1
生前、衛宮切嗣は「息子」である士郎に、硬く言い含めておいたことがある。
それは、美遊を決して外に出してはいけない。と言う事。
美遊の神稚児としての力は希少であり強大である。それ故に、常に誰かに狙われている。
外の世界に出せば、そう言った連中に見付かり、必ず美遊を奪おうとするだろう。
だから、隠さなければならない。
美遊を奪おうとする全ての連中の目から、美遊を隠し続けなければならない。
これは言わば、切嗣が士郎に託した「遺言」だった。
だが、
士郎は、その遺言を破った。
油断していた、と言っても良いかもしれない。
美遊が神の子としてではなく、人の子として生きていくことを選んだ時点で、彼女の神稚児としての使命は終わったのだ、と、勝手に解釈して。
だが、たとえ美遊の神稚児としての能力が失われたのだとしても、その事実を知るのは士郎のみ。それを知らない他の者にとっては、美遊は変わらず「神稚児」であり続けているのだ。
加えて、本当に美遊の能力が失われたという保証もない。
全て、士郎の勝手な思い込みにすぎない。
その代償を、士郎は支払おうとしていた。
最悪のタイミング、最悪の形で。
「ジュリアン、お前が、どうしてここに?」
突然現れた親友に、茫然と尋ねる士郎。
対してジュリアンは、答える事無くゆっくりとした足取りで近づいてくる。
だが、その目は士郎を一切見ていない。
相変わらず不機嫌そうに歪められた目元。
その視線は、士郎の傍らにいる少女を真っすぐに睨みつけていた。
そんなジュリアンを見て、美遊は何かにおびえたように後ずさり、士郎の背に隠れた。
何か、不吉な物を感じ取ったように。
「お兄ちゃん・・・・・・・・・・・・」
しがみついてくる美遊。
そんな妹に、士郎は優しく語り掛ける。
「大丈夫だよ美遊。こいつは俺の友達なんだ。前に話した事あったろ?」
「とも、だち?」
士郎は美遊に以前、気の置けない友人が学校にいる事を話している。
今まで友達と言う物を作った事が無い美遊だが、士郎にとってジュリアンが大切な存在であると言う事は伝わっているはず。
ジュリアンがなぜこんな所にいるのかは分からないが、美遊が怖がる必要は無いのだ。
「なあ、ジュリ・・・・・・」
「あれで間違いないか、エリカ?」
語り掛けようとする士郎を無視して、ジュリアンは背後を見る。
すると、
ジュリアンの陰から覗くように、1人の少女が顔を出した。
「あれは・・・・・・」
その少女を見て、声を出す士郎。
見覚えがある。確かこの間、穂群原学園の初等部にいた女の子だ。
それがなぜ、ジュリアンと一緒にいるのか?
エリカと呼ばれた女の子は、美遊をジッと見つめて言った。
「うん・・・・・・だいじょうぶ。『せいしつ』はなくなっているけど、まだ、『うつわ』はのこっている」
「なッ それは・・・・・・」
エリカの言葉に、士郎は戦慄する。
「せいしつ」「うつわ」。
美遊を見て、それらの言葉が出ると言う事は即ち、美遊が何者であるか、彼らは知っていると言う事になる。
緊張を増す士郎。
「・・・・・・ずっと、ここを監視してきた」
対してジュリアンは、歩みを進めながら静かに告げる。
その足は、ゆっくりと士郎へと近付いてくる。
「人が消えたこの街で、わざわざここに立ち入る人間がいるとしたら、街から出て行った朔月家の親族か・・・・・・あるいは・・・・・・」
睨みつけるジュリアン。
士郎は思わず息を呑む。
