捜索が始まってしばらく、調査は難航していた。主に一人のせいで。
「やる気あるの?」
「仕方ないじゃない。放っておけなかったんだもの」
銀髪の少女はそう言って目線を逸らし、気まずそうな顔をする。実のところ、人を捜している張本人たる少女より三日月の方が真面目に捜している節があった。三日月が聞き込みしている間に何度かふらっと消えた少女は、迷子の子供を助けたりと、捜索とは全く関係のないことばかりしていたのだ。
「金髪のチビを見つようとしてるのに、あんたのことまで捜す必要があって面倒が増えたんだけどさ。そこんとこどう思う」
「それは、その。ごめんなさい!」
「……今度は逸れないでついてきてよ。なんかそれっぽいのみつけたから」
アトラや桜ちゃんとこの双子より危なっかしいな、なんて思いながら三日月はどんどん進んでいく。冷静で物怖じしない三日月の性格のお陰か、土地勘のないこの場所でも特に支障なく情報収集に成功していたのだった。銀髪の少女は「あれ、もしかして私って足手まといになってる?」と自問しつつ、今度はしっかりと三日月の後をついて行く。
「私がいない間にすごーく話が進んでるんだけど、何か分かったの?」
「あんたが捜してるのはフェルトって奴らしい。そいつで間違いないなら、盗んだ物は盗品蔵に預けられてるだろうって話」
「驚いた。この短時間でそこまで調べるなんて、どんな手品を使ったんだい?」
「別に普通でしょ。あいつスラムの人間みたいだったから、直接行って聞いただけ。どこのスラムも同じようなもんだから簡単だった」
「んー。その言い方だと、君もスラムにいたことがあるように聞こえるけど」
「ちょっと、パック。そんなこと聞くのは失礼じゃ」
「別に気にしてないからいいよ。スラムにいたのは事実だし」
三日月のおおらかで歯に衣着せぬ物言いに、銀髪の少女は驚かされてばかりだった。隣で歩く小柄な背丈の少年は、見た目に不釣合いなほど達観している。が、それでいてどこか感情的な面もあるように見えた。
一体どんな生き方をしてきたらこんな風になるのだろうか。世間知らずな少女には到底想像がつかなかったし、右腕と右目が不自由な様子なのも何か関係しているのかもしれないと思ったが、聞いてみるにはお互いのことを知らなすぎる。なにせ名前だって知らないのだから、踏み込んだ話を振るのは躊躇われた。自由に振舞う一匹はそんなのお構いなしだったが。
微妙に距離感が掴めないまま二人と一匹は市街を抜け、スラム街へと立ち入った。雰囲気が一気に悪くなり、治安が良くない場所であることを肌で感じ取る。思わず足取りが重たくなるのを感じた少女だったが、全く歩調を緩めず歩いていく三日月に置いて行かれない様に頑張って歩く。
「で、多分あれなんだけど。なんか考えでもある?」
「え?もう着いたんだ。……そうね、とりあえず正面から入ってみましょう」
「解った」
とんとん拍子に物事が進んで行き、あっさり目的地である盗品蔵まで辿り着いてしまった少女は拍子抜けした。もしかしたら見つからないかもしれない、という最悪の状況も考えていたからだ。そこから来る安堵と、元より素直で曲がったことが嫌いな性格というのもあり、特に何も考えずに正面から入ろうと提案したのである。
それ自体は何も悪くないし、別段問題と言うわけでもなかったが、この場に限って言えば大問題だった。いや、その時点で誰が「正面から入る=殴り込み」と三日月が勘違いするなんて予想できただろうか。
しかし三日月がそんな勘違いをしたのにも理由がある。スラムの流儀を熟知している三日月にとって、盗まれた物を正面から馬鹿正直に返してくれと頼もうなんて発想は想像の埒外であり、もし取り返すなら金を積むか荒事に勝利するかの二択しか頭になかった。そして不幸にも、三日月は先ほどまでのやりとりで少女が一文無しであることを知っていたのである。
そんな少女が正面から入ろうと言ったということは、つまりそういうことだろうと三日月は判断した。いわば価値観の違いからくる事故の様なものだった。
「そこで待っててもいいよ」
「そういう訳にはいかないわ。……って、え?ちょっと何を」
「よっと」
なんの気負いなく盗品蔵の扉の前に立った三日月は、一切の躊躇も手加減もなく扉を蹴破った。そのままの勢いで盗品蔵の中に踏み込んでいき、いつの間にか取り出していた拳銃を構えて中を警戒。大男一人を見つけると、容赦なく銃口を突きつけた。
「うおおおっ!?なんじゃお前いきなり!!」
「死にたくなかったら動かないで。ここが盗品蔵であってる?」
