Sixth Call「Complaint」
「ターゲットマーク、ビーコンを設置」
「敵、散開しました。マーカーによる追跡を続行中。モニターへ共有開始」
「マーカーアルファ、撃破を確認。敵部隊が後退しています。追撃を」
無感情な女性の声が、ヘッドセット越しに聞こえてくる。
一般的なオペレータールームと大差ない個室で、一人の女性は腕組みをしながら椅子に座っていた。
オペレータールームに居るのに関わらず、彼女は一切の動作をせず、ただヘッドセットから聞こえてくる女性の指示を黙って聞いていた。
「敵機、残り三」
目の前に置かれているモニターには、指示を出しているオペレーターのモニター映像が共有されている。
潰走するMT部隊の背後を、アサルトライフルで容赦なく砲撃するアーマードコアの姿が映っていた。
アーマードコアのカメラアイから送られてくるリアルタイム映像を、ユリアはただ無表情で眺めてる。
傭兵斡旋企業オペレーター部門統括主任「ユリア・シューエン」は、とあるオペレーターの業務をモニタリングしていた。
勤務年数二十二年。地道にキャリアを積み上げてきた。
現場責任者はスーパーバイザー(SV)のアリシア・ウェイス他三名と、それを補助するサブスーパーバイザー(SSV)六名で現場を運営させている。
ユリア自身は本社との運営会議はもちろん、SVとSSVの運営をチェックし、不備があればそれらの修正を。さらには、オペレーター部門の営業――軍事企業各社にオペレーター業務の外注案内で動いている。
その合間にユリアは時折、気になっているオペレーターの業務内容をモニタリングでチェックしていた。
「オペレーター、敵機の場所を再確認したい」
「了解。マーカーを設置、確認をお願いします」
レイヴンとオペレーターの、他愛のない状況確認のやり取りを聞いた後、ユリアは手前に置かれていたキーボードを慣れた手つきでタッチした。
モニターはユリアのアカウント名義でログインしているオペレーターのツールソフトウェア画面へ。
無線接続されたマウスを動かし、現在オンライン状態になっているウェイスSVへの通話を開始した
「お疲れ様です。ウェイスです」
ワンコールもしないうちに、ウェイスがユリアからのコールを受け取った。
「三十分後にオンラインミーティングだ。Dラインの人員を再配置する。君とシドレーSV、モライスSSVは出席するように」
「――了解致しました」
怒気を孕んだユリアの招集に、神妙な声色でウェイスは返事をする。その後、ユリアは間髪を入れずに通話を終了した。
ヘッドセットを外し、テーブルの上へ静かに置く。
ユリアはマウスを動かし、モニタリングがまだ接続状態だったレマ・ラインズとのリンクを切断した。
金曜日。現時刻、午後四時四十五分。
午前中はベラ・ラフマのアリーナを観戦し、彼女向けの時事ニュースをメーリングにして発信。
午後は、彼女が受注している企業からの依頼を確認。向こう三週間は、週に三回の依頼を受けている。土曜日と日曜日はベラ・ラフマなりのポリシーなのか、絶対に依頼は受けておらず、オフの日。
業務は十五時時点で終了。そのまま直帰でも良かったが、本社警備部隊の通信手業務という、好きな時間にシフト勤務できる「小遣い稼ぎ」をやろうとする矢先だった。
場所、本社内オペレーター部門統括主任ユリア・シューエンの個人オフィス。
ワンルームほどの室内。部屋の奥に設けられたデスクに置かれているノートパソコンのモニターを見ながら、椅子に座ったユリアは一メートルほど離れたところで立っているレマに近況を訪ねた。
三十分ほど前、ユリア主任から直々の面談がメールで届いた。そして、今に至る。
「ああ、椅子にかけてくれ。かしこまらなくてもいい」
「――失礼します」
ユリアの催促を受けて、レマはお辞儀をした後、椅子に座る。背筋を立てて、足をまっすぐ揃える。まるで面接をするかのような姿勢だった。
一方、ユリアはしばらくノートパソコンのキーボードで書類か何かを作成しているのか、不規則なリズムで打音が鳴る。
それが三分ほど続いた後、ユリアは息を吐きながら、ノートパソコンを閉じた。
モニターに隠れていた、彼女の視線がレマを向く。
「業務は順調かね」
優しい笑みを浮かべながら近況を尋ねてくるユリアに、レマは少し面食らってしまった。
主任直々のお呼び出し。二ヶ月前の叱責を受けた身としては、それを覚悟していた。
「そつなくこなしています」
