1
「う、腕がァァァァァァ!! ぼ、僕の腕がァァァァァァッ!! 何でッ!? 何でだよッ!?」
暗がりの中で醜く喚き散らす
無様に転げまわるその様を見据えながら、
1人の
弓兵でありながら、その手に握られているのは黒白の双剣。
士郎は冷めた目付きで剣を構え、斬り込むタイミングを見定める。
「・・・・・・何だよ、その目は?」
対して、隻腕となった
睨み合う両者。
次の瞬間、
「何なんだよ、お前はァァァァァァ!?」
残った左手に短剣を構え、投擲する
唸りを上げて飛んで来るナイフ。
対して士郎は、羽織っていた外套を払う。
同時に強化魔術を発動して布を鋼鉄並みに強化。飛んできたナイフを振り払った。
「クッ!?」
舌打ちする
対して、再び双剣を構えた士郎は、
「このッ 来るなッ 来るなッ!! 来るなァッ!!」
焦ったように、立て続けにナイフを投擲する
その全てを弾いて、士郎は前へと出る。
振り被る双剣。
次の瞬間、
「キヒッ」
仮面の下で、微かな笑みを浮かべた
同時に、士郎の背後から蛇のように伸びてきた複数の紐が、双剣の刀身に絡みつき、士郎の動きを封じてしまった。
それは、先程切り落とした
「ッ!?」
息を呑む士郎。
対して、
「甘いんだよッ 僕の腕は千切れても働き者なのさ!! お前の腕はどうだろうなッ!?」
言い放つと同時に、
驚いた事に、その下からは長い刀が出現した。
足だと思っていた部分は、つま先に仕込んだ刀だったのである。
振り翳す
対して、
自身に迫る刃を見据える士郎。
次の瞬間、
クロスカウンター気味の拳が、
別に難しい話ではない。
剣が掴まれたなら、剣を放せばいい。
ある意味「この英霊」にとって、武器は使い捨てに過ぎないのだから。
「グギャァァァァァァァァァァァァ!?」
強烈な悲鳴と共に、土蔵の外まで吹き飛ばされる
そのまま庭まで吹き飛んで地面に転がる。
「うぐッ ・・・・・・キヒッ ・・・・・・聞いてないぞ、こんなの・・・・・・」
痛みを堪えて顔を上げる
その視界に、ゆっくりと歩いてくる士郎の姿が映った。
「桜が持っていたのは間違いなく屑カードだったはずだ!! おかしいだろ・・・・・・
見苦しく問いかける
対して、士郎は淡々とした口調で口を開いた。
「・・・・・・別に・・・・・・ただの名も無き英霊崩れさ」
実際のところ、この英霊の真名など、聞いたところで無駄な話だ。恐らく間違いなく、誰もその名を知らないだろうから。
対して、
「そうか・・・・・・お前、繋げやがったな・・・・・・隠し持っていたんだろ、英霊に由来する聖遺物を。そいつで、屑カードを英霊の座に繋げやがったんだ!!」
勝手に結論付けてわめきたてる。
「そんなのずるいじゃないか・・・・・・ずるい・・・ずるいずるいずるい・・・・・・卑怯者め!! みんないっつも、僕をバカにしやがって!!」
そんな
それは桜が首に巻いていたマフラーである。彼女の身体が消滅しても、これだけはその場に残っていた。
そう言えば、
思い出す。
桜は随分と寒がりで、冬は絶対にマフラーが手放せないと語っていた事を。
「・・・・・・・・・・・・おい、お前」
そんな士郎の背中に、
「何だよ、その余裕たっぷりって感じの態度は? まさかと思うけどお前、まさかまさかまさか、お前、僕より強くなった気でいるのか?」
おどろおどろしく告げる
対して、士郎はゆっくりと振り返る。
感傷に浸るのはこれまで。
これ以上、あの身勝手な声を聞く事に堪えられそうになかった。
「お前さ、
それを正面から堂々と姿を晒し、馬鹿みたいに喚き散らしている辺り、ミステイクも甚だしかった。
もっとも、
あえてこのタイミングで指摘する当たり、士郎の言動には多分に挑発の要素が含まれているのだが。
果たして、
「お前も僕をッ!!」
体中から湧き出る触手。
先に斬り飛ばされた右腕が再生し、更に上半身全体を覆っていく。
「バカニスルノカァァァァァァァァァァァァ!!」
メキメキという鈍い音と共に、それらが束ねられ、結び付けられ、巨大な筋繊維が形成される。
現れる、異形の巨人。
異様に巨大な上半身を持ち、背は衛宮邸の屋根に届くほどもある。
腕は巨大で、大木を連想させる。
首は見当たらず、代わりに胴体の中央付近に髑髏の仮面が僅かに見えている。
ひたすら醜悪としか言いようのない怪物が、立ち上がる。
