OPERATOR   作:hilite989

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INTERVAL 7.5 「HAVE A NICEDAY」

 

 

『きっと、あの人と同じ気持ちで拾ったのだろうか』

 

 

 

 月曜日、小銭稼ぎのアリーナバトル。C-12「ラケルタ」と対戦。結果は勝ち。収支五万コーム。ランクの変動は無し。

 

 火曜日、仕事。収支プラス四万コーム。

 

 水曜日、仕事。収支プラス十万コーム。ランクC-8の「ラジジャン」と交戦、撃破。そのおかげで、アリーナのランクが繰り上がり。C-7に昇格。

 

 木曜日、小銭稼ぎのアリーナバトル。C-6「パリヤッソ」と対戦。結果は負け。収支ゼロ。試合後、パリヤッソから「また挑戦するんだな」とメールが来た。死ね。

 

 金曜日、仕事。収支プラス六万コーム。

 

 土曜日、日曜日はオフ。これは「ベラ・ラフマ」にとって、譲れないポリシーだった。

 

「――」

 

 左手首に巻いていた耐久型のデジタル時計のディスプレイを見ると、午前六時十五分と表示されていた。ベランダを遮っているカーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。

 ベランダの脇に置いているベッドの上で目を覚ましたベラ・ラフマは、真っ白な天井を数秒ほど眺めた。

 

「ニャアニャア」

 

 甲高い鳴き声が耳元からベッドの下、床から聞こえてくる。ベラ・ラフマはそこでようやく意識が覚醒し、上半身を起こした。その間にも、甲高い鳴き声は止まらない。むしろ、こちらが起きたことに気付いて、声量を大きくしていた。

 彼女は右手で瞼を擦りながら、天然の目覚まし時計を止めるためにベッドから出る。

 

「ニャッ」

 

 ベッドから出てきたベラ・ラフマに、まるで朝の挨拶かのような鳴き声をあげる。そんな挨拶をしてきたのは、一匹の子猫だった。

 身体をそわそわさせながら、前足と後ろ脚をきちんと揃えて座っている。

 黒と白のツートンカラーの子猫。愛嬌のある顔で、ベラ・ラフマに向かってひたすら鳴いていた。

 

 

 

 一人で暮らすには、やや広い1LDKの一室。寝室から出て、リビングに向かうベラ・ラフマの後ろを、子猫が付き添っていた。

 

 ベラ・ラフマはリビング用のテーブルに置いていたコップを手に取り、その横に置いていた濾過装置付きのポットから水を注ぐ。まずはそれをひと口飲み、寝ている間に失っていた水分を潤す。

 その後、視線を下へ向けると、自動給水機で水を飲む子猫の姿があった。

 

 飲み水に夢中になっている子猫を尻目に、ベラ・ラフマは食器棚兼キッチンボードの棚を開ける。

 子猫用の、ドライフードがたんまりと詰まった筒状のプラスチックケースを取り出す。

 その物音で餌が貰えると悟った子猫は、水を飲むのを中断し、ベラ・ラフマの足元に向かって走り出す。

 

「いったた。ちゃんとあげるから大人しくしろ」

 

 寝巻姿のため、ベラ・ラフマはTシャツにショートパンツというラフな格好をしている。そんな彼女の右足に、子猫が遠慮なく爪を立てながらしがみついた。

 普段から鍛えているとはいえ、ベラ・ラフマは痛がりながら、本能のままに餌を求める子猫を諭す。

 

 彼女は、リビングテーブルから少し離れた所に置いている猫用の食器に向かう。その間、猫はベラ・ラフマの右足に付きっきりだった。

 猫用食器に適量のドライフードを入れようとすると、すでに子猫は右足から離れており、今にでも食器に齧りつこうとしていた。それでもお構いなしに、彼女は食器に餌を入れる。

 

 子猫を拾ったのは、偶然だった。

 帰り道、偶然にも捨てられていた子猫をなぜか拾ってしまった。

 段ボールの中で小さくうずくまりながら、こちらに向かって威嚇する子猫。その日のうちに動物病院へ連れて行き、診察。

 生後約二ヶ月の、性別はオス。健康体だった。

 

(ワクチン接種済みの反応がありますので、捨て猫ですね。物好きな人が野良にワクチン接種するのですが、段ボールの中に居たってことは捨てられたんでしょう)

 

(室内飼育に限り、猫の平均寿命は二十歳になっています。延命処理や手術込みの話ですが、医療技術の進歩ということです。この子を迎えるとなると――)

 

 自分はレイヴンという傭兵稼業を営んでいる。

 金のために人の生き死にを左右する、商売。

 そんな自分が、小さな命を育てようとしているのはあまりにも滑稽で、偽善的だった。

 

