きまぐれ ぶらっどろーど   作:外道男

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はろうぃん がーるず ろっくんろーる 2

今日はハロウィン。

日頃は物影、日陰、夜闇に身を潜める魔性達にとって、己が存在を高らかに主張できる特別な一日。

 

正しく、怪奇の祭典と言える行事である。

その一方で、気が逸る怪物達によるトラブル・事件数は普段の何百倍にも跳ね上がる。

 

よって今日は、怪奇対策課の最も忙しい一日になる。

 

 

 

 

 

 

 

「さて諸君。今年も大変な一日がやってきたのです」

 

早朝。

レイズ市警刑事部0課では、早朝出勤で課の全員が集められた。

本来なら始業には大分早い時間帯だが、今日という日に限ってはそうはいかない。

朝礼を任されたアウラは気を引き締めて挨拶を始めた。

 

「今年からこの課に配属された新顔さんも居ますが、レイズ市で暮らしている以上は知らないはずが無いですね?」

 

アウラは片手で背後のホワイトボードを叩いた。

そこには課長直筆で可愛らしくハロウィン♪と書かれていた。

 

「そうハロウィン!怪奇の怪奇による怪奇の為の悪夢のような祭典です!さる聖職者が“地獄が降りてきた”と揶揄したように今日は目を覆いたくなるような怪奇事件が多数舞い込むことでしょう。こうやって私が危機感を煽っているのにこのホワイトボードが全て台無しにしますねぇ!なんで可愛らしく書いちゃったんですか課長!」

 

ーーえ、駄目かな?

 

「駄目かな、じゃないです!追加で絵を描かないで下さい張り倒しますよ!」

 

「落ち着いて下さいアウラ捜査官!」

 

課長(スレンダー)は鮮やかな早業でホワイトボードに‘ミニスレンダーくん’を描き足した。

 

一番緊張感の無いこの男がトップなのだから、部下のアウラが代わりに引き締めを行わないといけないのだ。刑事部0課の日常風景である。

 

 

 

「怪奇達が自由に市中を行き来できるというだけでも頭痛モノですが、そもそもハロウィンを理解できてない連中などは平気で人間に襲い掛かります。私達は怪奇の動きをギリギリまで見極めて人間を殺させないように市内全域を駆けずり回る難易度ベリーハードなお仕事を要求されるです」

 

ーー間違ってもいつもの取り締まりと同じ感覚でやらないようにね。

 

「課長、それはどういう意味ですか?」

 

スレンダーの言葉に質問の声が出る。今年から配属された新人だ。

アウラはスレンダーの言葉を引き継いだ。

 

「再三言うようですが、今日は“怪奇達の権利が保障される日”です。よって我々は怪奇に対して殺害権を行使することができません。怪我をさせるのも極力控えて下さいです」

 

「もし、怪奇が我々に襲い掛かってきた場合は?」

 

「ああ、その場合は殺害さえしなければ迎撃オーケーです。マイヤーズが良い例ですね」

 

「マイヤーズ捜査官ですか?…そういえば今日はまだ来てないようですが…」

 

「ええ。あの白マスクに恨みを持つ怪奇は多いですからね」

 

刑事部0課の問題児マイケル・マイヤーズには敵が多い。今頃は日頃の恨みを晴らそうと待ち伏せしている怪奇達を相手にストリートファイトでもやらかしている事だろう。

“ダイス通りの血まみれ男”は悪い意味で有名である。

 

 

そんな話題になったからだろうか。

刑事部0課のドアを蹴破って血まみれのマイヤーズが飛び込んで来た。

 

トリックオアトリート(trick or treat)!なんて生温い事ァ言わねえ、死ねや(trick to you)クソガキ!」

 

少しステップを踏んでアウラが横にズレると、真横から釘バットが強かに床を叩く音が反響した。

直属の上司に対して躊躇なく釘バットを振り下ろしたマイヤーズの懐に飛び込んだアウラは、こちらも容赦なく握り拳を腹部に数発打ち込んだ。

 

「ごふっ…!」

「奇遇ですねマイヤーズ。ほら、死にたくなかったらお菓子を寄越すです」

「てんめぇ…!ハロウィンてそんな行事じゃねぇだろ…!」

「お前が言うなです」

 

と言うか血まみれで出勤しないで貰えます?

 

「まったく、ハロウィンだからってふざけるなです。そんな変なマスクまで被って、子供ですか?」

 

「アァン!?そんな面して仕事しに来るてめぇが言うんじゃねぇよ!」

 

「「やんのかコラ…!」」

 

ーーははは、早速イタズラされたようだね2人とも。

 

「「…んん?」」

 

スレンダーが持ってきた鏡によって、取っ組み合いの喧嘩をする2人の顔が映り込む。

 

アウラは顔に3本の猫ヒゲが描かれており、マイヤーズはいつものマスクではなくウサギの面を被っていた。

 

「「な、なんだこりゃああ(な、なんですかこれえ)!!」」

 

ーー相変わらず鮮やかな手際だねえ。ハロウィンの代表者を名乗るだけあるよ。

 

スレンダーの話ぶりから2人は下手人に当たりをつけた。

ある意味で、レイズ市のハロウィンの中心的な怪奇と言っても過言ではない存在だ。

 

