鉄血の異世界生活   作:八槙

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1.路地裏

 薄暗い路地裏。一人の少年が三人組の追い剥ぎに囲まれていた。侮蔑と嘲笑交じりの視線を受けながら、しかし少年は表情一つ変えず、感情の篭らない目で冷ややかに三人組みを見つめている。

 

「何?あんたら」

 

「見て解んねえのかよ。痛い目見たくなかったら、持ってるもん全部出しな」

 

「へえ。嫌だって言ったら?」

 

「けっ、生意気なこと言ってやがって。それなら殺してから身ぐるみ剥いでやるよ」

 

「ふーん。そっか」

 

「……てめえ、さっきから馬鹿にしてんのか!」

 

 少年の態度に激高した一人が唾を飛ばして怒鳴り散らし、胸倉を掴もうとする。だがそれは適わなかった。何故なら、掴みかかって来た男の腕を一瞬で少年が抑えたからだ。片手で的確に腕の動きを止め、親指で腱を握り込むことで手の自由を奪う。

 

「どうだっていいんだけどさ。俺を殺すって言うなら、逆に俺があんたらを殺しても文句ないってことだよね?」

 

「がっ、ああああああ!!!」

 

 真顔でそう言い放つと、掴んだ腕に更に力を込めていく少年。尋常ではない力で腕を握られた男は悲鳴を上げながら必死に手を振りほどこうとするが、ビクともしなかった。異様なその光景に気圧された残りの二人は、それぞれナイフと鉈を取り出して仲間を助けようとする。

 

「この!そいつを離せっ!」

 

「いいよ。ほら」

 

 凶器を突きつけられても少年は全く動じず、あっさりと拘束していた男を解放した。だが、ナイフを持った男の方に突き飛ばすように、だ。突然のことで男は泡を食い、ナイフを落としながらも仲間を受け止めるが、それが失敗だったと気付いた時にはすべてが遅すぎた。地面に落ちたナイフを素早く拾った少年は、間髪いれずに鉈を持った男に襲い掛かる。

 

「ひいっ」

 

「あれ。やっぱり右目が見えないとズレるな」

 

 首元を狙って振るわれたナイフは薄く皮を切るだけに終わり、殺すつもりだった少年は心なしか残念な気配を滲ませてそう呟いた。本能的な恐怖を感じた男は反抗する意思を折られ、手から鉈を滑らせるとへなへなと地面に崩れ落ちる。その様子を最初から変わらない冷めた目で見届けると、少年はつまらなさそうに問いかけた。

 

「まだやる?ちょっと面倒になってきたから、逃げてくれてもいいけど」

 

「う、うわああああっ!!」

 

 悪鬼にでも出会ってしまったかの様な叫びを上げ、三人は一目散に逃げていった。少年はその場に立ったまま「今度は相手を選べよ」と暢気な声で投げかけ、懐からとりだした火星ヤシを口に放り込む。

 

 少年――もとい、三日月・オーガスはスラムの出身だ。どうしようもない貧困の中で、強盗殺人に手を染めたことだってある。生き残るためならなんだってやってきた人間だ。なので、別段追い剥ぎに対して思うところはなく。ただ、やるなら相手を見極めて上手くやればいいのにと本気で思っていた。

 

「あ。ここがどこなのか聞けばよかった」

 

 三日月はそこで初めて、自分がどこにいるのか知らないことを思い出した。記憶があやふやだが、クーデリアを地球に送り届けた後、火星に戻った。その筈なのだが、ふと気付くとこの路地裏に一人で立ち尽くしていたのである。勿論一切の心当たりも覚えもなく、よく解らないままぼんやりしている内にさっきの三人に絡まれ、今に至る。

 

「まあいいや。次に会った人に聞こう」

 

 あっさりと考えるのを止めた三日月は、特に宛てもないまま歩き出した。自分の頭だと考えるだけ無駄だし、動いた方が何か解るかもしれないという極めて合理的な判断。そんな訳でしばらく歩いていると、後ろから何かが凄い勢いで近づいてくる気配を感じた。

 

「ん?」

 

「わっ!な、なにすんだよ兄ちゃん!」

 

 三日月は擦れ違い様に手を伸ばし、気配の正体をがっしりと掴んだのだが、意外なことにその正体は女の子だった。勝気な目に金髪、八重歯が覗く小生意気そうな顔立ち。身なりをちゃんと整えれば映えそうな雰囲気があるが、着古した格好で三日月に首元から持ち上げられている少女はスラムでよく見るような一人でしかなかった。

 

「ごめん。つい反射的に」

 

「なんだよそれ!私は急いでんだ、あんたの訳解んねー理由で時間を食ってる暇はないから!はーなーせー!!」

 

「その前にここどこか教えてくんない?そしたら離す」

 

「はあ!?馬鹿なこと言ってんじゃねー、ルグニカの王都以外に何があるんだよ!」

 

「ん、そう。じゃ行っていいよ」

 

「うおっ。きゅ、急に離すな!」

 

 猫を持ち上げるように捕まえて、離した。間違っても人間相手にやることではない。被害者である少女は抗議の声を上げるが、三日月は気にも留めなかった。その態度に少女の怒りが高まるが、自分が急いでいることを思い出したのか「覚えとけよ!」と言い残して直ぐに去って行く。

 

