Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第9話「友情」

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝。

 

 小鳥の囀りが聞こえ、すがすがしい空気に満たされる。

 

 気だるげな朝が、それだけで全く違ったものに変わるようだ。

 

 今日1日、頑張ろうという活力が、心の底から湧き出してくる。

 

 そんな中、

 

「怠い・・・・・・・・・・・・」

 

 衛宮響はベッドに横になったまま、億劫そうな口調で呟いた。

 

 その傍らでは、お手伝いのセラが困り顔で体温計を手にしていた。

 

「38度2分。完全に風邪ですね」

 

 昨夜のキャスター戦、セイバー戦と2連戦した後、一同は翌日の予定があると言う事で解散した。

 

 そして翌日。

 

 ベッドから起きた響は、ひどい頭痛と倦怠感に悩まされダウン。セラに抱えられてベッドに逆戻りする羽目になったのだった。

 

「とにかく、今日は安静にしていてください。学校の方へは休むように、イリヤさんに言伝をお願いしますから」

「セラ、過保護すぎ・・・・・・これくらい・・・・・・」

 

 言いながら、ベッドから起き上がろうとする響。

 

 だが、熱のせいで、まるで腕に力が入らず、上半身を起こすだけでも一苦労である。

 

「い け ま せ ん」

 

 少し強い口調で言うと、セラは響をベッドに押し付けた。

 

 そもそもからして響は、万全の状態ですら、腕力でセラにかなわない。そこにきて熱も出ているとなれば猶更である。

 

 あっさりと倒れる響に、セラは諭すように告げると、少年の額に濡れたタオルを乗せる。

 

「今日はおとなしく寝ていてください」

「う~」

 

 うなる響。

 

 だが、駄々をこねたところで、体が動かない事にはどうしようもないのだが。

 

「しょうがないよ、ヒビキ」

 

 傍らに立ったイリヤが、苦笑気味に言う。こちらは特に体調が悪いと言う事もない様子だ。

 

 そんなイリヤを、ジト目でにらむ響。

 

「・・・・・・・・・・・・イリヤ、ずるい」

「な、何が?」

 

 突然の抗議に、首をかしげるイリヤ。

 

 そんな姉を、響は嘆息交じりに見つめる。

 

 同じように夜更かしして戦ったイリヤは何ともないと言うのに、自分だけ熱を出して動けなくなるとは。

 

 何とも不公平な事だった。

 

「とにかく、大人しくしてなよ。タイガにはちゃんと伝えとくから」

 

 そう言って、部屋を出ていこうとするイリヤ。

 

 と、

 

「イリヤ、待って・・・・・・・・・・・・」

 

 呼ばれて振り返るイリヤ。

 

 そんなイリヤに、響は少し言いにくそうに口を開く。

 

「その・・・・・・・・・・・・」

「ん、どうしたの?」

 

 言いよどむ響。

 

 ややあって、少し視線を逸らしながら言った。

 

「・・・・・・給食のプリン・・・・・・持ってきて」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 思わず、目を丸くするイリヤ。

 

 見れば響の顔が、熱以外の理由でほんのり赤くなっているのが分かる。

 

 相変わらずの無表情なので分かりずらいが、どうやら自分でも恥ずかしいと思っているらしかった。

 

 そう言えば、今日の給食はデザートがプリンだったのを思い出す。

 

 そこでイリヤは、響が学校に行きたがっている理由に思い至る。

 

 要するに、楽しみにしていた給食のプリンを食い損ねる可能性がある為、駄々をこねていたのだ。

 

 微笑みを浮かべるイリヤ。

 

 普段、茫洋としており、何を考えているのか判らない時がある響だが、こういう時は、相応に子供っぽく見える。

 

「判った。持ってくるよ」

 

 笑顔で請け負うイリヤ。

 

 弟が珍しくおねだりしてきたのだ。姉としてはかなえてやりたいと思うのが人情だった。

 