「
親友の目には、明らかな憎悪が浮かべられている。
ふとすれば、すぐにでも士郎を殺しかねないほどの殺気だ。
「何を・・・・・・言ってるんだ、ジュリアン?」
嘘だ。
やめてくれ。
何かの冗談だろ。
士郎は必死に、目の前の事実を否定しようとする。
だが、
「5年前、街を呑み込んだ侵食。それを祓った光の柱は、ここから登っていた」
そんな士郎の想いを、ジュリアンは呆気なく打ち砕く。
「ずっと探していた。この世の奇跡と、それを盗んだ盗人を!!」
ここに来て、士郎は確信する。
目の前の男は、もはや親友ではない。
自分から、美遊を奪い取るためにここに来たのだ。
否、
「奇跡」を奪った
「逃げろ美遊!!」
叫びながら士郎は、ポケットに入れておいたメジャーを取り出し、手ごろな長さまで素早く引き延ばした。
同時に自身の魔術回路を起動。強化魔術を発動する。
強化魔術を使えば、メジャーの軟な構造でも十分な硬度と切れ味を持つ剣と化す。持ち運びの良さを考えれば、むしろ定規などよりも使い勝手が良い。
必要ないと思っていたが、万が一の護身用に持ってきた物が、まさかこんな形で役に立つとは。
だが、
「逃げる? ・・・・・・逃げるって、どこに逃げれば良いの、お兄ちゃん?」
背後から困惑気味な美遊に尋ねられ、士郎はハッと我に返った。
自分達には、何もない。
行く当てすら、ない。
美遊は元より、士郎も天涯孤独の身。自分たち以外に、頼れる者もいなかった。
そして、
「殺すのか?」
ジュリアンは、士郎が構えるメジャーを正面から握りしめた。
ただのメジャーとは言え、今は強化魔術で鋭い刃と化している。
「何だこれは? 強化魔術? くだらねえ・・・・・・」
案の定、ジュリアンの掌からは鮮血が流れ出した。
だが、ジュリアンは構わず、メジャーを握り続けている。
「や・・・・・・やめろ、ジュリアン、お前の手が・・・・・・」
ジュリアンの掌から流れ出る血を、士郎は覚えながら見つめる。
結局のところ、士郎にはジュリアンを斬り捨てる覚悟すらなかった。
「何で・・・・・・」
唇を噛みながら、ジュリアンは顔を伏せる。
どこか、後悔するような声。
次の瞬間、
「お前なんかが!!」
ジュリアンの言葉と共に、
士郎の足元に、ぽっかりと穴が開いた。
同時に、
士郎は「10メートル以上の高さ」から落下、地上に容赦なく叩きつけられた。
「ガハッ!?」
血反吐交じりの悲鳴を吐き出す士郎。
いったい、何があったのか?
この時、士郎は気付かなかったが、ジュリアンは士郎の足元の地面と頭上を置換魔術で繋げ、士郎を「地面から空中へ落下」させたのだ。
鈍い音と共に、激痛が士郎を襲う。
殆どビルの3階分に相当する高さから落下したのだ。骨の何本かは確実に折れた事だろう。下手をすると、内臓もやられたかもしれない。
対してジュリアンは、そんな士郎にもう用は無いとばかりに踵を返すと、美遊へと近付いた。
「朔月美遊。ずっとお前を探していた。この世界に残された本物の奇跡。お前は今から、俺の物だ」
伸ばした手が、美遊の額を鷲掴みにする。
同時に流される魔力が、一瞬にして美遊の意識を刈り取ってしまう。
地面に崩れ落ちる美遊。
ジュリアンはとっさに少女を抱き留める。
その姿に、士郎は血反吐を吐きながら顔を上げる。
「や・・・・・・めろ・・・・・・ジュリアン!!」
なぜ、ジュリアンがこんな所に現れたのか?
なぜ、美遊を欲するのか?
