Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第30話「戦い終わって日は暮れて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは、終わった。

 

 あれだけいた黒化英霊達はきれいさっぱりと消え去り、クレーターの中には静寂に包まれた。

 

 喧騒は過ぎ去り、帳の如き闇が迫る中。

 

 紛う事無き勝者たる一同は戦場を後にしていた。

 

 ジュリアン達は消えた。

 

 彼らの居城だったはずの岩山と共に。

 

 同時に、あの黒い立方体も無くなっていた。

 

 あれが一体何だったのか? あれを使って、ジュリアンは何をしようとしていたのか?

 

 一切が謎のまま。

 

 後には、ジュリアンが残した不吉な決意(ことば)と、底知れない破壊の爪痕だけだった。

 

 何しろ、無数の英霊達が交錯し、強烈な宝具による応酬が行われたのだ。

 

 その破壊力は、推して知るべし、と言ったところである。

 

 だが、

 

 誰もが感じ取っていた。

 

 この勝利は一時的な物でしかない、と。

 

 撤退したとは言えジュリアンはまだ諦めていない。いずれ必ず、戻ってくるだろう。

 

 それも、そう遠くない未来に。

 

 その時は、再び刃を交えなくてはならない。

 

 彼の謳う「正義」と、自分たちの信じる「悪」は決して相容れないのだ。

 

 再度の激突は免れない事は、火を見るよりも明らかだった。

 

 とは言え、それもまだ先の話。

 

 今は皆、全員、辛うじてだが生を拾った事に対し、力なく喜びを感じている所であった。

 

 生を拾った、と言えばもう1人。

 

 意外な人物が、生き残った者達の輪の中に加わっていた。

 

 アンジェリカである。

 

 戦いが終わった後、戦場に倒れているのを発見され、一同に保護されていた。

 

 当初、敵対していた彼女を連れていくことに対して抵抗する声が無かったわけではないが、士郎や、更にはイリヤからも彼女を擁護する声が上がったため、共に連れていくことになったのである。

 

 戦いが終わったアンジェリカは、まるで魂が抜け落ちたかのように従順になっていた。

 

 というより、まるで「人形」のような印象さえあり、こちらが命じれば黙って付き従うまでになっていた。

 

 あの苛烈な戦いぶりが、嘘だったかのようである。

 

 そして、

 

 アンジェリカとは逆に、姿を消した者も1人。

 

 ギルである。

 

 もともと彼は、厳密に言えば「仲間」ではなく「同盟者」あるいは「同行者」に過ぎなかった。ギルガメッシュ(自分自身)のカードを取り戻したいギルと、イリヤと士郎を奪還したい響達の利害が一致していた為、今まで共に戦ってきたにすぎない。

 

 その双方の目的が達成されたからには、これ以上ともにいる意味もない。と言う事なのかもしれないが。

 

 しかし、一言の挨拶も無しに去るのは、流石に薄情と思わざるを得なかった。

 

 こうして、戦場を後にした一同は士郎の誘いもあって、衛宮家に招かれる事になった。

 

 これはありがたい話である。

 

 あれだけの激戦の後である。何はともあれ、ひとまず休みたい所ではあるし、今後の対応を考えるにしても、一旦落ち着きたい所である。

 

 そんな訳であるから、士郎のお誘いは渡りに船だったわけである。

 

 

 

 

 

 湯船の中で、ゆっくりと手足を伸ばす。

 

 檜の柔らかい感触に身を委ねると、それだけで戦場の疲れが洗い落とされていくかのようだった。

 

「ん 極楽極楽・・・・・・・・・・・・」

 

 湯船の感触を楽しみながら、響はそんな事をつぶやく。

 

 士郎の好意によって衛宮邸にやって来た響達は現在、交代で風呂に入っている所だった。

 

 姉2人と美遊は既に入ったため、今は響の番だった。

 

 驚いたのは、衛宮邸の規模である。

 

