やっぱりこの2人のほんわか(スプラッター)が一番書きやすい。
怪奇と人間の関係は前にも述べたが、恐怖を与える者と、恐怖に抗う者の対立関係だ。
この関係は恐らく永遠に不動の物だろう。
人間の存在する限り怪奇は存在し続ける。
これには人類に対するカウンター的な要素も有るのではないかとぼくは睨んでいるのだが、まあ答えの分からない話は置いておこう。
「さあマリーちゃん。今日もお勉強をしようか」
「えいえい」
「取り敢えずぼくの頭を
「おこった」
「怒ってないよ。これ戻すの面倒だから
「すぽーん」
「うわー」
うわ、脊椎ごと逝った。
こりゃあ掃除が大変だぞ。
「さて、今日の内容は、そうだなあ。
「ひゅー…ひゅーま」
「ああ無理に発音しなくて良いよ。人間怪奇と言うのはね、人間をベースにした怪奇なんだ」
その意味だけだと他の怪奇も混ざるので説明しておこう。
「ここで問題だ。マリーちゃんみたいなゾンビも同じく人間ベースの怪奇だよね」
「うん」
「でもゾンビだとかグールは
「たべていいか どうか?」
「うーん、
それはマリーちゃんのごはんの区別だろうに。
待てよ?
何を食べて良くて何が悪いのか。
意外と深い議題になるかも知れないな。
それはまた後日の議題に回そう。
死霊とはつまり、幽霊と動く屍の総称だ。
つまり人間怪奇とは。
「例外もあるけど、主に生きている内に怪奇に変貌するから人間怪奇なんだよ」
魂が生きているまま怪奇となった人間、それが人間怪奇、
人間はふとした瞬間に、超えてはならない境界を跨いで
人間と怪奇が隣り合わせの存在であるからこそ、そのような事態が起こり得てしまう。
身近な例は市警の
彼は怪奇憎しの果てのない狂気の末に、怪奇を殺す存在へと変貌した人間である。
とは言え彼は人間の味方に違いない。
普通(と言っていいのか)人間怪奇はまず人間を害する存在に成り果てる。
その変貌の意味合いからして、成るべくして怪物に成った者達だから仕方ない事だ。
「実はね、人間から成れる怪奇はたったの1種類だけなんだ」
「たべもの?」
それは君次第だよ。
「人は怪奇になると
「でーもん」
「そう。人間っていう皮を自分から捨てた人はそれ以外成りようがないんだ」
鬼・悪魔・人でなし。
総じてデーモン。
これらは人間怪奇の為にある言葉だと言っても過言ではない。
特にこちらの大陸では非常にメジャーな存在だ。
日本など別の文化圏では
人の皮を被った非道の化身、それこそが人間怪奇の本質なのだ。
「そう言うことだから人間怪奇に成る前には
数十年前は殺人鬼時代とまで言われた程に人間怪奇が溢れていたものだ。
有名なのは【ボーヒーズ事件】や【クルーガーの悪夢】辺りか。何世代にも渡って影響を及ぼした怪奇事件だ。
「良心を捨てた瞬間が人の終わりなのかも知れないね。ところでマリーちゃん」
「?」
「君がぼくを食い殺した回数がさっきので300回に到達したんだ。これは映画史上でも類を見ないゾンビの個人記録だね」
「すごい?」
「凄いとも。記念に何か欲しい物はあるかい?」
「
うーむ、嬉しいような悲しいような。
うわー。
もぐもぐメモリアル。もぐメモ。
※【ボーヒーズ事件】【クルーガーの悪夢】について
「13日の金曜日」「エルム街の悪夢」の事です。
70、80年代は殺人鬼がひしめき合っていたイメージ。
しかし作者が一番好きなのは「スクリーム(96年)」です。