迷うことなく、レマは返事をする。順調。業務は順調に回っている。
申し分ない給与。やや不規則な生活だが、完全週休二日のシフト勤務。
月が替わるごとに、レマの部屋は豪華になっていく。
最新の大型液晶テレビ、化粧台、アロマオイルの香りがするクッション――欲しいものは手に入った。
今月は、新車を買おうと思っている。既にマンションの地下駐車場の契約は済ましていた。次の休みのときに、ディーラーにカタログを見せてもらう予定。
「それは結構。先日、君の業務をモニタリングさせてもらった。良い感じになってきたようだね」
満足げなユリアの言葉に、レマは嬉しさの表情を押し殺すために唇を噛み締める。
「とんでもありません。まだまだ、至らぬ点がありますので」
「――順調な所、申し訳ないが明日より担当レイヴンとのオペレーター業務は終了。担当しているレイヴンには通達済みだ。次の担当は決まっているから、ウェイスSVからのメールを見てくれ」
十秒ほどの無音。レマは言葉の意味を理解するのに、時間がかかってしまった。
沈黙が漂う中、ユリアはレマの出方を伺うかのような表情を浮かべている。
ある意味、この話はレマにとって、「ほっと撫で下ろす」ことだった。
あのまま、ベラ・ラフマの担当を続けていれば――いつか、心が壊れてしまいそうだなと思っていた。
そうならないためにレマは感情を押し殺し、淡々とオペレートをしていた。しかし――。
(担当が変わってしまう理由を、お聞きしたいのですか)
レマは反射的に、ユリアへ今回の案件の理由を求めようとした。だけど、言えなかった。
ベラ・ラフマが降りるか、それともレマが降りるのかのどっちかだった。それを、第三者であるユリアが決めてしまった。
なぜ彼女が決めたのか――分かりきったことだった。レマが不甲斐ないのだと。
わざわざ自分から、その不甲斐なさを証明しようとするほど、レマも意識は高くない。
「さて、話は終了だ。何か質問はあるかな」
「質問はございません」
レマは極めて機械的に返事をした。
ユリアとの面談が終わった後、レマは自身のオペレータールームへ戻っていた。
本来ならば、新車のローンを補填するための「臨時通信業務」も、とうにやる気が失せている。
レマは意気消沈しながら椅子に背中を預け、薄暗闇の中、心を落ち着かせていた。
何とか現実を受け止め、ウェイスSVから届いていると思われる、次の担当レイヴンに関するメールを閲覧しようとした。
PCを起動し、いくつかのアプリが自動的に起動される。その中の、社内メーリングアプリをレマは拡大表示した。
『新規の担当レイヴンについて』
ウェイスSVからのメールが新着で受信されていた。レマはその件名だけを確認し、開封はしない。
(内容の確認は、明日でいいや)
とてもじゃないが今、それを確認する余裕は無い。あったとしても、頭の中に入ってこないからだ。
今日はもう退社しよう。
「メッセージを受信しました」
レマはそう思ったとき、自動的に起動していたオペレーター用アプリケーション「For NEST」から新着メッセージを受信したというポップアップ通知がモニターの右端へ表示された。
『To:ベラ・ラフマ 件名:無題』
それに続いて、よほどのことが無い限り、もう交流は無いだろうと思っていた人物からのメッセージ通知が表示される。
レマは突然、動悸に襲われた。不意に心臓の鼓動が速くなり、息苦しくなる。
ベラ・ラフマからのメール。それは、どんな内容かおおよその予想はついていた。
担当を外されたオペレーターへの小言、あるいは不甲斐なさを嘲笑する内容。
(私は、自分を押し殺してオペレートしていただけなのに)
レマはモニターの前で前のめりになりながら、蹲る。そして、静かに泣いた。
「はぁ。オペレーター、敵戦力の確認をしたい」
気怠い男の声がヘッドセットから聞こえてくる。レマはUAVから受信されている、上空からの俯瞰映像を基に、3DCGで情報処理されたレーダーをミニウィンドウでモニターに表示した。
「敵機、四機を確認。増援は無し。データリンクさせます」
青点を囲むように、四個の赤い点が点在していた。それは、戦術的な意味合いや隊列をなしていない。レマから見れば、有象無象の集まりだった。
「てんでバラバラかぁ。まとめて始末したいけど、各個撃破だな。十四時の方角から時計回りで撃破する。こっちが見れていない敵の報告をしてくれ」