 深山町にある衛宮邸は高い塀に四方を囲まれた純和風の家屋で、広い庭と立派な門構えがある。敷地面積は「向こう側の世界」にあるエーデルフェルト邸に敵わない物の、それでも相当な大きさである。

 

 はっきり言って、自分たちの「衛宮家」とは次元違いのすごさである。

 

 同じ「衛宮」なのに、世界が違うだけで、どうしてこうも差が出るのか。

 

「・・・・・・・・・・・・不公平」

 

 何となく理不尽な感じがして、響はお湯に口を付けてブクブクする。

 

 帰ったら、もっと切嗣に頑張ってもらおう。

 

 父に過剰な期待をしつつ、響は湯に身を委ねる。

 

 それにしても、

 

 ようやく、家に帰って来た時の美遊の嬉しそうな表情が、響の脳裏に浮かぶ。

 

 彼女がどれほどの想いを込めて、この家の門をくぐったのかは、響には判らない。

 

 だが、そこには想像を超える苦難があったであろうことは間違いなかった。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊が持つ業は深い。恐らく、彼女自身が思っているよりも、ずっと。

 

 それ故にジュリアンは彼女を欲し、狙い続けているのだ。

 

 果たして自分は、彼女を守れるだろうか?

 

 正義を信じるジュリアンから、彼女を。

 

 そっと、お湯から手を出して翳してみる。

 

 一見すると、何の変哲もない自分の手だ。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・どうにか、しないと」

 

 響は嘆息交じりに呟く。

 

 自分達も必死だが、敵も必死だ。

 

 次の激突が、今日以上の死闘になる事は、容易に想像できることだった。

 

「美遊は守る。絶対・・・・・・・・・・・・」

 

 たとえ・・・・・・・・・・・・

 

 そこまで考えて、やめた。

 

 いずれにしても、もう少し先の事だ。

 

 こうして全メンバーの集結が完了したからには、何かもっと良い手段が思いつくかもしれない。

 

 特に、凛とルヴィア、2人のベテラン魔術師の存在は大きかった。

 

 彼女達も交えて、今後の対エインズワース作戦を考えて行けば、きっと光明も見えてくるはずだった。

 

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 響は、ふと考える。

 

 そう言えば、何かを忘れているような気がしたのだ。

 

 割とどうでも良い、それでいて割と重要な、何だかとっても矛盾した「何か」を。

 

 あまりにも事情が複雑すぎて、「それ」は記憶の奥底から出て来てくれなかった。

 

「・・・・・・ま、いっか。上がろ」

 

 さっさと思考を切り替えると、響は湯船から立ち上がる。

 

 思い出せないと言う事は、自分で思っているほど重要な事ではないのだろう。放っておいても問題ないか、あるいはそのうち思い出すと思った。

 

 後が閊えているのだ。年長組の入浴がまだである事を考えれば、あまり長湯も出来なかった。

 

 温まった体を拭き、脱衣所に用意された服を着込む。

 

 それまで着ていた服は、既にドロドロだったため、洗濯に出されているので、着替えは士郎から借りる事になったのだ。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 用意された「パジャマ」を見て、思わず響は絶句した。

 

「・・・・・・・・・・・・ナニコレ?」

 

 取りあえず、響が見た事も無い類の物である事は確かだった。

 

 果たして、これを「服」と呼んで良いのか、大いに疑問であったが。

 

「・・・・・・・・・・・・うーわー」

 

 正直、こんな物を着るのは恥ずかしい。

 

 まったく、誰の趣味だと問いただしたくなってくる。

 

 しかし、背に腹は代えられない。

 

 それに以前、クロに強制的に女装させられたこともある響である。それに比べれば、これはまだマシな方だった。

 

 あくまで「まだ」というレベルだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにもかくにも、着替えを終えた響。

 

 用意されたパジャマ。

 

 着てみると意外と平気か?

