1
鳴り響く剣戟は、戦場に奏でる至高の楽曲と化す。
戦士たちが上げる雄たけびは、彼らの誇りを現していた。
戦況は一進一退の、膠着状態となりつつあった。
響が新撰組隊士達を召喚した事で、戦況は一時に比べてだいぶ押し返す事には成功したものの、何しろ黒化英霊達は無限に湧き出てくるのだ。
多少、戦力が強化されたところで、多勢に無勢である事には変わりなかった。
新撰組隊士達は、確かに一騎当千である。古今において、彼らほど高い技能を持った剣客集団はそうはいないだろう。
しかし、相手もまた、何処かの逸話で英霊となりえた存在。個々人の戦力的には大差が無いのだ。
だが、
それでも、
この場にいる誰1人として、諦める者はいない。
怒涛の如く押し寄せる黒化英霊を斬り伏せ、貫き、ただ己が生き様を見せつける。
敵の数が多い?
そんな事はいつもの事。
新撰組隊規一条「士道に背くあるまじきこと」
敵がどれだけ強大だろうと、
敵の数がどれだけ多かろうと、
それが退く理由にはならない。
ただ前へ、
ひたすら前へ、
立ち塞がる者を斬り捨てながら進むのみ。
彼等、新撰組は、かつて時代の流れに押し流されながらも、最後まで自分たちの誇りを失う事は無かった。
その伝説的な戦いが今、時空を超えて現出されていた。
何かを背負って戦う者は、それだけで常人には無い強さを発揮するのだ。
そんな新撰組の戦う姿に触発されたように、イリヤたちもまた反撃を開始していた。
互いの刃が鋭く奔り、眼光は激しく火花を散らす。
大上段から大剣を振り下ろすシェルド。
それに対する沖田。
可憐ながら鋭い眼差しは、既に相手の剣の速度、方向、間合いを完璧に把握して見切る。
僅かに体を逸らせる沖田。
「おォォォォォォ!!」
そこへ、シェルドは大剣を振り下ろす。
だが、
轟風の如き剣の切っ先は、沖田の髪を数本断ち切るのみに留まる。
振り切られる大剣。
次の瞬間、
沖田の目がきらりと光った。
その水面の如き双眸に映る、微かな狂気。
その様に、シェルドは僅かに息を呑む。
瞬時に悟る。
たとえ華やかな少女の外見をしていても、目の前にいる人物が狼の化身であると。
ザンッ
一瞬の隙を突いて斬り込んだ沖田が、シェルドの胴を薙いだ。
静寂する両者。
「・・・・・・・・・・・・ふむ」
沖田は自分の刀、「菊一文字則光」を眺めながら呟いた。
刃こぼれは無い。この程度の戦いで刀を壊すような、下手な戦い方はしていない。
だが、
「思ったより、硬いですね」
落ち着いた声で言いながら振り返る。
沖田の剣は、確かにシェルドの胴を薙いだ。
だが、そのシェルドには、いささかの傷もついていなかった。
「おのれ・・・・・・・・・・・・」
呟きながら大剣を返すシェルド。
そのプライドは大いに傷付けられていた。
シェルドが
邪龍ファブニールの討伐で知られる「
ファブニールの血を浴びたジークフリートは唯一、背中の一点を除いてあらゆる攻撃を弾く事ができる特性を持っている。
宝具「
これまで対峙した響やイリヤが、シェルドに対して全く歯が立たなかったのは紺為である。
勿論、防御力だけではない。最優の英霊「
だがそれでも、自分が目の前の少女に先制を許した事実は変わりなかった。
同じ「剣士」として、許されざることである。
大剣を振り翳すシェルド。
対抗するように、沖田も刀の切っ先を向ける。
「さて、どこまで斬れば良い物やら」
少女の鋭い眼差しが、シェルドを射抜いた。
次の瞬間、両者は互いに剣を繰り出した。
聖旗を振り翳して、黒化英霊が繰り出してきた刃を弾くイリヤ。
同時に素早く切り返す。
「ええいッ!!」
槍の穂先のように繰り出される旗。
その一撃が黒化英霊の胴を薙ぎ払い、消滅に追いやる。
一体撃破。
だが、息つく暇は無かった。
「イリヤ、上よ!!」
「ッ!?」
魔術で後方から援護する凛の警告に、振り仰ぐイリヤ。
そこには、小型の黒化英霊が数体。跳躍しながらイリヤに襲い掛かろうとしていた。