「ソウヤッテイッツモイッツモ、ミンナデボクヲバカニシヤガッテェェェェェェェェェェェェ!!」
巨躯を誇る
その巨体はゆうに、士郎の5倍を超え巨大な羆を連想させる。
勿論、その巨腕から振り下ろされる威力は、熊の比ではないだろう。
巨大化した
「グチャグチャニヒキサイテヤルヨォォォォォォォォォォォォ!!」
言い放つと同時に、
一斉に士郎に殺到する触手の群れ。その一本一本の先端には、鋭い爪が光る。
大雑把なように見えて、その一撃一撃が、全て人体の急所を狙っている。
大味な巨体に比べて、随分と精密な攻撃をするものである。
だが、
英霊化して
「
詠唱と同時に、
士郎の両手に、黒白の双剣が作り出された。
干将・莫耶。
それは二対一刀の別ち難い夫婦剣。
剣の柄を握った士郎。
次の瞬間、
疾風の如く動いた。
飛んで来る無数の触手を切り払い、打ち払い、タダの一撃たりとも命中を許さない。
触手の中には背後に回り込もうとする物もある。
だが、無駄だった。
士郎は一撃たりとも見逃す事無く、全て撃ち落としていく。
驚愕すべき技量だった。
黒白の双剣は絶対の壁となり、
士郎はその全てを叩き落しながら駆ける。
同時に、複数の干将莫邪を空中に投影。矢のように一斉に打ち出す。
放たれる刃。
狙いを定める必要すらない。
その全てが、
更に、手にした双剣も、
全ての攻撃が命中。
だが
「ンダソリャ・・・・・・」
「カユインダヨォォォォォォ!!」
振り下ろされた腕が地面をたたき割るほどの威力で叩きつけられる。
とっさに後退する事で回避する士郎。
そこへ、
「ボクガ・・・・・・ボクガ最強ナンダ!! ジュリアン様カラ授カッタ、コノカードサエアレバ、僕コソガ最強ナンダ!! ミナゴロシニシテヤルゥゥゥゥゥゥ!!」
喚き散らす
対して、
「そんな物が・・・・・・」
士郎は冷静に見据えながら投影魔術を起動。
手には再び、干将莫邪が作り出される。
「最強な訳ないだろ」
皮肉な口調と共に斬りかかる士郎。
駆け抜ける士郎。
同時に、投影した干将と莫耶を、次々と投擲し
対する
しかしそれでも尚、その動きが鈍る事は無い。
どうやら本当に、士郎の攻撃は
それでもかまわず、攻撃を続ける士郎。
その脳裏には、自嘲めいた想いが駆け抜けていた。
思えば、これほどの皮肉も無いだろう。
士郎の手からは何もかもが滑り落ちた。
尊敬する父も、
胸に抱いた理想も、
最愛の妹も、
慕ってくれた後輩すらも、
何もかも失い果てた。
士郎は、何も守る事が出来なかった。
そうして、
空っぽになった今の自分だからこそ、
初めて剣を握り、戦う事ができるのだ。
全てを失った後、ようやく戦う力を得た士郎。
皮肉と言えば皮肉すぎる結果だった。
手にした双剣を逆手に持ち替え、降下と同時にその刀身を
やはり、ダメージは無い。
すぐに動き出そうとする
だが、
士郎は目を細める。
ここまでは思惑通り。
今までの攻撃は全て、無意味ではない。全て士郎の作戦の内だった。
体内の魔術回路を起動。
「爆ぜろ」
低い声で言い放った瞬間、
突き立てられた全ての剣が、一斉に巨大化。四方八方から
2
執拗に迫るゼストの攻撃。
それに対し、少年も一歩も怯む事無く前へと進み続ける。
地面から無数に生み出される杭の群れを、手にした不可視の剣で斬り飛ばしていく。
距離を詰める少年。
だが、
「無駄だよ」
低い呟きと共に、ゼストは更に杭を生み出して少年の行く手を阻みにかかる。
少年が10の杭を斬り飛ばせば、ゼストは100の杭を出す。
100の杭をかわせば、200の杭が襲い掛かる。
少年が斬り込めば斬り込むほど、杭はその数を増していく。
「噂に違わず、といったところかな・・・・・・」
舌打ちしながら足を止める。
正直、キリが無かった。
「どうした、もう終わりかね?」
対してゼストは余裕ぶった態度で少年に尋ねる。
しかし、その目は少年を睨み据え放そうとしない。いつでも攻撃を再開できるように備えているのだ。
不可視の剣を構えなおす少年。
戦闘続行に支障はない。
英霊化した今、この程度の戦闘で息切れを起こす事は無い。数日間、休みなしで戦う事も不可能ではないだろう。
だが、あの杭を突破しない事には、全てが徒労になってしまう。
「・・・・・・・・・・・・」
どうする? いっそ、こちらも宝具を使用するか?
