Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第35話「聖杯戦争開戦」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ては、徒労に終わった。

 

 ジュリアンに美遊を連れ去られて1か月。士郎はありとあらゆる手段を用いて、ジュリアンへの接触と、美遊を奪還する方法を模索し続けた。

 

 だが、無駄だった。

 

 言峰神父が語ったエインズワースの工房は、深山町にある巨大クレーターの真ん中に存在しているという。

 

 一見するとそこには何もないように見えるが、魔術師はありとあらゆる手段で、魔術的要素を隠ぺいする手段に長けている。

 

 つまり、何もないように見えるのは見せかけで、そこには確かに工房が存在しているのだ。

 

 言峰に掛けてもらった回復魔術によって傷がある程度回復した士郎は、未だに痛みを発する体と心を引きずりながら、藁をもすがる思いでクレーターへと向かった。

 

 だが、それは全くの無駄だった。

 

 クレーター内部へと踏み込んだ士郎だったが、中心に向かい歩いていると、ある一定の地点まで進んだ時点で、急に反対側の端まで転移させられてしまうのだ。

 

 否、転移という表現は正確ではない。

 

 そもそも、士郎は普通に中心に向かって歩いているだけなのに、突然反対側の壁が目の前に現れるのだ。

 

 どの方向、どのスピード、どの時間帯に試しても、結果は同じ。

 

 ある一定の半径から先には、足を踏み入れる事すらできない。ちょうど中心領域だけ、別の空間になっているかのようだ。

 

 エインズワースは置換魔術に特化した家系。その魔術を最大限に使用し、クレーター中心部に結界を張っているのだ。

 

 一定の範囲を立ち入りできなくする形で。

 

 この結界の突破を試みた士郎だったが、その全てにおいて失敗した。

 

 そもそも士郎は「魔術使い」であって、本格的な「魔術師」ではない。その為、専門外の魔術の知識は皆無に等しい。

 

 士郎には、エインズワースが精緻を凝らして作り上げた結界を突破する手段は無かった。

 

 そうしている内に、時間だけが無為に過ぎて行った。

 

 こうしている間にも、美遊が・・・・・・

 

 大切な妹が犠牲になっているかと思うと、気が気ではない。

 

 だが、

 

 実際問題として士郎は何をする事も出来ない。

 

 美遊を救い出す事も、戦う事も、ジュリアンに会う事すらできないでいる。

 

 自分が生かされたと言う事は、士郎にとって何の救いにもならない。

 

 要するにエインズワースにとって士郎は、もはや相手をする価値すら無く、殺す必要性すら無い、路傍の石にも劣る存在と言う事だ。

 

 そのジュリアンはと言えば、もはや学校に来る事も無くなっていた。

 

 美遊を奪取するという目的を達した以上、もう仮初の居場所には用は無い、と言う事なのかもしれなかった。

 

 いずれにせよ、士郎は既に万策尽きている状況だった。

 

 あとはただ、聖杯戦争が推移するのを、横で指をくわえて見ている事だけしかできない。

 

 そして、この世界を救うために、美遊が人柱に供されるのを。

 

 失意のまま、家路へと戻る。

 

 あまりにも、無力だった。

 

 と、その時だった。

 

「あれ、衛宮先輩?」

「え?」

 

 背後から呼び止められる。

 

 ひどく、懐かしさすら感じる声に士郎は思わず振り返ると、そこには後輩の少女が、笑顔で佇んでいた。

 

「桜、どうしてここに?」

「買い物の帰りで・・・・・・偶然ですね、先輩」

 

 そう言って微笑む桜。

 

 ひどく、懐かしい気がした。

 

 考えてみたらあれ以来、部活には全く顔を出していない。そのせいで、桜や日比谷とは全く会う機会が無かったのだ。

 

「あの、もしかして、このお屋敷が先輩のおうち、ですか?」

「あ、ああ・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言えば、美遊の関係もあって、士郎は今まで友人を家に招いた事が無かった。

 

 初めて見る士郎の家に、桜も驚きを隠せない様子だ。

 

 そのせいか、士郎の口から出た言葉は、殆ど何気ない物だった。

 

「・・・・・・・・・・・・上がっていくか?」

 