 

 と言えば、そんな事も無く、やっぱり恥ずかしいもんは恥ずかしい。

 

 唯一の救いは着てみると以外に暖かい事だった。

 

 生地が厚く、内部はもこもこした保温仕様になっている為、程よい暖かさを保ってくれている。

 

 付属のフードを被れば、なお暖かい。

 

 この夏の寒い中(誤字に非ず)、これはありがたかった。

 

 恥ずかしいのは、この際我慢するのも手だった。どうせ自分の恰好は自分からは見えない訳だし。

 

 と、

 

「「「あ」」」

 

 廊下を曲がったところで、響はばったりと人に出くわした。

 

 イリヤとクロ。

 

 2人の姉が立っている。

 

 だが、

 

 同時に、姉弟達はそろって絶句する。

 

 それもそのはず。3人が3人、それぞれ「種族」こそ違えど、同じような格好をしていたからである。

 

 共に、毛皮がもこもこした、保温効果の高いパジャマ姿。

 

 だが、

 

「ヒビキ、なにその恰好?」

「ん、それ、こっちのセリフ」

 

 驚くイリヤに、響は言い返す。

 

 ライオンに、パンダに、目付きの変な猫。

 

 それぞれが、響、クロ、イリヤの恰好である。

 

 そう、

 

 3人が着ているのは、動物をデザインした、ファンシーな着ぐるみパジャマだった。

 

 いったい、士郎は何を考えてこのパジャマを用意したのか?

 

 もっと普通の服は無かったのか?

 

 そもそも、何で着ぐるみパジャマ限定でこんなに持っているのか?

 

 士郎をとっ捕まえて、問いただしたい所である。

 

「謎だね」

「謎よね」

「ん、こっちの衛宮家、どうなってる?」

 

 脱力気味に嘆息する姉弟達。

 

 その時、

 

「・・・・・・お兄ちゃん、別なの出して」

 

 僅かに戸が開いていた部屋から、聞きなれた声が聞こえてきた。

 

 顔を見合わせる3人。

 

「今の声って」

「ん、美遊だ」

 

 そっと、戸の方に近づくと、3人そろって中を覗き込む。

 

 果たして、

 

 中には美遊と士郎の2人がいた。

 

 士郎は既に寝巻の浴衣に着替え、美遊は着替え前なのか、インナー姿で兄の前に座り込んでいる。

 

 だが、どうも様子がおかしい。

 

 何やら言い募る美遊に、士郎が困り顔を見せていた。

 

「でもお前、このくまさんパジャマが、一番のお気に入りだったじゃないか」

 

 そう言って掲げる士郎。

 

 その手には、

 

 今まさに、響達が着ている着ぐるみパジャマと同タイプの、くまさんタイプがあった。

 

 それが意味する事は即ち、ただ一つ。

 

 これらのパジャマは全て、

 

 

 

 

 

 美 遊 の だ っ た !!

 

 

 

 

 

 と、言う事である。

 

 過去最大級の衝撃が、響達を襲った。

 

 あの美遊が、

 

 あのクラス一のクール美少女の美遊が、

 

 まさかパジャマの趣味が、こんな「お子様趣味全開」のファンシーな着ぐるみパジャマだと、誰が想像できただろうか?

 

 今回の衝撃に比べれば、ジュリアンがダリウスの振りをしていた事なんぞ、アイドルの衣装早着替え程度にどうでも良くなる。

 

「い、いや、まあ、考えてみれば当然なんだけど、え!? え!? ミユってそう言う趣味だったの!?」

「向こうでの私服は、全部ルヴィアが選んでいたから気が付かなかったわ」

「ん。衝撃の新展開。次回を待て」

 

 困惑したまま、ひそひそと話す姉弟達。

 

 普段の美遊から比べると、あまりにもギャップがありすぎて、戸惑いを隠せないのだ。

 