ため息交じりに早々ない依頼完了を望んでいた男――レイヴン、クリストファーはレマにオペレートを依頼した。
レイヴンネーム:クリストファー
『傭兵業二十年のベテランレイヴン。状況に応じた選択は間違いがない程の計画性を持っており、絶望的な戦況でも必ず生還する』
「了解しました。分散している敵MTを個別でマークします」
3DCGレーダー上で、分散した熱源反応にレマはビーコンを設置。クリストファー側にも共有をする。
作戦区域:資源管理特区『ムーザ砂漠』北部。
依頼内容:輸送ルート上で襲撃するゲリラ組織部隊の壊滅。
「今から突貫する。オペレートしてくれ」
AC一機が余裕で隠れることができる丘の陰。そこに待機していた一つの物体が飛び出した。
ACネーム:プロメテウス。
『最新鋭のホバー機能を搭載したタンク脚部によって、火力と機動力を両立した重装AC。クリストファー自身の老獪な戦術も相まって、タンク脚部とは思えない三次元戦法を得意とする』
クリストファーが搭乗しているプロメテウスは、三〇〇〇メートル先で牽制射撃を続けていた高性能MT『カイノス/EO2』と向かい合う。その瞬間、カイノスの反応が消失した。
「アルファ消滅。ブラボーは四〇〇〇メートル先、動いていません。チャーリーはブラボーに合流する動き有り」
ムーザ砂漠北部は丘が点在しており、敵MTはそれらの陰へ隠れている。
キャタピラによる鈍重な移動――時速一〇〇キロ程度の移動しかできないタンク型ACは敵にとって、態勢を立て直すのに充分すぎるほどの時間を与えてくれる。
しかし、プロメテウスを示す青い点は時速二〇〇キロで前進。扇状に点在している、敵MT――ブラボーに向かった。
アーマードコアの脚部パーツの中で、比較的新しいカテゴリーに位置する「フロート」。それは、疑似反重力装置を脚部に埋め込むことによって、半永久的に浮遊状態を維持する特殊なものだった。
主に水上や不整地での活動、あるいは高速移動による目標への到達、急襲を主とした用途でアセンブルされる。
その反重力装置を鈍重かつ制圧力、拠点防衛に特化したタンク脚部に組み込まれたのが、「ホバータンク」。プロメテウスの脚部がそれだった。
水上でのホバー機能は搭載されていないが、地表二メートルを半永久的にホバリングが可能。そして「カエル飛び」と称される特殊な操縦によって、時速二〇〇キロの「前進」が可能だった。
「チャーリー消滅」
ブラボーと合流しようと、崖から飛び出てきたカイノスをクリストファーが見逃すはずもなかった。
もっとも、背部兵装にレーザーキャノン、垂直落下式ミサイルランチャー。携行武器には、スプレッド・バズーカとグレネードランチャーを搭載した、タンク型ACが時速二〇〇キロで前進してくる。
MT単騎ではどうしようもないという判断は正解だったが、射線に出たのは不味かった。だが、五〇〇〇メートル先からの狙撃は誰にでも想定はできない。
「残り一機。ブラボー、待機のまま」
「了解」
クリストファーの返答と同時に、プロメテウスは垂直落下式ミサイルランチャーを起動。崖にずっと隠れているカイノスの頭上に向けて、四基の中型ミサイルが上方へ射出。
ミサイルに気付いたカイノスは慌てて回避行動を取ろうとするが、遅かった。
3DCGレーダー上で紫のマーカーで表示されているミサイルの弾頭群は、健気に回避行動へ移る赤い点と重なった。
その瞬間、赤い点は消滅。プロメテウスを示す青い点だけが残った。
「敵部隊の全滅を確認。作戦終了です」
作戦終了を確認したレマは慣れた手つきでクリストファーの回収及び受け入れ先ガレージへの連絡を飛ばす。
「了解。それじゃ回収地点までナビゲートしてくれ」
終始、気怠い口調を崩さないクリストファー。ベテランにもかかわらず、彼はずっとこのような「二束三文」の依頼しか受諾していない。
だがレマは疑問に思わない。なぜなら、彼には事情があった。
『――現在、専属的に雇用されている軍事企業からのオファーもあり、傭兵業から身を引こうとしている』
引退間近のレイヴン。それがクリストファーだった。
そんな彼をナビゲートすることになったレマは、最初は複雑な気持ちだった。何回か仕事をこなしていくにつれて、その気持ちも杞憂にすぎないと感じた。
「オペレーター、今月と来月の依頼は何件あるのだっけ」
クリストファーからの通信がヘッドセットから聞こえてきた。
肩肘を張らずに済む状況の中、レマは生温かくなったコーヒーが入った紙コップを手に取る。
