OPERATOR   作:hilite989

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Third Call 「Drop OUT」

「先のレイヴン試験、ご苦労だった」

 暗闇の室内で、オレンジ色のホログラム投影されたユリア主任が話を切り出した。

 威圧感を与えそうな、凛とした瞳。その瞳から作り出される表情は、対面しているレマにとって、まるで「蛇に睨まれた蛙」そのものだった。

 オペレーター仕様の制服ではなく、高級そうなレディーススーツを着こなしたユリア主任が、部屋の中央で映し出されている。

 何百キロ先と離れたとはいえ、実際に面と向かって会話をしているような感触にレマは緊張していた。

 本社ビルの一室。ホログラム投影機を使った、映像通話。ユリア主任は現在、某軍事企業との会合による出張勤務中。

 そんな忙しい中でも、初の実務勤務を無事にやり遂げた「新卒」にエールを送るユリア主任の、一対一の通話を申し込まれたレマは戦々恐々としていた。

「録画していたものを確認したが――まぁ及第点だ。細かいところで伝達ミスや、アーマードコアの特性を理解していない。ウェイスSVに改善指摘事項を伝えている、次に活かすこと」

「かしこまりました」

 レマは胃に穴が開きそうなぐらいのプレッシャーを感じながら、ユリア主任に向かってお辞儀をする。

「さしあたって、来週からレイヴンのオペレーターとしてシフト勤務してもらう。向こうも試験をパスしてから、数日も経っていない新米だ。ちょうどいいだろう――ああ、先の試験で担当したレイヴンとは別の奴だがな」

 一瞬だけ期待をしてしまったのを悟られたのか、ユリア主任は説明を付け加える。表情や動作には出さなかったものの――勘付かれたとレマは委縮した。

 そんな彼女に言及はしないのか、ユリア主任は話を続ける。

「ウェイスSVを君に付ける。進捗次第ではすぐに独り立ちさせるつもりだ。まぁ新卒からの、最短ルートで実務勤務だ。慣れないことばかりで失敗するだろうが、良い経験になるだろう」

 ユリア主任は彼女なりの励ましの言葉を言いながら、見るからに高級なスーツの上着から、煙草の箱とライターを内ポケットから取り出した。

 当たり前の動作でユリアは箱から一本の煙草を取り出し、口に咥える。そして、咥えたそれの先端に向かって、ライターの火を点ける。

「――だからといって、ミスに甘んじるわけにもいかない」

 ユリアは紫煙を吐き出しつつ、煙草を右手の指に挟みながら腕組みをした。

「ひとつだけ聞きたいことがある。君はあのとき、なぜ追撃を制止しようとした」

 一呼吸おいた後のユリアの言葉に、自分の心臓が急に締め付けられる感触をレマは感じ取る。

(作戦終了です。指定されたポイントへ向かってください。これ以上の交戦は――無意味です)

 聞かれていた、というより自分でも不用意な提言だったと思っている。小細工をしても、モニタリングしている側から見れば全て筒抜けだった。

 レマはユリア主任からの厳しい叱責を覚悟する。

「今更、問いただしてもしょうがない。だが、これだけは覚えておけ。見逃そうとした相手がお前を騙していて、後ろから不意打ちを仕掛けたら? それでレイヴンが死亡したら? そのせいで任務が失敗に終わり、軍事企業と我々のコネクションにヒビが入ったら?」

 反論ができない正論をユリア主任は列挙していく。間違いなく、彼女は正しいことを言っていた。

「どっちにしろ、我々は仲介人だ。レイヴンと企業との間に入らないし、それに伴う責任も負わない――ただ、何百キロ先でオペレートしていようともお前は戦場に出向いている。そして、レイヴンはパートナーだ。お前の決断で、レイヴンは絶望的な戦場でも生き延びることができるし、あっけなく死ぬこともある」

