俺が異世界転移してから二週間──つまり目が覚めてから十一日──が過ぎた今日は、俺とアウラさんの結婚式だ。
いや、プロポーズを受けてから準備が早過ぎませんか。
あ、俺が眠ってる間にも準備してた? どおりで早いわけですね!
そんな訳であの返事を捻り出して以降、ある日は服の採寸だ何だと服飾関係を得意とする侍女がせわしなく張り付き、またある日はマナーだ何だと礼儀作法に通ずる侍女が丁寧に説明したものを必死に覚えたりと忙しい日々を送った。
そして式当日には、即席の張りぼて作法をなんとか様にした俺がいた。
「これより、強大なるカープァ王国唯一絶対なる所有者にして時と空間の生まれながらの支配者である、慈悲深くも聡明なる女王、アウラ一世陛下と、サトル・ミカミ陛下のご成婚の儀を執り行う。両陛下のおな〜り〜」
なんとも長い紹介の言葉が扉越しに聞こえた。
これが王制国家の君主の権威かぁ、と思ったのも束の間、目の前の扉が開かれ、騒つく貴族達が目に入った。
その瞬間、その全ての眼差しが俺に注がれた。
緊張するなという方が無理な相談だ。
隣のアウラさんと組んでいる腕の感触が、唯一この状況が現実だと知らせてくれる。
俺とアウラさんは一歩ずつ会場中央の花道を進んでいく。
礼儀作法を教えてくれた侍女によると『新郎と新婦のどちらが先行してもいけない』らしい。
理由は教えてもらえなかったが、想像はできる。
男である俺が王様なら俺が先行しても問題はなかったのだろう。
しかし、実際の王様は女王であるアウラさんだ。
そしてこの国には日本のように『女は男を立てるもの』という風習が根付いているらしい。
そのため、アウラさんが先を行けば『男の前に立つ女』という悪評が広まるし、俺が先を行けば『女王を先導した男』というイメージがついてしまう。
前者は最悪だし、後者もできれば避けたいところだ。
俺なりにこの十日と少しの間考えてみたことがある。
それは『どうしてアウラさんはわざわざ異世界から俺を召喚したのか』ということだ。
プロポーズを承諾する前の説明は、確かに本当のことだろう。
だが、それが真実の全てかと言えば、それは違うはずだ。
そもそも前提がおかしいのだ。
いくら召喚魔法に条件付けをして当てはまる者を召喚するとしても、本当にいるか分からない別世界の親戚をあてにするか?
結婚相手がよほど嫌な奴だった、などというお粗末な理由ではないだろう。
いや、性格などの問題ではなく、家柄や思想などが絡む内政的な理由で『嫌な奴』だというならば納得がいくが。
そこまで考えたところで合点がいった。
なるほど、俺ならば庶民の出、贅沢な暮らしに女を侍らせれば簡単に懐柔できるという考えも少なからずあるだろう。
少なくとも国を乗っ取るような野心は抱かない。
アウラさん的にはそれだけでも大いに助かるはずだ。
後は跡継ぎの子ができれば万々歳。
とまあ、色々思いつきはしたが、俺的には利用されている風な扱いに不満を持っているわけではない。
人間関係というのは利用し利用されるのが世の常だ。
アウラさんを非難する気も軽蔑する気もない。
全てを正直に話すことは人として美徳かもしれないが最善ではないということも分かる。
話すことで俺が疑心暗鬼になることがないように配慮してくれたのだろう。
ただでさえ不安な異世界生活なのだ。
そういったものは最小限に抑えられればそれに越したことはない。
長々と考えて何が言いたいかというと、俺はアウラさんを引きずり降ろして王様になる気はないので、今は物理的にも精神的にも歩調を合わせる必要があるということだ。
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結婚式は五日間夜通しで開催された。
もちろん主賓である俺とアウラさんは臣下の貴族をもてなし、臣民に手を振り、睡眠時間や休憩時間はあれど、ほぼ誰かの前に出っぱなしだった。
はっきり言おう。
結婚式甘く見てた。
異世界の、しかも王族の結婚式であるということを除いてもまだキツい。
誰かの注目に常に晒されるというのがどれほどストレスかを思い知った五日間だった。
「お疲れ、アウラさん」
「ああ、サトル殿。かなり疲れているようだな。かく言う私もさすがに堪えた」
結婚式が無事終わり、後宮の私室に戻ってこれたのはついさっき。
ここには侍女たちを極力呼ばないようにしている。
市井出身の俺としては、使用人であろうとプライベートルームに他人がいては落ち着けない。
「それはそうと、サトル殿。そんなところに立ってないでこちらに座ったらどうだ?」
「あ、はい。じゃあ失礼します」
三人はゆったりと座れるであろう豪奢なソファの端に座る。
「そんな端ではなくもっとこっちに来てはどうだ? それに、そんなに畏まらないでくれ。私たちはもう他人ではない、夫婦なのだから」
「はい、じゃなくて、うん」
返事をし直して改めてアウラさんの隣に座る。
あ、めっちゃいい匂い。
「ああ、そうだ。呼び名も他人行儀なのは終わりにしよう。私のことはアウラでいいぞ、サトル」
「あ、アウラ……」
見つめ合う俺たち。
こ、これは行っちゃってもいい感じですか?
「ん、ンム」
「ンン」
二人の距離がゼロになり、唇が重なった。
「ン、はぁ、アウラ。俺……」
もう辛抱たまらん、と飛びかかりそうになったところで、スッとアウラが立ち上がった。
え、まさかのお預け……?
「そんな悲しそうな顔をするな。女には女の準備があるのだ。百、数えたら寝室に来てくれ」
そう言ってアウラは扉一枚隔てた寝室へと消えた。
俺は今までで最速で百カウントするのだった。