判らない事が多すぎる。
だが、それでも、美遊を守らなくてはという思いだけで、士郎は前へと進む。
そんな士郎を無視するように、先程のエリカという少女がジュリアンに駆け寄った。
「5年前の『しんしょくじこ』を止めてくれたのは、そのおねえちゃんなんだね」
そう言いながらエリカは、この上なく無邪気な笑顔で言った。
「ほんとうによかった!! お姉ちゃんがいてくれれば、またじこがおきてもだいじょうぶ!!」
ある種のおぞましさすら感じるその無邪気は、聞く者にとっては不協和音にすら聞こえる。
自身の行いに対し、一切の疑いを持たない、まるで狂信者のような言動。
エリカの幼さが、そこにより一層の拍車をかけていた。
この幼い少女が、如何にすればこんな独善的で歪んだ考えを持つに至ったのか? そこにあるおぞましさは計り知れなかった。
だが、今の士郎にとって、問題はエリカではなかった。
その視線は背を向けた「元・親友」へと向けられている。
「今度は事故など起こさない。この『器』なら足りるだろう。街は滅びたが儀式の再演には却って都合が良い。今度こそ、成就させるぞ」
淡々と告げるジュリアン。
対して、士郎の絶望は深まる。
まさか
そんな馬鹿な
嘘だ
何かの間違いだ
否定しようとすればするほど、疑念は士郎の中で大きく膨らむ。
「まさかジュリアン・・・・・・お前が・・・・・・お前、なのか?」
絞り出すような声で、士郎は尋ねる。
「街を・・・・・・人々を・・・・・・美遊の両親を消し去ったのは・・・・・・」
渾身の力でもって、身を起こす。
「あの闇を引き起こしたのは、お前だったのか!?」
否定してくれ。
どうか、違うと言ってくれ。
もはや、縋るような思いで告げる士郎。
だが、
「そうだ。『私』がやった」
希望は、あっけなく打ち砕かれた。
脳裏にこびり付くのは、あの日の光景。
街を呑み込んでいく巨大な闇と、人々の怨嗟の叫び。
その元凶が今、目の前にいる。
大切な妹を、連れ去ろうとしている。
「ジュリ・・・・・・アン!!」
全身の筋が断裂しそうな感覚に抗いながら、士郎は体を起こす。
目の前の男を行かせてはならない。
座視すれば、また多くの犠牲が出る。
そして、
美遊を連れていかれてしまう。
それだけは、絶対に許さなかった。
壊れた体に鞭打って駆ける。
行かせない。
絶対に。
距離が縮まる。
もう少し、
あと少しで、手が届く。
拳を振り上げる士郎。
そのまま、ジュリアンへ殴りかかる。
次の瞬間、
突如、背後から飛来した無数の剣が、士郎の体を一斉に串刺しにした。
「が・・・・・・ハッ・・・・・・・・・・・・」
力尽き、地面の倒れる士郎。
薄れゆく意識。
視界は暗く染まり、耳は何も聞こえなくなっていく。
そんな士郎を踏み越えて、ジュリアンに歩み寄る影があった。
「お怪我はありませんか、ジュリアン様?」
「・・・・・・ある訳ねえだろ。そんな事より、美遊を連れていけ。こいつに合わせて、全てを再調整するんだ」
「畏まりました。それで、この男は?」
「・・・・・・放って置け。もう、何の価値もない」
薄れゆく意識の中で、士郎は足音が遠ざかっていくのを感じる。
結局のところ、士郎は全てにおいて甘かったのだ。
この場所に来た事も、
美遊を外に連れ出したのも、
だからジュリアンの正体も見抜けず、美遊を連れ去られてしまった。
全ては、士郎自身の甘さが招いた結果だった。
否、
あるいはもしかしたら、自分が切嗣に助けられたこと自体が、全ての間違いの始まりだったのかもしれない。
薄れゆく意識の中で、士郎はただただ後悔のみを募らせていくのだった。
2
呼び出しを受けて、教会へと足を運ぶ。
正直、ここには二度と来たくないとさえ思っていた。
気が重いことこの上ないのだが、事情が事情であるだけに、来ない訳にはいかなかった。
重い門を開くと、いつか見た礼拝堂の光景が飛び込んでくる。
その中央で、
まるで少年が来るタイミングが分かっていたかのように、悠然と佇む神父が1人。
言峰綺礼は、真っすぐにこちらに鋭い眼差しを向けていた。
幸いにして、今日はれっきとした神父の装いをしているが。
「そろそろ来る頃だろうと思っていたよ」
「話は本当なんですか?」
言峰の言葉を無視して、いきなり本題から入る少年。
この不良神父(兼ラーメン屋)が見た目以上に厄介な相手である事は、以前のやり取りで既に分かっている。
余計な話題はいらない。さっさとこちらの要件を済ませるつもりだった。
言峰の方でも心得ているのだろう。少年に対して頷いて見せるとすぐに本題に入った。
「知らせたとおりだよ。朔月美遊はエインズワースの手に落ちた」
「何でッ!?」
朔月美遊。