 士郎としては他意は無い。

 

 たまたま会った後輩を誘ったに過ぎない。

 

 だが、心身ともに疲れ切っていた士郎は、無意識のうちに救いを求めていたのかもしれない。

 

 それ故に士郎は、自分の発言の意味について、深く考える事をしなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・良いんですか?」

 

 躊躇うように尋ねる桜。

 

 対して、士郎は、何も考えずに頷きを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残骸を足元に見ながら、夢幻召喚(インストール)を解除する。

 

 同時に、少年は舌打ちを漏らした。

 

「こんなおもちゃで、僕を倒せるとでも思っているのかな?」

 

 言いながら、靴の裏で残骸を蹴飛ばす。

 

 マネキン人形に適当な武器を持たせた、文字通りの「操り人形」。

 

 見た目こそ不気味だが、落ち着いて戦えば何ほどの脅威でもない。少数なら英霊化も必要なかった事だろう。

 

 刺客にしては、ずいぶんとお粗末に過ぎた。

 

 と、

 

「なに、それはほんの小手調べさ」

 

 突然の物言いに、振り返る少年。

 

 その視線の先に佇む男を見て、目を細める。

 

「あなたは・・・・・・・・・・・・」

 

 それは、先日対峙した男。

 

 吸血鬼じみたおどろおどろしい雰囲気を持った男は、口元に笑みを浮かべて佇んでいた。

 

「最低限の機能のみを置換させた人形。この程度は児戯の類に過ぎんさ」

 

 そう言いながら、男は少年の方をじっと見据える。

 

 その全身から湧き出るおそましい殺気が、まるで蛇のように這い寄ってくるのが分かる。

 

「さて、用件は、言わずとも分かっているだろう?」

 

 言いながら、男は少年に対して右手を差し出す。

 

「君の持つカードをこちらに渡してもらおうか」

 

 問いかけは、先日と同じ。

 

 もし、もう少し早かったら、少年は要求に応じていたかもしれない。

 

 だが、

 

「断る、と言ったら?」

 

 尋ねる少年に対し、

 

 男は僅かに口の端を歪めて見せる。

 

「抵抗すると言うのかね?」

 

 どこか、驚いたような口調。

 

 だが同時に、こういう事態を予測していたのだろう。落ち着き払った様子で佇んでいる。

 

「まさかと思うが、勝てると思っているのかね、我々エインズワースに?」

「狩られる側が、いつまでも獲物の立場に甘んじているとは思わない方が良いですよ」

 

 挑発的に言いながら、ポケットからカードを取り出す。

 

 掲げられたカードを見て、男は薄笑いを強めた。

 

「我々が生み出したカードを使い、我々に牙をむくか。浅ましいにも程がある。野良犬にも一片の矜持があろうに、君にはそれすらも無いと見える」

「自分たちが磨いだ牙が、いずれ自分たちの喉を掻き切る事になる。その時になって後悔すれば良いじゃないですか」

 

 言いながら、魔術回路を起動する少年。

 

「僕はあの人たちを守る。たとえ、地獄に落ちてでも・・・・・・・・・・・・」

 

 決意と共に、相手を睨む。

 

 対して、男は薄ら笑いを浮かべながら、

 

 手を胸の前へと掲げる。

 

「良い覚悟だ。ならば、こちらも手加減無しで行くとしよう」

 

 同時に、

 

 男の中で魔力が走るのを感じた。

 

 身構える少年。

 

 次の瞬間、

 

夢幻召喚(インストール)!!」

 

 叫ぶ男。

 

 同時に、魔力が衝撃波となって、周囲に撒き散らされる。

 

 顔を覆う少年。

 

 その視界の中で、

 

 男の姿が一変するのを見た。

 

 漆黒の外套を羽織り、顔の色は色素が抜けたように白く染まる。

 

 目は異常なまでに輝きを増し、剣呑な光を帯びる。

 

 まるで、本当に吸血鬼と化したかのようだ。

 

「・・・・・・・・・・・・そう言えば、まだ名乗ってなかったね」

 

 「変身」を終えた男は、ゆっくりと前に出ながら少年に告げる。

 

「我が名はゼスト・エインズワース。君に恐怖と、絶望を与える者だ」

 