「けど、龍子に取られそう・・・・・・・・・・・・」

「な、何とか死守するよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校に着いたイリヤは、その足で職員室まで行くと、担任の藤村大河に、響が風邪で休んだことを伝えてから教室へと向かった。

 

 教室内は特に変わった様子もなく、イリヤが入ると、雀花、那奈亀、龍子、美々と言ったいつものメンバーが出迎えてくれる。

 

 彼女たちも、響が来れないと伝えると残念がっていた。

 

 そんな中、

 

「イリヤスフィール」

 

 背後からフルネームで呼びかけられ振り返ると、そこには美遊が静かに佇んでいた。

 

 相変わらず、表情の薄い美遊の様子に、怪訝な顔つきをするイリヤ。

 

 昨日来の共闘もあり、彼女との距離はだいぶ縮められたと思うのだが。

 

「あ、ミユさん、おはよ・・・・・・」

「ちょっと来て」

 

 挨拶をするイリヤに対し、美遊は問答無用と言った感じに袖を引っ張り、窓際へと連れていく。

 

 戸惑うイリヤ。

 

 対して、美遊は周囲に誰もいないのを確認してから切り出した。

 

「その・・・・・・彼の容態は?」

「彼・・・・・・ああ、ヒビキ?」

 

 すぐに、言葉の意味を理解するイリヤ。

 

 美遊がわざわざ尋ねてくる相手となると、響くらいしかいないのだから。

 

「何か風邪ひいたみたいでさ。本人は(プリンの為に)来たがってたんだけどね・・・・・・」

 

 そう言って苦笑するイリヤ。

 

 と、

 

《いえいえイリヤさん、響さんが倒れたのは風邪のせいなどではありませんよ》

 

 イリヤの首後ろ辺りから声がしたかと思うと、髪の中からルビーが飛び出してきた。

 

 どうやら学校に来るまで、いつも通りイリヤの髪の中に隠れていたらしかった。

 

「どういう事ルビー? ヒビキが風邪じゃないって・・・・・・」

 

 首をかしげるイリヤ。

 

 対して、ルビーは心得ているといった感じに説明する。

 

《響さんの容体悪化はずばり、魔力の消費が原因です。昨夜の戦闘で魔力を消費しすぎたせいで、一時的に体調悪化という形で表れているんです》

 

 これは、別段珍しい事ではないらしい。

 

 魔術の使用になれていない初心者の魔術師がよく陥る事態で、魔力消費の加減が分からずに消費してしまったのだ。

 

「ど、どうすれば治るの?」

《簡単な事です。減った物は補充すれば良い。体内の魔力がある程度まで充填されれば、自然と体調も戻ります》

 

 基本的なところでは、普通に物を食べたり、あるいは休んでいるだけでもわずかではあるが魔力は回復する。

 

 魔力という、ある意味で得体の知れない物が対象であるため、事を大袈裟に捉えがちだが、実際には、そう難しい話でもないと言う事だ。

 

《まあ、手っ取り早く回復させる方法は他にもあるのですが・・・・・・・・・・・・》

 

 意味深に言うルビー。

 

 と、

 

《姉さん、それくらいで》

 

 いつの間に出てきたのか、サファイアが姉を制するように言った。

 

《それはまだ、教えなくても良い事です》

《そうは言ってもですねサファイアちゃん。緊急時の補充にはやっぱり、この方法が一番でしょう》

《その時が来たら、説明すれば良い事です。何も今、説明する必要はありません》

 

 何やら口論を始めるステッキ2本に、イリヤは首をかしげる。

 

 いったい、このステッキ姉妹は何を言い争っているのだろう?