「十件です。どうかしましたか」
受諾している依頼の把握は、オペレーターの鉄則。迷うことなく即答したレマは、クリストファーからの次なる質問に備えて、コーヒーを手早く一口飲む。
「十件、か。多いのか少ないのか、分からんな」
クリストファーの、少し疲れた笑い声がヘッドセットから聞こえてくる。
引退間近もあって、クリストファーはフランクな受け答えとお喋りが多い。引退間近のレイヴンに新米オペレーターが配属。「厄介払い」と言いたげだが、クリストファーはそれを理解している。
「どれもこれも、有象無象の武装集団を壊滅する任務だ。そっちも、刺激があった方がいいって思ってるかなってな」
「刺激が欲しいと言えば失礼ですし、欲しくないと言っても失礼です」
自嘲気味なクリストファーの問いかけに、レマは打つ手なしと言いたげに返す。
「はっはっはは。確かにそうだな」
陽気だが、どこか疲れが見える笑い声がヘッドセットに聞こえてくる。レマも釣られて、笑みがこぼれた。
「二十年、この仕事をやってきた。ベテランという箔が付いたが、疲れたよ。企業の軍事顧問といっても、デスクワークだし丁度いいかなってな」
「転職、大成功じゃないですか」
レマのある種の羨望も込められた発言に、ヘッドセットの音量調整機能が作動するほどの笑い声が聞こえた。
「――久々に笑ってしまった。オペレーター、あんたは面白いことを言うもんだな」
その後もクリストファーは大声を出しながら、笑った。
喧騒が、徐々に遠くなっていくのが実感できた。
ロンググラスの中に、一口分だけ残ったウィスキー「マッカラン」の水割りを勢いよく、レマは飲み干す。
椅子の背もたれに倒れない程度に重心を預け、感嘆を漏らす。その間に、カウンター席へ座っているレマの隣に、誰かが寄ってきた。
「ちょっと、もう出来上がってるじゃない」
「シャロン」
呆れた表情でレマを見つめるシャロンが隣に立っていた。パーマをあてたセミロングヘアをポニーテールにし、ジーンズにパーカー。これがシャロンの、通勤時の格好だった。
「久しぶりに退勤が被ったからって、そっちのお誘いで来てみれば出来上がってるってどういうことさぁ」
愚痴を言いながら、レマの隣の席へシャロンは腰を下ろし、ニヤニヤしながら肩肘で小突く。レマはそんな無邪気なシャロンに、笑ってしまう。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか
カウンターで接客をしているスタッフがオーダーをシャロンに伺う。
「モスコミュールとトマトソースの鶏肉ソテーを。取り皿は二つ」
シャロンは慣れた口調で注文を頼む。その後、羽織っていたパーカーから煙草の箱とジッポライターを取り出した。
「まー久しぶりね。それで、今日はどうしたの」
左手の人差し指と中指の間に煙草を一本挟むと、シャロンは隣に座っているレマに今日のお誘いの目的を尋ねた。
シャロンとはかれこれ、二週間ほど会うことも、立ち話をする機会にも巡れまれなかった。私用のスマートフォンでの通話やアプリを使ったチャットで業務内容のことを言うのは就労違反になる。
そのため社内メールで予定のすり合わせをして、ようやく本日、会うことができた。
「担当、変わっちゃった」
レマはシンプルに、この二週間で起こったことを話す。カウンター席の向こう側、ボトルキープされたウィスキーやワインを保管している棚が正面に置かれている。
眠気を誘うジャズのBGMと、酔いのせいで微睡むレマの顔。それが、棚のガラス戸にぼんやりと映っていた。
「良かったじゃない、レマ。悩みが解決ってことでしょ。あ、どうも」
シャロンは少し気がかりだったレマの担当レイヴン――ベラ・ラフマから外されたことに喜びと驚きを見せた。その後、スタッフがシャロンが頼んだモスコミュールと鶏肉のソテー、レマの酔い醒ましでオレンジジュースがそれぞれの目の前に置かれる。
「とりあえずさ、積もる話もあるんだし。乾杯」
「そうね、乾杯」
銅製のマグカップとロンググラスの、加減をもって重なり合う音が響いた。
シャロンとレマはお互いに飲み物をひと口飲んで、一息をつく。シャロンは煙草を咥えており、ジッポライターの火を灯し、喫煙する。
シャロンの周りに紫煙が漂う中、レマは口を開いた。
「ユリア主任にモニタリングされて、それで担当を変えられたの。それってさ、私が担当レイヴンと合っていないって判断されたってことじゃない。つまり、私の実力が伴っていないと」
