1
足元に浮かぶ影。
泥のように淀んだ影の中から、
ズルリと這い出る、不気味なほどに黒々とした腕。
「だめですよ、センパイ」
澄んだ声が、却って怖気を振るう。
伸ばされた腕は甲冑に包まれ、そのまま振り下ろされた白い剣を真っ向から掴み取った。
「なッ お前は!?」
驚く士郎。
その手から、莫邪がもぎ取られた。
相手は不気味な黒い甲冑に包まれた人物。
マスクのバイザーが下されているせいで、顔までは判らない。
だが、腰まである長い髪をしている事から、恐らく女性と思われた。
甲冑の女性は、そのまま莫邪の刃を返す。
とっさに、投影を解除しようとする士郎。
あの剣は士郎が投影魔術によって創り出した物である。故に、士郎が解除を命じれば剣は消える筈だった。
しかし、
「馬鹿なッ!?」
驚愕の声を上げる士郎。
投影が、解除できない。
奪われた白剣は士郎の命令を受け付けず、その場に存在し続けている。
ただ奪われたのではない。剣の所有権その物が、敵に移っていた。
振るわれる刃。
最早、かわす事は不可能。
白剣が士郎を斬り裂く。
そう思った。
次の瞬間、
「士郎ッ!!」
飛び込んでくる、小さな影。
響は、殆ど本能的に体が動いた。
あの士郎は、自分の兄ではない。その事は判っている。
しかし、
それでも、体は無意識のうちに反応していて。
黒衣の女と士郎の間に飛び込むと、向かってくる白剣の刃を前に、立ちはだかる。
「なッ!?」
突然の事で驚く士郎。
飛び込んだ響は、白剣の刃に対して刀を繰り出す。
ぶつかり合う刃。
次の瞬間、
押し負けた響が、大きく吹き飛ばされた。
「・・・・・・・・・・・・あ」
響の体は
そのまま数回バウンドして斜面に転がる小さな体。
「ヒビキッ!!」
とっさに助けようと、踵を返すクロ。
だが、
「だめですよセンパイ。ちゃんと、わたしの相手をしてくれないと」
背後から聞こえた不気味な声に、クロは思わず背筋を震わせる。
再び斬りかかってくる黒衣の女。
士郎から奪い取った莫邪でクロを斬り付けようとする。
「やめるんだ!!」
叫ぶ士郎。
同時に投影した剣を自身の周囲に展開。牽制の攻撃を仕掛ける。
一斉に放たれる刃。
その切っ先が、黒衣の女へと向かう。
だが、
次の瞬間、士郎とクロは己が目を疑う事態に直面する。
黒衣の女を目指して飛んで行った刃。
その全てを、
女は素手で掴み取って見せたのだ。
まるで華麗に舞い踊るかのように、不気味な優雅さでもって。
その圧倒的な光景には、戦慄せざるを得ない。
「あら、こんなにいただけるのですね」
女は、仮面の下で怖気を振るう笑いを見せる。
「ありがとうございます。センパイ」
その様に、2人はごくりと息を呑んだ。
その少し前、
次の瞬間、
「ッ!?」
息を呑む。
まさにその瞬間、
響が黒衣の女によって、刀身の外へと弾き飛ばされたところだった。
「響ッ!!」
とっさに踵を返して、駆けあがる美遊。
何も、考える事ができなかった。
ただ響の、
恋人に危機に駆け付けなければ。
その想いが、あるだけだった。
後ろからイリヤが名前を呼んだのが聞こえてが、それに答えている余裕もない。
魔力で脚力を強化し、一気に
途中、倒れているアンジェリカを飛び越えたが、彼女に構っている暇は無い。
同時に美遊は、太腿のカードホルダーから、1枚のカードを取り出して掲げる。
それは先程、イリヤから渡されたカードである。
表面には「巨大な盾を持った騎士」が描かれている。
接近すると同時に、魔術回路に魔力を走らせる。
「
言い放つと同時に、閃光に包まれる少女。
そのまま、黒衣の女の前に割り込む美遊。
ノースリーブでミニスカート状の軽装甲冑に身を包み、その手には、カードの絵柄に描かれていた通りの巨大な盾が握られている。
クラスカード「
美遊の手の中にある盾が、黒衣の女の攻撃を完全に防いでいた。
「これ以上は、やらせない!!」
叫びながら黒衣の女を振り払う美遊。
見るからに防御に特化した英霊と思われるが、それでも「防ぐ」という一点にかけては無敵に近い能力を持っている。
だが、
「美遊、よせッ そいつに近づくな!!」
叫ぶ兄。
あの女は危険すぎる。