 

「それより気になるのは・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな一同のやり取りを制するように、美遊は口を開いた。

 

「響がなぜ、あんな事ができたのか、の方が重要」

 

 美遊の言葉に、一同は思案する。

 

 謎の刀を限定展開(インクルード)で召喚し、キャスターにとどめを刺した響。

 

 それに、

 

「あの変身、だよね」

 

 イリヤの言葉に、美遊は頷きを返す。

 

 セイバーに追い詰められ、絶体絶命になったイリヤ達を守るため、変身した響。

 

 黒装束の衣装を着たあの姿。それに、英霊にも匹敵するほどの戦闘力。いずれも、尋常な物とは思えなかった。

 

《思うにですね・・・・・・》

 

 ルビーが口を開いた。

 

《響さんのあの姿、あれは、響さん本人が英雄その物になった、と考えるのが自然だと思います》

「英雄って事は、私たちが戦った奴らみたいな?」

 

 イリヤは、ライダー、キャスター、セイバーと言った、今まで戦ってきた英霊たちの事を思い出す。

 

 つまり、あれと同じ存在に響はなり、セイバーを打ち破ったと言う事だろうか?

 

《これは私の勘なのですが、響さんはキャスター戦で、限定展開(インクルード)を使用しました。つまり、何らかの形でカードの力を行使していると言う事になります。そこから導き出される仮説の一つは・・・・・・》

 

 ルビーは珍しく、難しい口調で言う。

 

《あれこそが、英霊カードの本来の使い方なのではないか、と言う事です》

 

 響が行った夢幻召喚(インストール)は、限定展開(インクルード)よりも強力で、かつ長時間持続した。

 

 それを考えれば、夢幻召喚こそが本来の使い方である、というルビーの説には頷ける物がある。

 

「でも、それだけじゃ・・・・・・・・・・・・」

《ええ、説明がつかない事が多すぎます》

 

 イリヤの疑問に答えるように、ルビーも頷きを返す。

 

 夢幻召喚(インストール)とは何なのか?

 

 なぜ、響にそんな真似ができたのか?

 

 カードはどこにあるのか?

 

 そもそも、響が変身した英霊は、いったいどこの誰なのか?

 

 判らないことだらけだった。

 

 と、その時、

 

「ウオォォォ、今日の給食、プリンじゃん!! ラッキー!! 響の分、もーらいッ!!」

 

 一同の思考を遮るように、龍子の喝采が聞こえてきた。

 

 ハッとして振り返るイリヤ。

 

 そういえば響から、プリンを持って帰るのを頼まれていたのを思い出す。

 

 あの無口な弟が珍しく頼ってくれたのだ。姉としては、一肌脱いでやらねばならない。

 

「・・・・・・ルビー、私負けないよ。可愛い弟の為だもん」

《ここが決戦の時ですよ、イリヤさん。何としてもお宝(プリン)をゲットするのです!!》

 

 テンション上げて騒ぐ龍子を見て、闘志を燃やすイリヤ。

 

 響のプリンは、何としても死守しなくてはならなかった。

 

 そんな中で1人、

 

 美遊だけは、じっと黙って、何かを考え込んでいるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ていた。

 

 それがいつの頃の事なのか、もう思い出すことができない。

 

 庭で剣の練習をしている自分。

 

 一心不乱に剣を振るう事がただ楽しくて、日が暮れるまで木刀を振るっている事も珍しくはなかった。

 

 その時、背後から聞こえてきた足音に、剣を振るう手を止めて振り返る。

 

 視界に入る、大柄な体。

 

 巌の如き巨躯を持つその男は、しかしそのいかつい雰囲気とは裏腹に、柔和な顔つきで手を上げてくる。

 

 自然と、笑みを浮かべる自分。

 

 それはまだ、「激動」と呼ばれる時代が始まる前の、ほんのわずかに残った陽だまりのような、暖かな時間の中での事だった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 目を覚ます響。

 

 熱のせいか、頭の中がぼうっとする。

 

 何か、夢を見ていたような気がするが、内容までは憶えていなかった。

 

 首に力を入れて、窓の方を見る。

 

 どうやら、だいぶ長い時間、眠っていたらしい。窓から差し込む日は、わずかに陰りを帯びているのが分かる。

 

 時計を見ると、既に午後の3時を回っている。

 

 確か、

 

