新しい仲間がやって来た
「え?今何て言ったんだ?」
「だから、トールがそれに出場するのよ」
移動中の車の中で、彼女はとんでもないことを言った。
「アンダーグラウンド……ニューヨーク地下で行われている肉弾戦オンリールール無用の闇試合。そこの元締めとの商談だって聞いたんだけどな。なんでそれに俺が出場するんだ?」
「それがね~。その元締めがトールの噂を聞いて、ぜひ出場して欲しいって言ってきたのよ。賞金をくれるから損はないと思ってね」
「はぁ~。そーいうのは先に言ってくれよ」
「なーに?嫌なの?」
「いや、全然。ココの頼みなら何だって聞くさ」
「ホント!ありがと~」
抱きついてくるココ。ちょ、近いし当たってるし、バルメが殺気放ってくるし!!
「それより、その噂ってのはどんなのなんだ?」
「んー。確か『車を放り投げて敵を潰した』とか『標識を引っこ抜いて千人斬りをした』とか『たった一人でビルを倒壊させた』とかだね」
「なんですかそれ。まるっきり誇張されてるじゃないですか」
ハハハとウゴが笑う。
「とにかく、キミなら絶対に勝てるだろう。信じてるよ、トール」
フフフ、と笑う彼女は、いつにもまして可愛く見えた。
所変わってアンダーグラウンド。
「いやはや、いい買い物が出来ましたよ。ミス・ヘクマティアル」
「いえ、これからもよろしくお願いします。ヘルガー氏」
商談を終えたココは上機嫌になっていた。
その対面に座っている白髪の老人男性の名前はジェイソン・ヘルガー。日系アメリカ人だ。
彼が、ここ『アンダーグラウンド』を作った本人。
なんでも、日本のとある歓楽街にあるドラゴンなんちゃらを見てかなり興奮したらしく、自分でも作ろうと思ったらしい。
「ここの熱気は凄いですねぇ。こっちまで当てられそうですよ」
「ははは。ここはカジノの役割もこなしてますからね。応援に熱が入るのも無理からぬことでしょう」
快活に笑う二人。
「それに、ここは人生の崖っぷちに立たされた人間にとっての最後のチャンス。生きるか死ぬかの二択。まさに蜘蛛の糸です」
ココは笑っていた。しかし、内心ではこの老人に辟易していた。
この老人の目は、腐りに腐りきったヘドロのような目。おそらく、このアンダーグラウンドに出場している人間全員をゴミとしてしか認識していないだろう。
それに、ヘルダー氏はココを完全にナメきっている。
(気に入らないわね。この糞じじい。それに、勝算はあるって顔してるし)
誇張されているとしても、トールの実力は本物だ。そこらのチンピラや、ましてプロでも余裕で勝てるだろう。
本物の戦場を知らない連中に、負ける道理などないのだ。
(つっても、バルメみたいな猛者が現れたら解んないけど。大丈夫だよね、最近互角になってきたって言ってたし)
出場選手覧を見るが、名のある人物は載っていない。
この勝負、楽勝だろう。
『ここで新しい選手の登場だ!!なんと未成年!ガタイは何故か着ている学生服で解らないが、一見なんてことない優男。実力は未知数!!ジャパンからやってきた無名の新人、トール選手の入場だーーーッ!!』
割れんばかりの歓声と共に現れるトール。
「現れましたな。あなたの隊の腕自慢が」
「腕だけじゃないですよー。カッコイイし優しいし、優良物件です」
「ほお。では私の孫娘なんていかがですか?」
「まさか。冗談ですよ。彼は渡しません」
ピッピッピ、とココは端末を操作する。
「では、わたしはトールに100万ドルを賭けます」
「ほお、いきなり最高額をベッティングですか。そんなに自信がおありで?」
「当たり前じゃないですか。彼は我が隊一の近接格闘術を持っているのですから。---ほら、もう決着が付いた」