ある意味、誰よりもその事を知っていたのは士郎に他ならない。
だが、
妹を援護しに行こうとする士郎の頭上から、巨大なハンマーを振り翳した少女が降って来た。
「いい加減、ジュリアン様から離れろッ クズ共が!!」
振り下ろされるハンマーの一撃。
その一撃によって、
「はん?」
その内部を見て、ベアトリスは鼻を鳴らす。
「何だこりゃ? 張りぼてかよ」
どうやら高度な投影魔術を操る事ができる士郎と言えど、神造兵装を完璧に作り出す事は出来ず、表面だけそっくりに似せた物だったらしい。
その間にも、剣は徐々に崩れ、倒れていく。
と、
「貴様・・・・・・・・・・・・」
か細い声が、ベアトリスの耳に届く。
見れば、刀身の半ばで倒れていたアンジェリカも、剣の崩壊に巻き込まれて落下していくところだった。
「私ごと・・・・・・巻き添えに・・・・・・」
「あんたを助けろとは言われてないんでね。じゃあな、用済みのお人形さん」
仲間に対する者とは思えないほど、冷酷に告げるベアトリス。
その間にも崩れ続ける刀身。
士郎とクロ、更には響も崩壊に巻き込まれて落下していく。
その様を、美遊はただ見ている事しかできない。
助けに行きたいのはやまやまだが、今は目の前の敵に集中するしかないのだ。
「何なんですか、あなたは?」
そんな美遊に対し、黒衣の女は首をコキリと鳴らしながら、ゆっくりと近付いてくる。
「まったく、センパイにも困った物です。センパイを理解できるのも、センパイを愛せるのも、センパイを殺せるのも私だけだって言うのに。騙されて他の女のところに行くなんて・・・・・・・・・・・・」
その言葉を聞きながら、美遊は言い知れぬ恐怖に襲われる。
狂っているのか、壊れているのか、あるいはその両方か。
いずれにせよ、まともな会話が成立するとは思えない。
仮面の下で、女はニタァ~と笑う。
「あとでちゃーんと、お仕置きしてあげないと」
次の瞬間、
黒衣の女は、美遊に容赦なく襲い掛かった。
2
剣の崩壊に巻き込まれ、落下を続ける響。
どうやら意識を失っている様子であり、動く気配が無い。
地面まで、あとおよそ数メートル。意識を失ったまま叩きつけられたら、いかに英霊化していたとしても命が危うい。
ダメか?
誰もがそう思った時。
「
詠唱するルヴィア。
その前には、弓を弾くように大きく拳を振り上げたバゼット。
そして、
その腕を足場にして、跳躍の姿勢を取る凛の姿がある。
「
重力を軽減された凛の体は、まるで羽のようにふわりと浮き上がる。
次の瞬間、
バゼットが全力で拳を振り抜く。
それに伴い、凛の体はまるで砲弾のように打ち出された。
飛翔する凛。
そのまま、落着寸前の響を空中でキャッチ。着地する事に成功した。
ホッと息をつく凛。
そこへ、岩山からはじき出された士郎とクロ、更にシェルドを振り切って来たイリヤも駆けつける。
「リンさんッ ヒビキは無事!?」
敵の攻撃をもろに受けた弟を気遣うイリヤ。
もし響に何かあったら・・・・・・
そう思うと気が気ではなかった。
「大丈夫。気を失っているだけよ。しばらくしたら目を覚ますと思う」
響は呼吸も顔色も安定している。少し疲労感が出ているようだが問題ないレベルだった。
凛の言葉に、ホッとする一同。取りあえず、響の事は大丈夫そうだ。
とは言え、
「問題は、こっちよね」
周囲をぐるりと見まわしながら、クロは緊張交じりに呟く。
周囲全体を包囲するように、迫りくる無数の黒化英霊達。
既にクレーター内は彼らで満たされ、その数は今なお増え続けている。
その圧倒的な数で、一同は完全に包囲されていた。
どうやら、響達が
全方位から群がってくる黒化英霊達。
今度は360度を守らなくてはいけない為、不利は否めない。
「とにかく、やるしかないッ」
干将莫邪を構えなおしながら士郎が言う。
その視線は、チラッと山頂の方を見やる。
あそこではまだ、美遊が戦っている。
どうにかしてここを切り抜けないと、彼女を助けに行く事すらできなかった。
黒衣の女性が、手にした剣を真っ向から振り下ろしてくる。
その鋭い一閃を、手にした盾で弾く美遊。
