1
少年が衛宮邸にたどり着いた時には、事態は既に終わった後だった。
庭に降り立つと同時に英霊化を解除、周囲をぐるりと見回す。
「これは・・・・・・ひどいね」
顔をしかめて呟く。
衛宮邸の庭では、明らかに戦闘があったと思われる破壊跡があちこちに散見された。
窓は割れ、木々はなぎ倒され、地面は陥没している。
その破壊跡が、ここで起こった戦闘のすさまじさを物語っていた。
ここで何が起こったのかは、容易に想像する事ができる。
恐らくエインズワース側が襲撃したのだ。
その意図は判らない。
あるいは聖杯である美遊と関係の深い士郎を、排除しにかかったのかもしれない。
こうして少年が庭に立っても侵入者感知用の魔術が作動しない辺り、それも戦闘の余波で破壊されたのかもしれなかった。
「それよりも・・・・・・・・・・・・」
少年は周囲を見回して確認する。
気になるのは、ここの住人、衛宮士郎の安否である。
周囲に死体が無いところを見ると、無事であると思いたい所であるが・・・・・・
「何とか、切り抜けてくれると良いんですけど・・・・・・」
焦る気持ちで呟く。
と、
そこでふと、足元に一枚の布が落ちている事に気が付き拾い上げる。
「・・・・・・マフラー?」
どこかから飛ばされてきたのか、あるいは戦闘の余波でここに転がっていたのか?
恐らく女性物と思われるマフラーが、そこにあった。
「これは・・・・・・・・・・・・」
いっそ、場違いのようにさえ思えるそのマフラーは、ある意味、誰もいなくなった衛宮邸を象徴しているかのようだった。
否、
あるいは、このマフラーが何かを自分に訴えかけようとしているように、少年には思えたのだ。
ともかく、ここで戦闘があったのは間違いない。
そして前後の状況から察して、衛宮士郎はまだ生きている可能性がある。
少年は、再び駆けだす。
士郎が生きているなら、彼は必ずエインズワースに戦いを挑むはず。
「・・・・・・探さないと」
呟きながら、駆ける足を速める。
少年はゼストとの戦闘中に警報が鳴るのを聞き、英霊化した状態で駆け付けた。
ならば、士郎はそう遠くに入っていないはず。
無論、「死んでいなければ」という枕詞が付くが。
「どうか・・・・・・無事でいてください」
焦りが言葉に出る。
祈るような気持ちは、闇の中に吹き散らされて消えていくのだった。
2
少年が衛宮邸に到着した、ちょうどその頃、
当の衛宮士郎本人は、深山町の街中を1人で歩いていた。
わずか30分にも満たない時間の中で、様々な事が起こり過ぎた。
桜。
あの愛おしい後輩は、もういない。
自分などと関わらなければ、と思う事もあるが、しかしそれでは桜の精神を汚す事にもなる。
桜は自らの意思で士郎を助けようと行動し、そして命を落とした。
ならば今の士郎がすべきことは、桜の死を悼む事ではない。
「・・・・・・・・・・・・」
そっと、ポケットからカードを取り出して眺める。
つい先刻まで、どこにもつながっていなかった屑カード。
だが今は、英霊エミヤの魂が宿っている。他ならぬ、未来の士郎自身と。
桜は文字通り命がけで、士郎を守ってくれたのだ。
ならば彼女の魂を受け入れ、自らの行く道を貫く。
それだけが、今の士郎にできる唯一の事だった。
「さて、これからどうするか・・・・・・・・・・・・」
歩きながら思案する。
経緯はどうあれ、戦う力は手に入った。
それも、今の士郎にとってはこの上ないほど、最上級のカードだ。
英霊エミヤは士郎の未来、その可能性の存在。
自分自身のカードであるがゆえに、士郎本人とカードの同調率は相当なものだ。これなら、仮に格上の英霊とぶつかったとしても押し負けると言う事は無いだろう。