 そこで一息つけようとしたのか、ユリア主任は再び煙草を吸う。

「以上を踏まえた上で、レイヴンをオペレートしろ。私からは以上だ」

 ユリア主任はそこまで言うと、レマからの返事を待たずに映像通話を終了した。それと同時に照明が落とされていた部屋に明かりが灯される。

 ガラス張りの、無機質な室内。ガラス越しには、ホログラム投影用の特殊カメラが格納されている。

 レマはしばらく、その場で立ち尽くしていた。

 自分の甘い考えを否定されたという、茫然自失という感覚がつま先から脳までを支配していく。

 それが数十秒ほど続いた後、レマはようやく気持ちを切り替えられたのか、部屋から立ち去ろうと歩き出した。

 

 

 

「熱源反応を確認。基数、四つ。13時の方向、距離七〇〇〇」

 過去の大戦による破壊活動及び環境汚染で、荒野化が進んでいるアビッソ荒野。赤褐色の大地しかないこの場所で、一機のアーマードコアが忙しく動いていた。

 レマはそれをオペレーティングシステム上で表示されている俯瞰図で確認しながら、アーマードコアを操縦しているレイヴンに熱源反応を報告する。

「了解。レマちゃん、そろそろ俺からのお誘いに乗ってくれてもいいんじゃないの」

 軽口を叩く若い男の声が、ヘッドセットから聞こえてくる。レマはその男の言葉に眉を顰めながら、感知された熱源反応をデーターベース上で照合した。

「敵部隊を照合。エクゾセを四機確認。会敵予想時刻、三分」

 レマはややうんざりとした口調で、敵がエクゾセであることを報告した。

 エクゾセ。

 ホバー型高機動MT。L字を二つ合体させたホバー脚部に、細長い機首とその両側面にプラズマキャノンを二つ搭載。

 武装はプラズマキャノンのみだが、その威力はACの装甲を一瞬で融解させるほどの高出力。

 障害物がない、荒野地帯。見通しが良い場所ということは、エクゾセのプラズマキャノンがいかんなく発揮できる。

 敵の動向には最大限注視する、とレマは決めた。

「ビーコンを設置しました」 

 レマはエクゾセの出現位置にビーコンを設置。すると、ACは彼女が置いたビーコンの場所へと向かう。

「りょーかい。敵の報告、忘れずにね」

 ヘッドセットから聞こえてくる聞こえてくる、おちゃらけた男の声。その声の主こそが、レマがオペレートしているACの操縦者――つまり、レイヴンだった。

 レイヴン名「ジュイサンス」。

 機体名「ピカロ」。

(常におちゃらけた性格をしている男。だがその性格からは予想もできないほどの、緻密かつ精密なAC操縦技術や射撃センスを持っている。元は地下セクションの治安維持部隊出身で、正義感が強い)

 傭兵斡旋企業が提供している紹介文をレマは思い出しながら、ジュイサンスと名乗る新人レイヴンと組んで早二週間が経とうとしていた。

 紹介文通りおちゃらけた性格と、業務上の付き合いとはいえオペレーターを口説くという節操のなさ。ビジネスパートナーとしては、コミュニケーション面では最低、とレマは評している。 

 だが、この男はその言動から想像ができないほどの類まれなACの操縦技術を持っていた。

 中量二脚型AC「ピカロ」は機動力を重視した機体構成をしている。高出力のブースターを搭載し、運動性能は抜群。

 時速三五〇キロメートルという速度を維持しながら、寸分の狂いもない回避行動で敵の射線に入らないという芸当。

 レマは自身が操作するUAVで、ピカロを追跡できなかったほどだ。

 そんなピカロの武装は右手にマシンガン。左手首にレーザーブレードを装備。背部兵装には小型ロケットと、ミサイルランチャーを搭載。更に肩部には対ミサイル用のデコイを内蔵していた。

 バランスが良い機体だが、火力に欠ける――とレマは感じている。

「エグゾセ、左右二手に別れました。距離四〇〇〇」

 四機のエクゾセが二機ずつ分散したのをレマは報告する。

「二手に分散ね。相手さん、対AC戦術を知っているっぽいなー」

 エクゾセの様子を見るため、ジュイサンスは機体のブースター出力を落とす。

「反企業組織といえども、企業の元MTパイロットが所属しているケースもみられます。油断はしないで」

 レマは左右に別れたエクゾセの予想進行ルートを、俯瞰図越しに線を引く。そうすることで、モニターとリンクしているピカロのメインモニターに予想進行ルートが反映される仕組みだった。