「クッ!?」
とっさに迎撃すべく、聖旗を振り上げようとするイリヤ。
しかし、連戦の影響で、イリヤも既に疲労の色が濃い。
振り上げる腕が、一瞬鈍る。
その隙に攻め込んでくる、黒化英霊達。
「ダメッ 間に合わな・・・・・・」
イリヤが言いかけた瞬間、
「オッラァァァァァァ!!」
突如、現れた大柄な影が、手にした槍を豪快に振るい、迫る黒化英霊達を一撃のもとに薙ぎ払ってしまった。
「疲れたんなら下がってな、お嬢ちゃん!! あんたが戻るまでの間くらい、俺1人で保たせてやるからよ!!」
「あ、ありがとう、ございます・・・・・・」
余りの豪快ぶりに、イリヤは苦笑気味に返事を返す。
その間にも男は、浅葱色の羽織を靡かせて敵陣に飛び込むと、敵の黒化英霊達を片っ端から薙ぎ払っていく。
その様は、土方歳三にも劣らぬ勇猛振りである。
新撰組十番隊組長
伊予松山藩出身。種田宝蔵院流槍術の使い手。
新撰組きっての槍の名手であり、自他ともに認める切り込み隊長。
向こう見ずな性格で、若い頃に「切腹の作法を教えてやる」と称して、実際に自分の腹を切って見せた事から、腹には真一文字の傷があった事は有名である。
その最後には諸説あり、彰義隊に参加して上野戦争で戦死したとも、生き残って大陸に渡り、馬賊となって活躍したとも言われている。
手にした剣が砕け散る。
飛び散る刃。
本来なら、慌てて後退するはずだが、投影魔術の使い手にはその必要が無い。
「
すぐさま、別の剣を創り出す士郎。
握りしめた剣を逆袈裟に振るい、黒化英霊を斬り捨てる。
崩れ落ちる英霊を踏み越え、士郎は敵陣へ斬り込んでいく。
更に、士郎は空中に複数の剣を投影。一気に射出する。
射出された刃は、今にも士郎を包囲しようとしていた敵を刺し貫き、撃ち倒す。
英霊「ギルガメッシュ」を彷彿とさせる戦いぶり。
剣の一斉掃射を食らい、黒化英霊達が吹き飛んでいく。
更に、
崩れた陣形を縫うように、小さな影が滑り込む。
クロだ。
士郎同様、投影魔術の使い手たる少女は、その戦いぶりも酷似していた。
クロは手にした干将莫邪を振るい、乱れた陣形の中へと飛び込むと、並みいる敵を次々と斬り伏せていく。
肩を並べて切り結ぶ、士郎とクロ。
投影魔術の使い手同士、実に噛み合った連携。
その隙の無い戦いぶりを前に、黒化英霊達は成す術もなく数を減らしていく。
その時、
「ほう、ずいぶんと便利だな、あんた等の
すぐ傍らで黒化英霊を斬り伏せた男が、士郎に話しかけた。
浅葱色の羽織の下に鎖帷子を着込み、手には重そうな手甲を嵌めている。
彼は刀を振るう傍ら、その手甲を嵌めた拳を振るい、黒化英霊達を叩き伏せている。
むしろ剣よりも、拳を使った体術の方に重きを置いた戦い方だ。
武骨
愚直
一徹
そんな言葉が似合いそうな男である。
新撰組二番隊組長、
津軽松前藩出身で、神道無念流の使い手。
新撰組躍進の契機となった「池田屋事件」においては近藤隊の一員として池田屋に突入。沖田総司、藤堂平助が相次いで戦線離脱する中、局長、近藤勇と共に最後まで戦線を維持。別働した土方隊が駆け付けるまでの、貴重な時間を稼ぎ出した。
新撰組隊士の中には、沖田、斎藤を置いて、永倉こそが「新撰組最強」と称える者も少なくなかったという。
戊辰戦争中期には、意見の相違から新撰組を離脱。親友の原田左之助と共に精共隊を組織している。
戦後、生き残った永倉は後年、各地を取材して回り「新撰組顛末記」を執筆している。
新撰組幹部が自らの体験と、聞き取り調査をもとに作成した文書は、現在でも一級資料として評価が高い。
明治初期、「賊軍」「悪の人斬り集団」としてのイメージが定着していた新撰組が、現在のように「誇りに殉じた剣客達」として再評価されるようになったのは、永倉の功績が大きい。
その永倉が、士郎やクロの投影魔術を見て、苦笑気味に嘆息する。