だが、依然としてエインズワースの工房を攻める手段は無い。このままクレーターに行っても、またこれまでと同じように門前払いを食らうのは目に見えていた。
「なら、手段は一つ、か」
すなわち、聖杯戦争を勝ち抜く事。
残り5騎の英霊をすべて倒し、聖杯を手にする権限を得る事だ。
そうすれば、いかにエインズワースと言えど、士郎を掣肘する事は出来ない。
なぜなら、それがこの聖杯戦争という「ゲーム」のルールだからだ。そのルールを作ったのがエインズワースである以上、彼等もまた、そのルールに囚われる事を意味している。
士郎が勝ち残れば、さしものエインズワースも、聖杯、つまり美遊を渡さざるを得なくなるのだ。
勿論、エインズワースが、自分からルールを反故にする可能性も否定はできないのだが。
とは言え、方針は決まった。
ならば、後は突き進むのみだった。
歩き出す士郎。
まさに、その時だった。
「衛宮先輩!?」
突如、声を掛けられて振り返る士郎。
果たしてそこには、
自分にとって、もう1人の大切な後輩が、息を切らして立っていた。
「日比谷・・・・・・・・・・・・」
茫然と呟く士郎。
桜と共に弓道部の後輩である
「何してるんですか、こんな所でッ!? しかもこれ、ボロボロじゃないですか!?」
駆け寄って来た修己は、士郎の姿を見て咎めるように言った。
どこかホッとしたような表情を見せる修己。
その後輩の姿に、士郎もどこか安堵したような表情を浮かべる。
あれだけ殺伐とした戦いの後である。後輩の姿を見れた事で、張り詰めた糸が少し緩んだ気がした。
「ちょっと先輩。何ニヤついてるんですか。男の笑顔なんてキモいですよ」
「キモ・・・・・・ひどくないか、お前?」
毒舌な後輩に、苦笑する士郎。
そんな修己の生意気な態度さえ、今は懐かしく思える。
「とにかく、僕の家、すぐそこですから来てください。治療と、あと着替えも、飯くらいなら用意できますから・・・・・・」
「いや」
後輩の申し出をありがたく思いながらも、士郎は謝辞するように背を向ける。
修己の申し出はありがたいが、これ以上、自分と一緒にいるべきではない。
エインズワースの執念深さから考えると、今この瞬間に襲撃を掛けてきたとしてもおかしくは無いだろう。
これ以上、他人を巻き込みたくは無かった。
「ありがとうな、日比谷。けど、これ以上、俺に関わらない方が良い」
「先輩ッ」
呼び止めようとする修己に背を向け、士郎はその場から足早に去って行く。
「あんな想い」をするのは、桜1人で充分だった。
何より、
「美遊を取り戻すためにエインズワースと戦う」という行為は、世界に対する明確な反逆であり、ひいては滅びゆく人類全体に対する裏切り行為に他ならない。
そこに、関係ない他人を巻き込む事は、士郎のエゴ以上の何物でもなかった。
修己が追ってくる気配はない。どうやら、諦めてくれたようだ。
それで良い。
これで自分は、何物も気にする事無く戦えるのだから。
そう思った。
次の瞬間、
「ッ!?」
突如、浮かび上がった殺気を感じ、士郎は眦を上げる。
次の瞬間、
闇を斬り裂くように、複数の光弾が自身に向かって飛んで来るのが見えた。
「クッ!?」
とっさに後退する士郎。
その足元に光弾がさく裂。
爆炎が起こり、士郎を翻弄する。
どうにか空中で体勢を立て直すと、そのまま着地。視線を上げる。
その貫く双眸の先。
視界の中で、腕を上げた状態でこちらを睨む男がいた。
一見すると、何の変哲もない男性。
恐らく西洋人と思われるブロンドの髪をオールバックに纏め、蒼い双眸をしている。
裾が踝まで達する長いローブのような物を着ており、本格的に魔術師めいた印象がある。
しかし、