 

(――ついてこい。この世界で生き残るコツを教えてやる)

 

 なぜこの子を拾ったのか、理由は簡単だ。

 あの人の真似事――彼には出来なかったこと――をやっているだけだった。

 

(――偽善者、か。確かに、俺はそうだろうな)

 

 夢中になって餌を食べる子猫を、ベラ・ラフマは中腰の姿勢で眺める。

 傭兵斡旋企業に登録しているレイヴンが任務中、任務外でもかかわらず、死亡となった場合、所有している財産は全て回収される。

 

 一括で購入したこのマンションの一室、所有している車、テレビ、スマートフォン、挙句は靴下や下着も、ベラ・ラフマが死亡すれば傭兵斡旋企業が全て回収する。

 

(自分が死んだら、こいつはどうなるんだろうな)

 

 それじゃこの子猫はどうなるんだろうか、と考えてしまった。

 

(ある程度のコームを傭兵斡旋企業に預けておけば、親族や配偶者向けのアフターサービスがあるのだが)

 

(いっそのこと、今担当しているオペレーターにこいつの面倒を頼んでみるか)

 

 身も蓋もないことをベラ・ラフマは想像するが――今の担当オペレーターはかなりの堅物。そんなことを言えば小馬鹿にされるのが安易に想像でき、却下した。

 

「レマ・ラインズなら、引き取ってくれそうだな」

 

 前回の担当オペレーターである、レマ・ラインズなら――そんなことを不意に思ってしまった。

 これまで出会ったオペレーターの中で、「血が通った存在」だとベラ・ラフマは思っていた。

 それはレマが新米だから、というわけではない。自分なりの矜持を持って、オペレーターという仕事を続けている。

 だからベラ・ラフマは内心、レマのことを高く評価していた。彼女となら、軍事企業から依頼される、「危険度が高い仕事」も難なくオペレートしてくれるだろうと。

 

 だが、現実は非情だ。レマはレイヴンという「向こう側」を知ってしまい、「血が通っていない振り」を演じてしまった。

 それにベラ・ラフマが気づくよりも早く、恐らくレマの上司が先に手を打った。

 少し、もったいなかったと思う。

 

「突然の配置換えで、私も驚いている。だが、君はこれまで担当してくれたオペレーターの中で、優秀だったと私は思っている。機会があれば、また担当になることを願う。それでは」

 

 ベラ・ラフマはこれまでキツく当たってきたレマのことを考え、配置換えの際に励ましのメールを柄にもなく送ったほどだった。

 

「彼女、元気にしていると思うか」

 

「ニャニャニャア」

 

 ドライフードを幼い歯で噛み砕きながら、満足そうな声で子猫は鳴く。ベラ・ラフマは、そんな無邪気な子猫の頭を撫でた。

 

 

 

 TIPS:ベラ・ラフマ 年齢:二十九歳 アラビア系女性。

 レイヴンランクC、アリーナランクC-7。活動期間は十年。ACは重量四脚AC「ソッム」

 数年後、任務遂行中に大怪我を負ってしまい、レイヴンを引退。現在は一般市民として、悠々自適に暮らしている。

 

 TIPS:キヤーナ 年齢:二十八歳(故人) アラビア系男性。

 レイヴンランクB、アリーナランクB-4。活動期間は七年。ACは重量四脚AC「タクフィール」

 企業間紛争で身寄りがなくなったベラ・ラフマを引き取り、レイヴンとして叩き上げた。

 任務遂行中、ベラ・ラフマと交戦。戦死。

 

 

 

『さぁ今日も働け、キリキリ働け』

 

 

 

 ウェイスSV(スーパーバイザー)は疲弊していた。

 新卒のオペレーターはともかく、中途採用のオペレーターを一気に採用するこの時期は、ろくに休みもない状況だった。

 

 スーパーバイザーは担当のレイヴンは持たないものの、三十人規模のオペレーターの業務や運営管理をSSV(サブ・スーパーバイザー)二名、合計三名と共にこなしていく。

 ウェイスの上、オペレーター部門のトップであるユリア・シューエン主任はSVの業務を一括して管理していた。

 

 そのため、運営管理に不備や粗があると、ユリア主任から直通のボイスチャットが飛んでくる。特にこの時期は粗が目立つため、余計に「お小言」の頻度が多い。

 

「ウェイスSV、Bラインのクララさんの担当が『アウト』です」

 

「分かりました。Aラインで二名掛け持ちをしているアンナさんの担当をそちらに再配置してください」

 

「Dラインで企業側からクレームが発生」

 