「こうも障害物がないと、一方的に砲撃を――おおっと」

 左側で展開していたエクゾセの一機から、プラズマキャノンによる砲撃が放たれた。それにいち早く気づいたジュイサンスは、機体を大きく右へと傾ける。

 巨大な大木を彷彿させる形状の、真っ赤なプラズマ弾が飛来。先ほどまでピカロが居た空間を貫いた。

「あぶねぇ。こうなると、後退しなきゃダメだよね」

 ジュイサンスはそう言いながら、すでにピカロを後退させていた。

「ピカロの機体速度を考慮すれば、エクゾセは追いつけません。ただ、武器の射程では向こうに分があります」

「さっきの砲撃も、距離四〇〇〇ちょいからFCS(火器管制システム)に頼らない目視射撃っしょ? こっちもやろうと思えばできるけど、ロケットランチャーではなぁ」

 ジュイサンスはやや芝居じみた口調で弱音を吐く。レマはうんざりしたため息をつきながら、俯瞰図からUAVへ視点を切り替える。

 砂塵を巻き上げながら、前進するエクゾセの後方をUAVは捉えていた。

「UAVに視点を切り替えました。いつでもいけます」

「さっすがぁ~レマちゃん。以心伝心ってやつかな」

 レマは咳払いをすると、ジュイサンスは笑いながら、悪い悪い、と謝罪する。

「今度は見失うなよ」

 ジュイサンスはそれだけを言うと、彼が操縦するピカロはオーバード・ブーストを駆動したのを知らせるアラームが鳴った。

 ACの背部に内蔵された、大出力のブースター。それが、オーバード・ブースト(OB)だった。

 大量のエネルギーを消費する代わりに、通常のブースター移動の二倍、三倍の速度を得ることができる内蔵兵装。

 OBによる巡行機動は、アーマードコアが最強の陸戦兵器だと言われる所以の一つだった。

 敵部隊の追撃、一撃離脱、ミサイル弾頭に対しての緊急回避――攻防一体の兵装。

 それが、オーバード・ブースター。

(時速800キロ――もう見えた)

 UAV上の視点では、機影すら見えなかったピカロの機体。しかし、OBによる時速800キロという馬鹿げた巡行機動で、文字通り「あっという間」に姿を現したのをレマは確認できた。