「いかにもそうじゃが、用があるならちゃんと合言葉を言って入れ!そうすりゃ扉をぶっ壊さなくても入れてやるから!っちゅーか変なもん振り回して物騒なこと言うな、そんな奇怪な塊で何になるんじゃ!」
大男が怒鳴った直後に閃光と共にパンパンと乾いた銃声が響き、大男の足元に銃痕が穿たれた。
「俺は本気だけど」
「解った、お前の気持ちはよーく解った。話を聞くからその物騒なもん仕舞え!」
「フェルトって奴に用がある。そいつが盗んだ物を渡して欲しい。それまで銃は下げない」
「くっ、フェルトの奴ヘマしやがったな。大口の取引とか言っとったが、まさかこんなのに目を付けられるとは……あい解った、だが生憎フェルトはまだ来ておらんし、儂が出来るのは交渉の場を作ってやることだけで――」
「おいロム爺、なんか凄い音聞こえたけど……って、さっきの変な兄ちゃん!?それにしつこく追いかけて来てた姉ちゃんまで居るし、なんだよこれ!」
盗品蔵の中は大混乱だった。ロム爺と呼ばれた大男は三日月に銃口を突きつけられたまま動けず、後から現れたフェルトは盗品蔵の入り口で立ち尽くしているし、銀髪の少女は状況が飲み込めずに呆然としている。その中で三日月だけがマイペースに動いていた。
「あんたがフェルト?悪いんだけど、そこの銀髪から盗ったもん置いてってよ」
「ふざけんな。なんでお前に指図されなきゃいけねえんだ」
三日月は無言で再び発砲。弾丸はフェルトの髪の毛を巻き込んで虚空へ飛び去り、どんな言葉より雄弁に“言う事を聞かなかったら殺す”と訴えかけた。
「変な真似したら二人とも殺すよ」
「こいつ!……ちっ、解ったからロム爺には手を出すな。関係あるのはアタシだけだろ」
「うん、言うこと聞いてくれたら何もしないから」
事も無げに脅迫の言葉を口にする三日月は、自然体のままだが警戒は怠らない。荒事慣れしているロム爺は三日月の意識がフェルトの方へ向いている隙を突いて動こうとするが、そこは普段モビルスーツ同士で複数機相手に大立ち回りしてきた三日月である。類い稀なる空間把握能力を発揮し、顔すら向けずに発砲。ロム爺が掴もうとしていた棍棒を撃ち抜いた。
「だから本気だって言ってるじゃん」
「ちょ、ちょっと待った!何してるのあなたは!?」
「……何って、見ての通りだけど」
通算4回に渡る発砲音でようやく我に返った銀髪の少女は、さも当然のように脅迫と交渉を行っている三日月を止めに掛かった。
「とりあえずいきなり殺すとか、そういう物騒なことはなし!まずは話をしましょう。殺すのはそれからでも遅くはないわ」
「君も大概物騒な事言ってるの解ってる?」
一匹の突っ込みを意識的に無視した少女は、銃を構えている三日月の腕を無理矢理降ろさせた後、手をぱんぱんと叩いて全員に落ち着くよう促し。そのあと一悶着あったものの、なんだかんだで話し合いの場を設けることになったのだった。
「……よし、まとめるぞ。フェルトは依頼人から銀髪の嬢ちゃんが持ってる徽章を盗むことを頼まれて、実際に盗んだってことだな」
「ああ、そうだ」
「銀髪の嬢ちゃんは盗まれた徽章を取り返そうとしてフェルトを追っかけていた」
「そうよ」
「で、小僧は全くの無関係。たまたま追いかけ合いしていた二人と出くわして、成り行きのまま嬢ちゃんの手助けしていたと」
「うん」
「それでもって、どこからかフェルトが儂のとこに盗んだ物を持っていくという話を聞いてここへ来たんじゃな。ふむ、筋は通っておる」
カウンター越しにそれぞれ席に座っており、一人ひとりに状況を確認していくロム爺。一通りの事情を把握し、腕を組んで満足気に頷いた後、目を見開いて怒鳴った。
「それがどうしてこうなっとるんじゃ!大体、入ってきて早々脅迫始める奴がどこにいる!?」
「だって一番手っ取り早いじゃん」
「よーし、君はちょっと黙ってようか」
猫精霊にぺしぺしと頭を叩かれた三日月は、迷惑そうな顔をしつつも黙った。その場の全員から要注意人物として認識され、睨まれていてはマイペースな三日月も流石に空気を読む。
「で、どうすんだよ。金持ってるなら依頼人より多く出してくれれば、渡すのも考えたとこだけど。あんた一文無しなんだろ?話にならないぜ」
「自分の物を取り返すのにお金が要るのっておかしいと思うのだけど」
「ふざけろ、あたしだって生活が掛かってんだ。余裕がある奴の理屈を押し付けんなよ」
「……やっぱりこうなるんじゃな」
ロム爺はやれやれといった調子で溜息を吐き、何度目かの二人の言い争いに仲裁することを諦めた。どう言いくるめたところで結局は話が平行線になる。世間知らずのお嬢様とストリートチルドレンでは見ている世界が違いすぎる上に、妥協点を探すには双方とも幼すぎたのだ。
