人外大決戦がラインハルトの一方的な勝利で終わり、余波で殆ど消し飛んだ盗品蔵。廃墟と言って差し支えなくなった瓦礫の山の中で、三日月は珍しく驚いた顔をしていた。
「モビルスーツといい勝負しそうな人間とか初めて見た」
「そのモビルスーツとやらが何かは知らないけど、心外なことを言われている気がするよ」
苦笑で返すラインハルトだったが、剣の一振りでここまでの惨状を作り上げる人間は正しく化物だ。冗談や誇張抜きでモビルスーツと戦えそうな勢いである。強そうな雰囲気を感じ取ってはいたが、流石にここまでとは三日月も考えていなかった。いや、考え付く筈がない。個人の力としてはあまりに異常だ。
「無事に、終わったの?」
「誰も死んでないってとこだけ見ると、そうなるんじゃない」
ハゲ爺の寝床はなくなったけど。そう言って三日月はへたり込んでいるロムの肩を叩き、目の前の光景を呆然と見つめることしかできない大男を慰めた。ロムはハゲ爺呼ばわりに言い返す気力もなく、眉を下げて深々とため息を吐く。
「風通しがよくなってまあ……儂はこれからどこで生活すりゃいいんじゃ」
「よしてくれよロム爺、生き残れただけ良かったじゃねーか。家のひとつがなんだ、スラムの住民らしく強く生きようぜ!」
そんなフェルトの励ましを受けつつも、憂鬱な表情のロム。預かっていた盗品が軒並みガラクタと化したのだ、信用はガタ落ちだろうし、取引場所自体が消し飛んでしまったので当分この家業ではやっていけまい。その程度で命拾いできたと思えば安いものかもしれないが、痛い損失だった。そこでふと、この事態の一因となった盗品の存在を思い出す。
「そうじゃ、フェルト。お前さんが盗んだ徽章は――」
「言われなくてもわかってる。命を助けてもらって恩知らずな真似はできねー」
ロムの言葉を遮ったフェルトは目を伏せながらそう言い、何度か深呼吸。そして意を決した表情で顔を上げると、銀髪の少女に向き合った。
「ごめんな、ねーちゃん。盗んだもんは返す。そんでもって、その、助かった」
「ん、素直でよろしい。謝罪を受け入れます」
何事かと身構えていた少女はしばし驚いた後、苦笑と共に肩をすくめてフェルトを許した。あまりにあっさりとした対応にフェルトは面食らい、もっと話がこじれると思っていたので逆に慌て始める。
「アタシが言うのもなんだけど、それでいいのか?もっときつく来るかと思ってたのに」
「そうね、ここに来る前ならそうするつもりだったんだけど。あの子とラインハルトが迷惑掛けちゃったみたいだし、お互い様ってことでどうかしら」
「……なんだか釈然としねーけど、あんたがそれでいいなら。ほら、これ」
納得がいかないといった表情のまま、掌に盗んだ徽章を乗せて差し出すフェルト。竜の意匠に象られ、小さな宝石が嵌めこまれた徽章は、フェルトの掌に乗った時に眩く光りを放った。一連の様子を見守っていたラインハルトは、それを見た瞬間に血相を変える。彼は思わずフェルトの腕を力任せに掴んでいた。
「な、なんだよいきなり。痛いから離せよっ」
「ラインハルト、待って。あなたの立場上、おとがめなしで済ませられない話なのはわかってる。危ないところを助けてくれたことに感謝はしてるけど、この件は盗まれた私にも落ち度があるわ。この子が盗みを働いたのは事実かもしれないけど、さっき私は許したし、だから」
「違いますエミリア様、僕が問題にしているのはそんなことではなく――」
どこか和やかな雰囲気から一転、不穏な空気が辺りを支配する。フェルトの腕を掴んだままラインハルトは更に言い募ろうとした。丁度その時、瓦礫の一角が動く。だが、フェルトとラインハルトのやりとりに注意が向かっていたその場の人間は気付かない。当事者である二人も当然それは同じだ。そんな意識の間隙を突いた黒い影は、誰にも認識されずに瓦礫の下から飛び出した。
血を滴らせながら曲がったククリナイフを握り締めて走る黒い影。その正体はラインハルトの一撃からギリギリで命を拾ったエルザだった。彼女は銀髪の少女だけでも殺してみせるという一心で疾走する。今までで一番の深い殺意に彩られた瞳は何処までも黒く、獲物以外の一切を映さない。
それ故に。誰もが油断しきっていると思っていた中で、たった一人だけ自分を見ている存在がいることに気付かなかった。
「っ!」
エルザが瓦礫の下から飛び出す一部始終を見ていた三日月は、すぐさま拳銃を構えて彼女を狙った。だが、すぐには撃たない。これまで平気で拳銃を撃ってきた三日月だが、それは殆ど動かない相手に向かっての話だ。右目の視力を失っている三日月は遠近感が上手く掴めず、動く相手に向かって撃つことには困難が付き纏う。それなのに、手負いとはいえ猛スピードで移動している人物を狙っているのだ。おまけに残弾数はたったの3発、時間的猶予もほんの数秒。困難を極める状況の中で、三日月は慎重に狙いを定める。
