まったくもって、度し難い」
そう告げると、シェルドとアンジェリカを見やる。
「オイタが過ぎるようだから、少しばかり懲らしめてやりなさい」
「ハッ」
「承知」
飛び出す2人。
同時に、美遊とイリヤもステッキを構えて前に出た。
2
再び始まる激突。
先制したのはイリヤだ。
前に出ると同時に、ダリウス目がけて魔力砲を放つ。
「とにかく、あいつさえ倒せば終わるはず!!」
《ええ、そうなんですけど・・・・・・》
意気込むイリヤに対し、言葉を濁すルビー。
間を置かず、彼女の杞憂は現実の物となる。
「サーヴァントカード
低い声と共に、イリヤの前に立ちはだかった影が、彼女の攻撃からダリウスを守り切る。
ルヴィアだ。
彼女の手から出現した巨大な闇が盾となって、イリヤの魔力砲をあっさりと防ぎきってしまう。
更に、
「サーヴァントカード
湾曲した闇の刃を掲げ、凛が斬りかかる。
「うわッ!? とッ!?」
後退するイリヤ。
それを追って、二度、三度と曲刀を振るう凛。
このままじゃ埒が明かないと感じたイリヤは、とっさに宙返りしつつ、空中に飛び上がりながら回避する。
「ちょっとーッ 何で凛さんとルヴィアさんが敵に回ってる訳ー!? 説明してー!?」
《あー それは色々あったと言いますか、わたし達にもよくわかってないと言いますか、ていうか、今まで気付かなかったんですかイリヤさん? 相変わらず鈍いですね~》
「久しぶりに会ったのにひどくない!?」
抗議しながらも回避するイリヤ。
その間にも、凛とルヴィアはイリヤを追い詰めるように攻撃を繰り出してくる。
《まあ、何と言いますか、ぶっちゃけ面倒くさいので、イリヤさんがお2人を丸ごと全部吹っ飛ばしてくれれば、証拠隠滅も出来て万事オッケーと言いますか・・・・・・》
「最後の明らかに駄目だよね!?」
不穏な事を言っているルビーに、ツッコミを入れるイリヤ。
この間の抜けたやり取り。
緊迫した状況だというのに、妙な懐かしさすら覚える。
だが、回顧に浸っている暇は、今のイリヤにはない。
更にカードを
「サーヴァントカード
飛散した闇の弾丸が、イリヤへと襲い掛かってくる。
対抗するように障壁を展開して防ぐイリヤ。
《ほらほら、迷っている暇はありませんよ。遠慮なくズバッとやっちゃってくださいイリヤさん!!》
「あー!! もー!! 久しぶりに会ったってのに、大概困ったさんだよね、みんな!!」
ルビーの煽りに触発されたように、ステッキを振り被るイリヤ。
どうにでもなれ、とばかりに振り抜く。
「
振るわれる魔力の斬撃。
一閃は向かってくるルヴィアに命中。
彼女の体を斬り裂く、
事は無かった。
代わりに、ルヴィアの着ているメイド服の胸元を斬り裂いた。
「あ・・・・・・」
《ナイス、イリヤさん!!》
喝采を上げるルビー。
茫然とするイリヤの視線の先で、「豊満」と称していいルヴィアの胸が、気前よくこぼれ陥ちる。
何と言うか、色々と「美味しそう」な光景である事は間違いない。
《流石イリヤさんッ 私が見込んだマイマスター!! グッジョブです!!》
「ちょっとー!! 人聞きの悪いこと言わないでェ!!」
あくまで「事故」を主張するイリヤは、手の中のルビーをぶんぶんと振り回しながら抗議する。
「イリヤ・・・・・・・・・・・・」
「ち、違うんだってば、美遊!!」
疑念の眼差しを向けてくる親友に、必死で弁明するイリヤ。
もっとも、弁明すればするほど、「わざとっぽく」聞こえてしまうのだが。
だが、
やはり・・・・・・・・・・・・
お茶らけながらも、イリヤの手の中でルビーは注意深くルヴィアの様子を観察しながら呟いた。
彼女が注目しているのはルヴィアの豊満なお胸、
ではなく、そのすぐ下に描かれた何らかの文様だった。
魔術には、必ずと言って良いほど、いくつかの法則がある。