 言いながら、ゼストと名乗った男は前へと出る。

 

 対して、

 

 少年はいぶかしむように男を見る。

 

 驚いたのは、男の名前

 

 男は今、間違いなくエインズワースを名乗った。

 

 仮にも聖杯戦争に参加する者なら、悪戯にその名を名乗ったりはしないだろう。となると、本当にエインズワースの者と言う事になる。

 

 しかも、それだけではない。

 

 今、男は少年の前の間で、カード無しに夢幻召喚(インストール)したように見えた。

 

 エインズワースが作り出した英霊憑依システムは優秀だ。最上と言ってもいいくらいに。

 

 彼らはお得意の置換魔術で、英霊の魂をカードの写し取り、それを更に魔術師に転写することまで可能にしていた。

 

 つまり、このカードを使えば、魔術師は英霊その物になる事ができる。

 

 今、少年の目の前にいるゼストもまた、いずれかの英霊をその身に憑依させているのだ。

 

 だが、当然だが、彼らも彼ら自身が作り出したゲームのルールから逃れる事は出来ない。

 

 英霊を憑依させるには、必ずクラスカードが必要になるはずなのだ。

 

 だが今、ゼストはそのルールを無視して夢幻召喚(インストール)して見せた。

 

 これが果たして、エインズワースに連なる者のみに許された特権なのか? それとも・・・・・・

 

 だが、思考するのもそこまでだった。

 

「さあ、存分に味わいたまえ、恐怖を!!」

 

 叫ぶと同時に、手にした長槍を構えて斬り込んでくるゼスト。

 

 対して、少年も迎え撃つように叫んだ。

 

夢幻召喚(インストール)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした、先輩」

 

 笑顔でそう言って挨拶する桜。

 

 桜と一緒にいられたのは、楽しいひと時だった。

 

 桜が用意した食材で士郎が腕を振るい、2人で食卓を囲んだ。

 

 本当に。

 

 士郎にとって、ほんの一瞬であったとしても、何もかも忘れる事ができたのは、良かった事だろう。

 

 聖杯戦争の事も、

 

 エインズワースの事も、

 

 ジュリアンの事も、

 

 そして、

 

 美遊の事も。

 

 全て、忘れる事が出来た。

 

 張り詰めていた糸を、ほんの少しだけ緩める事が出来たのは、士郎にとって間違いなくプラスに働いていた。

 

「本当に、送らなくて良いのか?」

「大丈夫です。うちも深山町ですから」

 

 そう言って、桜は微笑む。

 

 その笑顔を見るだけで、凍り付いていた士郎の心に温かいものがともるようだった。

 

「ごめんな。もう暫く学校へは行けないと思うけど、桜さえよかったら、また・・・・・・」

 

 うちに遊びに来てくれて構わないから。

 

 そう続けようとした士郎。

 

 だが、そんな士郎の言葉を遮るように、桜は俯きながら言った。

 

「・・・・・・嬉しいですけど、これが最後です」

 

 どこか突き放すような言葉。

 

 だが、それに気づかずに、士郎は続けようとする。

 

「遠慮しなくても良い。俺も、その・・・・・・桜が来てくれた方が・・・・・・」

「最後なんです」

 

 今度は、先程よりも少し強く、桜は言った。

 

 悲しげな顔を隠すように、桜はそっと、手にした傘を傾ける。

 

 本当は、

 

 本当を言えば、桜だってずっとこうしていたい。

 

 大好きな先輩と、いつまでも一緒にいたい。

 

 一緒に学校に行って、部活をして、一緒に帰って、そして「また明日」と挨拶を交わす。

 

 そんな「当り前」の日常を謳歌したい。

 

 それこそが、桜にとっては宝石のように大切な物だった。

 

 だが、

 

 現実は、そんなささやかな願いすら、押し流そうとしていた。

 

「先輩・・・・・・・・・・・・」

 

 桜の手から、傘が落ちる。

 

 その下から、涙を浮かべた少女の顔が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖杯戦争が、始まりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 一瞬、桜が何を言っているのか分からなかった。

 

 聖杯戦争。

 

 それはエインズワースが仕組んだ美遊(聖杯)を巡る魔術儀式。

 

 それがなぜ、桜の口から出てくるというのか?