「そうだけど、今日は別なのが良い・・・・・・」

 

 我儘を言う美遊に、士郎が少し困り顔をするのが見えた。

 

 普段、割と素直な美遊が、こんな事で駄々をこねた為、戸惑っている様子だ。

 

「しょうがないな、じゃあ、こっちならどうだ?」

「うん・・・・・・これなら」

 

 兄が出してきた服に、よやく納得して着替え始める美遊。

 

 それは花柄をあしらった子供用の和服だった。

 

 丈のサイズもしっかり美遊の身長に合わせてり、着てみて違和感はない。

 

 士郎も慣れた手つきで美遊の着付けをしていく。

 

 元々が人形のような美貌と可憐さを持つ少女である。こうしてみると、本当に日本人形のようだった。

 

 一通り着付けが終わると、今度は美遊は士郎に背を向けて座り込んだ。

 

「お兄ちゃん、髪やって」

 

 どうやら、士郎に髪を結って貰いたいらしい。

 

 確かに、せっかく着物に着替えたのだから、髪も整えたい所だろう。

 

 そんな美遊に、士郎は呆れ気味に嘆息する。

 

「それくらい、自分でできるだろう?」

 

 あまり甘やかすつもりはない。という意思表示なのか、士郎は妹の要望をきっぱりと断る。

 

 だが、今日の美遊は強かった。

 

「良いからやって」

 

 プクーっとほっぺを膨らませる美遊。

 

 その様子に根負けしたのか、士郎はやれやれとばかりに櫛を取り出し、妹の髪を梳いていく。

 

 それにしても、

 

 美遊が甘えん坊とは・・・・・・・・・・・・

 

 衝撃の事実part2

 

 廊下で衛宮家(あっち側)の3姉弟が悶絶している。

 

 何なんだ、このサプライズの連続攻撃は?

 

 今まで知らなかった美遊の裏事情(くろれきし)がオンパレードである。

 

 やがて、

 

「よし、これで良いだろ」

 

 美遊の髪をセットし終えた士郎が、満足げに頷く。

 

 美遊の長い髪はキレイに纏められ、後頭部で髪飾りで止められていた。

 

 向こう側の士郎も、いろいろと凝り性な性格をしていたが、こっちも相当である事がうかがえる。

 

 どうやら並行世界であっても、同じ「士郎」なら性格も似るらしい。

 

「もう・・・・・・すぐ寝るのに、こんな頭」

 

 鏡を見ながら、やれやれと嘆息する美遊。

 

 彼女としては、寝る前に少し整えてくれるだけで良いと思っていたのだが、思いのほか気合の入った兄に、こんなにされてしまったのだ。

 

 だが、そんな妹の言葉に、士郎は首を振る。

 

「いや、寝るにはまだ早いだろ。みんなと話さなきゃいけないことがたくさんあるし」

 

 言いながら、戸に手を掛ける士郎。

 

 そのままサッと開いた。

 

「な、君たちも、そうだろう?」

「あら?」

「はわッ!?」

「わあッ」

 

 コロン コロン コロン

 

 それまで室内を伺っていた3人は、突然士郎に戸を開けられ、そのまま転がるようにして部屋の中へと転がり込んだ。

 

 士郎は最初から出歯が目3人組の存在に気付いていたのだ。

 

 この中で一番驚いたのは美遊だろう。

 

 まさか、障子一枚隔てた向こうに友達+彼氏が潜んでいるとは、思いもよらなかったことだろう。

 

「えっ・・・・・・あッ!? いっ・・・・・・・・・・・・」

 

 突然の事態に、頭が回らない美遊。

 

 あまり見られなくない光景を、一番見られなくない人たちに見られてしまった、という思いから、頭の中身が大混線を起こしている。

 

 ややあって、どうにか落ち着きを取り戻して口を開く。

 

「・・・・・・いつから、見てた?」

「えっと・・・・・・」

「ん~・・・・・・」

 