今回の場合、エインズワースは何らかの魔術で凛とルヴィアの意識を奪っているものと考えられるが、その魔術を行使するのに重要なのが「基点」である。
恐らく、ルヴィアの胸に描かれているのが「基点」だろう。凛にも同様の物があるはず。
あの基点を破壊すれば、2人は元に戻るはずだった。
と、
聞こえてくる風切り音。
ほとんどとっさに、美遊とイリヤは振り返る。
「「物理保護!!」」
同タイミングで叫ぶ少女たち。
展開された障壁が、飛んできた刃を片っ端から防ぎとめる。
見れば、「
更に、大剣を振り翳したシェルドが、真っ向から迫ってくるのが見えた。
宝具降り注ぐ中を、構わず少女たち目がけて突進してくる」シェルド。
間合いに入ると同時に、手にした大剣を横なぎに一閃する。
真一文字に大気を斬り裂く刃。
その一撃を、美遊とイリヤはタイミングを合わせて飛びのく事で回避する。
「クッ!!」
「このッ!!」
すかさず、反撃に出るイリヤと美遊。
放たれる魔力砲の一撃。
強烈な閃光は、しかし、シェルドの身体に命中した瞬間、けんもほろろに弾かれてしまう。
「そんなッ!?」
初めて見るシェルドの無敵性に、驚くイリヤ。
一方の美遊はと言えば、流石に状況を冷静に見極めている。
火力差は歴然としている。一瞬でも守りに入れば、その瞬間に押し切られてしまう事だろう。今はとにかく、無駄と分かっていても攻めに回らなくてはならない。
地に降り立つ魔法少女たち。
そこへ再びアンジェリカが攻撃を仕掛けてきた。
投射される宝具の群れ。
その刃が一斉に殺到してい来る。
否、それだけではない。
重ね合わせるように、凛とルヴィアもまた、カードを
「クッ これじゃあ!?」
攻撃を物理保護障壁で防ぎながら、苦しそうに唇を噛むイリヤ。
360度、包囲された状態。
逃げ場は、ない。
この防御も、いつまでも続かない事は判っている。
次の瞬間、
「終わりです」
アンジェリカの静かな声と共に、一斉に放たれた攻撃を、2人に殺到してくるのが見えた。
その圧倒的な攻撃を前にして、
イリヤは決断する。
あの攻撃を防ぐことは、今のままでは不可能。
ならばッ
クラスカードを抜き放つイリヤ。
このカードは、戦闘開始前にサファイアがイリヤに渡した物である。
カードは2枚。うち1枚は美遊に私、もう1枚はイリヤが持っていた。
カードの表面に描かれているのは、手にした秤を掲げた聖女。
躊躇う事無く、イリヤは叫んだ。
「
爆炎。
そして轟音。
圧倒的な質量を誇る攻撃を前にして、2人の少女は成す術もなく吹きとばされただろう。
誰もがそう思った。
やがて、晴れる砂塵。
その中で、
一振りの旗が、風を受けて雄々しくはためいた。
白地に金の装飾。
清廉な存在感を放つ軍旗。
「・・・・・・・・・・・・そうか。どこかに無くしたかと思っていたが、そのカードは君が持っていたのか。」
その姿を見たダリウスは、どこか納得したように頷く。
「聖女が旗を振るいし時、万軍が奮い立ち、あらゆる邪悪は地に伏し浄化される、か」
その視線の先に佇む少女。
イリヤの姿は純白の甲冑に包まれている。
その手にした旗が風を受けて翻る。
「確かにその通りだな、
ダリウスが呟くように言った瞬間、アンジェリカが仕掛けた。
「
飛来する宝具の刃。
対抗するように、前に出るイリヤ。
手にした旗を大きく振るう。
次の瞬間、
イリヤが放った旗の一閃が、飛んできた宝具をまとめて弾き飛ばしてしまった。
「ッ!?」
まさかの事態に、舌打ちするアンジェリカ。
あれだけの宝具を、まさか一撃で振り払われるとは、思っても見なかったのだ。
「まだです!!」
更に
数が増えた剣が、槍が、イリヤへと殺到する。
だが、イリヤも引かない。
大ぶりな旗を縦横に振るい、飛んで来る全ての宝具を弾き、叩き落していく。
ダリウスの言ったとおりである。
聖女の役目は、戦場にあって味方を鼓舞し、味方を守る事にある。