「了解しました。モライスSSV、対応をお願いします」

 

「ユリアだ。ウェイス、先程のクレームについてだが、なぜシャルロッタをDラインに配置した。彼女はまだEラインで充分だろう」

 

「申し訳ございません、ユリア主任」

 

「以後、無い様に頼むぞ」

 

「Cラインで退職者が一名」

 

「Bラインのフリードリヒさんがまだ一名しか担当していないので、引継をして掛け持ちさせてください」

 

 激動の日々に追われている。

 ウェイスはオペレータールームの椅子に背中を預けながら、お湯で温めたハンドタオルを目に当てていた。

 眼窩疲労には、これがちょうどいい。

 彼女はオペレーター仕様の制服を少しだけ着崩し、だらしのない格好で天井を見上げていた。

 

 ようやく今日の業務が終了。夜勤の運営管理については、モライスSSVに任せている。彼女もまた、夜勤が終わればようやく休みと言っていた。

 

 食堂に行く気力もなく、こうなることを見越したウェイスはあらかじめ軽食のサンドイッチや飲み物を用意していた。

 だが、それすらも飲み食いする気力が無かった。

 

(あー。ようやく休み。掃除洗濯諸々ありすぎて、一日じゃ物足りない)

 

 時刻は十九時半。即退社、という気力すら湧かないほどの疲労感。

 帰宅しても、夕飯を作る気力はない。かといって、帰り道に飲食店に寄るほどでもない。

 

 ウェイスは無為に時間を消費し、まだ口をつけていないサンドイッチを食べる気力を回復しようとした。

 

 十数分も時間を消費した後、ようやく喉に食べ物が通る意欲が出てきた。

 ウェイスは目を覆っていたハンドタオルを手前のデスクへ置き、代わりにサンドイッチなどが入ったレジ袋に手を伸ばした。

 

「――」

 

 制服のポケットに入れていた私用のスマートフォンから、着信を知らせるバイブレーションが響いた。

 ウェイスは反射的にスマートフォンを取り出し、画面を見た。

 TEL:ユリア・シューエン主任。

 

「あっ」

 

 ウェイスは思わず声が出てしまった。

 業務終了と同時に、PCの電源は落としている。そのため、「何かあった場合」はユリア主任から直接電話が来ることもある。

 

「休み、無さそう」

 

 きっとこの電話は、追加の業務命令。

 給料に見合う仕事量だが、既に諦めはついていた。

 深く、深くため息をつきながら、ウェイスは通話開始するために指を動かす。

 

「お疲れ様です、ウェイスです」

 

「ああ、ウェイス。すまないな、定時なのに」

 

 穏やかな口調のユリア主任に、ウェイスは少し戸惑った。かれこれ十年以上の付き合いとなるため、ユリア主任の会話パターンは読めている。

 お小言やお叱りの場合、最初の声のトーンはかなり冷たい。だが、今回は違った。

 どちらかというと、プライベートなことを聞くときの口調。

 

「今、社内か」

 

 おっと、これは不穏なワード。この後に「申し訳ないが」が続くと十中八九、追加の業務が出来たので手伝ってほしい、と続くのに違いない。

 

「あっ、はい。業務報告を上げたところですので、オペレータールームに居ます」

 

 そんなことを億尾にも出さず、ウェイスは自分が社内に居ることをユリアに告げた。

 

「この後、予定はあるかな」

 

「いえ、予定はございませんが、いかがしましたか」

 

 はい、終了。

 ウェイスはようやく光が宿りかけた瞳の生気が失っていくのが、実感できた。

 グッバイ、休日。ハロー、ワーク。

 

「そうか――実は、取引先の先方との会食がキャンセルになってな。私の方で予約を取った店だから、キャンセルするのもどうかなと。予定が無ければ、一緒に食事でもどうだ」

 

「あっ、えっ、はいっ。い、行きます行きます」

 

 ちょうど空腹で、さらに明日は休み。そして、ユリア主任が営業で指定した会食となると、一流レストランには違いない。

 思わず上擦った声を出しながら、ウェイスは即断即決の返事をする。

 

「分かった。それじゃ、十五分後にB-14の駐車場で待っている」

 

 そんなウェイスの返事にユリア主任はくすくすと笑いながら、通話を切った。

 

 

 

TIPS:アリシア・ウェイス 年齢:三十二歳。欧州系女性。

傭兵斡旋企業オペレーター部門スーパー・バイザー。勤務歴十二年。独身。

ユリア・シューエン主任に非凡な管理能力を高く評価され、出世。別途で役職手当も出されているため、実質、オペレーター部門の最高現場監督者。

 

 