――エルザは既に道程の半分を過ぎた。その時点になってようやく三日月以外の面々がエルザの存在に気付く。しかしもう手遅れで、圧倒的強さを見せた剣聖ラインハルトと言えども間に合わない。銀髪の少女も、黒衣の殺人鬼がナイフを携えて突っ込んでくるのを見ていることしか出来なかった。
最早一刻の猶予もない。そう判断した三日月は引き金を引く。
一発目。音の速さに迫る速度で銃口から飛び出した重さ数gの金属塊は、確かにエルザの胴体を捉えた。だが、浅い。エルザの足を止めるには至らない。続けて二発目。銃口の跳ね上がりを補正しきれず盛大に外れる。エルザは自身が狙われていることに気付いた。そして彼女はほんの一瞬、このまま少女を殺すか攻撃に対処するかで迷いを抱く。最初にククリナイフを使って防いだ時に刷り込まれた「この攻撃はまともに当たると危ない」という本能的な認識が、必ず銀髪の少女を殺すという意思にノイズを走らせた。
三発目、最後。僅かに動きが鈍った瞬間を見逃さずに撃ち込まれた銃弾は、ククリナイフを持つエルザの腕を抉った。着弾の影響で起こった筋収縮はエルザの手から凶器を滑らせ、致命的な隙を生み出す。
「くっ、あの子!」
「そこまでだ」
忌々しげに吐き捨て、真に警戒すべき相手を見誤っていたことを悟るエルザ。しかしもう手元に武器はないし、正面にはラインハルトが立ち塞がっている。これ以上ここに留まることは無意味だと判断したエルザは、逃げの一手を打つ。
「いずれ必ず、この場の全員の腹を切り開いてあげる。特にあなたは念入りに可愛がってあげるから、楽しみにしていなさい」
熱っぽい目で三日月を見つめたエルザはそう言い残すと、傷を負ってなお卓越した身体能力を発揮して大きな跳躍。廃材を蹴り、壁を蹴り、あっという間に盗品蔵から姿を消した。これ以上の戦闘を望んでいなかったラインハルトはそんなエルザを追いかけることはせず、代わりに銀髪の少女に駆け寄ると跪いて頭を垂れた。
「申し訳ありません、エミリア様。お怪我はありませんか」
「すごーく驚いたけど、私は大丈夫よ。あの子がいなかったら危なかったかもだけど」
「それはなによりです。しかし此度の状況は私の未熟さが招いたもの、どのような罰でもお受けいたします」
端正な顔を歪め、己の失態を悔いるラインハルト。片膝を突き、剣を地面に置くその体勢は騎士としてこの上ない謝意の示し方であり、少女はどう答えようか困ってしまう。
「危ないところを助けに来てくれたのに、言い渡す罰なんてないわ。幸い誰も怪我はしてないようだし、それでいいじゃない。だから私からはありがとう、ってだけ」
「その言葉、ありがたく」
「いいのよ、それより……さっきのことが聞きたいわ。一体どういうつもりなの?」
少女はそう言ってフェルトを見る。彼女はラインハルトを酷く警戒したようで、徽章を押し付けるように返した後、ロムの後ろに隠れて様子を窺っていた。ラインハルトは先ほどまでの焦燥に駆られた表情から一転、ばつが悪そうな顔になる。エルザを見逃してしまった一件で冷静さを取り戻したラインハルトは、自分がやろうとしていたことが如何に不可解だったか理解していたのだ。
「それは――その、事情がありまして。性急過ぎたことは謝ります」
「なんだよそれ、助けたからって調子のんな!」
深刻そうなラインハルトの様子に困惑を隠せない少女と、警戒心を露にするフェルト。若干の罪悪感を覚えるラインハルトだったが、目の前の光景を見過ごす罪深さと比べたらなんのことはない。選択肢など己の職務上存在しないのだと思い直した彼は、改めてフェルトに向き合った。
「そんなに警戒しなくてもいい、幾つか質問があるんだ。……君の名前は?」
「フェルトだ」
「家名はあるかい?それと年齢は幾つ?」
「孤児に家名なんかあるもんか。年齢も15くらいってことしか知らない、そうだろロム爺」
「お前を拾った日は覚えとるが、確かに正確な誕生日はわからんな。ところで騎士様よ、なんのつもりか知らんが……フェルトをどうするつもりだ?」
相変わらずロムの後ろに隠れたままのフェルトと、ラインハルトからフェルトを庇う様に立つロム。その様子からラインハルトは二人が孫娘と祖父のような関係を築いていることを察し、無理にでもフェルトの身柄を預かるという当初の予定を修正する。少々手間が掛かるが、家族同然の二人を引き離すのは気が咎めるし、これからするべきことを思えばそのぐらいの手間など些細なことだ。しばし瞑目したラインハルトは、表情を引き締めてこう言った。