「さては小僧、こうなると解ってたな?」
「めんどくさいことになるって予想はしてた」
会話がヒートアップしていく二人を他所に、ロム爺の睨みも受け流した三日月はどこまでものんびりとした調子だ。いつも通り火星ヤシを口に放り込み、何を考えているのかいまいち解らない目で盗品蔵の中を見回している。
そんな折に三日月はふと盗品蔵の入り口に目を遣り、若干目を細めた後に口を開いた。
「お客さんみたいだけど」
「え?ああ、そういやここで値段交渉するつもりで、依頼人を呼んであるんだった」
「お前、また儂に何も言わず勝手なことを……」
「踏み倒されたらたまったもんじゃねえからな。ロム爺が居ればそんなことにゃならねえだろ?」
2m近い筋骨隆々のハゲた爺さんが間に入れば、確かに変なこと考える奴は殆どいないだろう。三日月だって拳銃を持っていなかったらまともに相手をする気になれない相手だ、そこいらのちゃちな悪党では話にならないのは間違いない。だが裏を返せばその程度。
新たに現れたその客人は、黒髪に黒衣の衣装を身に付けた若い美人だった。三日月が蹴破って風通しがよくなった盗品蔵の入り口に立ち、柔和な笑みを浮かべて辺りを見回している。
「よく来たな、こっちだ」
「部外者が多いようだけど……あら」
「あーっと、ややこしい事情があってだな。物はちゃんとあるし、ちょっと待ってくれれ、ば」
フェルトが若干慌てた様子で状況を説明しようとした時、黒い影が素早く動き。鈍い光を放つ何かが軌跡を描きながら盗品蔵に踊った。それがナイフだと気付いた時には既に遅く、フェルトは今まさに自分の首に振り下ろされようとしているナイフを為す術も無く見つめ、急速に時間が遅くなっていくような錯覚の中で死を覚悟し――視界の端で、もう一つの影が翻るのをみた。
甲高い音が響き渡る。
女が振り抜いたククリナイフは、フェルトの首を落とすことはなく。代わりに、三日月の手に握られた粗末なナイフに阻まれていた。
「ふふふ、素敵。よく動けたわね?殺意はちゃんと隠したつもりだったのだけど」
「なんとなく。嫌な感じがしたから」
「勘のいい子なのね。嫌いじゃないわ、お腹の中身を見たくなるくらい」
見事に奇襲を防いだ三日月。しかし、実のところ防げたのは運だった。たまたま追い剥ぎ三人と揉めた時に拾ったナイフを回収していたことと、咄嗟の判断で拳銃ではなくナイフを選んだこと。ついでに今回はちゃんと目算が合ったこと。一歩間違えば危なかったかなと他人事のように考えながら、三日月は一撃で半ばまで持って行かれたナイフを捨てた。次に切り結んだら確実に折れるからだ。
「おい、どういうことだ。あんたは徽章を買い取りたいんじゃなかったのかよ。ここを血の海に変えるつもりとは聞いてねーぞ」
危うく死に掛けたことで顔を青くしながらも、フェルトは精一杯虚勢を張って立ち向かう。女はやけに色っぽく、しかし殺意に濡れた目でフェルトを見つめ、妖艶に微笑んだ。
「持ち主まで来てもらっては困るのよ。だから予定は変更。この場にいる全員を殺して、それから徽章を回収するわ」
一方的かつ残酷な宣言に息を呑み、恐怖で一歩下がるフェルト。どうしてこうなってしまったのだろう、そんな益体のない考えが過ぎる。護身用に小さなナイフを隠し持っていたが、そんなもので目の前の女をどうにか出来るなどとは到底思えなかった。
「ふーん。ところであんたさ、何人殺してきたの?酷い血の臭いがするけど」
この場にいる全員が死ぬ。そんな予感に捕らわれていたフェルトは、世間話をするような調子で放たれた問いに自身の耳を疑った。どうしてこの状況で、そんなに平然とした声で質問が出来るのか。致命的な一撃を防ぎきった腕前があるとはいえ、その一回で武器を壊されているというのに?肝が据わっているなんて言葉では言い尽くせない。
「さあ、覚えていないわ。大勢殺してきたもの」
「そっか。もしかしてあんた、人を殺すの楽しむ性質の人だったりする?」
「私、人間の腸が大好きなの。殺すこと自体に大したこだわりはないのだけど、腸を見るにはお腹を開かないといけないじゃない?だから――」
「ああ、なんとなく解った。もういいよ、喋らなくて」
明後日の方向を見ながら会話を続けていた三日月は、おもむろに女へ視線を向けると会話を打ち切り。どこか穏やかに、こう言った。
「あんたは死んでいい奴だから」
かちゃり、と拳銃が構えられると同時に、空間からピキリと音がして。
次の瞬間、鉛弾と氷柱が女に殺到した。