「ルグニカってどこだろ」

 

「――そこのあなた。ちょっといいかしら」

 

 手がかりが掴めたようで掴めず、一人思案に暮れていると今度は声を掛けられた。周りには自分しかいないようなので仕方なく振り返えってみると、そこにはただならぬ雰囲気の銀髪の少女がいて。今日は次から次へと変なのが多いなあ、なんて的外れな感想を三日月は抱いた。

 

「俺になんか用?」

 

「凄い勢いで走ってく人を見なかった?確かにこっちへ行ったと思ったんだけど」

 

「ああ。金髪のチビならさっき捕まえたけど」

 

「捕まえた!?え、じゃあその人は今どこに?」

 

「離したらどっか行った」

 

 銀髪の少女は何を言われたのか解らず思考を停止し、目を瞬かせる。三日月はそれを不思議そうに見つめ、何かおかしなことを言っただろうかと考えを巡らせる。

 

「えっと、それならなんで捕まえたの?」

 

「聞きたい事あったし、急に突っ込んできたからなんとなく」

 

「そ、そうなんだ。って違くて!私、その人に大事な物を盗まれちゃったの。どっちに行ったか解る?」

 

「やっぱりそういうことか。なら、あっちの方」

 

「……含みのある言い方だけど。何か知ってるの?」

 

 三日月の言葉に銀髪の少女は眉を寄せて詰め寄るが、三日月は身じろぎ一つもせず少女の目を見つめ返し、こともなげに口を開く。

 

「走り抜けていったの、盗みで飯食ってる奴の動きだった。その後すぐに来たあんたは、いいとこ出のどんくさそうな人でなんか焦ってる。ほら、見れば誰でも解るだろ」

 

「ど、どんくさいって……」

 

「大事な物盗まれてるんだから実際どんくさいと思うんだけど。違うの?」

 

「そこまでずばりと言われると否定できないんだけど、そこまでにしてくれると嬉しいな。この子は事情があって世間知らずなんだよ」

 

 突然割って入ってきた声に思わず身構えると、なにもない空中に小さな猫が浮かんでいた。さっきまでいなかったのに、一体どこから現れたのか。何故猫が喋っているのか。色々と疑問を抱いた三日月だったが、まずはさっきから思っていたことを口に出す。

 

「なんだっていいけどさ。ここで話してて良かったの?あの速さならもう幾ら追いかけたって無駄だと思うけど」

 

「あっ。どうしようパック!?」

 

「風の加護でも持ってそうな勢いだったからねえ。完全に見失ったら、この人が言うとおり探すのは難しいかも」

 

 どうやら小さい猫と銀髪の少女は既知の間柄らしく、ぼんやりと関係性が見えた三日月は特に害がなさそうだったので警戒を解く。普通ならありえない光景だと思うところだが、三日月は自分が知っていることより知らないことの方が多いと考えているので、そんなこともあるんだなあ程度にしか思わなかった。

 

「あれは本当に大切なもので、あれ以外のものだったらなら諦めもつくけど。あれだけは絶対にダメなのに……」

 

 その場に蹲りそうな勢いで落ち込む銀髪の少女を見て、なんとなく悪いことをしたかなと思い始めた三日月。ただ、何が悪かったのかは全くもって理解しておらず、どんくさい発言が地味に銀髪の少女の心を抉っていたことにも気付かなかった。

 

「なんかごめんな?なんなら一緒に探すけど」

 

「いいのよ、あなたが悪い訳じゃないし。手伝ってもらうのも大丈夫、そこまでしてもらう理由はないわ」

 

 そう言って危うげな足取りで路地裏を後にしようとする銀髪の少女。三日月は困ったように頬を掻き、言うかどうか逡巡した後に声を掛ける。

 

「なあ。そっちは金髪のチビが逃げていったのと逆方向だけど、いいの?」

 

「え?」

 

 どうやら銀髪の少女と小さい猫の前途は多難のようだ。最初は適当に放っておこうと思っていた三日月だったが、ここまで危なっかしい様子を見ると気が変わって来る。

 

 自信満々の割りに世間知らずで、何処か不器用な様子はいつか見たクーデリアの姿と被っているように思えて。三日月自身それを自覚していた訳ではなかったが、放っておくつもりはいつのまにやら消えていた。

 

「見てられないから手伝うよ」

 

「でも、あなたに迷惑掛けちゃう」

 

「ここで放っておくのも気持ち悪いんだけど」

 

「うっ。で、でも!こう見えても一文無しだからお礼もしてあげられないわ」

 

「丸ごと盗まれたからね。でもいいんじゃないリア、邪気は感じないし手伝ってもらっても」

 

「パックまで何を言ってるの?」

 

「だって、この広い王都で手がかりも無く探し回るのは無謀だよ」

 

 突然三日月そっちのけで言い合いを始める一人と一匹に、ちょっと早まったかなと思い始める。まあ、別にこれからどうするか考えがあった訳ではないし、鉄華団に戻るにしても連絡手段が無いので直ぐにどうこうは出来ない。少しばかり寄り道しながら帰ってもいいだろうとは思う三日月なのだが。

 

「で、行くの?行かないの?」

 

「――本当に、何のお礼も出来ないからね」

 

 

意を決したような銀髪の少女の一声で、結局は一緒に捜すことになったのだった。

 

 

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