「あんた達みたいなのが1人でもいたら、俺たちは負けなかったかもな」
言いながら、背後から接近しようとした黒化英霊を、振り返らずに裏拳で殴り飛ばす。
その様子を見て、士郎もニヤリと笑う。
「今からでも、遅くないだろ」
「違いない」
互いに笑みを交わすと、士郎と永倉は、互いに肩を並べて斬り込んでいった。
前線を駆けつつ交戦を続けていたバゼットは、そこで1人の隊士を目にする。
複数の敵に囲まれながらも奮戦を続けるその人物は、どうにか戦線を維持している。
見れば、周囲に味方はいない。
仲間とはぐれてしまったのかもしれない。何しろ、敵の数が多すぎるから。
そこへ、背後から迫り、剣を振り上げる黒化英霊の姿があった。
その隊士は、前の敵にのみ集中しているせいで、背後から迫る敵の存在に気付いていない。
このままではやられてしまう。
「クッ 危ない!!」
とっさに反転。援護に入るバゼット。
威力を乗せた強烈な拳が、黒化英霊の胸を背後から貫通。致命傷を与える。
断末魔の呻きを上げて消滅する黒化英霊。
そこで、隊士はバゼットの方を振り返った。
「いやー 助かった。強いね、お嬢さん」
「は、はあ・・・・・・」
そう言われて、バゼットは驚いた。
その人物は、他の隊士に比べて、明らかに年長だったからだ。と言っても、せいぜい40台くらいに見えるが。
笑顔に親しみを感じる男性である。
だが、
背後から迫った敵に対し、その隊士は振り向きざまに斬り捨てる。
年長ではあっても、剣の冴えは決して他の隊士に劣っていなかった。
新撰組六番隊組長
天然理心流免許皆伝で、近藤勇、沖田総司の先輩にあたる。
とかく派手な戦績を誇る新撰組幹部の中にあっては決して目立つわけではないが、その親しみやすさと面倒見の良さから「源さん」の愛称で呼ばれ、平隊士達からも慕われていたという。
近藤や土方が、最も信頼した隊士が井上だったとする説もあるくらいである。
「さて、わし等も斬り込むとしますか。お伴、お願いできますかな」
「ええ、喜んで」
井上の言葉にうなずくと、バゼットは彼に続いて敵陣へと斬り込んでいった。
盾を構える美遊。
群がる敵は後を絶たず、美遊は敵の攻撃を防ぎつつ、カウンターを返す。という戦い方を繰り返していた。
多数の敵に囲まれると、どうしても後手に回ってしまうのが現状だった。
だが、
その美遊を守るように、鋭い斬線が数度、縦横に奔った。
「何が・・・・・・・・・・・・」
思わずつぶやきを漏らす美遊。
その傍らには、刀をだらりと下げた青年が立つ。
背は高いが、どちらかと言えば華奢で、おまけに眼鏡までかけている。着物と刀が無ければ、どこかの塾の講師でもやっていそうな雰囲気だ。
「下がっていてください」
青年は刀を血振るいしながら、美遊に静かに語り掛ける。
「盾持ちのあなたは、我々のいわば切り札。いざという時に前に出て、皆を守らなくてはなりません」
「は、はい」
言われるまま、美遊は青年の背に下がる。
新撰組副長
幼いころから学問に精通し、新撰組初期には軍師的な存在として一目置かれていた。
あの「局注法度」も、土方の指示で山南が作成したと言われている。まさに初期の新撰組を政戦両略で支えた人物と言える。
智謀の士としてのイメージが強い山南だが、剣の腕前は小野派一刀流の免許皆伝であり、あの沖田総司ですら一度ならず敗れている。
まさに知勇兼備の勇将であると言えるだろう。
その時、
視界の先で、黒化英霊達が激しく吹き飛ぶ様子が見て取れた。
黒化した巨体が、まるでボールか何かのように宙に舞い、そして地面への落下を待たずに消えていく。
現実離れした光景に、思わず美遊も息を呑む。
「あ、あれは・・・・・・・・・・・・」
「ああ、あれには援護はいりませんよ」
驚く美遊に対し、山南は事も無いと言った感じに答えた。
「というか、決して近付かないように。巻き添えを食らって死にたくはないでしょう」