 

『不味い酒なんて、あるわけないと思っていたさ』

 

 

 

 騒々しいパブの片隅。円形状の小さなテーブルに、二人の男が立った状態で酒を煽っていた。

 禿げた頭を隠さずに、アロハシャツと短パンというラフな格好をした中年男性。

 もう一人はサングラスをかけて、ポロシャツにジーンズのカジュアルな服装をした、髪をオールバックにした若い男。

 職場の上司、部下を思わせるような関係だった。

 

「こうして酒を飲むのも久しぶりだな、ジュイサンス」

 

 氷とウィスキーが入ったグラスを片手で揺らしながら、中年男性は対面で煙草を吸う若い男――ジュイサンスに話しかけた。

 

「その話はこれで二回目だよ、フォマー隊長」

 

 ジュイサンスと呼ばれた男は、対面でウィスキーを飲んでいる中年男性を役職付きでフォマーと呼ぶ。その後、彼はショットグラスに目一杯入ったカクテルを一気に飲んだ。

 ジュイサンスの飲みっぷりにフォマーは大声で笑いながら、彼も一気にウィスキーを飲み干した。

 

「俺はモスコミュール。そっちの旦那にはジャックダニエルのロックを」

 

 ジュイサンスはパブ内で巡回しているウェイターに酒を注文し、商品代とチップを手渡す。程なくして、新しい酒が届くと二人は無言でそれを飲んだ。

 

 空調が効いていないのか、蒸し暑く、騒々しい店内。流行りの歌手が歌う、ありきたなフレーズの曲が流れる。

 

「ジュイサンス、いくらお前の奢りだからってこんな通夜みたいな酒はないだろ」

 

 不機嫌な声色で、フォマーはジュイサンスに苦言を呈した。

 かれこれ一時間半。これといった話をせず、フォマーとジュイサンスは無為に時間を消費していた。

 

「噂は聞いているぞ、ジュイサンス。お前、レイヴンとして活動しているらしいな」

 

 馬鹿野郎、とフォマーは最後に付け足すとその怒りを飲み込むかのようにウィスキーをまた一気に煽った。

 怒りの矛先であるジュイサンスは何も言わずに、煙草を吸う。

 

「俺なりのけじめさ」

 

「けじめ、だと。いつからゲコゲコと漫談が上手くなったんだ、フロッグ(蛙野郎)」

 

 フォマーは薄汚い言葉で、ジュイサンスの出自を罵る。

 ジュイサンスはその罵倒に眉を顰めるものの、特にこれといった反論をしない。彼はテーブルに置いている灰皿にめがけて、まだ吸いかけの煙草を乱暴に押し付けた。

 険悪なムードが、二人の間に流れる。

 

「ったく、お前の性格だ。そうなるだろうと思っていたが、断りもなく会社を辞めやがって。俺がどんだけ苦労したのか、分かっているのか」

 

 説教がましい口調で、ジュイサンスが無断で「退職」した時の後始末をフォマーは語る。彼は禿げた頭部を右手で擦りながら、舌打ちを鳴らした。

 ジュイサンスが勤めていた民間警備会社「ゲレティヒカイト」は、ある地下セクションのシティガードを一任されていた。

 

 地下セクション「367」。ごくありきたりな、住居型のセクション。

 しかし、旧大戦時に消滅した軍事企業の「遺産」が見つかったことによって、状況は一変した。

 遺産――それは、膨大な量の化石燃料やAC/MT、歩兵等の兵器、武器、弾薬。挙句の果てには化学兵器までも。

 

 無数の軍事企業がそれらを確保するため、セクション367の管轄権を巡る泥沼の紛争が始まった。その結果、セクション367は都市機能が復旧不可能に陥り、廃棄される。

 遺産の発見から、僅か「二十四時間後」のことだった。都市機能が停止しても、紛争はそれから一年半も続き、ようやく終結を迎えた。

 フォマーとジュイサンスは、その地獄から生還したシティガードの一員だった。

 

「無断退職だから、俺が代筆で退職届を提出したんだぞ。それに、会社の制服や備品も持っていっただろ。その分の始末書も俺が書いてだな――」

 

 険悪なムードから一転して、フォマーは急に愚痴を呟く。

 大はジュイサンスが保有していたMTの登録コードの抹消から、小は彼のデスクに放置された書類や端末の整理など。

 先の紛争の後始末もあって、二ヶ月は休みが無かったと彼は声を荒げた。

 

「このツケは今、お前に洗いざらいゲロったことで支払いが終わった。まぁお前が辞める以前の不祥事は、寛大な俺の心に免じてチャラにしてやるよ」

 