 押し殺したような声で尋ねる美遊。

 

 何と言うか、暴発1秒前と言った美遊に、言葉を濁らせるイリヤと響。

 

 と、

 

「くまさんパジャマのあたりからね」

 

 からかうようなクロのあっさりとした言葉。

 

 次の瞬間、

 

「~~~~~~~~~~~~ッ!?」

 

 カーッと言う音が聞こえそうなほど、一気に顔を真っ赤にする美遊。

 

 そのまま手近にあった座布団を引っ掴むと、クロを殴打しまくる。

 

 自分の恥ずかしい秘密を親友と彼氏に知られ、パニクってっている様子である。

 

「アハハハ、ミユが怒ったー!!」

「なんかレアなミユをいっぱい見れちゃった!!」

 

 笑いながら逃げまくるクロと、興奮して鼻息を荒くするイリヤ。

 

 その2人を追いかけまわしてボスボスと座布団で叩く美遊。

 

 自分の彼女と姉たちが織りなす微笑ましい追いかけっこを、響はやれやれとばかりに見つめている。

 

 何だか、こんなノリは久しぶりなような気がしたのだ。

 

 「向こうの世界」ではごく普通にあった日常。

 

 だが、それが今ではひどく懐かしく感じていた。

 

 だが今、自分の周りには美遊がいて、イリヤがいて、クロがいる。

 

 ルビーとサファイアもいる。

 

 ちょっと違うけど士郎もいて、凛とルヴィア、あとバゼットもいる。

 

 何だか、いつもの日常が帰って来たみたいで嬉しかった。

 

「・・・・・・・・・・・・ん?」

 

 ふと、響は違和感を感じて考え込む。

 

 それは先程、風呂に入っていた時にも感じた事。

 

 何かを忘れているような、そんな感覚。

 

 割と重要な、それでいて割とどうでも良いような、訳の分からない感覚。

 

 何と言うか、こういう騒々しい騒ぎが起これば、真っ先に飛び込んでいきたがる人間を、誰か忘れているような気がするのだが・・・・・・・・・・・・

 

「どうかしたのか?」

「んー よく分かんない」

 

 尋ねる士郎に、首をかしげながら答える響。

 

 その時だった。

 

 バンッ バンッ バンッ バンッ バンッ

 

「んなッ!?」

 

 突然、背後の窓ガラスを思いっきり叩かれ、響は声を上げて振り返る。

 

 いったい、何事が起きたのか!?

 

 敵襲か!?

 

 一同が反射的に振り返る視線の先。

 

 果たしてそこにいたのは、

 

 見覚えがありすぎる体操服ブルマー少女が、とんでもなく形容しがたい表情で窓ガラスに張り付いているところだった。

 

「た、田中ッ!?」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げる響。

 

 あまりにも想定外の事態に、誰もが唖然とせざるを得なかった。

 

 

 

 

 

「ひどいですよ、響さんも美遊さんもクロさんも!! 目が覚めたら皆さん居ないですから、田中はずっとがっこーで待ってたですよ!!」

「ご、ごめんなさい田中さん」

「ぶっちゃけ、うっかりすっかり忘れてた」

「いやいや、覚えてはいたわよー・・・・・・うっすらとだけど」

 

 腕をぶんぶんと振り回す田中に対し、美遊、響、クロはそれぞればつが悪そうに言い訳をしている。

 

 まあ、要するに3人そろって、すっかり田中の存在を忘れていたと言う訳である。

 

 まあ、今日1日、それどころではなかった、という言い訳はあるにはあるのだが。

 

 と、

 

「それはそうとです・・・・・・・・・・・・」

 

 そこで何やら田中は、急に似合わない真剣な眼差しをして口を開いた。

 

 いったい、何が起こったというのか?