 追撃するエクゾセ部隊の間を、割って入るかのように縦断。そのまま、同部隊の背後を取る。直後、右側のエクゾセ部隊から爆発が引き起った。

 レマは爆発が起こった場所へUAVを移動させつつ、カメラをズームアップさせる。

「右方のエクゾセ部隊、一機大破。もう一機は中破しています。残り三機」

 レマは右方部隊がほぼ壊滅したことを知らせた。

 炎に包まれたエクゾセだったモノと、その後ろで機体後部に損害があったのか、ダメージコントロールをするためにその場で停止しているエクゾセが一機。

「計算だともう一機仕留めたはずだったけどなぁ」

 一瞬のうちに、二機のエクゾセを食い潰したジュイサンスは舌打ち交じりにぼやく。

「右方のエクゾセ、なおも停止中。左方のエクゾセ部隊は、右方の援護に向かっております。合流まで、残り三十秒」

 ジェネレーターを回復させるために、ブースターの出力を抑えながら前進するピカロの機影。

 レマはそれをUAVで確認しつつ、敵部隊の動向を報告した。

「向こうも手が早いねぇ」

 ジュイサンスはそう言いながら、彼が操縦しているピカロの背部に搭載されたロケットランチャーからHEAT弾が発射。

 ヘッドセット越しでも伝わるほどの重低音を轟かせながら、無防備な背後を晒すエクゾセに、間隔をあけて二発直撃した。

 爆発、炎上、爆発。

 エクゾセの機首が上空へと吹き飛び、プラズマキャノンの砲身が四散。

 ホバー部分はまだ生きているのか、炎上するエクゾセを数十メートルほど移動し、やがて停止。

「エクゾセ、撃破を確認」

 ピカロとの距離、約五〇〇メートルでエクゾセは大破。燃え盛る残骸と化した。

 ロケットランチャーはFCSによる自動照準が適応されない、いわゆる「目視射撃」を要求される。

 動いていない目標といえども、易々と直撃させる射撃技術。さらに言えば、時速800キロ前後という馬鹿げた速度を維持しながら、すれ違いざまにロケットランチャーによる目視射撃でエグゾセ二機を大破及び中破。

 とレマは予測していた。もっともピカロの動向を把握しきれず、レマはそうなった状況を憶測でしか察することができなかったのだが。

「エクゾセの射程距離圏内に入りました。距離二〇〇〇」

 プラズマキャノンを搭載したエクゾセの、射程距離に入ったピカロに対してレマは報告をする。同時にピカロはブースターを使って、その巨体を軽々と上空へと飛ばした。

 時同じくして、速度を維持しながら横並びで隊列を組む二機のエクゾセから、プラズマ弾が飛来。

 直線的なプラズマ弾の弾道は、上空へと退避したピカロへ直撃することは叶わなかった。

「右のエクゾセにミサイルを仕掛ける。片方の動向を逐次報告してくれ」

 ジュイサンスはそう言いながら、ミサイルランチャーへ武装を変更。ロックオンが完了し、ミサイルを発射する間は一切の反撃が出来なくなってしまう。

 ジュイサンスは回避に専念するため、レマに片方のエクゾセの動向を探らせる。

「了解。エクゾセ、迂回をしながら、ピカロの側面へ移動していると思われます」

 約二〇〇〇メートルの距離を保ちながら、側面から攻撃しようとするエクゾセをレマはUAV上でマーキングした。

「滞空行動は的にされます、一度着地を」

「了解だ」

 レマの進言にジュイサンスは聞き入れる。

 ピカロはブースターを一時停止させ、重力の流れに沿って地面へ着地。即座に地上で滑るように、ブースト移動を開始。

 緩急をつけた変則的かつ慌ただしく動くピカロの機体を、レマはUAVで追いかける。

「ミサイル発射準備完了」

「問題なし。敵のエクゾセ、こちらの動きに翻弄されています」

 上下左右と動くピカロの動きに、側面から攻撃を仕掛けようとしていたエクゾセはレマから見ても、慌てふためいていた。

 攻撃のタイミングを計れないし、このまま闇雲に砲撃をしても、明後日の方向へ飛来するのは明白。

「仕掛けてください」

 レマはジュイサンスにGOサインを出す。それと同時に、ピカロの右背部に搭載された筒状のミサイルランチャーから六発のミサイルが立て続けに発射。

 弾頭は煙の尾を引きながら、標的となったエクゾセに誘導される。その間にピカロは一旦、後退。

 そして、飛来するミサイルを必死に回避しようとしているエクゾセをレマは上空で監視する。敵に喰らいつくことしか考えないミサイル弾頭の純粋な加速と貪欲さの前に、エクゾセの回避行動は何の意味もなかった。

 六基の弾頭が、回避しようとするエクゾセの胴体へ一気に突き刺さろうとした。直後、オレンジ色の爆発がエクゾセを包み込む。爆炎の中から、エクゾセを構築していた鉄屑が四方八方から飛散。

