「Premonition」
もはや為す術もない、タイミングだった。
ECMによる電子戦攻撃。それに伴う、バラ・レイの急速接近。相手の「癖」である、直上への回避行動。それら全てを構築し、そうせざるを得ないと追い込んだ。
だが、そのロジックは脆くも崩れ去った。
「敵ACよりVLM射出を確認。距離四〇〇〇」
オペレーター、シャロンからの状況報告。プルガトリオは自機――バラ・レイの被害状況を、コンソールで確認した。
左肩部大破。背部ユニット、一部中破。各エネルギー供給に異常有り。機体稼働率四十パーセントに低下。
満身創痍のバラ・レイは現在、作戦領域外に向けて退避。噴射炎を挙げながら、こちらへ飛来してくる四つの弾頭をプルガトリオは倍率カメラで視認。
バラ・レイは右肩部に残ったECMメーカー以外のすべての武装をパージし、機体の安定化を再構築中。そのため、ありとあらゆる障害を迎撃する手段を持っていなかった。
だがプルガトリオは慌てず、冷静に、バラ・レイを操縦していた。
「エスケープポイントにビーコンを設置。現在、パトリオータ社の護衛部隊が現場に急行中」
シャロンはエスケープポイントまでの誘導及び護衛部隊の派遣等に専念。必要最低限の情報は、彼女なりの配慮で伝達してくれていた。
その間にもVLMはバラ・レイを追尾中。
プルガトリオはバラ・レイのブースター速度を一旦、落とす。それに伴い、ジェネレーターの供給が一時的に回復し、VLMの弾頭は急速接近した。
直後、プルガトリオはOBを駆動。急速離脱を開始。緩急を加えた回避行動に、VLMは追尾し切れず――バラ・レイの前方数百メートルの地点に着弾。
立て続けに爆発と爆風の衝撃が襲い掛かる。プルガトリオはバラ・レイの機体制御を行いながら、生い茂る熱帯雨林の隙間を潜るようにOBで巡航機動し続けていた。
「敵ACの有効射程距離外に到達。また周辺に敵性反応、感知されていません」
「了解。バラ・レイ、ECMメーカーを設置」
ここまで来れば、もはや敵ACも追撃はしない。プルガトリオは保険として、ECMメーカーを設置。周囲三〇〇〇メートルにジャミングを施した。
遠距離からの攻撃及び索敵装置による追跡も不可能。万全の撤退だった。
「N-511基地の防衛圏外に到達及び作戦領域への離脱を確認。ガイドビーコンを引きました。それに沿って、移動をお願いします」
「ガイドビーコンを確認。これよりバラ・レイをガイドに沿って自動操縦させます」
安全エリアまで退避したことをシャロンが報告したのを聞いた途端、プルガトリオはバラ・レイをガイドビーコンに沿って自動操縦モードへ移行させた。
そこでようやくプルガトリオは、一息つくことが出来た。
操縦桿から両手を離し、深呼吸を数回繰り返した後、HMDヘルメットを脱着し、膝の上に置く。その後、パイロットシート下部に設けていたドリンクホルダーの蓋を指先で開いた。
「エスケープポイントに、パトリオータ社の護衛部隊到達しました」
シャロンの状況報告を聞きながら、ドリンクホルダーから細長いチューブを摘まみ、プルガトリオは自身の口元へそれを引っ張り、咥えた。
吸う力が弱まっているため、エアポンプによる補助も併せて、三十分ぶりの水分補給をプルガトリオは取った。
しばらくの間、喉の渇きを潤し――それが十数秒ほど続いた後、チューブから手を離して、手持無沙汰になった。
「はっ、ははは」
ようやく頭の整理がついたのか、プルガトリオは思わず笑ってしまった。
「ど、どうしたのですか」
そんなプルガトリオにシャロンは戸惑いながら、尋ねる。
「いや、どうってことはない。ただ、愉快痛快なんですよ。こうも私の動きが裏目に出てしまうのは」
過去幾度か、こういうことを体験している。
完璧と思っていた動きがことごとく見透かされ、撤退を余儀なくされる。
それはまるで――。
「申し訳ございません、プルガトリオ」
こちらの発言の意図を深読みしたのか、シャロンが謝罪してきた。
「そちらを責めたつもりは毛頭ないですよ。単に、相手の『オペレーター』が一枚も二枚も上手だったことです」