 

 無関係な桜の口から・・・・・・

 

 無関係?

 

 桜が?

 

 そこでふと、

 

 士郎は唐突に思い出す。

 

 目の前にいる桜。

 

 自分を慕ってくれる、大切な後輩。

 

 だが、

 

 実のところ、自分は桜の事を何一つ知らないのだと言う事を。

 

 桜は自分にとって大切な後輩。

 

 それで良いと思っていた。

 

 否、

 

 それで良いと勝手に思い込んでいた。

 

 なぜなら、間桐桜は衛宮士郎にとって「魔術師」でも「正義の味方」、さらに言えば「美遊の兄」でもなく、「ただの衛宮士郎」でいられる唯一の場所だったから。

 

 だが、

 

 その想いは今日、今この場で、打ち砕かれた。

 

 他ならぬ、桜自身の手によって。

 

「聖杯戦争のシステムを作った、俗に『始まりの御三家』と呼ばれる魔術師の家系。その内の一つが『間桐』。つまり、私の家なんです」

「何を・・・・・・桜、何を言っているんだ・・・・・・・・・・・・」

 

 訳が分からず、混乱する士郎。

 

 信じられなかった。

 

 信じたくなかった。

 

 桜が魔術師で、しかも聖杯戦争に関わっていた、などと。

 

「残念です・・・・・・」

 

 桜は士郎を見ながら、少し寂しそうに告げる。

 

「もっと、取り乱してくれると思ったのに・・・・・・」

「何でかな?」

 

 対して、士郎は力なく空を見上げる。

 

 降りしきる雪の先で、微かに星が瞬くのが見えた。

 

 確かに、驚いた。

 

 まったくの無関係だと思っていた桜が、実は自分を取り巻く異常事態の中心にいたなどと。

 

 信じたくなかった。

 

 裏切られた、とさえ一瞬思った。

 

 だが、

 

「もう、失う事になれたのかもしれない・・・・・・・・・・・・」

 

 父を失い、妹を失い、自分の正義まで失おうとしている。

 

 そこに今また、後輩を失おうとしている。

 

 ある意味、「失う」事が、士郎の心の中でマヒしているのかもしれなかった。

 

「失ったって、思ってくれるんですね」

 

 そう言って、桜は力なく笑う。

 

 失った、と思うと言う事は、この段になっても尚、士郎が桜の事を大切に思っている何よりの証拠だった。

 

 良かった。

 

 心の中で、そう思う。

 

 桜はそっと、コートのポケットから1枚のカードを取り出した。

 

 タロットを思わせるカードの表面には、弓を構えた兵士の姿が描かれている。

 

「これはサーヴァントカードや、クラスカードと呼ばれる魔術礼装です。聖杯戦争に使用する為にエインズワースが用意した物ですが、これを使えば、神話に出てくる英霊の力を実際に使用する事が出来ます」

 

 クラスカードは、原則的に1枚に付き1体の英霊が対応している。

 

 間桐も聖杯戦争の参加者である為、エインズワースがよこしてきたのだ。

 

「このカードの英霊は、『英雄王ギルガメッシュ』。間違いなく、最強の1枚でしょう」

 

 メソポタミアはシュメールの都市、ウルクの王。

 

 あまねく英霊達の頂点に立つ英雄王。

 

 無限の財を手にし、それを振るう事を許された唯一無二の存在。

 

 「最強の英霊」という存在がいるとすれば、それはギルガメッシュを置いて他にはいないだろう。

 

 確かに、ギルガメッシュならば、聖杯戦争の勝利は決まったような物である。

 

 その最強の切り札を、

 

 桜は士郎に差し出した。

 

「これを、先輩に差し上げます。美遊ちゃんを助け出したいなら、これを使って聖杯戦争の勝者になってください」

「桜・・・・・・どうして?」

 

 聖杯戦争の関係者なら、桜が美遊の事を知っていたとしても不思議ではない。

 

 そして、美遊と士郎の関係についても。

 

 だが、それを知って尚、桜が「ギルガメッシュ」のカードを差し出す理由が判らなかった。

 

