First Call 「entering company」
「我々の企業は時代の移り変わりによって、趣旨を変えていく。それが我々の本質であるのと同時に、一員となった君たちもそうあるべきだ」
本社のホールにて、スーツ姿の初老の男性が壇上で演説をしている。彼の下には、四十人余りの男女がパイプ椅子に座っており、その言葉を黙って聞いていた。
「我々は常に民衆の味方であり、敵である。そして、我々は企業の味方であり、敵である。しかし恐れることは何もない。我々は常に民衆と企業とそして――レイヴンに求められている」
レイヴン。
この世界における「傭兵」にして、この四十人余りが入社する「傭兵斡旋企業」における最大の顧客。
最強の陸戦兵器「アーマードコア」に搭乗し、この世界で大は領土問題、小は地下セクションの管理権問題における「武力行使」の要。
ゆえにレイヴンとはこの世界における「力」であり、一般市民においては触れてはいけない存在とまで言われている。
その単語を聞いた何人かは、少し身震いをしていた。
「入社した君たちは――例えば、営業として、アリーナの運用スタッフとして、レイヴン試験の補佐官として、あるいはオペレーターとして。様々な形でレイヴンと接していくだろう。だがこれだけは覚えてほしい。レイヴンは私たちにとって、顧客だ。それ以上でもないし、それ以下でもない」
神妙な面持ちで語っていく男性は少し間をおいて、微笑を浮かべた。
「さて、堅苦しい話はここまでにしよう。ようこそ、我が社へ。貴方たちを歓迎します」
毛先を均一に揃えたボブカット。親譲りの切れ長の瞳。体格はまさに中肉中背で、同年代に比べると、少しすらりとしていないのが最近の悩み。
そんな風貌のレマ・ラインズは無表情で細長い通路を歩いていた。彼女の周囲を十人の新入社員も歩いている。
彼女らは皆、傭兵斡旋企業の制服――「オペレーター」仕様のものを着用していた。
白色のシャツの上に、青を基調にして黒色のラインが入ったジャケット。下にはタイトスカートと紺か茶のストッキングを身に着けている。
ジャケットの右胸部分には、オペレーター職であることを表すバッジ――ヘッドセットのデザイン――が付けられている。
傭兵斡旋企業に新卒として入社したレマにとって、大企業に入社したプレッシャーというものは何もなかった。
平凡な家庭で生まれ、自身もまた平凡な能力で平凡な生活を送るだろうと彼女は思っていた。だが、現実は自分を才女だと評価し、その結果が大企業であるこの会社に入社するという筋道だった。
レマは志望したのは、オペレーター。つまり、レイヴンと業務上とはいえ、交流することを意味していた。
(――それでは、我が社のオペレーター部門を目指した理由をお答えください)
なぜ自分がオペレーター職を目指したのか――それは。
「全員、こちらの部屋へ入ってください」
先頭で人事部の男性社員が、部屋へ入るように指示をする。
場所は、本社ビル二十五階。エレベーターから徒歩二分。小会議室という案内看板が設けられたそこに、レマ含めた同期が続々と入っていく。
小会議室だけあって、部屋の中は広い。自分含めた同期の数のパイプ椅子がずらりと整列された状態で置かれているからだ。
椅子は2メートルほど離れた液晶型の電子ボードへ向けられており、恐らく何らかの説明がされるのであろうと言わんばかりだった。
「これより、オペレーター部門の統括主任が来られます。皆様は席に座って、お待ちください。私はこれで失礼します」
先導していた男性社員は部屋に入ってすぐの脇で立ったまま、レマたちに着席を促す。その後、彼は部屋から出ていった。
自分たちだけが取り残された空間。そこでようやく一息ついたのか、喧騒が生まれる。そんな中、レマ含めた数人は黙って椅子へと座ると、追従するかのように同期全員が着席した。
「こんにちは。私、シャロン・カローテ。貴女は?」
レマの右隣に座っている、恐らく同年代と思わしき女性が声をかけてきた。
人懐っこそうな垂れ目に、金髪のややパーマを当てたセミロングヘヤ。シャロンと名乗った彼女は、レマに握手を求めていたのか左手を差し出していた。
「レマ・ラインズ。よろしくね――シャロンさんはどこの出身かしら」
握手もそこそこに、レマはお互いをよく知るための常套句を言う。するとシャロンは少しはにかにながら、右手の人差し指で三角形のマークとその中央で四角形を描いた。
それを見たレマは少し動揺しながら、彼女が「軍事企業」に働いていたのを悟る。
ちなみにシャロンが勤務していたとされる軍事企業は、一年ほど前に敵対企業の本社襲撃を受け、崩壊している。
「そっちの支社で通信手をやっていてね。一年前の本社襲撃で無職になっちゃったけど、晴れてこっちに就職したわけ。そっちは?」
「ウェンブリッジ大学の、エレクトロニカル学部。専攻は電子情報学科よ」
さらっと並々ならぬ人生を送ってきた同期の話にレマは圧倒されつつ、自分自身が如何に彼女とかけ離れている存在であるかを言うのが億劫になるほどだった。
「あら、良いところ出じゃない」
シャロンが驚きに満ちた表情を浮かべた直後だった。
部屋のドアが開閉される音が後ろから聞こえ、それを境に椅子に座っている同期は口を閉ざし、背筋を伸ばす。その後、複数の足音が聞こえてきた。
「立たなくていい、そのままで」