「おやおや、極東の猿は礼儀すらわきまえないと見える。我が礼を尽くした攻撃をかわすなど、不遜にもほどがあるだろう。ここは、歓喜を持って受け止め、速やかに死を受け入れるべき所ではないかね?」
こちらを小ばかにしたような口調。
同時に、そこに孕む狂気を、士郎は見逃さない。
何より、このタイミングでの襲撃者となると、他にはいないだろう。
「エインズワースの刺客か?」
「いかにも。私こそジュリアン様の忠実なるしもべにして、時計塔にその人ありと言われたロード・・・・・・・・・・・・」
言いかけて、男は突然、動きを止める。
警戒を解かずに、対峙する士郎。
ややあって、画像が再起動するかのように、男は再びしゃべりだした。
「我が名において、君を誅罰に処する」
内容がブツ切れになっているのも構わず、男は語り続ける。
「さあ、覚悟を持って首を差し出したまえ!!」
言い放つと同時に、男が懐からカードを取り出す。
その表面に描かれているのは、杖を持った魔術師。
「
言いながら、士郎も
睨み合う両者。
「「
両者は同時に叫ぶ。
迸る衝撃。
士郎の姿は、一瞬にして黒のボディースーツに、赤い外套とバンダナを纏った弓への姿に変じる。
対して男の方は、頭まですっぽりと覆う漆黒のローブに、手には長い錫杖を持った魔術師の姿に変じる。
次の瞬間、
両者は同時に奔った。
3
「
駆けながら詠唱する士郎。
その両手に、投影魔術によって生み出された黒白の双剣が現れる。
だが、
士郎が斬り込むよりも早く、
「我が身に触れるか、下賤の輩めッ その罪、万死に値すると思え!!」
言い放つと同時に、空中に複数の魔法陣が展開される。
複雑な文様を描くその陣から、一斉に光が溢れるのが見えた。
「クッ!?」
とっさに足を止める士郎。
そこへ、
魔法陣から射出される光弾。
その一斉射撃を前に、
士郎は手にした双剣を振るう。
放たれる光の弾丸は、縦横に振るわれる黒白の剣閃が斬り飛ばす。
壮絶とも言える光景。
人知を超えた魔力の弾丸を、士郎は手にした剣で一つ残らず叩き落しているのだ。
ただの一発たりとも、
「おのれ・・・・・・・・・・・・」
その様に、
「我が攻撃をなぜ受けぬッ この愚か者め!!」
言い放つと同時に、攻撃は更に勢いを増す。
弾幕に近い射撃が士郎を襲う。
さしもの士郎も、これには溜まった物ではない。
流石に剣2本で防ぎきるのは不可能と判断し、その場から飛びのく。
その間にも射撃を継続する
逃げる士郎を追って、魔法陣からの光弾を撃ち放つ。
外れ弾がブロック塀を粉砕し、民家の壁を砕き、舗装された道路にクレーターを作る。
しかし、肝心の士郎へはただの一発も命中しない。
士郎は英霊化して強化された脚力を駆使し、屋根の上に飛び乗る。
「
詠唱と同時に、手には洋弓が出現。
振り仰ぐと同時に、上空の
唸りを上げて飛んで行く矢。
だが、
「愚かなりッ!!」
叫びながら、
「その程度の攻撃で私を倒せるなどとは・・・・・・所詮は愚者の浅知恵にすぎんよ!!」
あざ笑いながら、攻撃を強める
それを回避しながら、士郎は冷静に状況を見極める。
「さて、どうするかな・・・・・・・・・・・・」
相手が上空とあっては、攻撃手段が限られてくる。
いささか面倒な相手である事は間違いなかった。
「まあ、手が無いわけじゃ、ないんだが・・・・・・・・・・・・」
屋根の上を駆けながら、士郎は冷静に相手の出方を見定める。
そんな士郎の動きに業を煮やしたのだろう。
蝙蝠の羽のように広がったその内側には、一際巨大な魔法陣が描かれているのが見えた。
「下賤の輩には過ぎたる代物だが、致し方あるまい」
言い放つと同時に、魔法陣から一斉攻撃を仕掛ける
さしもの士郎も、これにはかなわない。
たちまち、地上には爆炎が躍り、そこにいた士郎をも呑み込んでいく。