 そのカードは桜にとって、切り札以外の何物でもないはずなのに。

 

 それを手放す事の意味が分からなかった。

 

「可能性は限りなく低くても、このカードなら不可能じゃありません」

 

 けど・・・・・・・・・・・・

 

 桜は震える声で続ける。

 

「けど・・・・・・もう一つだけ、許されるなら・・・・・・許してくれるなら・・・・・・」

 

 そう言った、

 

 次の瞬間、

 

 桜は、士郎の胸の中に飛び込んだ。

 

 驚く士郎。

 

 その胸の中で、桜は嗚咽を交えながら言った。

 

「逃げてください。魔術の事も、美遊ちゃんの事も忘れて・・・・・・この街を出て、どこか遠くへ・・・・・・先輩がそれを選んでくれるなら、私も一緒に・・・・・・・・・・・・」

 

 後はもう、言葉にならなかった。

 

 だが、

 

 士郎は考えもしなかった。

 

 世界を救うでもない。

 

 美遊を救うでもない。

 

 自分に「第三の選択肢」があるなどと。

 

 何もかも捨てて、

 

 何もかも忘れて、

 

 桜と一緒に逃げる。

 

 元より、自分には何もない。

 

 この世界を救うという使命も、妹という存在も、自分が勝手に背負ったと思い込んでいた事だ。

 

 それらを捨て去ったところで天涯孤独である事に変わりはない。

 

 いや、

 

 桜。

 

 自分を慕ってくれる、この少女が一緒に来てくれるというのなら、どこへ行こうが、ただそれだけで幸せな事だった。

 

 ただ、

 

 自分に縋りつく少女の肩。

 

 これを掴むだけで良い。

 

 ただそれだけで、自分は幸せになれる。

 

 それだけで、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『かあさま、いがいに、だっこされたの、はじめて』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に、脳裏に浮かんだ言葉が、士郎の手を止めた。

 

 それは、のちに妹になる少女と初めて出会った時に言われた言葉。

 

 美遊は自分の腕に抱かれながら、静かな瞳でそう言った。

 

 自分の胸に縋りつきながら。

 

 美遊。

 

 大切な妹。

 

 自分がここで投げだしたら、あの子はどうなる?

 

 守ると誓った、大切な妹は?

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 未練を断ち切るように、士郎はこぶしを握り締める。

 

 美遊を、

 

 あの子を置いて、自分だけ幸せを掴む事なんて、できない。

 

「桜、ごめん」

 

 胸に広がる申し訳なさを吐き出すように、士郎は告げる。

 

 対して、桜はただ黙って、士郎の言葉を待つ。

 

 ある意味、彼女も士郎が、どのような選択をするのか、薄々感づいていたのかもしれない。

 

「俺は、お前とは・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけた。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トスッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然聞こえた、空気の抜けるような小さな音。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 驚いて、桜が目を見開く。

 

 その肩に、

 

 一本のナイフが、突き刺さっていた。

 

 

 

 

 

 繰り出された槍の一閃。

 

 致死を思わせる迫撃。

 

 その一撃を持って、相手の命を刈り取らんとする死神の刃は、

 

 しかし次の瞬間、防ぎ止められる。

 

「・・・・・・・・・・・・ほう?」

 

 一変した少年の姿を見て、ゼストは感心したように声を出す。

 

 視界の中で少年は、手にした剣を掲げてゼストの槍を防いでいる。

 

 銀の甲冑に、青い装束。

 

 手にした剣は、逆巻く大気に遮られて黙視する事は出来ない。

 

 横なぎに振るわれる不可視の斬撃が、ゼストを襲う。

 

 対して、とっさに後退して斬撃を防ぐゼスト。

 

「・・・・・・・・・・・・成程」

 

 着地して少年と対峙しながら、ゼストは納得したように呟く。

 

「英霊の中でも最優とされる剣士(セイバー)。中でも、君は最強と言っても良い存在だ」

 

 その言葉に応えるように、少年も剣を構える。

 

 ブリテンに名高き騎士王アーサー・ペンドラゴン。

 

 その勇ましく勇壮な戦姿が、そこにあった。

 

 

 

 

 

第35話「聖杯戦争開戦」      終わり

 

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