中央のリングでは、踞っている対戦相手の大男を見下ろしているトールがいた。
---五分前。
「ったく、まさかこんな所がニューヨークの地下にあったとはな」
控え室で待機していた俺は、そんな愚痴をこぼしていた。
「まるっきりアレじゃねえか。ほら、アレだ……なんちゃらヒートだ。くそっ、思い出せねぇな」
まぁ、関係ないか。と自己完結をして立ち上がる。
もうすぐ俺の出番だ。準備はしておかないと。
『ここで新しい選手の登場だ!!なんと未成年!ガタイは何故か着ている学生服で解らないが、一見なんてことない優男。実力は未知数!!ジャパンからやってきた無名の新人、トール選手の入場だーーーッ!!』
実況の声が聞こえたので、リングへと向かう。
「へへっ、お前が新入りのトールか」
相手は、ガタイのいい大男。
「俺は最近連勝してるからな。それも、全員骨を折ってな!!」
何か叫んでいるが、関係ない。
リング上にある電光掲示板に賭け金の倍率が表示される。俺は60倍。相手は3,14倍。どうやら、ナメられているようだ。
『それでは~、試合開始!!』
ゴングが鳴り、バカ正直に腕を振りかぶって突撃してくる大男。
なんだ、ずぶの素人じゃねぇか。今までの相手はガタイの大きさに萎縮してたんだな、多分。
「うおらあぁぁぁぁぁぁ!!」
雄叫びを上げて振り下ろされる拳。
何の反応もせず、そのまま吸い込まれるように拳は俺の顔面に入った。
「ぐっ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
しかし、悲鳴を上げたのは大男のほうだった。
彼は、パンパンに腫れた自らの拳を押さえる。
「あーあ、拳がイカレタか。残念だったな、白人」
そのまま腹に一発。それだけで大男は倒れた。
『……しょ、勝者はトール選手だ~!!なんという大穴!!なんというパンチ力!!36連勝中だったレッサー選手を一発で叩きのめした!!これはダークホースの登場だ~!!』
割れんばかりの歓声……もとい、罵詈雑言の嵐。
大男に賭けたやつらだろう。
「それにしても、暑いな」
観客の熱気がそうさせているのか、この会場は気温が高い。
ココ達は商談の為、VIPルームにいると言っていたから大丈夫だろう。
しかし、俺は我慢できん。
学ランを脱ぎ捨て、ワイシャツも全て脱ぎ去り上半身裸になる。
直後、罵詈雑言の嵐が止んだ。
「ほお、これはこれは……」
「どうですか?うちの隊員の実力は」
「正直、予想以上でしたよ。しかし、あの肉体美……どうすればあんなことに?」
ヘルガーが指さす方向には、上半身を露わにするトール。
その肉体美は、至高というより他ならなかった。
割れる腹筋、鍛え抜かれた上腕二頭筋、鋼鉄のような大胸筋。
全てが芸術。見せることが本職であるボディービルダーでさえも逃げ出す肉体美。
「さてさて、一回戦目はわたしの勝ちですね。次の対戦相手はまだですか?」
「まあ待て。すぐに現れるさ。気長に待つことも大事さ」
それからの試合というもの、退屈の二文字であった。
元プロ格闘家、傭兵崩れの黒人、裏ではそこそこ有名らしい巨漢、果ては現役の軍人まで来た。
それらを、全て一発KOした。
もはや、俺の倍率は1.01。賭けにもならない。
ココがいるであろうVIPルームを見る。案の定、彼女はかなり上機嫌だった。
彼女に指示されたバトル回数は二十回。次で最後だ。
倍率も低すぎるし、ちょうどいい頃合いだろう。
『さーて、次がトール選手のラストバトルだ!!対戦相手は、こいつらだーーー!!』
え?対戦相手の三人称が複数形だった気がするのだが……、気のせいか?