 

「響さん・・・・・・美遊さん・・・・・・クロさん・・・・・・田中、とうとう思い出したです」

「えッ!?」

 

 田中のその言葉に、一同は身を乗り出す。

 

 記憶喪失だった田中。

 

 そのせいで響や美遊はさんざん振り回された。

 

 その田中が、ついに記憶を取り戻したというのか。

 

 まさに、衝撃の事実である。

 

「どうして・・・・・・こんな大事な事を忘れていたのか・・・・・・田中も、まだちょっと混乱してるですけど、響さん達には知っておいて欲しいので」

 

 沈痛な表情で話す田中。

 

 田中は何か重大な存在で、それを何らかの理由で忘れている可能性がある事は、響達も前々から思っていた事である。

 

 その田中が、ついに記憶を取り戻したのだ。

 

 一同が、ごくりと息を呑む。

 

「言うです・・・・・・実は・・・・・・」

 

 どんな重大な事実が飛び出すのか?

 

 まるで爆弾の入った箱を開けるような緊張感が一同を包み込む。

 

 身を乗り出す一同に、

 

 ついに、

 

 田中は言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「地球のグルグルがなんかおかしくなって、季節とかかんきょーとかヘンになって、とにかくなんだか地球がやばいんです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・

 

 ・・・

 

 それ、もう知ってる。

 

 

 

 

 

「さあ、みんな、寒いから中入るわよ」

「何ですか!? 田中一生懸命思い出したですよ!!」

「ん、田中、お前はよく頑張った」

「田中、呆れられてます!?」

「あ、ありがとう、田中さん。参考にさせてもらうから」

「美遊さんまで!?」

 

 取りあえず、田中の「重大情報」が数日遅かったと言う事が分かった。

 

 収穫にはならなかったが。

 

 

 

 

 

 そんな訳で、

 

「う~む・・・・・・いやしかし、この家にこんなに人が集まるとはな」

 

 並ぶ一同を見回して、士郎は少し呆れたように呟く。

 

 普段は美遊と2人暮らしだったところに、一気に5倍の人数が押し掛けた形である。

 

 枯れ木も山の賑わい、ではないが、衛宮家は一気に騒々しくなった形である。

 

 年長組も入浴を終え、一同は衛宮家の居間に集まっていた。

 

 流石に大邸宅と言うだけあって、居間もそれなりに広い。これだけの人数が一堂に会しても、充分な余裕があった。

 

 年長組は流石に着ぐるみパジャマ(美遊コレクション)を着る訳にも行かなかったので、士郎からある程度サイズに余裕がある服を借りて着ていた。

 

 ルヴィアなどは、士郎の服を借りて着ていると言う事もあり、場違いに少し顔を赤くしていたりするのだが。

 

「ところで、そっちの体操服の子は誰? 初めて見るんだけど」

「えっと、どう説明したら良いか・・・・・・」

「取りあえず、これは後回し!!」

 

 尋ねる凛に、美遊とクロは言葉を濁す。

 

 実際、田中の事は未だによく分からないので、説明のしようがない。

 

 もはや種別が「田中科田中目」でもおかしくないくらいである。

 

 更にもう1人。

 

 アンジェリカが部屋の隅できちんと正座して座っている。

 

 その周りを、ステッキ姉妹が飛び回っている。

 

《みんなの輪に加わらないんですかー? ぼっち好きですかー?》

《姉さん、藪をつつくような真似は・・・・・・》

 

 こうしてみると、実に多種多様な人物が会したものである。

 

「お互い、聞きたい事はたくさんあるだろう。きっと、長い話になる」

 

 士郎は、そう言って切り出す。

 

「だからまず、こちらの事から話そうと思う。俺と美遊の、これまでの話を」

 

 そう言って、士郎は口を開く。

 

 これから始まるのは、全ての発端となった話。

 

 一同は真剣な顔を突き合わせるように、士郎の話を聞きいるのだった。

 

 

 

 

 

第30話「戦い終わって日は暮れて」      終わり

 


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