レマ含めた全員が椅子から立ち上がろうとすると、部屋から入ってきた女性――やや強気と思わせる声色で着席を促す。
右回りに歩いていく、全員に着席を促した女性――レマたちと同じオペレーター仕様の制服を着こなしている。
黒髪に、首元にかかるであろう後ろ髪をゴムバンドで纏めた髪型。目つきは凜としており、どこかの軍人を彷彿させるような雰囲気すらも感じられた。その後ろを、同じオペレーター仕様の制服を着た女性三人が後ろからついて行く。
先頭で歩いている彼女が、人事部の社員が言っていた統括主任だと誰しもが確信する。もちろん、レマも思っていた。
先頭の女性は電子ボードの前に立ち、残りの女性三人は脇で待機。彼女はしばらく周囲を見渡すと、一呼吸の間を置いた。
「オペレーター部門統括主任のユリア・シューエンだ。早速だが、これから君たちの配属を決める」
前で立つユリアは自分の役職と名前を伝えるや否や、各々の配属先について話を切り出す。突然の事態に慌てる――わけでもなく、レマ含めた全員は表情にもそれを出さなかった。
「軍事企業の通信手である経歴の者、挙手せよ」
隣に居たシャロンや左隣の人を含めた、大多数の同期が一斉に挙手をした。レマはその異様――まるで、自分だけが取り残されたかのようになってしまい、汗がにじみ出た。
「それでは、ACもしくはMTの通信手は私へ。歩兵部隊の通信手はアシュリー、それ以外の通信手はイングラムの所へ集まってください」
ユリアの脇で待機していた三人の女性は、それぞれの経歴を持つ同期を細分化させた。
「それじゃまた懇親会でね」
ぞろぞろと同期が席を立ちし、上司の元へと向かう喧騒に紛れて、シャロンはレマに耳打ちをした。
やがて喧騒が無くなった頃には、小会議室に残されたのは四名。そのうち三名がレマ含めた同期。残る一名は――ユリアだった。
「君たち三人は新卒での採用だったな」
パイプ椅子に点在しているレマたちを眺めながら、ユリアは話を切り出す。
「新卒の場合、今日から研修を開始する。それが終われば、正式なオペレーターとして、レイヴンの面倒を見ることだろう。私から一つだけ言っておく――君たちがこれからの業務で見るであろう画面の光景は紛れもなく真実であり、決してゲームではない。君たちはそれらを受け止め、許容し、業務を遂行する義務がある」
ユリアはそこまで言い終わると、大きく息を吸った。同時に、四人しか居なかった部屋に誰かが入ってくる。
「私からは以上だ。今後の日程については、今入ってきたウェイスが説明する」
会社の経費で、本社近くのイタリアンバーを貸し切りにしてのオペレーター部門新入社員の懇親会。店内には同期しか居なく、皆は思い思いの酒や料理、話で盛り上がっている。
そんな中で、カウンター席にシャロンとレマが座っている。彼女らは飲み終えたカクテルのグラスを眺めながら、雑談をしていた。
「それで、ユリア主任からは?」
「ゲームではないってさ」
レマはユリアから聞かされたことを意訳して言うと、隣に居たシャロンは噴出した。アルコールも相まって、やや大げさなリアクションだった。
「まー確かにそうかもね。今日はシミュレーター使ったっけ?」
「テレビゲームのコントローラーを使ってね」
レマはシャロンの問いかけに答えながら、両手でゲーム機のコントローラーを動かす真似をする。それを見たシャロンはもう一度、笑った。
あの後、新人教育係となっているスーパーバイザー(SV)のウェイスと共にオペレーティング業務の簡単な研修を行った。
自律プログラムで動くACを想定した「駒」を、コントローラーを使って、オペレートする内容。
レーダーユニットを使って、周囲の探索やルートの指示。交戦時には、付近の探索や敵機の照会、対策の報告。ACのカメラシステムとリンクしての、オペレーティング。
それはまさにテレビゲームであり、実際の業務ではコントローラーは使わず、マウスとキーボードを使用。ただ、主なシステムや画面はこのシミュレーターとはあまり大差がない、とウェイスは教えてくれた。
「昔は無線の周波数をつまみで調整して連絡したりしてね。状況の確認なんて、卓上の地図と報告で状況を想定するか、あるいは直接現地で行って確かめるぐらいしか出来なかった。スピーカーから聞こえてくるのは、怒号か罵声。それに交じって聞こえてくる、砲声や叫び声」
虚ろな表情でシャロンは語り出す。
「それが今では、カメラとリンクしてリアルタイムで確認できたり、周波数を合わせなくても、無線通信ができる。でも、余計なものまで見えるようになった」
そこまで言うと、彼女は目を大きく見開き、口元を手で押さえた。
「ごめんね、レマ。ちょっとお喋りが過ぎたみたい」
「別にいいのよ。とりあえず、もう一杯いこうかしら」
レマはそう言いながら、店内を闊歩しているウェイターに向かって、空になったグラスを掲げた。
「バラライカを。シャロンはどうする?」
「私も同じのを」
レマとシャロンの目の前にあったグラスが下げられた後、しばらくの間、二人の間で無言が続いた。
酒が来ない限り、喋るキッカケは作りづらいとレマは心の中で思った瞬間だった。
「ゲーム、ね。確かにゲームかもしれない。私たちも、レイヴンも、企業も――」
意味深な言葉を呟くシャロンに、レマは戸惑いの表情を浮かべる。
それと同時に、注文したバラライカが入ったグラスをウェイターがカウンターに置いた。
Next Call 「RAVEN of newborn」