それはこの冬木にかつて存在した旧家「朔月家」の末裔にして「神稚児」と呼ばれる存在。
そして、この地で長く行われている魔術儀式「聖杯戦争」の根幹をなす聖杯その物でもある。
「器」のみならず、「中身」をも合わせる形で生まれて来た美遊は、聖杯として破格の存在である。
それ故に、エインズワースは血眼になって美遊を探していたのだ。
言峰からその事を聞いた少年は、居ても立ってもいられず、教会へと駆け付けたのだ。
迂闊だった。
聖杯戦争が近づいている以上、エインズワースが美遊の所在に無関心でいられるはずが無いというのは判り切っていた事だ。
であるなら、手段を択ばずに少女の奪取を試みるのは明白だった。
それに、今一つ、気になっていた事を尋ねる。
「彼は・・・・・・・・・・・・衛宮士郎さんは、どうしたんですか?」
衛宮士郎。
美遊の保護者であり、それは同時に「聖杯の保持者」でもある。
彼の人となりについては、傍についていて、ある程度理解している。
彼ならば、美遊を任せても大丈夫と思っていたのだが。
しかし、こうなると彼の身も案じられる。
「エインズワースの攻撃を受けて重傷だったが、こちらの方で治療しておいた。既にここを立ち去ったよ。エインズワースの工房の場所を教えてやったから、恐らくそちらに行っただろう」
無謀だ、と思う。
魔術師にとって工房とは「城塞」に等しい。そこに正面から突っ込むなど、自殺行為に他ならなかった。
だが、彼ならばそうするだろうと確信もある。
ずっと彼を見てきて、士郎にとって美遊が大切な存在である事は判っていた。
彼ならば、自分の命を捨ててでも、美遊を守ろうとするだろう。
「それで?」
言いながら、言峰は少年を見た。
「君は、どうするつもりかね?」
「・・・・・・・・・・・・」
問いかける言峰。
対して、少年は沈黙したまま睨み返す。
その手は自然と、ポケットの中にあるカードへ触れた。
美遊という聖杯がエインズワースの手に落ちた以上、聖杯戦争の開幕は近い。
ならば、自分自身の去就も決める必要があった。
沈黙が、両者の間に流れる。
どれくらい、そうしていただろう?
ややあって、少年は踵を返すと、それ以上何も言う事無く、足早に教会を後にするのだった。
教会を背に坂を下りながら、足早に歩き続ける。
正直なところ少年は、この聖杯戦争を降りようと考えていた。
少なくとも、昨日までは。
美遊。
あの子が幸せでさえいてくれたら、自分はそれだけで良い。
そして衛宮士郎。彼ならば安心して、美遊を任せる事ができる。
そう思っていたのだ。
衛宮士郎が美遊の傍にいてくれるなら、却って自分という存在は邪魔になるだけだった。
ならば自分はこの街にいる必要はない。
全てを衛宮士郎に任せ、身を引こうと考えていた。
彼はそれほどまでに、信頼に値する人物だと思ったのだ。
だが、事態は一変した。
美遊はエインズワースの手に落ちた。
そして、衛宮士郎は傷つき倒れた。
間もなく、聖杯戦争が始まるだろう。
聖杯を、
美遊を守らんとするならば、否応なく聖杯戦争へ参加する以外なかった。
その時だった。
「・・・・・・・・・・・・」
足を止める。
向けた視線の先で、無数の気配が浮かぶのが見えた。
路地裏や物陰から湧き出る顔、顔、顔。
まるでマネキン人形のような外見をしたそれらは皆、手に手に剣や槍と言った武器を携えているのが見える。
「・・・・・・・・・・・・エインズワースの刺客、か」
この時点で自分を襲ってくる相手など、他に考えられなかった。
それにしても、
いかに住民の数が減っているとはいえ、こんな事をすれば誰かに見咎められたとしてもおかしくは無い。
どうやら聖杯を手にした事で、エインズワースも大胆な行動に出たらしい。
いよいよもって、状況は切羽詰まってきている。
その間にも武器を持ったマネキン人形が近づいてくる。
「・・・・・・・・・・・・」
懐からカードを取り出す。
どうやら、考えを巡らしている暇すら、無いらしい。
次の瞬間、
両者は同時に駆けた。
第34話「深淵よりも尚昏く」 終わり
FGO二次の設定も本格的に考えてみようかな、と思う今日この頃。
因みに現在、6章攻略中。
主力隊のメンツは
剣:ネロ(LV90)、デオン、水着フラン
弓:エミヤ(LV98)、水着エレナ、エウリュアレ、ロビン
槍:メデューサ槍(LV90)、ジャンヌリリィ、水着頼光
騎:アストルフォ、水着イシュタル、アレキサンダー
術:ナーサリー、アンデルセン
殺:酒呑童子、水着師匠、小太郎
狂:フラン
裁:ホームズ、ジャンヌ
讐:アンリマユ
一応、どんな戦況にも耐えられるような感じにはできたけど、再臨優先したからスキル上げはこれからです。
今後の課題としてはキャスター勢の強化ですかね。