 昼にセラが作ってくれたお粥を食べ、そのあとで薬を飲んでから、ずっと眠っていたのだろう。

 

 おかげで体調もだいぶ良くなった。もう、動くのに支障はない程度まで回復していた。

 

「・・・・・・・・・・・・そろそろ、イリヤが帰ってくる頃かな」

 

 そう言って、響が起き上がろうとした時だった。

 

「まだ、もう少しかかると思う。今日は先生から用事を頼まれてたから」

 

 その声に釣られて、振り返る響。

 

 するとそこには、

 

 メイド服姿の美遊が、ジッとこちらを見つめて佇んでいた。

 

「・・・・・・・・・・・・美遊、何で?」

 

 ここに?

 

 尋ねる響。

 

 言うまでもなく、ここは衛宮家にある響の部屋だ。

 

 数年前まで、響とイリヤは同じ部屋を使っていたが、流石に2人とも成長して部屋も狭くなったことに加え、小学生とは言え男女であることを考慮し、部屋は別々になったのだ。

 

 その響の部屋に、美遊がいる

 

 しかし、美遊はその質問に答えることなく、ジッと響を見下ろしていた。

 

「・・・・・・美遊?」

「あなたは・・・・・・・・・・・・」

 

 ややあって、美遊はようやく口を開いた。

 

「あなたは、いったい何者なの?」

 

 問いかける美遊。

 

 対して、響は質問の意図が分からず、キョトンと首をかしげる。

 

「響だけど? 衛宮響・・・・・・」

「そうじゃない」

 

 響の言葉に首を振りながら、美遊は続ける。

 

「どうして、『あれ』ができたの?」

「あれ?」

 

 キョトンとする響。

 

 対して、美遊は険しい表情で続ける。

 

「英霊の疑似的召喚。対象となる英霊の一部を写し取り、自分自身に転写する・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊は鋭い眼差しで、響を睨む。

 

「すなわち、『英霊になる』。夢幻召喚(インストール)とは、そういう事・・・・・・・・・・・・」

 

 昨夜、響がやって見せた「英霊化」について、そう説明する美遊。

 

 その身を英霊と化して、セイバーを破った響。

 

 しかし、あんな事、素人にできるはずがない。

 

 ましてか、響は普通の小学生に過ぎない。魔術の世界を知ったのも、ついぞ先日の事である。

 

 その響がなぜ、いきなり英霊化などという魔法じみた事をやってのけたのか?

 

「答えて。あなたはいったい何者?」

 

 硬い口調で問い詰める美遊。

 

 その視線には、有無を言わさぬ迫力が込められている。

 

 まるで、仇敵を前にして、斬りかからんとしているような、殺気じみた雰囲気を少女は出している。

 

 その瞳を静かに受け止め、

 

「・・・・・・・・・・・・わからないよ」

 

 響はポツリと言った。

 

「え?」

「自分が誰か、なんて判らない」

 

 その視線は、美遊から外れて天井を見つめている。

 

「アイリと、切嗣が拾ってくれる前の記憶が、無いから」

 

 響が衛宮の家の一因になったきっかけは、両親である切嗣とアイリスフィールに拾われた事である。

 

 実際、響の記憶の端緒は、切嗣の腕に抱かれ、運ばれている所から始まっている。

 

 それ以前の事は知らなかった。

 

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 予想していなかった答えに、美遊は思わず絶句する。

 

 目の前の少年が、意外に重い物を背負っていた事に驚いているようだ。

 

 そんな美遊の内心を察したように、響は続ける。

 

「別に・・・・・・ここにいれば、特に不自由はないから。みんな優しいし」

 

 言ってから、響は少し表情を和らげる。

 

 切嗣、アイリ、士郎、セラ、リズ、そしてイリヤ。

 

 みんな響にとって大切な家族であり、皆もまた、響を家族として大切にしてくれている。

 

 それだけで、響にとっては幸せだった。

 

「そんな事より、美遊にも聞きたい事がある・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・何?」

 