 酔いも絡まって、フォマーは大声で笑う。だがその声量は段々と萎んでいき、最後には物悲しいため息に変わった。

 セクション367の警備にあたっていたシティガードは、フォマーやジュイサンスを含めて総勢三十五名。あの惨劇から生き残ったのは、僅か五名だった。

 

「アルベールに落とし前をつけるために、レイヴンになったのか」

 

 フォマーの口から、ある男の名前が出てきた。

 アルベール。それは、セクション367で非常時警戒にあたっていたジュイサンスらの警備状況を軍事企業にリークし、逃走した「裏切り者」。

 その結果、遺産の発見現場で警備をしていた部隊はともかく、一般市民への避難誘導を行っていた部隊までもが軍事企業の標的となった。

 

 ミサイルの爆風で吹き飛ばされる市民、無数の砲弾によって為す術もなく破壊される同僚のMT、照明によって紅く照らされる市街地。

 地獄のような光景を、あの男によってジュイサンスは味わった。

 

「レイヴンという枠組みに入ってしまったら、お前はただの屑野郎になる。レイヴンたちが作り出した、あの光景を忘れたとは言わせないぞ」

 

 シティガードとして、ジュイサンスと共にいくつもの地下セクションを警備していたフォマーは問いかける。

 

 陽動と称して、一般市民が生活している居住区での戦闘。

 要人が乗ったモノレールの襲撃、それに伴う二次被害。

 企業間紛争によって破棄されたセクションからの難民。

 凄惨な場面を作り出すレイヴンの所業を、ジュイサンスが忘れてしまったとは言わせない。

 

「それでも、俺はやるしかないのさ」

 

 悲惨の光景を目にしても、ジュイサンスの決意は変わらなかった。

 

「馬鹿野郎、大馬鹿野郎だよお前」

 

 そんな彼に対しフォマーは声を荒げ、テーブルを拳で叩く。

 周囲に居た客らの視線が集まるが、すぐにアルコールの酔いと店内で流れている曲によって、興味が薄れていった。

 

「だったら、そのままアルベールと仲良くくたばってしまえ」

 

 フォマーは吐き捨てるように言うと、怒気に満ちた歩き方でパブから出て行った。

 ただ一人残されたジュイサンスは、銅製のマグカップの取っ手を握り、口に付ける。

 ライムによって味付けられた、爽やかなモスコミュールの味は――今だけのなのか、とても苦かった。

 

「フォマーの旦那になら分かってくれると思ったのだがな。アテが外れたな」

 

 裏切ったアルベールに落とし前をつけるとはいえ、レイヴンになった自分自身の二律背反にジュイサンスは悩まされていた。

 自分なりに依頼は選んでいるものの、人を殺すという感触に慣れることはない。

 

 アルベールを殺す感触だけは、達成感が得られるであろう。

 だがそれにたどり着くまでに、いったいどれほどの慣れない感触を味わうことになるのか。

 

 フォマーなら、きっと納得いく答えを返してくれると思っていたが、そうはいかなかった。

 自分がレイヴンになった時点で、フォマーでも理解しえない存在になった。

 独りよがりな考えをジュイサンスは忘れるために、もうひと口、モスコミュールを飲む。

 

「不味い酒だなこりゃ」

 

「ああ、不味い酒だよジュイサンス」

 

 ありきたりな流行歌が流れているパブの片隅。

 笑い声などの歓声が入り混じる中、立ち飲み用のテーブルに肘を突きながら、フォマーは酒を飲んでいた。

 テーブルを挟んだ隣には誰もいないのに、銅製のマグカップがぽつんと置かれていた。

 

 

 

 TIPS:フォマー 年齢:四十五歳 東スラヴ系男性。

 軍事企業の下請けとして、地下世界の治安維持に努める民間警備会社の社員。

 ジュイサンスとは、上司と部下の関係だった。

 

 TIPS:アルベール 年齢:三十五歳(故人) 欧州系男性

 ACは重量二脚AC「ヴォラール」。

 軍事企業の下請けとして、地下世界の治安維持に努める民間警備会社の社員。

 保身のためにジュイサンスたちを裏切り、そのまま非合法のレイヴンとして活動するが、戦死。

 ジュイサンスがレイヴンとして活動する半年前のことだった。

 

 TIPS:ジュイサンス 年齢:二十七歳(故人) 欧州系男性。

 レイヴンランクE-57。ACは中量二脚AC「ピカロ」

 軍事企業の下請けとして、地下世界の治安維持に努める民間警備会社の社員だったが、アルベールの裏切りを切欠に退職。 

 レイヴンとして活動していたが、任務遂行中に戦死。

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