少年が
人類史に刻まれる限り、最強を謳われる聖剣をもってすれば、この杭の群れを吹き散らす事は難しい話ではないだろう。
しかし、宝具は余りにも威力がありすぎる。この場で使うのは躊躇われた。
その時だった。
リィィィィィィィィィィィン
「ッ!?」
突如、耳元で鈴が鳴るような音が響き渡り、少年は動きを止める。
それは、警報だった。
衛宮邸を見張るにあたり、万が一、異常事態が起こった時にすぐ駆け付けられるよう、監視用の魔術を屋敷の周囲に仕掛けておいたのだ。
それが反応していると言う事は、衛宮邸で何か不測の事態が起こっていると言う事だ。
と、
「どうした、来ないならこちらから行かせてもらおうか」
言い放つと同時に、ゼストが仕掛ける。
再び宝具を開放すべく、腕を振り上げた。
次の瞬間、
「はァァァァァァァァァ!!」
強烈な気合いと共に、少年は手にした剣を横なぎに振るう。
一閃された剣先より魔力が放出され、ゼストの機先を制する。
一瞬、宝具の解放を躊躇い、動きを止めるゼスト。
その隙を逃さず、少年は踵を返した。
衛宮邸で何かあったと言う事は彼、衛宮士郎の身に異変が起こった事を意味している。
こんな所で遊んでいる場合ではなかった。
そのまま一散に戦場を離脱する少年。
その後ろ姿を、ゼストは冷めた目で見据えていた。
「・・・・・・・・・・・・逃げた、か」
舌打ち交じりに呟く。
互いに勝負は互角、戦いもこれから本格化しようという時に、興ざめな話である。
「・・・・・・・・・・・・まあ良い」
呟きながら、
聖杯戦争が始まった以上、あの少年とはいずれまた、戦う事になるだろう。
その時に決着を着ければいい。
「それに、もしかすると、アレを進めるのに、ちょうど良い頃合いかもしれんしな」
そう呟くと、口元に笑みを浮かべる。
聖杯戦争。
7人の魔術師が、クラスカードに従い英霊を召喚する魔術儀式。
主導するエインズワース家。
そして、
それに対抗すべく、剣を取る者たち。
様々な思惑が複雑に絡み合い、戦いは混とんと化していく。
「面白くなって来たではないか」
笑みを浮かべるゼスト。
やがて、その姿は溶けるように闇の中へと消えていくのだった。
3
全身を巨大な刃に刺し貫かれ、苦悶の方向を上げる
その姿を見据えながら、士郎は大きく後方へ跳躍すると塀の上に着地する。
投影した干将莫邪を乱雑に突き立てたのは、全てこの為。
刃を一斉に
その試みは成功し、
しかし、
「あの状態で、まだあれだけ叫ぶのか・・・・・・」
舌打ち交じりに呟く士郎。
叫べると言う事は、まだ余力があると言う事だ。奴を倒すには、もう一手必要だろう。
「良いだろう、それなら・・・・・・」
呟くと士郎は一振りの弓と、刃の捩じれた剣を投影で作り出す。
アルスターの勇士、フェルグス・マック・ロイの佩刀カラドボルグを模した
その刀身は細長く変形し、矢のように先端が鋭く光る。
士郎は螺旋剣を引き絞った弓につがえる。
「吹き飛ばしてやる、跡形もなく」
宝具の持つ概念そのものを使い捨ての爆弾として扱う絶技、「
士郎の持つ攻撃手段の中では、最も攻撃力の高い部類に入る。
この一撃で
狙いを定め、矢を放つべく、息を止めた。
次の瞬間、
何かが、士郎の視界を覆った。
「ッ!?」
思わず、息を呑む。
風にあおられた細長い布。
それは、桜のマフラーだった。
地面に打ち捨てられたマフラーが、風にあおられて舞い上がったのである。
「・・・・・・・・・・・・」
『私、先輩の射形見るの、好きなんです』
『まるで先輩自身が弓のよう・・・・・・』
「桜・・・・・・・・・・・・」
脳に伝わる、少女の言葉。
その言葉を受け、
士郎は弓を下す。
不思議なほど、心は晴れ渡っていた。
先程まで猛っていた自分が、嘘のようである。
「桜・・・・・・・・・・・・」
