家庭教師をつける、と言われてから一週間後。
元からかなり応募があったようで選定に時間を要したとのことだが、なんとかアウラの宣言通りの日数で決定した。
「お初にお目にかかります、サトル様。カープァ王国マルケス伯爵領領主、マヌエル・マルケス伯爵が妻、オクタビアと申します。此度はサトル様の教師という大役を仰せつかり、光栄に存じます。無学・非才の身ではありますが、全力を尽くす所存です」
俺の前で深々と礼をする妙齢の女性が、家庭教師のオクタビアさんらしい。
オクタビアさんを後宮に呼ぶ前に、アウラから言われたことがある。それは「自分の方が『上』であることを意識すること」である。
たしかにオクタビアさんは俺に礼儀作法や魔法を教える家庭教師だ。だが忘れてはならないのが、俺が『王配』であることだ。
伯爵夫人と王配、どちらの立場が上かは明らか。
だからここで俺がすべき返事は『よろしくお願いします』ではなく──
「
「はい」
オクタビアさんは今まで下げ続けていた頭を上げた。
その様相は淑女のお手本のような清楚で上品な感じであった。
「サトルだ。アウラ女王陛下の夫である。今後、どれ程の付き合いになるかは分からぬが、よい関係を築きたいな」
「はい。私めごときには勿体ないお言葉でございます」
ソファーに座っている俺は、オクタビアさんに「指導方針を聞く。座れ」と指示をした。
オクタビアさんは「はい。失礼いたします」と返事をしてから、俺の対面の椅子に腰を下ろした。
「では話せ」
「はい。まず基本方針としましては、私がサトル様に歴史や魔法についてご指導させていただき、その中でマナーや常識に反する事がありましたら、その都度ご指摘させていただくという形を考えております」
「なるほど。確かに俺はこの国の常識やマナーはほぼ分からないと言っていい。それをただ説明するのではなく、普段の行いから正していけば自然に身につくということか」
「左様でございます。サトル様の慧眼には恐れ入ります」
「世辞はよい」
「本心でございます。では説明の続きをいたします。マナーを学んでいただく上で欠かせないのが食事の場でのものでございます。そのため昼食は基本的にご一緒させていただくことになります」
「分かった。異論はない。良きに計らえ」
「ありがとうございます。しかし先ほどから素晴らしい立ち居振る舞いです。サトル様は市井の出とお聞きしましたが、元から王族であったかのようです」
そうなのか?
多少偉そうな感じで話しているだけなのだが。
「それでは今日はまず、魔法の基礎についてご説明させていただきます。不明な点・疑問などございましたら何なりと仰ってください。私の知識で分かる範囲でお答えいたします」
「うむ。説明を始めよ」
「はい。では最初に魔法の系統についてご説明させていただきます。魔法は大きく二つに分類されます。一つは、差はあれど万人が習得できる『四大魔術』。もう一つは特殊な血筋の方々のみが使用できる『血統魔術』です。『四大魔術』はその名の通り四つの属性、地水火風に分けられます。魔法の発動の仕方は『四大魔術』と『血統魔術』のどちらもなんら変わりません。重要なのは『発音』と『認識』、そして『魔力量』です」
「発音と認識、魔力量か」
「まず、魔法には『魔術語』と呼ばれる専用の言語がございます。これを用いなければ魔法は発動しません。ご覧ください」
そう言うと、オクタビアさんは右手の人差し指を立てて、
「『空中に散らばる見えざる水は、この指先に集い、球形をとれ。その代償として我は、水霊に魔力十八を捧げる』」
という意味の魔術語を唱えた。
耳に聞こえたのは『ウルムグ』という短い言葉だが、そこには意味が凝縮されているのが分かる。
そしてオクタビアさんの指先にビー玉くらいの水球が浮かんでいた。
これが、魔法か。
──下級水魔法が解放されました──
「は?」
頭の中にテロップが流れたような感覚に戸惑い、思わず声が出てしまった。
「どうかなさいましたか?」
「今のも魔術語か? 水魔法が解放された、っていう」
「水魔法が解放、ですか? よく分かりませんが、私は言っていないかと」
俺もよく分からないが、なんか魔法が使えるような気がする。
「『ウルムグ』」
指を立ててそう言うと、俺の指先に先ほどのオクタビアさんと同じように水球ができていた。