その為、美遊の戦い方は自然、盾で敵の攻撃を防ぎつつ、徒手にて反撃する。という形になっていた。
相も変わらず、奪った武器で攻撃を仕掛けてくる黒衣の女性。
当初、美遊はこの盾も奪われるのではないかと警戒していたが、どうやらそれは杞憂だったらしい。
何度か盾の表面を触られたが、奪われそうな気配はない。どうやら、何でもかんでも支配権を奪えると言う訳ではないようだ。
とは言え、
「クッ!?」
相手の攻撃を防ぎつつ、反撃に出る美遊。
鋭いケリを回し気味に繰り出す。
しかし、
それよりも早く黒衣の女性は後退しつつ回避。美遊の攻撃は虚しく空を切る。
先程からこの調子だ。攻撃よりも防御に重点を置いた英霊である為、美遊の攻撃はなかなかヒットしないのだった。
「まったく、何なんですか?」
そこへ、猛攻を仕掛ける黒衣の女。
「今は私がセンパイとお話ししているのに、そうして余計な女が割り込んで来るんです?」
繰り出される刃。
その圧倒的な速度を前に、美遊の対応が追い付かなくなる。
「ッ!?」
とっさに後退しようとする美遊。
だが、黒衣の女はすぐに追いつき刃を突き立てる。
防ぐ盾をすり抜けるようにして、刃が少女へ迫る。
「ええ、けど安心してくださいセンパイ。害虫はすぐに駆除しますから。こう見えて私、害虫駆除はとっても得意なんです」
「クッ」
狂気をはらんだ言葉に、思わず息を呑む美遊。
刃は、もうかわせない間合いにまで入っている。
痛みを覚悟する美遊。
次の瞬間、
突如、背後から伸びてきた無数の鎖が美遊の体に絡みつく。
「なッ!?」
驚く美遊。
強制的に引っ張られると、何が起きたのか理解する間もなく、岩山の外へと放り出されてしまった。
声を上げる間もなく、そのまま落下していく美遊。
そんな中、
「・・・・・・・・・・・・貴様か」
新たに現れた存在に対し、ジュリアンは険しい目を剥けた。
その視線の先には、
薄笑いを浮かべて空中に佇む、金髪の少年の姿があった。
「やれやれ、世話が焼ける事だけど、これも乗り掛かった舟って奴だね。僕の方も、目的は達成できたわけだし」
そう言いながらギルは、1枚のカードを掲げて見せる。
絵柄に弓を持った兵士が描かれたカード。
「
どうやら、アンジェリカが士郎たちに敗れたどさくさに紛れて回収したらしい。今まで姿を見せなかったのは、このタイミングを狙っていたからのようだ。
「まったく、散々利用された挙句、偽物に敗けてさ。情けないったらないよね。けど、もう十分遊んだでしょ」
どこか、「自分のカード」を揶揄するかのように、薄笑いを浮かべるギル。
「ご返却ありがとう。延滞料金は、安くないよ?」
同時に視線は、ジュリアンを睨みつけるギル。
嘲弄を含んだようなギルの視線に対し、ジュリアンは敵意の籠った眼差しを向ける。
「実際のところ、君たちが何をしようと、どうなろうと、『僕』にはどうでも良い事なんだけど・・・・・・
静かに言い募るギル。
対して、
ジュリアンはそんな少年の言葉を無視するように命じた。
「アレの参戦はイレギュラーすぎる。カードを使われる前に殺せ」
「はぁい、ジュリアン様!!」
主の命令に対し、ベアトリスは喜々として飛び出していった。
3
降り注ぐ、冷たい雨。
流れ出る滴が、戦場の血と炎を清めようとしているかのようだ。
それは天の嘆きか、
あるいは神の慈悲か。
戦いは、終わった。
全ての敵が、死に絶えるという結末で。
だが、
なぜだろう?
胸に去来するのは、ただ只管の虚栄感のみだった。
紛う事無き大勝利。
のみならず、先に散って行った新撰組や会津藩、旧幕府軍の仲間たちの仇も撃つ事が出来た。
これ以上ない、喜びを感じるべきだというのに、
自分の胸には、大きな穴が開いたように、何も感じる事が出来ないでいた。
西郷南洲とその側近たちは、最後まで勇敢だった。
彼らは士族として、
否、
武士としての誇りを貫き、最後の一兵になるまで戦った後、文字通り全滅したのだ。
西郷南洲は、彼の故郷である鹿児島の城山にて最後の籠城戦を行った後、自刃して果てた。
他の者達も皆、立派な最期だった。
そんな彼らを討ち果たした自分は、本当に正しかったのか?
ただ、幕末の憂さを晴らしたかっただけじゃないのか?