 響の言葉に、美遊もまた緊張した面持ちになる。

 

 いったい、何を聞こうというのか。

 

 沈黙したまま、にらみ合う両者。

 

 重苦しい空気が、一気に部屋全体を圧迫する。

 

「・・・・・・・・・・・・何で」

 

 緊迫した空気とともに、口を開く響。

 

 そして、

 

「何でまた・・・・・・メイド服(そのかっこう)なの?」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 突然の質問に、目を丸くする美遊。

 

 言われてみれば、自分がメイド服を着てここに来ていたことを思い出す。

 

 そんな美遊に、響はキョトンとして続ける。

 

「趣味?」

「い、いや、だから、これは趣味とかじゃなくて、ルヴィアさんのうちでメイドをしてて、今は仕事の途中だったから、その・・・・・・・・・・・・」

 

 顔を真っ赤にする美遊。

 

 どうやら、冷静にツッコまれると恥ずかしいらしい。

 

 まさに、そのタイミングだった。聞きなれた足音が廊下から聞こえてきたのは。

 

 足音は響の部屋の前までくると、勢いよくドアが開け放たれた。

 

「たっだいまーヒビキィ!! 遅くなってごめんねッ でもプリンは持ってきたよ!!」

 

 笑顔のイリヤ。その手には、響が頼んでおいた、給食のプリンが握られている。

 

 因みに、このプリンをゲットするため、イリヤは血で血を洗う死闘を潜り抜けてきたのだが、

 

 文字数の無駄なのでここでは割愛する。

 

 だが、

 

「「「あ」」」

 

 響、イリヤ、美遊

 

 3人の小学生が、同時に声を上げた。

 

 特にイリヤ。

 

 帰ってきてみれば、弟の部屋にクラスメイトの魔法少女(メイド服)が立っているではないか。

 

 これで驚くな、という方が無理な話である。

 

 次の瞬間、

 

「メ、メイドォォォォォォォォォォォォ!?」

《あらあらまーまー これはこれは、何とも良い趣味を、お持ちのようで》

 

 メイド姿の美遊を始めて見るイリヤは絶叫。その傍らではルビーも興奮している。

 

 どうやら2人も、メイド服は美遊の趣味か何かだと思ったようだ。

 

 そんな2人の様子に、苦笑するしかない響。

 

「あ~・・・・・・そう言えば、話してなかった」

 

 以前、偶然メイド服姿の美遊に会った時、彼女から口止めされていたので、イリヤ達には話していなかったのだ。

 

 それがまさか、こんな形でばれる事になるとは。

 

「だ、だからッ こ、これは違ッ ・・・・・・その、私の趣味とかじゃなくて・・・・・・ルヴィアさんに無理やり着せられて・・・・・・仕事をする時は、この恰好でって・・・・・・」

 

 今にも泣きそうなほど、顔を真っ赤にしながらしどろもどろに説明する美遊。

 

 その姿を見て、

 

 イリヤは自分の中で、何かが切り替わるのを感じる。

 

 のちにイリヤスフィール・フォン・アインツベルン(11歳・小学5年生)は語っている。

 

 「何か変なスイッチが入った」と。

 

「・・・・・・・・・・・・ミユさん、折り入って、あなたにお願いがあるんだけど」

「は? 何を?」

 

 何やら鼻息も荒く迫ってくるイリヤに、美遊は本能的な恐怖を感じて後じさる。

 

 だが、イリヤはそんな美遊を追い詰めるように、さらにズイッと踏み込んできて肩を掴んだ。

 

「ちょっと、『ご主人様』って言ってみて」

 

 いきなり何を言い出すのか?