その視界の先では、黒化英霊達を切り倒し、踏み砕き、叩き伏せる土方歳三の姿があった。
「土方君は単独で動いてもらった方が実力を発揮できます。下手な援護は、却って彼の持ち味を削ぐことになるでしょう」
一説によると、山南啓助は土方歳三とは不仲であったと言われている。
しかしだからこそと言うべきか、土方の事を最もよく理解し、信頼していたのも山南本人だったのかもしれない。
こうして、新撰組の援軍を得た一同は、徐々に戦線を押し返していく。
急速に数を減らしていく黒化英霊達。
いかに数を誇ろうと、最強の剣士たちが相手では全てが無意味と化す。
このまま行けば勝てる。
誰もが、そう思い始めていた。
だが、
彼らは、すぐに思い知る事になる。
自分たちの考えが、いかに甘かったか、を。
突如、閃光が吹き荒れる。
その一撃が視界を埋め尽くして弾ける。
「危ねぇ!!」
前線にいた原田は、とっさに近場にいたイリヤを抱え上げると、跳躍して後方に下がる。
間一髪、弾かれた閃光は、イリヤ達を捉える事無く四散する。
「クソッ とんでもない事になったぜ」
「い、いったい何がッ!?」
原田の腕に抱かれながら、イリヤが困惑したように叫ぶ。
そして、
閃光を皮切りに、次々と異常事態が起こり始める。
無数に飛んでくる刃。
その全てを、士郎とクロが投影した武具で迎撃していく。
だが、それを上回るような一撃が迸る。
魔力で編みこまれた巨大な砲弾が前線で炸裂する。
その一撃は、前線で戦っていた新撰組隊士数名を一緒くたに吹き飛ばしてしまった。
「これは、まずいですね」
眼鏡を押し上げながら、山南が険しい表情で
「い、いったい何が?」
「どうやら、彼らは痺れを切らせたようですね」
尋ねる美遊に、山南は刀を構えながら答える。
「敵は、宝具を使い始めたました」
2
考えてみれば、当然の事であった。
黒化しているとはいえ、敵もまた名だたる英霊達。
ならば、相応の宝具を所持しているのは当たり前の事だった。
降り注ぐように放たれる宝具の嵐。
その光景が、再び戦況を一変させる。
次々と吹き飛ばされる新撰組隊士達。
さしもの彼らも、敵の宝具を前にしては苦戦は免れなかった。
再び、攻守が逆転する。
各戦線で追い詰められていく新撰組隊士達。
流石に試衛館組は踏み止まって戦っているが、一般の平隊士はそうは行かない。
宝具を浴びて負傷、消滅する者が相次ぐ。
急速に追い込まれる一同。
それに反して、黒化英霊達の包囲網は徐々に狭まってくる。
「クソッ いずれはこうなるとは思っていたがッ」
右手に持った莫邪で黒化英霊を斬り捨てながら、士郎が呟きを漏らす。
その傍らでは、宝具を撃とうとしていた黒化英霊を、永倉が斬り飛ばしていた。
「とにかく、このままじゃ保たんッ いったん下がるぞ!!」
「おうッ!!」
互いに正面の敵を斬り伏せながら、頷き合う士郎と永倉。
戦況敵わぬと見て、クロも退却してきた。
「まずいわね、このままじゃじり貧よッ」
「そうだな・・・・・・・・・・・・」
クロの言葉にうなずきながら、士郎は迫りくる大軍を見据える。
そして、
「
静かな詠唱と共に、左手には弓を創り出す。
同時に右手には、刀身が螺旋状に捩じれた剣が投影される。
「
クロが驚きの声を上げる中、士郎はニヤリと笑って弓を構える。
肌の黒い痣が、さらに広がりを見せる。
しかし構わず、その双眸は、迫る黒化英霊達を真っ向から見据えた。
「
放たれる螺旋の矢。
唸りを上げて着弾する。
同時に、強烈な閃光が沸き起こり、前線にいた黒化英霊を一斉に吹き飛ばした。
「今の内だ!!」
敵の陣形が崩れたところで、士郎はクロと永倉に退却を促す。
一時的に、敵の攻勢は頓挫させた。
だが、それは本当に「一時しのぎ」に過ぎない。
戦況は、後方で旗を持っている響からも見て取れた。
押され始める味方。
新撰組隊士や士郎たちが奮戦してくれているが、それも長くは保たないであろうことは目に見えている。