そんな風に、どこかで考えてしまう。
手にした刀が、今はひどく重く感じた。
「・・・・・・・・・・・・あれ?」
目を覚ました響。
だが、そこには何もなかった。
自分は確か、岩山で士郎たちと戦っていた筈。
だが、周囲には誰もいない。
美遊も、イリヤも、クロも、士郎も、凛も、ルヴィアも、バゼットも、
誰の姿も、周りには見えなかった。
ただ、
闇夜を煌々と照らす月。
その月光に照らされた静かに佇む人影。
浅葱色の羽織を着込み、腰には日本刀を差している。
唐突に、理解する。
「・・・・・・・・・・・・
自分の中にいる英霊。
幕末最強剣士と謳われた斎藤一が今、響の目の前に立っていた。
と言う事はつまり、
響は唐突に気付く。
周囲に広がる闇夜の風景には見覚えがある。
月下に吹き曝しの荒野。
それは宝具である固有結界「翻りし遥かなる誠」の内部風景と全く同じなのだ。
そして、固有結界とは使用者の内面における心象風景を具象化する物。
つまり、これこそが斎藤一の心の中にある風景と言う事になる。
こんな、
こんな何もない、誰1人として存在しない闇の風景。
それはある意味、斎藤一が歩いて来た人生そのものであると言える。
剣士として、暗殺者として、常に孤独に戦ってきた斎藤の心。それこそが、この風景に他ならなかった。
「・・・・・・・・・・・・何を」
響はそっと、斎藤に語り掛ける。
「何を、したい?」
知りたかった。
この人が何を思い、何を願っているのか。
自分は、知る必要があると思ったのだ。
「・・・・・・勝ちたかった?」
聞いてから、これは違うと思った。
彼にとって、
あの幕末と言う、誰もが熱と狂気に浮かされていた時代。
敵も、味方も、誰も彼もが、善悪を超越した戦いに身を投じていた。
こだわりが無かったと言えばウソになるが、勝ち負けは既に超越された些事に過ぎない。
では、何か?
「・・・・・・みんなと一緒に、戦いたかった?」
この孤独な風景を見れば、自然とその答えにたどり着く。
だが、斎藤からは何の反応もない。どうやら、これも違うらしい。
考えてみれば彼は、仲間と一緒に戦う事は出来なかったとしても、仲間の為に戦う事は出来た。と言う事はつまり、そこは既に満たされている事になる。
考える響。
彼は何を願っているのか?
何を望んでいるのか?
どうしたいのか?
あるいは、どうしたかったのか?
「・・・・・・・・・・・・」
ゆっくりと、顔を上げる。
「みんなと一緒に、死にたかった?」
そこで、
初めて斎藤が、響に微笑んだ気がした。
結果的にとは言え、幕末の動乱を生き残ってしまった斎藤。
多くの仲間が志半ばで倒れる中、「死に後れた」事が、彼にとっての後悔となっていた。
「武士道とは、死ぬ事と見つけたり」
死ぬ事がなぜ誇りなのか、疑問に思うかもしれない。
しかし、死に様とはすなわち、その人物の「生き様」に他ならない。
誇り高い死を迎える事ができる人間は又、誇り高い生き方をしてきた人物でもある。と言う事だ。
そっと手を伸ばす斎藤。
その手が、響の頭を優しく撫でる。
「ん・・・・・・・・・・・・」
少しくすぐったそうに、目を細める響。
ゴツゴツとした硬さの中に、温かい温もりを感じさせる。
どこか、切嗣よりも、士郎に頭を撫でられた時に感じが似ている気がした。
「・・・・・・・・・・・・行こ」
そんな斎藤の手を、響が取る。
「みんな、きっと待ってる」
語り掛ける響。
斎藤は頷くと、
響の手を引いて、ゆっくりと歩き出した。
死闘は続いていた。
押し寄せてくる黒化英霊の大群を前にして、一同は一歩も引かずに戦い続ける。
連なるように迫ってくる漆黒の兵士たち。
その手にはそれぞれ武器を掲げて迫ってくる。
その動きをいち早く察知してイリヤが動く。
更に、イリヤの陰から紅い影が飛び出る。
「クロッ!!」
「任せなさい!!」
イリヤの攻撃によって崩れた敵陣に、クロが飛び込む。
縦横に奔る黒白の剣閃。
少女の素早い斬撃に斬り裂かれ、消滅する黒化英霊。
更に、
全てを踏み砕くように進撃してくる、巨大な黒化英霊。
明らかに「人」のサイズを超越した敵を前にして、士郎が立ちはだかる。