今現在、そして過去に渡り、自分の思惑が外れたのは――相手のオペレーターという存在だった。敵ドローンによるECMメーカーの破壊、OBによる緊急離脱からの、レーザーキャノンによる狙撃。
それらは全て、オペレーターの的確な指示に他ならない。
「もしかすれば、あのオペレーターは――いや、どうなんでしょうか」
プルガトリオはぼそりと呟いた。
その予感が確信に変わるのは、数年後になってしまうのは彼自身も思わなかった。
「News Paper」
「軍事企業三社による『ディディーアイ社』への軍事的制裁から、四ヶ月が経過しました」
クレセント社、パトリオータ社、ウィルアイ社は協定を結び、ディディーアイ社による軍事的制裁を宣告。
制裁発表と同時刻、パトリオータ社の戦術部隊がディディーアイ社管轄の多目的演習場「ウェポン・マーケット」を強襲、制圧した。
ディディーアイ社は三社の軍事的制裁を「企業三社による度を越した一方的な制裁に、徹底的な抗戦を表明する」と発表。
企業三社とディディーアイ社による紛争が勃発。
「ディディーアイ本社強襲作戦によって一連の紛争は終了しておりますが本日明朝、協定を結んだ三社を代表してクレセント社より『ディディーアイ社を巡る、全ての処理が終了。本日をもって、同社は消滅した』と発表しました」
ディディーアイ社本社、企業三社による強襲を受け、壊滅。
最高責任者、ヨーシフCEO以下、十五名の役員を拘束。同社が保有している軍事部隊は即時武装解除及び捕虜として拘束。
武装解除に応じない部隊については、ウィルアイ社が雇用したレイヴンによって壊滅。
「ディディーアイ社による、地下セクションへのテロ活動、非合法組織への武器給与、クラッキングによるインフラネットワークへの阻害――その被害は甚大でした。罪も無い市民が、犠牲となっています」
民間企業管轄の地下道路「ルート373」における、ディディーアイ社が派遣したアーマードコアと所属不明パワードスーツ部隊との交戦――民間人二十七人が死亡。
武装集団への武器弾薬の供給――二百件に及ぶ報告書を確認。
ディディーアイ社が派遣した武装集団による、セクション187襲撃事件――民間人百二十二名死亡。行方不明者、数百人。現在も復旧作業中。
ウィルアイ社MO(軍事顧問)、パウエル氏暗殺事件――同氏の死亡及び乗車していたリニアモーター、破壊。乗車していた民間人三百二十二名、死亡。
一連の非正規活動の計画したとされる作戦部長アレクセイ氏はウェポン・マーケット強襲作戦時に死亡確認。
「今回の合同作戦で協定を結んだ、クレセント社、パトリオータ社、ウィルアイ社はお互いに競合している企業です。度重なるディディーアイ社の非正規活動に、人道的被害を被っておりました」
クレセント社及びウィルアイ社、環境区における領地権を巡る紛争。
パトリオータ社、二社に対して武力衝突。
「パトリオータ社が管轄していた『セクション989』が、ディディーアイ社正規軍事部隊によって襲撃された事件をきっかけに、クレセント社が主体となって軍事協定を提案。これに呼応する形で、残りの二社が協定に参加しました」
ディディーアイ社、パトリオータ社に対して「パトリオータ社管轄のセクション989に、我が社に対する攻撃を目的とした部隊を隠匿している」という理由で、軍事部隊を出動。
実際にはセクション175で展開していた、同社の派遣した武装組織がパトリオータ社によって壊滅したための報復行為だと後日、発覚した。
パトリオータ社はセクション989にレイヴンを派遣し、ディディーアイ社の軍事部隊を迎撃、壊滅した。
「アリアンス(同盟)と名付けられた、多企業戦術部隊によって、ディディーアイ社は戦力を大きく削がれました。そして、アリアンスによる本社強襲作戦によって――」
三社合同機甲特務戦術部隊「アリアンス」
MT/ACを主軸にした機甲中隊。中隊長はクレセント社所属ACパイロット、ベンジャミン少佐。
