気付けば、あなたは夢の中に居た。
意識ははっきりとしていて、これが夢の中であると認識できていた。
今あなたに見えている景色は昨日と殆ど変わりない。
二日続けて似た明晰夢を見るなど珍しい事も有るものだ。などと考えていたが、明らかに可笑しい。
普段の明晰夢とは始まりから様子が違っていた。
夢の中の天気は昨日の夢と同じく晴れである。
晴れなのだが、あなたの視界は薄暗い影を落としていた。
これではまるで、
まさか、自分は既に階段を降りて、夢の深層に入り込んでいるのか。
こんな事は初めてである。
昨日、あなたは明晰夢の中で奇妙な体験をしたばかりだ。
いくら好奇心の強いあなたでも人並みに恐怖もする。
一旦、夢の事は忘れて穏やかに生活しよう、と思った矢先にコレである。
とにかく、時間が過ぎるのを待とう。
あなたは現在地からでも自宅を目指す事に決めた。
夢の中であっても、自室のベッド程安心できる場所も無いだろう、とあなたは考えたのだ。
大通りを歩き出して、一つ目の角を曲がった。
とにかく最短で自宅に着けるルートを進むのが最善だ。
角を曲がった瞬間に、
思わず絶叫したあなたを誰が笑うだろうか。
昨日と殆ど同じ明晰夢の深層から始まり、更には階段が出現した。これを偶然と言う言葉で片付けるにはなんとも空恐ろしい。
きっと、あの階段の下には、扉の向こうには。
あの恐ろしく静かな暗黒が広がっているのだ。
しかし、あなたは閃いた。
無視してしまえば良い。
昨日はあの階段を降りてしまったが故に奇妙な出来事に遭遇したのだ。
この階段を無かったことにして自宅を目指せば良いのだ。それは為してしまえば簡単な事だ。
あなたは階段の脇を通ろうとして、
階段の下、既に開いてしまっている石の扉を見た。
あなたの身体は本能的に階段を駆け下りていた。
このまま、扉を開け放しておくと不味い。
そんな気がしたのだ。
その深淵の闇の向こうから、どうしようもない不幸が訪れる気がしてならないのだ。
今すぐにでも扉を閉じなければ大変な事になる。
あなたは、片側だけ押し開かれた扉に手を伸ばして、
ギリギリと音を立てる重い扉に早く閉まれと
閉じかけた扉の向こうから伸びてきた黒い闇のような手に、右腕を上から握られた。
目が覚めた。
自室は未だ薄暗く、寝惚け眼では視界がぼやけてしまう。
窓から朝日が差し込む時間にはまだ早い。
目覚めて直ぐのあなたは左手で右腕を
明晰夢の五感は正常だ。
だからだろうか。目が覚めた後でも、あの黒い影に腕を掴まれた感触が残っていた。
部屋に陽光が差すまで、あなたは動けないでいた。
その日のあなたは酷い夢を見た影響か随分と気怠げだった。
気鬱なのは自覚していたが、同僚からまるで幽鬼のようだと指摘され、上司からも心配されたあなたは早くに仕事を上がる羽目になった。
真昼間の帰路に着こうとする前に、せめて食材でも買い込んでおこうとスーパーに立ち寄るが、そこで偶然居合わせた容姿の幼さに反比例して大人びた少女に「あんた、死相が見えてるわね。気を付けなさい」と言われた。
そんな事を言われても困る。
あなた自身、自分の置かれている状況が上手く理解出来ていないのだ。
原因が明晰夢であろう、という事しか。
……
少し考えて、あなたは買い物カゴに缶コーヒーを放り込んだ。
気付けば、あなたは闇の中に居た。
缶コーヒーを呷り、何があっても寝まいと自室の机の前に座っていたのがついさっきの事だと記憶している。
ついに闇の中からの夢の始まりである。
目の前には、あの黒い人影が立っている。
手をゆっくりとあなたの方に伸ばしている。
ああ、ついに自分はこの良く分からない夢の中で取り殺されるのか、とあなたは酷く冷静だった。
冷静であったが故に、自身の背後から差し込む光を見逃さなかった。
ぎりぎりと、扉の閉まる音が聴こえる。
即座に反転したあなたは背後の光に駆け出した。
その光の向こうには、本来の明晰夢の空間が待っている筈だ。
すんでのところで、あなたは閉まりかけている扉に身体を滑り込ませた。
………次こそは………
閉まった扉の向こうから、そんな声が聴こえた気がした。
目が覚めてからのあなたの行動は早かった。
職場の上司に電話を掛けて休みを取る旨を告げ、スーパーでありったけのカフェイン飲料を購入した。
もし次に明晰夢を見れば、2度と朝日を拝めない。
あなたはそう確信していた。
何とかして対策を講じなければならない。
兎に角今は情報が少な過ぎる。
すぐさまノートパソコンを開くと、検索エンジンを立ち上げた。
ひとまず、「明晰夢」で検索。
結果はあまり芳しくなかった。
流石に範囲が広い。
情報を絞るなら……
次は、「夢 怪奇現象」と打つ。
ホラーテーストのページが多く引っかかる。
念入りに目を通すが、まだ絞り切れていない。
夢に関する怪奇現象は世界中にあるようだ。
ここから更に範囲を狭めるなら……
少し考えて、「夢 怪奇現象 黒い人」で検索した。
暫くして、それらしい情報を見つけた。
夢の中で黒い人を見たと証言した者が昏睡状態に陥る事例があるらしい。
その事例を纏めたページがあった。
そのページで黒い人影は便宜上「死神」と呼ばれていた。
分かっている事は、それを見た者が昏睡状態に陥る事と、老若男女の区別なく起こりうる事。
あなたは頭を抱えた。
何も対処出来ない事が分かってしまった。
最悪寝なければ良い、なんてふざけた纏め方でページが切れているのも何だか腹立たしい。それが出来れば苦労はしない。と言うかそれはもう人間じゃない。
時間はもう正午を回っている。
調べるのは時間の無駄だった。
無駄でないにしろ、分かったのは助からない事だけだ。
不安と恐怖が込み上げて視界を歪ませる。
……もうどうにでもなれ。
そうだ、助けを求めよう。
数十分後。
レイズ市警に駆け込んだあなたは大声で叫んだ。
助けてくれ!
この暴走が結果的にあなたを救う事になるのだった。
恐らく次で終わる筈。
長くなるかも。