 そして、砂塵という名の煙幕が周囲を覆った。

 オペレーティングシステム上には、ミサイルが直撃したエクゾセの反応は消失。

「エクゾセ撃破。残り一機。八時の方向、距離一五〇〇メートル。ターゲットマーク、ビーコンを設置」

 レマは残り一機となったエクゾセの位置と距離を報告。更に追従型のビーコンを設置し、リアルタイムでエクゾセの位置をジュイサンスに把握しやすいようにフォローを入れる。

 エクゾセは一矢報いようと、ピカロに攻勢を仕掛けようとするが、地上で複雑かつ機動力を活かしたピカロを捉えることはできなかった。

 エクゾセから、プラズマ弾が発射。見当違いの場所へ熱量弾が飛来、空を切る。

 その間にピカロはエクゾセとの距離を詰めつつ、側面を突くように大きく迂回。地上戦の立ち回りは、ジュイサンスが上手だった。

 ピカロは無防備な側面を晒すエクゾセをロックオンし、右手に装備されたマシンガンのトリガーを引いた。

 秒間三十発の速度で発射される、砲弾の弾幕。弾道は多少はばらけてしまうものの、ほぼ全弾がエクゾセの機体のどこかしらに直撃。

 プラズマキャノンは上下への射角を調整できるが、左右への回頭は不可能。反撃の手段がないまま、エクゾセはピカロから発射される砲弾を受け止めるしかなかった。

 五秒ほどの掃射で、約百五十発の砲弾の着弾。

 貫通、あるいは装甲を陥没させる勢いを持った砲弾がエクゾセに襲い掛かる。その様子を、レマはUAVの視点――上空から眺めていた。

 エクゾセはその場で停止。コクピットに搭乗していたパイロットは死亡しているのか、動く気配を見せなかった。

「敵部隊の全滅を確認。作戦終了です」

 UAVの高度を上げ、一帯を見下ろすレマは熱源反応がピカロだけになったのを確認。そのことを、彼女は報告。

 その後、ジュイサンスを回収するための輸送部隊を手配する。

「こちらオペレーター。作戦目標の反企業組織のMT部隊を壊滅しました。はい、作戦は無事完了。了解です、それでは待機します――レイヴン、回収部隊は約三分後に到着します」

 作戦が終了しても、オペレーターにはやることが山積みだった。

 レイヴンのACを回収する手筈の連絡、その間の周辺警戒や緊急の依頼への対応。気を緩む暇はない。もちろんそれは、レイヴンにも言えるのだが。

 やっかいな収支報告――企業からの報酬金や弾薬費、修理費などの計算は別の部署で清算してくれるのがせめてもの救いだった。

「レマちゃん、レイヴンだなんて余所余所しい言い方はやめてくれよぉ」

「――ジュイサンスさん、私語は慎んでください」

 ふと笑みが零れてしまうのを抑えきれない表情を浮かべながら、レマは観念した口調でジュイサンスに返事を返した。

「おっ、やっぱレマちゃんはそういう愛嬌があってこそだよぉ」

 陽気なジュイサンスに釣られてしまった。でもこの殺伐とした業務を遂行していく上で、彼の底なしな明るさに助けられてしまっている自分が居るのだと、レマは感じる。

「迎えのヘリが到着します。お疲れ様、ジュイサンス」

 レマは微笑みながら、ジュイサンスに労いの言葉を送った。

 

 

 

 そこで、目が覚めた。

 照明を落とした、自分の部屋。

 ベッドに体を預けて、睡眠をとっていたレマは寝汗が纏わりついており――というより、先程まで見ていた「悪夢」によるものだと気づかされた。

 うなされていたのか、呼吸が荒い。それに伴う発汗と、寒気が止まらなかった。

 レマは上半身を起こして、深呼吸を繰り返す。その間に目が暗闇に慣れてきたのか、照明を落とした自分の部屋をレマは見渡す。

 こじんまりとしたワンルームマンションの一室。一人暮らしをするようになってから、家具にもちょっとしたお洒落を気遣うようになった、自分だけの部屋。

 レマは今は何時なのか、枕元に置いていたスマートフォンを掴み、スリープ状態を解除する。

 深夜三時ちょうど。画面の時計アプリに表記された時刻を見て、レマはため息をつく。

(変な時間に起きちゃったな)