 

 しかし、鼻息も荒く美遊に迫るイリヤは、完全に理性が斜め45度の方向に吹き飛んでいた。

 

「え? この場合、普通は『お嬢様』なんじゃ・・・・・・」

 

 混乱のせいか、微妙にずれたツッコミをする美遊。

 

 だが、ある意味、その選択肢は大間違いである。

 

 今のイリヤに理性的な事を言うのは、人食い熊に念仏を聞かせるに等しかった。

 

「良いから早くッ!!」

「お、おおおおやめください、ご主人様ァァァァァァッ!?」

 

 暴走120パーセントのイリヤを前に、殆ど本能的に叫んでしまう美遊。

 

 と、次の瞬間、

 

「落ち着け姉。あとプリンありがとう」

 ズビシッ

「あうッ」

 

 見かねた響がイリヤの脳天にチョップをくらわし暴走を止めたのだった。

 

 

 

 

 

 取りあえず、落ち着きを取り戻したところで、3人は改めて座りなおした。

 

「やー ごめんね、何か変にテンション上がっちゃって」

「い、いえ別に・・・・・・・・・・・・」

 

 向かい合って座るイリヤと美遊が、ぎこちなく言葉を交わす。

 

 メイド少女と、その彼女に興奮した少女。

 

 気まずくなるのも無理はなかった。

 

 その傍らでは、響が何事もなかったようにプリンの蓋を開けていた。

 

「そういえば美遊・・・・・・・・・・・・」

 

 響はプリンを頬張りながら、美遊を見た。

 

「その恰好で、家の中に入ってきたの?」

「え、ええ。家の方からは、ジロジロと見られてしまったけど・・・・・・・・・・・・」

 

 なるほど、と響とイリヤは同時に思う。

 

 セラの仰天した表情が目に浮かぶようだった。

 

 と、

 

《恥じる事はありません。メイド服は美遊様の正式な仕事着なのですから》

 

 それまで黙っていたサファイアが言った。

 

 それを聞いて、さらに興奮するイリヤ。

 

 現役の小学生メイド(兼魔法少女)。

 

 興奮するのも分からなくはないが、イリヤの場合、行き過ぎててちょっと怖かった。

 

「て言うか・・・・・・・・・・・・」

 

 イリヤはジト目になって響を見る。

 

「ヒビキは知ってたの、この事?」

「ん」

 

 問いかけるイリヤに、プリン片手に頷きを返す響。

 

 響自身、最初に見た時は驚いたが、流石に2度目ともなると慣れた物である。

 

 だが、イリヤの方は、その事に不満があるようだ。

 

「えー 私だけのけ者~?」

「べ、別にイリヤスフィールをのけ者にしたわけじゃ・・・・・・」

 

 ぶー垂れるイリヤをなだめようとする美遊。

 

 と、

 

 そこでふと、イリヤは何かに思い立ったように美遊に向き直った。

 

「ねえ、ミユさん、前から思ってたんだけど、『イリヤスフィール』って、長くて呼びにくくない? 『イリヤ』で良いよ」

「え?」

 

 キョトンとする美遊。

 

 対して、イリヤは笑顔で言った。

 

「私の本名、結構長いし、友達はみんな『イリヤ』って呼ぶからさ。それに、本名で呼ばれるの、結構恥ずかしいし」

 

 確かに。

 

 外国ではどうかは知らないが、日本で「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」などと名乗れば、たいていの人間は驚くものである。

 

 もちろんイリヤは、両親がつけてくれたこの名前を大切に思ってはいるが、それはそれとして年頃の少女には悩みどころでもあった。

 

「ん、美遊も、もう友達だから」

 

 プリンを食べ終えたらしい響も、そう言って頷く。

 

 イリヤ、美遊、響。

 

 ここまで一緒に戦ってきた3人。

 

 互いの主張がぶつかり合う事もあったが、そこには確かに、友情がはぐくまれていたのだ。

 

「そ、それなら・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊もわずかに顔を赤くすると、少し躊躇うように言った。

 

「私も、呼び捨てで良い」

 

 その言葉に、

 

 響とイリヤは、顔を見合わせて微笑む。

 

「うん、よろしくね、美遊」

「ん、よろしく」

 

 そう言って、3人は互いの手を握り合うのだった。

 

 

 

 

 

第9話「友情」      終わり

 

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