ハロウィンになると何処からともなく現れて、カラカラと笑いながらイタズラをして去っていく黄色い通り魔。

 

 

「「やりやがったなヒルビリー!」」

 

 

 

 

 

 

 

「わははははー!お似合いだぜ子供達(キッズ)!その格好ならお菓子も貰えるだろうぜー!わーはははー!」

 

お化け案山子は市警の屋上で腹を抱えて(わら)った。

 

 

 

 

 

 

 魔女リリスのハロウィンは前日のお菓子作りから始まる。

もちろん、作ったお菓子は子供達に配るための物だ。

 

本来、魔女というのは種族=人間であるので、怪奇の為の乱痴気騒ぎに参加する義務は無い。がしかし、レイズ市のパワーバランスの一角を担っている–––他人が言い出した事だが–––リリスはなるべくイベントには顔を出してくれ、とあちらこちらから"お願い"されているのである。

 

決して、特大の不発弾を目に見える場所に置いておこうとか、そう言う裏がある訳では無いと信じたい。

 

 

 

 ハロウィン当日、目を覚ましたリリスはパジャマを着替えつつ魔法で店の外の様子を窺った。

どうもハロウィンという日は、一部の理性に欠けた怪奇を刺激するようで、リリスの店"アダム・シーカー"に直接襲撃を仕掛けてくる怪奇がたまに居るのだ。

とはいえ魔法店はリリスの掛けた魔法式により秘されているので実力の無い怪奇では店を拝む事は不可能である。

幸い、今年は店の前で待ち構えている怪奇はいないようだ。

 

その代わり、

 

「ウソでしょ…?中に居るじゃない」

 

怪奇の反応が建物の中から感じられる。

同時に店内で忙しなく動き回る音が聞こえた。

今まで自身に感知されずに店に忍び込んだというのなら、かなりの実力者という事になる。

何者かと店のドアを開けると、

 

「今日はハロウィン♪イカれたハロウィン♪俺は不気味に笑うお化け案山子♪泣く子も固まる恐怖の笑顔♪」

 

軽やかに歌いながら、店中に橙色のクリームを塗りたくるお化け案山子が居た。

案山子はリリスが入って来た事に気付くと、手に持っていたバケツと刷毛を放り捨てる。

 

「あっ若作りおばあちゃん!ハッピーハロウィン!もてなしか、イタズラか!」

 

「すでにイタズラ始めてる悪ガキにやるお菓子なんてあると思う?」

 

見回せば店内360度あらゆる場所にクリームが塗ってある。

掃除は魔法で出来るので簡単だが、よくもまあ汚しに汚したものだ。

 

「いやいやいやいや、俺流のもてなしだよバアちゃん!この店ハロウィンにしちゃあ年寄り臭くて地味目だったもんでね?俺様謹製パンプキンクリームで今日一日ハッピーにしてやろうと考えた訳さ!どうだい。嬉しい?嬉しい?」

 

布と藁で形作られたその頭からは流暢に皮肉混じりの嗄れ声が発せられる。

リリスは努めて笑顔だが、普段から怒りを溜め込まない主義なので既に周囲に魔力が迸り始めている。

 

「ええとっても嬉しいわ。お礼はハジける奴かホットな奴か。どっちが良いかしら?」

 

「本当かい?嬉しいぜバアちゃん!でも二択なんてケチ臭いぜ。両方おくれ」

 

「いいわよ」

 

二重詠唱展開。

"荒れ狂う天空より神の裁きあれ"

"冥府の業火よ罪ある者を薙ぎ払え"

展開完了。

対象"お化け案山子のヒルビリー"

 

「食らって死になさい!」

「お迎えの死神さんはお菓子をくれるかなー?わーははははー!」

 

 

 

 

 

 

 

「もぐもぐ」

「スニッカーズはどうだいマリーちゃん?美味しい?」

「おいしい?」

 

お菓子を頬張るマリーちゃんに感想を聞いてみるが、不思議そうな顔をされた。

そういえばマリーちゃんは肉を食べて「おいしい」とは言うけど、他の物を食べた時の感想は言わないなあ。肉以外は味覚的に美味しく感じないのだろうか、ゾンビだし。

 

「さて、そろそろリリスちゃんのお店に着くね。さっき教えた魔法の言葉を言えるかな?憶えてる?」

「おなかすいた」

「うん、もう一回教えとこうか」

 

少ししてリリスちゃんのお店、アダム・シーカーが見えてきた。

おや、いつもより雰囲気が明るいと思ったら看板にパンプキンクリームが塗ってあるじゃないか。

リリスちゃんはあまりレイズ市のイベントに乗り気じゃないと思ってたけど意外と楽しめているようでちょっと安心した。

 

店のドアノブに手を掛ける。

 

「いいかいマリーちゃん。ぼくがお手本を見せてあげよう。そこで見ててね」

「うん」

 

「ハッピーハロウィン、リリスちゃん!そしてトリックオア––」

 

「食らって死になさい!」

 

ドアを開けた直後、謎の閃光が玄関口から彼方の空まで一直線に貫き、ぼくの体は瞬く間に灰と化した。







お化け案山子のヒルビリー。
ハロウィン限定のスーパースター的存在です。

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