著名なACパイロットとして、クレセント社所属元ランカーレイヴン「ガーネット」やパトリオータ社所属ACパイロット「ヴィルヘルム」が配属された。本紛争終結時まで、著名ACパイロットの損失は無かった。
戦果:ディディーアイ社機甲戦術AC部隊「ジンユ」壊滅、軍事施設GH-58の制圧作戦、ディディーアイ社本社強襲作戦の成功。
「ディディーアイ社の最高責任者であるヨーシフCEO以下の役員は同社消滅に伴い、企業調停機関(McM)に身柄を引き渡されました。本年度中に、非合法活動についての責任を問われる見込みです」
ヨーシフCEO、「今回の紛争についての責任は負う」と発言。
しかし、「一連の非正規作戦は、強硬路線を貫く軍事部門のトップであるメッシ顧問の暴走である」と発言。
メッシ顧問は「利益を追求する役員の指示を、忠実に従ったまで」と責任の一端を否定。
「一連の紛争は、地下セクションに重い影を落とす結果となりました。しかし、アリアンス結成という、企業の利害を越えた人道的同盟は市民や平和団体に賞賛されています。今回の紛争をきっかけに、軍事企業という歪な組織が変革する時代が来るかもしれない、と活動家や団体が声明を発表しています」
平和団体「オーシャン・ブルー」は「利害を越えた人道的同盟を称賛する」と発表。
ウィルアイ社、パトリオータ社とのシティガード事業におけるパートナーシップを提案。
クレセント社、ウィルアイ社との領地権に関する会談を五年振りに再開。
「それでは、次の特集です――」
「Good morning」
疲れていた、のかもしれない。
この業界に飛び込んで早二十年。年功序列というべきか――それとも、周りの同業者が「アウト」になり、繰り上がりで自分はベテランという箔が付いた。
無論、自分がたまたま「運が良く」、これまでACが大破しても無事に生還できたのもある。
だが、日々繰り返される傭兵というスリルに慣れてしまい、疲れが日増しに強まってきた。だから、引退を決意した。
「件名:スカウトについて」
「本文:ディディーアイ社への尽力、感謝している。気を悪くしたらすまないのだが、そちらがこの業界から身を引こうとしていることを聞いた。出来れば、弊社で対AC戦の戦技教官として働いてみるのはいかがだろうか。もし興味があれば、返信を待っている。ディディーアイ社リクルーター:カルロス」
ACに乗ることはなく、教官として仕事をするのも悪くはない。
だから俺は、転職を決意した。
「我が社は今、窮地に立たされている。各企業による妨害や経済攻撃、直接的な軍事的侵攻。だから、我々は攻勢を仕掛ける。まずはパトリオータ社に報復を行い、我々が如何に強大な軍事力を持っているのを知らしめるのだ」
「こちら、カルロス。クリストファー、調子はどうだ」
「問題無しだ」
ディディーアイ社のリクルーター兼軍事部隊の指揮官を勤める、カルロスからの通信にクリストファーは返答した。
最初の半年は、戦技教官として職務を全うしていた。
しかし、ディディーアイ社は他企業の妨害工作に痺れを切らし、全面的な報復行為を決行。セクション989に軍事侵攻し、都市機能を壊滅させようとした。
そのため、クリストファーはACパイロットとして駆り出された。
本来、契約違反となるべき事案。地下セクションへの機能不全を目的とした襲撃作戦は、企業倫理を踏み外している。
だがクリストファーは何も意見を出すことはなく――こうして、セクション989を襲撃する軍事部隊の隊長として、プロメテウスに搭乗していた。
結局のところ、自分はレイヴンだった。
金のために働き、金のために生き残り、金のために野垂れ死ぬ。
今回の作戦も特別手当が支給される――クリストファーは、決意した。
「作戦地点に到達。よろしく頼むぞ」
「了解。こちら、プロメテウス。各機へ通達。セクション989のインフラネットワーク破壊が主目標だ。手早く、迅速に行動しろ」
カルロスからの通信が封鎖されるのと同時に、クリストファーは僚機であるカイノスEO/2のパイロットたちに指示を送った。