事「守り」に関する限り、聖女ジャンヌ・ダルクは英霊達の中でもトップクラスの戦力を誇っていた。
アンジェリカの方でも躍起になっている感がある。
更に宝具の量を増やして執拗に攻撃を仕掛けるが、イリヤはその全てを叩き落して見せた。
と、
次の瞬間、
「そこまでにしてもらおうか!!」
大剣を手に、イリヤに斬りかかるシェルド。
真っ向から振り下ろされる刃。
「クッ!?」
対してイリヤも、戦旗を振り翳して応じる。
激突する両者。
互いを弾く、イリヤとシェルド。
「チィッ!?」
「ッ まだッ!?」
同時に体勢を立て直す2人。
戦旗を返すイリヤ。同時に槍のように穂先を突き込む。
対して、シェルドも構わず前へと出る。
イリヤの一撃を大剣で弾き、代わって真っ向から刃を振り下ろしにかかる。
「クッ!?」
重い一撃を受け止めるイリヤ。
同時にシェルドも、警戒したように大剣を構えなおす。
「イリヤ、大丈夫?」
「う、うん。何とか・・・・・・」
手のしびれに耐えながら、美遊を守るように立つイリヤ。
対して、シェルド、そしてアンジェリカが追い詰めるように迫ってきた。
見れば、凛とルヴィアも、攻撃する隙を伺っている。
見回せば、美遊とイリヤは完全に取り囲まれていた。
「もう、諦めたらどうですか?」
降伏勧告をするように、アンジェリカが口を開いた。
「いかに強力な英霊を身に纏おうと、ここは我らエインズワースの領域。どう足掻いても、あなた方に勝ち目はありませんよ」
「「・・・・・・・・・・・・」」
アンジェリカの言葉に、美遊とイリヤは沈黙を返す。
確かに、魔術師を相手に工房内で戦うのは不利すぎる。イリヤ達に勝ち目は無い。
「降伏したまえ」
再度の降伏勧告は、ダリウスからなされる。
「そして、我らと共に、世界を救おうじゃないか」
大仰に告げるダリウス。
さあ、もうお遊びは良いだろう。我々も子供につき合っているほど暇じゃないんだ。
いい加減、諦めてこっちに来るがいい。
ダリウスの暗い瞳は、そう語っている。
対して、
「・・・・・・・・・・・・今回の戦い」
静かに口を開いたのは、美遊だった。
少女の瞳は凛とした輝きを放ち、真っすぐにダリウスを睨み据えている。
「今回の戦いは、私にとって賭けだった。あなた達エインズワースを倒す、唯一の機会を作るための」
「ですが、あなたは失敗した」
アンジェリカは断定するように言った。
確かに、
エインズワースを倒す事が美遊の目的だったのだとしたら、この作戦は既に破たんしていると言って良い。
首尾よくイリヤと合流できたものの、既に2人そろって追い詰められている状態だ。
完全に包囲された2人の命運は、もはや風前の灯火と言って良い。
と、
「いいえ」
敢然とした口調で、
美遊は言い放った。
「私の、勝ち」
次の瞬間、
ダリウスの背後に、
漆黒の影が躍った。
小柄な影は、他の追随を許さぬ速度で、エインズワースの首魁へと迫る。
「ダリウス様!!」
アンジェリカが叫ぶ。
が、
もう遅い。
振り向くダリウス。
その背後には、
黒装束に、白いマフラーを靡かせた少年の姿が、突如として視界の中に浮かび上がる。
「響ッ!?」
突然現れた弟に、驚きの声を上げるイリヤ。
そんな中、
響は手を掲げる。
そこに握られた、1枚のカード。
「
低く囁かれる声。
同時に、普段は「意図的に封鎖」している魔術回路の一部分を開放する。
流れ込む魔力。
同時に奔る痛みに耐えながら、響は自ら振るう武器を顕現させる。
それは、奇妙な形をした刃を持つ短剣。
その刃を、迷う事無く、ダリウスの胸へ真っ向から振り下ろす。
「
ダリウスの胸に、突き立てられる刃。
次の瞬間、
傷口から猛烈な闇が噴き出していった。
第22話「一縷の賭け」 終わり
死角から接近して、大将首を狙う。
何気に、響が初めてアサシンっぽい事をした気がする。