矢を逆手に持ち替えて下す。
そして、
「ありがとう」
次の瞬間、
背後でナイフを構えていた
「グッ ・・・・・・ギッ ・・・・・・ガッ ・・・・・・な、何で、気づいた?」
驚愕で目を見開く
その胸の中央には、士郎の矢が深々と突き刺さっている。
英霊化しているとはいえ、確実に致命傷だった。
「お前が自分で言ったんだろうが」
矢を引き抜きながら、士郎は投げ捨てるように言う。
「『僕の腕は千切れても働き者』って。途中から、あの触手の化け物は、中身の無い囮だったんだろ」
つまり、派手な見た目の化け物で士郎の気を引き、その隙を狙っていたと言う訳だ。
なかなかどうして
塀から落ちた
もっとも、士郎はそれを逃がす気は無いのだが。
「い、いやだ・・・・・・死にたくない、死にたくない、死にたくない。死にたくない、死にたくない、死にたくない・・・・・・・・・・・・」
壊れたオルゴールのように繰り返す
その姿を、士郎は曲刀を一振り、投影しながら冷ややかな目で見下ろしていた。
「桜だって、そう思っていたさ」
自分の妹を殺しておいて、勝手な事を言う。
そんな士郎の言葉に対し、
「馬鹿にするなッ!! そんな事は知ってるんだよ!! 世界中の誰もが死にたくないと思っているッ!! だからジュリアン様は・・・・・・・・・・・・」
そこまで言って、
不意に、
「・・・・・・・・・・・・ああ、そうか」
何かを悟ったのか、静かな口調で呟く
「・・・・・・何だよ・・・・・・クソ・・・・・・・・・・・・こんなになって、ようやく全部思い出した・・・・・・何だよ、僕はとっくに終わっていたんじゃないか・・・・・・五年前のあの日に・・・・・・僕も、お爺様も、誰もかれも・・・・・・・・・・・・」
魂その物を使い果たしたように項垂れる
ややあって顔を上げると、振り返らずに告げた。
「もう、疲れた・・・・・・もう十分だ・・・・・・殺してくれ、衛宮」
その言葉を受けて、
士郎は振り上げた曲刀を、
肩から袈裟懸けに斬り下げられる刃。
その一撃を、
肉を斬る感触と共に、鮮血が雪の上に舞った。
「・・・・・・その感触、覚えておけ・・・・・・お前はこれから、いっぱい殺すんだろう? 僕はもうごめんだ。先に、地獄で待っているぞ」
その言葉を最後に、地に倒れる
同時に、その姿はマネキンのような人形へと変化した。
思わず、士郎は息を呑んだ。
エインズワースが置換魔術の使い手だと言う事は、自分を助けた言峰神父から聞いて知っていたが、まさか過去に死んだ人間の人格を、人形に置換して使役しているとは。
エインズワースが持つ、底知れない闇の一端を覗いたような気がして、士郎は思わず身震いする。
とは言え、もはや後戻りはできないのだが。
「・・・・・・・・・・・・」
落ちていた
桜の兄だった少年は、先に地獄で待っている、と最後に言っていた。
だが、士郎にとっては、地獄ですら生ぬるいかもしれない。
大切だった人は守れず、引き継いだ誇りすら、自ら捨てた。
そうして何もかもむき出しになった「衛宮士郎」の中身は、どうしようもないくらいに空っぽだった。
皮肉な事に、全てを捨て去って初めて、自分がなすべき事が定められた気がする。
だからあの時、
遥か彼方に呼びかけた。
『何だって良い、誰だって良い、力を貸せ』
『その代わり、俺の全部を差し出す』
と。
そんなガキの戯言に応えてくれる英雄。
そんな物は、1人しかいなかった。
英霊エミヤ
世界と契約した人類の守護者。
未来に英雄となった、他なる「衛宮士郎」本人。
士郎と切嗣が目指した「正義」の到達点にして、その成れの果て。
彼がなぜ、自分に力を貸す気になったのか? それは判らない。
だが、
士郎は世界を救うためにあるこの力を、たった1人の為に使うと決めた。
第37話「暗夜行路」 終わり