しかし、気のせいではなかった。
電光掲示板に表示された対戦相手名は、『エラルド八兄弟』。
すかさず、実況の解説が入る。
『今日のアンラッキー選手はトール選手だ!!エラルド八兄弟は一日に一度しか現れない極悪非道な選手達。兄弟ならではのコンビネーションプレーで相手を半殺しにするぞ!!』
なるほど。主催者側が俺を倒そうと大人数を送ってきたんだな。
しかも、逃げられないよう5センチの厚さの防弾ガラスまで張りやがった。
「どうですか。ミス・ヘクマティアル。さすがの彼でも、これには太刀打ちできないでしょう」
リングに現れたのは、全員スキンヘッドのエラルド八兄弟。
全員、ナイフなどで武装しており、隙がなかった。
「彼らは長年マフィアの護衛として働いてきた男達。勝負は決まったも同然ですな」
「ええ、そうね。勝負の結末は決まっているわ。トールの勝ちという結末がね」
「まったく。俺を完全にナメてやがるな」
解説が終わり、ゴングが鳴らされる。
「あの程度の敵。いくら揃えようとも」
どこまでも冷静なココ。八兄弟がトールを取り囲む。
「いくら数を集めたとしても」
ナイフがトールの首筋に肉薄する。
何の奇跡……いや、必然が起こり、彼トールと彼女ココのセリフが重なる。
「「こんな雑魚に負けるわけがない」」
トールの腕がぶれる。
瞬間、八兄弟全員が吹き飛ばされた。
「ふふふ。わたしの勝ちですね」
怪しく笑う彼女。
「もちろん、配当金は頂きます」
彼女は電光掲示板を指さす。そこに映し出されていたトールの倍率は『200倍』。アンダーグラウンドのベッティングの上限は100万ドル。つまり、
「今のバトルの配当金は200倍の2億ドル。それに加え今まで勝ってきて取った配当金を併せると……総額2億6000万ドル。全て指定の口座に今すぐ振り込んで下さいね。でないと……」
合図を出し、ヘルガーの護衛達をバルメ達が拘束しヘルガーに向けて銃を構える。
「あなたの命が、消えてしまうぞ」
一瞬で護衛達を拘束され、身を守る術を失ったヘルガーはガタガタと震えながら頷いた。
5分後。
「よし、口座に振り込まれたのを確認しました。では、わたしはこれで」
最後に、ココはトールにサインを送る。
『全てを壊し、わたしの元に戻ってこい』と。
頷いたトールは拳一つで防弾ガラスを破り、観客席を駆け上がってVIPルームの眼前まで飛び上がる。
そして、さらに厚い10センチの防弾ガラスを蹴破り、ココの元へと戻った。
「よくやったトール。帰ったらご褒美をやる」
「まぁ、当然だな」
泡を吹いて倒れているヘルガーに目もくれず、武器商人ココ達はその場を離れた。
おまけ
「なぁ、ご褒美ってなんだ?」
とあるホテルの一室。全員が集まっている中、トールはココに質問した。
「ふふー。知りたいか。なら、今やろう」
そう言って、彼女はトールの横に立つ。
次の瞬間。トールは頬に柔らかいモノが押し当てられる感触を得た。
「え?」
慌てて横を見る。彼女は頬を赤らめていた。
レーム達は呆然としていた。バルメに至っては震えて「あ……あぁ……あぁぁ……」と呻いている。
「これがご褒美だ。次も頑張ったらあげる」
我慢の限界か。彼女はバスルームへと駆け込んでいってしまった。
トールは、未だ感触の残る頬を撫でる。
キスされたよな、今。
それが、何を意味するか考える前に。
「ト、トール~……」
バルメという名の鬼が降臨した。
「ココにキスされるなど、なんとうらやま……ゴホンゴホン、けしからん!!成敗してくれるわ!!」
「えっ、ちょ?ナイフなんか取り出して何するの?ってうお!!斬りかかるなよ!!」
「問答無用!!」
「ちょ、レーム!!止めてよ!!」
「無理だな。頑張って逃げ続けろ」
「そんな~」
結局、この騒ぎは風呂を終えたココがやって来るまで続いた。
今回出てきた地下格闘技場の元ネタは、みなさんの想像通りかと思います。
いや、なんか閃いたんですよ。こう、ピカッ!と。
これからも、よろしくお願いします。