ベラ・ラフマの非情な判断は間違っていない。むしろ、企業の依頼を完遂させるためには「必要不可欠」な判断だった。
そんなレイヴンの判断を、オペレーターであるレマは許容できなかった。その感情を押し殺していたが、それでもユリア主任に見透かされていた。無論、ベラ・ラフマもレマの心境を知っていたであろう。
だからこそ、ベラ・ラフマからのメールは今でも見れていない。
「今の担当とは上手くやれるの」
シャロンはレマに質問をした後、モスコミュールをひと口飲む。その後、すぐ傍に置かれている灰皿――火が灯ったまま、紫煙を漂わせてる――煙草を左手の指の隙間に挟んだ。
「えっ、まぁそれなりには」
突然の質問だったが、レマにとってクリストファーは「安心できる」レイヴンだった。肩を張るような危険な任務は受けず、状況報告をするだけで仕事が終わる。
何より、クリストファーの任務は「第三者が巻き込まれる」ことがなかった。
「だったら、それでいいじゃん。担当との相性もあるし、後々のトラブルになる前に配置変えさせたユリア主任の判断は正しいよ」
真っ当な正論を言いながら、シャロンは一服をつける。
レマは何も言えなかった。元々、シャロンの前職が軍事企業のオペレーターだっただけに合理的な考えを持っているのは分かっていた。
ユリア主任という「上司」から言われるよりも、「同期」であるシャロンに突きつけて欲しかった。
歪んだ発想だとつくづく思う。だけど、レマにとってはこれが一番の解決策だった。
「でも私、レマのそういう譲れないところは尊敬するよ。機械みたいに受け答えして、マウスとキーボードを操作するの、嫌だよね」
シャロンは食い気味に咥え煙草をしながら、隣の席に居るレマににじり寄った。
野暮な煙は、もう慣れた。だが、少し怖い笑み――というよりかは、愉快な――でこちらを見つめるシャロンの表情は初めて見るため、慣れなかった。
「私『も』昔はそうだった。だけど、この前に話したことが原因で機械になるしかなかったの。あの仕事をやっている人たち全員に当て嵌まるよ。もちろん、レマだって片足を突っ込んでるけどさ。」
鼻息荒く、シャロンはレマと同じく譲れない矜持を持っていたことを告げる。
民間人の安全を優先した結果、戦友を失ったというシャロンの過去。
片足を突っ込んでいるということは、レマは人の生き死にをモニター越しで眺めていて、さらにそれの指示を出しているということを。
こうやって、公の場でも「レイヴン」と「アーマードコア」と「オペレーター」という単語は二人の間で一切出ていない。
世間一般では、「レイヴン」という単語は畏敬されている。もちろん、レイヴンを相手に商売をする傭兵斡旋企業も同様だった。
提携している軍事企業や傭兵斡旋企業によって、レイヴン並びに従業員の身の安全は充分に配慮されている。しかしそれでも、一部の団体が敵視しているのは仕方がないことだった。
「私も、ウェイスSVも、ユリア主任も、機械になることで仕事を受け容れることができた」
まるでレマがこちら側では無いかのような、シャロンの口素振りだった。
片足は踏み込んでいる。でも、もう片方が残っている、と暗に言っている。
「レマ、貴女はどうかしら」
シャロンはレマに問いかける。実際、レマは何度も「向こう側」に行く準備が出来ていた。
ジュイサンス、ベラ・ラフマ。もしかすれば、クリストファーも。
だけど、向こう側には行けなかった。それがシャロンの言う「譲れない」ことがあるから、とは言い切れない。
「ねぇ、答えて――」
シャロンはそこまで言うと、ハッとしたような表情に切り替える。その後、それまで浮かべていた笑みから、彼女らしい照れ笑いを浮かべた。
「やだ、私ったら。お酒のせいで、少し熱くなったみたい」
燃焼し、先端が灰になった煙草を唇から離して、手元にあった灰皿へ落とす。その後、フォークを使って、自分の取り皿に置いていた鶏肉のソテーをひと口分、突き刺す。そして、口の中へ入れた。
「ん~美味しい。レマ。この仕事は担当を三人分経験すれば慣れるってのが通俗なんだからさ。これが今、私の担当だったらやばいよ。ずっと汚い言葉で――」
シャロンは先程の話を無かったかのように、話し出す。レマはそれを聞きながら、自分が「向こう側」ではないことを痛感した。
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