「――お二人を、アストレア家の客人として迎え入れたい」
「は?」
突然のラインハルトの宣言の後、彼は「家の者を呼んで来るので待っていて欲しい」と言うとすぐに何処へと消えた。その場に取り残された面々には状況がさっぱり解らず、真意を図りかねるばかりだった。その行動は騎士の中の騎士と呼ばれるラインハルトらしくないものであり、奇妙なことが多すぎる。
「なんだったんじゃ今のは。どうにも冗談には聞こえなかったが、スラムの人間をどうして剣聖が客人扱いする気になった?牢屋へ連れて行くとかなら、まだわからんでもないが」
「嫌なこと言うなよ、捕まるのはごめんだ。……よくわかんねーけど、逃げた方がいいのか?」
「いや、アストレア家が動くならどこへ逃げようと無駄じゃろう」
「私も逃げるのはおすすめしないわ。あの様子だと、どこまでもラインハルトが追っかけてくと思う。多分だけどね」
「うえぇ」
フェルトは心の底から嫌そうな顔をして呻き、なんでこんなことになったのかと嘆く。
元はと言えば、徽章を盗んでこいなんていう依頼を受けたのが原因だ。今思えば報酬の聖金貨10枚なんて法外な額からして怪しさ満載だったし、厄介事の片鱗は随所にあった。金に目が眩んだといえばそれまでだし、今度からは仕事を選ばないと死ぬなと思うフェルトだが、依頼人に悪態の一つでも吐いてやりたい気分だった。流石に悪態を吐くためだけにあの殺人鬼に戻ってきて欲しい、などとは少しも思わなかったが。
「そういや兄ちゃんさ。腕だけ狙って撃って武器を取り上げる、なんて格好いい真似してたけど。あんなの出来るならいつでも殺せたんじゃねーの?」
「いや、それは無理。さっきのだって本当は胴体狙ったんだよね」
「なんだそりゃ」
弾を撃ちつくした拳銃はスライドが後退し切り、空の薬室を覗かせていた。元より三日月は射撃の名手でもなければ速撃ちの名人でもないのだ、当てられたのは偶然と言ってもいい。そもそも最初の一発で仕留めるつもりだったのだから、結果はともあれ三日月にとって大きな課題が残った。バルバトスに乗っていれば右目も右腕も動くとはいえ、この調子では何かあった時に致命的な事態を招きかねない。
「やっぱり不便だな」
日常生活ではそこまで困らなくなってきたが、身体が不自由になってからまだ一ヶ月も経っていないのだ。以前と体の感覚が違って戸惑うことが多いし、今日のような鉄火場になるとその些細なズレが大きく影響する。どうにか慣らさないといけないな、と一人決意する三日月。そんな背中に、遠慮がちな声が掛けられた。
「ごめんなさい、あなたを巻き込んでしまって。人探しを手伝ってもらうだけの筈だったのに」
「そういえばそうだっけ。色々あって忘れてた」
「私だって、こんなことになるなんて思ってなかったわ。命まで助けてもらっちゃったし、感謝してもしきれない」
思えば、行きずりでよくここまでやったものだ。特に宛がなかったとはいえ、ここまで付き合うつもりは三日月にもなかったのだが。おまけに手持ちの拳銃弾は使い果たしたし、鉄華団に戻る手掛かりも碌に掴めず日は暮れて、飯も寝床も確保し損ねた。とにかく割に合わない一日だったと言える。
「らしくないことやったかな。こういうのは仕事でもなきゃしないのに」
「そういえばあなたって、何をしている人なの?随分と荒事に慣れてるみたいだったけど」
「鉄華団……じゃわかんないか。色々あるけど、大体は戦うのが仕事」
少女はその言葉に納得を覚え、多くの疑問が解消するのを感じた。付け足すように言われた「本当はモビルスーツに乗って戦うんだけどね」という言葉の意味はわからなかったが、今までの突飛な行動や身体の不自由もそれで大体の説明がつく。
寡黙で、無表情で、ぶっきらぼう。なにを考えているかわからず距離感が掴めなかったが、意外と面倒見がよくてちゃんと話せる。なんとなく三日月がどういう人間か解ってきた少女は、言い出すタイミングを見失って踏み出せなかった一歩を踏み込んでみることにした。
「すごーく今さらだけど、私はエミリアよ。あなたの名前は?」
「三日月・オーガス」
「そっか。――ありがとう、三日月。あなたのお陰で助かったわ」
随分遅まきな自己紹介を終えて、握手する二人。
偶然の出会いから起こった大騒動は、ここにようやく終わりを見せたのだった。
実はエルザ死亡ルートもあった。
展開に納得できなかったので完成間際に没。