「デカけりゃ良いってもんでも!!」
言いながら双剣を振るう士郎。
対抗するように、相手も巨大な槌を振り下ろしてくる。
圧倒的質量で士郎へと迫るハンマー。
ぶつかり合う両者。
振り下ろされた大槌を、士郎は剣を交差させて受け止めると、同時に渾身の力で押し返す。
「ッ!?」
すかさず、地面すれすれの軌跡を描いて黒剣を振り上げる士郎。
回避の難しい一閃を前に、巨大な黒化英霊は防御が間に合わず、そのまま斬り倒される。
動きを止める士郎。
そこへ、短剣を装備した黒化英霊が飛び掛かってくる。
だが、
「邪魔だ」
短い呟きと共に、右手に装備した白剣を横に一閃。
殆ど無造作と言っても良い攻撃にもかかわらず、剣閃は敵の急所を的確に斬り捨てる。
圧倒的な戦闘力を見せつける士郎。
その戦いぶりは、この中にあって頭抜けていると言って良い。
間違いなく、一同の中で最強の戦闘力を誇っているのは士郎だった。
だが、
「くそッ・・・・・・・・・・・・」
短く舌打ちする士郎。
敵の数が、減らない。先ほどから、視界を埋め尽くす勢いで迫ってくる黒化英霊の数は、一向に減少の兆しを見せなかった。
「キリがありません!!」
黒化英霊1体をようやく殴り倒したバゼットが、舌打ち交じりに言い捨てる。
状況は刻一刻と悪くなっている。
こちらが1体倒す間に、黒化英霊は5体は増えている。相対的に言って、逆転するのは難しかった。
その時、
「お兄ちゃん、イリヤ!!」
飛び込んでくる小柄な影。
そのまま手にした盾で、黒化英霊の放つ攻撃を防ぐ。
「美遊、無事かッ!?」
妹の姿に、ホッと息をつく士郎。
その間にも剣を操る手は止めず、今も突き込まれた槍を回避し、カウンター気味に相手の首を斬り飛ばしていた。
岩山の山頂に1人で取り残される形になってしまった美遊だったが、どうにか脱出してきてくれた事に、ひとまず胸を撫で下ろす。
とは言え、
戦況は、美遊1人が加わったところで、どうにもならないところまで来てしまっている。
今なお、あふれ出る泥。
そこから湧き出る黒化英霊達。
そして、完全に包囲された自分達。
どうにかして突破しないといけない状況だというのに、その方策が全く浮かんでこなかった。
と、その時、
ザッ
小さく鳴る、足音。
その音に気付き、美遊は振り返る。
「・・・・・・・・・・・・響?」
見れば、先程まで岩山にもたれかかる形で倒れていた響が、いつの間にか立ち上がっていた。
顔を上げ、真っすぐに見据える目。
その手には、一振りの旗が握られていた。
「響、それは・・・・・・・・・・・・」
声を上げる美遊。
見覚えのある旗。
朱の地に、金の文字で「誠」の一字が描かれている。
新撰組の象徴たる隊旗。
そして、響の持つ最大の宝具、固有結界「翻りし遥かなる誠」の発動するための旗。
それが今、響の手に握られている。
しかし、
果たしてどこまで効果が期待できるか、美遊には疑問だった。
響の固有結界は確かに強力だ。取り込んだ敵全ての認識力を強制的に下げ、術者を知覚できなくする絶対的暗殺空間。さらに術者の任意で、味方の身を隠す事も出来る。
しかし、結界自体に攻撃力は無く、攻撃手段はあくまで、個々人の武勇頼みとなる。
結界を発動しても、持続時間内にどれだけの敵を倒せるのか?
無限に湧き出てくる黒化英霊相手では、分が悪いと言わざるを得ない。
だが、
そんな美遊の危惧を他所に、響は手にした旗を振り上げる。
「ここに・・・・・・旗を立てる」
大地に突き立てられる「誠の旗」。
果たして、次の瞬間、
周囲一帯を、強烈な閃光が満たした。
「なッ!?」
「何、これ!?」
突然の事に、一同が思わず戦う手を止める。
いったい、何が起きたというのか?
「違う・・・・・・前の時とは・・・・・・」
霞む視界。
異なる事象の前に、戸惑いを隠せない。
やがて、
閃光が収まり、徐々に視界が晴れていく。
そして、
「アハ、やっと呼んでくれましたね」
「遅いんだよ。馬鹿が」
聞き覚えの無い声。
しかし、耳を打つ、果てしない懐かしさ。
目を開ける。
果たしてそこには、
浅葱色の羽織を着た侍たちが、整然と列をなして佇んでいた。
第26話「今、この旗の下に」 終わり