黒化英霊たちは、尚も数百近く存在している。
対して、新撰組隊士達も疲労の色が濃くなり始めていた。
「このままじゃ・・・・・・・・・・・・」
みんなやられてしまう。
響が、そう言いかけた時だった。
突如、前線付近で複数の閃光がはじけるのが見えた。
弾丸のように飛び散る光。
その一撃が、
前線で猛威を振るっていた男を、真っ向から直撃した。
「グゥッ!?」
直撃を受けたのは、土方歳三だった。
最前において1人で戦っていた事が災いした。そのせいで、土方1人が集中砲火を受けてしまった形である。
さしもの
そのまま崩れ落ちそうになる土方。
「土方さんッ!!」
響は、殆ど本能的に叫んでいた。
あるいは、響の中にいる別の存在が、そうさせたのかもしれない。
だが、
次の瞬間、
「狼狽えるなァァァァァァ!!」
絶叫と共に、大地が陥没するほどの踏み抜きで、倒れるのを拒む土方。
同時に、不用意に近づこうとした黒化英霊を2~3人いっぺんに叩き斬る。
その体からは、鮮血が噴き出しているのが分かる。
だが、
それでも尚、衰えぬ眼光で、土方は響を睨みつけた。
「男が、たかがこれくらいの事でガタガタ騒ぐんじゃねえッ」
言いながら、土方はゆっくりと体を起こす。
明らかに致命傷。
今すぐにでも、消滅してもおかしくは無い。
だが、土方は己が誇りの全てを掛けるように、その場に立ち続けていた。
「良いか、覚えておけ小僧。男が一度『やる』と決めたなら、どんな事があろうと最後まで貫き通せ。それが良いか悪いかなんてのは関係ねえ。そんな物は、後の人間が勝手に判断すれば良い」
言ってから、土方はチラッと美遊の方を見やる。
「惚れた女を、最後まで守り抜けッ それでこそ、男ってもんだ」
言い放つと同時に、踵を返す土方。
その悪鬼の如き双眸に移る、黒化英霊の群れ。
同時に、右手に刀、左手にはスナイドル銃を構える。
次の瞬間、
「おォォォォォォォォォォォォ!!」
唸り声のような叫びと共に、敵陣目がけて突撃していく土方。
敵の攻撃が己を霞めようが、構わずに斬り込んでいく。
退かず、留まらず、
並みいる敵を斬り伏せ、撃ち倒し、蹴りつぶす。
装填する間も惜しいととばかりにスナイドル銃を投げ捨て、刀を両手持ちに切り替える。
進む。
前へと。
そして、斬る。
更に斬る。
目の前にいれば、ただ斬る。
斬って前へと進む。
ただ、その繰り返し。
まさに、彼の人生そのものを現したような突撃。
そして、
ひと際巨体を誇る黒化英霊が、土方の前に立ちはだかる。
「うォォォォォォォォォォォォ!!」
だが、
土方は怯む事無く、睨み返す。
「俺がッ!!」
剣を振り翳す。
「否ッ!!」
強烈な踏み込み。
同時に振り下ろされる刃。
「俺達が!!」
黒化英霊は、その巨体を真っ向から斬り裂かれる。
斬るッ
斬るッ
斬るッ
更に斬るッ
「新!! 撰!! 組!! だァァァァァァ!!」
最後に、渾身の突きが黒化英霊を吹き飛ばした。
それが、最後だった。
消滅が始まる。
瀕死の状態で全力攻撃を行った土方。
全ての余力をつぎ込んだ攻撃。
土方歳三という男が見せる、誇りその物を体現した攻撃だった。
立ち上がる土方。
振り返ると同時に、視線を響に向ける。
「あ・・・・・・・・・・・・」
その様に、響は思わず声を上げる。
最後に、
土方が優しく微笑んだ気がした。
「がんばれよ」
幕末最後の侍は、そう言ったような気がした。
「うわッ 土方さん、張り切ってるなあ。これは、私も負けてられませんね」
刀を肩に担ぎながら、沖田はやれやれとばかりに呟きを漏らす。
幕末の頃から、傍若無人な土方の戦いぶりを見ている沖田としては見慣れた光景である為、今更驚くには値しないと言う事だ。
「・・・・・・・・・・・・それにしても」
土方の事は置いておいて、
沖田は尚も自信と対峙を続けるシェルドに目を向けた。