 心の中でそう思いながら、昨日の仕事は事務作業ばかりで疲れてしまったのか、定時退社した後、すぐに寝てしまったことをぼんやりと思い出す。

 記憶が確かなら、五時間以上は寝ている。今から特に何もすることもないし、このまま二度寝をするだろうとレマは考えつつも、夜風が浴びたくなった。

 その前に、寝汗を吹くためにクローゼットからタオルを持ってくるのと、乾いた喉を潤すために彼女は冷蔵庫へと向かった。

 寝汗を拭き、喉を潤したレマは寝間着姿のまま、部屋に設けられたベランダで夜風を浴びる。

 そして、高層マンションの中間層に部屋を借りているレマは、そこから眺めることができる眠らない都市を見つめていた。

 ひっそりとした明るさを保った、建築物。

 その下に設けられた道路で行き交う車。

 当たり障りのない、普段通りの街並み。

(敵の増援を確認。カイノスです。数は六機)

 レマが住んでいる都市の街並みは、一週間前の出来事を彷彿させるほどにあの時の場面と似ていた。

(クライアントから撤退命令の許可が下りています)

(このセクションは民間人の避難がまだ終わっていない。ここで俺が撤退したら、一方的な虐殺が始まってしまうぞ)

 殺気立ったジュイサンスの叫びが、未だに脳裏に焼き付いていた。

 依頼内容、企業管轄下の地下都市を襲撃した反企業組織部隊の壊滅。

(ジュイサンス、避難をしている市民がまだ残っています)

(おうよ。分かってるさ、被害を最小限に食い止めつつ、敵部隊を壊滅するってことだろ)

 あのやり取りを思い出すだけで、胸が締め付けられる。

(撤退してください)

(まだだ、まだ時間が――)

 その後に聞こえてきたのは耳障りなノイズと、ジュイサンスから発せられた短い悲鳴だった。

 高層ビルの屋上で待機していた、複数のカイノスによるミサイル攻撃。ピカロは民間人の被害を考慮しながら移動していたため、対処が遅れた。

 もちろん、レマもUAVで民間人の避難状況を調べていたため、カイノスの不意打ちに気付けなかった。

 クライアントは確かに、地下都市の被害は最小限に食い止めろと言っていた。しかし、ジュイサンスとレマはそれを――過大解釈していた。

(レイヴン、ドロップアウト。レイヴン、ドロップアウト)

 無感情で、報告をしていた。

 その後、トイレで吐いてしまった。様々な感情が渦巻き、そして初めて見聞きした「人の死の瞬間」のせいで、レマは昼食で食べたサンドイッチの残り滓を吐いた。

(そうですか、担当レイヴンが死亡したと。了解です。それでは次の担当が就くまでの間――)

 業務マニュアル通りに、社内ネットワークで担当レイヴンが死んでしまったことをウェイスSVに伝えると、彼女は非常に淡々とした口調でこの後のことを話し出した。

 それはまるで、「アルバイトが一人辞めてしまったから、次のアルバイトを探す」という風にレマは感じてしまった。

 まるで、レイヴンがモノとして扱われているような雰囲気を悟ってしまう。

「違う、私はそんな機械じゃない」

 レマは必死に否定しながら、静かに涙を流した。

 そこでようやく、レマはジュイサンスが死んでしまったことを現実として受け止めることができた。

(レイヴンはパートナーだ。お前の決断で、レイヴンは絶望的な戦場でも生き延びることができるし、あっけなく死ぬこともある)

 忘れたくても、忘れることができないユリア主任の言葉がずっと頭の中で渦巻いていた。

 あの時、民間人の被害を度外視して、ジュイサンスのオペレートのみに集中していれば?

 ジュイサンスを上手く言いくるめて、戦闘だけに集中させていれば?

 いくらでも、彼を救うことはできたはずだった。

 しかし、民間人の被害はどう説明すればいい。

「私と、あの人は間違っていない。間違っていないんだ」

 レマは必死に自分を肯定するために独り言を呟く。

 そして、ジュイサンスと自分が守ろうとしていたあの地下都市の街並みと、ベランダから眺めることができるこの街の夜景がひどく似ていた。

 

 

 

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