たちまち、地上は炎と衝撃によって埋め尽くされる。
その様を上空から見下ろしながら、
「やったか」
次の瞬間、
「どうかな?」
低く囁かれた言葉。
ハッとして振り返った
弓を引き絞った弓兵の姿がある。
「ッ!?」
息を呑む
士郎が矢を放ったのは、ほぼ同時だった。
唸りを上げる一閃。
着弾。
同時に沸き起こる閃光が、空中に花開く。
「馬鹿めッ!!」
障壁を維持しながら、
「その程度の攻撃で、この私を倒せるとは思わない事だ!!」
言い放ちながら魔法陣を展開。再び攻撃を放とうとする。
しかし、
「別に」
士郎は冷ややかな声で言い放った。
「あれで倒せるとは思っていないさ」
次の瞬間、
後方から旋回しながら飛んできた白剣が
「ぐおォォォッ!?」
背中を斬られ、悲鳴を上げる
そのまま高度を維持できず、地上へと落下していく。
轟音と共に、地面に叩きつけられる
それを追って、士郎も地面に降り立つ。
「勝負あったな」
呟きながら、再び干将・莫耶を投影によって創り出す。そのままとどめを刺すつもりなのだ。
「グッ お、おのれッ・・・・・・・・・・・・」
どうにか上体を起こし、光弾を放つ
しかし、力の入らないその攻撃は先ほどの嵐のような光弾に比べるべくもなく、士郎が振るう剣を前に、あっさりと弾かれてしまう。
ゆっくりと近付く士郎。
その手にある剣を振り上げようとした。
次の瞬間、
「・・・・・・・・・・・・先輩?」
呼ばれた士郎は、ハッとして振り返る。
その視界の先に立つ後輩は、驚いたような顔でこちらを見ていた。
「日比谷」
「先輩、その恰好は・・・・・・・・・・・・」
驚愕の眼差しで士郎を見る修己。
その隙を、
倒れた
「よそ見をするとは、とんだ愚か者だなァ!!」
「ッ!?」
放たれる光弾。
その攻撃を、士郎は修己を守るように立ちながら剣を振るい弾く。
「先輩!!」
「逃げろ日比谷ッ 早く!!」
このままでは修己を巻き込んでしまう。
桜に続き、修己まで失う訳にはいかない。
まして、修己は何の関係もない一般人。自分たちの戦いに巻き込むことはできない。
「先輩、でもッ!!」
士郎の身を案じるように、修己は叫ぶ。
対して、士郎は叩きつけるように言った。
「逃げるんだ!!」
何とか攻撃を凌いでいる内に修己を逃がす。
それが、今の士郎にできるベストの事だった。
対して
「そらそらそら、どうしたねッ!? 手も足も出せないか!?」
「クッ 調子に乗るなよ!!」
攻守逆転。
「先輩ッ!!」
そんな士郎を助けようと、駆け寄る修己。
「来るな、日比谷!!」
絶望と共に叫ぶ士郎。
こうなったら、相打ち覚悟で
背後に迫る修己。
その存在を感じ取り、士郎は覚悟を決めた。
次の瞬間、
「その甘さ、いつかあなたの命取りになりますよ」
次の瞬間、
強烈な金属音と共に、軽い衝撃が大気を振動させる。
振り返る士郎。
そこには、
士郎にとって、良く見慣れた後輩。
だが、
その後輩が今、異様な姿でそこに立っていた。
手には長い鎖を持ち、その先端に取り付けられた太い杭は、真っすぐに士郎の背中へと向けられている。
まるで、その杭で士郎を攻撃しようとしているあのようだ。
そして、
「まあ、あなたのそう言うところは、僕は決して嫌いじゃないんですけどね」
そんな士郎を守るように、
見覚えのない少年が、剣を構えて立っていた。
第38話「ハードライン」 終わり
FGO第一部クリア。
まさか、突入から1日で終局特異点をクリアできるとは思わなかった。
余りにも燃える展開に、はしゃぎすぎてしまいました(爆
てなわけで現在、「新宿」にいます。
公式コミックも発売された事だし、こっちもそろそろ二次を書き始めたい所です。書けるだけのネタは揃いつつあることだし。