見れば、シェルドが着こんでいる甲冑は既にボロボロで、原型をとどめて居ない。
普通なら、廃棄処分をするレベルである。
当然、着ている人間も無傷ではない。
はずなのだが、
「私が今まであなたに放った攻撃は48回。その全てが無効とは、神話級の英霊と言うのは馬鹿にできませんね」
シェルドは全くの無傷だった。
沖田の猛攻を受け続けて尚、その体にはかすり傷一つ付いていない。
宝具「
だが、
「・・・・・・・・・・・・甘く見ていた」
シェルドは、苦し気に声を上げる。
沖田総司は比較的近代の、それも極東にある小さな島国出身の英霊。
神秘性の薄い英霊如き、何ほどの物ではないと高をくくっていた。少なくとも大英雄ジークフリートの敵ではないだろう、と舐めていたのは否めない。
だが、
間違っていた。
大英雄ジークフリートをして、まさかここまで追い込まれるとは。
沖田の剣は、事によると神をも斬るかもしれない。
それ程までに、凄まじい剣技の連続。
シェルドは殆ど、追随するのがやっとであった。
このままでは負ける。
そう思った。
その時だった。
「・・・・・・・・・・・・カフッ」
短く、何かが弾けるような音。
見れば、目の前の沖田が、口元を押さえているのが見える。
その手元から、赤い液体が零れるのを見て、シェルドは目を見張った。
「お前ッ それは・・・・・・・・・・・・」
「ああ、気にしないでください。一種の『呪い』みたいなものですから」
事も無げに言いながら、沖田はグイッと拳で口元を拭う。
新撰組一番隊組長 沖田総司
新撰組最強を名実ともに謳われた沖田は、間違いなく幕末最強剣士の1人であった。
しかし、その人生は決して満足が行く物ではなかっただろう。
若くして労咳(結核)を発症した沖田は、池田屋事件の頃には既に初期症状が出始めていた。
そして戊辰戦争の初戦「鳥羽伏見の戦い」が勃発したころには、既に自力で起き上がる事も困難なほどになっていたという。
仲間が最も必要とした時に、戦う事が出来なかった沖田。
その後、彼女は江戸において敗走する味方の事を伝え聞きながら、虚しく病没する事になる。
その呪われた病は、死して英霊の座に就いた後も、彼女の体を永久に蝕み続けているのだ。
「見ての通り、私にはあまり時間がありません。ですので、」
言いながら沖田は、刀の切っ先をシェルドに向けて構える。
「ここらで、決めさせてもらいますよ」
「・・・・・・・・・・・・」
対して、シェルドは無言のまま佇む。
このまま持久戦に持ち込む事は簡単だ。彼には無敵の肉体があり、何より沖田は「病」のせいで、あまり長くは戦えない。
このまま適当にあしらいつつ、逃げ切ればシェルドの勝ち。
エインズワースに仕える者として、そして人類救済を掲げるジュリアンという主を頂く者としても、シェルドはそうするべきだった。
使命のある自分が、余計な些事に関わるべきではない、と。
だが、
「・・・・・・・・・・・・良いだろう」
静かに言いながら、大剣を構えなおすシェルド。
逃げてはいけない。
この最高の剣士を前にして、逃げてはいけない。
自分は受けて立たねばならない。
使命も、立場も、全てを超えたところで、シェルドはそう考えていた。
睨み合う両者。
互いの視線が、空中で激突する。
次の瞬間、
両者は動いた。
大剣を大きく振り被るシェルド。
その刀身に、黄昏色の魔力が膨張するように収束する。
「邪悪なる龍は失墜し、世界は今、落陽に至る!!」
同時に、沖田は刀を構えて地を蹴った。
「一歩、音越え!!」
「二歩、無間!!」
「三歩、絶刀!!」
大剣を振り被りながら、シェルドは目を見張る。
一歩目にして既に音速を超えた沖田は、二歩目を踏み込んだ瞬間には剣の間合いにシェルドを捉えていた。
速い
などという次元の話ではない。
「時間」という概念すら、彼女の前では無意味と化す。
空間すら跳躍する、驚異の絶技。
「天才剣士」沖田総司以外の何者に実現できようか?
そして三歩目、
互いの存在を掛けて激突する。
迫る両者。
次の瞬間、
「撃ち落とせッ
「無明、三段突き!!」
沖田とシェルドの剣は、互いに交錯した。
3
迫る黒化英霊の軍勢。
当初よりは数を減らしたとはいえ、未だに相応の数は保っているように見える。
生き残った新撰組隊士や、士郎たちは尚も奮戦を続けていた。
状況は絶望的。
だが、誰1人として、戦意を失っている者はいなかった。
そんな中、
「局長」
いまだに生き残っていた山南が、近藤に駆け寄って告げた。
「遺憾ですが、そろそろよろしいかと」
「そうか・・・・・・まあ、そこそこやれた方かな、今回は」
山南の言葉に、近藤は静かに頷きを返す。
どこか、さばさばとした口調の近藤。
その瞳には、どこか穏やかな色がある。
ただ、満足のいく戦いができた。それだけで良い。
そう、言っているかのようだった。
「そんじゃ、先に行くぜ」
「短い間だったが楽しかった。縁があったら、また会おうぜ」
「どうか、ご武運を」
原田と永倉、山南はそう告げると、それぞれ肩を並べて敵陣へと突撃していく。
それに続く、生き残っていた隊士たち。
「それでは近藤さん、我々も行きますかね」
「そうだな、源さん」
井上に促され、近藤は頷きを返す。
彼らはこれから、自分たちの誇りにかけて最後の突撃を敢行するのだ。
その様子を、響達はただ見つめている事しかできない。
近藤が言った通り、ここにいる彼らは響の召還に応じて現れたかりそめの存在。言わば
役目が終われば、ただ消え去るのみ。
だが、
それでも、
新撰組は、ここにいた。
それだけは、疑いようのない事実だった。
「響君、と言ったね」
最後に残った近藤が、優しく語り掛けてきた。
「礼を言うよ。君のおかげで、我々はまた、こうして戦う事が出来た。ありがとう」
「あ・・・・・・・・・・・・」
響の肩を優しく叩く近藤。
大きく、幅広い手。
武骨ながら、果てしない優しさが、そこにあるように響には感じられた。
近藤もまた背を向けた。
「幼いが、君はもう、立派な新撰組隊士だ。局長の私が言うんだから間違いない」
そう言ってから、近藤は思い出したように付け加えた。
「君の中にいる『あいつ』にも伝えてくれ。『機会があったら、今度は最初から最後まで一緒にやろう』ってね」
その言葉を残すと、近藤もまた、敵陣へと斬り込んでいく。
やがて、
彼らの誇りたる浅葱色は、黒い波の中へと消えていく。
その姿を見ながら、
響の瞳からは一筋、光る滴が零れ落ちるのだった。
交錯する両者。
背中を向け合うような形で、2人の剣士は佇んでいる。
技と技をぶつけ、
力と力を掛け合わせ、
誇りと誇りがぶつかり合った戦い。
そこに今、幕が下される。
次の瞬間、
「はは・・・・・・・・・・・・」
沖田の口から、乾いた声が漏れた。
「一歩、及びませんでした、か」
同時に、その体からは光輝く粒子が飛び、そして空に向けて散っていく。
消滅が始まったのだ。
最後の激突、勝ったのはシェルドだった。
彼の宝具の方が、沖田の剣より一瞬早く決まった形である。
僅差で敗れた沖田。
しかし、その顔には穏やかな笑顔があった。
「でもまあ、今回は最後までできたから、良しとしますか」
その言葉を最後に、消滅していく沖田。
それを待っていたかのように、
「グッ・・・・・・・・・・・・」
シェルドは膝を突いた。
その胸元からは、とめどなく血が溢れている。
「・・・・・・・・・・・・とんでもない奴だった」
勝つには勝った。
だが、その勝利も無償の物ではなかったのだ。
沖田の剣は、シェルドが持つ無敵の肉体を貫通し、心臓に数ミリ食い込んだところで止まっていた。
まさか無敵を誇る「
あとコンマ1秒、宝具開放のタイミングが遅かったら、シェルドの方が敗れていた筈である。
だが、
鮮血を噴き出す、シェルドの胸元。
下手をすると致命傷に近い。
これ以上の戦闘は、明らかに不可能だった。
「・・・・・・・・・・・・申し訳、ありません。ジュリアン様。どうか、ご武運を」
それだけ言い残すと、シェルドは置換魔術を起動して、その場から立ち去るのだった。
第28話「誠の教え」 終わり